問題直面(crisis)について

 

病、痛み、別れなどすべての問題は、問題じゃなく、自分の心の経験を映している。

立ちはだかる壁は、自分にとって先生でありラッキーなこと。

私たちは台風の真っただ中にいても、心をどう持つか選択できる。

 

Ex)ガン宣告、余命宣告

一番の先生になる。

すべては、自分の中の完璧な力、パワーを見つけるチャンス。

心配や弱さ、無力感を払拭する機会になる。

 

では、どうやって、自分の中の完璧な力を見つけるのか。

3ステップに分けられる。

 

(1)   今、ここで何が起こっているのか、理解しなくてはいけない。

「ACIM(A Course in Miracle)」のワーク5日目

I am never upset for the reason I think.

「私は、自分が考えているような理由で動揺しているのではない」

Ex)ガン宣告を受けて私は震えている。仕事を失って私は焦っている。

と、いうのではない。

今、この時点で自分のことが信じられないから、震えているし、焦っているのだ。

こうしたら、ああしたらと考えて夜も眠れない→自分を信用できていないから。

「自分の中の力を信じられないからだ」ということがわかったら、とにかく休む。

心身ともに休息が必要。

「私は休んでいい。休むだけの価値がある」

たくさんのhelpが必要。それが医療にしても、運動にしても、なににしても。

そして、自分で自分をhelpする。心の力。

 

(2)   自分が本当に正直じゃなかったことを認める。

自分をtake care セラピーを必要としているのだということ。

問題が起きたのは、自分に厳しすぎて自分の声を聞いてあげなかった。

誰かが言ったとか常識がそうだからとか、あの人が悪いと人のせいにしたり、過食や薬、酒など、いろんな事をしたり、使ったり、忙しさにかまけている。

自分の感覚や感情を無視してきたからだ。

なにかと理由をつけて、自分の感覚や感情を無視し、目をそむけていたことを認めなくてはいけない。

自分を不正直にしてきたことを認め、自分を無視するのをやめる。

自分がどれほど、寂しかったか、ということを感じ認める。

 

(3)   なぜ、自分は自分の気持ちから逃げていたのだろうか考える。

自分の心を見るのが怖いから。力を信用できていないから。

自分の力があまりにも大きすぎるから扱いきれないと思い、外側に怖いことを見て代用する。

自分の心の中は見ずに、外に見るから怖いものを見てしまう。

これからも自分の心見ず、すったもんだ起こして、一生切り抜けていくのか、決めなくてはならない。

問題直面、にっちもさっちもいられない時は、自分の心を選べるチャンスであり、勇気を持てる。

 

3ステップを試みると、絶望的に頑固な自分がいることに気付く。

なぜ、自分に正直になれないのか。

酒もやめられない、食べ過ぎも止まらない自分…。

ものすごい抵抗を感じる。

そういう自分は、正気じゃない自分だと思って、抵抗しないこと。

太刀打ちできないから、なんとかしようなんて思わない。

闘わないこと。相手にしないこと。

あ、そういう自分がいるなと思い、正気の自分に気を引きつける。

別の場所に正気の自分がいる。

 

正気の自分がいる別の場所とは

宇宙(universe、Godともloveともalmightyとも言う)の一部の「I」。

宇宙は、たったひとつのエネルギーでできている。

私たちは、その一部でそれ以外、何者でもない。

私も、彼も、彼女もみんな一部で一緒。

私たちは、オールマイティで何でも作る。

作ったものは、自分の投影。

 

正気じゃない自分がいる場所とは

I」にできた「ego」袋の中。

過食やお酒に走る自分、私はどこにも属さないと思う自分。ほかのすべてのパワーを断ち切って自分で自分の王国を築き上げようとする自分、いつまでたっても完全にならない。

完全なものに敵対するものは、不完全。そこはlawやorderが必要。

つねに自分の人生は不完全。気を付けろ。怖れ。

egoは、常に「この世界は私が作っている」と思う。

Iは、安心して組み込まれているので信頼できる。

「赦し(forgiveness)は、ego袋から出てIへ戻れる。

すべてのあらゆる問題、状況が起きるのは、「forgiveness」のため。

人生は、ego袋から出てIへ戻る。それ以外の目的はない。

 

Am I against war? Yes or No

Because      .

