本の感想
2003年10月分の感想へ




1861

『嵐山温泉殺人事件』吉村達也
講談社文庫
☆☆☆


今回のテーマは、ミステリ的には“人間消失”もの、そしてシリーズ登場人物の和久井が容疑者にされること。小説的にはお見合い、結婚、第一印象、有名人、霊感商法などだ。

ミステリとしてはあるモノの行方が明らかになったら、パタパタと犯人まで出てくる、というパターン。トリック的にはそんなに陳腐でもないのだが、吉村ミステリには、『トリック狂殺人事件』など、数少ない例外を除いては、ミステリ的なカタルシスが感じられないのがウィークポイントである。

和久井が志垣の姪とお見合いすることになる顛末は、凄く面白い。それが実現するまでの掛け合いなども楽しく、どうも志垣・和久井の<温泉シリーズ>にはまってしまったかもしれない…。まあ何冊も出ているし、量産してくれるから読む本にはこと欠かないから良いか。

あと、ここは一般教養としても押さえて置いたほうがいいかもしれない。元業界人の作者ならではの経験が活きている部分。

もちろん、どんなコマーシャルタレントだって、その商品を熟知しているわけじゃない。だが彼なり彼女なりが全盛期に宣伝する場合は、あくまでコマーシャルは副業だという意識がある。そして、副業によって本業の信頼が失墜してはならないと、当人も周りのスタッフも注意する。だからね、ぜんぶがそうだという保証はないけれど、旬のタレントが宣伝する商品は、そこそこ信頼してもいい部分はあるんだ。
 けれども、いくら昔は飛ぶ鳥を落とす勢いがあったとしても、賞味期限切れの有名人が宣伝するものは注意したほうがいい。本人も所属事務所も、コマーシャル契約料さえ入れば、商品がどんな代物であるか知ったこっちゃない、という姿勢だから
今回“探偵”がまた、健気…。


10/16





1862

『首断ち六地蔵』霞流一
光文社カッパノベルス
☆☆☆☆


六地蔵の首がなくなる全ての発端と、焼け落ちた病院での密室殺人が描かれる『地獄院長は燃えた』。ラーメン屋の大鍋で婆さんの屍体が煮込まれている『餓鬼の使いは帰らない』。ゴザと桜の花びらによる“雪の密室”『畜生は桜樹に散る』。密室ものの本道ともいえる『修羅の首が笑った』。教会で十字架に縛り付けられた屍体の『人の死に行く道は』。“私”の、ここまでの六章の内容をまとめた手記を元にした舞台の準備中に起きた密室殺人事件『天は風を見すてたか』。そして『奈落の底』という連作短編集。

本作のテーマはズバリ“どんでん返し”にあると言っていい。それぞれの短編で私こと寺社捜査局の魚間岳士と、刑事・霧間、さらに六地蔵のあった寺の坊主・風峰の三人がそれぞれに、仮説を思い付いたそばから言って行くので、それがそのままどんでん返し的に機能しているのだ。こう何回も皆の前で推理、しかも間違ったものを披瀝すると探偵役としての信用を失うものだが、そこはギャグミスとしてうまく処理していると思う。

とにかく構成としては超絶技巧と言っていいほどの労作。惜しむらくは見立てがやや強引というか、フィットしていない感じがすることだろうか。


10/18





1863

『どすこい(安)』京極夏彦
集英社ノベルス
☆☆☆☆


よくもこんなバカ小説が出たものだ。知識もなければ謎もなく、どんでん返しもない。ないないづくしの、お笑い小説なのだ。

意外といえば意外だが、読んでみると<京極堂>シリーズの榎木津と関口たち下僕のやりとりなどはまさにこんな感じなので、それが全編に渡って繰り広げられると思えば、硬派なミステリファンにもとっつきやすいといえるだろうか。

『僕たちの好きな京極夏彦』には元ネタ本は読まなくてもいい、とあったから読んだのだが、大ウソつき!ちゃんと内容も関係あるじゃないか。未読なのは『四十七人の浪士』(ただし映画版を見た)と『理由』の2つ。『屍鬼』なんて、これがなければ読まなかったであろう本だ。

『四十七人の力士』新京極夏彦☆☆☆
このあたりは内容もペンネームもまだまともだ。

『パラサイト・デブ』南極夏彦☆☆☆
これはSFにすらなっていないバカぶり。

『すべてがデブになる』N極改め月極夏彦☆☆☆
もとが本格ミステリだけに、一番ミステリらしい。ただ、どつき漫才ぶりは石崎幸二『あなたがいない島』なんかを越えるほど強烈。

