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「知ってますか?次の新学年で、あのハリー・ポッターがホグワーツに来るらしいですよ」 「聞きましたとも、あの゛例のあの人゛を倒した・・・」 「あのハリー・ポッターが・・・」
あのハリー・ポッターが。
A
Man’s
Story ーある男の物語ー
「クィレル先生、知ってますか?」 「え、え、あ、何を、ですか?」 「ハリー・ポッターですよ。今年、彼がついにここに来るんですよ!」 「あ、そ、その事なら、も、もう、耳に入ってますよ」 勿論知っているとも。 あのヴォルデモート卿を打ち破ったハリー・ポッターのことなら。 クィレルはそう心の中で一人呟いた。 「楽しみですねぇ、彼はどの寮に入るんでしょうか」 「やはり親と同じように・・・」 教師の間で噂される小さな少年の話に、クィレルは一人耳を痛めていた。 皆が皆ポッターポッターと騒いでいる。全く下らないことだ。一刻も早くダンブルドアの手から゛賢者の石゛を盗み出し、今度こそヴォルデモート卿と共に世界を手に入れたい。 そのための敵なら私は躊躇無く殺すだろう。 ハリー・ポッター。それはクィレルにとって気になる名前だった。
一度目の賢者の石を盗み出すチャンスが訪れたとき、クィレルは゛漏れ鍋゛でその本人と直接出会った。ハグリッドがマグルに育てられていた彼を引き取り、ホグワーツに備えての準備をしていたときだ。 細い少年だと思った。肉がついていない、まるで骨のような。その外見はマグルの中での彼への対応の酷さを物語っており、クィレルにマグルの愚かさと、ハリー・ポッターの弱々しさを印象づけるには充分すぎるものだった。 (――我がヴォルデモート卿の力を打ち破った・・・ハリー・ポッター・・・) 目を細め、゛漏れ鍋゛を出て行く彼の後ろ姿を小さく睨み付ける。 (――もはや私の敵ではない。マグルでの生活は、彼に充分な力をつけられなかったようだ) 誰にも気付かれないように小さく笑う。 賢者の石は私のものだ。
ホグワーツの新学期の日。新入生たちがミネルバ・マクゴナガルに率いられて大広間に入ってきた。物珍しそうに回りに浮かぶ蝋燭や、寮の席に座る生徒たちをグルグルと見回す。ああ、昔は私もあの中の一人だったのだと、クィレルは小さく笑った。 「では、名前を呼ばれたものから順に帽子を被りなさい」 大広間の前――教師が座る席の前――に集まった生徒たちを見回して、マクゴナガルがしわがれた声で言った。生徒たちは幾分緊張しているようだった。 どうしていいかわからずにただ回りの様子をうかがっているもの、緊張のあまり意識を手放しそうになっているもの――そんな生徒たちの中で、ただ一人、緊張しつつも何かをブツブツと呟いている生徒がいた。 「――!!?」 クィレルは目を見開いてガタッと椅子を立った。 「――どうしました、クィレル先生」 隣りに座っていたフーチ先生の注意に似た質問に、クィレルは口に引きつった笑みを浮かべて゛し、し、失礼・・・゛と曖昧に答え、椅子に座り直した。いつもの弱々しい表情に戻っているが、彼の心の内は波立っていた。 ――似ている。 クィレルの目にとまったのは、栗毛色の髪をした少女――ハーマイオニー・グレンジャーの姿だった。 「な、な、何でも――無いですよ・・・」 フーチ先生とは反対側の隣りから感じる鋭い視線――スネイプのものだ――を感じ、もう一度クィレルはそう呟いた。にこりと無理矢理笑顔を作り出して、スネイプに向かって話し掛ける。 「そ、そ、そう言えばス、スネイプ先生、知って、ま、ます?」 「何をですか」 「こ、こ、今年の新入生に、あ、あのハリー・ポ、ポ、ポッターがいること・・・」 「・・・当然でしょう」 最高に不機嫌そうにスネイプは言葉を返した。クィレルは申し訳なさそうに笑顔を引きつらせて顔を組み分け帽子の方へ戻した。丁度、先程の少女が名前を呼ばれているところだった。 「グレンジャー・ハーマイオニー!!」 ――ハーマイオニー・グレンジャー・・・か。 ――似ている。あの栗毛色の髪。そして・・・真っ直ぐな瞳。 ――かつて私の晴天であった女性、フィンに。 クィレルがそう思っていたときに、組み分け帽子は高々と「グリフィンドール!!」と叫んでいた。グリフィンドール寮のテーブルから鼓膜が破れんばかりの喝采が響き渡った。
