振り込め詐欺の被害者数はあきれるほど多い。銀行員や警官がATMに張りついて注意を呼びかけても、数字を見る限りは思ったほど効果は上がっていない。
中には2人がかりで説得されて、自分は詐欺にかかったようだとわかりかけてきたのに、「ウソでもいいから、ふりこませてくれ」と懇願する女性がいたとか。
この女性がもし他の人がそんなことを言っているのを見たら、なんてバカなことを言うのか、と首をかしげるはずだととのこと。
なぜ、理性が働かないのか。
先日、NHKの「ためしてガッテン」がこの問題を取り上げていた。
理性を失わせる原因は、脳の中にあるそうだ。振り込め詐欺の電話がかかってきて、応対するうち、偏桃体という部分が興奮して、理性を押さえこみ、冷静な判断ができなくなるらしい。
このとき、人間は偏桃体の興奮を鎮めることしか考えられない。
振り込め詐欺の電話がかかって来た場合、電話の指示に従うことしか考えられなくなり、たとえ誰かが再考を促しても、自分は詐欺になどあっていないと思い込んでいるから、聞く耳はない。
完全に理性を失っているようだが、そうではないらしい。偏桃体から大量に出る興奮物質が、理性を凌駕してしまうから、そこから逃れたいいう思いで頭はいっぱいになる。
また、ほとんどの人は自分は詐欺になんかひっかからない、と思い込んでいる。でもそういう人が被害にあっているのも事実。
テレビで紹介していた実験は、その不思議さを解明してくれたようだ。
実験は、ある女性に、簡単な健康調査というふれこみで協力してもらったものだった。
実験の最中に、息子を装って振り込め詐欺の電話をかけたら、女性は電話の直後から心拍数が上昇し、発汗が見られた。
次にさっきの電話はニセだと種明かしをした後、もう一度同じ電話を聞かせると、やはり発汗量が増えていた。
こういうときの発汗や脈拍の上昇という躰の変化は、脳の扁桃体とよばれる部位の働きによるものだそうだ。
次の実験は、理性を狂わせる元凶が脳にはあることを見せてくれたもの。
「5分間で知恵の輪を解かないと、巨大風船が割れてしまう」
という条件のもとに知恵の輪を解いてもらう。脳ににどんな変化が見られただろうか。
風船が膨らむにつれて、焦って知恵の輪が手につかなくなる。そのとき、脳の額のあたりにある「前頭極」の部位の活動が、急激に活発化した。
これこそが、焦った時に人間の判断を狂わせる元凶だそうだ。
本来、前頭極は、身に危険が迫ったようなときに、とっさに危険を回避する大切な役割を果たす。それが振り込め詐欺では裏目に出てしまうとか。
専門家によると、詐欺電話の持つただならぬ雰囲気で前頭極が活性化し、わかっていても冷静さが失われてしまうことがある。
そこで、対策は3つ。
★ふだんから家族同士で頻繁に連絡を取り合い、「理性が働いていなくても、明らかに詐欺だと見抜ける手がかり」を増やしておく。
★詐欺の「避難訓練」をしておく。
振り込め詐欺のやり取りを想定し、事前にシミュレーションを繰り返す。★だまされかけたときに備えて、振り込む直前に「われに返る」タイミングを用意する。
一例として、キャッシュカードに何か言葉を書いて貼っておく。詳しくはこちらへ⇒⇒
この番組を見ながら思い出したことがある。それは私自身のこと。でも、詐欺にあったわけではない。
私が癌になるまでの数年間、脳と躰がテレビの実験と似たような反応をしていたのではないか、と思うのである。
私は自分がどういう状況に置かれているかは、よくわかっていた。肉体環境は更年期であり、社会環境はリストラの波にさらされていることを冷静に受け止めていたつもりだった。
結果として癌になってしまったのが、それも避けようのない流れであり、私の人生だと思った。
しかし、同僚の男性が何気なく言った。
「更年期とリストラが重なったからなあ」
これを聞いたとき、視界がぱっと明るくなったような気がした。まるでごくわずかなピントのずれが消えたような、あるいは薄い薄い膜が剥がれたような、そんな印象だった。
更年期は女性に取って心身ともに大きな変化のとき。躰の不調は、病院の診療科目すべてを網羅するほど多種多様。程度も人それぞれで、軽いホットフラッシュ程度から、治療をしないと日常生活もままならないほど重いものものまである。
でもこういう不調は、長い間『更年期障害』のひと言で片づけられ、女性の間でさえ我慢するものだされてきた。
団塊の世代の女性が更年期に入るころ、世の中は少子化が始まった。ということは、産婦人科は更年期の女性も患者として扱わないと儲からないという流れに変わり出したのだ。
そんな裏事情は知らなかったが、婦人雑誌などで更年期障害や、子宮筋腫、子宮癌や乳癌のことを扱う特集記事が目につくようになった。
やがて『更年期外来』なるものが開設された。もう少し早ければ、私もそこで相談や治療を受けられたかもしれない。
私の更年期障害は生理不順。いったん始まると3週間以上も血が止まらない。こんなことは初めてだったので仰天した。
医者に行くと止血剤と黄体ホルモン剤を渡されたた。ついでに癌かどうかの検査も受けた。結果はシロ。
結局、4、5年の間、止血治療を受けたり、定期的に検査を受けたが、検査結果はときどき灰色になったものの、かかっていた開業医はそんなに心配はしていなかったのである。
いつだった、「変化がないから半年ごとの検査を1年ごとにしましょう」と言われた。
