読んだ。
正直、かなりショックだった。
書いてあることが今の私にとってはあまりにも残酷な内容だったからだ。
その手紙にどんなことが書かれていたのか、詳しいことは流石に教えることは出来ないけど、14歳の頃の自分の現実をまざまざと見せつけられたような気がして辛かった。手紙を読んでいろんなことを考えたけど、なかでも一番興味深かったのはそこに「クイズ」の文字がひとつも記されていなかったことだろう。その手紙には1985年4月1日の日付が記載されていた。私はこの年の秋に見たクイズ番組がきっかけでクイズが好きになった。だからもし、この手紙を1年後に書いていたら、きっともっと違う内容になっていたことだろう。だけど、今の私には既に日常生活の一部となってしまっているクイズに染まる、ほんの半年前に書かれた手紙というのは、ある意味物凄く貴重なものなのかもしれない。
今の私は、14歳の頃のワタシと何も変わっていないと思っていた。でも、ワタシからの手紙を読んで、あの頃のワタシを否定できるくらいにちゃんと変わって、大人になっていたことが分かった。それが分かっただけでも、手紙を書いた価値はあったと思う。私にもタイムカプセルがあって本当に、本当に良かったと思う。私のためにも、ワタシのためにも。
タイムカプセルはいいものだ。過去の残酷な辛い現実にも目を背けることなく、きちんと昔のワタシと向かい合えるだけの強さがあるならば…
1月7日路線バスで行こうよ!
『ザ!鉄腕!DASH!』(NTV)を見る。幼稚園の頃、私は路線バスに乗って通園していた。家から幼稚園生の足で歩いて5分ちょっとのところにバス停があって、そこからバスに乗って5分、そしてバス停からまた5分くらい歩いたところに幼稚園はあった。そんなこともあってか、あの頃の私にとって、バスはとっても身近な乗り物だった。
1月8日成人の日に思うこと
『21世紀・あなたの人生…それってアリ?ナシ?』(NHK)を見る。成人の日が1月15日(固定)でなくなってから今年で2年目。私は相変わらず馴染めないでいる。昨年の成人の日は確か10日で、あーなんか早いなあと思っていたら、今年はそれに輪をかけて早い。15日より1週間も早い。それでも後何年か経ったら、今馴染めない成人の日(不定)も馴染めるようになっちゃうんだろうなあ。それが何とも嫌だ。
今年も成人式でお約束の如く大暴れする新成人が現れて(後日逮捕者まで出る始末。また後日その逮捕者のなかに2児の父がいたと某週刊誌が暴露!2児の父?それがどーした。ただこの2児が成長してまた成人式で暴れないことを祈るのみ。歴史は繰り返すのか?)困った大人たちは、みんなで雁首揃えて「成人式の在り方」について論議したようだけど、その論議の方向が私には、どうにも的外れなような気がしてならない。成人はもはや20歳に拘る必要はないのではないかということは、昨年の日記の中で長々と述べてきたので再びここで論議をすることは避けるが、それにしても相変わらず大暴れのニュースが飛び出す市町村が、殆ど地方都市であるという事実は何といっても一番興味深い。100%、必ずしもそうだとは言い切れないが、すごい都会や、ひとりひとりの顔が確認出来るくらいの人数しか集まらないような成人式で大暴れしたというニュースは聞かない。大概そういったニュースが報道される場所の名前を見てみると、超都会にはなり切れない、中途半端に発展して人が多くなってしまった地方都市が殆どだ。実はこれは、私が最近もっとも興味深いことのひとつでもある。人が大勢居るからそのなかで目立ちたいという欲望は生まれるのだけど、それを上手に活かせなくて、で、結局悪い方向に作用するとああなってしまうのではないだろうか。「これだったら人には負けない!」「これだったら自分が活かせる!目立てる!」そういうものを何かひとつでも持っていれば、きっと、成人式会場などという中途半端な場所で目立とうなんて、きっと思わないだろうにね。
1月9日21世紀最初の…
ニュースを見る。そろそろ届く年賀状にも打ち止め感を感じる今日この頃。皆様。年賀状は滞りなく出しただろうか。出したのに届かない悲壮感がある人は、きっと多いと思う。でも、貰っているのに出さないで、それを何とも感じないでいる人よりかは、絶対にいい21世紀になると思うよ!!
さて、1月6日から新省庁がスタートし、早くも3日が過ぎた。大相撲初場所も今日で3日目だ。この時期一番良く聞く言葉のひとつに「21世紀最初の云々」がある。この言葉を使っただけで「ただの最初」が「物凄く壮大で特別な最初」に感じられてしまうから不思議だ。一昨日アタックを見ていたら、児玉清さんが「21世紀最初の角を取る戦い」と言っていたのを聞いて「角を取る戦い」ってそんなに大それたものだったか?と突っ込みを入れてしまったように、なかには壮大感を全く感じない場合もあるけど、大概の場合はやっぱりちょっとした特別感がある。
冒頭で年賀状のことについて触れたので、いい機会なので紹介しておこう!年賀状の受付は毎年12月15日だ。年賀状の受付といえば、鑑賞日記を書き始めたばかりの頃、私はこんな日記を書いている。1998年12月15日の日記がそれなので、もう一度読み返して欲しい。その中に一番乗りした男の人のことが書いてある。あの日の日記の中では「だと思うけど、ちゃんと紹介していなかったから」と書いてあったけれど、昨年報道された同じニュースの中で、やはりそうだという確信を得た。静岡市の中央郵便局で一番乗りを果たしたのは、60代の青○△雄さんという人だ。ナント!この方。今年で7年連続なのだという。だから3年前、私が見たあのテープカットをしていた男の人も、青○さんだったという訳なのだ。やはり私の目は間違いではなかったことがこれで証明されたのだ。
ところで昨日、新聞を見ていたら、こんな記事を見つけた。「21世紀初相撲・国技館一番乗りは中△○雄さん(70歳)。前夜から当日券売り場に荷物を置いて場所を確保。夜は近くのホテルで泊まり、1993年(平5)から9年連続初場所一番乗りを果たした。…」何といっても9年連続というのが凄い!青○さん。2年負けてまっせ!でもどこの世界にも一番乗りを果たしたい人って以外といるものなのね。TV番組かなんかが、一番バカ(無論いい意味で)を集めて、この人はなんの一番なのか当てさせたら案外面白いかも。それにしても一番乗りの人の目的って何なのだろうか?誰より先にその場所に入ることの快感を私なりに良く吟味してみたら、銭湯の一番風呂にひとりで入る気持ち良さに行き着いた。家の一番風呂では味わえない、なんか不思議な快感があるような…私自身はそういう経験はないけど、なんとなくだけどそんな感じがする。
国技館に一番乗りした中△さんの話はまだ続く。「草相撲の経験を持ち、熱狂的なファンの中△さんは『幕内の土俵より、これから羽ばたく序の口3段目の土俵の方が楽しい』…」と、脇役好きの私にも通じるような発言をしていたのが、とても興味深くその上「…幕下が終わると引き揚げた」ことを知り、私は見ず知らずの人なのに、その記事を読んだ瞬間「師匠!」と崇めたい気持ちになった。私には、幕下で引き揚げる勇気はない。もしも幕下に贔屓の力士がいても、きっと横綱相撲まで見届けてからじゃないと帰れないだろう。私は脇役好きだけど、まだまだ彼に比べれば貧乏性だ。こういう人こそ、本物のファンなんだろうな。おー!師匠ーーー!!
