![]() 1968年、デトロイト出身のメンバー、マーク・ファーナー(G&Vo)、ドン・ブリューワー(D&Vo)、メル・サッチャー(B)の3人で結成されたハード・ロック・バンド。のちにクレイグ・フロスト(K)が加入して4人組となる。 1965年夏にデトロイトのDJ、テリー・ナイトが結成したテリー・ナイト&ザ・パックにマーク・ファーナーとドン・ブリューワーが参加したことからグランド・ファンク・レイルロードの物語が始まる。グループは1965年にデトロイトのマイナー・レーベルからレコード・デビューを果たすが、翌1966年マーク・ファーナーはグループを脱退してしまう。 一方、ドン・ブリューワーはそのままグループに残るが、1967年になってテリー・ナイトが独立。ドンは他のメンバーと一緒にファビュラス・パックとして再出発をする。このグループには後にグランド・ファンク・レイルロードの4人目のメンバーとなるクレイグ・フロストが一時期参加していた。 ファビュラス・パックは成功を収めるには至らず、1968年末にドンは再びマークとグループを組むことになる。その時新たに加入したのがメル・サッチャーで、バンド名はグランド・ファンク・レイルロードと名づけられた。そして、彼らのマネージャーにはテリー・ナイトが収まった。 グランド・ファンク・レイルロードは1969年にキャピトル・レコードと契約。同年8月にシングル「タイム・マシーン」で待望のデビューを飾る。10月にテリー・ナイトにプロデュースを委ねた「グランド・ファンク・レイルロード登場」でアルバム・デビュー。1970年、「グランド・ファンク」、「クローサー・トゥ・ホーム」、「ライブ・アルバム」と3枚たて続けにヒットさせ、同時にライブでの迫力あるパフォーマンスでその人気を決定づけた。1971年7月の初来日公演、雷雨の中で決行された後楽園球場でのライブ・パフォーマンスは現在も伝説として語り継がれている。 7枚目のアルバム「戦争をやめよう」を最後に、それまでグランド・ファンク・レイルロードを育て上げてきたマネージャー兼プロデューサーのテリー・ナイトがバンドの元を去る。 この後キーボードにクレイグ・フロストが加入、バンド名もグランド・ファンク・レイルロードからグランド・ファンクに改名して、バンドのサウンドは軽快なアメリカン・ロック・サウンドへと変化する。そしてトッド・ラングレンをプロデューサーに迎えた9枚目のアルバム「アメリカン・バンド」でアメリカを代表するバンドとしての地位を揺ぎ無いものとした。 この時期、シングル「アメリカン・バンド」(73年)、「ロコモーション」(74年)はアルバムでは達成できなかった全米No.1ヒットを記録している。 こうしてアメリカを代表するロック・バンドにのし上がったグランド・ファンク・レイルロードだが、1976年に惜しくも解散。ドン・ブリューワーとメル・サッチャーは新たにフリントを結成し、マーク・ファーナーはソロとして活動を行う。 1981年になるとマークとドンは新しいベーシストとしてデニス・ベリンジャーを加えてグランド・ファンク・レイルロードを再結成するが、あまり長続きはしなかった。 |
ディスコグラフィー
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On Time (1969) A)
1.アー・ユー・レディ 2.エニーバディズ・アンサー 3.タイム・マシーン 4.ハイ・オン・ア・ホース 5.T.N.U.C. スタジオ・レコーディングにもかかわらずハウリングもなんのその。トータル50分以上に渡る荒削りでハードな演奏は当時の勢いを物語っている。 |
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Grand Funk (1970) A)
1.ゴット・ジス・シング・オン・ザ・ムーヴ 2.ブリーズ・ドント・ウォリー 3.ハイ・ファルーティン・ウーマン 4.ミスター・リムジン・ドライバー 5.イン・ニード ファースト・アルバムのサウンドを踏襲しているが、よりまとまりを感じる作りになっている。「孤独の叫び」などは10分近い曲なのにもかかわらず、まったく飽きさせない。 |
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Closer To Home (1970) A)
1.グッド・マンズ・ブラザー 2.エイムレス・レディ 3.ナッシング・イズ・ザ・セイム 4.ミーン・ミストリーター 初期の最高傑作。トリオ編成というとクリームのような延々とギター・ソロを繰り広げるようなスタイルを連想するが(クリーム自体もスタジオ盤ではそんなことはない)、アレンジに気を配り、アンサンブルを重視したサウンドになっている。 |