『土俵(リング)・でぶせん』京塚昌彦☆☆☆☆
ネーミングセンスが最高。オチもナイス。

『脂鬼』京極夏場所☆☆☆
パロディ色がこれも濃い。ラストがミステリではないのもオリジナルを皮肉ったのか。

『理油(意味不明)』京極夏彦☆☆☆
これこそ“本人”が書いているのかと思いきや…。内容については元を知らないのでノーコメント。しかし、実に下らないことは間違いない。

『ウロボロスの基礎代謝』両国踏四股☆☆☆☆
これまたちゃんと原典にならったメタ仕様になっている。このメタネタは一応ギャグにしてあるものの、ミステリネタとしても面白いかもしれない。まあやっぱり、まともなミステリでは使えないだろうなぁ…。

ここまで出てきた「バカ」「下らない」などは、けなしているというよりも、あきれ果てて思わず笑ってしまう、というような状態を指す。徹底的に下らないのに、ページを繰る手が段々早くなるのは何故なのか…?やっぱりどこかで楽しんでいる自分がいるのだ。あに恐ろしや。


10/19





1864

『華麗なる食卓(10)』ふなつ一輝
集英社ヤングジャンプ・コミックス
☆☆☆☆


舞台を大阪に移し、マキトが食い逃げの弁償代わりに働くことになった華屋敷で物語は続く。やっていることはまあ同じなのだが、心機一転してか、全体的に一割くらいは面白くなったかもしれない。

テンションも心なしか上がっていて、ギャグ顔もマンガにすんなり馴染んでいるし、なにより冒頭のマキトの『北斗の拳』ばりの怒髪点を突く表情が凄い。

普通、舞台を移すとしても主要キャラは同じ、というのが少年マンガの定番なのだが、このあたりが青年誌的というか『ジョジョ』的というか、とにかく野心的。また、面白いのが、ヒロインのEカップちゃんこと七瀬が、結維にそっくりなこと。「料理の鉄人」的なバトルもあるようだし、今後にも期待。


10/22





1865

『吼えろペン(9)』島本和彦
小学館サンデーGXコミックス
☆☆☆☆


『マンガ家の腕には誇りが!』☆☆☆☆
宿命のライバル・富士鷹ジュビロとのサイン合戦。富士鷹のファンへのサービス精神も凄いが、それに張り合う炎の暴走ぶりも凄い。やはり富士鷹のファン愛に圧倒されるエピソードといえる。

『勢いだけで乗りきった!』☆☆☆
アニメ専門学校のマンガ学校の講師を勤めることになった炎プロの面々。四者四様のアドバイスも面白いし、何より炎のイメージトレーニング指導が凄い。

「やればわかる! やらなければ、一生わからん!!」
「自分の信じてるウソは──本当以上の真実だ!!」
など、名言も連発。

『ある若者の叫び』☆☆☆
『燃えよペン 第2部』のような、マンガとマンガ内マンガがメタ構造になった作品。さらに、原稿をなくされた炎の哀しみがぶつけられた原稿に泣ける。

『危険な奴!ショック!!』☆☆☆☆
新人編集者を教育する炎と萌。必要以上に力んだ絶叫連発の内容になっているが、これはこの裏話を描いたあとがきマンガを見ると、なるほどと納得できる。

「夢か…… たかが夢!! まったく気にならん!! 現実なら気に病んでしまうかもしれんが、夢だから全然大丈夫!!」
という「炎の言霊」入り間違いない名ゼリフもあり。

とにかく熱い第9巻だ。各話タイトルは変だけど。


10/22





1866

『葦と百合』奥泉光
集英社文庫
☆☆☆


とにかく判断(分別)に困る本だ。確かにメタミステリといえなくもないし、各種ミステリ本でも取り上げられているし、法月綸太郎が解説も書いているし、“探偵”も出てくるのだが…。私としては本書は「幻想小説」と分類するのが最も適当なように思わせる。

大学の友人たちによる電車のビールを飲みながらの会話を始め、思想/哲学系の会話がなされるところなど、面白いことは面白いのだが、全体に長いのが問題か。作者が「長くしようと思って」書いたというから、当たり前なのだろうが、やっぱり長い。それも、ペダンティズムではなく、純文学的な描写の細かさによる。こういうところもミステリっぽくないし、なにより、明確な真相がないところがミステリらしくない。