年賀状一番乗りの青○さんは、今年もきっと午前2時前には並んで8年連続の一番乗りを目指すだろう。その記録をストップさせたいというあなた!青○さんより先に、うーん午前0時くらいには静岡中央郵便局に並んで、「21世紀最初」のTV出演及びインタビュー&テープカットの三大儀式は如何かな?ただし、「物凄く壮大で特別な最初」である「21世紀最初」を12月まで待てるかどうか、それが問題なんだけどね。
1月10日映画の発展のために
『ニュースステーション』(テレ朝)を見る。諸外国(特にアメリカなど)の映画が日本に比べて、壮大感があるのは、FC(フィルムコミッション)があるからだと知った。FCはアメリカのハリウッドから始まり、世界25カ国、275の地域に出来ているロケーション撮影を誘致し、映画製作を幅広く支援する組織だ。日本ではようやく大阪などで始まったばかりなのだという。
例えばアメリカ映画と日本映画を見比べて、明らかにアメリカ映画の方がよりリアリティーがあってダイナミックに作られているのは、そういった理由があるからだ。街を挙げて、実際の建物で撮影すれば、妙なセットよりリアリティーがあるのは当然だ。その力になっているのが、FCなのである。いくつか聞いた話の中で何といっても驚いたのは、このFCがどんな映画でも断わらないということだった。例えば先日見に行ったBRような類の映画でも、ポルノ映画とかでも、である。久米さんも、例えば日本で同じようなことをしようと思っても、BRのような映画だったら、きっとすぐに騒ぐ人が出て来てなかなか難しいんだろうなと言っていたけど、ホント!その通りだと私も思う。こういうFCという素晴らしい組織があっても、それを受け入れるだけの土壌がなければなんにもならないんだな。これが。
はるか昔の鑑賞日記でも書いたように、映画で街を活性化させるというのは、アリだと思っている。尾道を見てごらん。もしも日本でFCが本格的に始まったら、第2第3の尾道の誕生もそう遠くはないだろう。映画に出てきたあの場所をいつまでもいつまでも残して欲しい。高い税金を使って、使わない建物を建てることばかりが街を活性化させることだと勘違いしている輩に、この思いが通じますように。
1月11日21世紀最初のTVの不覚
『トップランナー』(NHK)を見逃したことが、21世紀最初のTVの不覚。あー再放送やらないかなあ。
1月12日拝啓 音楽番組スタッフ様
『ミュージックステーション』(テレ朝)を見る。年が明けたこの時期、この番組に限らず殆どの音楽番組が総集編ばかりを放送しているのがなんか気に入らない。年末に出ずっぱりだったアーティストが一斉に休みに入るからなのか、どうかは分からないけど、揃いも揃ってどの番組も総集編でお茶を濁すのが嫌なのだ。この時期、総集編をしているくらいなら、普段なかなかTVに出る機会のない、アーティストたちを集めて「ニューカマー特集」の如き番組を作ってくれればいいのにと思う。そういった意味では、昨日の『トップランナー』(NHK)は、凄くいい企画だったのに、私は見逃した。あーやっぱり不覚だったなあ。
1月13日多数決に矛盾を感じる時
『爆笑オンエアバトル』(NHK)を見る。私は今日、初めてダンディ坂野さんがオンエアになった瞬間を見た。それはそれは目出度い瞬間で、過去の鑑賞日記の中には、ダンディさんのオンエアを願う日記があるように、本当に待ちに待った瞬間だった。今回ダンディさんはかなりの高いキロバトルでオンエアになった。そして待ちに待ったダンディさんの番がやって来た。意外と高いキロバトルだったのでちょっとばかり期待して見たら、あんまり面白くなかった。時折失笑が漏れる程度の笑いは逆に滑稽で、これでは拍子抜けだ。
おい!審査員!ちゃんと審査しようぜ!最近また特に思っているのだけど、低いキロバトルでオンエアされている人の方が面白い場合が多いのはいやはやどうしたものか。先日の放送でも、5位だった(つまりギリギリでオンエアされた)芸人が一番面白かった。会場の雰囲気と芸人の人気度で玉を入れるか入れないかを決めないように!くれぐれもお願いしたい。ま、要するにちょっと10代の女性の比率が多すぎるのよね。もうちょっと30代以上の男性を審査員にしてより幅広い笑いの内容を目指して欲しいものだ。
1月14日えっ?うそっ!
『ミュージックフェア』(フジ)を見る。今日この番組のゲストにTOKIOが出ているのを見て、ビックリ!した。だって、この番組って…
1月15日良き指導者に巡り会える幸せ
ワイドショーを見る。「小室が小学生を歌唱指導」という話題が今日、ワイドショー・新聞等で伝えられていたのを見た。新聞の記事によると何でも「神戸の子供たちに、自らピアノに向かい小節ごとに熱心に指導した」のだという。小室さんのこんな話題を目にするたび、私はいつも彼女のことを思い出す。そう!全米デビューに向け頑張っている彼女のことを。
1月16日信じられる人ってどんな人?〜知人が豹変する瞬間〜
ニュースを見る。年明け早々に起きた事件がこの度無事解決し犯人逮捕と相成った。犯人逮捕に伴いマスコミは、一斉に犯人が一体どんな人物だったのか取材に走る。世間を震撼させる事件が起き犯人が逮捕されると、私は犯人の素顔より先に、犯人の素顔暴きを始めるマスコミと、その協力をする犯人の周辺の人々の言動が一番気になる。昨年末の日記の中で、私はこんなことを書いている。
【世の中を震撼させるような事件を起こした人の知り合いが、TV等のインタビューで「そんなことをする人だとは思わなかった。会えばちゃんと挨拶もしたし…」と答えている場面をしばしば目にする。そんな場面に出くわすたび、私たちは他人のどこを見て、何を感じて、そしてどんなふうに判断しているのだろうかと深く深く考えさせられて、闇の中に突き落とされたような気分になる。闇の中を彷徨っていたら、誰にでも良い顔している人の心の裏側にぶち当たった。誰にでも良い顔している人と犯罪者は、もしかすると紙一重なのかもしれない。】と。
実はこの一文を書いてから、私はこのことをずっと気にかけていて、でもそうでない、それとは反対の事実のことについても考えていた。それは、もし自分が犯人になったら?ということを仮定してのことだ。昨日まで仲良く付き合っていたはずの人が、急に豹変することの恐怖。大きな事件を起こせば必ず、その周りの人々(近所や学校の仲間や会社の仲間や…)がこぞってマスコミに登場してくる。「そういえば、あいつとあんなことがあった…」と周りの人々が暴露する話の中には、犯人が聞けば的を得ていない話もあるのではないだろうか。でも私たちは犯人の言葉は聞くことが出来ないので、周辺の人々の話のみで犯人像を知ったような気になる。いくら犯人とは言え、一方通行の情報がどれほどあてになるのものか。
事件を起こした途端、手のひら返しのような暴露合戦の数々。今回の事件も例に漏れず、犯人の周辺の人々が数多く登場して犯人の素顔を物知り顔で語るのを見て、恐怖を感じずにはいられなかった。それをふっと自分のことに置き換えたら、それは恐怖以外の何物でもなかったからだ。
私は…私はどうなのだろう。もし、自分の身近な知人が犯人になったら、マスコミ暴露合戦に参加してしまうのだろうか。その人に対して抱いていたほんの僅かのわだかまりを、思い出したようにここぞとばかりに暴露しようなんて考えるのだろうか。自分の周りにいる人はどうなんだろう。もし、私が犯人になったら、態度が豹変していろいろと暴露されてしまうのだろうか。嗚呼……。
こういうことを深く深く考えていると、また闇の中に突き落とされたような気分になってくる。たまにしか会わない人ならともかく、ある程度の日々を過ごしていれば、どんなにか仲の良い友人にだって、嫌悪感を抱くことくらいある。だけどその部分だけを引き合いに出して「そういえば、あいつとあんなことがあった…」と暴露するのは、やっぱり違うと思う。私はもし、知人が犯人になって、自分のところに取材が来るようなことがあっても、マスコミ暴露合戦には参加しない。絶対にしない。事件の真相を知る関係者ならともかく、事件に直接関係がないのだったらマスコミ暴露合戦には絶対に参加しない。
犯人が捕まると、犯人の素顔や生い立ちを追うのが定番だ。でもこういった事件の犯人がもし外国人だったら、どんな凶悪事件もマスコミの扱いは一気にトーンダウンする。これは極論だけど、もし犯人が外国人ばかりになったら、どうなってしまうのだろうか。そういったことも踏まえてマスコミ暴露合戦の実態を考えてみると、物知り顔で犯人の暴露をする周りの人々と、それを意味ありげに伝えるマスコミの滑稽さが見えてくる。
交通機関が発達して、諸外国との距離も昔とは比べ物にならないくらい近くなった。国際化!国際化!と声高に叫ばれ、「外国にも親しみを持とう!」なんて言ってるわりには、こういう時のマスコミは消極的だ。事件を起こした犯人の生い立ちや家庭環境がそんなに重要で気になるんだったら、犯人が外国人でも日本人でも同じように伝えなけれは変だろう。でも実際はそれをしないっていうことは、一体どういうことなんだろうね。
先日TVを見ていたら昨年末に起きた殺人事件の、何故か被害者の経歴(どこの大学に入って、いつ結婚したかなどの表)がおもむろに紹介されていた。私はその瞬間「あっ!」と息を呑んだ。その瞬間、私が何を思ったか分かるだろうか。もしも分かってくれるならば、あなたはきっとマスコミ暴露合戦に参加するような人ではないと、信じてもいいですか?
