かこの鑑賞日記1998年12月1日〜12月31日
11月1日〜11月30日
12月1日
『TOKIOのなりゆき』(フジ)を見る。今日から12月。ニュースを見ていたら、どこもかしこも「今日から師走」なんていう同じようなニュースをやっていた。12月1日…映画の日・世界エイズデー・流行語大賞・ベストドレッサー賞・年末ジャンボ宝くじ発売…毎年同じことがかぶり過ぎ!今日に集中し過ぎ!!いろんなニュースが目白押しだから間違っても中途半端な芸能人は、今日何か事を起こしても注目されないよ。今日ニュース番組をはしごして見ていたら、面白かった。同じようなニュースを繋ぎあわせて番組の冒頭を飾っている。こんなにいろんなニュースがあったのに、覚えていたのは田中真紀子さんだけ。いつ見てもあのパワーは凄い!!夜11時、ニュースのはしごをして見ていたらはたと気がついた。『TOKIOのなりゆき』を見ることを。おっといけない、いけない。見知らぬ男女が旅を通してお互いを分かり合っていき、それが恋に発展すれば旅の終わりにカップル誕生というこの番組を、あなたは見たことがあるかな?今日この番組を見ていて改めて思ったんだけど、いやー女心って分からないものだね。って言ってる私も女なんだけど、女の子に限らず人の気持ちというものはいろいろと複雑で分かり難いものだと思う。なんでこう人間っていうのはいろいろと複雑なのかねえ。あー考えていたら文章も上手くまとまらなくなっちゃったちゅーの。むぎゅ。

12月2日
『速報!歌の大辞テン!!』(NTV)を見る。思い起こせば7月22日、この鑑賞日記を書こうと決めた時、一番最初に登場した番組がこれだった。それ以来この番組を見てはいるけどなぜか取り上げないまま今まで来てしまった。今年も最後の月を迎えるに当たって「初心忘るべからず」ということで、久しぶりにこの番組を登場させることにした。
今週は昭和63年のトップテン。ゲストに浅香唯さんが来ていて、何だかとても懐かしい気持ちになった。彼女確か、川崎亜紀(ちなみに彼女の本名)って言う名前で活躍していた気がするんだけど、今また浅香唯に戻ったの?あれ?誰か知ってたら教えて!!久しぶりに見た彼女だけど、あんまり変わっていなくてびっくりした。10年前の映像を見て「自分の娘を見るようだ。」と言っていたけれど、いやいやどうして、私には殆ど変わっていないように見えましたよ。唯ちゃん!!
でも、昔の自分の映像をTVで見るのが恥ずかしいと言う気持ちは良く分かる。私もちょうど10年くらい前の映像が某局に残っているんだけど、恥ずかしくてとてもとても見る気にはなれない。もうひとりの恥ずかしい自分を見ているような気持ちになるからなのだろうか。じゃあ双子はいつもこんな感じなのだろうか。じゃあクローンは………おっと、それじゃ今日の『世紀末の詩』(NTV)の話になっちゃうじゃないか。
野島伸司さんはこれから先、一体どこに行こうとしているのだろう。10年後くらいに野島さんがこの『世紀末の詩』を見返したら、その時何て言うのだろうか。「自分の息子を見るようだ。」とか言うのかな?そしたら隣で徳光さんが泣くの。ああ、それじゃあ『嗚呼!バラ色の珍生!!』(NTV)だって。徳光さんの涙。おそるべし!!

12月3日
『FNS歌謡祭』(フジ)を見る。野猿だけが見たくてこの番組を見ていた。本当は早くお風呂に入りたかったけど、入っている間に野猿が登場してしまったら嫌だから、野猿を見終わったらお風呂に入ろうと思って彼らの登場を今か今かと待っていた。7時から10時までの3時間番組。始まってからずっと待っていたんだけど、いつになっても出てこない。で、結局彼らが登場したのはなんとトリ。一番最後だったのだ。こんな事じゃ先にお風呂入れば良かったなあと思っても仕方がないんだけど…ちょっとガックリ。でも待って待って待たされてやっと聴けたからだろうか、なんだか嬉しくていつもより真剣に見てしまった。やっぱりこの「待つ」という感覚はたまらないね。そんな訳だから、結局この番組を最初から最後まで全部見てしまったことになる。
大して変わり映えのしない出演者の中にあって演歌歌手がふたりでているのが目を引いた。それは香西かおりさんと、先日この鑑賞日記のなかでも話題にした川中美幸さんだった。川中さんが「『二輪草』が60万枚のセールスを記録しました。」と言っていたので、オリコンを見た。そうしたら、あれ?あれ?あれーっ?聴くところによると、このセールス枚数というのもかなり曖昧なところがあるようだね。こんなに曖昧でいいのかいなと思わないでもないけれど、どんなものなんだろうか。そういえば川中さん、この歌のなかでピースサインをする振り付けがある。その時満面の笑みを浮かべてピースをしていて、この曲のヒットと相俟ってなんだかとても幸せそうに見えて、聴いている私も思わず微笑んでしまった。「演歌は心で唄え!」と天童よしみさんも言っていたっけ。演歌じゃなくても歌は心で唄うと伝わるものも大きいと思う。最近のヒット曲に伝わるものが少ないのはその部分が欠けているせいなのだろうか。
今日、洪水のようにいろいろな人の歌を聴いてどの歌も聞き飽きるくらい聴いているのに、どの歌も消耗品みたいにただ流されて消化されていくだけのような気がしてならなかった。それはきっと曲のサイクルが速すぎて、心の中で立ち止まる暇もなく通り過ぎていっているからだと思う。音楽に求めるものが、ただノリノリの気分になることだけならば、それでもいいのかもしれない。でも、ただそれだけならばどうしてもその曲でなければというこだわりもないだろうし、唄っているアーティストに対しての思い入れもそれほどないんだろうし。でも、それではやっぱり淋しいと思う。歌は何か伝わってくるものがないと…そんなふうに考えるのは、私だけなんだろうか。
来年、この日記を読み直した時、今日この番組に誰が出たかは思い出せても、どんな歌を唄ったかまでを、きちんと思い出して、ふいに口ずさめるくらい心に残っている歌はいったいどのくらいあるんだろうと考えたら、この3時間が急に空しく思えてきた。

12月4日
『ドキュメントにっぽん―挑む!鉄塔100b・送電線工事職人・電工を目指す若者―』(NHK)を見る。「電工」という職業を知っているだろうか。奥深い山の中で、地上100bを超える鉄塔での送電線架設を請け負う技術者は、「電工」と呼ばれている。この業界の1年後の新人定着率は良くて1割といわれる。プライベートのない生活が続く中、きつい仕事に耐えられず数ヶ月で辞める若者が多いのだという。
今日のこの番組は、この春、静岡県清水市興津にある工事店に入社した19歳と16歳の若者の姿を追ったドキュメントである。いつもは見ないこの番組を今日見てみようと思ったのは、その舞台が自分の住む静岡県だったということと、私自身が「電工」という職業を良く知らなかったからだ。静岡県清水市興津。この地域は全国最多の専門工事店が点在し、とりわけ高い技術を備えた人たちが集まってきている。
4月の入社式の日から彼らの姿を追いかける。慣れない集団生活、厳しい先輩。わずかなミスが命取りになる。昨年1年間に仕事中に命を落とした電工は4人。いつも危険と隣り合わせの職業だ。その危険と引き換えに給料は良い。それがひとつの魅力でもある。初めて貰った給料は16歳の中卒にしては格段に良い。でも、その分仕事は厳しい。厳しい仕事に見合った給料。それでやっとあれだけの金額になる。お金を貰うということは楽をして得るものではないことを改めて思う。お金はずるいことや、汚いことをして稼ぐものではない。人が嫌がる仕事をしている人にこそ、それに見合うだけのいい給料をあげるべきだと思う。どうして芸能人になってある程度有名になると、あんなにもたくさんのお金が貰えるのだろうか。
集団生活を送るということは当然、仕事が終わった後も一緒にいるということである。仕事が終わった後の身の回りのこと、例えば洗濯などはみんな自分でする。先輩が後輩に押し付けるようなことは一切しないのだという。そして、仕事中はあんなにも厳しかった先輩が親方が、嘘みたいに優しく普通に接してくれる。「仕事でピリピリしながらやっているのに仕事が終わってからも、仕事のことであれやこれや言われちゃ気が滅入ってしまうでしょう。」と親方は微笑んで語ってくれた。考えてみれば当たり前のことなんだけど、どうも日本人はそうでない人が多いように思うのだけど、どうだろうか。仕事に対する姿勢が違ったり、仕事で意見が対立したりすると、仕事が終わってからも仲が悪くなってしまったり、仕事のミスを飲み会などの席でも説教し始める先輩がいたり、自分が吸う煙草さえ買いに行くことをめんどくさがる上司がいたり…どうもその辺の線引きがなあなあになっているような気がする。
「電工」の世界には、最近の日本が忘れかけている裸の付き合いが生き続けていた。どんなに厳しい仕事でも良い人間関係に恵まれるときっと長続きするんだろうと思う。だからその逆もある。今度鉄塔の上で作業をする人たちに出会ったら、きっと今日見た番組のことを思い出すと思う。いくら機械化が進んでコンピューター化が進んだとしても、人間が手作業でやらなければどうしようもない世界がある。この番組を見て、いろいろと勉強になることが多かった。それは決して紙の上だけ、机上の空論ではなく、生きる上での勉強である。歳ばかり重ねて、中途半端な知識だけ増えても、人間的にちっとも成長出来ていない大人にならないように、いいものをたくさん吸収していきたいと思う。まだまだ毎日が勉強である。