戦争とは、自分の国を守り、相手の国を攻める。

私は悪くない。うかうかしていたら攻撃されるから攻撃する。

go袋にいる私は、つねに構えている。誰かが来たら、敵か味方か判断し、自分のegoにフィットしたら、うまくいくし、フィットしなくなったら打ち切ってはじき出す。

戦争をすればするほど、自責の念は強くなり、ego袋は成長し、当然、抵抗も大きくなる。難しくなる。

戦争は、反対。なぜなら必要ないから。

私たちは、Almightyだから、そんなものにエネルギーを注ぐ必要はない。

 

無差別殺人

どんな人でも本当は「I」。ego袋で誤りを犯す。

go袋の中でもがいて、寂しくなり、孤独な戦いをし、ぎくしゃくしていて人に文句をつける。

加害者も被害者も傍観者も、本当の私たちはこういう存在だと教える、私たちを救う道。

 

go袋は、勝手な幻覚や陽炎を、私たちに見せる。

実際には存在していないということを、受け入れること。

あなたが責められるものはない。悪いことない。罰する必要はどこにもない。平和に戻るだけ。

 

つい、自分を守ろう、責めよう、我慢しようとなると、ふてくされ、私だけ違うなどひがむ自分になる。

これは、本当の自分じゃない。

自分というのは、証明する必要はない。あると思うと自分を証明する。

癒しとは、信頼できる自分に移行すること。

信頼できない 

信頼できる

Ego

夢、幻想

Something made me.

だれかのせいで

こんなにひねくれている(親のせい、戦争のせい、トラウマのせい、元カレせいなど)

「私」ができている理由は、外側にある。

宇宙(universe)

real world、light、

現実

証明することがない、変わることがない私

宇宙の中にいる、完全な光である私

 

過去のあれこれは関係ない。

今日なまけた私に、いい明日はない。→そんなことはない。

何を、誰を、何が起きたからということは関係ない。

勝手に見ている夢。あーだ、こーだ、とやっている。

本当の私は光を放射しているのに。

 

私たちは「みなしご」のふりをしている。

戻ったら罰が待っているだろう→待っていない。

単に「ただいま」だけ。

 

あの人のせい、これのせいと外を見ずに、くるっと自分に視線を移す。

心を見る→すばらしい大きな力がある。

私たちは、心を見ることから目をそむけている。

自分の心には、きっと嫌な部分があるはずだと、見ると汚い部分がたくさなり、ずるいし、ひどいし→そんなものはない。

山も川も月も、形を持ったものは、存在しない。抽象的なエネルギーがあるだけ。

 

egoは完全じゃない。いろんなことをやって、挑戦して、快楽を求め、ゲットして、なんとか完全にしたいと思う。でも完全にはならない。

egoの法則とは

幸せを探して、チャレンジしてごらん、でもないよ。

やみくもに、頑張るだけ。

チャレンジする必要はない。

 

目の前に、苦労でうちひしがれた人がいる。

自分もまた、そこにいる証拠。一緒にego袋の中にいる。

本当の姿が見える。

 

egoとは自己イメージ

私とはだれか。私は○子です。

私の過去の記憶、私が私としてジャッジする。当然、守ろうとする。

私は、私の中にある。

私は○子ではなく、王国でもなく、宇宙の法則に戻りたい。

real worldを意識する。

みんな同じ。

○子でありながら、real wolrdでコミュニケーションしている。

 

real world

ネガティブなエネルギーも、ポジティブなエネルギーも存在しない。

死も存在しないし、本当は生まれてもいない。

傷つけられることもない。

ただ完全なエネルギーがあるだけ。

完全じゃないのなら、ego袋の中にいる。

特別な人も存在しないから、ダメな人も存在しない。

災難や災害はego袋の中で見るillusion.

個人的な考えも、ニュートラルな考えも存在しない。

正しいか、幻想か。

思いも寄らない救いの手が差し伸べられる。

予測不可能な事が起きるのは、宇宙が自分の頭脳(ego)を超えているから。

goがすべての世界じゃない。

 

愛とは、届くものじゃない。愛の中に自分がいる、存在していると感じること。

そして、それを受け入れること。

Ex)セラピスト。

困っているクライアントを助けようと思わない。このクライアントは、私に愛を持ってきてくれた。癒やされた、気付いたと自分が思ったとき、相手もそう思う。

人がたくさんいる場所が怖い子供。

なにかの問題を表現している。愛されてくつろぎたい。何かと怖がっているのは、対象をちゃんと見ていないから怖い。たとえば夜に映る木の影とか、実際に見て正体がわかれば怖がらない。

早く治さなくちゃいけないという周囲の思いが、ますますくつろげなくしている。

一緒に、ただ一緒にいて経験してあげる。何年かかっても焦らないこと。

 

病気などの問題直面は、そこに、とどまる理由があるからだ。

理由を尊敬して、敬意を表して、ゆっくりと手を差し伸べることが大切。