1月17日改名珍騒動
『3年B組金八先生5』(SBS)を見る。今静岡ではこの番組の再放送をやっている。リアルタイムで見たけれど、再放送があるとなぜかついつい見てしまい、鑑賞日記の執筆が遅れるという悪循環。夕方4時前後は私にとって絶好の執筆時間なのだ。
今日も、再放送を懐かしく見ながら、新聞を開いたらこんな記事が目に入った。「『松下恵』が感謝の改名『榊原めぐみ』」。ところで「松下恵」という人を知っているだろうか?私は勿論知っているが、どう説明すればいいだろう。彼女は女優さんで、同じく女優である榊原ルミさんの娘さんであり、『3年B組金八先生4』(現在放送されているシリーズのひとつ前)にも学級委員長・伊丸岡ルミ役で出演していた。最近はミュージカルや時代劇を中心に活動しているようだ。
『3年B組金八先生』の醍醐味は、生徒役のその後の活躍ぶりを見続けることにある。TVなどで、生徒役だった俳優さんを見つけるとなんだか嬉しくなる。彼女が出ていた第4シリーズでは、彼女以外で目立った活躍をしている人は、小峰麗奈ちゃんと他数えるくらいだ。名作ドラマに出演しても、その後って大変なんだなと改めて思ってしまう一瞬でもある。
松下恵ちゃんがこの度改名に至ったのは、20歳を迎えたということ、両親の離婚の他に、名字が「松本」に間違えられやすいからだという。松下恵。松本恵。確かに似ている。でも松本さんの方は、既に引退(でいいの?)しており、今更改名というのも妙だなという気がしないでもないけれど。ま、いろいろ思ってのことだったのだろう。そして「榊原めぐみ」と改名した。
『3年B組金八先生5』を見ながら、その記事を見た私は、一瞬「え?林原めぐみがどうした?」と既に間違えて読んでいた。間違えられやすいからと改名した名前を伝える記事を読んで、また間違えてしまうとは…。本人にはとても言えん。でも妙にタイムリーだ。めぐみちゃん。間違っても声優さんの道には進まないでね。必ずまた間違えられて嫌な思いをするだろうから。
1月18日法律の世界へようこそ!
『カバチタレ!』(フジ)を見る。常盤貴子ちゃん主演の新ドラマで、『カバチタレ!』とは広島の方言なのだという。ところでこの日記を広島で読んでいる人はいるのだろうか?広島の人ならきっと『カバチタレ』がどんな意味なのか良く分かるよね。もしこれが標準語だったらドラマのタイトルには成り得なかっただろうに…(あまりにも直接的すぎて)。そう思うと方言っていいなと思う。それにある一地方の人しか分からない言葉なんて、なんかある種暗号みたいだもの。
さて、このドラマ。深津絵里ちゃん演じる司法書士の事務所が基本的な舞台のため、身近な法律に関するガイドがドラマの中にさり気なく挿入されているのが興味深い。出てくる用語に専門用語が多い為、用語解説のテロップも挿入されており、なかなか普段法律に接する機会のない人にも分かりやすい仕上がりになっている。
法律は遠いようで、実はとても身近な問題にもかかわらず、普段接することがあまりないせいで、実は損をしている人が多いように思う。かくいう私も学問として法律を学んだことがないので、詳しいことは分からない。でも法律ってもしかして本当は小さい頃から知っておくべきことなのではないだろうか。確かに難しいことだけど、知っておくと本当はとてもいいことだと思うんだがなあ。
「見やすい番組で、普段あまり接する機会のないことを見せ、学ばせる手法」の利点については、何度となく私は鑑賞日記の中で書き綴っている。そういった意味では、このドラマ。物凄く利点がある。今日など、最後の方で「占有屋」のことが出てきてビックリした。「占有屋」なんて、知らない人も多いのではないだろうか。え?占有屋って何だって?(興味のある人は調べましょう。とても勉強になると思います。)
これからもこのドラマは見続けると思う。「占有屋」より強烈な話題を扱いそうで、なんかワクワクしてきたぞ!
1月19日好きと嫌いの葛藤の結末
某番組を見る。(今日は諸事情で番組名を伏せさせて頂くことをご了承下さい。)今現在一番好かない司会者がいる番組に、今現在一番好きな有名人がゲストに来た。これは私にとって物凄い葛藤で、ビデオに撮りたいんだけど、アイツの顔もビデオ録画されるのが許せなくて、葛藤の末、結局ビデオ録画を諦めた。嫌いと好きが葛藤して、嫌いが勝つという図式は本当は嫌なんだけど、ビデオに撮ってもきっと見返さないからという理由で辞めた判断は正しかったと信じている。
さて、その有名人は相変わらずいい感じで、自分でも気持ちが悪いくらいニヤニヤしながらTVを見ていた。見ていたら不思議なことに何時の間にやら好かない司会者のことなど気にならなくなっていた。ブラウン管に映って視野に入っているのに見ないでいられる手法を習得するなんて、我ながら凄いじゃん!と、自分で自分をほめて(@有森裕子)あげたくなった。でも、そういう手法を習得したということは、即ち、好きと嫌いが戦って好きが勝ったという紛れもない証な訳で、さっきとは逆のことが起こっていることに、逆に驚いてしまった。
好きとか嫌いとか世の中にはいろいろあるけれど、案外行動に移しちゃえば、好きも嫌いもそれほど気にならなくなるのかもしれない。それにしても、最終的に好きが嫌いに勝って本当に良かった。でも、ビデオに撮っておけばよかったとは思わない。何故ならば、ビデオに撮らなかったからこそ、もう見られないんだという意識が働いて、いつもより真剣にその時間を過ごすことが出来たから。そんな気持ちだったから、きっと「好き」が勝ったのだと思う。それにしても★★★さん。良かったなあ〜ゥ
1月20日THE!マイブーム番組!
