5月2日『♪話しかけたかった』の季節
ニュースを見る。1年のなかで5月が一番好きだ。昔からそうだった。暑くもなく、寒くもなく、梅雨入りまでにはまだ間があって、プール開きにもまだ間があって、なんとなく爽やかな気分になれる、そんな5月が好きだった。暑くもなく、寒くもなく、という点では秋でもいいのだけど、秋は淋しくなるから嫌いだ。やっぱり春がいい。5月の風がいい。そして今年も大好きな5月がやってきた!
毎年、この時期のニュースといえば、やはりGW関連のニュースだろう。先日ふと気が付いたのだが、NHKでGWと言っているところを見たことはない。ほとんどの場合、大型連休と言っているのだが、もしかしてGWって商品名なのだろうか。NHKはその辺かなり神経質だから、例えば流行りのキックボードもキックボードとは言わずに、キックスケーターと言っている。商品名がまるでその商品の総称の如く浸透してしまうとNHKも大変だ。セロテープとかサランラップとか、過去の歴史を紐解けばいろいろ出てくるので、この辺をいろいろと調べていくと面白いのではないかと思う。そういえば『ギネスブック』も商品名なので、以前NHKで紹介された時はとんでもない言い方に直されていた。「全世界のNO.1を集めた云々…」と。なんだかこれじゃ余計分かり難くなっているような気がしないでも…
今年の大型連休(NHK風に)は長いところで10連休だ!9連休だ!ことの話を聞くけれど、全国民の割合的には一体どのくらいの人々が9連休のまさに大型連休の恩恵を受けているのだろうか。もしもカレンダー通りだったら長くても3連休のはずだし、土曜日休みの場合でも5連休がいいとこだ。9連休以上になるということは、少なくとも5月1日・2日もお休みということになる。でも例えば会社でも、取引先やお客様との兼ね合いでなかなかそこまで休めないというところも多いのではないだろうか。それでも社会人の場合、3連休でも休めるだけまだいい。サービス業だったりなんかした場合は、休めるところかまさに書き入れ時なので、大型連休などTVの中の出来事でまさに他人事であろう。羨ましくこそ思えど、だからどうしたと思ってしまう。自分には全く関係のないニュースが、いかにも日本全体の現象みたいな表現で報道されていると、何とも言い難い気持ちになってくるものだ。
私自身は、この時期でもお盆休みでも9連休だことの極端な大型連休の恩恵を受けた経験などない。学生時代は勿論カレンダー通りだったし、社会人になってからもこの時期こそカレンダー通りに休めるものの、お盆休みなど交代制だったので先輩に休まれてしまうと、なかなか好きな時に休めないような、そんな環境のなかを過ごしてきた。今でこそ少しは自由な時間が増えたものの、とはいえ大型連休の恩恵を受けているという訳ではない。ニュースから「今年の大型連休は云々…」なんて話しは、やっぱり他人事みたいに聞こえてくるのである。
渋滞・混雑度・行楽地・出国ラッシュ…こんなふうな大型連休における風物詩をTVで見る時の心境というのは、如何なものだろうか。「渋滞も混雑度も関係ない自分は幸せ」と思うのだろうか。「みんなはお休みなのに自分は仕事で悲しい。」と思うのだろうか。「こんなに大勢の人が出掛けてるんだから、自分もどっか行かなきゃ!」という強迫観念に駆られてしまうのだろうか。それとも「時間もお休みもあるのに、何にも予定がないなあ。」と淋しく思うのだろうか。
思うに、超大型連休の恩恵を受けている人なんて、ニュースから感じ取られるほど多くないのではないかと思う。あんまり大型連休云々だ!とTOKYOウオーカーな気分で報道してると、全く関係のない人が捻くれた気分になるような気がする。これは別にこの時期に限ったことではなく、例えば一昔前に必要以上に騒がれたクリスマスイブの過ごし方や、イマドキの高校生の生態についてにも言えることなんだけど、一部の人々の現象をまるで全体の現象みたいに報道すると、変な焦りや僻みを生むことにもなり兼ねないような気がする。
GW(一般風に)限らず、どんな日だって、それぞれにはそれぞれの過ごし方がある。その昔、本意ではなく連休がなくなり、土曜日は確実に仕事、そして日曜日にも仕事をしなければならない状況になった時、カレンダー通りに休めるということが、どんなに幸せなことだったのかと身にしみて感じられた。それまで日曜日には絶対に休めるということが当たり前すぎて、その有り難味に私は今まで気が付かなかったのだ。そしてしばらくの後ふたたび日曜日がきちんと休めるようになった時、凄くその状況が有り難いなと思うようになった。そう思えるようになったことは、自分自身今でもとても良かったことだと思っているし、日曜日だって紛れもなく一所懸命に働いている人がいるという事実を改めて認識出来たことも良かったことだと思う。
大型連休なんて全然関係なく、全国各地で一所懸命に働いている人がいるお陰でGWは成り立っているんだと思う。人々を楽しませるために観光地や遊園地で働く人がいて、飲食店で働く人がいて、乗り物の運転をする人がいて、料金所で働く人がいて、渋滞情報を伝える人がいて…皆様本当にお疲れ様だ。5月だ!大型連休だ!と浮かれている人は、連休など関係なく働いている人たちにこそ感謝しなければならない。GW(一般風に)限らず、どんな日だって、それぞれにはそれぞれの過ごし方がある。だから何も無理してどこかに出掛けて、渋滞に巻き込まれる必要なんて全然ないんだよね。
明日から私たちも中型連休が始まる。5日間の休みなんてあっという間に過ぎてしまうのだろう。そしてあっという間に月曜日がやってきて、その月曜日は休んだ5日間よりもずっとずっと長く感じられることだろう。それでも休めるだけ幸せだと、今ならそう思える。GWが終わってもまだ5月。私の好きな5月はまだまだ始まったばかりなのだ。5月病だなんて黄昏ている暇などないのだ。新種の5月病も即刻解除。せっかく暑くもなく、寒くもない、爽やかな風が踊る、そんな5月がやってきたんだから…。5月が好きで良かったな か
5月3日日常の現実
『ウンナンのホントコ』(TBS)を見る。あなたにとっての日常って何だろうか。あなたはその日常が好きだろうか。そしてその日常をちゃんと生きてるだろうか。私にとっての日常は、多分「月曜日から金曜日までの、朝起きてから寝るまで」を中心とする時間を日常と呼ぶような気がする。その間にいる場所、過ごす人、それが私にとっての日常だ。だから土曜日や日曜日に行く場所や逢う人は、日常とはちょっと違う。
『未来日記』の第5弾が今日終わった。福山雅治さんの『♪桜坂』をBGMに、言わば仕組まれた恋愛劇を演じるのが、この『未来日記』だ。日記に書いてある通りに行動するというその日記の内容は、とてもドラマティックだ。今回の『未来日記』は過去の作品とは違い、国籍の壁&言葉の壁があった。スケッチブックを片手に自己紹介をし合う様子は、何だかとっても新鮮な感じだった。日本語の「楽しい」と「嬉しい」の違いを、相手に理解してもらおうと説明する様子を見て、私自身もその違いについて考えてみたのは、思う以上に簡単なことでなかった。「嬉しい」と 「楽しい」。その違いを上手く言葉で表現しようとするのは難しい。しかも言葉の壁を乗り越えて説明するとなると、これは大変なことである。ちなみに、辞書でその違いについて改めて調べたところ、思わぬことが分かった。「嬉しい」の反対語は「悲しい」で、「楽しい」の反対語は「苦しい」であるということが。こうやって考えてみると、その違いが明確になってくるし、私自身は「楽しい」より「嬉しい」の方が言葉としては良く使っているように思う。自分の内面を表現する時は、やっぱり「楽しい」より「嬉しい」だもんね。普段何気なく使っている言葉でも、奥が深いんだなあと思わされる一幕だった。
予想通り、ハッピーエンドで幕は閉じた。お揃いの指輪をしてスタジオに登場したふたりは、それがたとえ予定調和であれ、艱難を乗り越えた後の晴れ晴れとした姿で、とってもいい感じだった。これからこのふたりがどうなるのかは全く分からないけど、今後は『未来日記』に書いてあるようなドラマティックなことなんて起こらないのだから、これからは平穏だけど単調な日々がやってくるのみなのだ。
日常生活が堪らなく嫌になって、どこか非日常の世界に飛び込んで行きたくなったことが、誰だって一度や二度はあるだろう。私だってある。なんだかいろんなことが嫌になっちゃって、何もかも投げ出してしまいたくなったことくらい。だけど、それも現実ときちんと受け止めて何とか乗り越えてやっていかなければならないというのも、これもまた現実なのだ。日常の現実。もし仮にどこかに飛び出したとしても、飛び出したどこかで日々を過ごせば、またそこが日常の現実になる。場所場所で微妙な違いはあれど、日常の現実に違いはない。そんな変わり映えのしない現実に起こるのが『未来日記』の夢なのだ。
でも最近私は、日常生活に湧き起こるドラマみたいなまるで『未来日記』のような素敵な出来事が起こることに憧れるよりも、今の日常生活をきちんと生きることの方が大切だと思う気持ちの方が強くなってきた。これも歳をとったせいなのかもしれないけど、ドラマティックなことはひとつもなくても、今こうして平穏に日々を過ごせることの方が絶対的に大切だと思うのだ。だって、退屈な日常に振って涌くドラマティックな出来事は、「嬉しい」「楽しい」の明るい出来事ばかりであるとは限らないんだから…
恋人と過ごす時間は、たとえそれが何年付き合っている恋人であろうと、非日常の世界だと私は思っている。だから恋人同士のうちは「楽しい」「嬉しい」のは当たり前なのだ。そこにドラマティックなことが起ろうものなら、お互いの気持ちに火が点くのは当然のことなのだ。『未来日記』は基本的にそういう世界だ。結婚してはじめて、お互いの関係が日常になる。非日常から日常に。そう!変わり映えのしない日常がやってくるのだ。日常を過ごしてはじめてこんなはずじゃなかった!なんて思わないように、恋人同士のうちから非日常に対する極端な美化と憧れのマジックは解いておいた方がいいと思うよ。(以上、既婚者かこの、役に立つのか立たないのか分からないアドバイスでした。)
平穏な日常がどんどん幸せに思えてくるのは、世の中の情勢があまりにも物騒だからだろうか。それとも、年内に起るかもといわれている、関東界隈での大地震に対する恐怖感からなのだろうか。どちらにせよ、私は今の日常をとても大切にしたいと思う。そしてあなたにも日常を大切に生きて欲しいと思う。何らかのことで、日常すら送れなくなったときに後悔だけはしない日常を過ごして欲しいと思う。
私にもし『未来日記』があったら、そこに「平穏な日々を送る」と書き記したい。さあ、あなたの『未来日記』には何て記しておこうか…
5月4日グッバイ・イエロー・ブリック・ロード
『太陽は沈まない』(フジ)を見る。昔から洋楽に疎いのだけは変わっていない。自分自身今ある邦楽ほどの知識はなくてもいいけど洋楽のことも少しくらいは知っていたいなと思うのだが、如何せん英語が苦手な私のこと、なかなかその第一歩が踏み出せずにいるというのが正直なところだ。そんな訳だから、例えばラジオやTVのCMなんかで、いい感じの洋楽が流れていてもそれが誰の歌なのか即座に分かることなどまずない。丁寧に下の方にテロップでも出ていればまだいい。でもそれもないとなるとせっかく気に入った洋楽があっても手に入れられないまま終わってしまう。
高校生の頃、めちゃめちゃ洋楽に詳しい友人がいて、その子に聞けば洋楽のことはすぐに分かったと思う。でもあの頃の私は既に英語が嫌いだったので、好んで洋楽の話をするどころか、どちらかといえば避けていたような気さえする。それに今みたいに気になる洋楽が特にあったという訳でもなかったので、だからどうということもなく毎日を過ごしていた。高校を卒業した後、彼女とは別々の大学へ進んだので殆ど逢うこともなくなってしまった。そんな私が就職して、一番はじめに仲良くなった同期の子がとんでもなく洋楽に詳しい子だと知った時は驚いた。ちょうどその頃、気になるCMソングがあったのだけれど、誰の曲かさえも分からないでいたのだ。今でも忘れはしない、某車メーカーのCMソングだった。私は真っ先に彼女にこの曲について尋ねた。そうしたら即答えが返ってきた。彼女は親切にカセットテープに録音してくれたので、私は気に入ったその曲をヘッドフォンステレオで通勤途中に何度も何度も繰り返し聴いた。一定期間にあんなにも集中的に聴いた洋楽は、あれが最初で今のところ最後だ。何故私があの時、あの曲をあんなにも気に入ったのか、今となっては分からない。洋楽なので歌詞に感動したという訳でもなかろう。多分考えられることとしては、メロディーラインの美しさにやられたという可能性が一番高い。彼女が録音してくれたカセットテープには、その曲の他にも、その人が唄っている歌が何曲か入っていた。彼女なりの優しさだったのだと思う。あの時期私はしばらく洋楽にかぶれた。相変わらず何を唄っているのか分からない歌だったけど、それでも満足だった。
結婚のためその職場を辞めてから彼女とは逢えなくなった。辞めるまでの間、私はかなり洋楽の件に関しては彼女に助けられてきた。彼女の誘いで、渋谷公会堂まで海外のアーティストのコンサートに行ったこともあった。自分の知らない世界に足を踏み入れるのは、何とも言い難いものだ。私の知らないアーティストのコンサートで渋公が満員になっているという現象だけでも不思議な気がした。彼女には感謝している。
時を同じくして、私はこのサークルで洋楽に詳しい人に出会った。カラオケに行けばいつも洋楽しか唄わないようなそんな人だったので、私はふと思いたって「この曲唄って!」と、とある曲をリクエストしてみた。案の定、彼は知っていた。だから私はすぐさま「洋楽のこと分からなかったら聞いていい?」と尋ねてみた。逢えなくなった彼女と入れ替わるかのように、洋楽の力強い味方が現れた。でもそれからしばらくの後、彼はサークルに来られない状況になってしまった。あれから2年以上の年月が過ぎた。今、私の身近に洋楽が詳しい人はいない。でも時期的に、そろそろ現れてもいい頃だなんて都合のいいことを考えている。これを書くことによって「洋楽ならまかせとけ!」という人が現れてくれれば、本当は言うことないんだけど、やっぱり都合良すぎる…か。
先日いつものようにTVを見ていたら、耳に飛び込んできた曲にハッとした。それは今度始まる新ドラマ『太陽は沈まない』の番宣CMだった。「この曲は確かあの時の…」たとえ一定期間であれ、何度も聴いた曲を聞き間違えるはずなどない。そう!それは紛れもなく、彼女から貰ったカセットテープのあの曲だった。ヘッドフォンステレオで通勤途中に何度も何度も繰り返し聴いたあの曲は、今、某車メーカーのCMソングを越え、ドラマの主題歌になって帰ってきた。第1話をこの曲に惹かれて見てから、私はただその曲の懐かしさと、曲が聴きたいがためだけにドラマを見続けている。ドラマの内容は、といえば決して楽しいドラマとは言い難いけれど、この曲に合っているいい感じのドラマだ。そういえば今期はタイトルに惹かれて見始めたドラマがあった。そして曲に惹かれて見始めたドラマがここにある。曲に惹かれてドラマを見始めるなんて、思えば『この世の果て』(フジ)以来だ。久々に、あの曲でも聴こうか…
5月5日こどもの日に一番こどもについて考えた番組は何?
