宇宙基本計画(案)に対する意見 石附 澄夫 はじめに 「宇宙基本計画(案)」が、昨年の宇宙基本法の制定に従って発表された。 わたしは、天文学の一学徒である。天文学は、宇宙を対象とし、かつ、宇宙技 術を用いて宇宙空間から人工衛星を用いて観測されたデータに大きく依存する学 問である。であるから、日本の宇宙政策の行方は、一天文学徒(あるいは一科学 者)として看過できない問題である。 また、同時に、わたしは、日本国憲法によって日本の主権者と定められた一国 民である。宇宙開発は、平和および生存権の問題と密接に関連しており、巨額の 財政投資を必要とし、また、機密の問題を通して知る権利とも関わってくる。で あるから、一国民・一納税者として重大な関心をもっている。 これらの問題意識から、宇宙基本計画の策定に当たり、パブリックコメントを 寄せるものである。 本文での表記について: 「宇宙基本計画(案)」の章立てを引用する際、丸で囲んだ数字は、文字化けし たり表記されない可能性があるので「[1]」のように、[]で代用して数字を囲ん である。 1.「宇宙に関する科学的な知の探求」を我が国らしい宇宙開発利用の目的に加えよ 「宇宙基本計画(案)」の第2章の第1節で「我が国らしい宇宙開発利用の推 進」の中で、その目的として、「国民生活の向上」、「国際貢献」があげられて いる。 わたしは、「宇宙に関する科学的な知の探求」を加えたい。なぜなら、これ は、「宇宙条約」(注1)の前文にある "common interest of all mankind" (邦訳は「全人類の共同の利益」 )の代表例であり、かつ、日本がこれまで独 創的な成果を上げてきた部門であるからだ。 そもそも、基礎科学(fundamental science)という営みは、それ自体が文化的 に価値のある人類共通の資産であり、真理を求める人類の文化全体の中で大きな 部分を占めている。基礎科学は、応用科学(applied science)あるいは工学 (technology) のための基礎・基盤になっているが、それがすべてではなく、基 礎科学自身で文化的価値をもっていることを忘れてはならない。これを忘れるこ とは、日本の科学ひいては技術の衰退を招くこととなろう。 宇宙科学は、宇宙・物質(注2)の起源・進化の解明に携るため、基礎科学の 中でも重要な位置を占めている。さらに、地球の生命の起源となる分子が宇宙空 間で形成され原始の地球にもたらされたという仮説もある。要するに、すべての 存在の起源・進化の解明に関わるのが宇宙科学である。 なお、「宇宙条約」の前文では、「平和目的のための宇宙空間の探査及び利用 の『科学面』及び法律面における広範な国際協力に貢献することを希望」(引用 『』は筆者による)すると書かれている。 また、宇宙基本法第五条では、「宇宙開発利用は、宇宙に係る知識の集積が人 類にとっての知的資産であることにかんがみ、先端的な宇宙開発利用の推進及び 宇宙科学の振興等により、人類の宇宙への夢の実現及び人類社会の発展に資する よう行われなければならない」とされており、宇宙基本法第八条で、「宇宙開発 利用に関する基本理念」の一つとされている。 (注1)「宇宙条約」は、「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用にお ける国家活動を律する原則に関する条約」(1966年12月13日採択、第21会期国際 連合総会決議2222号、1967年10月10日発効)の通称である。 (注2)宇宙という空間を満たしているものはいわゆる「物質」のみではない。 質量を持つために重力の源となって現在の天体(銀河、星)の形成の原因となっ た「暗黒物質」や、正体不明で現在宇宙の膨張を加速させている「暗黒エネル ギー」が宇宙を満たしている。なお、これらの存在の解明に、宇宙空間での人工 衛星による観測や実験が非常に重要な貢献をしている。 2. 