思想系ミステリ作家としては、竹本健治や笠井潔らがいるが、彼らがあくまでもミステリの枠内で作品をものしているのに対し、作者は別の所でも語っているのだが、ミステリというフレーバーを売るため(読まれるため)に入れているに過ぎないというのだから、やはり一線を画している。

メタミステリとして見れば爆弾は「Intermezzo II」で炸裂するのだが、そこから、さらに『ノヴァーリスの引用』でもあったような曖昧さの海に沈んで行くので、読後感はあまりよくない。読解力があればそのあたりの糸がほぐせるのかもしれないが、真相は藪の中で正しいのか、私には分からなかった。

こういうネタはあまり長編ではやってほしくないなぁ…。読み通した努力が無駄になったような気がするから。


10/24





1867

『エクスプローリング・ザ・マトリックス』
カレン・ヘイパー編著/大島豊訳

小学館プロダクション SHO-PRO BOOKS
☆☆☆


映画『マトリックス』についてのエッセイ(評論)集。しかし、ただの本ではない。執筆陣がただごとではないからだ。ブルース・スターリング、スティーヴン・バクスター、マイク・レズニック、ジョー・ホールドマン、デイヴィッド・ブリン、ケヴィン・J・アンダースンなど、SF界のスターを始め、この業界周辺の第一人者ばかり(ここに書き出した人以外は知らんけど)。

その内容は、映画の解題というよりも、それによる影響など、一歩引いた評論家的スタンスで書かれたものが多い。ただ、幾人かが指摘している「『マトリックス』はサイエンス・フィクションではない」という所に関しては、SFファンとしては注意して読まなければいけない部分だろう。

なお、本書は『マトリックス リローデッド』公開前に書かれたので、当然ながら続編についてはほとんどノータッチ。一部の著者が続編の内容を予想しているに過ぎない。

ケヴィン・J・アンダースンの項で、非常に重要なデータが紹介されている。アメリカ司法省、国立少年審判センター、FBIなどの統計データである。多少長くなるが、ある程度の正確さが必要なので。

1994年、超暴力的なゲーム『ドゥーム』が発売された。同じ年、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』や『パルプ・フィクション』といったたっぷり血の流れる映画だけでなく、暴力的なアクション映画『タイムコップ』『トゥルーライズ』がリリースされた。翌年にはまた『バスケットボール・ダイリーズ』『セブン』『ブレイブハート』『ダイ・ハード3』もリリースされている。
 基本線として、『ドゥーム』発売の翌年、2053人もの18歳以下の少年が殺人を犯した。
 1996年、暴力ゲーム業界は『ドゥーム2』(略)『クェイク』を発売した。映画劇場では『スクリーム』(略)が公開された。
 かくて感じやすい十代の少年少女はこのような暴力的なイメージの爆撃を二年間続けられたのだから、まったく当然のことに18歳以下の殺人犯の総数は──えー、1683人に落ち、前年から22パーセントの減少を見たのだった。
 1997年、さらに暴力的な『クェイク2』がリリースされた(そしていくつかの国では即座に発禁になった)。『スターシップ・トゥルーパーズ』『コン・エアー』『スクリーム2』『フェイス・オフ』といった超血まみれの映画がチャートのトップを飾った。
 そして未成年殺人犯の数は前年よりさらに13パーセント落ちて、1457人になった。
 1998年、おそらく暴力テレビ・ゲームの中で最もふらちなものと思われる『グランド・セフト・オート』が発売された。この年の血まみれ映画のリストには、『サイコ』リメイク版を始め、『プライベート・ライアン』『ブレイド』『アメリカン・ヒストリーX』『リーサル・ウェポン4』『RONIN』『ルール』があった。
 後生大事に維持されている先入観にもかかわらず、少年殺人者の数はまたしても減った。
 それだけではない。『ドゥーム』の発売(1994)から『マトリックス』の公開(1999)の間に、暴力犯罪全体の犠牲者の数は毎年着実に減り続け、千人あたり51.2人から32.1人へ、37パーセントの減少となった。18歳以下の殺人犯の総数──こうした暴力の標的となり、影響を受けていると考えられる年齢層──は、驚くなかれ46パーセント落下している。
 これは筋が通るだろうか。ひょっとすると少年たちはゲームでガスを発散させ、ともすれば暴力へ走ろうとする生来の傾向を薄れさせているのかもしれない。あるいはテレビ・ゲームをやるのに忙しく、現実世界を駆けまわって大混乱を引き起こす余裕がないのかもしれない。(略)現実の数字は、『マトリックス』のような暴力映画を見たり、『ドゥーム』のようなテレビ・ゲームをやったりすることで、感じやすい若者が暴力的行為に駆り立てられるという主張を裏付けてはいない。
 コロンバイン事件の後、クリントン大統領の要請で連邦委員会が出した報告書は(どうやら書いた本人たちも驚いたらしいが)こう結論づけている。
 「研究者や観察者たちは全体として、娯楽メディアにおいて暴力にさらされることのみでは、子どもが暴力的行動に走る原因とはならず、青年層の攻撃的、反社会的態度や暴力を引き起こす要素として、唯一のものではないだけでなく、必ずしも最も重要なものとも言えないことで、意見の一致を見ている」
そして、本書で映画の唯一はっとさせられたのが、次の文章だ。
おそらく皆はまだ夢を見ているのだろう。ネブカドネザルが存在する平面は、単に<マトリックス>のもう1つのレヴェルなのだ。そりゃあそうだ。いま自分がいるのはさらに一段深い現実が基底となっているまた別の夢でないと判断できる根拠が何かそこにあるのか。
これは、最低の結末である「夢オチ」を示唆するものでもあるが、『マトリックス リローデッド』のラストでネオが生身でセンチネルを無効化したことの説明の1つにもなる。