『徹子の部屋』(テレ朝)を見逃す。しまった!見逃した!不覚なり!誠にもって不覚である。…。本来はこの番組で書く予定だったのだけど、見逃したので今日は「こどもの日」関連の番組について書きたいと思う。
昨年の敬老の日。私は敬老の日関連の番組が各局でどのくらい放送されたのか、ラテ欄をピックアップしてみた。その時「視聴率○冠王とか言っている局ほど、敬老の日関連の番組など殆ど放送されていないことが分かる。」と結論づけたように、NHKとテレビ東京ばかりに敬老番組が多く確認出来た。それでは「こどもの日」の今日はどうか。検証してみたい。
まず東京キー局の民放のラテ欄を見て、明らかにそれらしいものは『超少年エースを探せ!・掛布も江川も息をのむ怪物小学生』(NTV)と『ジャスト▽めざせ宇多田小学生デビューの試練』(TBS)と『金曜エンターテイメント・こどもの日スペシャル「小さな留学生」』(フジ)と『ミュージックステーション・こどもの日ドリーム・ホワイトベリー登場』(テレ朝)と、何故だかテレ東以外は各局に一番組はそれらしきラテ欄が確認出来た。テレ東に限ってこどもの日の特別番組がなかったのはどうしてなんだろうとも思ったけど、考えてみたらテレ東って、いつも子供向けアニメをやってるのだ。だからこどもの日だからって、あえて特別番組を設ける必要なんて全然ないっていうことなんだよね。これが何を意味しているかは、言わずもがなであろう。
で、もう一方のNHKは?といえば、『浩一とおばあちゃん・孫は高校日本一』『昼どき日本列島▽おいでよ子供の王国』『読む・子ども電話開設』(以上NHK)・『こども将棋名人戦』(NHK教育)となかなかこどもの日番組とはいえ、渋い番組がラインナップされている。これぞNHKの成せる技と言ったところだろうか。『浩一とおばあちゃん・孫は高校日本一』って、どんな番組だったのだろう。ところで浩一って誰?何の日本一だったの?全く逆にすれば、敬老の日にオンエアしても全く違和感のない番組になりそうだ。
NHKとテレ東は別にして、その他の民放東京キー局が敬老の日には殆ど特別番組を放送しなかったのに、今日のこどもの日には、それなりに一番組程度の特別番組が放送されたのは何故なのだろうか。え?お年寄りを大切にするとか優しくするとかは実は表向きだけで、本当は大切に思っていない証拠?。え?ホントはお年寄りより小子化のために必要以上にこどもの方が大事にされている紛れもない証拠?。確かにその可能性はないとは言いきれないだろう。敬老の日の日記にも書いたけれど、ラテ欄を見ていてもなかなかお年寄り向けの番組は少ない。こどもはまだテレ東やNHK教育のような、子供向け番組を沢山放送してくれる局があるのだからまだいい。でもお年寄りが喜んで見そうな番組っていうのは、なかなか少ないというのが現実だ。特に視聴率○冠王とか言っている局ほど少ないのだから嫌になる。そんな局で「お年寄りに優しい街作りを!」なんていかにもっぽく言っているのを見るにつけ、「だったら自分の局から率先してお年寄りに優しい番組作りをしろよ!」と突っ込みたくもなるというものだ。
と、まあ一通りこどもの日関連の番組をチェックして思ったことは、こどもの日にこどものために放送しなければならない特別番組というのは、何も別にこどもが喜ぶ番組である必要など全くないということだ。例えば子供が喜んで見そうなアニメとか、全国各地のこどもたちを紹介したりとか、そういう番組である必要などないのだ。そんなふうに考えていくと、本日5月5日こどもの日に一番相応しかった番組は、私が不覚にも見逃した『徹子の部屋』だったのだと思う。この番組に祝日に出演するのは、今までも興味深い人ばかりだった。有名になる前の乙武くん・ドラえもんがCGで登場…など、祝日をおもいきり意識したゲストを呼んでいる点では、大変評価出来る番組なのである。
本日のゲストは以前の日記でも2度ほど登場している大平光代さんだった。「だから、あなたも生きぬいて」という本が大ベストセラーになっているので、読んでいる人もいるだろう。この人を今日のこどもの日にゲストに呼んだのは、きっと誰よりも一番こどもたちに見て欲しいという番組側の計らいだ。決してこどもたちが喜んで見る類の番組ではない。でも、何よりも一番こどもたちに見て欲しいと思って、学校がお休みのこの日に大平さんをゲストに呼んだのだろう。残念ながら私は不覚にも見逃してしまったので、ここで徹子さんとどのようなやり取りが交わされたのかは分からない。見逃したのは本当に残念だ。
大平さんが番組を通して伝えたかったメッセージはどのくらいにこどもたちに届いたのだろうか。おりしも17歳の少年が起こした事件が世の中を震撼させている時期と重なり、特に少年事件の弁護を請け負っている大平さんはこの事件をどんなふうに受け止めたのだろうか。
今日はこどもの日。街を歩くとこいのぼりが風に棚引いて泳いでいる。元気にすくすく育てよ!と親たちがメッセージを送っているように思える。可愛い可愛い自分のこどもが、世間を震撼させるような事件を起こすなんて、小さい頃はあの親も思っていなかっただろう。ところで…私たちはいつからこどもとは呼ばれなくなってしまったのだろうか。私はいつからこどもでなくなったのだろうか。17歳はこどもなのだろうか。守られなければならないこどもなのだろうか。
2000年の今日、こどもの日に一番こどもについて考えさせられたのは、いくつもあったこども向けに作られた番組ではなく、他でもない現実の出来事だったというのは何とも皮肉なことだと思う。
5月6日「信じる」ということ
『大草原の小さな家』(NHK教育)を見る。「信じる」ということは、難しいことなのだろうか。今日は「信じる」ということをテーマに鑑賞日記を書くので、あなたも一緒に考えて欲しいと思う。
今日のこのドラマのテーマは「信じる」ということだったと思う。【ローラとメアリーが学校の課題で出された昆虫採集に一緒について来たキャリー(ローラとメアリーの妹)が、蝶を追いかけて古井戸に落ちてしまう。町の人たちが総出で助け出そうとするけど、穴は深くなかなか助け出すことが出来ずにいた。そんな折、ラウディーという技術士だった男の人が「ここは古井戸ではなく、炭坑の空気口だ!だからこのまま掘り進めると危険だ!すぐに掘るのを止めろ!」と主張するが、「ここには炭坑はない!」とハンソンさんと対立してしまうのである。実はこのラウディーさんとハンソンさん。かつてふたりは同じ人を好きになり、結局その女の人はラウディーさんと結婚したのだが、その後の火事によりラウディーさんとその娘さんだけ助かり、女の人は亡くなってしまったという過去があったのだ。そのことにより、娘の親権もハンソンさんの働きかけにより取り上げられ、そのためラウディーさんはアル中になってしまったのだ。そして今朝もラウディーさんはハンソンさんに仕事をねだりに行ったのだが、断られたばかりだった。そんな訳なので、ラウディーさんの意見も信じてはもらえず、掘り進めていった結果、最後は結局ぐずぐずになってしまい、まるで雪崩れの如く穴が土で埋まってしまったのである。でも、皆が掘り進めている間、危険を察知したラウディーさんやキャリーのお父さんらが先回りして空気口を突き止め、穴が土で埋まってしまう前にキャリーを助け出していたので、なんとか事無きを得たのだった。】
過去にいろいろと確執があったり、ましてや一度裏切られたりでもしていれば、その相手を信じるということはとっても難しいことだと思う。世の中にはいろいろな出来事があって大勢の人々がいる。人間は、その数多いもののなかから自然と何かを信じて生活をしている生き物だ。信じられる人にだけ悩みを相談し、事実を話し、心を開き…という深刻なものだけではなく、例えば毎日口にするものだって「安心だと信じる」気持ちがなければ決して食べることなど出来ないだろうし、レストランで出された食事だって、タクシーだって、電車だって、パソコンだって、お医者さんだって、信じていなければ食べることも乗ることはもちろん、身を任せるなんて到底出来ないはずなのだ。そう考えていくと、日々の生活というのは「信じる」ということを基本に営まれているといっていいだろう。もし「信じない」つまり「すべてを疑ってかかる」ような日々の生活を送っていたら、疲れて疲れてもうどうしようもなくなってしまう。でも「信じて裏切られる」ということが時々発生するのも、これまた現実で、だからこそ一度裏切られるという分かりやすい前例がある場合は、今日の『大草原の小さな家』のようなことが起りうるのである。
物語はラストシーンで、ハンソンさんは自分の非を認め、ラウディーさんに謝罪するというかたちで幕を閉じる。そう!「ふたりとも彼女を愛していたんだよ。」とふたりは分かり合ったのだ。このドラマを見ていた私は「信じる」ということについて深く深く考えてしまった。深く―――。もっと深く――――――…。
日本人は特に義理人情に厚く、縁故を必要以上に大切にするので、例えば知っている人の言うことは信じるし親切にもするけど、知らない人の言うことは一切信じないし冷たく当たるという場合が多いように思う。★★★の世界などまさにその代表格で、伏せ字にしなければヤバ過ぎて書けないくらい、義理人情にあつく縁故に優しい世界だと思う。★★★の世界に限らず、日本にはそういう世界が多いので今までは、義理人情だけを信じていけば良かったのかもしれない。でもそれだけでは絶対に駄目だと思う。別に私は義理人情の世界が悪いと言っている訳ではない。でも、あまりにも義理人情を重んじるがゆえに、それ以外のものを排除するような世界だけにはなってほしくないと思う。○○さんの息子だから…とか、○○さんの知り合いだから…とかではなく、全く知らない人でも、あの人の技術なら!と信じていける世界になった方がよりよい世の中が築いていかれると思うのだ。
そういえば、今では当たり前のことでも、何百年も前の偉人たちがそれを唱えた時は、信じてもらえなかったという出来事も多い。最初に「地球は丸い」という説を唱えた人への反応はどんなものだったか、そしてその説が確かなものとして信じられたのは、いつのことだったか。その昔、ハレー彗星が接近したときに信じられた迷信はなんだったか、知っている人も多いだろう。信じるということは、時に困難を極めるものだ。例えば誰かが「○月○日に★★★で地震が来る!」と断言したとする。今現在の常識では、その可能性は予知することは出来ても100%断言することなど出来ないというのが事実だ。でももしかすると世の中には、そういう才能が際立っていい人が既に存在しているかもしれない。★★★年後の世界では、もしかすると地震予知なんて、世間の常識になっているかもしれず…★★★年後の世界の人は、現代の人がその説を信じなかったことを笑っている可能性だって十分に有り得る訳なのだ。
何かを信じることで一番大切なことは、やっぱり自分自身をしっかり持つということだと思う。取り敢えず何から何まで信じてみようと怪しい★★★の世界に引っ張り込まれて、心も身体もお金もスッカラカンにだけはならないように、「信じる」ということに対して細心の注意を払い、義理人情だけを必要以上に重んじ過ぎないように、もっともっと敏感になっていかなければ…
取り敢えず私は、このHPに訪れて下さっている人は、信じてみたいと思っている。でもな。最近「キリのいい人々」の名乗り出も少なくなっちゃって、私が「名乗り出て下さる!」と信じていても信じられないHP閲覧者がここのところ増えちゃってなんだか淋しいし裏切られている気分だ。(勿論きちんと名乗り出て下さる方には感謝しています。ありがとうございます。)「誰も名乗り出ないなら自分も名乗り出なくたっていいだろう。」と思っているような、そんな人はやっぱり信じられない!っていうのがホントのところなんだよね。嗚呼!「信じる」ってやっぱり難しいこと、なのね。
5月7日ちょっと早いけど今年の流行語大賞を決めちゃおう!