「自主・民主・公開」の原則を、すべての分野で具体的な義務規定とせよ 1969年5月9日に衆議院本会議で「我が国における宇宙の開発及び利用の基本に 関する決議」全会一致で決議された。この決議は、宇宙基本法制定のときの質疑 の中で現在でも有効とされている。また、同年6月13日に参議院科学技術振興対 策特別委員会で「宇宙開発事業団法に対する国会の附帯決議」が決議された。後 者の中に、「我が国における宇宙の開発及び利用に係る諸活動は、平和の目的に 限り、かつ、自主、民主、公開、国際協力の原則の下にこれを行うこと」という 項がある。 このうち、自主・民主・公開の原則は、原子力三原則と通称される原子力基本 法第2条を踏襲したものである。 この「平和目的限定」と「自主・民主・公開」の原則は、科学・技術のありか た、および、科学・技術と社会との関係のあるべき姿を「具体的に」規定したも のと考えるべきで、単なる「国の努力目標や政策的方針」を規定したにとどまる ものではない。 とくに、原子力と宇宙開発においては、「平和目的限定」と「自主・民主・公 開」の原則がされた理由に対して絶対かつ最大限の認識が必要だ。すなわち、原 子力と宇宙開発は、ともに、多額の国家財政支出と膨大な人的投資を必要とする 巨大科学であり、かつ、軍事への転用が可能だという認識である。 ところが、「宇宙基本計画(案)」で「自主・民主・公開」の原則について言 及がなされたのは、第3章 2 (4)[1]の「科学的発見に挑戦する宇宙科学研究の推 進」の部分のみである。9つの主なニーズ(5つの利用システムの構築と4つの 研究開発プログラムの推進)のうちの、「F 宇宙科学プログラム」のみであ る。第3章 2 (4) [2] (a) 述べられている「月の起源と進化の解明」でさえ、自 主・民主・公開の原則の範囲外である。 他の5つの利用システムの構築と4つの研究開発プログラムの推進を見ても、 「自主・民主・公開の原則」を当てはめて支障が出る部分はないと考える。 また、「宇宙基本計画(案)」の第3章2(5)[3]では、「宇宙産業はロケッ ト・人工衛星等に関する重要技術や機微な技術・情報を取り扱うこととなるた め、その健全な発展を図るに当たっては、適切な安全保障貿易管理や対内直接投 資規制、機微情報の管理などを実施する必要がある」と「公開」の原則に反する 文言が書かれている。軍事技術の開発は、その性格上機密性が優先され、その結 果、「機微情報の管理などを実施する必要がある」ということになるのであろう。 これは、軍事技術の開発を名目に、宇宙開発利用に対する政策の是非の事前あ るいは事後の検討を阻む危険性を秘めている。実際、現在運用されている情報収 集衛星は、多目的衛星ということで計画され現在の運用にまで至っているが、そ の画像が公開されたことはなく今日に至り、情報収集衛星の具体的な活用状況を 尋ねた国会での質問主意書に対しても、「情報収集活動の性格上お答えを差し控 えたい」と、具体的な回答は得られなかった(注3)。 この秘密化が進むと、軍事部門と産業部門が結託して国民の基本的諸権利(こ の場合はとくに知る権利)を阻み、自由と民主主義を危機に陥れることになる恐 れがある(注4)。 結論として、「自主・民主・公開」の原則を、すべての分野で具体的な義務規 定とすることを要求する。 とくに、情報収集衛星は、本来多目的衛星として導入されたものであるから、 テータの公開を行うべきである。「宇宙基本計画(案)」に盛り込まれている今 後の情報収集衛星に関しても、同様である。 (注3)吉井英勝衆議院議員が2005年10月31日提出した質問主意書の質問の一つ に、「情報収集衛星が撮影したデータは公表されたことがないが、目的の一つに あげている『大規模災害の対応』に活用されたことはないのではないか。内閣府 は、情報収集衛星のデータを活用した事例はなく、昨年発生した新潟中越地震の 際でもアメリカの人工衛星『イコノス』の画像を購入して活用したと説明してい る。