新学期に入ってから二日たった。 「あ、クィレル先生!!」 突然後ろからかけられた声に、オドオドと振り返るクィレル。そこには黒髪の少年ハリー・ポッターと、燃えるような赤毛の少年ロナルド・ウィーズリーがこちらに向かって走ってくる姿があった。 「ハリー、なんであんな冴えない先生に声をかけるのさ?」 「゛漏れ鍋゛で握手した先生なんだ。闇の魔術に対する防衛を教えてる先生だよ」 「へぇ・・・」 張り切ってクィレルに駆け寄るハリーとは正反対に、乗り気では無い表情のままクィレルの前にロンが立ち止まった。二人の走ったための風圧にまでクィレルは敏感に反応し、脅えた。 「や、や、やぁ、ミスター、ポ、ポッター。ここであ、会えたのも、な、な、何かの縁でしょう」 「そうですね。先生はこれから授業ですか?」 「そ、そうだね。こ、こ、これからさ、三年生を教えに、い、行くんだ」 (ハリー) ロンがハリーを突ついた。ハリーは何?とロンに囁いた。 (この先生と話してるとこっちが悪者みたいに思えてくるんだけど) 眉を潜めていうロンにハリーは苦笑した。今になって何故この人に話しかけたのだろうと後悔しているように見えた。 と、その時、三人の後ろの方から甲高い声が聞こえた。 「ハリー、ロン、授業が始まってしまうわよ!!」 パタパタと後ろの方で廊下を駆けて来る音が聞こえた。クィレルの鼓動が早まった。 (この声は・・・) 「あら、クィレル先生と話してたの」 手に数冊の教科書を持って駆けてきたのは、ハリーたちと同じグリフィンドール寮の生徒、ハーマイオニーだった。彼女のふわふわした髪の毛が風に揺れる。彼女は息が上がってしまったらしく、頬をうっすらと赤く染めていた。 「や、やあ、ミス、グ、グレンジャー」 「こんにちは、クィレル先生」 にこっと微笑んで挨拶をするハーマイオニー。ドキリと自分の心臓が跳ねたことに、クィレルはとても驚いた。 (――何故) 二人の少年に向かって何か注意をしているハーマイオニーを上から見下ろしながら、クィレルは心の中で呟いた。 (――何故戻ってきた、フィン) 「クィレル先生、私たち次の授業がありますので、この辺で失礼させて頂きますね」
言うと同時に二人の腕を引っつかみ、ハーマイオニーは再び廊下を走り出した。 赤い絨毯の敷かれた廊下を走り去る三人の後ろ姿を見つめながら、クィレルは一人声に出して呟いた。 「――ハーマイオニー・グレンジャー・・・」 彼女は似過ぎている。かつて私の愛し、そして――この手で殺めた女性に。 丁度授業の始まる鐘の音がホグワーツ中に響き、クィレルの小さな呟きはその大きな音の存在に掻き消された。
似ているが、違う。 彼女は違う。フィンとは違うのだ。 その証拠にほら、見てみろ。 私と彼女との歳の差は、親子ほどもあるのだ。
なのに込み上げてくるこの果てしなくむず痒い気持ちは一体何なんだ。
ヴォルデモート様。