『ロンブー龍』(NTV)を見る。5月に入って早1週間。今日で大型連休(NHK風に)も終わり。大型連休も全然関係なく、いつも通りの日常を過ごされた皆様。本当にお疲れさま。大型連休の恩恵を受けた皆様。明日から日常が帰ってくるので、楽しかったお休みの思い出を活力に精々頑張りませう。で、私はといえば今日も相変わらず日記の執筆に勤しむいつもと変わらぬ日常を過ごしている。
連休が明ける前に改めて5月に入ってから書いた日記を読み返してみたら、なんとまあ!長くて中身の濃い真面目な日記が多いこと多いこと…特に昨日の日記なんぞは「信じる」ということをテーマに書き進めてしまったものだから、書きながらどんどんドツボに嵌まってしまい、どうまとめようかかなり悩んだ挙げ句の鑑賞日記になってしまった。だから連休最後の日くらい、軽く流していくか!と思っていたところに彗星の如く現れたのが、この番組だ。
ロンブー曰く「芸能人たるもの、何か俺たちも賞を貰わなければ!」ということで、賞モノには今まで全く縁のないロンブーのふたりが、芥川賞やベストジーニスト賞など数多い賞のなかから目指したのは、彼ら曰く「過去にはパイレーツだって取れたんだし!」流行語大賞だった。ゲストに清水ミチコさんとはしのえみちゃんを迎え、4人で流行語になりそうな言葉を考えたのだけど、なかなか思うようにはいかなかった。小さなホール(会場)に、流行語大賞でお馴染みの『現代用語の基礎知識』の読者を集め、この言葉は流行語になりそうか否かを判定してもらった。その結果、一所懸命に考え出された殆ど全部のギャクは不発に終わり、最後にロンブーの淳くんが考えた(?)降り付きの「ま〜 失礼しちゃうわね!」だけが唯一ウケてなんとか幕を閉じることが出来た。これではロンブーの流行語大賞への道も険しそうだ。
実は私、この鑑賞日記の中でも率先して取り上げたいほど、毎年流行語大賞が発表されるのを楽しみにしている。昨年の流行語大賞は、忘れもしない「リベンジ」「雑草魂」「ブッチホン」の3つだった。まるで年末の歌手の賞レースもので新人賞を受賞した演歌歌手を、その賞レースで初めて知ったときと同じような衝撃が「ブッチホン」にはあった。新人賞を受賞して初めて新人歌手の名前を知るという過程と、流行語大賞を受賞して初めて流行っていたことを知るという過程は、その矛盾感も含め非常に酷似していると思う。その後、「雑草魂」なんか全然使っている人を見ていないのに、不思議なことに「ブッチホン」という言葉は良く耳にするようになった。でもこの言葉、流行っているかいないかは別として、よくよく考えてみたら小渕さんがかける電話にのみ使う言葉なんだよね。流行語って万人に伝わって使われて…そして初めて流行語に成り得るのになんだか変な感じだ。そんな風に考えてみると、ロンブーに「…だって取れたんだし!」と言われたパイレーツの「だっちゅーの。」は良く出来ていたと思う。どんな言葉の後にもつけて使うことが出来るんだっちゅーの。
はてさて、今年の流行語大賞は何になるんだろうか。まだ四分の一しか終わっていないこの時点での予想はかなり無理があるけど、予想してみよう。うーん。世の中的には「だめだめ!」とかが流行っているらしいけど、私には「できちゃった再婚」(受賞者・堀ちえみさん。ドジでのろまな亀もよーやるなあ〜。え?亀?)あたりをかなり衝撃的な言葉ということもあり推奨したい。小子化への問題提起にもなってなかなかいい感じだと思うし、出来ちゃった子と一緒に授賞式に出席したりなんかしたら、渋谷の忠犬ハチ公の銅像の除幕式にハチ公も一緒に出席していた時と同じくらい、歴史に残る授賞式になるんじゃあ〜りませんか。
5月8日凡人の非凡な業績
ニュースを見る。今日から7月19日に発行される2000円札の印刷が始まったのだという。昨日「ブッチホン」について取り上げたばかりだというのになんともタイミングのいいことだ。聞くところによると小渕首相(当時)の思い付きで決まったらしいこの2000円札も、発行が伝えられたときには随分と盛り上がったものだが、最近は殆ど話題にも上らなくなっていたような気がする。だから今日伝えられた「2000円札印刷開始」のニュースには、何だか懐かしさすら感じられた。
ふと思う所があって、とある検索エンジンで「2000円札」をキーワードに検索してみたら予想以上のヒット件数が出たので驚いた。そして該当するHPに訪れてみると、そこには2000円札は必要か否か等の2000円札に対するHP作者の考えなどが記されいるページがたくさん見つかって、とても興味深いものだった。それを読むと殆どの人が自動販売機やキャッシュコーナー、そしてレジ等を新しく作り替えなければならないコストについて語っていたので、皆考えることは同じなんだなあ思わずにはいられなかった。そんな中、とあるHPは、2000円札の図案になる『源氏物語』の部分について文学的な考察がなされていたのでとても興味深かった。2000円札の図案は、クイズ人ならばとうに心得ていることであろうが、【全体の色調は緑色を基調とし、表の図柄とすかし部分は沖縄県の守礼門。裏側は約1000年前に書かれた源氏物語にちなみ、19枚の絵が現存する「源氏物語絵巻」から「最も無難な」(大蔵省筋)親子の対面場面が採用され、「鈴虫」の物語本文を基にした詞書(ことばがき)も重ね合わせている。紫式部の肖像は、鎌倉時代前期(13世紀)の「紫式部日記絵巻」から採られた。】と某トピックスに掲載されていた。そのHPでは何故に、この部分が採用されたのか考察が進められ、「あのシーンが『源氏物語』の中で唯一まともなシーンだから」なんていう意見まで飛び出していて、たかが2000円札されど2000円札、奥深いものだと思ってしまった。
2000円札が発行されると知って、私なんかは「使えるお札になるのかな?」とか、他の人と同じように「それに伴うコスト」について考えてしまうんだけど、こんなふうに図案についてただ「『源氏物語』なんて図書券みたいじゃん!」とかいう興味でなく、その部分が採用された事情についてを考察する人がいるという紛れもない事実は、私にとって発見だった。いつも下らない発想ばかりしている私には、想像もつかないことだ。これでも一応国文科出身なんだけど、専攻(っていうかゼミ)は、『源氏物語』の時代じゃなかったから詳しいことは分からないや!と逃げてみたりする。
前述の通り、この2000円札の発行は7月19日だ。今年は水曜日になる。今までの新札が発行された年月日を調べてみたら、過去を遡って、今使われている新札が発行されたのが1984年11月1日。岩倉具視の500円札が発行されたのが1969年11月1日。伊藤博文の1000円札は1963年11月1日。と何故か11月1日に集中して発行されている。そして聖徳太子の10000円札は1958年12月1日。聖徳太子の5000円札は1957年10月1日。板垣退助の100円札は1953年12月1日。高橋是清の50円札は1951年12月1日。と何故にかここまですべてが1日発行だった。それなのに今回は7月19日。しかも中途半端な水曜日。何故だ?サミット前にということなのか?それにしても水曜日発行なんて、なんかCDやテレビ雑誌みたいだ。1日発行のならわしを守らなくて、7月19日に変なことが起らなければいいんだけど。
後日談:この日記を書いた10日後、この2000円札の発案者である小渕さんが亡くなったというニュースが飛び込んできました。倒れてから殆ど情報が入らなかったので、この日記を書きながらもどうなっているのか気になっていた矢先の出来事でした。自分が発案した2000円札の完成を見ることなく、勿論使うこともなく旅立たれた訳ですが、そういえば亡くなった後、とある人のコメントで小渕さんのことを「凡人の非凡な業績」と例えていたのを聞きました。非凡な業績とは例えば「地位貴信貢献」もとい「地域振興券」のことなのでしょうか?それとも、勢いで受賞した「ブッチホン」のことなのでしょうか?それとも思い付きの2000円札のことなんでしょうか?どちらにせよ、結果的には小渕さんの置き土産のようになってしまった2000円札は7月19日に発行されます。図柄は…あれ?守礼の門でしたっけ?『源氏物語』でしたっけ?すかしは…?あれっ?でもまあ、今となっては、どんな図柄にしようが2000円札を手にするたびにこれから先ずっと、基本的知識のある多くの人々は小渕さんのことを思い出すでしょうし、私はといえば、2000円札を透かすと、そこには小渕さんの顔が浮かんでくるような気さえしています。「凡人の非凡な業績」とはこういうことだったのでしょうか。そういえば2000円札発行決定を聞いたとある人が、「お祝いを包むのに2000円札が使えるからいい。」といっていました。しかし、今となってはそれもままならないような気がするのですが…何とも言い難いものです。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
5月10日『You can't have everything』〜どんな老後を生きたいですか?〜
『スタジオパークからこんにちは』(NHK)を見る。年を取ったらどんなふうに生きたいだろうか。どんな生き方に憧れるだろうか。例えば大橋巨泉的生き方は如何なものだろうか。
実は今、大橋巨泉的生き方が人気なのだという。昨年、とある雑誌の創刊にあたり、30代・40代のビジネスマンにどんな生き方をしたいかというアンケートを取ったら、最もなりたい人物ということで「年を取ってからは大橋巨泉さんのような生き方をしたい」という意見が物凄く多かったそうだ。大橋巨泉さんが今どんな生活をしているかについての詳細は、この番組に限らず日本に来るたびに出演する様々な番組で聞いているので割愛させて戴くが、私からみても実にいい感じの生活をしているように思える。
巨泉さんの話には毎回耳を奪われる。その瞬間何をしていたとしても、気がつくと巨泉さんの話に聞き入っている自分に気がつく。人を振り向かせる話術にもたけた人だとつくづく思う。よくよく聞いていれば自慢話120%のようにも思えるけれど、それでもあまり嫌みったらしく感じられないのは、巨泉さんの成せる技なのであろう。
今日聞いた巨泉さんの話の中で、とても興味深いお話があった。巨泉さんはある程度の年齢になった時、老後をどう過ごそうかとかなりリアリティーを持って考えていたそうだ。巨泉さんは海外で生活するというまさに今のような将来のビジョンを描いていたので、それをする為に、では今どう過ごしたら良いのかと考えたのだという。巨泉さん曰く好きに生きるために大切なことは『健康・パートナー・趣味・財政』なのだという。そしてそれをより良い状況にするためには『You can't have everything(なにもかも欲しがらない)』精神が大切なのだという。例えば、将来海外を渡り歩く生活をしたかったから子供は持たなかったとか、仕事も俳優や歌手や司会業や…と何から何まで手を出すというようなことはせずにきたとか、つまり何もかも欲張らずに時には諦め、人生を選択して生きてきたそうだ。
人間というのは欲張りな生き物である場合が多いので、最初はこのくらいでいいと思っていたのに、それが手に入ったら今度はすぐに別のものが欲しくなったり、それが手に入ったら今度はより良いものが欲しくなるというように、留まることを知らないものである。あれもこれもと欲しくなって、たくさんのものに手を出し過ぎて結局何も残らなかったり、ふとした弾みでそれを失った瞬間、あれでも十分だったのに…と、失ってはじめてその大切さに気づいたりとか、ホントに愚かなものだ。巨泉さんの話を聞いていると、本当に自分が欲しいものを手にいれる為には、時には他のものを諦めることも必要なのだという、留まることを知らない人間の欲望に対する戒めの言葉のように私には聞こえた。
「巨泉さんみたいな生き方をしたい!」といくら多くの人々が憧れても、実際問題そう生きることは難しいものだ。一般の人々が一生かかっても貰えないような額のお金を貰うことの出来る仕事をしてきたからこそ成し得ることだというのは紛れもない事実なのだし。勿論それは百も承知だし、だからこそ余計に憧れるのだと思う。巨泉さんが自分の将来を考えて、今の奥さんとの間に子供をもうけないという判断を下したように、例えば自分の将来の為に結婚しないという判断を下した人がいるならば、私はそれで良いと思う。それもひとつの生き方なのだから。自分が生きたい将来のビジョンがきちんと定まったら、必要以上に周囲のことは気にせずに生きてく強さも時には必要なことなのではないだろうか。そして周りの第三者がプレッシャーを与えるような無責任な発言を慎むようにすることも、同じくらい大切なことだと思う。「○歳を過ぎたのに結婚はまだなのか!」と無責任な発言をする★★★たちよ!「過ぎたのに」の「のに」って何だ?「のに」って!余計なお世話なんじゃ〜!!慎むように!