その他の省庁の情報収集衛星の活用状況はどうなっているか。各省庁が打ち 上げの際に提案した利用計画に即して答えられたい」というものがあった。これ に対して、答弁書(2005年11月11日)では、「具体的な活用状況については、情 報収集活動の性格上お答えを差し控えたい」としている。なお、同答弁書では 「情報収集衛星は、外交・防衛等の安全保障及び大規模災害等への対応等の危機 管理のために必要な情報の収集を主な目的とする」と、大規模災害等への対応が 目的の一つであることを認めている。 (注4)アイゼンハウアー合州国大統領が1961年1月17日の退任の際に、軍産複 合体が自由と民主主義を危機に陥れる可能性を指摘したことを思い出されたい。 3. 宇宙科学(science)・民生部門(civil)の軍事(安全保障)部門からの分離を 求める [1] 安全保障(軍事)政策優先の危惧: 早期警戒機能のためのセンサの研究に対する「宇宙基本計画(案)」の積極性 (第3章1(1)[1] E)とは対照的に、第2章 2 (2) の「宇宙を活用した安全 保障の強化」の項では軍事分野への言及に対して消極的な姿勢が見える。すなわ ち、「防衛力全体の中での宇宙開発利用の在り方については、平成21年末まで に見直し等に向けた所要の検討が行われている防衛計画の大綱、並びに、中期防 衛力整備計画において決定される予定である。宇宙基本計画の推進に当たって は、防衛計画の大綱等とも連携を図りつつ、整合性を確保するものとする」とし ている。これは、現状では白紙である次の防衛計画の大綱および中期防衛力整備 計画に、宇宙基本計画の埒外での宇宙開発利用を委ねていることになる。わたし は、防衛計画の大綱および中期防衛力整備計画によって日本の宇宙開発利用が左 右されることを憂慮する。 [2] 「デュアルユース」への危惧 「宇宙基本計画(案)」の第3章2(2)[1] で、「早期警戒機能に必要とな るセンサは、森林火災の探知など多目的な利用も可能であることから、防衛目的 の機能と他目的の機能を併せ持たせるデュアルユースの可能性など、政府全体と しての有効活用の推進を図る」とされている。わたしは、科学(science)・民 生(civil)部門と軍事(military)部門との「デュアルユース」は、科学 (science)・民生(civil)部門に対する悪影響が大きいと考える。 拙文の2.で述べたように、現在運用されている情報収集衛星は、多目的衛星 ということで計画され現在の運用にまで至っているが、その画像が公開されたこ とはなく今日に至り、その具体的な活用状況の把握は、国会議員の国政調査権も 及ばない。このことは、「デュアルユース」にした場合、「公開」の原則が損な われ、軍事部門以外の利用が壊滅的に損なわれることが例証している。 [3] 研究の場での自由な議論への制限への危惧 宇宙科学は、独創性・先端性がいのちであり、自由な議論の場は必須である。 また、「宇宙基本計画(案)」第3章1(2)I で、挙げられている「小型実 証衛星プログラム」の担い手として中小企業・ベンチャー企業・大学が期待され ている。同様の記述は、第3章2(5)[3] (a) にもある。これら中小企業・ベ ンチャー企業・大学の「文化」は、他に先んじようすること、および、独創性・ 先端性である。このためには、自由な議論の場は欠かせない。 ところが、「宇宙基本計画(案)」の第3章2(5)[3]では、「宇宙産業はロ ケット・人工衛星等に関する重要技術や機微な技術・情報を取り扱うこととなる ため、その健全な発展を図るに当たっては、適切な安全保障貿易管理や対内直接 投資規制、機微情報の管理などを実施する必要がある」と「公開」の原則に反す る文言が書かれている。 この機密性は、中小企業・ベンチャー企業・大学での独創性・先端性が必須の 基礎研究を大いに疎外することになる。 