12月5日
『ポップジャム』(NHK)を見る。爆笑問題のふたりがこの番組の司会者になってからというもの、この番組を殆ど欠かさずに見るようになった。初めて彼らがこの番組の司会者に抜擢されたということを知った時、「大丈夫なのかな。」と思って一瞬信じられなかったけど、それから8ヶ月間、ずっと見続けるようになって、だいぶ雰囲気にも慣れたなあという気がする。当初は、ダウンタウンやとんねるずの石橋さんなど、民放の歌番組でお笑いの人が司会をしているのを真似てNHKも彼らを抜擢したのかと思ったけど、それを加味してもそれとは違った良さみたいなものが良く出てきている。司会者はゲスト以上に目立ち過ぎるのはあまりよろしくないと思う。司会者が良いから持っている番組なんかもあるけれど、少なくともトーク番組やこういった歌番組などは、司会者は必要以上に目立ち過ぎるべきではない。その点彼らは良くやっていると思う。漫才の時はあんなに毒舌を吐いているのに、それがあまりなくてきちんとやっている。以前にも書いたけど、田中さんはとてもカツゼツが良い。だからなのだろうか。田中さんと、柘植恵水アナウンサーがメインで話を聞いて、それに太田さんがツッコミを入れる。あれ?ボケっていうのかなあ?ああいうのは??とにかくその感じがいいのだ。司会が目障りだから見ない人はあまりいないのではないかと思う。
今日この番組にネプチューンが来た。なんでも歌手デビューしたようで、デビュー曲が売れたみたいだ。爆笑問題とネプチューン。懐かしの『ボキャブラ天国』(フジ)を見ているみたいだった。こういうゲストがくると彼らも本領発揮という感じで、楽しかった楽しかった。初めてネプチューンの歌をきちんと聴いて、「歌の構成からいって名倉さんが一番歌が上手いってことなのかなあ?」と考えていたら、隣で「原田さんはあんまり…だねえ。」と呟く声がした。表現の仕方は違っても、ふたりとも同じことを考えている。あーあ、ふたりとも考えることは大して変わらない。これだけ売れるのなら、多分2曲目も出すと思う。でも、ひとつだけお願い。急いで出しずぎないで欲しいんだ。出し過ぎるとせっかく1曲目がこれだけ売れても飽きられちゃうから。飽きられたら恐いよ。売れなくなったら芸人としても落ち目って言われちゃうから。まあ、その辺の判断はいろいろと難しいものがあるんだろうけどね。
そういえば歌が飽きられたあの芸人を最近見ない。1曲目は凄く売れて、新境地を開拓したかと思われたのに、今はどうしたんだよ一体。やはり芸能界は厳しいところなのか。…あなたは覚えているだろうか。思い出して欲しい。今からちょうど2年前、発売されて大ベストセラーになった2冊の本のことを。その2冊目の本のまえがきにこんな事が書いてある。『★★★を応援してくれて、この本を読んでくださっている皆様へ ユーラシア大陸横断ヒッチハイクと闘う★★★を応援してくれたのならば、日本の芸能界で闘う彼らを是非応援してあげてください。間違いなくもっと厳しい闘いになるのですから……。』ただのブームで押し流されてしまうことの恐さ。ヒッチハイクをする彼らを応援していたことを忘れて、アイツら落ち目だとか芸がないとかいうことは簡単で、ブームに乗って応援してもらうことも簡単だ。難しいのは、ひとりでも多くのファンを離さずに守っていくこと。芸能人は数多くいれど、その中でも自分たちのことが一番好きだと思ってもらうこと。2年前に発売された、この本を本当にたくさんの人が読んだのだと思う。そのなかにこんなことが書いてあったことを覚えている人は一体どのくらいいるのだろうか。あのゴールゲートは間違いなく厳しい芸能界へのスタートゲートだったね。Tプロデューサー!!

12月6日
『ザ!鉄腕!DASH!!』(NTV)を見る。時間と体力と好奇心と、そしてある程度のお金があったら『各駅停車で24時間!どこまで行けるか?』やってみたいだろうか。この番組はちょっと普通なら出来ないけれど、やってみたいと思わせることを次から次へとやってみせてくれる。どんなくだらない企画であっても、TOKIOの5人は一生懸命にやっている。その様子はいつ見ても好感が持てる。
今日の企画は、各駅停車に乗って24時間でどこまで行けるか。北と南に分かれてやってみるというものだった。朝7時『ズームイン!!朝!』の開始と同時にスタートして翌日の7時までどこまでいけるか競うのである。単純に考えても、北よりも南に行った方が駅の数とかも多いから有利なんだろうし、北は雪が降ったりしているから、寒いしたいへんだしなあと思いながら見ていた。その予想通り、対戦成績は南が圧勝だった。北に行った国分太一くんと宇梶剛士さんは真夜中3時間かけて雪の中、自転車を漕ぎつづけた。凄い根性だと思わずにはいられなかった。
この『ザ!鉄腕!DASH!!』という番組が毎回良く出来ているなあと思うのは、バラエティー番組として面白い部分を保ちながらも、チャレンジの結果得られた感動をきちんと伝えきれている点である。時間の都合でカットせざるを得ない場面がたくさんあることは良く分かる。そのなかでどこを放送に使い、どこをカットさせるかその判断がとても上手に出来ていると思う。以前、この鑑賞日記の中で、時間がないから上手く描けないのではないだろうか、というようなことを書いて評した番組がある。今日この番組を見ていて上手くその番組の良さが描けないのは、時間がないからという、ただそれだけが理由ではないのだという気がしてならなかった。番組を編集する人が膨大なVTRの中から、どの部分を放送すれば見ている人に自分が受けた感動と同じくらいのものが伝えられるか、その判断力と感性が非常に番組を作る上で大切になってくることが分かる。例えばたいしたことのない出来事でも、文章表現が上手だととても感動的な出来事になって相手に伝わっていくのだろうし。それは、番組を作っていく人の技量にかかってくるんだと思う。『ザ!鉄腕!DASH!!』は無理矢理、感動的な部分を作ろうと躍起になっているような部分は殆ど見られない。チャレンジをやっていく中で自然と出てくる感動を上手に見ている側に伝えてくれる。もちろん、バラエティー番組だからオチもある。だけど、その一生懸命考えたオチさえも吹き飛びそうなほど、おもしろい場面はその前にいくらでもあるから、考え過ぎて滑ったオチが時々お寒く思える時もある。そうなのだ。無理に何かを描き出そうとしてやることよりも、流れの中で自然と出てくることの方が何倍も良いことが多いのだ。もしかすると、私が知らないだけで実際とは違って放送される部分もあるのかもしれない。知らないから見ていて感動できるのかもしれないなと思うこともあるけど、そういう部分がもしあったとしてもそんなことを微塵も感じさせないほど、この番組は良く出来ていると思う。
この時間帯は裏番組が強いので、視聴率があまり良くないのが残念でならない。ビデオにとってまでも見たい番組が少なくなった。そんななかにあって、この番組はビデオにとっても見たいと思える数少ない番組のひとつである。

12月7日
『スーパーテレビ―激安!東京外食戦争渋谷の繁華街を狙え―』(NTV)を見る。12月に入って、ふと今まで取り上げた番組を振り返ってみたら、歌番組と、ドキュメントものしか取り上げていないことに気がついた。バラエティーもあるけど、いわばそれもドキュメントに限りなく近い番組しか取り上げていない。で、今日も例によってドキュメント番組である。舞台裏ものという、いわばスーパーテレビでは良くありがちなジャンルではあるけれど、何だかいつも見られない世界という感じがするので、ついつい見てしまった。今回は外食産業の舞台裏だった。
渋谷の道玄坂に、関西では名の知れたレストラン王が店を出すことになった。その開店までの様子と、いわばライバル店にもなる関東エリアでチェーン展開をしているオーナーの様子が対照的に描かれていた。関西の王と関東のオーナー、それぞれに運営方法が違う。それは、売り上げが全てのこの世界で、それぞれの経験に基づいて考え出された運営方針なのだろうと思う。ただ、そのどちらもに共通していたのは、結果(売り上げ)が良ければ、年齢や勤続年数は殆ど関係ないということだった。この世界ではただ何となく歳を重ねていけば給料が上がるという、いわば年功序列制度みたいなものは一切ないので、そういう部分では非常に遣り甲斐があると思う。その中にひとりの店長がいた。なかなか店の売り上げが伸びないから、年収も上がらない。以前彼の部下として働いていた人は、既に他の店の店長になり、彼よりも多い売り上げを伸ばしていた。店長会議に集まった時の彼の顔に苦悩が感じられた。ただ一口に売り上げといっても、場所や規模、そして周りの環境によってもいろいろと変わってくるだろう。でも、そんなことを乗り越えても、売り上げを伸ばさなければならない、厳しい世界である。その店長は店の売り上げを伸ばすために、自らが率先して動き、働いた。自分の頑張りを見て、他のスタッフも一生懸命に頑張ってくれるだろうと考えたからだ。でも、世の中というのは良く出来ているもので、誰かが一生懸命に働いていると、必ずその陰に隠れて手を抜く奴が出てくる。自分が一生懸命に働くことも必要だけど、それ以上に上に立って働く人は全体を見渡せるだけの技量がなければいけないのではないかと思う。
結婚前に働いていた職場の上司が私に語ってくれたことを思い出した。その上司は長いことガソリンスタンドの店長をやっていて、なかなか売り上げが伸びなかったそのスタンドを努力とアイデアで、軌道に乗せ作り上げてきた人だった。その人がこう言っていた。「スタンド事業をやっていると、お金が出たり入ったりするから、終わってからお金を数えると微妙にあわない時もある。それは決して良いことではないけれど、それは皆に注意をすべきであって、誰がお釣を間違えたのか個人的に追求し過ぎてはいけないよ。なぜなら間違えないためには、仕事をしないのが一番良いんだから。ねっ。」私は「あっ!!」と息を呑んだ。その時の私には、こういう物の見方、考え方が多分出来ないなと思ったからだ。でも、上に立つ人はこうでなければいけないんではないかという衝撃があった。何もしなければ間違えないのは当たり前だ。でも働くということは、手抜きをするとか、そういうことじゃないだろうに。細かいことにとらわれ過ぎて、やる気まで削いでしまってはいけなんだなと考えさせられた。
私がその職場で働いていた6年間、いろいろと異動があっていろんなタイプの上司をこの眼で見て感じてきたけど、この人ほど私の中で印象深い上司はいない。口も利いてくれないこともあったりして、本当に辛い日々ではあったけれど、その上司の下で働くことが出来た1年間はどんな1年間よりも充実していたと断言できる。あの1年間は確実に私を成長させたと思う。私が結婚する時、その上司の下を離れてもう何年も経つというのに、わざわざ祝電をくれた。本当に感謝している。
しばらく会っていないけど、今日もまた厳しく誰かを怒っている様子が目に浮かぶ。厳しい人だったけど、ただそれだけではなくて、とても情に厚い人でもあった。そのことに私がきちんと気がついたのは、その人の下を離れてしばらく経ってからのことだった。あの頃のことを思い出すと、今でも一番印象深く思い出される人だ。誰かにとって印象に残る人になるのも悪くない。その人にとって私はどんな部下に映ったのだろうかと考えていたら、「そんなこと考えている暇があったら、仕事しろ!!」とまた怒られそうだ。