ハーマイオニー・グレンジャーは優秀だった。全ての初授業の中で最も優秀な成績を収めていた。あのむずかしい変身術の授業の中でさえも、だ。ただ、あのセブルス・スネイプの担当する、魔法薬学の授業以外でなら。 「何なんだあの先生は!!」 授業の帰り道、グリフィンドールへの廊下の中でロンが一つ大きく叫んだ。 「ロン、声が大きいよ」 「こっちはグリフィンドール方面だから、マルフォイの野郎や贔屓のスネイプなんかと会えるものか!!こんなの、叫んでなきゃやってられないよ!!」 赤毛の少年、ロンは怒りのこもった声で廊下で喚き散らした。隣りにいたハリーが耳を押さえて困ったように苦笑する。 「ハリーだって、許せるのか!?あんな奴、教師を辞めちまえば良いのさ!!」 「許せるわけじゃないけど、まだ良く知らない先生だろ?そこまで悪口を言えないよ・・・」
二人の視界にグリフィンドールの談話室への入口が見えてきた。ロンは構わず叫び続けた。 「先生なんか、ホグワーツを辞めちまえば良いのに!!」 「ロナルド!!」 突然聞こえた怒声に、ロンがビクッと身を強ばらせた。 パーシーだ。 「お前、授業から帰って来ていきなり何を叫んでいるんだ!!」 監督生であるパーシーは、胸の監督生バッジを見せ付けるかのように胸を張ってこちらに近づいてきた。ロンが小さくため息を吐いた。 (嫌な奴に掴まっちまった) ロンがそう小声で呟いた。ハリーだけに聞こえるように言ったのに、何故かパーシーの耳にも入っていたようだ。眉をひそめてロンを睨んでいる。 「今回は僕に見つかったから良かったようなものの、他の先生方に見つかったらどうするつもりだったんだ!?」 「大丈夫だよ、スネイプ先生はこっちの方面にはこないもの。なんたってスリザリン寮監だし」 「スネイプ先生?」 パーシーがロンの言葉を繰り返した。 「先生って、スネイプ先生のことかい?」 意外にも穏やかになったパーシーの質問に、ロンとハリーが同時に頷いた。 「あの先生、ハリーのことだけをいじめるんだよ!わざと誰も答えられないような難しい質問をしたりさ!」 ロンの怒涛の言葉にパーシーが納得したように笑顔になった。ポン、とハリーの頭を慰めるように叩く。 「それはそれは・・・早速目をつけられたんだろうな。大丈夫、あの先生はいつもそんな感じだから、気にしないでも大丈夫さ」 僕のときもそうだったよ、そうだねあれは・・・。パーシーの長くなりそうな話に、ハリーとロンは二人で視線を交差させて、どうにか話を別の方向へ持っていこうと合図した。 ハリーがふと思い出す。 「そう言えば、誰も答えられないような質問でも、一人だけ手を挙げてた人がいたんだ」 「何だって?」 驚いたようにパーシーが目を見開いた。丁度゛僕も初めてあの授業を受けたときは何も答えられなかった゛と呟いているところだった。 「誰なんだ?」 「ハーマイオニー・・・、ハーマイオニー・グレンジャーだよ」 その名前に、ロンがホグワーツ特急の中でのことを思い出し、途端に不機嫌そうな表情になった。ハリーがそれを見て苦笑した。 パーシーはというと、何だか大変そうだった。自分でさえ初めてのときは答えられなかったのにと驚きと焦りの混じった声でブツブツ呟いている。 「ミス・グレンジャー・・・あ、あのふわふわした髪の毛の子かい?」 パーシーの焦ったような質問に、ロンがぶっと吹き出した。パーシーが顔を赤く染めながらロンの耳を引っ張る。ハリーがそれを止めるように、彼の質問に答えた。 「そう、彼女のことだよ。今はなんか――図書館にいるみたいだけど」
図書館のある一つの机に、前代未聞なほどに本に陣取られた机があった。 その席に座っているのは今年の新入生、グリフィンドール寮の、ハーマイオニー・グレンジャーだ。沢山積み重ねられた本の山の中に彼女の姿が垣間見える。 「今日当てられなかったのだって、きっと私の勉強が足りないんだわ!」 そう呟きながら張り切って本の内容を写す。サラサラと羽ペンの動く音が響いた。 まわりに重ねられている本は全て魔法薬学のものだ。彼女は今日の魔法薬学の授業で自分が当てられなかったのは、自分の勉強不足をスネイプ先生は見切っていたからだと信じていた。その理由が全く別のものなのだと気付くのは、もう少し先の事になる。 ハーマイオニーは夢中になって本を写していた。その時、不注意にも、彼女の右手が本の山にぶつかってしまった。 元々不安定だった本の山がぐらぐらとゆれだす。 ハーマイオニー本人がそれに気付く頃には、積み重ねられていた本が上の方から落ち出してくる頃だった。