以上[1]-[3]の3点をかんがみ、私は、日本国政府において、宇宙の科学 (science)・民生(civil)部門を軍事部門(military, 安全保障部門)から切 り離すことを強く求める。これは、現行の独立行政法人宇宙航空研究開発機構法 第4条で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)はその業務を「平和の目的に限り」行う と規定されていることとも合致する。具体的には、以下の施策を求める: (i) 宇宙航空研究開発機構(JAXA)による宇宙の開発利用および研究開発活動は は、平和の目的に限る。すなわち、科学(science)・民生(civil)部門 のみとし、軍事(military)部門の研究開発を行わないこととする(米国航 空宇宙局([NASA]もそうである): (ii) 科学(science)・民生(civil)部門の宇宙の開発利用および研究活動 は、科学(science)・民生(civil)部門のみを目的としてこれをおこな う。軍民共用(デュアルユース)の宇宙の開発利用および研究は行わな い: (iii) GXロケットの開発は、軍事研究から切り離す(注5)。日本の国内外を 関わらず、軍の施設は利用しない。 なお、技術は軍民の区別がつかないという議論を散見するが、私はそれに与し ない。実用段階では、軍民の技術の区別は可能であり、また、そうすべきであ る。なぜなら、軍事部門と民生部門との技術的交流は簡単でないからだ。それ は、民生部門がそれぞれ別の方向に非常に特化かつ高度化しており、また、軍事 技術もまた別の方向に非常に特化しかつ高度化しているという事情による(注 6)。実際、日本は、現在まで、1969年5月9日に行われた「我が国における宇宙 の開発及び利用の基本に関する決議」にしたがって、宇宙の軍事利用を禁止して きたのである。であるから、上記の(i)--(iii)は具体的に可能であり、そうすべ きである。 (注5)GXロケットの開発の続行の是非に関する技術的観点からの議論は、非常 に重要であるが、本コメントでは措く。 (注6)具体的には、例えば、次の2冊が参考になろう:『グローバリゼーショ ンと戦争 ー 宇宙と核の覇権めざすアメリカ』(2004年、藤岡惇著、大月書 店)、および、『アメリカ航空宇宙産業 ー 歴史と現在 ー』(2008年、西川 純子著、日本経済評論社)。 4.早期警戒のためのセンサの研究を宇宙基本計画からの削除を求める 「早期警戒機能のためのセンサの研究及び宇宙空間における電波情報収集機能 の有効性の確認のための電波特性についての研究」が、今後5年間の開発利用計 画として挙げられている。これは、「平成17年度以降に係る防衛計画の大綱」に も「中期防衛計画(平成17年度〜平成21年度)」にも挙げられず、現在、進行し ているわけでもない。 ミサイル防衛は、その実効性が怪しいだけでなく、近隣諸国との軍事的緊張を 増し、ミサイル防衛機能を有した国による先制攻撃を誘発する危険性があり、ま た、国の財政に大きな負担を強いる。 さらに、我が国の経済体制を「軍産複合体」の手に委ねることになる。合州国 では既にそうなっている(前掲、西川純子氏の著書)。 この事情をかんがみると、ミサイル防衛のための開発である早期警戒機能のた めのセンサの研究は、日本国の政策とすべきでなく、宇宙基本計画に盛り込むべ きではない。 5. 宇宙科学の推進の仕方について 宇宙科学が人類共有の文化的価値であるについては拙文の1.で述べた。 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部(旧文部省宇宙科学研究所、以下 ISAS)は、この学術研究部門において独創的な成果を上げてきており、国際的な 研究拠点として世界的に認められている。 ISASは、その政策の形成は、科学者コミュニティの自主自律性(autonomy)を基 盤に、政府(具体的には所管する文部科学省[旧くは文部省])に上げる「ボト ムアップ方式」で行ってきた(注7)。