12月8日
『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー』(テレ朝)を見る。「カラオケチャレンジ」がなかなか終わらない。手を変え品を変え、ではないけれどバージョンを変え、良く出てくる。で、今回は演歌バージョン。『♪雪国』を唄いきった外国人が100万円をゲット。中途半端に日本人が覚えて唄うより、上手に唄えていてビックリしてしまった。面白いね。だからなかなか終わらないのかもしれないね。
それと、今日の担保チャレンジの思い出アルバム作り。最後東京タワーをバックに撮影だけ出来なくて、だめだったんだけど、東京タワーって新幹線の中からでも良く見えるのに、新幹線の中から撮影ではだめだったのかなあ。もしそれでも良かったのなら、何か残念だなあと思った。
東京に出掛けて、夜になり新幹線に乗って帰る時、窓の外に美しくライトアップされた東京タワーが良く見える。その姿が好きで、私はいつもその前を通るのを楽しみにして見ている。東京に住んでいる人には何とも思わない光景なんだろうけど、まだまだ私には新鮮な景色だから、ずっと見ていたいなと思う間もなく通り過ぎていく。私が住んでいるここ、静岡県では富士山が良く見える。山梨の家では、なんと!!トイレに入りながらでも富士山が良く見えたのだ。銭湯にあるような絵に描いた富士山ではない。ホンマもんの富士山なのだ。まさに、富士山に見守られて育ったといっても過言ではない。これも私には当たり前の景色だけど、そうでない人が多いのだから貴重なんだよね。
身延線に乗っている時、富士山が美しく見えるところに近づくと車内アナウンスで「今から富士山が一番美しく見える所を通ります。シャッターチャンスですよ。」という放送が入ることが時々ある。気が利く車掌さんがいる時だけではあるんだけどね。こういうのも心遣いが感じられて嬉しいじゃないの。すると、周りの乗客も一斉に窓の外を見る。富士山が美しく見える絶好の場所まで来ると、みんな歓声をあげてシャッターを切り始める。私はその時、目の前に見える富士山を見ないで、富士山を見て騒いでいる乗客の幸せそうな表情のほうに、つい目がいってしまう。そして、こっちまでなんだか幸せな気分になる。たかが富士山、されど富士山。その富士山を毎日見られる環境を、大切に思わなければ…

12月9日
『特捜!芸能ポリスくん』(TBS)を見る。久しぶりにイルカに乗った少年を見た。『風雲!たけし城』が懐かしい。

12月10日
『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジ)を見る。野猿の新曲、第3弾が16日に発売される。9月に第2弾が発売されてから3ヶ月、これくらいのペースならまあ良いと思う。新曲発売のタイミングもいろいろと難しいところがあるようだ。例えば他のアーティストがいつ新曲を発売するかとか、そういうことも重要になってくるのではないかと思う。それによって、オリコン初登場の順位も変わってくるんだろうし。確か前回は2位だった。曲の良さだったのか、それともキャンペーンの上手さだったのか、売り上げも伸びたみたいだったけど、今回はどうなることやら?
キャンペーンといえば、前回のキャンペーンでは全国6ヶ所でキャンぺーンをやった。札幌・仙台・静岡・名古屋・大阪・福岡。それぞれの地域に野猿のメンバーが来て、私たちも見に行ったんだっけ。で、今回もなにかやるんだろうな、と思いながら今日番組を楽しみに見ていたら、始まった途端、大笑いしてしまった。なんと、ドラフト会議!!全国各地、今回は11ヶ所のCDショップが誰に来てもらいたいか、指名をしていく。重なった場合は抽選。自ずと人気がある人に指名が重なる。やはりとんねるずのふたりに人気が重なるという、まあお約束のようなことが起こる。その中でも、やはり今人気があるのは、憲さんのほうなんだね。私たちが中学生の頃は殆どが貴さんファンだったから、憲さんのファンは私ともうひとりくらいしかいなくて、肩身の狭い感じがしたんだけど、時代で変わっていくんだねえ。こういう形をとると、見ている方は面白くてたまらないけど、指名される方は思いのほか真剣になってしまうと思う。そりゃあ、確実に人気投票みたいなものだし、最後まで指名されないということは、人気がないんだよといわれているようなものだし。人気があってナンボの世界だから、それも仕方がないのかなという気もするけど、最後まで指名されなかったひとりは哀愁さえ感じられてしまった。
それにしても、こういう面白すぎる企画を考えるのは一体誰だ!!きっとあの人に間違いない!!仮にAさんとしておこう。Aさんは、今のモーニング娘。の人気をどう見ているのだろうか?「昔のおにゃんこを見るようだ。」とかいうのかな?(あれっ?どっかで書いたぞ。似たようなフレーズ)ところでAさん、高井麻巳子さんは元気ですか?かつて、俺は時代を動かせると言った男、Aさん。秋元康、恐るべし!!(あっ、言っちゃった)

12月11日
『ニュース』(某局)を見る。今日、某局のニュースを見ていたら、ちょっと気になることが起きた。そのニュースを伝えていたアナウンサーがあるニュースを境に急に涙目になったのだ。そのニュースは確かに悲しいニュースだったから、思わず泣きそうになってしまったのだろうか。いつも冷静沈着にニュースを伝えるアナウンサーだったから、ちょっとビックリしてしまった。アナウンサーをやっているといろいろなニュースを伝えなければならないことは良く分かる。中にはひどく切ない気持ちになりそうなくらい悲しいニュースもあるだろう。そういうニュースも決して感情的にならず、伝えなければならない。何事においても無感動、無感情の人ならいざ知らず、大抵の人には感情がある。その感情を抑えて冷静に伝えるということ。考えてみれば大変なことだと思う。もしもアナウンサーがニュースを伝えながら涙をこぼしたら、視聴者からどんな反応がくるのだろうか。

12月12日
『世界・ふしぎ発見!』(TBS)を見る。このHPのトップページに随分前から「お願い!!何かお勧めの番組があったら私に教えて下さい。」と書いてあるのは、これを読んでいる人なら誰しもご存知のことだろう。どれくらいの人がこの日記を楽しみにしてくれているのかは知らないけど、楽しく読んでいる人の中には、今日は何の番組を取り上げて書くのか楽しみにしている人もいるのではないかと思う。自分が見た番組のことが書いてあると嬉しい人もいるみたいだし。で、私はといえば、毎日多かれ少なかれ番組についてあれこれ書きながら、これを読んでいる人は今日どんな番組を見て面白いと感じたのか、逆に知りたくなってくる。もしかしたら、私が知らないだけでもっともっと面白い番組や印象深い番組があるのではないかという気が最近特にしているのだ。もし、そういう番組があったら教えて欲しいと、そう思ってトップページに書いているのだけど、なかなか反応は少ないのが本当に残念だと思う。そんななか、先日お勧めの番組を教えて下さった人がいた。それが、この番組だった。「この番組を見ると、なぜ★★★かが分かります。ぜひ見て下さい。」戴いたメールには、そう記されていた。★★★印にはその番組を私が見ながら考えなければならない大切なキーワードが入る。あえて伏せ字にしたのは、メールを下さった人と私とで、ここからは一対一の対話をしたかったからである。果たして私にその答えが出せるのだろうか。
そういうわけで、久しぶりにこの番組を見ることになった。昔は良く見ていたのだけど、何となく見なくなってしまったのはなぜだろう。メールを戴いてから、この番組を見ている間ずっと、どうして★★★なのか考えていた。そのタイトル通り世界のふしぎを探る番組で、それがクイズ形式になっている。こんな事でもなければ、殆ど興味を示すことなどなかったであろうこの番組を見ながら、改めて世の中にはまだまだ知らない世界がたくさんあることを思っていた。引き込まれるように番組を見ながら、ちょうどいい感じになって波に乗りかけた気分がまるで寸断されてしまうように、クイズになるのが惜しいくらいだった。遥か昔に、幻の都は確かに作り上げられていて、今に残っている。今のようにたいした道具などないはずなのに、あれだけのものを作り上げてしまうのは凄いと思う。目の前に広がるその世界は圧巻だ。でも、本物の素晴らしさはきっと、TV画面で見ただけでは計り知れないものがあるのではないかと思う。時代は進み、いろいろと技術が発達して、家にいながらでもTVを通していろいろなところが見られるようになった。見ているだけで行ったような気分にもなれる時代になった。でも…(これ以下は直接本人にメールで感想を送ります。えっ?中途半端だって?すいません、今日の日記はその人のためだけに書いたようなものなので。だから今度はあなたも何かお勧めの番組があったら教えて下さいね。あなたのためだけの鑑賞日記をここに登場させるのもいいものですよ。)