『名曲アルバム』(NHK)を見る。ときどき目にするこの番組が、実は最近の私のマイブームだったりする。いつやっているのかは分からないけど、目にすると何故か見入っている自分にある時気がついた。その曲が作られた街の風景をバックに、名曲が流れる。ちなみに一番最近見た曲はショパンの『♪別れの曲』だ。クラシックがあまり詳しくない人でも、耳にすれば「あーこの曲か。」と思うくらい有名な曲なので多くの人が知っているクラシックのひとつだろう。そんなにも有名な曲なのに、案外タイトルを知らない人が多いらしく、この曲に関する逸話がまた面白い。というのも…
『♪別れの曲』は案外耳触りのいい、スローテンポな曲だ。だからその曲だけ知っていてタイトルを知らないと、この曲を結婚式で使いたいと言い出す人がいるのだという。きっとどこかで耳にして印象に残っていたのだろう。そんな人がタイトルを調べて『♪別れの曲』だと知る。その時の心情を思い浮かべると、如何ともし難い気持ちになってしまう。これに限らず洋楽など、何を唄っているのか分からずに聴いている人が多いため、調べてみたらアレアレ!なんてことは結構あるようだ。
1月21日好きな人が出来ました。
『大相撲初場所・千秋楽』(NHK)を見る。今世紀に入って、私がもっとも変わったことと言ったら、大相撲を好んで見るようになったことだ。前世紀までは、そういや相撲始まったなと思ったら、もう終わっているくらいの認識しかなかったのに、ほぼ欠かさず見るようになった。というのも、お気に入りの好きな力士が出来たからだ。名前を挙げるのはちょっと恥ずかしいので伏せさせて戴くが、それしてもいきなり相撲に嵌まるとは我ながら驚きだ。こんな自分になろうとは、誰が想像しただろうか。お気に入りの力士にはやっぱり勝って欲しいと思うし、勝った時は本当に嬉しいものだ。今日は勝つかなと一日中ずっと思っていて、でも土俵にあがればあっという間に結果が出て、負けると足早に立ち去ってしまう呆気なさ。が故の、一瞬勝負。今まで相撲を見ていても誰かに入れ込んで見ると言うことはなかったので、相撲がこんなにも手に汗握るものだとは思わなかった。
きっかけはどうであれ、相撲を見るようになったので、必然的に他の力士も目にするようになった。基本的に名前と顔が一致する力士など数えるくらいしかいない。幕内力士の名前だってどれだけ知っているのかというくらいの知識しかないので、私の中では今、相撲がとても新鮮に映っている。先日幕内力士が掲載されている本を読んでいたら、何時の間にか殆どの力士が私より若いことに気がついてはっとした。同い年のアイドルが出て、年上のお兄ちゃんだった高校球児が年下になって、同い年の政治家が出て、あーと思っていたら、力士さえ年下になっていた。仕方のないこととはいえ、何だか切ない。長生きすればするほど年下が増えて、総理大臣まで年下になった時は、一体どんな気持ちになるのだろうか。
今日は所用で東京にいたので、夕方両国国技館まで足を伸ばした。両国に行くのは生まれて初めてのことになる。無論チケットはないので、外で出てくる力士を待つ人々の中に混じって、私もお目当ての力士が出てくるのを待っていた。関取ひとりに付け人の力士が3人ほどついているので、だいたいが4人まとめて外に歩いてくる。でも私は相変わらず名前と顔が一致しないので、誰が関取で誰だか付け人だか分かりはしない。唯一荷物を持っているかいないかで見分けるしかないというのが、恥ずかしいが本当のところだ。でもま、そんなことをしなくても、有名な関取のところには大勢の人がサインを貰ったり写真を撮ったりしているので、分かるんだけどね。今場所も満員御礼が出たのはわずかで、相撲離れが叫ばれるのを象徴するかのように、外で待っている人は思ったより少なかった。確かに人は多い。でも、もっといてもいいんじゃないか?というのが正直な思いだ。
さて、お目当ての力士は待ってやっと出てきた。本物はやはり大きい。相撲部屋に帰るためにタクシーに乗る直前に、私はおもいきって声を掛けた。いつもはブラウン管越しに応援している人が、今目の前にいる状況というのは、なんとも不思議なものだ。タクシーに乗った後に、手を振ったら、振り返してくれたので、私は子供みたいにはしゃいでしまった。最近は私も随分と落ち着いてしまって、芸能人と話をしたり、自分がTVに出たり、知人がTVに出ると聞いても、大した新鮮味もなくなっているせいで驚きもしなくなっていたので、はしゃいでしまった自分にまだこんな気持ちになれる余裕が私にも残っていたんだと思って、素直に嬉しかった。遠くなっていくタクシーを見送りながら、来場所もずっと応援していこう!と心に決めた。
今日は千秋楽なので、もうしばらく待っていれば、貴乃花の優勝パレードを見ることが出来た。でも私たちは、そのパレードを見ずして、両国国技館を後にした。別に未練は何もなかった。ふと、9年連続で両国国技館に一番乗りした中△さんの話を思い出した。中△さんも、こんな気持ちだったのだろうか。「中△師匠!これで少しは師匠に近づけたでしょうか?」
1月22日あなたなら今日の日記にどんなタイトルをつけますか?
『名探偵コナン』(NTV)を見る。昨年末(せいきまつ)、私にとっては衝撃的な結末を迎えて「これで今年の鑑賞日記を終わってもいい!」とまで言わしめた番組『名探偵コナン』が、今年も早速の登場だ。今年はコナンで何が学べるのだろうか。楽しみだ。
『かこの鑑賞日記』に1日毎タイトルが付くようになったのは、1999年1月1日からだ。それまでは特にタイトルを定めずに日々書き綴ってきたのだけど、いつの分が新作なのか分かりやすくするためもあって、タイトルをつけることにした。前にも一度書いたようが気がするけど、このタイトル付けの作業というのがまた曲者で、時には本文より悩むなんてことが良くある。タイトルというのは、つまり、その日の日記に何が書いてあるのか端的に説明する一番短い文だ。その文を見ただけで、何が書いてあるのか、興味をそそられるようにつけなければならないと常日頃、一番意識している。私がタイトルをつける上で、ひとつだけ大きな決め事がある。それは、番組タイトルを決して書かないこと。例えば今日だったら、『名探偵コナン』という言葉をタイトルに使わないことで、出来たらタイトルを見ただけでは何の番組を取り上げたのかまでは分からなくあってほしいと思っている。私がタイトルにおいて目指すのは、その日の日記の中で何が一番言いたかったのか、それを端的に示すものであればいいと思っている。それは時に「〜ですか?」という問い掛けだったり、「〜になるために」とこうなりたい時のアドバイスになって表れている。毎回タイトルは本当に難しいなと思う。これを書いている時点ではまだ、今日の日記のタイトルは決まっていないけど、今日もきっと悩むんだろうな。
と、今日そんなことを考えたのも、実は、今日の『名探偵コナン』のタイトルが某テレビ雑誌事前発表と本放送のものが違っていたからだ。私は、前述の雑誌を定期購読しているので、そこに記されているタイトルを見て「あー来週はこんな話なんだ」と楽しみにしている。だから今日のお話も、前々からタイトルだけは知っていた。そのタイトルが某雑誌に掲載されていたものとは違ったので、私は最初話が入れ替わったのだと思っていた。でも実際は別に話が入れ替わった訳ではなかった。入れ替わったのはタイトルだけで、そしてそのタイトルは絶対に入れ替えねばならなかったのだ。
もう放映が終わったお話なので、きちんと説明しよう。今回放映されたタイトルは「偽りだらけの依頼人」だった。先週からの前後編で、本来の事件と平行して、捜査の依頼人が嘘ばかりついていることにコナンくんが気になっているというストーリーも同時進行していた。「あの依頼人は何者なんだ!」とコナンくんが怪しむシーンも盛り込まれており、見ている人も一緒に「誰なんだろう」と思わせるのが、ある意味今回の一番の見所だったのだ。事件が解決して、正体が開かされて「えーそうだったの!」と驚かなければ何の意味もない、それはまるで結末を知らされてしまっている推理小説がちっとも面白くないのと同じように、重要なことだったのだ。そう!ここまで書けば分かるだろう。私が最初に某TV雑誌で見てしまったタイトルは「平次のお母さん」(*)。あーなんてこったい!一番の大団円がもう台無し。あーーーーーーーーーーー!!