私は強く生きているのだろうか。誰かが強く生きようとするのを妙なプレッシャーで邪魔してはいないだろうか。巨泉さんのようにきちんとした将来のビジョンは定まっているのだろうか。細かいことにとらわれすぎてもっと大きな大切なものを見失ってはいないだろうか。巨泉さんの話を聞きながらいろんなことが身につまされた1時間は、あっという間に過ぎ去った。
5月11日夏のイメージ
『うたばん』(TBS)を見る。今日のゲストは夏バンドTUBE。どんな世界にも世代交代があるのだけど、この夏バンドの世界はかなり長いことTUBEが安泰だ。一時期の勢いはないとはいうものの、彼らを轟かすような夏バンドが現れないというのは、実は私のなかで謎だったりする。バイリンガルの世界も早見優さんから西田ひかるさんに変わってから長いが、それでもこちらは世代交代があった。それなのにTUBEは本当に長い。「名は体を顕す」とは良くいったものだ。TUBEというその名の如く、細く長く夏業界に居座っているのだから―――――――…。
5月12日関西では馴染めるのに関東では馴染めない不思議
『探偵!ナイトスクープ』(静岡朝日)を見る。上岡探偵局長引退に伴い、兼ねてから話題になっていた新局長の発表が行われた。関西地区では既に発表になっていたのだけど、静岡では2週間遅れなので今日発表ということに相成ったのである。とはいえ、新聞でもすでに発表になっていたし、ネット上でも話題になっていたので、私自身も誰が新局長になったのかは知っていた。そして今日、上岡局長がいない番組を実際に見て、やっぱり物足りない感があったのは否めなかった。いつもいた人がいない感じというのは、違和感があるものだ。この物足りない感がなくなったら、その時やっと新局長に馴染めるのではないかと、そんな気がしている。
それにしても私が気になるのは、この番組関西では大人気の番組なのに、関東(テレ朝)では放送時間が超深夜だと思ったら、日曜の昼間に異動してたりと全然安定しないのは何故なんだろう?別に関西色が強すぎて関東の人々に嫌われているという訳でもなかろうに。んー?謎だ。
5月13日葉書職人への道〜愛しの読者様へのメッセージ〜
『めちゃ×2イケてる!』(フジ)を見る。ここにこんなことを書くのもどうかと思うが、なりゆき上書かずにはいられなくなってしまったので、書きたいと思う。今日は鑑賞日記始まって以来の長編日記だ。はてさて、私と同じような経験をしてきた人はどのくらいいるのだろうか。今日は内容が内容だけに、分かりにくく記してある部分が多いことをご了承願いたい。
この日記にも何度か書いているように、私は良くラジオを聴いている。現に今もラジオを聴きながらこの日記を書いているくらい、今の私の生活にラジオは欠かせないものになっている。私が良くラジオを聴くようになったのは中学生の頃からだ。英語のカセットテープを聴く為にと親に買ってもらった小さな赤いラジカセが、いつの間にやら英語のカセットよりラジオの深夜放送のほうを良く聴くようになってしまった。最初は聴いているだけだったのに、ある年突然何を血迷ったのか番組宛てに葉書を書いたら、その葉書がまた何を血迷ったのか採用されてしまったのが運のつき。それからというもの、私はよくその番組に葉書を出すようになった。番組が始まりラジオの前で自分が出した葉書が読まれるか読まれないかと待っている時間は、何とも言えずドキドキするものだ。特に自分が出したコーナーの時なんぞは、そのドキドキ感がより一層強くなる。そのうちパーソナリティーの人が私のPNを覚えてくれて、PNを読むまえに「またお前か!」なんて言ってくれると、これまた嬉しくて堪らなかった。「また、お前か!」の言葉の中にある意味を、私はきちんと感じ取っていたからだ。この感覚は多分味わってみないと分からないだろう。特に、この時期の私は一番葉書を書いていた。採用された葉書も多かったけれど、ボツになった葉書も同じように多かった。大して多くもなかったお小遣いのどのくらいを葉書代に費やしたのだろうか。今考えるとなーにやってんだか!という感じもするのだが、それでも楽しいことだと感じていた私は、かなり長い期間に渡って葉書を書き続けた。そのうちその番組が本になって発売された。私の書いたネタもきちんとその本に掲載されていた時は、ラジオで採用されるのとはまた違った嬉しさがあった。余談になるが、同時期に既に活字の世界に目覚めていた私は、自分の書いた文章が書店に並んでいる本に掲載されるのは、これが初めてではなかった。それでも、やっぱり嬉しいことだった。
今日この番組を見ていたら、よゐこのふたりがナイナイの『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)に出した葉書が採用されるまでの1年間に渡る壮大な(?)ドキュメント企画をやっていた。採用されるまで、そのことはナイナイには一切秘密にしておくのである。要するによゐこの書いた葉書が、番組で採用されればいいという企画なのだけど、これがなかなか一筋縄でいかなくなってしまった。始めはすぐに採用されるだろうと思って高を括っていたのだが、1ヶ月、また1ヶ月と全く採用されないまま、まもなく1年になろうとしていた。そしてとうとう全く採用されないことに業を煮やしたスタッフ側から「1年採用されなかったらこの企画自体お蔵入り!」と勧告されるまでに至ってしまったのだ。途中、葉書職人の男の子を助っ人に迎えたり、他のめちゃイケのメンバーに協力を依頼して頑張ってみたりしたのだけど、最後の放送日も採用されず終いだった。そして、何とかお願いして貰ったおまけの1日で、ナント助っ人に来ていた武田真治くんの葉書が採用されるという形で企画は幕を閉じたのだった。「たかが葉書職人、されど葉書職人」番組に採用されるのも大変なことなんだなあと多くの視聴者は思ったことだろう。
前述のように私も一時期葉書職人の端くれだった。番組のテーマに応じてネタを考え出し、それをテーマに沿った文章にしてまとめるという作業は決して楽なことではない。葉書職人が葉書職人であるためには、日夜、芸能情報に敏感になり、旬のタレントネタのストックなどは欠かすことの出来ない作業だ。時には時事ネタ政治ネタもチェックしてそこからネタを考えたり、過ぎてしまった小中学校時代に必ずいたクラスメイトのことまで想いを馳せてそこからネタを生み出すこともあった。そして深夜放送につきものの★★★も必要なアイテムだったので、上手に駆使してみたりもした。無駄な努力だといわれればそれまでだけど、それくらい努力をしたからこそ、採用された時の嬉しさは格別だったのだ。
私が投稿していた番組はナイナイの『オールナイトニッポン』ほど人気があり葉書がたくさんくる番組ではなかったので、もしかすると採用率が高かったのかもしれない。それでも1年間も1枚も採用されないというのは、ちょっと凄すぎるのではないかい?曲がりなりにもお笑い芸人としてはプロである彼らが、どんなネタを引っさげて葉書を書いていたのだろうか。私はそっちの方に興味がある。ことごとくボツになるということは、採用される以上に難しいような気もするのだけど、それだけ厳しかったということなのだろうか。
いつもは葉書を出すほうだった私が、○年前、今度は葉書を貰う側になったことがある。1ヶ月間だけ、某ラジオ局でパーソナリティーとして番組を持つことが出来たのだ。常人なら滅多に出来ることではない経験だろう。ブースに入り、マイクに向かって喋るのはめちゃめちゃ緊張する。それでも自分の声がラジオの向こう側に届いてる証として、届く葉書を読むのはとっても楽しい作業だった。番組が終わった後、当時小学校6年生の女の子から「文通して下さい。」という手紙を貰ったときには、流石に焦ったけどね。そしてこんな私でも、どんな顔しているのか極端に興味を示す人がいたりしたのもラジオならではの出来事だなあと思ったりもした。と同時に、今度はパーソナリティーの立場として採用しやすい葉書、採用したくない葉書が分かったりして勉強にもなった。下手な字で曲がった文字を書いているくらいなら、ワープロ打ちした葉書の方が断然見やすくて採用しようっていう気にもなるぜ!