12月13日
『雷波少年』(NTV)を見る。この日記で初めて彼らのことを取り上げてからもう2ヶ月以上が経った。この2ヶ月間は私にとってあっという間の毎日だったけど、彼ら3人にとってはどうだったのだろうか。あの日の日記の中に、「私はこのバンドの名前を恥ずかしながら、未だにきちんと覚えられない。」と書いたけれど、いつの間にやらしっかりと分かるようになっていた。長いこと部屋にこもって考えていた曲がやっと出来上がって、今日その全貌が明かされることになった。曲のタイトルはそのものずばり『♪ラストチャンス』プロモーションビデオが出来上がり、今まで細切れにしか聴くことが出来なかった曲が、今日初めてきちんと聴くことが出来た。彼ら3人も、そして視聴者にも「出来上がってあー良かった。取り敢えずこれで一安心だ。」と思わせておいて、その直後、その安心感を覆すように、彼らに目隠しをさせて外に連れ出す。そしてストリートミュージシャンとしてキャンペーン活動を行なわせる。しかも、『雷波少年』が放送されていない青森で!流石!!ただでは終わらないのが、この番組だ。2万枚売れれば20位には入れるはずだ。ぜひとも入って欲しいと思う。発売日、店頭でも今までになく大きく取り上げられるんだと思うし、そういった意味でも、大丈夫だと思う。問題は、きっとこれからなんだよね。彼らはこれで第二のスタートゲートをくぐったんだと思う。ある意味ラストチャンスではなく、スタートラインだ。この番組の手を離れたとき、2枚目も、3枚目も、4枚目も同じように、またそれ以上に売れつづけるか、そこが踏ん張りどころなんだと思う。彼らの名前をあえてここには書かない。今きちんと覚えていられる彼らの名前を、数年後再びこれを読み返した時までもきちんと覚えていられるか、それは私への挑戦だ。その時までも彼らは頑張って活躍していられるのだろうか、今はまだ分からない。これを読んでいる数年後の私と、数年後のあなたへ。彼らは今どうしていますか?『雷波少年』は今もまだ続いていますか?

12月14日
『じんべえ』(フジ)を聴く。このドラマの主題歌を初めて聞いた時、松たか子さんが唄っているかと思ったのは私だけだろうか?彼女の新曲がこのドラマの主題歌に決まったんだとばっかり思っていた。
ランキングチャートに「未来玲可」という見慣れない名前の歌手がいて、なんとなく気になっていた。なんて読むのかも分からなかったし、それに、今思えばどうしてそう思ったのか分からなくて笑っちゃうんだけど、もしかすると新しいビジュアル系のバンドの名前ではないのかとさえ思っていた。それにしては『♪海とあなたの物語』ってタイトルは変だなあとは思ったんだけど。
実は私は『じんべえ』を見ていない。だからこのふたつが結びつくのに、少し時間がかかった。それにしても、このふたり声が似てる。良く聴けばやはり違うけど、似てるなと思う。
それから、しばらく経って彼女をプロデュースしたのが、あの小室哲哉さんだと知って、また驚いた!!だってタイトル『♪海とあなたの物語』だよ。
雑誌を読んでいたら、雑誌の広告に懐かしの裕木奈江ちゃんが出ていてビックリした。でも、それは残念ながら別人だった。よくよく見れば全然違うではないか。で、それが一体誰だったかというと、未来玲可ちゃんだったのだ。
最近「未来玲可」がらみで何度も驚き、そんなに何度も驚いている自分にも驚いてしまう。これは何かの運命か?それでも、『じんべえ』は見ない。なんでだろ。

12月15日
『ニュース』を見る。今日から年賀状の受付が全国一斉に始まった。私も今年こそは、この日までに年賀状が書き終わるように頑張っていたんだけど、なんと!!パソコンのプリンターが壊れるというアクシデントに見舞われてあえなく断念。で、結局まだ書いてない。25日を過ぎて慌てて書かないように、きちんと書かなければ…と思ってはいるんだけどねえ。
毎年今日12月15日には全国各地で一斉に年賀状の受付が開始される。そしてその様子がニュースとして取り上げられるのだ。だいたい本局の中央郵便局あたりにTVカメラが出動して、年賀状を差し出す律義な人々の様子を映し出す。これはTVに出てみたい人にとっては毎年格好の番組だと思う。なんてったって間違って一番乗りでも果たしてみれば、否が応でもTVに映るんだからね。そういうわけで今年もこのニュースにお目にかかることになった。列に並んだ人々の年齢層を見てみると……「ふーん。」それはきっとあなたが想像する通りの年齢層である。今年、年賀状を出すために一番最初に並んだ人はなんと!!午前2時から並んだそうだ。ちなみに静岡の郵便局ではという話ではあるけどね。「全く何の為にそんなに早くから並ぶのかねえ。」と興味のない人は思うのかもしれないけど、先着100名には来年の干支にちなんだものをプレゼントしてくれるそうなのだ。そのニュースを聞いて「なるほど。」と一瞬は納得したけれど、そのあと「んっ?ほんとにそれだけなのか?」としばし考えた。しばし考えた後、ものが貰えるから早く出すというただそれだけが、午前2時から並ぶ原動力になっているのではないなと思えてきた。今日ここに映っている人たちの殆どは、きっと去年もここに来ている。そして一昨年も来て並んでいる。きっと来年も、来るだろう。その時の一番乗りは多分午前2時より早いと思う。この人たちにとって、この日にここに来るのは恒例行事なんだと思う。毎年来ているからなんか来ないと気持ち悪いというか、来ないと来年1年間が無事に過ごせないんではないかという気さえしてくる。例えば、日々の生活の中で、いつも靴や靴下は左足から履かないと何だか嫌だという人がいたり、勝負ごとの時はなるべく縁起のいい服を着ていこうと思ったり、きっとそんなことと同じなのではないだろうか。プレゼントはきっとそのおまけみたいなものなのかもしれない。
一番乗りが午前2時なら、間違って並んでしまう時間ではないね。TVに出るのも楽じゃないなと思う。今日のニュースの映像で、年賀状受付のスタートを切るテープカット式が行われていた。スーツ姿でぴっちり決めた郵便局長なんかのお偉いさんたちに混じって、ひとり場違いとも思えるくらいあまりにも普段着の男の人がテープカットに参加していた。ニュースではあえて紹介してはいなかったけど、私が思うにきっとあの人が午前2時に並んだ人だ。だって、誰よりも緊張していたように見えたけど、誰よりも嬉しそうだったのは、あの笑顔を見れば間違いないんだから!!ものが貰えるか否かなんて関係ない。それよりももっと大切なものが、そこにはあるのだ。

12月16日
『29歳のクリスマス』(テレビ静岡)を見る。夕方3時55分からドラマの再放送をやっている。2週間ほど前からこのドラマの再放送が始まったので、懐かしくなって思わす見てしまった。山口智子さん主演のドラマで、共演者には松下由樹さんや柳葉敏郎さん、水野真紀さん、仲村トオルさんなどがいた。当時とても話題になって視聴率もとても良いドラマだったけど、どんなドラマだったか覚えている人はどのくらいいるだろうか。山口さんと松下さんと柳葉さんがどういう関係のドラマだったか、最終回はどうなって終わったか、覚えているだろうか。実は私も当時このドラマを真剣になって見ていたことは思い出せても、どうなったのかまではきちんと覚えていなかった。毎日見ていくうちに、あの頃の記憶を呼び覚ますようにだんだんと思い出していくような、そんな感じで毎日見ていた。
で、今日がこのドラマの最終回だった。再放送の番組など、しかも何年も前の番組など取り上げるつもりはなかったのだけど、最終回の日は絶対にこの番組をここで取り上げたいと思い決めていた。そう思ったのには、きちんと理由がある。
このドラマをリアルタイムで見ていた頃、私はまだ20代前半だった。それが今、このドラマの出演者たちにとても近い年齢になった。あの頃と同じドラマを見ているはずなのに、何だか違うドラマを見ているような気になったのは、そのせいだろうか。再びこのドラマを見返して、改めて思ったのは他でもない脚本の上手さだった。セリフのひとつひとつをとってみても、29歳という微妙な年齢にある女の人の気持ちが良く描けていると思う。特にCMに入る寸前に画面に大きく主役である山口智子さんのその時の心情が文字になって映し出されるシーンは共感できる部分がたくさんあって毎回とても良かった。このドラマにこんな場面があったことなど私はすっかり忘れていた。私のことだからきっと当時もこの文字が映し出されるのを楽しみに見ていたことは想像がつく。でも、今ほど共感を持って見ていなかったんだよね。だから忘れたんだと思う。なぜならば、その時の私は29歳までには、まだもう少し時間があったから…
このドラマの最終回で殆どカットなしで演技しているのではないかと思ってしまうくらい白熱した山口智子さんと松下由樹さんのやり取りを、ひとつカメラで追いかけるシーンがある。そのシーンは圧巻だ。柳葉敏郎さんがずっと好きだった水野真紀さんとやっと幸せになって仙台へ帰ろうとしている。松下由樹さんのお腹には柳葉さんの子供がいる。でも、それを松下さんは言わないから柳葉さんは知らない。山口さんは言うべきだというけど、言わないまま、柳葉さんは仙台へ帰って行く。そこで、未婚の母になるということについて山口さんと松下さんのやり取りが交わされるのだ。あまりにも白熱したシーンだったので、見ている私も瞬きをするのも忘れそうなほど真剣に見入ってしまった。本当に脚本が上手く書けているなと思わずにはいられなかった。
一体誰がこのドラマを書いているんだろう。そう思って番組のテロップを最終回になって初めて意識して見た。そしたらあれあれビックリ!!私はてっきり女の人が書いているのばかりだと思っていたら、違ったのだ。そしてその脚本家の名前を見たら、また別の意味で驚いた!!それは、鑑賞日記を書いておいて良かったと思う瞬間でもあった。11月の下旬の鑑賞日記のなかで、たったひとりだけある脚本家の名前を書いている。その人こそ、このドラマの脚本家なのだ。こんなに早くその脚本家のドラマにお目にかかれるとは!!いやはや。
好きなドラマを時が経って見てみるとまた違った気持ちで見ることが出来る。それは自分が成長した証拠なのだろうか。それとも、ただ悪戯に歳をとってしまったから、なのだろうか。