タイトルは本当に難しい。今回の一件で、私は改めてそのことを思い知らされた。タイトルは決して答え合わせをする場所ではないのだということを、実体験で学ばせてくれたことは、今回は残念だったけど、凄く勉強になったと思う。私はタイトルをつけるのが上手い方ではない。かつて某コンクールに出品した作品も、掲載にあたり主宰者からタイト
ルの駄目出しを受けている前歴がある。それを克服する意味もあって始めたタイトルつけの作業は、この2年で少しは上手くなれたのかな?どう?さあ今日のタイトルは何にしようか…
(*)平次とは服部平次のこと。江戸川コナンこと工藤新一が東の名探偵なら平次は西の名探偵。コナンの正体を知っている稀有な人でもある。個人的に平次くんが出てくるお話は好き。
1月23日猿の恩返し?
『いきなり!黄金伝説』(テレ朝)を見る。カラオケで100点を出すという企画が、何だか良く分からないけれど長いこと続いている。確かいちばん最初にココリコ遠藤くんが100点を出して、そのあと田中くんも出して、榊原郁恵さんも出して、香田晋さんも出して…あと、茂森あゆみさんも出したな(しかもオペラで!これは凄かった。本当に基礎がしっかりしていて歌が上手い人っていうのはきっとこういう人のことを言うのだと思う)。何度も今回で終わりだろう!と思うのだけど、なかなか終わらなくて、そして今日もまたやっていた。人気企画なんだろうけど飽きずによくやるわ。で、それをまた飽きずに良く見るわ。で、それをまたまた飽きずに日記で取り上げてるんだから、世話ねーな。さてさて…
今回は「ココリコ遠藤VSサンプラザ中野」でどちらが先に100点を出すかの対決だった。このカラオケ100点というのは、一度でも番組を見た人ならば分かると思うけど、プロの歌手だからと言って必ずしもいい点数が出るとは限らない厄介な代物だ。現に演歌歌手などコブシを効かせて唄うので、それがかえってアダになってしまう。そして、今回初めてチャレンジする中野さんも例に漏れず苦戦を強いられ、例の如く自分の歌を唄ったところでいい点数が出る訳もなかった。この企画は基本的に、100点が出るまでずっとカラオケボックスに篭ってのチャレンジなので、ときどき助っ人がやってきたときくらいしか他人に会うことはない。その助っ人なのだが、助っ人とは名ばかりで、大して役にも立たずに引き揚げていくパターンが殆どだ。(唯一役に立ったのは茂森さんのみ)でも毎回その助っ人の面々のしょーもなさ加減が逆に可笑しくて好きだ。
今回中野さんの助っ人としていちばん最初に来たのが相方(?)のパッパラー河合さんだった。河合さんが来る前、誰が助っ人だか分からないとき、私は誰が助っ人で来るかの予想をひとりでやったのだった。その時「サンプラザ中野さんといえば、爆風スランプ。爆風スランプといえば…あーあの人たちが来ない訳ないでしょ〜」と、とある一組のタレントの名前を思い浮かべていた。いちばん最初に入ってきたのが、パッパラー河合さんだった時、「あれあれ予想外れちゃったよ!」と思っていたら、その次に来た助っ人が、まさに私が最初に予想した人たちだったので、私はその懐かしさ加減も含めて大笑いしてしまった。
「僕たち歌で助けられたから、今度は逆に歌で助けますよ!」と言って入ってきたのは猿岩石の有吉くんと森脇くんだった。最近は「そういえば最近見ないな。」という話題さえも出なくなって、「廃れる」とはこういうことを言うんだよね。それでも元気そうな彼らを見て安心したりもした。『♪白い雲のように』を聴いたのは、一体何年ぶりだったのだろうか。いちばん最初にこの歌を聴いたのは、通勤途中にヘッドホンステレオでだったことは今でも忘れずに覚えている。歌が意外と上手で酷く驚いたんだっけ!あれからもう5年くらい経つのだろうか。立て続けにCDをリリースするのを見て、「出しすぎだよ!長続きさせたいんだったら、もっと出し惜しみしなきゃ。」と私が危機感を持ってからしばらく後、彼らはブラウン管に殆ど姿を見せなくなった。久しぶりに聴いた歌は確かに上手だったけど、100点には遠く及ばなかった。何曲か唄った後、引き揚げていく猿岩石のふたりを見て、次に彼らを見るのはいつになるだろうと、考えてしまった。その後、自らのチカラで中野さんは見事100点をゲットした。童謡や唱歌はやはり100点が出やすいようだ。ちなみに100点をゲットしたのは『♪みかんの咲く丘』。ちなみに榊原郁恵さんもこの曲で100点をゲットしている。今度チャレンジしてみようかな?