あの頃やっていた葉書職人の経験は、今の鑑賞日記執筆に大いに役立っていると思っている。芸能ネタ・時事ネタ・政治ネタ・学生時代の思い出…これらの情報と記憶を駆使して書くのは、葉書職人も鑑賞日記執筆もあまり変わらない。ただひとつだけ大きく違うことがあるとしたら、鑑賞日記は採用不採用を自分で決められること。自分でこのネタ採用!って決めたら、即皆様に読んで貰える文章になるということだ。ただこれも確実に読んで下さっている人がいてこそ成り立つものなんだけどね。
★年前初めて自分が書いた葉書が採用された時の感動は今でも良く覚えている。そして鑑賞日記を書き始めて間もない頃、某所で、とある方が「鑑賞日記とっても面白いです!」と言って下さった時の感動も同じくらい良く覚えている。なぜならば、その一言が鑑賞日記に対して初めてあったリアクションだったからだ。その人にとっては多分何気なく言った一言だったのだろう。でも私にとっては忘れられないくらい嬉しい一言だった。だってあの一言があったから、パソコンが壊れていたあの時期でも手書きで日記を書き溜めていようという気になれたんだよ。
ラジオで喋るということと、鑑賞日記を書くということは、やっぱりとても良く似ていると思う。両方とも不特定多数の人向けて見たり聴いたりして貰うためのメディアではあるけれど、基本的にはラジオやパソコンを通して常にタイマンで向かい合っていなければいけないからだ。私はいつも、この鑑賞日記を読んでくれているどこかの誰かではなく、確実にパソコン等の前でこれを読んでいる、あなたのことを思って書いている。だからラジオのパーソナリティーをやっていた時のように、鑑賞日記も読んでいる証としての葉書ならぬ、メールを戴けると本当に嬉しく思う。日記を読んでいて「?」と思ったら、メールで聞いて下されば、それに対してはきちんと答えるつもりでいるし、現に今までもそうしてきている。それでこそコミュニケーションが成り立つというものだ。あの時のパーソナリティーのように「また、お前か!」なんて思うかもしれないけど、お前がまたここに来てくれることが、私にとってどんなに嬉しいことなのかわかるでしょうに…これ以上は照れくさくて書けないけどね。
トップページにも書いてある通り、反響がなくなったら鑑賞日記はスパッと止めるつもりでいる。読まれていない鑑賞日記を続けるほど、暇でもないからね。そして鑑賞日記の終わりが決まった時「鑑賞日記ずっと読んでいたのに終わってしまうなんて残念です。」と、その時初めて私自身も読んで下さっていたことを知るような人からのメールなんていらない。それより、今、鑑賞日記に対するたった一言のメールを戴けた方が断然嬉しい。たった一言だって、鑑賞日記を毎日書いていられる原動力に十分成り得ることは過去に十分証明されているのだから…。
5月14日ジャストフィットソング〜いざという時に使える歌〜
スポーツ新聞の一面を見る。今朝起きてスポーツ紙の一面を見て驚いた。今日は基本的にはTVネタなんだけど、諸事情でTVではほとんど放送することが出来なかった特殊な例として、新聞記事をネタにして書きたい。
その新聞には「大相撲83年ぶり事件 モロ出し」と大きく書かれていた。「モロ出し」だけ見たら別なことを想像してしまいそうな勢いのこの記事の真相は?といえば、大相撲の取り組みの最中にまわしが外れてしまい見えてしまったので反則負けをしたという記事だった。その力士の名は「朝ノ霧」。曲がりなりにもクイズ人ならば、このテの珍事はすぐにクイズになりそうなので、チェックした人も多いことだろう。本名・吉村福満。三段目東56枚目。1977年1月5日生まれ。ちなみに今回の対戦相手は千代白鵬。初めてこのテの珍事が起ったのは1912年のこと。有明VS八甲山で、八甲山のまわしが外れるもその瞬間有明が転倒し、軍配は八甲山に。前回の83年前は1917年。男島VS友ノ山で、男島の前回しが外れ「前はずれ」の為、友ノ山に軍配。クイズ的な知識としてはこのくらいでいいだろう。でも鑑賞日記的には、これだけではなんか物足りない。そこで…
そういえばこの珍事を伝える新聞記事を読んでいたら、こんな一文を見つけたんだっけ。【歌手のなぎら健壱が同じような状況をコミックソング『♪悲惨な戦い』で歌い「♪テレビカメラを消せと怒鳴ったが折悪しくアルバイト」という歌詞があるが、現実はセーフだった。】大抵の人は多分この記事を読んでも「ふーん!」と思うくらいなのだろうけど、私的には物凄く気になる一文だった。何がそんなに気になるかといえば…この『♪悲惨な戦い』はそんなに有名な歌なのだろうか?少なくとも私は全く知らない歌だ。だからこの記事を書いた人は、相当のなぎら健壱ファンなのかとさえ思ったのだ。でなければ、こんな83年ぶりの珍事が起ってすぐに、こんな記事を書ける訳ないのだ。この記事を書いた人のセンスとマニアック感に脱帽だった。こんなことでもなければ、『♪悲惨な戦い』という歌を知っていることなど、何の役にも立たない知識だっただろうに…ねえ。あっ!でも、もしかして…もしかして新聞社にはこういった珍事に備えて、そのときに使えるネタのストックみたいなものがあるのかもしれない。例えば、水泳選手の水着が脱げた時の歌とか、スカイダイビングの最中に★★★が外れた時の歌とか、寿司番組でもシブガキ隊の『♪スシ食いねえ』以外のもっと凄い秘歌があるとか…なんてそういうマニュアルがあるのかもしれないなんて疑ってみたくもなるというものだ。
それにしてもなぎら健壱さんといえば『♪いっぽんでもにんじん』くらいしか知らなかったのに、こんなことで思いがけず『♪悲惨な戦い』が新聞の一面で紹介されちゃって、なぎらさん的には果たしてよかったのだろうか。それとも悪かったのだろうかと自問自答していたら、嘉門達夫さんが遠くの方でちょっと羨ましそうになぎらさんを見ている顔が思い浮かんだ私の頭のなかからは、もうすっかり朝ノ霧のことなんぞどっか遠くのほうへ寄り切られていた。
5月15日4文字名前の世界へようこそ!
4文字名前の有名人について考える。以前、ひらがななまえの有名人の一覧を作ったところ一部から微妙な反響があったので、今回はその第2弾として、4文字名前の有名人を検証してみたいと思う。昨日の例会で、モーニング娘。に新加入したメンバーの名前を答えさせる問題が出題され、新規メンバーのなかに加護亜依(かごあい)と読む4文字の名前の子がいたので「まるで壇ふみさんみたいだ!」とつい発言してしまった。その後ふと、他に4文字の芸能人っていたっけ?と思いついてしまったので勢いで調べてみた。そこで、せっかく調べたのでここでも紹介したい。4文字名前の有名人一挙大公開!
阿部定(あべ・さだ)・宇野千代(うの・ちよ)・永麻里(えい・まり)・王理恵(おう・りえ)・岸ユキ(きし・ゆき)・木野花(きの・はな)・園まり(その・まり)・壇ふみ(だん・ふみ)・千葉すず(ちば・すず)・千葉美加(ちば・みか)・千葉れみ(ちば・れみ)・戸田菜穂(とだ・なほ)・羽野晶紀(はの・あき)・比企理恵(ひき・りえ)・ふせえり・森富美(もり・ふみ)・矢部美佳(やべ・みか)・矢部美穂(やべ・みほ)・柳美里(ゆう・みり)・阿久悠(あく・ゆう)・森廉(もり・れん)・谷啓(たに・けい)・すまけい・和田勉(わだ・べん)(敬称略)
と、ひらがななまえほど多くはないものの、思った以上にいるというのが私の印象である。比企理恵さんなど、その懐かしさ加減も含めまさに大発見な感じだった。みんな揃ったように名字2文字で名前2文字の計4文字になっている。そんななか唯一異彩を放っていたのが、余貴美子(よ・きみこ)さんだろう。その理由は言わずもがなである。タレント名鑑で彼女の名前を発見した時は感動すら覚えた。4文字名前は基本的に女性の方が多い。男性は女性に比べ名前が長い人が多いので、名字が2文字でも名前まで2文字という人がなかなかいないというのが実情だ。そんな中、谷啓さんが漢字に直したら2文字になってしまうのは、ある意味とても貴重な存在だ。名字名前で構成されている名前のなかでももっとも短い名を持つ人といっても過言ではないだろう。
実は私、昔から4文字名前にはちょっとしたシンパシーを感じていた。というのも、小学校時代クラスメイトに4文字名前の子がいて、その子がいつもフルネームで呼ばれていたというところまで遡る。他の子は皆、名字または名前で呼ばれていたのだけど、何故かその子はフルネームで呼ばれていた。勿論、名字や名前のみで呼ばれることもあったけど、他の子に比べると少なかったと思う。学年でいうと1個下にも、4文字名前の子がいて、その子もいつもフルネームで呼ばれていた。それから数年後、友人と話していたらたまたまこの子の話題になり、「○○○○の本名って何て言うの?」と聞かれたので「○○○○だよ!」って答えたら、「え?○○○○ってそれで全部なの?例えば○○○○お、とか、○○かわ○○お(例)じゃないの?」と随分驚かれたことがあった。今だったら例えば久保純子アナがくぼじゅんと略されて呼ばれるような、彼女にとってはそんな感覚だったのだと思う。それくらい4文字名前の人はその当時から珍しいことだったのだ。
榎本健一さんがエノケンと略称で呼ばれたり、木村拓哉さんをキムタクと略して呼んだりと、いつの時代も芸能人の名前を短かくして呼ぶことは多い。そうすることによって、覚えやすく呼ばれやすく親しみやすくなるという狙いもあってのことだろう。小学校時代のクラスメイトがいつもフルネームで呼ばれていたのは、本名がすでに愛称と化していた良い例なのだろう。短いとひいては新聞のラテ欄にも名前を載せて貰いやすくなる。芸能人は自分をなるべく短く呼んで貰うために四苦八苦する。でも、4文字名前の芸能人はもう名前そのままにして愛称なのだから、ある意味これは絶対にオイシイ!と思う。でも、そんなにオイシイ4文字名前なのに思った以上にはいるけれど、それでもこんなにたくさんのメリットがある割に少ないのは何故なのだろう。4文字では名前のバリエーションが広がらない、という訳でもなかろうに…
このメンバーを見渡して、今のところ私のなかではやっぱりすぐ思いつくほど、檀ふみさんが一歩リードだ。なぜならば檀ふみさんは檀さんでも、ふみさんでもなく、紛れもなく「檀ふみ」なのだから。4文字名前を連想すると、絶対に檀ふみさんが思い浮かぶんだから。そしてそのすぐ後ろを和田勉さんが追いかけてきているという感じだろうか。
はてさて、モーニング娘。に新加入した加護亜依ちゃんは、モーニング娘。のみならず、4文字名前界においても台風の目になるのだろうか。それとも比企理恵さんみたいに、数年経ったらその懐かしさ加減も含め大発見な感じになってしまうのだろうか。
5月16日あなたの肩書きは何ですか?
ニュースを見る。今年も長者番付が発表される季節がやってきた。他人事ではあるけど、この発表をTVで見るのは結構楽しい。クイズ人たるものその業界NO.1の納税額を納めた人くらいは当然チェックしただろう。宇多田ヒカルちゃんの文句無しの歌手第1位。全国でも第89位。相続除けば17歳は史上最年少なんだとか。他、とんねるずの1.2や、乙武くんの文化人第4位。とんねるずはタレント業以外にも番組の企画の段階から参加しているので、その分のギャラも入るから収入も多いのだと、事情通が言っていた。そして、つんくさんが入っていなかったことより、作家部門から消えた赤川次郎さんのほうが私的には気になって堪らないので、是非この謎は、三毛猫ホームズか三姉妹探偵団に調査を依頼したいものだ。
翌日の新聞に載る各界著名人のリストを見るのは、もっと楽しい。というのも、今まで謎めいていた著名人の職業が明らかになるからだ。最近TVを見ていても、「一体この人は何をする人なんだ?本職は何なんだ?」という人があまりにも多いとは思わないだろうか。その謎がこのリストを見ると一気に解決するのである。そこで気になった人を、某新聞に掲載されたものを資料にピックアップしてみよう。
(以下部分的に敬称略)草野仁・福留功男・徳光和夫・吉田照美・古舘伊知郎・生島ヒロシ。彼らの職業欄には「司会者」と記載されている。そんな中、久米宏さんと安藤優子さんが「キャスター」を名乗るのは、自らがニュースキャスターであることに対するプライドなのだろうか。そして、前述のメンバーの中に入れても何の違和感もないはずの、今や司会者以外の何者でもない関口宏さんが「タレント」と名乗っているのは彼の中に眠る何かに対する拘りなのだろうか。そうか!あの司会者ぶりは「タレント」業の一環だったのか…!!「タレント」といえば黒柳徹子さんもそうだった。別に黒柳さんは「司会者」だとは思わないけど、改めて「タレント」だと言われると、「へーそうだったんだ。」という気になるから不思議なものだ。
女性若手芸能人の職業区分も結構面白い。酒井法子・中山美穂・小泉今日子・篠原ともえは「歌手」。観月ありさは「女優」。広末涼子・高橋由美子は「タレント」。ここに挙げたのは「歌手」でも「女優」もやり、「女優」でも「歌手」をやる人々だ。彼女たちの本職はそうだったのかと、発見だった。もし「それぞれを職業別に区分せよ!」という問題が出たら、下手な受験問題より難しいような気がする。
肩書きでなくその人を分かりやすく説明している場合もある。藤圭子「宇多田ヒカルの母親」・宇多田照実「宇多田ヒカルの父親」・石原まき子「故石原裕次郎夫人」・加藤和也「美空ひばりの遺児」・北野幹子「ビートたけし夫人」。みんな隣に偉大な人がいてこそ登場できる人々だ。こんな人々が多いから、北野大さんまで「ビートたけしの兄」なんて書かれてしまうのだ。素直に「大学教授」っていう肩書きじゃ駄目だったのかいな?