12月17日
『タブロイド』(フジ)を見る。本当は昨日放送されたこの番組をビデオにとって今日見た。だから、一日遅れの登場と相成ったわけだけど、大目に見てね。殆どのドラマが今週から来週にかけて最終回を迎える。このドラマも例にもれず最終回を迎えた。
このドラマは毎週欠かさずに見ていた。私としてはなかなか良い切り口のドラマだったように思うのだけど、イマイチ視聴率が伸び悩んだのが残念だと思う。水曜夜9時か。裏番組は…えーと…そうかここはテレ朝が強いんだ。今、彼はお休み中だけど、今の番組も強いからなあ。(このあたりのことを詳しく書いてある日記が、8月下旬にあるよ。そこを読めば彼が誰かきっと分かるはず!!)
このドラマは毎回毎回きちんとしたテーマを儲けていて、それについてきちんと描かれていたと思う。ドラマが始まったばかりの頃、美容整形をテーマに取り扱った回があった。若い女の子が脂肪吸引手術を受けて亡くなってしまう。それをひたすら隠そうとする美容整形外科側と、それを暴こうとする新聞記者である人たち。でも、その美容整形外科はその新聞社の大手スポンサーでもあったりして、また一悶着起こる。美容整形の広告にはいいことしか書いていない。危険が伴うことの注意書きなど一切ない。そういう部分の矛盾を常磐貴子ちゃんや、ともさかりえちゃんたち同世代の女の子の目から見て描いてあったのが良かったと思う。でもまあ、太っている人は痩せたいとか、背が低い人は高くなりたいとか、人間誰しもコンプレックスを治したいと思うのは当然だと思う。いいに超したことはないんだから。でもね、人間というのは欲深い生き物だから、ひとつ良くなると今度は今まで気が付かなかった部分が気になりだすんだよね。そして今度はそこを治したいと思うようになるんだ。それはきっと一生続く。そう、果てしない人間の欲望のように…だから、だからね。ほんとに大切なことは…もう分かるよね。
最後の方のシーンで「新聞記者として文章を書くこと」について常磐貴子ちゃんが自問自答する場面がある。それを私はしっかり聞いていた。そして私も自問自答してみた。毎日好き放題書いているように見えるこの日記も、実はかなり気を使って書いてはいるけど、それがきちんと出来ているかどうかを。これを読んでいる人が傷つくような文章になってはいないだろうかと。

12月18日
『FUN』(NTV)を見る。タイトルが変わってからしばらく経った。『FAN』から『FUN』へ。どこかの雑誌の読者投稿欄に、「『FAN』と『FUN』では発音が違うのに、云々」というのがあってそういう所まで良く見ている人っているんだなあーと思って感心してしまった。この番組に対しては思うところや書きたいことがいろいろあるんだけど、今はちょっとその時期ではないような気がするので差し控えたいと思う。こう書けば、私が何を言いたいのか勘のいい人ならおおよそ察しが付くだろうけど。
チャンネルを回していたらこの番組のゲストに広瀬香美さんがいたので、彼女の歌が聴けると思って見始めた。でも、彼女は結局唄わず終い。ちょっとショック。その代わりといっては何だけど、思いがけずいい話を聞くことが出来た。なんと!!広瀬さんはコンサートをやったことがないという。意外といえば意外で、そういえば聞いたことがないな、といえばそんな気もするし…でもとにかくまあやったことがないのだという。たくさんのヒット曲に恵まれているから、きっとやればたくさんの人が集まることは想像がつく。でもあえてやらない。自分はピアノや紙に向かって作曲をしている方が向いているからだと言っていた。そういう考え方もあるんだなと思ったら、何だかとても清々しい良い気持ちになった。歌を聴くよりもいいことが聴けたように思ったからだ。ドームや武道館やとにかく広い舞台でたくさんのお客さんを集めてコンサートをやれば取り合えず成功したかのように思われることが多い。だから、それを目標にして頑張っている人が多い中、あえてやらずにいる姿勢はいいものだ。
ある有名なアーティストの人が言っていた事を思い出した。その人は確かにコンサートはやるのだけど、決して先に上げたようなところではやらないのだという。それはなぜか。自分がそういうところで行われるコンサートに行って「良い」とは思わないからだと言う。自分が聴きに行って、見に行って、「良い」と思えるところだけでコンサートを開いていきたいのだと言っていた。ある程度の地位を築き上げたその人だからこそ言えた言葉なのかもしれないけど、こういう姿勢もまたいいものだ。
そういえば今度始まったこの『FUN』という番組は、ライブハウスの雰囲気を前面に押し出しているのだと何かに書いてあった。だったら、自分もライブハウスに来ているような気分にさせて欲しい。少なくとも私はライブハウスに行った時、そのほとんどの視線はステージで唄う歌手にある。そのライブハウスで踊り狂うお客さんの顔を見に来たわけではないのだ。そこにいくらカッコイイ人や綺麗な女の人がいたとしても、ね。

12月19日
『TVおじゃマンボウ』(NTV)を見る。山梨に住んでいた頃、地元のTV局ではこの番組をネットしていなかった。あの頃幾度となくこの番組が見たいのに見られなくて、悔しい思いをしたことが思い出される。だから、静岡に来てしばらく経ってこの番組が放送開始になった時は本当に嬉しかった。この時間帯は家にいないことも多いけれど、あの時の思いが強いせいか家にいる時は殆ど見ている。番組がネットされていない人のために説明すると、いわば日本テレビの番組宣伝の番組なんだけどね。裏側が探れたりして、それが好きな番組だったりすると特に面白いのだ。
今日この番組のゲストに大槻ケンヂさんが来た。実を言うとこの鑑賞日記の中で、常々この大槻ケンヂさんを取り上げたいと思っていた。でも、その他に面白い番組があったので、なかなか取り上げられないまま今まで来てしまったのだ。今日この番組で彼が登場してきた時、めちゃくちゃ嬉しかった。慌てなくてもチャンスはきちんとこうしてくることを思ったからだ。
どうして取り上げたかったかというと、最初は髪型が坊主頭になっていたからだ。そしてもっと重要なことに、今まで彼の左目にあった線(?)がなくなっていたからだ。これはビックリ。確か何かの番組でこの線に対するこだわりは相当なものだといっていたような気がするのに、なくなったのはこれまた一体どうしたことか…と思った。結局その謎は解けないままだけど、髪形が変わっても、線がなくなっても相変わらずマニアックな切り口は変わらなくて嬉しかった。
VTRのなかでブラックビスケッツのビビアン・スーちゃんを見た大槻さんは、開口一番「裕木奈江ちゃんに似ている。」といって、司会者の中山秀行さんや麻木久仁子さん、会場に来ているお客さんを思いっきり引かせていた。その後もなんども何度も似ている似ていると言い続けた彼は、ある意味素晴らしいと思う。ビビアン・スーちゃんと裕木奈江ちゃんが似ているという説は実は今に始まったことではなく、以前から良く言われていたことだ。しかし裕木奈江ちゃんの失速に伴い、次第に言われることもなくなってしまったのだ。似てる、似てないの世界もそのお互いが有名あってこそ成立する世界ではないかと思う。ものまねも然りである。
でも大槻ケンヂさんの裕木奈江ちゃん話はこれで終わらなかったのだ。その後、大槻さんが口に出したひとこと「ここで間貫平さんが走ってくれば、云々」の言葉の意味があなたには分かるだろうか。その意味を即座に理解した私は、大槻ケンヂのマニアックな世界ここに極まれり!!と思い悦に入っていた。
ちなみにいっておくが、私は大槻ケンヂさんも、ビビアン・スーちゃんも、裕木奈江ちゃんもみんな好きだ。みんなのことが好きだから、今日こうして取り上げられる。嫌いな人のことなんか、長々と書きたくないからね。そうそう、その大槻ケンヂさんが以前トーク番組で話してくれたことを今でも忘れられずに覚えている。「小、中学校の頃、クラスでマラソンをすると、いつもだいたい一番早い人が飛び抜けて前を走るでしょ。そのあとにみんな続く。そして一番後ろの方に、いかにも運動が苦手です、みたいな太った子が走っている。で、僕が走っているのはその後ろなの。つまり一番最後。トラックで走った場合は、周回遅れになって、見方によってはトップを走っているように見えるから不思議だよね。」この話を聞いておもわず大笑いしてしまった。えっ?笑うのは失礼だって?だってそれって私と同じなんだもん。あまりにも共感できる話だったから、感動を超えて笑ってしまったんだ。でもね、走っている時は本当に辛かったんだよ。だから大槻さんも辛かったんだと思う。同じ立場になったからこそ分かる気持ちが感じられて彼自身にも共感を覚えたことが忘れられない。
今だからこそ笑って話せることがあり、今だからこそ笑って聞ける話がある。お互いそれから解放されて…いい時代になったね。