これは、基礎科学の性格自体に由来する ものであるから、宇宙科学の推進において具体的な義務規定とし、単なる「国の 努力目標や政策的方針」としてはならない。 ここでいう科学者コミュニティとは、すべての研究者によって形成されるもの である。とくに、高等教育研究機関(大学・大学院・高等専門学校)の研究者と の連携および研究者同士の連携が重要かつ必須であることを強調したい。現在、 JAXAおよびISASは、研究拠点として機能しており、大学間連携の促進のための重 要かつ必須な役割を果たしている。これは何より、大学共同利用体制が維持され ていることが大きい。この体制・組織およびその機能は、今後も維持し、さらに 強化することを、宇宙基本計画において具体的な義務規定とすることを主張する (単なる「国の努力目標や政策的方針」としてはならない)。これをかんがみる と、科学者コミュニティの研究拠点としてのJAXAおよびISASは、文部科学省の所 管とすることが望ましい。 また、拙文2.で述べたように、学術研究の場から「自主、民主、公開、国際 協力の原則をなくしたら、それは学問の自殺行為である。 以上をまとめると、次の5点である。これらを宇宙基本計画において具体的な 義務規定とすることを主張する: (i) 科学者コミュニティの自主自律性とボトムアップ方式の政策形成を絶対的 に保証する: (ii) 科学者コミュニティを構成する大学・大学院を尊重し、大学と宇宙開発 利用機関との連携を保証する: (iii) 上記2項目の制度的担保として文部科学省宇宙科学委員会を維持し、さ らに当委員会の現行の機能を保持する。 (iv) 宇宙開発利用機関(現在のJAXA)は文部科学省の所管とする: (v) 「自主、民主、公開、国際協力」の原則は、「尊重」ではなく、具体的な 義務規定とする。 このうち、(iv)は拙文の3.の(i)で述べた「宇宙航空研究開発機構(JAXA)によ る宇宙の開発利用および研究開発活動は、科学(science)・民生(civil)部門 のみとし、軍事部門の研究開発を行わないこととする」と整合性がよいことに注 意されたい。 また、本年(2009年)4月7日に、日本学術会議が、「宇宙科学推進に関する要 望」を発表した。ここでは、「我が国は、宇宙の構造・進化を探究する宇宙物理 学的研究、太陽系諸天体の観測と探査、地球環境の精査、宇宙空間利用の新しい 可能性を生み出す宇宙工学研究など広い先端的分野において、大学など広い科学 者コミュニティを基盤とし、大学院生教育・人材育成への貢献を果たしつつ、宇 宙開発利用・宇宙科学・学術研究の更なる飛躍と発展を期する必要がある」と し、5か条の要望を出している。これの要望は、とくに組織体制に関する諸要望 は、宇宙科学のためにはいずれも必須の条件であるから、宇宙基本計画において は、単なる「国の努力目標や政策的方針」ではなく、国の具体的な義務規定とす べきである。これらのうち一部は、「宇宙基本計画(案)」の第3章2(7) [1] で言及されているが、さらに踏み込んで「宇宙科学推進に関する要望」を実現す ることを主張する。 なお、日本学術会議の「宇宙科学推進に関する要望」において、「宇宙開発利 用を格段に進めていくことが重要であり、宇宙科学はその基盤を広く支える役割 を果たすものと認識する」とあるが、これは、宇宙科学の内在的論理による発展 が「結果として」宇宙開発利用のための基盤を広く支えることになると解釈する のが適切である。宇宙開発利用のための基盤を作ることは、宇宙科学にとって は、手段であっても目的あるいは行動の第一原理ではない。宇宙科学の人類共有 の文化的価値以外の論理(とくに、国内・国際の両面での経済的利益や政治的利 益)が宇宙科学に関する活動の第一原理となってはならないことを宇宙基本計画 に明記することを主張する。 日本の宇宙科学においては、外国にないユニークな方法として、理学 (science)部門と工学(technology)部門とが分業ではなく密接に結びついて 一体となって括弧つきの「宇宙科学」という「文化」を作ってきたことがある。 