そして案外多いのが「元○○」様々な元が入り乱れる中、私が一番ツボにはまったのが二谷友里恵さんの「元女優」。私にはどうしても別な「元」に見えてしまうんだけど、いやはやどうしてやっぱり「元女優」。「元ベストセラー作家」でもいいんだけど、これはもっと駄目だね。あ!作家といえば、今回のランキングには載っていなかったんだけど、海老名みどりさんはやっぱり「作家」なの?それとも「タレント」?それとも「元ダイエット家」?それとも「林家三平の子」なの?はたまた「林家こぶ平の姉」?やっぱり「峰竜太夫人」?嫌!峰竜太さんのほうが「海老名みどりの夫」になるのか…ん?なんか良くわかんなくなっちゃったけど、どれもこれも中途半端だってことだけは確かだね。
…とまあ、今年の高額納税者ランキングにもいろんな人がいたけれど、私が敢えて肩書き大賞を決めるとするならば、まず第2位は片岡鶴太郎さんが「タレント」なんかでも「画家」でもなく「俳優」を名乗っていたということだろう。もうお笑いは捨て去ったのかな?そして栄冠の第1位は…佐藤雅彦さんが「だんご3兄弟のCMプランナー」と超分かりやすく記載されていたことだろう。名前を聞いて知らなくてもこれだったら幼稚園生にも分かるだろうからね。是非とも来年は新しいヒット商品を生み出して、新しい肩書き「○○のCMプランナー」で登場してもらいたいものだ。もしランキングから消えてたら、その時は三毛猫ホームズか三姉妹探偵団に調査を依頼…?いやいや、その時はだんご3兄弟の、出来たら次男に探してもらうでしゅ!もちろん朝になって固くなるまえに…ねっ!
5月17日3周年
記念日につき鑑賞日記はお休みさせていただきます。
5月18日幻のVTRが見られるチャンネル
『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジ)を見る。「食わず嫌い」でも「野猿」でも、1万人の応募があったという「女猿」でもなく、私が今、密かに楽しみにしているコーナーがある。それは「ノリタケーブルテレビ」である。何のことはない、その名の通り、とんねるずの憲さんの一人コントのコーナーなのだけれど、これがそれぞれ凝っていて面白いのだ。ケーブルテレビの名の通り、いくつかのチャンネルがあり、どのチャンネルを回しても憲さんが出ているという代物なのだ。ちなみに今日現在テロップされていたチャンネルを紹介しよう!
《【10】CDノリTV・(出演者)ババア》《【12】・水着でGO!》《【15】お台場マラソン・(出演者)YAEN》《【21】・バッティングセンターにて(出演者)KAN・シュウ・ゴテ》《【23】・NORITVショッピング(出演者)木畑憲太郎》《【26】秘密警察KATO・(出演者)KATO》《【33】笑店・(出演者)二遊亭》《【38】ウルトラクイズ決勝戦・(出演者)とんねるず》
ナント!38チャンネルではあの幻のウルトラクイズ決勝戦をやっているのだ。これを発見した時には驚いた!で、笑った。これぞとんねるずである。「ウルトラクイズ決勝」。よもや知らない人はいらっしゃらないかと思いますが敢えて説明させて戴きますと、昨年放送された「とんねるずバージョンのアメリカちょっとだけ横断ウルトラクイズ」でお蔵入りになっていた決勝戦なのである。「そういえばこの決勝戦。優勝者当てクイズまで視聴者から募っていたのに、どうなったのだろうか?」なんてことすら、ほとんどの視聴者が忘れかけた頃、こういった形で登場してくるんだから、全くとんねるずとしか言い様がない。放送はされていないけど、多分優勝したのはあいつだろうから、別になくてもいいんだけどね。あ!クイズといえば、確か半田ゴテの髪切り5番勝負の3番勝負目のクイズもまだ未放送だったぞ!全くとんねるず!ちょっと中途半端多すぎ。でも「ノリタケーブルテレビ」面白すぎ。
5月19日会話のセンスが光るとき
『私の青空』(NHK)を見る。くやこうと私の日常会話は、まるで漫才の如くボケツッコミに満ち溢れている。例えば私がTVを見ながら突っ込むと、それに対してくやこうがボケてくれたり…とそんな具合だ。自分の両親以外の、他の夫婦の日常会話がどのようなものなのかは知らないが、私たちの会話は多分に他の夫婦と比べて、下らない話が多いと思っている。そんないくつもの日常会話の中でしばしば、「あ!今の会話のやり取りいいかも!」と思うことがある。でもそれを脚本に起こすとなると、それはまた別の話だ。登場人物たちの会話をより面白く、ウィットに富んで、時にロマンティックに描くのは、とても大変な作業だと思う。
4月にスタートした『私の青空』を見ながら、このドラマの脚本家・内舘牧子さんは、登場人物たちの日常会話を描くことにおいては抜群のセンスがあると思って見ている。ストーリーにおいては正直群を抜いているというわけでもなく、特にどうということもないのだけれど、会話においては抜群のセンスがある。会話の上手さという点では、今ちょっとした話題の北川悦吏子さんも上手い。このふたりに共通する点があるとしたら、会話の上手さという一点に尽きるだろう。彼女たちの手にかかるとありがちなストーリーも感動的なストーリーに変身するから不思議だ。
加賀まりこ・あき竹城・松尾れい子(敬称略)このドラマの中で、内舘さんはこの3人の役者さんが演じる役の人に、ドラマの中で一番いいたいことを上手に分散させて喋らせているのではないだろうか。ドラマを見たことのない人に敢えて説明させて戴くと、主人公は田畑智子ちゃん演じるなずなちゃん。なずなちゃんは未婚の母。そして加賀まりこさんは主人公なずなちゃんのお母さん。あき竹城さんは、なずなちゃんの職場である学校の給食センターの責任者、兼、栄養士。松尾れい子さんは、なずなちゃんのもうひとつの職場である氷屋の娘、兼、医者である。彼女たち3人がそれぞれの立場で、時に厳しく時に暖かい言葉でなずなちゃんに接する場面は見ていて気持ちがいい。主人公もただのいい子ちゃんではなくて、主人公の敵役もただの悪役ではないいうことを見ている人に理解させるだけの力のあるセリフを書けるのは素晴らしいことだと思う。ただストーリーの奇抜さのみに重点をおいて、セリフが空を舞っているような脚本家たちは、是非とも見習って欲しいものだ。
今日放送分の中でも、未婚の母になってしまった娘なずなを持つ父役の伊東四朗さんが、本当はこうでありたかった希望をバーのお姉さんにそれが今の自分の姿のように語るシーンがあった。本当は話したことは全部嘘なのに、いかにも本当のように語って聞かせているのである。その話しをすっかり信じ込んでいるバーのお姉さんは「いい娘さんですね〜」とか「いい奥さんですね〜」ととっても羨ましそうに聞いているのである。そんな折、そのバーに奥さん(加賀まりこさん)が現れて、内緒でそこを訪れていた伊藤さんは、もうビックリ!でも、奥さんの方が一枚上手で、即座にバーのお姉さんに対しては嘘をついているということを悟った加賀さんは、上手く話を合わせ、バーのお姉さんにはこの人の妻ではないと嘘をいうのである。そしてさり気なく今の自分たちの現状をバーのお姉さんに語って聞かせるのである。こうやって文章にすると上手く表現できないのが残念なのだけど、このシーンは物凄く良かった。最後にバーのお姉さんが「三歩下がってついてくる奥さんも素敵だけど、私はこの人(加賀さん)のほうが好き!」というセリフの効果は絶大だったと思う。久々に見た名シーンだった。
この『私の青空』。何度も言うようだけど、ストーリー的には『あすか』ほどひどくはないものの、納得出来ない部分が実は多かったりもしている。生活が苦しいという設定なのに、なずなちゃんが意外とお洒落であるとか、テーブルの上に花を飾れる余裕があるのは何故?とか、ひとつひとつ突っ込んでいくときりがないので割愛させて戴くが、今はまだまだ中途半端な、なずなちゃんが今後どう成長していくのかだけは非常に興味がある。もし今後、旦那さんとよりを戻して仲良く暮らしましたとさ!なんていう結末になったら、全国の未婚の母はさぞかしがっかりするのだろうからね。
5月20日ホントのプロの見分け方教えます
『欽ちゃんの第60回!全日本仮装大賞』(NTV)を見る。TVを見ていると、見切れている人が気になって堪らなくなることがある。それは脇の脇役に注目して見ていれば、必ず起こり得ることだ。
毎回ナンダカンダいっても見てしまうこの番組。知ってるくせについうっかり見てしまう時のうっかり感は、うっかり八兵衛のそれとはちょっと違う。この番組が、子供や年寄に甘い!なんてことは、今までも幾度となく言ってきたことなので今回はもういいだろう。それより今日は気になって堪らなかった、かの見切れた人の話が本題なのだ。その人は審査員席にいた。審査員のひとりとして番組に参加していたのだ。最初は何ということもなく見ていたのだけれど、そのうち他の審査員の人がインタビューされている時に見切れるその人のことが堪らなく気になり始めた。この番組を良く見ている人ならばご存知の通り、欽ちゃんが作品についてどう思うか審査員に意見を求める場面がある。その時必ず欽ちゃんはひとりの審査員にのみ意見を求めるのだけど、画面の中には両隣にいるふたりも一緒に映っている。どういうシチュエーションか大体の感じはお分かり戴けただろうか。
近くにいる審査員が意見をいうたびに、必ず映り込んでいるその人の表情は、自身が意見を言っているときの表情とは明らかに違った。ひとりおいて隣の人が意見をいうのを、口を半開きにしてボケーと見ているその人の表情に最初に気が付いたときは、流石の私も焦った。一瞬本人かどうか見紛うほどだったといっても過言ではないくらい、マヌケ面をしていたのだから。
こんなこと当たり前のことだけど、TVに映る時というのは自分が喋っている時だけとは限らない。例えばニュースキャスターだって、自分がニュースを読んでいるときのみTV画面に映っている訳ではない。特にニュースキャスターの場合はニュースを読んでいない時の表情こそ実は肝心で、その表情が上手ければ上手いほど、自然であれば自然であるほど、ニュースキャスターとしての成熟度(プロ度)が高いと言っても過言ではないだろう。
そんなふうにTVを見ている私のことだから、今日のこの人の一件はどうしても気になって気になって堪らなかった。そういえばこの人、以前『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジ)に出たときも、長いこと落ち着いて座っていることが出来ずに、途中からあっちへふらふらこっちへふらふらし始めて、石橋貴明さんにたしなめられていたんだっけ。それにしてもあのマヌケ面はないだろう。曲がりなりにもTVというメディアにおいて審査員をしている立場上、いつ映し出されるかもしれないというのに、全くプロ意識に欠けるというか、無防備すぎるぜ!
