かこの鑑賞日記1998年9月1日〜9月19日
8月3日〜8月31日
9月1日
『ズームイン!!朝!』(NTV)を見る。昔、高校野球は自分よりずっと大きなお兄さんたちがやっているものだった。それがふと気付いたら、自分より年下になっていた。20歳になった時、昔イメージ していた20歳とは程遠い自分がいて、そのギャップに戸惑いながらも、ああ自分も年をとってしまったなあと、思ったものだった。あと何年かしたら、私の20代も終わってしまう。今の私が20歳になったばかりの 頃の自分を思うと、まだ全然若かったのに、なに年取ったなんて思っていたのだろうと思ってしまう。 私くらいの年齢になると、友達と話したりする時、「年取ったよねー。」なんていう話になるけど、ちょっと待って!!
今日からキャスターが、福沢朗アナになった。緊張している様子が見ていて良く分かった。彼がアナウンサーになって今年で11年になる。私が福沢アナに初めて逢ったのは、彼がアナになってまだ5ヶ月目の 西武球場だった。その時のことをここに書くと、長くなるので今日は割愛するけれど、その日の彼の表情とか様子とかはすごく良く覚えている。それから10年、今日TVの中で見た福沢アナは、初めて逢った時と 同じ表情をしていた。でも、10年前とは明らかに違うところがあって、それは10年という歳月の積み重ねか、緊張しているのにもかかわらず、ほとんど噛まずに間違えないで進行していたということだ。これは 10年前ではきっと出来なかったことだと思う。
昔の自分と比べて、今の自分が、年をとったと思うのは仕方のないことだと思う。けど、10年後の自分から 見れば、今の自分は十分に若い。あの時ああしていれば良かったなどと後悔している暇があったら、10年後 の自分を後悔させないために、今しか出来ないことをすぐにするべきだと、最近特に思っている。 今の私には10年後の自分にはない若さがあるし、10年前の私にはない人生の積み重ね経験がある。 そう考えるといつだってこの瞬間がとても大切に思えてくる。 今日朝TVをつけて、分かっていたけれど、もう毎日留さんをTVで見ることが出来なくなってしまった という紛れのない事実はやっぱり淋しかった。人は必ず年をとる。永遠に今のままなんて、ない。だから、 大切なのはどんなふうにその年を重ねていくか、なんだよね。9月が始まったばかりだというのに、 書きながらしんみりしてしまった私は、今日上手く言葉をまとめることが出来なくなってしまった。 ごめんなさい。

9月2日
『ビック・トウデイ』(フジ)を見る。中島広文さんという人を知っているだろうか。
「昇太の朝昼晩ごはん」の中で、早食い世界一の青年に迫るというコーナーをやっていた。今年7月、N・Y で行われた国際ホットドック早食いコンテストで3年連続で優勝した彼である。いやーとにかくすごい! なにがすごいかというと、12分間にホットドックを24本食べて、世界のビックサイズ男である並み居る強豪 を抑えて、優勝したのである。今日もリポーターの春風亭昇太さんとともにホットドック1本食べるのに どのくらいかかるか、タイムをはかった。中島さんは何と14秒。ふーっ。大会の2週間前に「ぼんち食堂」 というところで、トレーニングをするそうだ。胃を大きくするために。今日の放送では12人前の冷やし中華 を30分ほどで完食した。いやはや。カレーやさんのCoCo壱番屋にいくと記録保持者として、彼の写真と 記事が貼ってある。彼が記録を打ち立てた、そのカレーやさんは、山梨にいた頃働いていた場所のすぐ近く にあったので、行ったことのある場所だ。彼は今、山梨の宝石会社で働いているけれど、ちょっとした有名 人なので、商談が上手く行きやすいとか。まさに芸は身を助けるのか!彼の名刺にも、大食いチャンピオン のことが書いてあるようだ。
あーあ。今から夕食の支度しなければならないのに、こんなの見ていたら いっぱいいっぱいになってしまった。いっぱいいっぱいといってもX−GUNの嵯峨根さんじゃないよ。 だから、TVの力って恐いんだよね。コーナーの最後、締められた言葉で、私も今日は終わることにする。 「良い子は真似しないように。」

9月3日
『とんねるずのみなさんのおかげでした!』(フジ)を見る。昨日、やっとパソコンが直ったのにも関わらず まだ今日に追いつかないので、手書きで書いている。にもかかわらず、まだ8月18日までしか更新できない 。手は痛いし、本当にこれは罰ゲームだよ。ふーっ。
野猿が静岡に木佐彩子アナとともに9月20日に来るぞ!かんちゃん・高久・ジェリーの3人の野猿が来るぞ !きっとすごい人になるんだろうな。でもこういったイベントが地元に来てくれるというのは嬉しいね。 山梨にいたら絶対に考えられないことだもの。山梨は絶対にコンサート飛ばされる。47都道府県の最後に まわってくるのが山梨。そんなところで育ったから、静岡に来て、本当にたくさんのコンサートがあって 舞台がある静岡は、恵まれているなと思った。東京に比べれば田舎かもしれないけれど、十分だと 思う。そういえば24時間テレビのエンディングリレーで、山梨放送は出てこなかった。ほら、飛ばされた。 所詮その程度の扱いしかされないんだよね。悲しいけど。話がそれた。
そう野猿だ!デビュー曲は勢いで買ってしまった。今回の第2弾はどのくらい売れるのかな?2曲目が 売れないと、1発屋って言われるぞ。トムキャット・LOOK・小野正利…そんな1発屋ばかり羅列して どうする。また話がそれた。
そう、野猿なのだ。気がついたら、2人もメンバーが落とされていなくな っていた。ひとりは成田空港で。まるでウルトラクイズ。成田で落とされたら、徳さんと一緒にシュプレフ ィコールだ!成田で叫べ!シュプレフィコール!おー!叫べ!叫べ!!叫べ!!!そうなのだ。 今度の野猿の新曲は『叫び』なのだ。WOW!!!!