「――えっ・・・!!?」 「危ないっ!!」
後ろから聞こえたその声と同時に、上からのしかかるようにハーマイオニーを抱きかかえた存在に気付いた。ドサドサッと本が何冊も落ちてくる音が聞こえた。しかし、ハーマイオニーは無傷のままだった。今の声の持ち主が、彼女を自分の身をもって本の雪崩から守ったのである。 硬く瞑っていた瞳を恐る恐る開けてみる。と、そこには、見慣れた蒼紫色のターバンが垂れ下がっているのが見えた。 「――クィ、クィレル・・・先生!??」 はっと上を見上げてみると、自分の上に覆い被さっているクィレルの姿があった。ハーマイオニーと視線が合うと、彼は苦しそうに歪んだ瞳で「や、やぁ・・・」と遅い挨拶をした。 「先生・・・あ、その・・・だ、大丈夫ですか!!?」 突然のことに思考回路を奪われ、焦りながらクィレルの身体を気遣う。本の衝撃が和らいだところで、クィレルはやっとハーマイオニーから身体を離した。 「ミ、ミ、ミス・グレンジャー。べ、勉強熱心なことは、す、素晴らしいけど、ま、まわりもよく見たほうが、良いと、わ、わ、私は思いますよ」 いかにも無理矢理作り出しているような引きつった笑顔でハーマイオニーに弱々しく注意するクィレル。しかし、彼女にそんな彼の言葉は入っていなかった。 「先生、大丈夫ですか!?お怪我は!!?骨が折れたりは!!??」 クィレルの服を引っつかんでズイズイと責めるようにハーマイオニーは言葉を放った。困ったように笑うクィレルにハーマイオニーは容赦が無い。 「だ、だい、大丈夫・・・――っ・・・!!」 ズキン、と鋭い痛みがクィレルの背筋を襲った。どうやら打ち所が悪かったらしい。思わず笑顔を失う。 「・・・先生、ごめんなさい私のために・・・!!」 涙目でクィレルにすがるように言うハーマイオニー。身長差から、必然的に彼女は上目遣いになってしまう。そのいやに魅力的な姿に、クィレルは自分の動悸が激しくなるのを感じた。 「い、い、いや・・・わ、私が勝手に、う、動いてしまっただけ、だから・・・別に、き、君が気に病むことは、な、無いのだよ」 「でも・・・」 「・・・あ、あ・・・しかし、そこまで、い、言うなら・・・少し、手伝って欲しいことが、あ、あるな」 ハーマイオニーの一向に退こうとしない様子を見て、クィレルはある考えを思いついた。
――こんな小娘に惹かれるなど、この私には有り得ないのだ。 ――確かめてみせようじゃないか。 ――彼女を、私の仲間に引き入れて。
――ヴォルデモート様の姿を彼女に見せて。
「――少し、こ、腰を痛めたようでね。で、で、出来たら、私のへ、部屋まで、さ、支えてくれると、ありがたいのだが・・・」 ハーマイオニーの表情がパアっと明るくなる。 「勿論です!!さあ、肩につかまって下さい、私が責任を持って先生を部屋まで支えていきますわ!!」 これからされるだろうことを全く知らずに、目の前の無邪気な少女は笑って自分に触れてくる。クィレルは、自分の動悸の早まりを、未知のものだからだということに決め付けた。彼女が未知の存在であるからだ。彼女が果たして敵か味方か分からないからだ、と。 だから、ヴォルデモート卿の姿を見せてこちら側に引き込む。仲間としてみたときに果たしてどう思うかで、自分が彼女に本当に惹かれているのかどうかを確かめたかった。
今までの人生で、自分にここまでそう思わせた人間が果たしていたかどうか。 クィレルはそのことに気付かなかった。
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