10/26





1868

『「哲学的探求」読解』ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン著/黒崎宏解説
産業図書
☆☆☆☆


個人的に非常に感慨深い読書。なにしろ1000冊突破記念に買った本を今頃読了したのだ(そろそろ2000だというのに…)。もともと2冊だったのを1冊に合本しただけあって、ノンブルまで途中でゼロに戻っているのだが、500ページほどの哲学書だから、時間がかかるのも無理はない。ただ、7000円もしたから、読まないと損、だということで気力で読了。

ただ、そうはいっても、本書は哲学書としては部類に読みやすい。哲学書というと内容どうこうよりも、難解な言い回しでつまづいてしまうもの。ところが本書は、黒崎氏が解説というクレジットになっていることでも分かるように、単なる翻訳ではなく、読みにくいところは主語が補ってあったり、至れり尽くせりで非常にサクサク読めるのだ(理解できるかどうかは別なので念のため)。もちろん、訳者が補ったところは分かるように記されているのはいうまでもない。

なお、あまりに時間をかけて読んだせいか、引用するほど印象に残っているところがない…。この評価は、客観的に本のできとしての評価で、私の理解とは無関係です。


10/26





1869

『時間衝突』バリントン・J・ベイリー著/大森望訳
創元SF文庫
☆☆☆☆


やたら古くさいカバーイラストだから、原書が出た73年から間もなくして翻訳されたのかと思いきや、89年に日本版が刊行されている。時間に関する新解釈、地球人と“異種族”との紛争、超種族など、ワイドスクリーン・バロックの巨匠だけあって、アイデアは盛り沢山。訳者が大絶賛するほどのものとは思えないが、逆に『禅銃<ゼン・ガン>』などよりまとまっていて、読みやすい。

また、定番ともいうべき展開と思えたのは、アーサー・クラークやグレッグ・ベア、J・P・ホーガンのアイデア満載、かつ古典的な展開のSFが好きだ、という嗜好にもよるかもしれない。ラストの超越ぶりなどに、ちょっと付いていけない人がいるかもしれないが、基本的には面白いと思う。

本作の眼目ともいえる時間理論については、解説で触れる前にホーキングの虚時間を思い出した。そういう人にはすんなり(というほどでもないか)理解できるだろう。


10/28





1870

『大統領の陰謀』いしいひさいち
双葉文庫
☆☆☆


世界各国の大統領たちを主役にした4コマを集めた選集。フセイン、クリントン、ブッシュ、エリツィン、金正日、江沢民、小渕、森、小泉、などなど、解説の呉氏いうところの「風刺漫画家」としての本領発揮というところか。

いしい額縁名言集「猿ものは追わず」「来たきゃくれば」「沈黙の金」


10/28




本の感想
2003年10月分の感想へ



バナー用画像
st_reguls.takami@nifty.ne.jp