9月4日
『第18回全国高等学校クイズ選手権』(NTV)を見る。「青春真っ只中!みんな燃えているか!」の留さん の雄叫びに「おー」と叫んだのは、もう10年も前のことになる。1988年8月8日そして第8回となぜだか恐ろし く8ばかり並んだ日、それが私の高校生クイズ最後の日だった。あの日、県代表にどうしてもなりたくて、 やっとの思いで県ベスト10まで勝ち進んだのに敗れてしまった。 この時の悔しさは、先日のウルトラクイズで敗れた時の比ではない。 その年の優勝校が、静岡高校。まさかその時10年後に静岡に住むことになろうとは夢にも思わなかった。 敗れた時、私が思ったのはクイズはこれからも好きでいたいということ、 そして、一緒に出場したチームメイトふたりとはこれからもずっと仲良しでいたいということだった。 10年たった今、それが両方ともきちんとあって、この10年を無駄に生きてきたわけじゃないなーと思ったり してしまう。
これは、いつでも思うことなのだけれど、初めて見たものの印象というのはその感動が大きければ 大きいほど自分の心の中に大きく根づくものだ。良くいわれる例としては、時代劇でおなじみの 忠臣蔵がある。最初にどんな俳優が演じた大石内蔵助をみたか、吉良上野介をみたかによって ずいぶんイメージが変わる。次に見た忠臣蔵で、別の俳優が演じた大石内蔵助が自分の中のイメージと違った 場合、これは違う!と思ってがっかりしてしまったりする。別に、その俳優の演技が下手とかそんなわけ ではないのにね。これと同じことが、高校生クイズやウルトラクイズにもいえるのではないかと思った。 私が高校生クイズを見始めたのは、第2回からだ。第6回からずっとビデオにとっ ていて、今年でそのビデオも13本目になる。もう干支をひとまわりしてしまった。時々、昔のVTRを みると昔の高校生クイズは、よかったなと思ってしまう私がいる。第7回ではいきなり3人バラバラにされ てしまった高校生が再び3人出逢えたときに勝ち抜けなんて、泣かせるじゃないか!と思う。3人の 友情を改めて感じられる瞬間ではないのかと、今見ても思う。 そして、今年は久しぶりに地方大会の様子がたくさん映し出されたなと思った。たかが、地方大会じゃ ないかと、いうなかれ。地方大会のほうが全然面白いし、迷答珍答のオンパレードだ。 覚えているだろうか。以前、地方大会であの忘れられない珍解答をして一躍有名になった高校が今年久しぶりに 県代表として出場していた。彼らは、今から10年ほど前にそんな魅力ある先輩が同じ学校にいたことを 知っているのだろうか。いまでも私の心の中には高校生クイズを思い出す時、その高校のことを一緒に 思い出す。あとにも、さきにも、あんな魅力ある高校生はその後、高校生クイズの中には現れていない。 そんな昔の高校生クイズのイメージが私の中 で染み付いてしまったせいで、最近の高校生クイズがひどくつまらないものに思えていた。 汗と涙と笑顔と友情とそして感動はいったいどこにいってしまったんだ! 本当はつまらなくなんかないのかもしれない。でも、やっぱりだめなんだよね。確かに、クイズ 番組としては良く出来ていると思う。だけど、せっかくの高校生たちをたくさん集めてやるクイズ番組とし ては壊れたものを見ている印象を受けていた。今年、高校生クイズのCMで今年の高校生クイズは とってもドラマチックみたいなことをいっていたので、どんなふうになるのかちょっとだけ楽しみだった。 ドラマチックな部分はどこだったのか。考えている。考えながらこれを書いている。ドラマチックになった といわれる今年の高校生クイズを見て、私の心に残ったのは、分からないまま終わってしまった運大王 (その後、関東大会で1チームに絞られ、2回戦のマナークイズに出場できたのはそのチームだけだったこと が判明)と、関東大会で代表になった高校生の、顔も学校名も他に比べて映る機会が少なくて可哀相じゃないかということ だった。必要以上に説明しすぎるのも良くないけれど、あまりにも不親切すぎると怒るぜよ。昔からのファンと 新しいファンと、そのどちらもを納得させる番組作りって本当に難しいと思った。 いいところはずっと変わらずに残す。そして、時代に合わせて変化させるべきところはさせる。だからどこを残すか どこを変えていくかの判断力。自分だってその判断を上手にやって今まで生きてきたわけじゃないのに、 偉そうなこと、いえないよな。高校生クイズにだけ、その上手な判断を期待しちゃいけないのかもしれないね。
今年は18回目にして晴れて私の出身校が山梨県の代表になった。けれど、気がついたらお葬式クイズにいて お葬式クイズのマナーはいったいどうなったんだという疑問を再び残しながら、散っていった。御愁傷さま。 高校を卒業して、10年経って高校生クイズに対する情熱は驚くほどに冷めた。情熱の冷める時って こんなにもあっけなく淋しさすら感じないものなのかと思って恐かった。いつかクイズに対する情熱も こんなふうに恐ろしいくらいに冷めなきゃいいけどと思ってしまった。
