サイモン&ガーファンクル / Simon & Garfunkel

 

 ポール・サイモンは1941年10月13日、ニュー・ジャージー州ニューアーク生まれ。一家はすぐにクィーンズに引っ越した。アート・ガーファンクルも同年11月15日、ニューヨークのクィーンズ区フォレスト・ヒルズ生まれ。二人の家は3ブロックと離れていなかったから、同じ小学校に通い、6年生の学芸会の時から親しくなる。中学も同じ。この頃からロックン・ロールに夢中になり、デュオとして歌いだす。

1957年、二人はトム&ジェリーの名前で、ビッグ・レコードという小さな会社から出した「ヘイ・スクール・ガール」が10万枚のヒットとなった。その後アートはコロンビア大学からサン・フランシスコへ、ポールはクィーンズ大学からブルックリン法律学校、と別々の道を行くが、1961年にニューヨークで再会。

この時フォークに共鳴していた二人は1963年に再びデュエット・チームを組み、この年ニューヨークのグリニッジ・ビレッジにあるカーデス・フォーク・シティと契約ができて出演、ビレッジのフォーク・ファンの間で知られるようになった。ついで同じくニューヨークのビター・エンド、ガスライトなどフォーク・ソング・クラブといった場所に出演して好評を博すようになっていったのである。こういう場所で歌っているうちにCBSレコードの優秀なディレクター、トム・ウィルソンの目にとまり、1964年に異例の早さでレコーディング契約が成立した。

そして最初のアルバム『水曜の朝、午前3時』がレコーディングされた。

このファースト・アルバムは1964年の中頃から1965年の初めにかけて少しずつ売れていった。それは8千枚とか9千枚とかいう数字で、後のアルバムが何百万枚も売れるのに比べるとあまりにも小さな数字だった。彼らのファースト・アルバムはもっぱり熱心なフォーク・ファンによって買われたものだった。

初アルバムをレコーディングした後でグループとしての活動を休止し、ポール・サイモンは単身渡欧した。1965年の夏にポールはイギリスに渡った。旅は快適だったが、とりたてて収穫があったわけではない。

ポールの旅行中にヒューストンやマイアミのラジオ局では、初LPの中の「サウンド・オブ・サイレンス」が時々電波に乗るようになった。これをラジオで聴いたCBSマイアミ支局の社員が本社にシングル・カットしてはとの提言を行った。これを受け入れて、CBSの本社ではシングル・カットするにあたり、当時流行していたフォーク・ロック調にすることを考え、エレキ・ギター、エレキ・ベース、ドラムス、などを加えて演奏したものを原唱にダブらせ、よりリズミカルでポピュラーなタッチに仕上げてシングル盤として売り出したのである。

これはたちまちポップス・ファンの心をとらえ、素晴らしい売れ行きを見せ始めた。ポールにとってははなはだ不本意ではあったが、ヨーロッパで自分の歌がヒット・チャートの上位にいきなり飛び込んできたことを知ったポールはアメリカに飛んで帰り、再びガーファンクルとコンビを組んで活動するようになった。もし、この曲がヒットしなかったら二人は絶望して別々の道を歩んでいたかもしれない。

「サウンド・オブ・サイレンス」がシングル・カットされたのは1965年の秋だったが、1966年の1月にはついにビルボード誌のトップ100で第1位となりミリオン・セラーを記録した。

これで彼らは完全にスターダムにのし上がり、「早く家に帰りたい」、「アイ・アム・ア・ロック」、「夢の中の世界」、「冬の散歩道」、「フェイキン・イット」、「スカボロ・フェア」、「ミセス・ロビンソン」、「ボクサー」、「明日に架ける橋」、「コンドルは飛んで行く」、など次々にヒットを放った。

1967年にポールは監督マイク・ニコルズから映画「卒業」の音楽を依頼され、この映画のためにとくに書き下ろした「ミセス・ロビンソン」は1968年のビッグ・ヒットとなった。この映画でサイモンとガーファンクルの歌は狂言回し的な役割を演じて映画を成功に導くとともに、彼らの名をさらにポピュラーなものにした。日本でも彼らの人気が決定的になったのはこの映画が封切られてからである。

彼らの音楽の大半はポール・サイモンが作詞・作曲しており、彼は当時のもっとも優れたシンガー・ソングライターの一人と言える。しかし、孤独感漂う内向的な歌詞をアートとのハーモニーで暖かく包み込むことにより、彼の楽曲はより多くの聴衆に支持されたのである。アートの存在なしにはここまでの名声は得ることはできなかったであろう。