12月20日
『青春のポップス』(NHK)を見る。『ミュージックフェア』(フジ)という番組は、誰が出ても、例えばロックバンドが出演したとしても、ディナーショーを見ているみたいな一種独特の雰囲気が醸し出されてくるのはどうしてなのかと、ずっと気になっていた。他の番組にはこういう感じがないから余計にそう思うのかもしれないけれど、やっぱり『ミュージックフェア』にはこの番組特有の何とも言えない雰囲気があると思う。
それが今日何となくチャンネルを回していたら、『ミュージックフェア』に良く似た番組を見つけたのだ。それがこの『青春のポップス』という番組だった。自分の持ち歌を唄わずにあるテーマに沿った歌をみんなで唄っていく。今日のテーマはこの時期お約束とも言える「クリスマスソング」だった。自分の持ち歌を唄わないという点では『夜もヒッパレ』(NTV)に近いところがあるけれど、番組の雰囲気は限りなく『ミュージックフェア』に近いものがある。この番組の司会は西城秀樹さんと森口博子さん。今日のゲストには華原朋美ちゃんや荻野目洋子さんなどがいた。他の出演者たちを見まわしてみても、本当に様々で、ふと今までこの番組にかつてどんなゲストが来ていたのか気になったので、TV雑誌を見返してみた。すると、先週はMAX・BIGIN・小野正利・EPO・アルベルト城間(敬称略)など、本当に様々だったので感動すらしてしまった。特に小野正利さん、懐かしいね!!とても高い声で歌う人だってことを覚えているかな?この番組を知らずにいたから見ずにいたことを、ちょっぴり後悔した。
『ミュージックフェア』は日曜日の夜11:00から11:30まで、そして『青春のポップス』はその後11:30から0:00まで。トータルで1時間。局は違うけどきちんと繋がっている。ちょっとお洒落に10時ごろからナイフとフォークでディナーを決めて、その後この番組を見れば、それで家にいながらも御手軽にディナーショーを楽しむことが出来るかも。
この番組が終わるともう0時。待っているのは月曜日の変わり映えのない、いつもの日常。その瞬間『笑点』(NTV)や『サザエさん』(フジ)のテーマ曲を聴いた時みたいに、終わってしまう日曜日があまりにもあっけなくて、空しい気持ちになるだろうけど。0時過ぎに魔法が解けたシンデレラの気持ちは、きっとこんな感じだったんだろうな。

12月21日
『ザ・紅白』(NHK)を見る。年末に行なわれる『紅白歌合戦』のいわば番宣ともいうべき15分番組が、今日から始まった。番組の進行役は今年赤組の司会に大抜擢された久保純子アナウンサーと『ポップジャム』(NHK)の司会でお馴染みの爆笑問題のふたりである。毎回テーマを設けてそれに対する映像を流して振り返っていくという番組である。
今日のテーマは「司会者」。ゲストに今年も昨年に引き続いて白組の司会をすることになったSMAPの中居くんが来ていた。紅白の歴代司会者の主たる人を振り返っていくと、なぜか山川静男さんや鈴木健二さんばかりが目立つような気がした。確かに彼らは何度も司会をやっていたからなあ。特に鈴木健二さん・紅白とくれば忘れてはいけない事件が思い出される。あなたは覚えているだろうか?もう随分前の話になるけれど、都はるみさんがこれをもって引退して「普通のおばさんに戻ります!」宣言をして話題になった年のことを…あの年の紅白でちょっとした事件が起きた。私としては事件といえるほどのことではないように思うのだけど、その後の展開のことを思うとどうしても事件といわざるを得ない。確かにああいう場所で間違えるのは良くなかったけど、あえて言わせてもらえばどうしてそこまで追いつめられなければならなかったのか、私は今でも納得がいかない。
この事件が起こってしばらく経った頃、NHKの別のアナウンサーが不祥事を起こして大きな問題になった。確か酒が絡んだ暴力事件だったと記憶している。しばらくそのアナウンサーは自粛という形を取ってブラウン管から姿を消していたけど、いつの間にやらまた戻ってきていた。それからしばらく経って紅白の総合司会までやるようになっていた。まるで、そんなことなかったかのように…そして、普通のおばさんに戻りきれなかった都はるみさんも、再び紅白の舞台に戻ってきた。そして、未だに帰ってこれないのは彼だけだ。あの間違いと、暴力事件と、単純に考えても悪いのはどっちかは明白だと思う。あなたが引退するはずだった紅白で逆に引退しなければならなくなった人がいたことを、都はるみさんは知らないはずがないだろうに…
それまで視聴率70%以上をキープしていた『紅白歌合戦』がこの事件がきっかけかどうかは分からないけれど、この年を境に急速に落ち始めた。ちなみにこの年の視聴率は78.1%。歴代4位タイの視聴率だ。それが翌年には66%にまで落ち込んでいる。そして平成元年、奇しくも都はるみさんが紅白の舞台に戻ってきた年の視聴率は47.0%。50%を唯一割った過去最低の視聴率になった。その年の総合司会は…あえて言うまでもあるまい。
毎年『紅白歌合戦』の季節が来ると、このことを思い出す。一見華やかそうに見える舞台の影で、人生が狂わされてしまった人がいたことをことある毎に思い出す。彼は今、幸せに暮らしているのだろうか。今年から再び都はるみさんは紅白に出ないことをどんな思いで知ったのだろうか。そして今年司会をすることになった久保純子アナウンサーが出演している『ニュース11』(NHK)が人気があると知るたびに、私は複雑な気持ちになる。それがなぜかは、この文章を最初からきちんと理解して読んでくれている人なら良く分かるだろうけど。
『紅白歌合戦』はいつからそんなに威厳のある番組になってしまったのだろう。間違えてもいいじゃないか。人を殴ったり、殺したりしているわけではないんだから。それに間違えるってことは、今きちんと唄ったり話したりしているという動かぬ証拠じゃないか。口パクしかしない歌手よりよっぽどいい。
紅白まであと10日。久保純子アナは、とちることが多いそうだけど、紅白では大丈夫なのかな。とちってもそれが持ち味だと理解されるなら、あなたは幸せだよ。ねっ!クボジュン!!

12月22日
『TOKIOのなりゆき』(フジ)を見る。まあこんなこともある。実は今日ここに登場させる番組が他にあった。『誰もいない部屋』(NHK)という番組がそれで、毎回面白いシリーズなので、絶対に今日はこれにしようと思っていた。それが今朝になって『はなまるマーケット』(TBS)のはなまるカフェのコーナーのゲストに福留さんが来ると知って慌てて見た。(教えてくれてありがとね。)そしてその瞬間、今日はこの番組でもいいなあと思った。そして夜になって、今話題の『踊る大捜査線』(フジ)を見て、ああこれでもいいかなと思い始めた。そして『誰もいない部屋』も見て、いよいよ頭の中でこの3つの番組のどれにしようかと、思い悩み始めた。普段だったら何も考えずに登場させてもおかしくない番組が3つもある。これはもったいない。こんな日も本当に久しぶりだと思った。
そんな中『TOKIOのなりゆき』を見た。先週から引き続いて見ているので、まあなんとなく見始めた番組ではあるのだけど、冒頭を見れば分かる通り、結局私は今日『TOKIOのなりゆき』を取り上げることにした。あんなに迷っていた3つの番組を捨てても構わないと思えるほど、衝撃的な場面に出会ったからだ。だから今日はどうしても、これを書かずにはいられないのだ。今日の鑑賞日記は、いつにも増してきちんと書くから、だからあなたもぜひきちんと読んで欲しいと思う。
この番組の内容は12月1日の日記に書いてあるのであえて説明はしないけれど、今回男女それぞれ4人はベトナムを旅している。今なお戦争の傷痕が色濃く残るベトナムで、彼、彼女たちは、食事に入った食堂の中で、強引に新聞を売りつけようとする子供たちに出会った。言葉が良く分からないので、断るにもどうやって断って良いか分からずに困っていると、メンバーの中のひとりの女の子が、取り敢えず話を聞こうと子供たちを外に連れ出した。そして身振り手振りで何とかコミュニケーションを取ろうとしている中で、その女の子が、何気なく聞いたひとことがあった。それが「HOW OLD ARE YOU?」だった。体格や身長などからみてもてっきり10歳にも満たない子供たちだと思っていたのに、そこにいる殆どの子供たちが15歳から17歳だったのだ。これにはもうビックリして、その女の子は目から涙をこぼし始めた。食べるものがないから、栄養がいき渡らないために、成長しないのだという。一見子供に見えるけれど子供ではなかったのだ。見ていた私もほんとにビックリして、その女の子と同じ状態になってしまった。その女の子はこの子たちに何かしてあげたいと思って仲間たちの元に戻った。彼女の意見に賛同するものもいれば、もうどうしようもないからという人もいて意見は真っ二つに分かれた。良くあるパターンである。でも、結局何もしないよりは…ということになって、戦争で親を亡くした子供たちが集まる施設に行く事になった。
その施設を作ったのはなんと日本人の方だった。子供たちはお金がないので食べるものにも事欠く毎日を送っている事を知り、感銘を受けた彼ら彼女たちは、その施設で子供たちの世話をした。食事の時間、決して独り占めせずに分け合って食べようとするその姿に再び感銘を受けた様子を見て私は、私たちが忘れかけている大切なものがそこにはきちんあって、なんともいえない気持ちになった。そして彼、彼女たちは着ない服や小物、そして大切なお金を寄付して、その施設を後にした。
あの少年たちが15歳から17歳だと知った時は本当に驚いた。この番組を見た人になら分かってもらえると思うけど、どう頑張ってみても見えないのだ。決して贅沢をしているわけではないけれど、私たちはそういう面においては絶対的に恵まれていると思う。確かに日本でも食べるものにも事欠く日々を送っている人がいないわけではないから、日本がすべて恵まれているというわけではないだろうけど、栄養不足で成長出来ないなんて話しは殆ど聞かない。 どちらかといえば、特に子供の頃なんかに食べ物に対して嫌なイメージをつけられてしまったせいで、どんどん食べ物に対するトラウマを抱えてしまっている人の方が多いのではないだろうか。
いつかのこの日記で、人間の味覚について取りあげたことがあった。そのなかで私は、その番組の中での目隠し実験の結果を踏まえて、「食通だとか、ここのカレーしか食べないとか、ここのビールしか絶対に飲まないとかいかにもぶって言う人がいるけれど、本当に一部の人を除いては所詮、人間の味覚なんてその程度なんだから。気取ってってもしょうがないね。」と書いている。このメーカーのものが好きというのは一向に構わない。でも、そこのメーカーのものしか食べない、飲まないというのはやっぱり贅沢以外の何物でもないと思う。自分の体の関係でどうしようもないという人は別としても、ね。私はそういうこだわりは絶対にしたくない。
例えば『ベトナムは今』というタイトルの番組を一生懸命に作って放送したとしても、殆ど、特に若い世代は見てはくれないだろう。こういう若い世代が見る番組の中で、こうした問題や状況を織り込んで何気なく伝えていくという手法を、これからTVはもっともっとやっていくべきではないだろうか。今回はもしかすると偶然の出来事なのかもしれない。でも、この放送を見て胸を打たれたり、多くの人がこういう問題を知るということだけでも意味があることなのではないかと思う。そして動き出せば御の字である。TVの影響力は偉大である。偉大だからこそ、出来る限りいい方向に向いて欲しいと思う。いくらそれが笑いに不可欠だとはいっても、バラエティー番組などで食べ物を粗末にしたりすることは、決して伝えるべきいい方向だとは思えない。
今日私がこの番組をどうしても取り上げたかったのは、そういう理由からである。毎日毎日こういった難しい事ばかり書いていたら、みんな読んでくれなくなるのではという心配もあるけど、時にはこういうテーマもきちんと書いていきたいと思う。だからあなたもきちんと受け止めてくれれば、きっといつにも増して楽しい鑑賞日記を書くことが出来たであろう3つの番組をお蔵入りさせても、この番組を取り上げた意味があったというものだ。