今年の高校生クイズの出場者は全国で49437人。高校生の数が減ったことだけではないだろう。 それはピーク時の関東大会の出場者の数にも満たない。

9月5日
『筑紫哲也NEWS23』(TBS)を見る。その名前を初めて知ったのは『ミュージックスクエア』 (NHK−FM)だった。聞いたこともないアーティストが並み居る強豪を抑えて第1位を獲得していた。 クイズ好きの悲しい性か、いや、そのアーティストに並々ならぬ興味を覚えたからだと思う。曲のタイトル は『夏色』アコースティックなサウンドで、唄いだしも「♪駐車場の猫はあくびをしながらー」で始まる なんだかレトロな雰囲気。いいなあと思ったのが最初だった。
彼らの名前も曲もずっとその番組でしか聞いたことがなくて、他のラジオ番組でも、もちろん TVの音楽番組でも出ては来なかった。どうしてだろう。彼らはいったい何者?気になって仕方がなかった ので、レンタルショップで彼らのCDを見つけて借りた。7月の初旬『夏色』は、たくさんのアーティスト の中に紛れて、2枚あるだけだった。彼らが2人組のアーティストであることをその時初めて知った。 最近になって彼らのファーストアルバムが売れ始めていることを知った。それにともないいろんなメディアで 彼らのことを目にするようになった。でもまだ、メジャーなTVには出ていないと思う。
今日の『筑紫哲也NEWS23』の特集は彼らふたりとそしてもうひとりを追いかけたものだった。『路上に 夢はあるか!』本当に今日の日を待った。本当は2週間前に放送予定だったのだけれど、事件や災害の為、 放送がのびのびになってしまったのだ。横浜の伊勢佐木町で路上ライブをやっていた彼らふたりがレコード 会社の人に見出されデビューするに至ったのだ。中学時代の同級生、北川悠仁くんと岩沢厚治くん の2人組だ。21歳と22歳。若い!!路上でライブをしていたのは、彼ら2人だけでは当然なかったはずだ。 見出される人と、見出されない人。その違いはいったいどこにあるのだろうか。今日の特集はそのへんの ところを上手く重ねあわせて、もうひとりの人も一緒に追いかけた。お客さんがたくさん集まる、 彼らふたりの路上ライブの一番後ろのほうに彼はいた。溝口タカトシさんという人だ。知っているだろうか。 ほとんど知るはずないと思う。なぜなら彼は、無名の路上ミュージシャンなのだから…TVカメラは1991年 の彼から追いかけていた。現在30歳になった彼が23歳の時からだ。彼は18歳の時から唄っていた。それから 12年。デビューを夢見て、彼は今日も路上で唄っている。彼にとって重いのは30歳になってしまったことだ という。年齢なんて気にしなければ全然気にしないですむことなのに、こういう時ばかり重く圧し掛かって くるものなんだね。2組の路上ミュージシャンの、明暗みたいなものが描かれていてしんみりとしてしまった。 30歳の彼のほうに思い入れをもって見てしまったのは私だけだろうか。
8月いっぱいで彼ら2人の路上ライブは、あまりのお客さんの多さで残念ながら終わってしまったという。 昔から応援していたファンにとって、有名になるのは嬉しいけれどなんだか手の届かない遠くに行ってしまった と思う瞬間かもしれない。彼ら2人がTVの音楽番組に出演する日ももうすぐのように思う。彼ら2人の名前は 『ゆず』何のタイアップもない、ただ路上で唄っていたふたりの男の子だ。 ぜひ歌を聴いて欲しい。今からでも、全然遅くはない。

9月6日
『所さんの目がテン!』(NTV)を見る。「早起きは三文の得」久しぶりにそんなことを実感できる朝だった。 1週間経って、先週の今ごろは…なんて早くも懐かしんでしまいそうな気分に危うくなりそうな朝が、明るく なった。ちょっと暗い気分になりそうな朝はおもいっきり早起きしてみるのもいいかもしれない。 いつもと違う、なにかに出会える。そう、いつもと違うなにかに。
今日のテーマは「笑い」笑いを科学するということで、笑うということについて研究していた。人と人とが 付き合う中で当然笑いのコミュニケーションは必要だ。会話をしていて、もしも相手が笑うというか微笑む 仕草がないと嫌な気分になると思う。番組の中で、付き合ってまだ4ヶ月のカップルに実験を試みた。 男の子とのデートの中で、絶対に笑わないように女の子に指示した。当然男の子にはこの実験のことは、 ひ・み・つ。すると、実験をしてたった5分で男の子は不機嫌になり実験は終了した。これ以上、この実験を 続けるとカップルの間にひびが入るぜ!!たかが笑いとあなどるなかれ!笑いは大切なのだ。考えても見て欲しい。 男でも女でも笑わないような人を好きになる?まあ中には「スカしてる男がクールでかっこいいわ。」 なんていう女もいるかもしれないけど、少なくとも私は絶対に嫌だ!