このまま閉経すれば大丈夫かな、と明るい展望がひらけた気がしたものである。
ところが会社でリストラが始まった。借金が膨らみ、バブル崩壊後の長引く不景気で、状況はどんどん悪化していった。
リストラは何度も行われた。
最初は勤務地の移動。もともと本社は東京郊外にあって、そこへ引越したのだが、私に取っては環境の大変化である。1年ほどして所属する子会社の名前変更とともに、別会社へ出向させられた。半年後、本社へ移籍、そして出向。
その間に私はマンションを購入した。これがまた面倒というか、気骨の折れることだった。探し初めて半年後に引越しをした。真夏のことだったが、最初の1週間は熟睡できず、仕事中に具合が悪くなったほど。
2、3年の間に、公的にも私的にも大きな変化を経験したことになる。言ってみれば、次々に精神的ブローを受けたのだ。
ということは、躰に影響がないわけはない。
そして最後のブロー。ずっと編集畑の仕事だったのに、肉体労働が主な部署へ飛ばされた。
屈辱的な扱いだと感じた。同じ思いをした社員は多く、会社を辞める人が続出した。人減らし目的の異動だから、会社は引きとめはしない。
私は辞めなかった。私の異動に関していえば、誰が陰で糸を引いたかは明らかだったから、ここで辞めたら負けだと思ったし、おいそれと新しい仕事が見つかるとは思えなかったからだ。
ショックはショックだが、来るべくして来た事態だと受け止めた。
でも中年になってからの肉体労働はきつい。書籍や雑誌を動かしたり梱包したりする仕事は、合間に事務仕事が入っても躰にも心にも堪えた。
手首、膝、足首にはサポーターをつけて保護し、埃アレルギーがあるからマスクもかけた。それでも広い作業場に舞う埃で、目の回りは真っ赤に腫れあがったものである。
最初の1か月は夢の中のことにも思えた。それでも、3か月も経てば躰も慣れ、気分的にも楽になるはずだと考えるように自分を仕向けた。
そんなある日、秋も深まったころ、郵便局からの帰りだったろうか。埃っぽい道を歩きながらふと思った。
『今度のリストラ、けっこう堪えているなあ……。でも、これが若いときでなくてよかった。もし30代とか、40代の始めだったら、耐えられなかったわ、きっと』
私は50歳になっていた。今さらバタバタあわてる年齢じゃないし、経験則に照らせば、同じ状況がずっと続くことはあり得ない。
『長くて2年の辛抱かな。それに、もし今の仕事が私に相応しいなら、ずうっといることになるだろうけど、そうじゃなければ必ず変化がやって来るわ……』
そして最後に頭に浮かんだのは次の言葉だった。
 『転んでもタダじゃ起きない』
私にはお馴染みの文言である。
昔、崖っぷちに追い詰められたと感じたとき、よく自分に言い聞かせたものだった。でも、どこかに置き忘れていたのだが、久しぶりに息を吹き返して出てきたようだった。
会社のすぐ傍の交差点まで来たとき、いつの間にか背筋がしゃんと伸びたような気分になっていた。
そのころだった。同じ子会社にいた人で、編集から流通事務へ異動させられた男性が、心配そうに声をかけてきた。彼も左遷された口だが、デスクワークだから私よりはましである。
「あんた、大丈夫か?」
「最初の1か月はきつかったけど、もう慣れたわ」
すると、彼はそういう意味じゃないと言った。
「精神的に参っていないか?」
これには驚いた。ずっと同じ子会社で仕事をしていて、彼がこんな気遣いを見せるなど想像できなかったのだ。
意外だったが嬉しかった。私の左遷が目だっていたせいか、私がどうなるか意地悪く見ている人がいないでもなかったから、なおさらである。
私は平気だと答えた。
「もう、いい歳なんだもの、どうってことないわ」
彼は4歳くらい年下だから、私は余裕を見せたかったのかもしれない。
だが、躰は別の反応を示したようだった。ある日、ふと何かが変わったと感じた。
閉経したのだろうとも思った。でも出血は少量だが続く。最悪は癌になるなと覚悟したようだった。自分でも不思議と醒めていた。
後で考えれば、そのとき倍々ゲームで増殖してきた癌細胞があるレベルに到達しのだろう。癌化への長い階段を一つ上がり、後へは戻れない所へ来たにちがいない。
半年後、精密検査を受けるように、と専門医を紹介された。
覚悟していたようにやっぱり癌になった。手術日や入院する日も決まり、準備や、仕事の引継ぎのメモの作成など忙しくしているとき、同僚が更年期とリストラが重なったことを指摘したのだった。
「ためしてガッテン」の実験は、私の置かれた状況よりは実に単純なことなのに、協力した女性は心拍数が増えて反応していた。
私の状況はもっと複雑で、時間も長い。それなら、いくら冷静に受け止めていても、更年期で不安定な躰は敏感に揺れ動き、反応は激しかったはずだ。
もし、リストラがなかったら癌にはならずにすんだかもしれない。
もし、普通に結婚して子供を生み、主婦としての人生を歩んでいたら、どうだろう。
やっぱり癌になっただろう、というのが私の出した結論である。
理由は、たとえ別の生活を送ったとしても、私という人間の根本は同じであり、問題やら悩みの解決法のパターンは同じだろうから、結局、行き着く所は同じだろうと想像するからだ。
面白おかしく作られた「ためしてガッテン」だが、けっこう含みのある番組だったなと思い返している。
08/03/16
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