12月23日
『世紀末の詩』(NTV)を見る。11月11日の鑑賞日記の続きを書こうと思う。その答えを見るために、その答えを私なりに出すために、このドラマを毎週毎週欠かさず見た。そして今日最終回になった。「愛」をテーマに毎回描き続けてきたこのドラマを見ながら私が一番着目していたことは、ドラマのストーリーを追いかけることではなく、主要人物のセリフだった。彼がいいたいことはきっとこの人の言っているセリフと同じなのではないかと思ったからだ。言いたいこと、伝えたいことが多くなると、必然的に言葉は、文章は長くなる。短い言葉で相手に伝えることも出来ると思う。でも、なかなかその微妙なニュアンスまでは伝わりにくい。だから、きちんと伝えようと思えば思うほど、長くなる。最近この人の書くドラマのセリフが長くなっている気がするのは、そのせいなのだろうか。
いろいろな「愛」の形が出てきて、今日最終回を迎えた。2時間を使って描いた最終回にどれくらいの意味があったのかは分からないけど、このドラマはすべて見切ってこそ、意味があるドラマだったように思う。ストーリー的にも映像的にも少々強引な部分があったのは否めないけど、それもすべてあるテーマに促して作られたものだと思えば目くじら立てるほどものでもなかろう。
野島伸司さんが、セリフで説明し過ぎないドラマを描く時が楽しみだ。その時が来たら、野島さんがセリフで説明し尽くせない微妙なニュアンスをきちんと理解してみたいと思う。それは決して、最後に死んだのか死なないのか分からないまま終わらせるという手法ではなく、もっと違う部分で感じさせて欲しい。お願いだから…

12月24日
『眠れる森』(フジ)を見る。物心ついた頃から、私は木曜日が好きだった。それがなぜか説明すると長くなるので割愛するけど、ある時「もしかして」と思ったことがある。それは、私が生まれたのが水曜日の夜10時30分だったので、初めてきちんと一日生きたのが木曜日、だからなのだろうかと。まあ、強ち関係ないわけでもないだろうけど、ま、やっぱりあんまり関係ないかもね。
随分前から、木曜日には楽しみな番組や事が多かった。そんな影響もあってか木曜日がますます好きになった。『眠れる森』が始まってから、久しぶりに木曜日が楽しみになり始めた。毎回毎回次はどうなるんだろうと考えを思い巡らせていた。ドラマが始まってしばらく経った頃、タイトルバックと主題歌にヒントがあるという話を聞いた。それからずっとそのことが頭に残ってはいたのだけど、なかなかその意味を理解することが出来なかった。私がその意味に初めて気が付いたのは、本上まなみちゃん演じる、佐久間由理ちゃんが殺された時だった。そして、ユースケ・サンタマリアさん演じる中嶋敬太くんが自殺した時、それを確信した。かなり前から真犯人の目星も付いていて結果的にそれは当たりだったのだけど、長いことどうして殺さなければならなかったのか分からなかった理由が、その時やっと分かった。
今日最終回を迎えても、まだ良く分からない謎がないわけではない。まあ、ビデオでも見返せばその謎のいくつかは解けるのかもしれないし、シナリオ本でも読めば殆ど分かるんだろうけどね。でも、それよりなにより、このドラマで本当に良く出来ていたと思うのは、やはり冒頭のタイトルバックだろう。近年稀に見る傑作だと言って良いとおもう。全てが分かってから改めて見てみるとそれがより一層良く分かる。どうして今までそのことに気が付かなかったのかと思ってしまうくらいだ。
このドラマを描いた野沢尚さんは、「このドラマを何年の後もクリスマスが来るたびに思い出して、みんなの心に残りつづけるドラマであったら嬉しい。」というようなことを語っていた。果たして野沢さんの思いは通じるのだろうか。移り変わりの激しい世の中で、人々の記憶の中に残りつづけるというのは難しいことだと思う。果たして私はどうなのだろうか。ワタシは…わたしは…わ・た・し・は…そう私のなかではきっと、大好きな木曜日の思い出のひとつになると思う。大好きな木曜日の、思い出に残る番組がひとつ増えて、毎週木曜日が来るたびに、『眠れる森』を楽しみに見ていたことを思い出す。私の記憶に残るいくつかの木曜日の思い出と一緒に。それは、クリスマスにしか思い出されない記憶より、ずっと凄いことだと思う。
今年もあと一週間で終わる。今年の大晦日は木曜日。目が覚めると、そこにいるのは…

12月25日
『ホワイティクリスマスザッツ・ウリナリテイメント』(NTV)を見る。この鑑賞日記を書き始めてから「生放送で本番」という言葉がこれほど響いてきた番組はなかった。某番組の生放送本番があまり意味を持たなかったように思う今年だからこそ「生放送」の意義について考えてみたいと思う。
ニュース番組とスポーツ番組は生放送でやるからこそ意義がある。確かに録画で放送されるスポーツ番組もあるけれど、出来るかぎりリアルタイムで見たいと思う。それは、いち早く結果を知りたいから?それとも、同じ瞬間に同じ気持ちを味わっていたいから?それでは、ニュース番組とスポーツ番組以外の番組を生放送でやる意義って何なのだろうか?
今年、この鑑賞日記に取り上げた番組のなかにも、意外と生放送の番組が多く登場する。ニュース・情報・スポーツ番組以外で多いのは、『ミュージックステーション』に代表される歌番組。他には、『笑っていいとも』(フジ)『24時間テレビ』『TVおじゃマンボウ』(NTV)『オールスター感謝祭』(TBS)などがある。そして、今日のこの番組。こうして改めて取り上げてみると、誰かが『走る』そして『応援する』という番組が多いことに気が付く。それを私がまた取り上げているんだから、我ながら好きなのか何なのか良く分からなくて笑ってしまうんだけどね。自分は走るのが苦手なのに…それに、私が走ればどうなるのか、数日前にも書いたから、毎日これを読んでいる人にはバレバレなのにね。
今日のウリナリも、この「走り」が取り入れられていた。番組を盛り上げるために「走り」は、今やなくてはならないものになってしまったように思える。ただ、この番組が他の番組と大きく違っていたのは、ゴールインした後で「股割り」を披露しなければならないという課題が残っていたことだった。他の番組がゴールに全てを賭けるのに対して、それ以上の見せ場をその後にもってくるところ、流石!ウリナリである。でも、走りきった勝俣州和さんがどの程度の股割りが出来たか否かなんていうのは、それほど問題でなくなってしまっているんだから不思議だ。
今回それ以外にもいくつかの見せ場があって、例えばウドちゃんのギター、よゐこの濱口くんのバック転、千秋ちゃんの綱渡り、そして最後の見せ場であるナンチャンのサックス、ウッチャンのピアノ、堀部さんのチェロの演奏があった。上手くいった者もいれば、失敗に終わった者もいた。でもみんな一生懸命に頑張っている様子にTVを見ている私たちも、会場にいる人たちと同じ気持ちになって、つい応援に力が入ってしまう。この瞬間、きっと全国各地で私と同じ気持ちになって、見ていた人がたくさんいたことだろう。上手くいくのかどうかはまだ誰も知らない。それは、生放送ならではだ。これがもし、VTRだとしたら、いくらTVの前で応援したとしてももう結果は決まっている。見ている方も多少なりとも力が抜けるだろう。当然、編集が出来るし、編集という形で嘘もつけるかもしれない。でも、生放送は一回きり。良くも悪くもそのまま放送される。だから、生放送の緊張感は、たまらない。
今年この鑑賞日記に取り上げたニュース・情報・スポーツ以外の生放送の番組の中で、一番生放送らしさを感じて良かったのは8月2日に登場した番組だ。この日の日記を改めて読み直してみると、奇しくも生放送ということについて語っている。詳しいことは、8月2日の日記を読み直してくれれば、分かってくれると思うけど、ニュース・情報・スポーツ以外の番組を生放送でやるという意義はなんといってもここにあると思う。そう「一体感」なのだ。TVを見ていて、ブラウン管の向こう側は遠く離れた世界のように感じることが多い。でも、それが生放送だった場合、その距離感は確かに縮まる。長いこと、『笑っていいとも』はどうして毎日生放送でやっているのか、その意義はどこにあるのか考えていた。それはきっとテレフォンショッキングの最後にお友達に電話をする場面があるからなのではないだろうかと考えた。明日のゲストが電話口で手を振って「TV電話みたいだ。」と喜んで見せる。芸能人でもなくその番組に出られるわけでもない私たちは、その光景が羨ましく思ってみたりする。そしてそのゲストが時々遅刻して、会場はより一層盛り上がったりする。生放送でなければこうはいかないだろう。だからラジオは生放送が多いのにも頷ける。そう「一体感」なのだ。
現場にある緊張感を、生放送は限りなくTVの向こう側にいる視聴者にも届けてくれる。編集出来ない分、本物により近い映像を楽しむことが出来る。そして、生放送はTVまでの距離感を縮めてくれる。「生放送」とはそういうものだ。だから生放送なのに、そのどちらも感じられないまま終わってしまった番組は生放送の意味を殆ど成さないと思う。そんな意味のない中途半端な生放送を見せられるくらいなら、きちんと編集された完成した番組にして私たちに届けて欲しい。「生放送」は、編集したもの以上の番組が作り出せてこそ、雰囲気が伝えられてこそ生きてくると思う。「生放送」を売りにするなら、余計にそうだ。「生放送」「生放送」と大々的に宣伝だけしておいて、生放送の意味が殆ど感じられない拍子抜けする番組作られちゃ「そりゃあないだろう。」て言いたくもなるよね。
話は例の如くそれるけど、しばらく私のくだらない空言だと思って、聞き流してね。いっそのこと2時間ドラマを全部生放送でやらないかなと思う。まあ無理だとは分かってはいるけど、これはスリルがある。NG大賞なんて目じゃないね。脚本は橋田大先生にお願いする。お決まりの長ぜりふとあの独特の言い回しで、もうタジタジ。あんなに主役をやりたがっていた俳優も女優も、急に嫌がっちゃうの。NG出すとその程度のなのかと思われるのが嫌だから。こいつは「知力」がないなと思われそうで怖いから。で、ここぞとばかりに橋田ファミリーが登場するの。「待ってました」とばかりにね。でも、ドラマだから、問題はセリフだけじゃないの、場面転換ももちろんあるから、セットからセットへと異動しなくちゃならない。必要に応じては外へロケにいかなくてはならないの。当然移動方法はヒッチハイクじゃなくて生放送だから、そう走るの。だって生放送には「走り」が欠かせないでしょ。だから「体力」も必要なの。で、もう年齢的にも無理が出てきた橋田ファミリーはそれについていけず、あえなくリタイヤ。なんだかね。でもまあこんなこと出来る訳ないだろうけど、出来たら凄いね。私もなにくだらないこと考えてるんだかねえ。生放送2時間ドラマか。あれっ、でも待てよ。そういえば舞台はいつも「生」だよな。
今日のウリナリは生放送でやって良かったと思う。やり直しのきかない「生放送で本番」の意義がきちんと出ていた。最後の演奏が終わって、会場にいたお客さんたちは立ち上がって惜しみない拍手を送っていた。私もTVの前で惜しみない拍手を送った。見終わってもまだドキドキしている自分がいて、「あーいいもの見たな。」と感動した。番組が終わってビデオに録画した最後の演奏・合唱の部分を何回も何回も見た。ほんとうに良くて感動したものだったら、やっぱりすぐにでも見たい、何度も何度も見たいという気持ちになることを改めて思った。せっかくビデオに撮ったのに見てもいない番組は、いいとか悪いとかの次元で語るものではなく、結局その程度のものだったんだよね。
もうすぐ今年も終わり。今年最後の鑑賞日記は特別編成でお送りしたいと考えていますので、愛読者の皆様、楽しみにしていて下さい。ヒントはズバリ「生放送」では、お楽しみに!!