「僕たち歌で助けられたから、今度は逆に歌で助けますよ!」と猿岩石のふたりは確かにそう言っていた。でも私は、当時からそう思ったことなど一度もない。どちらかと言えば、猿岩石を歌で応援して助けられたのは、爆風スランプの方だったのではないのか?爆風スランプも最近はヒットチャートからすっかり御無沙汰になってしまったなあ。そういえば猿岩石の唯一の大ヒット曲『♪白い雲のように』って藤井フミヤ・尚之兄弟の作詞作曲だったよね。いや。別に深い意味はないんだけど。
1月24日魅力的な人になるために〜トークの形〜
『徹子の部屋』(テレ朝)を見る。今日のゲストは鴻上尚史さん。自らの経験の豊富さの賜物なのだろうか。鴻上さんのお話はあらゆるメディアで目にするたびにとても為になることが多い。例えばTVにこの人が出ると必ず見るという人が私にもある程度はいる。でも、「芸が素晴らしいから」「カッコイイから」「面白いから」「ただ単に好きだから」というような理由ではなく、自分自身が物凄く勉強になるからという理由で見る人といったら、凄く限られた人数になってしまう。そのひとりが鴻上さんなのだ。
ちょっと話は逸れるが、私の中で『徹子の部屋』は、「ゲストが一番緊張するトーク番組」という位置づけが昔からある。どうして?と言われても困ってしまうんだけど、「ざっくばらん」という言葉から一番遠いところにあるような気がしてならないのだ。そう思うのは私だけなのだろうか。
鴻上さんのお話は、今回も物凄く為になるものだった。単行本を出版した直後の出演ということもあってか、前半はその本に書かれていることについてのトークで進行していった。『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』というタイトルの本がそれで、「ファッションやメイクや髪型を意識するように、自分の感情や声・話し方・体に意識をちょっと向けるだけで魅力的に素敵になる人がたくさんいるのに、そのことに気がついていない人が多くて残念!」という内容のことを鴻上さんは語っていた。いろんな人の話を聞いて為になったことは、今までにもある。でも、こういうタイプの話は初めてで、私自身にとても新鮮に映った。俳優さんがとても輝いて見える瞬間というのが確かにある。男優さんが(なーんか男優って書くとアレだなあ〜)とてもカッコ良く見えるのは、ただ単に顔がいい・足が長い・背が高いからという訳ではないし、女優さんがとても美しく可愛らしく見えるのは、顔やスタイルだけが理由ではないことに、薄々気がついたことはあった。だけど、それについて、鴻上さんのように追求したことは一度足りともなかったので、その部分を追求して本まで出版したことに、感動してしまった。
またしても話は逸れるが、いい機会なので、とある人気女優さんのことについて触れてみたい。この女優さん。まあ個人個人の好みがあるだろうから、何とも言えないんだけど、少なくとも私は取りたてて言うほどの美人ではないと思っている。女優さんには彼女より美しい人は大勢いるし、スタイルがいい人だって勿論…。でも、この女優さん。その仕種とか表情が加わると物凄く魅力的になるのだ。もしも自分が男だったら、近くで彼女にこんな表情されたら絶対に惚れちゃうぜ!思うに、彼女は絶対に自分のことを良く知っている。だからあんなにも魅力的になれるのだと思う。そういえば友人にこの女優さんが大好きな子がいて、本人が意識していたのかどうかは分からないけど、その女優さんと良く似て彼女も物凄く魅力的だった。一歩間違えれば、鼻に付くところを一度足りともそう思わなかったのは、不思議ですらあった。でもこの女優さん。強いて難点を挙げるなら、噂になる男がなーんか駄目なんだよね。あんなに魅力的なのに勿体無い!あ、余計なお世話でしたね。すみません。
自分のことって結局、自分が一番知っているようで知らないものなのだ。忙しい生活に追われている人こそ、時には自分自身を見詰め直す時間が必要なのだと思う。俳優さんが輝いているのは、きっと自分を客観的に見る機会(TVとか写真とか)が日常生活で設けられているからだ。そして様々なメディアで、自分のことを話さなければならない機会(例えば雑誌とか新聞とかのインタビューで)が設けられているので、多くの質問に対して答えるために、自分自身のことを数多く見詰め直しているからなのだと思う。私もこの本買おうかな。(後日談:買ったぜ!)
それにしても黒柳さんは凄い!ちゃんとこの本を読んでから番組収録に臨んでいた。ちゃんと内容を知っているから、鴻上さんも嬉しそうに内容を話すし、それをまた嬉しそうに黒柳さんは聞いている。理想的なトーク番組の形だ。本日三度の話が逸れるが、そういやこの間、某番組でゲストが殆ど話をしないことに怒った(?)司会者が、そのことについて正論を説いたら、そのゲスト、とんでもないキリ返しをしてたなあ。もともと、どうも好かんなと思っていた人だっただけにそう思っていた理由が、その時解けた。人気者だからって調子に乗るなよ!分かったか!(すみません。取り乱してしまいました。思い出してつい怒りが…)
どんな番組でもゲストがいっぱい話をしてくれると、司会者(受け手)はとても嬉しそうだ。例えば『笑っていいとも!』のタモさんだって、ゲストがたくさん喋ってくれると凄くいい表情しているし。お話好きの黒柳さんでさえ、たくさん話してくれるゲストだと嬉しいようだし。でもこんなことは当たり前のことなんだよね。私がもし『徹子の部屋』に出演したら、いっぱいいっぱい話をしよう!!(と無意味に意気込んでみたものの…残るは虚しさのみ…あー)
「ゲストが一番緊張するトーク番組」という位置づけは変わらないけど、もうひとつ「ゲストが一番話しやすいトーク番組」だと思う。ゲストにとっては、黒柳さんがちゃんと自分のことを調べていてくれるし、そういった意味では案外あの部屋は居心地のいい場所なのかもしれない。そう!『徹子の部屋』は「とても居心地のいい緊張感が味わえる、日本で唯一の部屋」なのだ。
1月25日泣き顔有名人の涙
『スタジオパークからこんにちは』(NHK)を見る。私が昔から、これぞ一番の泣き顔有名人!だと思っているのが、ダンカンさんだ。ダンカン。本名・飯塚実。たけし軍団の一員で、かつて「ふんころがし」と名乗っていたこともあった。いちばん最初に弟子入りしたのは立川談志さんのところで、談志さんの紹介でビートたけしさんに弟子入りしている。たけし軍団のなかでも、構成作家や文筆業に勤しむ異色の存在だ。現在は、映画監督や俳優業などますます活躍の幅を広げている…
なーんて、いきなりダンカンさんについて『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングのゲストの紹介時に流れるテロップの如く解説してしまったけど、こんなにも語りたくなるくらい、私、実はたけし軍団ファンだったのさ!だったなんて過去形だけど勿論今も好き。そういや、私が一番初めに行ったコンサートも…。高校時代の友人がめちゃめちゃビートたけしさんのことが好きで、その影響もあって、私もたけし軍団に詳しくなっちゃった!もちろん主な団員の本名は完璧だし、セピアだっていえるよ!おぼつちやまの唄う『♪おじょうさま』だって唄えるし!あー『どくだみ荘』のサード長島はどこにいっちゃったんだろ?そして勿論『北野印度会社』にカレーを食べに行ったこともあるし、元気が出るハウスだって行ったよ!フライデー事件はショックだったな。さっき「今も好き」って書いてたけど、その殆どは過去の思い出なんだけどね。でもやっぱり今も好き。「ガンバルマン」が無くなって、軍団の人々の姿を殆ど見ることが出来なくなった今だって、たけし軍団の人々がTVに出ると嬉しくてなんか見入っちゃうし、だから今日の『スタジオパークからこんにちは』はメチャメチャ楽しみだったんだよ!
今回ダンカンさんがゲストとしてこの番組に出演したのは、現在NHK教育で放送中のドラマ『幻のペンフレンド』に主人公の父親役で出演している関係からだ。(このドラマについては後日執筆予定!なかなか興味深いドラマなのでお勧めです!)トークはこのドラマの裏話に始まり、立川談志さんのところに弟子入りしてから、たけし軍団に入るまでの経緯、そして軍団の裏話・映画『生きない』について・阪神ファンである所以についてなど多岐に渡り、どれもこれも聞いたことのあるような話にも関わらず、不思議と全て新鮮に感じられた。
実は、ダンカンさんが「ダンカン兄さん」と呼ばれるのはどうしてなんだろうと思ったことがあった。一番弟子のそのまんま東さんのことを、東兄さんとは言わないのに、どうしてダンカンさんだけ兄さんなんだろうと、ずっと不思議だった。その謎が今日解けた。今はどうか分からないけれど、たけしさんが『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)を担当していた頃、入り待ちや出待ちをして軍団に入りたいと志願する若者が後を絶たなかったというのは有名な逸話だ。そんな予備軍たちを一番最初に世話をするのが、ダンカンさんだったのだという。とはいえ、本人曰く、全然世話なんかしてなかったとそうだが。弟子にとっては、ダンカン兄さんとの生活は相当のものだったらしく、辞めてしまう人も多くいたそうだ。ダンカン兄さんとの生活に耐えたものだけが、晴れてたけし軍団に入ることが許されていたのかもしれない。だから軍団の人たちは「ダンカン兄さん」と呼ぶのだ。他人が聞けばしょーもない疑問も、私にとっては今まで謎で、その答えが聞けたことは、本日一番の収穫なり!