番組の中でもうひとつ興味深い実験をしていた。人が笑う瞬間、目から先に笑うか、口から先に笑うか、 それとも同時に笑うかによって、随分印象が違うというのだ。それがどう違うかは、自分で実験してみれば 良く分かることなのだけれど、その結果は私にとってちょっと意外だった。みんなもやってごらん。 恐いのはその順番によって、笑いも偽善者的な印象を相手に与えかねないということだ。一口に笑いと いっても難しいものだ。笑ってはいけないところで笑えば不謹慎な奴だと思われるし、自分のほうを見ながら 意味もなく笑っている人がいると自分が笑われているんじゃないかと思って嫌な気分になるし。んー難しい。 ま、結局のところ笑いにもその人の人間性が出るということだね。
おととい、高校生クイズを見ていて気になったことがあった。それは勝ち抜けた高校生に笑いがない人が 多かったということだ。おもいっきり、笑ったり泣いたりすることは、恥ずかしいことなのかなあ。 そういえば、某クイズの、某回で「あんまり今まで喜んだことがないから、どうやって喜べばいいかわからない。」 といっていた人がいた。喜び方がわからないなんて、あなた、そんな…なにかがどこかで違ってきているように 思えて仕方なかった。『所さんの目がテン!』を見ながら、TVの笑顔にあわせて、明らかに不自然な 笑いをしている自分がいてこんなとこ誰かに見られたら怪しい奴に思われるだろうな。
今日、早起きをした私が出会ったいつもと違うなにかは、日曜日きちんと早起きすれば、一日は十分に長くて 決してあっという間には過ぎ去らないという、笑っちゃうほど当たり前のことだった。

9月7日
『NHKスタジオパークからこんにちは《朝の連続テレビ小説リクエスト》』(NHK)を見る。 19歳の時、山梨だけのローカル放送だったけれど、初めてきちんと名前入りでTVに出演したことがある。 放送される前から、どんなふうに放送になるのかTVの前でドキドキして待っていたことが思い出される。 放送時間がやってきて、自分がTVに映ると思われる直前、急に恥ずかしくなってしまって、TVの前から 離れてしまった。その時が初めてのTV出演ではなかったけれど、改めてきちんと出演する時の気持ちなんて そんなものなんだろうね。
視聴者のリクエストに答える形で懐かしの「朝の連続テレビ小説」の名場面を見た。その中で1990年に放送 された『凛凛と』(田中実・荻野目洋子ほか出演)をリクエストした人の手紙にこんなことが書かれていた。 「最終回の収録に仲間たちとエキストラの出演をしました。みんなきちんと当時の服装(着物)を着て、参加し 最終回の放送を楽しみにしていました。私たちにとってその日の放送は最終回の内容云々よりも、自分たちが いつTVに映るか、それが楽しみでした。それなのに、放送を見たら私たちの仲間は全然映らず、唯一 映ったのが私が持っていた白いパラソルの柄の部分だけ…」その手紙を書いたおばあちゃんにとって、 自分がいつ映るかすごく楽しみだったんだろうね。それなのに全然映らないなんて、かなりショックだったんだろうね。 期待が大きければそれはなおさらのこと。TVの世界に少しでもかかわったことのある人ならば、 膨大なVTRのなかから実際に放送されるのはほんの一部であることは百も承知だ。でもそれがいざ自分の 身に降りかかると淋しいものだよね。大抵の人はTVに映る機会なんてそうあるものではないから、こういう チャンスがとても貴重だ。しかも朝ドラだもの。ねえ。…で、その時の『凛凛と』のVTRのなかで、その おばあちゃんのパラソルが一瞬映った場面の、荻野目ちゃんのセリフはこうだった。「映った!映った!映ったよ!」 偶然とはいえ、「映った」なんてセリフ、結局映らなかったそのおばあちゃんたちにとって、あまりにも 切ないじゃないの…。司会の堀尾アナも私がこう思ったことと同じことを思ったらしく、このことをきちんと 突っ込んでいた。やるね。堀尾アナ!見ていた私はもう大笑いしてしまった。
そう、そして私が出演した番組のお話の続き。ある場面で、私が一生懸命に考えて答えた部分はすべてカット! ディレクターと雑談していた部分が放送されていてびっくり!その時VTRがまわっていたなんて、 気がつかなかったのだ。一緒に見ていた家族には笑われるし、私は思いっきり恥ずかしいし… 『私の初めてきちんとTV出演物語』は、とんでもない結末になって終わった。

9月8日
『家族そろってボキャブラ天国(最終回)』(フジ)を見る。とうとう最終回になってしまったか。 8月4日付のこの日記で取り上げた時はまだ最終回になることを知らなかった。でも、今改めて その日に書いた自分の日記を読み直してみると、そろそろヤバイかもなんて書いてある。そろそろどころか その1ヶ月後に終わってしまうとは。いやはや。こんな予感当たらなくていい。タイトルが変わったり、時間が 変わったりはしたけれど、この番組結局は6年間も続いたことになる。末期は悲しいものだったけれど、 浮き沈みの激しい中にあって良く頑張って続いたよな。まあ、ハウフルスが作っているから簡単には終われなかった という話もあるけど…好きな番組だったから淋しいものだ。