アルバム『明日に架ける橋』を発表後、71年解散宣言をしないまま各自がソロ活動に入るが、その後も度々、デュオでレコーディングしたり、コンサートに出演して二人の友情が不滅であることを表明している。


   

ディスコグラフィー

水曜の朝、午前3時
Wednesday Morning, 3AM
(1964)

A) 1.ユウ・キャン・テル・ザ・ワールド 2.きのう見た夢 3.霧のブリーカー街 4.すずめ 5.ベネディクタス 6.サウンド・オブ・サイレンス
B) 1.私の兄弟 2.ペギー・オウ 3.山の上で告げよ 4.太陽は燃えている 5.時代は変る 6.水曜の朝、午前3時

 ポールの弾くアコースティック・ギターのみで歌われる「サウンド・オブ・サイレンス」を収録。フォーク・ロックの旗手となる前の素朴なサウンドとハーモニーを聴くことができる。好盤。

サウンド・オブ・サイレンス
Sounds Of Silence
(1966)

A) 1.サウンド・オブ・サイレンス 2.木の葉は緑 3.ブレスト 4.キャシーの歌 5.どこにもいないよ
B) 1.アンジー 2.リチャード・コリー 3.とても変った人 4.4月になれば彼女は 5.はりきってゆこう 6.アイ・アム・ア・ロック

 「サウンド・オブ・サイレンス」のヒットをうけて制作されたセカンド・アルバム。ドラムスやエレクトリック楽器が導入されフォーク・ロックと呼ばれるサウンドが聴かれる。楽曲はもちろん秀作揃い。

パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム
Parsluy,Sage,Rosemary and Thyme
(1966)

A) 1.スカボロー・フェア/詠唱 2.パターン 3.クラウディ 4.早く家へ帰りたい 5.プレジャー・マシーン 6.59番街橋の歌
B) 1.夢の中の世界 2.雨に負けぬ花 3.簡単で散漫な演説 4.エミリー・エミリー 5.地下鉄の壁の歌 6.7時のニュース-きよしこの夜

 「スカボロー・フェア」を中心とした、サウンド的には前作の延長線上にある作品。「7時のニュース-きよしこの夜」にもの凄いメッセージを感じてしまう。楽曲はもちろん秀作揃い。

卒業
The Graduate
(1968)

A) 1.サウンド・オブ・サイレンス 2.シングルマン・パーティー 3.ミセス・ロビンソン 4.サンポーチ・チャチャチャ 5.スカボロー・フェア(演奏) 6.オン・ザ・ストリップ 7.4月になれば彼女は 8.ザ・フォークス
B) 1.スカボロー・フェア/詠唱 2.グレート・エフェクト 3.プレジャー・マシーン 4.驚き 5.ミセス・ロビンソン 6.サウンド・オブ・サイレンス

 ダスティン・ホフマン、キャサリン・ロス主演の映画「卒業」のサウンド・トラック盤。インストゥルメンタル曲を担当したのは後のフュージョン・ブームをリードしたあのデイヴ・グルーシン。

ブック・エンド
Bookends
(1968)

A) 1.ブックエンドのテーマ 2.わが子の命を救いたまえ 3.アメリカ 4.オーバース 5.老人の会話 6.旧友 7.ブックエンドのテーマ
B) 1.フェイキン・イット 2.パンキーのジレンマ 3.ミセス・ロビンソン 4.冬の散歩道 5.動物園にて

 A面のメドレー形式の楽曲は秀逸。B面は独立した佳曲が並んでいる。サイモン&ガーファンクルの『アビイロード』といったところか(発表は彼らの方が先であるからビートルズの真似ではない・・・彼らの名誉のために)。彼らの代表作。

明日に架ける橋
Bridge Over Troubled Water
(1970)

A) 1.明日に架ける橋 2.コンドルは飛んで行く 3.いとしのセシリア 4.キープ・ザ・カスタマー・サティスファイド 5.フランク・ロイドに捧げる歌
B) 1.ボクサー 2.ベイビー・ドライバー 3.ニューヨークの少年 4.手紙が欲しい 5.バイ・バイ・ラヴ 6.ソング・フォー・ジ・アスキング

 フォーク・ソングという範疇から飛躍した多様なサウンドが聴かれる。もう説明の必要がない名盤。1970年度グラミー賞6部門受賞。



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