この文化の維持・発展は、「宇宙基本計画(案)」の第3章2.(4)[1]のとこ ろの「理学研究と工学研究が一体となって」という文に反映されているが、その ための具体的な政策として本節(i)-(v)が必須であることを再びここで強調する。 (注7)ISAS等における自主自律性と「ボトムアップ」の政策形成の方式という 「日本の基礎科学の文化」に関しては、故小田稔氏による論説 "Maintaining Science Culture in Japan", 1998, Nature, Volume 391, Page 431 をぜひ参照 していただきたい。なお、この小田氏の論説では、基礎科学が単なる応用科学 (applied science)あるいは工学(technology) のための基礎・基盤ではないこと も主張されている(拙文1.参照)。 6.宇宙に関する教育と広報活動について: (i)「宇宙に関する科学的な知の探求」を基本にせよ (ii) 対象は全国民に (iii) 自然・世界の総体としての宇宙に対する知的探究心をかき立てる教 育・広報活動の推進を 「宇宙基本計画(案)」第3章2(7) [2] で、「次世代を担う青少年が宇宙に 関する正しい知識と理解を深めることは、将来の宇宙開発利用に携わる人材の裾 野を拡げ、国民の宇宙開発利用の推進に対する支持を引き続き確保する上で重要 である」とある。この文章は、政府およびその機関や私的部門による宇宙開発利 用が目的で、「宇宙に関する正しい知識と理解を深めること」がその手段である かのような書き方である。 拙文1で述べたように、「宇宙に関する科学的な知の探求」は、基礎科学にお いて重要な位置を占めており、基礎科学「自体」が文化的に価値のある人類共通 の資産である。 であるから、宇宙に関する教育と広報活動は、「宇宙に関する科学的な知の探 求」を基本にするよう宇宙基本計画を書き換えるべきである。 また、対象をことさら「子供達」や「青少年」に限るべきでなく、全国民を対 象とすべきである(注8)。 「宇宙基本計画(案)」の第3章2(7) [2] で具体的に挙げられた施策(a)、 (b)は、宇宙そのものでなく、宇宙開発利用に関する教育広報活動が中心であ る。「宇宙」に相当する英単語は universe, cosmos, space とあるが、 「宇宙 基本計画(案)」のこの部分で挙げられている宇宙は space のみである。すな わち、地球の周りの人工衛星の周回軌道が中心で、せいぜい月までしか言及して いない。 これは、非常に残念なことだ。自然・世界の総体としての宇宙(注9)に対す る知的探究心をかき立てる教育・広報活動の推進を、宇宙基本計画に具体的な規 定として盛り込むべきだ。 (注8)他の先進国に比べて、日本の「子供達」が理科の国際学力比較のサンプ ル調査で高いレベルを維持しているのに対し、成人のサイエンスリテラシーが低 く、かつ、科学(science)・技術(technology)に対する関心が低いという結果が 出たことを想起されたい。 (注9)最近の物理学では、多宇宙(multiunivese) 論が展開している。これに よると、我々の宇宙(the Universe)は、複数形の universes の一つである。こ の説の当否に関する議論は措くとして、少なくとも、すべての存在の起源として の宇宙(the universe)およびその進化(あるいは歴史)に思いを馳せるような 教育・広報活動の推進を、宇宙基本計画に盛り込みたい。 7. 有人宇宙活動は科学的・技術的な成果を勘案し議論せよ 「宇宙基本計画(案)」の第3章1(2) G、および、第3章2(4) [2]で、国際宇 宙ステーション、月探査について述べられている。 月探査については、数カ国の最近の開発状況を見ると、早急な日本の方針の決 定が必要とおもわれる。