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Live Album (1970) Disc1 Disc2 当時2枚組レコードでリリースされ、数々の伝説を生んだ初期GFRのステージが詰め込まれている。 |
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Survival (1971) A)
1.カントリー・ロード 2.オール・ユーヴ・ガット・イズ・マネー 3.カムフォート・ミー 4.フィーリン・オールライト 全米チャート6位を記録し、71年4月リリースの5thアルバム。ストーンズのカヴァー「ギミ・シェルター」や原始人に扮したジャケットでも話題になった。 |
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E.Pluribus Funk (1971) A)
1.フット・ストンピン・ミュージック 2.戦争をやめよう 3.アップセッター 4.アイ・カム・タンブリン テリー・ナイト最後のプロデュース。トリオでのサウンドに行き詰まりが見えてきた。 |
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Phoenix (1972) A)
1.フライト・オブ・ザ・フェニックス 2.トライン・トゥ・ゲット・アウェイ 3.サム・ワン 4.シー・ガット・トゥ・ムーヴ・ミー 5.レイン・キープス・フォーリン テリー・ナイトが去り、初のセルフ・プロデュースによる作品。後に正式メンバーとなるクレイグ・フロストが参加している。 |
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We're An American Band (1973) A)
1.アメリカン・バンド 2.ストップ・ルッキン・バック 3.クリーピン 4.ブラック・リコリス いわずと知れた彼らの代表作で名盤に数えられる作品。アルバムは全米最高2位。シングル「アメリカン・バンド」は見事全米1位に輝いている。プロデューサーはトッド・ラングレン。 |
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Shinin' On (1974) A)
1.シャイニン・オン 2.ゲット・バック・イン 3.ロコモーション 4.キャリー・ミー・スルー 5.プリーズ・ミー トッド・ラングレンが引き続きプロデュースを担当した人気盤で、全米1位の「ロコモーション」を収録。ジャケットは立体写真になっていて、中央の色眼鏡で見ると浮き上がって見えた。 |
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All The Girls In The World Beware !!! (1974) A)
1.レスポンシビリティ 2.ランニング 3.ライフ 4.ルック・アット・グラニイ・ラン・ラン 5.メモリーズ ホーンを使用したブラス・ロックからバラードやハード・ロックと、様々な音を披露、いずれにもスケールの大きさを感じつつ上手くまとまっている。「オー・ワンダフル」がヒット。 |
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Caught In The Act (1975) Disc1 Disc2 「ツェッペリンもぶっ飛んだ」という初期のハード・ロック・スタイルから、陽気でポップなアメリカン・ロック・スタイルへと変貌を遂げた彼らの集大成とでもいうべき内容の2枚組ベスト・ライヴ・アルバム。 |
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Born To Die (1976) A)
1.ボーン・トゥ・ダイ 2.デューズ 3.サリー 4.アイ・フェル・フォー・ユア・ラヴ 5.トーク・トゥ・ザ・ピープル 76年1月リリースのキャピトル時代最後の作品。「テイク・ミー」、「サリー」がヒットした。 |
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Good Singin' Good Playin' (1976) A) 1.Just Couldn't Wait 2.Can You Do It 3.Pass It
Around 4.Don't Let 'Em Take Your Gun 5.Miss My Baby 鬼才フランク・ザッパのプロデュース 。 |