ダンカンさんが阪神ファンであることも有名(?)な話だと私は思っている。人間誰しも好きなことを話すときの表情は生き生きとしているもので、いつもは泣きそうに見えるダンカンさんの顔が、いつになくにこやかに見え、この表情を見ただけでどれくらい好きなのか十分に伝わってくる。そんな阪神好きが高じて、ダンカンさんは生まれてきた息子さんの名前に「甲子園」くんと名付けた。この番組、最後に手紙を読むコーナーがある。今回ダンカンさんのために手紙を書いてくれたのが甲子園くんだった。手紙の内容は、ダンカンさん自身驚くようなものだったらしく「こいつこんな文章がかけるような子じゃないのに。あいつ字が書けないんですよ!」と、冗談なんだかホントなんだか分からないようなことを言いながらも、涙ぐんでいたダンカンさんの顔を私は見逃さなかった。普通にしていても泣き顔だから、泣いてもそんなに変わらないんじゃないかと思っていたけど、ダンカンさんの顔は見る見るうちに、もっと泣き顔になったので、その時私は、ダンカンさんがお笑いから一番遠いところに行ってしまったかのように見えた。
これは余談だが、CDがまだLPだった頃、吉田拓郎さんが出したニューアルバムのCMに起用されたのがダンカンさんだった。彼自身吉田拓郎さんのファンだったことからの起用だったようだが、そのCMはダンカンさんが吉田拓郎さんのLPを持って涙を流すという、たったそれだけのものだった。でもたったそれだけで、十分アルバムの魅力は伝わってきた。これぞまさに適材適所なCMで、私は未だかつてこれ以上に素敵なニューアルバムCMには出会えていない。このCMを作った人と、このCMを覚えている自分自身に感謝。
1月26日「大賞」の重み
ワイドショーを見る。世の中に「賞」とつくものは、五万とある。そして「大賞」とつくものも五万とある。何が有名なのかさえ良く分からないけど、思い付くままに書き綴ってみよう。『かこの鑑賞日記』らしく、TV関連の大賞を中心に。では。
「日本レコード大賞」「有線放送大賞」「日本歌謡大賞」「日本ゴールドディスク大賞」「流行語大賞」「欽ちゃんの仮装大賞」「オールスターハプニング大賞」…
で、TV関係以外ではどんなものがあるのか、ちょっと興味が湧いたので、HPで検索してみることにした。そうしたら物凄い数の大賞が発見されたので、その一部を紹介しよう。
「日本水大賞」「小熊秀雄青少年詩大賞」「箱庭大賞」「サントリーミステリー大賞」「日本ゲーム大賞」「省エネ大賞」「作詞大賞」「ハンズ大賞」「土湯俳句大賞」「神奈川工業技術開発大賞」「グッド・デザイン大賞」「TOYP ( トイップ ) 大賞」「中部ニュービジネス大賞」「紙わざ大賞」「都市景観大賞」「日本万華鏡大賞」「伊那谷童話大賞」「けんぶち絵本の里大賞」「川の絵画大賞」「夏休み昆虫研究大賞」「日本推理サスペンス大賞」「にいがたマンガ大賞」「日本ホラー小説大賞」「マッチ大賞」…
どうだろうか。あなたが、知っている賞はどのくらいあっただろうか。私はこの中の数個を除いて、殆どが知らないものばかりだった。検索しながら、世の中にはいろんな賞があることを改めて知り、こんなにたくさん賞があるなら、今年あたり私も何かひとつ目指してみたくなってしまった。手始めは何にしようか…え〜。
ちなみに上記に挙げた大賞の中で、私が興味を持ったものはそのHPで詳細を調べてみた。その中で一番興味が湧いたのは何と言っても「マッチ大賞」だろう。こんな世界が人知れずあることを知り、感動すらしてしまった。興味がある方はぜひ検索を!(ちなみにマッチとは近藤真彦さんのことではありません。マッチ売りの少女のマッチのことです。)
と、例によって前振りが随分と長くなったけど、そんな話をしたのも、今日「バックアップ大賞」という賞の存在を知ったからだ。「バックアップ大賞」どんな賞だとお思いだろうか。主宰は「日本ハンドバック協会」で、商品は、オリジナルロゴ入りワンショルダーバックやトートバックなど合計9点(原価で約100万円)なのだそうだ。で、肝心なのはどんな人に与えられる賞なのかというと、「バックが似合う人」かと思いきや、何
故か「笑顔と元気な気持ちをバックアップしてくれた人に贈られる賞」らしいのだ。ん?ん?ん?日本ハンドバック協会→バック→バックアップ→笑顔。ってことは、「日本ハンドバック協会」=「笑顔」ん?こじ付けというか、無理矢理というか、なんだか訳の分からない賞だとは思わないだろうか。そしてその賞を受賞者が、何故か榊原郁恵さんと酒井彩名さんという、どういう基準で選ばれたのか分からないけど(特に後者)これまた何故かホリプロの先輩後輩コンビだったので「郁恵さん。相方井森はどうした?」と突っ込みたくなるような人選で、私の中の「ますます訳わかんない感」が強くなった。
それと似たような賞に「ベストドレッサー賞」「ベストジーニスト」「ジュエリーベストドレッサー賞」「メガネベストドレッサー賞」なんかがある。これらも話題性のみで選ばれる得体の知れない賞の数々なのだが、この「バックアップ大賞」はそれ以上に得体が知れない賞だ。ちなみに今年で3回目になるのだという。過去の受賞者には高島礼子さん・天童よしみさんがいると知り、ますます訳が分からなくなっていたら、受賞者が「まるで高額の宝くじに当たった気分です!」とコメントしていたことを知った。そう
か!宝くじだったんだ!笑顔だなんだとこじつけても、結局受賞者にとっては所詮「バック」=「100万円」=「宝くじ」な賞だったのだ。うん!これで解決。どんなふうに解決したかといえば、車を売っている某自動車会社が「モノより思い出」CMの放送をするに至った過程と同じ感じの解決感。
追記・少し時間が経って、改めて上記の文章を読んで思ったのは、曲がりなりにも「笑顔と元気な気持ちをバックアップしてくれた人に贈られる賞」の受賞者が「宝くじに当たった気分」と発言するのは、あまり気持ちのいいものではないということだ。どんなにか無名な賞だとしても、賞を受けるからにはそれなりの自覚をもっていて欲しいものだと思う。
さて、話は変わるが「賞」といえば、世紀を股に掛けて一番多く受賞したのは、何と言っても高橋尚子さんだろう。その一部を紹介すると…国民栄誉賞・岐阜県民栄誉賞・千葉県民栄誉賞(ん?県民栄誉賞が2つも!…ってことは、47全ての都道府県に所縁があったら…へっへっへっ)・日本スポーツ賞・朝日ビッグスポーツ賞・2000年度ベストドレッサー・日本ジュエリーベストドレッサー賞・日本メガネベストドレッサー賞スポーツ部門(お!スポーツ部門なんてあったんだ!)・流行語大賞…などなど。この中でどれが話題のみで選ばれて、どれが彼女に相応しい賞だったのか、私には分からない。でもここまで書き綴ってきて、これだったらきっとみんな納得するだろう一番相応しい賞だと思ったのが、他でもない「バックアップ大賞」だなんて言ったら、国民栄誉賞まで受賞した彼女に怒られちゃうだろうか。でも、メガネやジュエリーや流行語なんてのより、よっぽど「笑顔と元気な気持ちをバックアップしてくれた人に贈られる賞」のほうが、相応しいと私は思うんだけど。少なくとも「宝くじに当たった!」なんてしょーもない発言だけは絶対にしないだろうしね。
1月27日誤解を解くためにしなければならないこと
『大草原の小さな家』(NHK教育)を見る。「○○界の★★★ちゃん」という言葉を耳にしたことが、あなたも一度くらいはあるだろう。これは「ポスト☆☆☆」とは、ちょっと意味合いが違う。ポストというのは、同じ世界にいる人のことを指していうのに対し、★★★ちゃんは○○界にはいない。例を挙げてみたら、ちょいと有らぬ方向に思考が進んでしまったので割愛するが、鑑賞日記にも同じようなことが当てはまる。鑑賞日記の中でコンスタントに登場する番組がいくつかある。今日取り上げる番組がまさにそれで、私はこの番組のことを勝手に「海外ドラマ界の『名探偵コナン』」として位置づけている。両番組とも形態は全く異なるにも関わらず、毎話私にいろいろなことを教えてくれるという意味では、共通点が多い良質の番組だからだ。反対に「アニメ界の『大草原の小さな家』」は『名探偵コナン』のことだ。本来の意味とは使い方が間違っているような気がしないでもないけど、両番組とも、時に極上の一作があるという点でも共通している。そんな極上の一作に巡り逢えたときは、絶対に鑑賞日記に登場させたい!そんな風にコンスタントに思わせてくれる番組は、今のところこの2番組以外にはない。
1月28日将来いい思い出になるならば、今辛くても我慢出来ますか?
