春爛漫 清水駅〜日本平ウォーKING!

今まで幾度となく、JR清水駅から日本平スタジアムまで徒歩でどの程度かかるのか、お問い合わせを頂いておりながら、満足な回答ができておりませんでした。
今回、メタボ防止の意味も含めて、遅ればせながら清水駅→日本平スタジアムを歩いてみました。

(早足で歩いたので、時間は参考程度に見て下さい。)

☆私が採ったルートは左図の通りです。

@清水駅西口→
A清水駅前銀座商店街→
Bさつき通り→
C港橋→
D次郎長通り→
Eポプラ並木通り→
F柳宮通り→
Gあじさい通り→
H龍華寺→
I日本平スタジアム
11:43清水駅西口START
予報は雨模様でしたが、幸い薄曇り。
@西口を出て、ローソンの脇を通り左折したところが清水銀座。

(左図赤線)
このようなアーケード街です。
途中にこのようなのぼりがありました。
さつき通り(清水橋)のガード下です。

この先に静鉄の踏切があり、左手に行くとさつき通りの歩道に出ます。
さつき通りに出たところで、右手が新清水駅です。

さつき通りをひたすら直進します。

11:51 新清水駅通過
さつき通りの中央分離帯にはいくつかの銅像があります。
これもその1体。
さつき通りは電線地中化が済んでいて、道には中部電力の変圧器がいくつか設置されています。
さつき通りとエスパルス通りの交差点。

交差点を右折し、港橋を渡ります。
 

交差点に設置されている案内図です。

 
港橋の上から北方面の竜爪(りゅうそう)を見たところ。
次郎長通りの入口手前にある看板です。
12時03分
 次郎長通りに入ったところです。
次郎長通りにて干物作成中
お店によってはこのようなステッカーが。
海抜は2メートルだそうです。スタジアムとの標高差はどの程度あるのでしょうか?
12時09分
商店街を抜けると、このような文化財がありました。

万霊塔碑
昭和41年4月1日市制定

徳川時代にこのあたりを新田開発した祭、多数の人骨がでたので霊を慰めるため、播磨屋作佐ヱ門が石野甚右ヱ門広江に撰文を依頼し天明2年(1782年)5月に建立したもので、和文で綴った優雅な碑である。
昭和50年1月
清水市教育委員会
さらに道を直進すると「ポプラ並木通り」との交差点にぶつかります。
12時12分
交差点を右折するとすぐに 総合運動場 への標識が見えます。
12時15分
総合運動場への道を左手にやり過ごしそのまま直進すると「村松原」の交差点にぶつかります。「日本平」への標識通り交差点を左折し「柳宮通り」に入ります。
柳宮通りに入りすぐの左手に消防団のシャッターに火消しのパルちゃん。
柳宮通りを直進します。
12時21分
左手にローソンのある「新緑町」の交差点。標識通り交差点を右折し緩い上りとなる「あじさい通り」に入ります。
左い上りの「あじさい通り」を直進します。このあたりから、試合開催時の看板が現れてスタジアムが近くなってきたことがわかります。
12時24分
日立の事業所の横を通過。写真を撮る姿に守衛さんから怪訝な視線(^^;
あじさい通りのつきあたりに龍華寺の門が見えてきます。

12時27分
写真の信号機のある「龍華寺」の交差点を渡り、龍華寺の前を左折し、裏道を通ります。
12時33分
スタジアムに上がる日本平の旧道に合流します。あとはひたすら上り坂を歩きます。
12時38分
スタジアムのバックスタンド場外にある時計にたどりつきました。
12時42分
スタジアムの西サイドに無事にたどりつきました。