番組の最後になって別の審査員からのタレコミで、この人がどの作品もランプを2個点けていたということが発覚した。これでは審査員でありながら、審査員の役をしていなかったことになる。10人の審査員がいながら実際は9人でやっていたということになるのだから、笑わせてくれるぜ。フジの『物まね王座決定戦』だってこんなにヒドクないぜ!と思ったけど、『物まね…』は針すなおさんひとりで審査をやっていることが多く『仮装大賞』よりひどいことに気が付いたので、却下。
先ほど、ニュースキャスターはニュースを読んでいないときの表情をみれば成熟度(プロ度)分かると書いたことが、まさに『仮装大賞』においても実証されてしまったことになる。出場者はかなりの時間と労力をかけてこの番組に臨んでくるのである。本人いわく「皆頑張っているんだから、ランプを2つつけた」そうだが、それが本当に出場者にとって良いことなのかどうかもう一度良く考えて欲しいと思う。曲がりなりにも★★★界ではプロだったあなたにそのことが理解できないとは、私には絶対に思えないんだけどね。
5月21日3時間後のリフレイン
『稲妻!ロンドンハーツ』(テレ朝)を見る。日曜日の夕方にFM東京をキー局に全国ネットされている松任谷由実さんの番組を聴いたことがあるだろうか。私はある。あるけど、好んで聴きたい内容ではない。何故ならば、ユーミン宛てに送られてくる葉書を紹介しつつリクエストに答えつつという形態をとっているこの番組に送られてくる葉書というのが、私自身あまり受け付けないものが多いからだ。葉書の送り主は大抵が女性だ。その女性たちが恋愛に対する悩みなどを切々とユーミン宛てに書き綴ってくるのである。それを聴いていると、聴いている方が嫌になってしまいそうな、はっきりしないというかなんというか、煮え切らないような内容のものが多いのだ。例えば「一度別れた彼と偶然街中でバッタリ再会。あの時はすっぱりと諦めたのに、やっぱり諦めきらないことに気がついて…でも相手には既に付き合っている彼女がいて…」というような、気持ちは分かるけど、でも私が相手の男でも嫌になりそうな感じの葉書が多いので、その類の葉書が紹介されると私は「煮えきらん女だなあ。好きなのか嫌いなのかはっきりせえ!」とついつい突っ込んでしまう。
今日もついうっかり、福山雅治さんの流れから聴いてしまったら例によって、煮え切らない女性からのぐだぐだの恋の一部始終を書いた葉書が紹介されていた。そしてその葉書の一番最後にはリクエスト曲も書かれていて、そのリクエスト曲がまた相談内容に負けないくらい凄かったのだ。というのも「リクエスト曲は『♪春よ来い』か『♪リフレインが叫んでいる』のどちらかをお願いします。」と書かれていたからだ。「リクエスト曲もどっちか1つに絞れよ。相談だけじゃなくって、リクエスト曲まで煮え切らないぜ!」と私は大きな声で突っ込んでしまった。その後、その相談にきちんと答えたユーミンはリクエストにも答え、そのリクエスト通り1曲選んで『♪春よ来い』をかけてくれた。「『♪リフレインが叫んでいる』の方が良かったのになあ…」私は思わずボソッと呟いてしまった。
(お断り)本日の日記の中に一部表現に誤りがありますが、わざとです。悪しからず。
5月22日今後の行方
『名探偵コナン』(NTV)を見る。『名探偵コナン』が今までとは違う展開になり始めている。コナンの正体がバレかけたり、久々に工藤新一くんが登場したりと、なかなか侮れない展開になっている。今後どんな展開になっていくのか、非常に楽しみだ。
5月23日人が眩しく見える瞬間(とき)
『学校へ行こう!』(TBS)を見る。過ぎてしまった学生時代が堪らなく懐かしくなるのは、例えばこんな時だ。
この番組の中にある「未成年の主張」というコーナーをご存知だろうか。毎回番組の冒頭でやるのが言わばお約束になっている、学校の屋上で生徒たちが思い思いのことを叫ぶ大人気のコーナー、それが「未成年の主張」である。毎回まるで台本でもあるんじゃないかと思ってしまうくらい良く出来た起承転結のある主張が多いので、私は感心して聞いている。
今日は番組が始まって100回記念ということで、今までに登場した生徒たちの中から、もう一度見たいとリクエストが多かった順にベスト10の発表がなされた。番組をスタート時から見ていた訳ではないけれど、私にも印象深い主張がひとつだけある。それは生徒会長の女の子が、ふだんはぶつかってばかりいるけど、自分が大変なときに助けてくれたり、一緒に泣いてくれたりした男の子に心からのありがとうをした主張だった。この主張の何が良かったかと言えば、その主張の内容は勿論のこと、聞いている男の子が何と言っても良かったのだ。主張の最中「お前なんかチビだし…」と生徒会長の女の子がいうのに対して「うるさいんじゃ〜!」と憎まれ口を叩きながらも、「一緒に泣いてくれたのも、○○(その男の子の名前)だけでした〜。」という主張に、感動して涙していたのだ。その時の男の子の表情は言葉では言い表せないくらいいいものだった。
順にベスト10の発表がなされ、残すは第1位のみという段階で、まだこの主張はランキングに入っていなかった。先ほども記したように番組がスタートした当初から見ていたという訳ではないので、もっと面白い主張が他にもあるんだなと思っていた。現にベスト10入りしていたその他の主張はどれもこれも個性的でインパクトのあるものが多かった。そして第1位が発表された。やはりというか、意外というか、第1位は私も好きな生徒会長の悪友(?)に対する感謝の主張だった。
久しぶりに見た主張は、やっぱり良かった。そして何と言っても、聞いている男の子の表情がやっぱり一番良かった。私にもあんな時代があったんだよなあ〜と過ぎ去ってしまった中学生時代が堪らなく懐かしくなった。中学生というといろいろと多感で難しい年頃だ。そんな年頃にあんな風にみんなの前で、素直に悪友(?)に対して感謝の気持ちを表現出来る女の子と、それを素直に受け止めてあんなにも素敵な表情が出来る男の子が、とっても眩しく見えた。だから私も素直な気持ちでその主張を受け止めたら、胸がいっぱいになって泣き出しそうになった。
私はこの時TVを見ながらどんな表情をしていたのだろう。そしてあなたは、この日記を読みながらどんな表情をしているんだろう。素直な気持ちで感動している人の表情っていうのは、どんな瞬間(とき)でも眩しいものだ。そう!あの男の子に負けないくらいにね。
5月24日クイズ好きの偶然
『ショムニ』(フジ)を見る。以前、「とんねるずの石橋貴明さんは絶対にクイズが好きだ」と書いたことがある。『とんねるずのみなさんのおかげでした』では、ウルトラのパクリ企画をやっちゃうし、FNSの番宣特番なんかでも「石橋貴明VS他の皆様」という形でクイズをやっているので、私にはどう見てもクイズが好きだとしか思えないのだ。
芸能界で一番クイズが好きだと思われる石橋貴明さんと同じくらいクイズが好きな人がもうひとりいる。坪井千夏さんだ。といっても実在の人物ではないのだが…。ん?坪井千夏?誰それ?と思ったあなたは、鑑賞日記ファン失格!というのは冗談で、坪井千夏というのは『ショムニ』のなかで江角マキコさんが演じている役柄のことだ。今回のお話のなかで坪井千夏率いるショムニの面々が、フジテレビで行われるクイズ番組に出場するという場面があった。そのクイズ番組のタイトルが『OL対抗「台場でポン!」』。昔どこかで聞いたことのある番組タイトルと似ているということだけでもなんか可笑しくなってくる。そのクイズ番組の内容はといえば「体力」「ひらめき」「知力」の3ステージに分れて戦うという、これまたどこかで見たような感じの番組だ。そういえばパート1(ご存知の方も多いと思いますが、今回の『ショムニ』はパート2です。)の中では、『超ウルトラOLクイズ』に出場するという話があった。今回の「台場でポン!」は『超ウルトラOLクイズ』の後番組だという。このどちらの番組にも出たがる坪井千夏さんは、どう考えてもクイズが好き以外の何者でもないだろう。
ショムニを率いている坪井千夏さんと、野猿を事実上率いている石橋貴明さんのイメージが偶然にも重なり、そのふたりがこれまたクイズが好きだと言う偶然は、なんだか面白い。だけど、私の知っている範囲でのクイズ好きの面々は、どう考えても何かを率いるタイプの人間にはあまり思えないという偶然は、どうしてくれようか。
それにしても、今日ドラマのなかで出題されていたクイズは、クイズという枠を超えていてそれはそれはもう難問だった。が故に、面白かったんだけどね。
5月25日気になる人
『うたばん』(TBS)を見る。今日のゲストはエレカシ。祝!初登場!!
エレカシの宮本さんの話しを一度でも見たり聞いたりしたことのある人ならば、私が今日の日記の中で何を書こうとしているのかすぐにピン!とくるだろう。とにかく、宮本さんの話に一度でも出会ってしまったら、多分一生忘れられなくなると言ってもいいと思う。宮本さんが何かひとつのテーマに沿って話し始めても、すぐに別の話に飛んでしまうので、結局何を話しているのかよく訳が分からなくなってしまうのだ。以前『HEY!HEY!HEY!』(フジ)に出た時も、そんな感じの喋りをしていたので、ダウンタウンのふたりに随分と突っ込まれていた。そして今回『うたばん』に初登場することになり、そのツッコミ加減においては、他の追随を許さない石橋貴明さんが宮本さんに対してどんな対応をするのかとても興味があった。「やはり!」というか、最初から変なことになっていた。何が変かといえば、ゲストは宮本さん個人ではなくエレファントカシマシ4人なのに、座り位置から既に変で、石橋さんと中居くんの間に宮本さん。そして、他の3人のメンバーはかなり離れた後ろの方に座らされていたことだった。番組側が既に宮本さんのトークを知っていて、そのような席順にしたということは明らかだ。トークが始まり、予想通り宮本さんの話はあっちへこっちへと飛んで訳が分からなくなっていた。石橋さんにももう手が付けられないくらい暴走していたので、私は面白いなあと思って真剣に見入ってしまった。そして何と言っても面白かったのが、よく画面の右隅の方に今喋っているテーマがテロップとして出ているのだけど、宮本さんの話が飛ぶたびにそのテロップもどんどんと入れ替わっていたことだった。巨人軍の松井選手について話をするのに、途中で長嶋監督の話になったり、山倉選手の話になったりするものだから、テロップも秒速で入れ替わって、それはそれはもう大変なことになっていた。まさに宮本さんの独壇場である。
そんな宮本さんがこの7月からスタートするドラマに出演するのだという。3月27日の日記をもう一度見て欲しい。そう書いてから、2ヶ月も経たないうちのニュースだったから、私の願い叶ったり!と嬉しくなってしまった。彼はどんな演技をするのだろうか。そしてどんな髪型で登場するのだろうか。出来たら七三分けで…って、これ以上望むまい。とにかくドラマに出てくれるというだけで、十分なのだから…何にせよ、楽しみだ。
5月26日自分自身の外見に自信がない人へ〜結婚までの道〜
『沼島の春よふたたびお見合い大作戦'00春』(TBS)を見る。1998年10月7日の日記のことを何よりも一番最初に思い出した。
この沼島の春シリーズ。今回で何度目の放送になるのだろうか?毎回必ず見ているという訳でもないけれど、出来る限りの範囲で見ることにしている。というのも、この番組。毎回毎回新しい発見があって私にいろいろなことを考えさせてくれるからである。今回も例によっていろいろと考えさせられる内容だった。だから前回見た時はどんなことを考えたのかと思って、1998年10月7日の日記のことを思い出したのである。考えたことはやはり前回の時とは違った。前回番組を見て私に突きつけられたテーマは【ところで、私たちが大好きなこのクイズというものは、人生にとって大切なことを決めるときに、どれくらい重要になってくるのだろうか。最後の決め手には、なりうるのだろうか。自分にとってクイズとはどれくらいのものなのか、考えてみたことありますか?】ということだった。簡単そうで実はかなり深いテーマだったと私は今でも思っている。自分はクイズが大好きなのに、例えば好きになった人がクイズが大嫌いだったら、それでもいいの?クイズなんか止めろ!って言われたら、簡単に止めれるものなの?
この番組について良く知らない人は、1998年10月7日の日記に詳しいのでそちらを読んでもらうとして、今回も様々な状況下にある人々が登場した。その中のひとりに4○歳になる男の人がいた。とても体格のいい男の人で、高木ブーさんに良く似ていたせいか、司会の島田紳助さんからも「高木ブー」と呼ばれていた。事の成り行きを細かく説明すると長くなるので割愛するが、高木ブー似の彼が結局どうなったかといえば、彼のことを気に入ってくれた女性がいたことは本人も良く分かっていたのに、それでもその人は嫌だったようで、結局気に入った女性のところに行ったのだけど振られてしまい、結局チャンスをものに出来ないまま終わってしまったのである。
私はこの男の人の行動を見ていて、本当にいろんなことを考えさせられた。4○歳で母と同居。若くはない年齢。決して男前とは言えない見た目。こういった結構厳しい条件があるにもかかわらず、そんな彼のことを気に入ってくれた女性がいたのである。この女性の年齢は、といえば彼と殆ど変わらない4○歳。年齢的には同世代でピッタリだ。でも、この女性も結構ガタイがよく決して美形という訳ではなかった。会場にはもっと若くて綺麗な人もいるので、そんな女性に興味が涌かなかったのはある意味仕方のないことなのかもしれない。で、少しでも若く美しくという欲望の趣くまま気に入った人のところへ行った挙げ句、結局玉砕してしまうのである。もしも彼を気に入ってくれたあの女性のところに行けば、きっと成功しただろうと思う。でも彼はそうはしなかった。最後に「○○さんじゃ駄目だったのですか?」という質問に、力なく「はい。」と答える様子を見て、私の気分は一気に重くなった。
見た目というのは、結局のところ個人個人の好みの問題だからあまり卑下する必要などないというのが私の考えなのだけれど、それ以前の問題としてやはり悲しいけど人間見た目が大切になる時って絶対にある。そして、自分のことを棚に上げても少しでも良い方を求めたくなる時っていうのもある。見た目が物凄くカッコ良かったり美人だったりすれば、相手の異性も選び放題なのかもしれないけど、なかなかそう上手くはいかないものだ。大抵の人々はその両方の事実と気持ちを切磋琢磨させて、時に何かを諦めて生きている。自分はこの程度だ。でも相手の女性には少しでもいいものを求めたかったこの男性の気持ちは痛いほど良く分かる。なぜならば、見た目が劣るというだけのことで、諦めなければならないことが多いというのは、絶対に悔しいじゃないか!もしももっとカッコ良く生まれてきたら、こんなふうに範囲が狭められることもなかったのだから…。見た目が劣る人は、選択権すらないのか!っていうことに結局なるのは凄く辛いことだもんね。
スタジオでは紳助さんや秋野暢子さんが、「今までそうやっていい方をいい方をって選んできた結果、4○歳まで結婚できなかったんだから。もうちょっと自分を見つめて云々」ということを言っていた。それも確かに一理あるお言葉だ。結婚はしたい。でも、それに関してまだまだ譲れない部分がある。見た目はちょっと劣る自分だけど、それでも拘りたいと思うことがある。少しでも若く綺麗な人をと。でも、拘り過ぎると結婚は出来ないという事実。あーあーあーあーあー…!!!!!