この番組で、初めて知った芸人がたくさんいる。見始めた頃は、ほとんど知らなかった芸人たちが、今は立派に 番組を持って活躍していたりして、今更ながらこの番組は数多くの芸人たちにとってある意味登竜門的な番組だったんだな と思ってしまう。 現在は、これでもう何度目になるのだろうか。お笑いブームだという。今までも何度かのお笑いブームがあって、 その時は波に乗って上手く活躍出来はしても、その波が静かになった時、生き残るのはほんの一握りだ。 そういえばタモリ・たけし・さんま・とんねるず・ウンナン・ダウンタウン・そしてナイナイ以降、 ゴールデンタイムで冠番組を持てる芸人が現れていないことに気がついた。今、私の目の前には 今日この番組に出演した芸人だけでも30組以上もいる。確かに今は人気があるかもしれない。でも、この中で、 飛び出して人気が長続きする芸人は何人いるのだろうと考えた。次に冠番組を持てるのは誰なんだろう。 もうみなさん良くご存知のことと思うけど、私は卒業してしまった爆笑問題が大好きだ。だから、個人的には 彼らに次の時代を担う芸人になって欲しいのだけれど、それはあくまで私の希望。願いかな。どうなるかは わからないけどね。1年後くらいにこの文章を読み直してそうなってるといいなと思う。
最後まで不発だった幹てつやさんが泣いて、最後のほうになってやっと波に乗ってきたMANZAI−C がやっと笑って番組は幕を閉じた。もうしばらくたったら、きっとこの番組のことも、だんだんと忘れて いくのだろうと思う。そして再び、ふと思い出した時、コンビなのにいつの間にか相方がいなくなっていて ピンで活躍し始めている芸人がこの中にもきっといるんだろうな。ふたりにこだわって死ぬか、ひとりで 生き残るか。残された相方はその後、うなづきトリオを結成する…ってそれじゃひと昔前の話じゃないか。 島田紳助さんや所ジョージさんみたいな芸人に憧れる。決して頂点には立たないけれど限りなく頂点に 近いところで、いつも新鮮に活躍していられる姿。時が経っても決して色褪せることない芸人に育て! キャブラーたちよ!そしたら、俺らは俺らで新しい番組を、今度は本当に作ってね。それが、 ボキャブラ中国でも、ボキャブラ遠足でもいいから…応援してるからね!

9月9日
『ニュース』をたくさん見聴きする。ここしばらくの間、ずっとニュースを取り上げたいと思っていた。 でもそれ以外に面白い番組がたくさんあったので、なかなか出来なかったけど、今日はぱっとした番組が なかったので、晴れて登場するに至った。よかった。 「事実は小説よりも奇なり」という言葉通り、最近現実のほうが、ドラマなんかより全然凄いことが 起こっている。昔はニュースなんてほとんど見ない子だったのに、人間変われば、変わるものだ。 子供の頃嫌いだったワサビも最近は無いと淋しいし。というわけで、今日はニュースの話題。 今日はいつにも増して真面目な文章がこの先続くので、面白いことは期待しないで読んだほうがいいと思う。
今から10年以上も前、ある人気アイドルが自殺をした。人気絶頂だったアイドルの自殺は当時とても センセーショナルに報道された。その後、後追い自殺をする子がでた。そして、その後追い自殺の報道もまた、 とてもセンセーショナルに報道された。そうしたら、その報道を見た子がまた後追い自殺をした。その数は まるでねずみ講の如く増えていって、一種の社会現象として報道された。その報道が少し静かにおさまった頃 自殺をする子はいなくなった。
誰も皆、結局ひとりじゃ淋しい。時にはひとり静かにしたい時間もあるだろうけど、結局はひとりじゃ淋しい のだと思う。現在はものすごく情報が発達しているから、世界各国で起きたニュースがすぐ、私たちの耳に 入ってくる。いいことはもちろん、悪いことも。何かをしたい、しでかしてやりたいと思っている人がいて 、でもひとりじゃなかなか勇気がなくて躊躇していた人がいたとする。ある日、どこの誰かは分からないけれど、 それをやってしまった人のニュースがセンセーショナルに報道されているのを目にする。「自分と 同じことを考えている奴がいたぞ」と、急にひとりじゃないんだと勇気が湧いて、とうとうやってしまう。 どさくさに紛れればわかんないと思って。