12月26日〜30日(年末合併号)
年末が近づいてくると、毎年TVではスペシャル番組が目白押しとなる。そのなかにお約束のようにある番組が今年を振り返っての重大ニュースや今年のヒット曲ベストテンのような番組だろう。これから年末までの番組をTV雑誌で見たところ、目だって特記するような番組があまりないようなので、いい機会だから私もTV界の例にもれず、これをやってみたいと思う。7月22日に登場した『速報!歌の大辞テン!!』(NTV)から、昨日12月25日に登場した『ホワイティクリスマスザッツ・ウリナリテイメント』(NTV)までの番組を振り返っての、題して

『1998年・思い出に残る番組・かこの鑑賞日記ベスト作品集!!』
改めて読み直してみると真面目なことからくだらないことまで、本当にいろいろな番組について書いてきました。いろいろなタイプの鑑賞日記がある中で、いくつかを選び出すのは非常に困難を極める作業でした。そこで今回は「良かった」という部分にスポットを当てて選んでみました。それはけっして面白いだけでは終わらなかった鑑賞日記のことで、書きながら私自身の思考回路が思いがけない方向へ行ってしまったり、結果的に私なりにいろいろと考えさせられた番組という意味に捉えて下さって結構です。最初に書いた日記から早いもので5ヶ月が経ち、自分自身も読み返しながら「あーこんな番組もあったんだなあ」と思わず懐かしい気分に浸ってしまいそうになりました。ともすれば、なんとなく読み流されてしまったであろう鑑賞日記を、この機会にもう一度読んで戴ければ嬉しく思います。リアルタイムで読んだときには気がつかなかったことに気がついたら…それはきっと自分が成長した証拠なのかもしれません。

この鑑賞日記を書き始めたばかりの頃に登場した名作といえば、なんといっても7月26日の番組でしょう。世の中は思ったより暖かいものだと思っていたのだけれど、まだまだああいった都会では冷たいものを感じ、思い出すたびに、今でも悲しい気持ちになります。最後の一文をああ書いたけど、誰かに「そんなことないよ。」と確信を持って言って欲しいのですが…どうでしょうか。
TVに出ている芸能人が思いのほか努力している姿に感銘を受けた日記も多く登場しますが、その中でも良かったのが9月25日の番組です。改めて「芸能人」という言葉の本当の意味を考えさせられたりしたことが思い出されます。頑張っていたのは芸能人だけではなく、もちろん一般の人たちの頑張りも見てきました。上に立つものの意識とはどういうものか、そしてプロ意識を持って仕事をし、公私混同の別をしっかりすることの大切さを考えさせられた12月4日・12月7日、上に立つものの意識という点では、11月3日の日記にも通じるところがあります。この世界では師匠と弟子というのだろうけど、素晴らしい関係が垣間見れました。お金を得るための手段に過ぎなかったなずなのに、その道のプロに接し終わってみたらお金より大切なものに気付かせる番組に変わっていた10月20日、それをするのはきっと物が貰えるからではないことに気がついた12月15日、そして、一般の人の頑張りといって特筆すべきはなんといっても10月7日の番組でしょう。いい番組に恵まれた10月のなかにあって、名作だと思います。是非、もう一度読んで下さい。最後の三行はその番組が終わってから自分のことに置き換えて、考え込んだ末のテーマになりました。
基本的にTV・ラジオの鑑賞日記なのですが、時には映画もあります。8月16日の番組は15年の時を経て見た映画です。あの時パソコンが壊れていなかったらと、今でも残念でなりません。10月9日の映画は本当に何回も見ました。いいものは時を経て見ても、何度も何度も見てもいいものです。本当の幸せって何だろうね。そして何度か登場する現場シリーズ。その中でも異彩を放っているのが11月15日の日記です。何かを学ぶ、理解するということの大切さは一体どこにあるのでしょう…
基本的にスポーツ番組はあまり取り上げないのですが、7月30日に行われたこれは本当にドラマチックでした。あの雨の凄まじさは、私も大変な思いをしました。私にとっても今年一番のスコールです。
そして記憶に新しい12月22日の番組は、その瞬間一瞬の迷いもなく3つもの番組をお蔵入りさせてしまうくらい衝撃的で、この鑑賞日記を書く意義までも考えさせられました。
7月26日の印象深い番組に始まり、12月22日の衝撃的な番組で締めくくられたような気がするこの鑑賞日記ですが、思えばそのどちらともTOKIOの番組になってしまいました。偶然とはいえ、なんだか気になるところですけどね。そしてここではあえてピックアップをしませんでしたが一番執筆日数がかかったのは11月22日・23日の日記でしょう。公にここに載せてはいないのですが、数人の皆様には読んで頂けたことと思います。私はそれで十分です。

今年この鑑賞日記を欠かさず毎日ご愛読して頂いたあなたへ。どうもありがとうございました。来年も頑張って書いていきたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願い致します。
P.S 冒頭に年末番組は目立って特記するほどの番組がないと書いたけれど、いざ迎えてみたらそうではありませんでした。そういう時に限って書きたい番組にお目にかかってしまうのだから、見もしないでいろいろいうのは良くないなと今年最後の教訓を、奇しくもTVから学んでしまった私です。でも思いがけず今年を振り返れたので、それはそれで良かったかなと思っています。

12月31日
『紅白歌合戦』(NHK)を語る。私はこの番組をTVでなく実際に会場であるNHKホールに行って見たことがある。TVで見ていたのでは決して分からないこともやっぱり多くて、今でも良い思い出になっている。そこで今年最後の鑑賞日記はこの番組で書きたいと思う。とはいえこの番組を見終わってから書くと、今年中にアップ出来ないので、特別編として★年前の『紅白歌合戦』を見に行っての裏話がいろいろとあるのでそれなら面白いんじゃないかな。
という訳で、TVを見ていただけでは決して知ることが出来ないお客さんの様子とか、TVに映っていない時の歌手の様子とか、紅白歌合戦を会場に見に行くまでの過程とか、私が会場から見たちょっと面白い話を書いて今年の鑑賞日記を締めにしたいと思う。
今年この鑑賞日記を書きながら、幾度となく「この鑑賞日記を読んでいる人は私に連絡してください。」と言ってきた。でもなかなか教えてくれなくて歯がゆい思いもしてきたことは事実だ。そんななかでも「楽しく読んでるよ。」と言ってきてくれた人がいたのは本当に嬉しかった。呼びかけた声に答えてくれる人がいるのは、やっぱり無視されるより嬉しいわけだし、そういう人との人間関係はこれからも大切にしてきたいと思っている。そこで、今年最後のこの鑑賞日記は、第2回愛読者感謝デーとして、今年1年きちんと読んで下さったかたへの感謝の気持ちとして、私が確認している全ての愛読者様にメールで送る特別編でお送りしていきたいと思う。既にメールを送ってあるので読んで下さっていると思います。それでは来年もよろしく!!


この日記の無断転載・複写を禁じます。

1999年1月1日へ

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