また、有人飛行に関しても、日本は遅れをとっているか のように見える。本来ならば、宇宙基本計画で具体的な方針を決定すべきもので あろう。 しかし、「宇宙基本計画(案)」第3章2(4) [2]で述べられているように、宇 宙での有人活動は無人での活動に比べて非常に巨額の資金を必要とする。これに 対し、これまでの各国の有人宇宙活動で得られた成果がその非常に巨額の投資に 比べて有意義であったかは、私は懐疑的である。 このことを考えると、「宇宙基本計画(案)」で、有人宇宙活動について歯切 れが悪いことは、拙速な結論を出さなかったことと見て、わたしは評価する。今 後も、巨額の財政および人の面での投資と科学的・技術的な成果を勘案し議論す ることを要望する。 8. 宇宙開発の全公開を世界に訴え宇宙技術の国際管理と宇宙軍縮を主導せよ ヒロシマ・ナガサキの被爆体験は、核兵器の恐怖を世界に知らしめた。また、 当時は運搬手段が航空機であったのに対し、ミサイル(ロケット)が核兵器の運 搬手段となっている。 核爆弾に関しては、国際原子力機関(IAEA)が査察を実行し、核分裂性物質(ウ ラニウムおよびプルトニウム)の管理を行い、民生用(原子力発電)と軍事用 (核爆弾)の区別を行うべく活動している。 一方、運搬手段であるロケットに関しては、その国際管理は進んでいない。 「核兵器の恐怖」の正体である戦略核は、核爆弾とロケットがあって初めて成り 立つものである。であるから、本来なら、ロケット開発に関しても、「公開」の 原則にすべての国がたつべきなのである。 日本は、唯一の被爆国として、すべての国のすべての宇宙開発の公開を求め、 宇宙開発の国際管理、および、宇宙軍縮を国際的に主導すべきである。このこと を、宇宙基本計画に明記するよう求める。 とくに、現在は、「宇宙条約」の第三条で「核兵器及び他の種類の大量破壊兵 器を運ぶ物体を地球を回る軌道に乗せ」ることは禁止されているが、「大量破 壊」でない兵器を宇宙空間の軌道や弾道に乗せることや大量破壊兵器を通過させ ることは禁止されてない。すべての兵器を地球周回軌道に乗せたり宇宙空間を通 過させることを禁止することも、宇宙軍縮として取り組むべきだ。 9. 宇宙資源の取扱:南極条約を基本に 「宇宙条約」の第2条によると、「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の 主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の 対象とはならない」とされている。 その一方で、現在、月を資源開発の目標と使用とするうごきがある。 「宇宙条約」を議決するにあたって、「南極条約」が参考にされた。そして、 南極に関しては、南極条約協議国会議によって、鉱物資源の開発に関わる活動は 禁止となって現在に至っている。 日本は、「宇宙条約」の第2条を維持することを国際的に主導すべきだ。この ことを、宇宙基本計画に明記するよう求める。 10. 人の位置の特定を「国及び国民の安全・安心の実現に資する」ことに反対する 「宇宙基本計画(案)」の第3章1(1)D「衛星測位システム」の節で、 「(現在は)人の位置を正確に特定するまでには至っていない。このため、今 後、高精度な測位を達成し、人工衛星と地上システムが連携した、シームレスな パーソナルナビゲーション等の新たな利用アプリケーションの創出による利便性 向上や「公共の安全の確保」のニーズにおける国及び国民の安全・安心の実現に 資することを目標とする」と書かれている。 この中の 「『公共の安全の確保』のニーズにおける国及び国民の安全・安心 の実現に資する」 は、国民の私的領域(プライバシー)の政府による管理・監 視・支配を唱ったものであるので明確に反対する。「人の位置を正確に特定する ことによって国民の私的領域(プライバシー)を侵害することは、絶対にこれを 禁止する」という文言を入れるべきである。 以上