今マスコミはそれをニュースとしてきちんと私たちに教えてくれる。時には学校の先生の授業よりも わかりやすく。私自身もニュースを通して初めて知ったことがたくさんあることを知っている。 それは確かにいろいろとお勉強になることも多い。見ないより見たほうが、いいのだと思う。でも、でもね。 最近ニュースを見ていて、ここまで知らせる必要はないのではないかと思うことが多すぎるように思う。 具体的に書くことは避けるけれど、今連鎖反応みたいに起きている一連のニュースもそうだ。あんなふうに 全国各地で多発するのは、ニュースで知ってみんなやっているから、ひとりじゃないからやってみようと 思い実行に移す人がいかに多いかということだ。悪いことだとわかっているのにね。ニュースは丁寧に その犯行の手口まで具体的に教えてくれる。あの通りにやればあなたも出来ますよといっているみたいじゃ ないか。昔、某ニュースであまりにも恐ろしいことをご丁寧にも教えてくれた番組があった。ここには とても書けない。いくらニュースとはいったって、そこまで私たちに知らせる必要はないのではないかと 思う。先にあげた自殺もそう。マスコミが騒げば騒ぐほど、何かきっかけを待っていた人にとって、それは 大きなきっかけを与えたことになる。そして、その結果二次被害が起こる。あんなふうになんどもなんどもTV画面に 映されたら、あの食べ物をみると事件のことを思い出して食べられなくなっちゃう人が出てくることは 間違いない。食べ物に罪はない。お店に罪はない。風化させることはいいことではないけれど、 騒ぎすぎてその被害が拡大することだけは絶対に避けなければならない。
誘拐事件が起こった時、マスコミ各社は人命を第一に考えて申し合わせたように報道を自粛するのにね。 このままでは、日本国民全員がいつ誘拐された被害者になってもおかしくない状況だ。それでも、 マスコミは今のような報道の仕方を続けるのだろうか。

9月10日
『笑っていいとも!!』(フジ)を見る。 『失われた時を求めて』というプルーストの小説がある。その小説のタイトルを私が知ったのは、 数年前、東京にわざわざひとりで出掛けていって見た映画『Love Letter』(中山美穂主演) がきっかけだった。その映画の終盤で、この小説のタイトルがとても効果的につかわれていて、その後 この小説がどんな内容なのか知りたくなり、本を探そうと思っていた。でもその日、本は見つからなくて 結局それから長い間、そんなことを思ったことすら忘れていた。
突然なぜ、こんなことを書いたかというと、今日『笑っていいとも!!』をいつものように見ていた。 その中に、永井美奈子さんが出たり出なかったりする摩訶不思議なコーナー『東京決定ショー』がある。 このコーナーがいつもどんなことをやっているか説明すると長くなるので割愛するが、今日このコーナーで こんな面白い試みがなされた。いいともをやっている新宿アルタのビジョンに、生放送中に解答者8人が それぞれなんでもいいから映像を映し出し、通行人をびっくりさせた人が勝ちというゲームだ。8人が4人 づつ、タモリさんチーム・鶴瓶さんチームに別れて競う。どっちのチームが良かったか、判定は会場にいる お客さん100人が決めるのだけれども。以前、最近のいいともはあまり生放送らしさがでていないということ を書いた。確かに通常はそうなのだけれど、前回や今日のように生放送の醍醐味がきちんとある日は、早速 この日記で取り上げるぜよ。タモリさんのアップ写真や、菅野美穂ちゃんが顔にプリクラ貼った写真では 通行人の驚きはあまりなかったんだけれど、ゲストに大地真央さんが出ていて、彼女のアップの映像には 驚いている人がたくさんいた。まさに、意外性って言う奴だね。こんな人がこんなことをやるの?なんて、 こんな子があんなことを!っていうヌード写真集や、AVみたいじゃないか!おっと、失礼。 今日の本題は、ヌードやAVの話ではないんだった。で、負けたチームには毎回、迷惑なものをもって帰らせたり する、罰ゲームがある。今回の罰ゲームがなんと、小説を読むこと。その小説が『失われた時を求め て』だった。その瞬間、私の頭の中に、数年前の忘れていた記憶が甦った。家にあった『一冊で世界の名著 100冊を読む』という本を慌てて引っ張り出し、この本がどんな内容であるか読んだ。壮大な、「時」のドラマ だそうだ。その内容を知ったとたん、見た映画『Love Letter』のことを思い出した。 再び慌てて、その映画のパンフレットを取り出して、あの頃の記憶を甦らせた。その甦る過程がまるで、 その小説の内容にも似ていて、しばらく考え込んでしまった。
ふと気がついたら、いいともは終わっていた。結局、鶴瓶さんはビジョンに何を映し出したか、そして どっちのチームが勝ったか、見逃してしまった。あーあ。でも、今日私はそれ以上に、喉の奥のつかえが取れた ような気持ちでいっぱいだった。過去の思い出に浸ってばかりいるのは、あまりしたくないけれど、時には ひょんなことから、失われた時の旅に出てみるのもいいのかもしれない。

9月11日