『課外授業ようこそ先輩』(NHK)を見る。今日の先生が教えた母校が、とある人の母校でもあることを知った。私の母校には、この番組で授業をしてくれそうなほどの有名人がいないので、そんな話を聞くと羨ましいなあと思う。羨ま視線ビンビンで番組を見ていたら、次週の先生がロッククライミングだと知り、一気に気分が萎えた。有名な先輩がいるのはいいけど、自分のとても苦手なジャンルの先生だったら、いないほうがいいのかもしれない。いや!でもいて、苦手を克服出来るなら、いた方がいいのかも?いや?その恥部を全国放送にさらすのはどうかと…。うーん。小学生だとしたら、やっぱ辛いかなあ…
でも、将来はきっといい思い出になるんだけどね。ただ、そう思えるようになるまでには、相当の時間を要するのだろうけど。
1月29日日曜の夜のメッセージ〜21世紀に甦ったひとつの出逢い〜
『テレビアーカイブス「人間列島・ミー子とキャラおじさん」』(NHK)を見る。NHKの日曜日の深夜を知っているだろうか。民放各局がスポーツ番組ばかりを放送している午後11時30分すぎ、NHKではひっそりと、昔の番組が始まる。今のところその殆どが白黒映像で(最近やっとカラーの時代に突入!)番組のタイトルを「NHKアーカイブス」という。アーカイブスとは英語で「記録の保管所」という意味で、この番組の中ではかつてNHKで放送された様々なドキュメンタリー・ドラマなどが毎回2.3本づつ放送されている。昨年から始まっているこの番組、1960年代の番組に始まり、現在は1970年代の番組を放送している。今回放送されたのは、実は一度放送されたのだけど、途中で臨時ニュースが入ってしまった為、再度放送になったのだ。前回放送時、残念ながら冒頭部分を見逃してしまったので、今回の再(再々?)放送は嬉しいことだった。
「ミー子とキャラおじさん」(1971年放送)。14歳の少女と東京で一人暮らしをする86歳の老人との交流を描いたドキュメンタリーだ。ミー子こと三恵子さんは14歳。小学校6年生のときに、クラスの46人が社会福祉事務所を通して孤独な老人たちに手紙を出し、その中で返事が来たのが三恵子さんただひとりだった。その老人の名前は山本さんといい、キャラおじさんと呼ばれていた。キャラとは侍の子という意味で、子供の頃に付けられたあだ名なのだという。キャラおじさんは妻に先立たれて以来、都会の片隅で生活保護を受けながら一人暮らしを続けていた。ふたりの生活ぶりを手紙のやり取りに絡めて番組は進んだ。おじいさんと小学生の少女という、一見なにも共通点のないふたりがどんなことを話していたのか知ることだけでも一見の価値はあったと思う。ミー子ちゃんがおじいさんに「なぜ今ひとり暮しをしているのか?子供はいないのか?」を問う手紙に対し、正直にきちんと答えていたキャラおじさん。その手紙を読んで、きっとミー子ちゃんは自分のものとして受け止めたと思う。14歳のミー子ちゃんは、私が14歳だったときよりもずっと大人だ。先日14歳の自分が書いた手紙を読んだばかりの私としては、つくづくそう思う。何も共通点がないからこそ多くのことをミー子ちゃんはキャラおじさんから得られたのだろう。
共通点がない人とは、共通点がないがゆえに出会うことがない。でも、共通点がない人と話しをしてみると共通点がないがゆえに、新しい発見もたくさん得られるような気がしている。例えば私は主婦だけど、どうしようかと迷ったとき、同じ主婦である友達に相談するよりも、主婦から一番遠い人に相談した方が案外いい解決策が生まれるのではないかと思っている。同じだから分かり合える気持ちもあるけれど、同じだからこそ見えなくなってしまうこともきっと多いのだと思う。
1971年のお正月の様子が映し出され、キャラおじさんはミー子ちゃんから来た年賀状が一番嬉しいと手紙に書いてミー子ちゃんに送った。たかが年賀状一枚と侮る勿れ!年賀状一枚だって、相手の気持ちは充分に伝わってくるし、人を喜ばせたり悲しませたりだってするのだ。そのことを、ひとりひとりがきちんと分かっているべきだと思う。今のうちに知っておくと、知らないで邪険にしている人よりかはきっといい将来になるだろう。都会の片隅でキャラおじさんが一枚の年賀状に喜んだお正月から30年後の今年、2001年のお正月。私たちにもある程度の年賀状は来た。でも、ふとキャラおじさんの年齢になったとき、この中のどれくらいの人とまだ続いているのだろうかと考えたら、なんだか良く分からないけど不安になった。
最初の手紙を書いてから、この番組の放送時まで1年半。その間に取り交わされた手紙は74通に及び、ふたりの文通はキャラおじさんが93歳で亡くなるまで続いたのだという。ふたりは何度か会ったこともあり、家族ぐるみで付き合っていたようだ。後日談をNHKのアナウンサーが話していた。身寄りの無いキャラおじさんは、亡くなってからミー子ちゃんの家のお墓に入ったのだという。共通点のない出会いが、永遠の共通点を生んで、1970年代のひとつの出会いが21世紀に生き返る。
1月30日目の錯覚!
新聞のラテ欄を見る。
1月31日トナリノヒト
『ウンナンのホントコ』(TBS)を見る。あなたは今、自分のいつも隣にいる人のことをどれくらい知っているだろうか。例えば学生なら隣の席の子。社会人なら、いつも席を並べて仕事をしているあの人。勿論席がない人もいるだろうから、日常でよく一緒になる人でもいい。どれくらい知っているだろうか。どれくらい知っていたのだろうか…?