私はこの問題について、凄く長いこと考えた。自分自身見た目が劣るかもと思っている人は、一体どうしたらいいのだろうか。そして私は思ったのだ。もしも、自分自身の見た目に自信がない人がいたら、そんな見た目なんか吹き飛ばしてしまうくらいの特技を持ったらいいのだ。人を魅了させるだけの特技を持てば、何にもない人よりかは少しは魅力的な人になれると思うのだ。ただ太っているだけじゃ、ただのデブだけど、そこに相撲という素晴らしい技が加われば、立派な力士になる。これは勿論一例だけど、誰にも負けないものを何かひとつでも持っていれば、自分に自信が持てるだろうし、自信を持てるようになれば表情だって変わってくるから、結局のところ思いがけずいい男になれるかもしれないしね。どうしてこんな顔で生まれてきちゃったんだろう…なんて卑下してる暇があったら、いろんなことに興味を持って、沢山好きなことを作った方が絶対にいいと思う。そうすれば話題が豊富な人になって、ひいては異性と上手な会話が出来るようにもなるだろうし、そうしたら見た目が劣っていることなんか必ず吹き飛ぶさ!
自分はカッコいいんだなんて、妙にスカしてる奴より、ちょっとくらい見劣りしたって、何かに一所懸命に打ち込んでいる人の方が素敵だと思う。人間年を重ねると性格が顔に滲み出てくるということを最近富に実感している私の今の課題は、見た目でその人がどんな人なのか判断出来たらいいなということだ。勿論、カッコイイとか美人だとかレベルの話ではなく、この人はいい人なの
かとか危険人物なのかとか、見た目でそういう内面が判断出来るような人になれたら凄くいいのになと思う。でも、これが出来るようになるにはまだまだ私も修業が足りないんだな。これが。信じては裏切られ、人間不信に陥っては助けられ…そうして人間は成長していくんだもんね。
あの4○歳の男の人が結婚出来るのは一体いつのことになるのだろうか。他人事ながら凄く心配になってくる。結婚なんてしなきゃしないで全然問題ないとは思うけど、それでもしたくなくてしないのと、したくても出来ないからしないのとでは、また意味も違ってくるしね。したいのに出来ないのは、やっぱり辛いよなあ。それにしても、恋愛をTVというメディアを通してするというのは、凄い勇気だと思う。私なんか到底恥ずかしくて出来ない。よく芸能人が芸能人になって一番変わったことは?という質問に対して「親戚が増えたこと。」だと語っている場面をしばしば見かける。TVに出ることなんて大したことないのに、それでもTVに出られるくらい有名になると、その有名人と知り合いであるということが自慢だと思う人はまだまだ多いっていうことなんだろうね。で、その結果、親戚が訳もなく増えていくのだ。今まで連絡なんかしてこなかった人から連絡がくるようになったりするようだし。でもこういうのって嫌だね。普段は連絡のひとつよこさない人が、都合のいいときばっか連絡してくるっていうのは。だからこの4○歳の彼のところにも、放送後はきっと大変なことになるのだと思う。普段連絡なんかよこさない人に限って無責任な発言だけして去っていくんだから。あー嫌だ嫌だ。
とりあえず私が思うのは、相手にいいものばかりを求めるのではなく、自分自身ももっと見つめ直して、諦めるのではなく一歩譲る気持ちを持たないと誰と結婚しても幸せになんかなれないってことさ。4○歳の彼に幸あれ!!
5月27日Pの謎
『内村P』(テレ朝)について考える。テレ朝に『内村P』という番組があるのを、ある時ラテ欄で発見した。『内村P』の『内村』というのは、紛れもなくウッチャンナンチャンのウッチャンのことだというのはすぐに分かった。では『P』は何のことなのか、それを調べるためだけに番組を見た。
『内村P』の内村は勿論ウッチャンだった。そして『P』は?といえば、プロデュースのことだった。ウッチャンがプロデュースする番組。それが『内村P』だったのだ。
初めて見た時の番組内容はといえば、ウッチャンが新人タレントに死体役の演技をつけているところだった。うら若きタレント(女優の卵?)たちが、想像を絶するような形相でプールサイド際に横たわり、死体役を演じている姿に、意見しているウッチャンの図というのは、深夜でなければ見られない絵図らだろう。演技指導をしているウッチャンの顔が、心なしか他の番組で見る表情とは違ったのが新鮮だった。時間は深夜1時をまわったところだった。
このテの番組がまた好評を博して話題を呼んでゴールデンに進出したら、きっとこんな絵図らはもう見られなくなるだろう。見られなる代わりに、ナンチャンも一緒に登場するようになっちゃったら、あれあれ!あの番組の二の舞になっちゃうじゃないか!!
5月28日慣れの恐ろしさ
『稲妻!ロンドンハーツ』(テレ朝)を見る。『やるキッス』終わりなんだと。え?マイケルくんたちにはもう逢えないの?…と思ったら、マイケルくんたちとの合コン相手は募集してるのね。それにしても、見てない人には何のこっちゃ分からんとは思うけど、マイケルくんが全員集合すると大魔神鈴木くんが一番マトモに見えてくる。この感じっていうのは、地球防衛軍の中でブラックの安田さんが妙に風格があるように見えるのと多分同じようなものだと思う。慣れって恐ろしい…
5月29日ウシandウシ
『昼どき日本列島』(NHK)を見る。「問題。『♪なんでだろ〜なんでだろ〜な、な、な、なんでだろ〜』ソングでお馴染みの、赤と青のジャージがトレードマークのふたり組お笑いタレントの名前は何?」今日のお昼、たまたまNHKにチャンネルを合わせたら、このふたり組お笑いタレントが出ていた。勿論、赤と青のジャージを着て。
『爆笑オンエアバトル』(NHK)を毎週見ている。そこに出てくる芸人さんたちは、ほんの一部を除いては、この番組でしか見られない人たちばかりだ。たまに他の番組で見かけると何だか嬉しくなってくる。だから今日、この番組で彼らを発見した時も、「なんでこんなところに出てるの?」と思いつつも嬉しくなってしまった。まさに「♪なんでだろ〜」ってな感じだった。
彼らの名前はテツandトモ。ギターを抱えて『♪なんでだろ〜』と青いジャージを着て唄っているのがトモ。赤いジャージを着て腕をくねくねさせながら踊っているのがテツである。彼らが着ているジャージはトレードマークというかユニホームと言っていいだろう。言わばBOOMERがいつも着ている野球のユニホームと同じようなものだ。
今日の中継先は東北地方の、とある牧場からだった。テツandトモのふたりは、乳絞りを体験したり、初乳豆腐について学んだりしていた。テツが牧場主のもと乳絞りを初体験してみたら、牛さんもいつもと違う手の感触に「あれっ?」と思ったのか急に足をばたつかせて、テツがせっかく絞った乳を溢してしまうという一幕があった。溢した乳を気にしてカメラで生中継されているということなどすっかり疎かになっている牧場主と、溢した乳を気にしつつもきちんとカメラ目線を忘れないテツが、とっても対称的だった。
この番組に何故テツandトモが起用されたのかは分からない。でももし、その起用理由が彼らのトレードマークであるジャージだったとしたら、NHKもオツなことをやるものだ。その昔『ボキャブラ天国』(フジ)に出演していたお笑いタレントたちが、この番組をステップに様々な番組に出演し始めたように、『爆笑オンエアバトル』に出演している、まだ名も知られていない多くの若手芸人も、この番組をステップに様々な活躍の場を広げていって欲しいと思う。そして私は、今日のテツandトモのように、思いがけないところで発見できることを楽しみにしているからね。
5月30日未来のパイロットに逢える街
『ドラマDモード「FLY航空学園グラフィティ」』(NHK)を見る。山梨県北巨摩郡双葉町に日本航空学園という学校がある。ここは未来のパイロットや整備士を目指す人々が集う学校で、日本でも貴重な航空学校である。
私がまだ山梨県に住んでいた頃、日曜日に甲府市街地を歩くと必ずと言っていい程、航空学園の生徒たちに出くわした。彼らは必ず制服を着て街に繰り出していて(よくは知らないが、多分そういう決まりがあったのだと思う)3.4人のグループになって歩いているところをよく見かけた。制服は濃紺で、詰め襟っぽいんだけど、そこら辺にある学ランとは明らかに違う形をしていて、なかなかカッコイイものだった。私はこの制服の集団をみるのが好きだった。日曜日なのにきちんと制服を着て街を歩いているその光景は、明らかに他の高校生たちとは一線を画しており、私にはとても眩しく見えていた。
私自身は、飛行機には全く興味がなかった。初めて飛行機に乗った中学3年生の夏。天候不順のため、フライトが予定時刻よりも何時間も遅れ、いざ乗ってみたら必要以上に揺れ、非常に怖い思いをしたことに加え、その翌日に起こった強烈な、今でも忘れ難い出来事が故に、怖すぎてしばらく飛行機には乗れなかったという体験がある。(あ!今はもう克服したので、大丈夫です。それにしてもこんな体験、そうは出来ません。)でも航空学園の生徒だけは、不思議と眩しく見えていた。
航空学園を舞台にしたドラマがNHKで始まるということを知ったのは、今年に入ってすぐのことだった。「もしや舞台は、かの航空学園?」と思って見始めたら、やはりその通りだった。NHKのドラマということもあり、詳しい撮影協力場所は出ないものの、まわりの景色を見れば、そうかどうかくらいは分かる。ドラマの中で生徒たちが着ている制服も、私が街で見掛けた航空学園の制服そのままだった。ドラマ全10回。今日が5回目の放送だ。ここまでで既にもう波乱に富んでおり、一度たりとも目が離せない展開になっている。鬼教官役に大友康平さん。生徒役に片瀬那奈・鳥羽潤・清水千賀・石川伸一郎・山口あゆみ・鮫島巧・城山未帆・忍成修吾。他の先生役には、飯島愛・いしのようこ・セインカミュら(敬称略)が出ており、NHKっぽくないキャスティングも斬新だ。残念ながら現在のところ視聴率的には低空飛行のようだけど、将来的には「見ておけば良かった!」というドラマになるような気がしている。これから先の展開もきっと、往年の大映ドラマもびっくり!!な展開が待ち受けているに違いない。これはドラマだなんてこと百も承知だけど、私にとっては街中でただ見ているだけだった航空学園の生徒たちの様子が、もしかするとこんなふうだったのかもしれないと、思わせてくれるには十分なドラマだと思っている。
私があの頃見かけた大勢の生徒たちは、何人が夢を叶えて大空を羽ばたいているのだろうか。あの頃何ということもなく見ていた光景も、見られなくなった今となってはただ懐かしい、思い出の光景になってしまった。休日の山梨県甲府市街地――。それは未来のパイロットに逢える街だ。
5月31日やっぱりアイツは
『速報!歌の大辞テン!!』(NTV)を見る。今日は昭和58年5月のランキングだった。
58年のランキングに登場していた早見優さんが当時を振り返って「同期の石川秀美ちゃん。松本伊代ちゃん。堀ちえみちゃん。そしてシブがき隊のみんなで集まって遊んだんですよ!」とコメントするのを聞いて、ゲストに来ていたこれまた同期の中森明菜さんが、「私にはそんなこと、誘いも全然ありませんでした!」と言っていた。
そして今週のランキングに登場していた宇多田ヒカルさんのところで、ゲストに来ていた西田ひかるさんが「この間宇多田ヒカルちゃんからメールを貰ったんですよ!」と言っていた。
それぞれのコメント。それぞれの捕え方。それぞれの青春。今日の日記の中に多くの人の名前が出てきたけれど、私の印象に残ったのはやっぱり★★★さんの嫌らしさだけだった。