『ぐるぐるナインティナイン』(NTV)を見る。今日は、とってもいいものを見た。 この「いいもの」っていうのは、なかなか他の言葉では表現できないくらい、いいものだった。 今日はひとりでも多くの人がこの番組を見ていたことを願いつつ、鑑賞日記を書くことにする。
先日のこの日記の中でお笑い芸人のことについて触れた。あの日の日記を書きながらひとつだけ、 なんて表現しようか迷ったところがあった。それは、肩書きだ。 お笑いタレントなのか、コメディアンなのか、漫才師なのか、まああの番組では その番組のネーミングからキャブラーと呼んではいたのだけれど、いったいこういう場合なんと表現すべきか 考えてしまった。で、結局芸人に落ち着いた。私の判断は果たして良かったのだろうか。 そんなことを考えたのは、最近コントをする人はたくさんいるけれど、なかなか純粋な漫才をする人が いないような気がしたからだ。私は関東の人間なので、関西の事情は良く分からない。分かっているのは 関東と関西とでは明らかに笑いのツボが違うということだけだ。関西には漫才をする若手が たくさんいるのかもしれない、けれど関東ではなかなかいないように思う。みんな、似たり寄ったりの ショートコント。キャブラーのなかだけで考えてみても、しゃべりだけでやっているのは、爆笑問題・ 海砂利水魚・そしてその名もMANZAI−Cくらいしか思いつかない。それ以外では、えーと…… 浅草キッドか。あっ、今はツービートか?いやっ、きよしさんと三人でスリービートか。 とにかく、あまりいないことは確かだね。(まだいるぞ、という人は私に教えてください)
今日のこの番組の中で、ナイナイのふたりがそれぞれ漫才に挑戦していた。岡村くんはオール巨人師匠と、 そして矢部くんは西川のりお師匠と。ナイナイ自身も最初の1年くらいで、今はほとんど漫才をしていないという。 岡村くんとオール巨人師匠の漫才は面白かった。大ベテランの師匠と一緒で、大緊張している岡村くん。 あんな真剣な岡村くんの表情、初めて見た。岡村くんの真剣な表情を、私も真剣な表情になって見つめながら 漫才の奥深さを改めて知ったような気がした。コントのほうが簡単だとは、決して思わないけれど 今、なかなか言葉だけで笑わせることは難しいんだろうなと思った。客席が、老若男女入り乱れていれば それはなおさらのこと。何にでも大笑いしてくれる、中高生の女の子とはわけが違うからね。 ここまで書けば、私の見たその「いいもの」がなんだったか、わかるよね。
ところで、私が書いているこの鑑賞日記も漫才とは違うけれど言葉だけの世界だ。 残念ながら、誰がどんなことを思って読んでいるのかわからない。数人が面白いといってきてくれる 事は、分かっている。でも、書くだけで、反応がないというのは何とも淋しいものだ。 もしも、楽しく読んでいるという人が他にいるならば、ぜひ、私に教えてください。 誰からの反応もないと、私は多分、舞台に立ったのにお客さんの反応が全然なくて淋しい、 今日の矢部くんみたいな心境になると思う。

9月12日
からしばらくの間、出掛けることが多かったのでTVをほとんど見なかった。この鑑賞日記を書き始めてから、 TVをただボーッと無駄に見ることがなくなったのは、いろいろな意味で良いことだと思っている。 ただ、TVをTVでなくTV鑑賞の眼でしか見られなくなることは絶対に避けたいと常々思っていた。 例えば評論家が物事を見る時に、全て評論家の眼でしか見られなくなってしまうように。 例えばTVでとても感動した場面を見ても、ただ素直に感動する心を持たずに、実はこの感動だって 偽物で裏に何かあるんじゃないかと思ってしまうような。 そういう、嫌な自分にならないように、いい機会だからTV鑑賞日記のみならず、TV自体を少し離れて みようと思った。だから休んだ。書かなかった。 書かなくてもいいと思って、ほんの少しだけ見たTVは楽だった。いままで、なんて楽にTVを見ていた のだろうと思った。1ヶ月ぶりに、優雅にTVを見ることが出来た毎日だった。 でも、どうしても書かずにいられない番組を見てしまった。同じ日にふたつも、同じ局で、しかも 1時間以内に。
9月14日
『金田一少年の事件簿』『名探偵コナン』(NTV)を見た。 どちらの番組とも、毎週見ている。特にコナンくんはとっても楽しみにね。子供みたいだと笑われるかも しれないけれど、コナンくんを見ていると、時々子供には理解できないのではないかと思う心情が語られる ことがある。ある程度、大人になったからこそ分かる気持ち。子供たちにだけ独り占めさせてはもったいな いくらい、良く出来たアニメだと思っている。コナンくんのほうが1話または2話完結なのに対して、 金田一くんのほうは3話または4話完結で、なんだか間延びしているように思う。 コミックの関係上仕方のないことなのかもしれないけれど、毎週見ていても途中でなんだか分からなくなって くるんだよな。分からなくなるんじゃ、まだいいほう。時には犯人もトリックも、もうどうでもいいと思って しまうこともある。これは、もう最悪だね。でも、今日の金田一くんは違った。1話完結できっかりと 終わる。何だ!やれば出来るんじゃないか…でも薄っぺらい話で終わらなきゃいいけどと見る前に思った。 だけど、見事に予想を裏切った。こういう裏切りは気持ちがいいものだ。今日は本当によかった。 金田一くんはほとんど出てこなかったというのにね。
