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持ち返る 芥(ゴミ)の重さや 負け試合 ブーイング これで相手に 火がついた ゴミよりも あなたの声援 投げ込んで マナー違反 サポーターにも イエローカード ナイスゲーム 罵声もやじも 封じ込む 僕捨てない 勝利の執念 そしてゴミ ヤジ飛ばす そんな一秒 応援に 清水から 世界へ発信 夢、マナー 暑を感じ 敗者たるもの 何なすべし 約束だ ゴミと勝利を 持ち帰ろう サポーター マナーがなけりゃ フーリガン 来て見てちょ オレンジの波 大漁点 もうじっと してはいられぬ 夜明け前 イレブンの それより熱き 俺の胸 オレンジの 物みな清水 エスパルス スタジアム いたるところで 評論家 この想い 伝われエスパの Vゴール 燃えすぎて 家路の心は 放心さ みな祈り 神様不足の スタジアム 昔夫 今はエスパが 愛しいの 恋人は 昔は妻で 今エスパ サポーター 家庭とエスパ どちらとる 声枯れど 喉に勝利の 特効薬 スタジアム 君よりエスパに 熱視線 清水勝ち 久しぶりだよ 家庭円満 敗戦で 鬼よりこわい 妻になる 今晩は 勝利の美酒か やけ酒か 勝ち負けで 夕食メニューは 天と地だ 勝敗が 食事のメニューを 左右する その熱意 たまには仕事に 向けてよね (部下がサポーターの上司より) 私にも 少しは愛情 注いでよ (恋人がサポーターの彼女より) 情熱で 気分は常夏 西サイド 熱すぎて 家族友人 いなくなる 夕陽より オレンジ映える 西サイド 勝利後の 王者の旗に 高揚す 勝利後の シャトルバスは 笑顔で満員 我が家では 王者の旗が 子守歌 スタジアム みんなでなくそう マナー違反 応援に 使えモラルの アイコンタクト
孝行のしたい自分に親はなし 寝ていても団扇のうごく親ごころ など、よく知られた多くの句を世上に流布させた当時超一流の選者で、いつの間にか、この選者の号「川柳」が文芸の代名詞の ように喧伝されるようになりました。 江戸浅草新堀端の天台宗龍宝寺門前(現・台東区蔵前四丁目) の名主で、柄井八右衛門という人が宗匠となって、号を川柳(かわやなぎ)と名乗ったのは宝暦8年(1758)のことで、以後33年間、点者として第一人者の地位にありました。この人の選句が江戸人士の嗜好に合い、 大いにもてはやされました。『誹風柳多留』などの代表的選集も刊行され、他の同業点者を押しのけて、現在に受け継がれる十七音文芸の祖と仰がれるようになったものです。 生涯に閲した句は数十万に及び、二百年を経た現在なお庶民に親しまれる多数の名句を世に出し、寛政2年9月23日、72歳で没しました。毎年、菩提寺の天台宗龍宝寺で川柳忌が営まれています。 江戸後期以来、「川柳」の号には代々があり、「宗家」という ものを継承してきましたが、明治30年代に新風が興り、近代化 される過程で、そうした制度を廃して自由な文芸となり、さらに その後、人名(俳号)を文芸名とすることに異議が唱えられ、改称しよう という試みが繰り返されました。新風俗詩、新柳句、短詩、寸句、草詩、柳詩、俳詩、風 詩、諷詩、第三短句など、さま ざまな新称が提出されましたが、いずれも普及化するにいたらず、 現在なお「川柳」の名で呼ばれているわけです。 |