舞台は3両編成の電車。その中で殺人事件が起こる。ほぼ密室と化した電車の乗客全員が容疑者。といっても 数人しか乗っていないのだけれど。その乗客ひとりひとりの眼から見た事件当日の様子が語られるシーンが 続く。同じ事件、同じ時間が見る人によっていろいろ違って、今その人になりきっていたのに、次の人に移るとその人は 第三者になっていたりして、思わず吸い込まれそうになってみてしまった。結局、事件はすべての人の 証言を重ねあわせて、ただひとり矛盾がある人が犯人ということになった。今回は、犯人をずばり当てる 明智警視も良かったけれど、それよりなにより、たくさんの登場人物から語られる視線が次々に出てきたのが、 なんといっても良かった。そんなふうだったから、今回はコナンくんのほうがもしかしたらつまらないのかも、 と思ってしまった。でも30分後には、いらぬ心配になるのだけれど。
今日の『名探偵コナン』は、小説家の書いた文章の中に暗号が隠されていて、その暗号を解いていくという ものだった。小説家が突然いなくなって、でも原稿だけはきちんと出版社に送られてくる。その原稿 に隠された暗号から、誘拐されて助けを求めていることが分かる。急いで現場に直行したけれど、 結局は、その小説家の狂言犯行だったということになる。でも、それだけで終わらないのがコナンのいいところだ。 今日のコナンは、先にも述べたように大人になったからこそ分かる気持ちが描かれている、 いつにも増していい作品だった。 その小説家が狂言犯行をしようと思ったのは、なぜか。そこからが、大切なのだ。 その小説家の気持ちになって考えてみたい。自分の書く小説は確かに人気がある。 だけど、本当に自分の推理小説の熱烈なファンはいるのかどうしても気になって、連載中の推理小説に 暗号を隠した。自分がいるホテルの名前と部屋番号、そして、それに助けてという言葉を添えて。 その暗号を解いて、いつか、誰か、きっと熱烈な読者が自分のことを助けに来てくれることを信じて 心待ちにしながら…。そして、コナンくんたちが、やっとの思いで暗号を解いてそのホテルに行った時、 その小説家の息は、なかった。すでに亡くなっていたのだ。心待ちにしていた熱烈な読者には逢えないまま… 亡くなってからやっと逢えても、遅いのだ。遅すぎるのだ。生きているうちでないと…
こうしてホームページを持っているとカウンターは確実に増えていることは分かっても、読んでいる人の気持ちまでは 分からないから、どのくらいの人が心待ちに読んでいるのかとても気になる。きちんと読んでくださっている人には私としてもきちんと、お礼がしたいので、 「読んでる人は教えてね。」と言ったにもかかわらず、残念ながら反応は鈍い。それでも、 嬉しいことに「読んでるよ。」と私に報告してくれる人には皆、ある共通点があることに気がついた。 その共通点は何か、ここにはあえて書かない。でも、同じ立場にならないと、なかなか気持ちって伝わりにくいことだけは 良く分かった。今日、コナンくんを見ていて私の心が痛かったのは、きっと自分の今の気持ちと 共通するところがあったからだと思う。今日の『名探偵コナン』のように、私もこの鑑賞日記を、 きちんと読んでいることを報告してくれた人には、もっともっと楽しめるように改良しなくてはいけないかな、 とマジで思ってしまった。野球に例えれば、「ファン感謝デー」っていうやつかな。
いい番組を見たら、いいと思った気持ちを独り占めしないで誰かに伝えたいと思う。 みんな住んでいるところも違うし、仕事も、今日考えたことももちろん違う。そんなみんなが、 唯一同じ時間を共有できるとしたら、TV番組かなと考えた。TV番組を見た感想だったら面白く 読んでくれるんじゃないかと思って、始めたんだけど、私は間違っていたのだろうか。 クイズのホームページにはちょっとそぐわないかもしれない。 だけど基本的にはクイズの好きな私が、同じクイズの好きなあなたへという思いを込めて、 書いているこの鑑賞日記なので、ひとりでも、楽しく読んでる人がいればいいや。 だから、これからも出来る限り続けていこうと思ってるので、よろしくね。
あっそうそう、ちょっと、旅に出て日常を離れてみたら良いことを思いついたのだ。それはね…(感謝デーにつづく)

9月19日まで旅に出ていたため鑑賞日記はお休み。


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