「幸せ」

今日は、M君(小5)が来る日。
先週は風邪で休みだったので、久し振りな感じ。
コンビニで買っておいた「ドラえもん」傑作選を
さりげなくテーブルに置く。

二人で英語の勉強をする。
久し振りなので快活で、瞳がキラキラしている。
サッカーと野球で日焼けした肌、
形の良い頭、艶やかで豊かな髪。
この子は、他の子がいると、攻撃的になり、
小学生では唯一、僕と二人きりの授業だ。

リスニングで必死に耳を澄ます姿とか、
ホワイト・ボードの問題を解く後ろ姿とか、
彼の周りのものを知っているだけに
痛々しくも儚く美しい。

時々、王様状態の子が来るが、
面接で断る。
子供を王様にしているのは、よくない。
人前でも平気で家族を罵り、癇癪をだす。

M君は、少しだけ貧しいけど、
以前のようなギラギラした
他者のモノを欲しがるというのは、なくなった。
もうそろそろ他の子と馴染ませてもいいかもしれない。

彼がチーム・プレーをすると、
弱い子やミスした子を徹底的に
汚い言葉で罵るという時期がかなりあった。
僕の甥もかなり激しい言葉で叩かれ、
サッカーを辞めてしまった。

M君を見ていると、「先生!俺だけを見て!
ほらっ、こんなに早く問題解けたよ!
誉めて!誉めて!お家では誰も誉めてくれないんだ!」
と、叫んでいるような気がする。

彼はきっと小学生の僕が見たら、
憧れの存在だろう。
スリムで、男らしい顔をしている。
僕は甥と同じく相撲体型だったので。

M君は、帰り際、
「先生、本棚にあるクイズの本貸して」と
恥ずかしそうに笑った。

「いいよ」
そういうと、嬉しそう。

「100円ショップで買ったクイズ本、もう読み終えたから」

「そう。大人のクイズだから、難しいゾ〜」

「えーっ?あっ、でも、先生、ヒントもあるよ!」

彼は嬉しそうに、休憩室のソファへ。
ジュースとチョコを渡すと、ドラえもんの本に気づき、
「先生〜、あの〜ドラえもん、借りていいですか?」
と、恥ずかしそうにモジモジしている。

「いいよ」
そう言うと、僕が見た中で1番の嬉しそうな顔をした。
ああ...こんなにも良い笑顔をするんだ。

時々、眠そうにしたり、切れたり、すねたり、
だけど、すぐ笑い出したり、感情の起伏の激しい
生徒は、ほとんどいないが、彼だけが
全身で僕にぶつかってくる。

僕は割と厳しいので、他の子も自然と礼儀正しくなる。
挨拶も出来なかった子が、挨拶したりするようになる。
子供に対して、丁寧な言葉で接すれば、
どのような不良も、不登校児も、警察のお世話になった子も
大概、自然と姿勢が良くなってくる。

僕は子供が望めないので、彼らは我が子のように感じる。
M君は、その中で異彩を放っている。
年少からでたばかりの通信制高校生を長く見たが
彼でさえも、ピリピリしたものは感じなかった。
M君は、何故か室内の空気を張り詰めさせるものがある。
笑っても、次の瞬間、表情が変化するからだ。

小1から見ても、まだ刺々しさを感じるが、
もしも許されるのなら、高校卒業まで見たいが
それは無理だろうな...
だから、子供との時間は、貴重。
宝物のような時間は、あっという間に過ぎる。

また、明日、高校生と中学生らと、
眩しくも温かい時間を過ごせる。

僕が望むものは、ただひとつ。
僕の授業を通して、成績も上がって欲しいが、
何より他人から愛されるキャラクターになってほしいのだ。
その笑顔が他人を惹き付け、自分も含めて
幸せになれる、そんな人になって欲しい。

少し厳しいのは、強くなって欲しいから。








「1人より2人」

中学時代、かなりヤンチャで、少年刑務所の一歩手前までいった男の子がいる。

理不尽なことが嫌いで、喧嘩ばかりしていた。
高校受験の直前になって「塾を辞める」とお母さんから電話があった。受験前だった
ので、たくさんの子がいて、どうしても自分だけを見て欲しいとのこと。でも、1人
で経営しているので、それは叶えてあげることはできなかった。

一年後、彼は少し寂れた感じで、ディスカウント・ショップに母親とともに来てい
た。声をかけるのも悪いと思い、そのままにしていたら、僕を見つけて、駆け寄って
来た。

「先生、俺、高校辞めた。で、春から編入で通信制に行くことにした」とのこと。

僕は二年間ほど、彼と供に学んだので、退学したことは残念でならなかったが、彼の
性格からすれば、もしかしたら、通信の方が性に合っているような気がした。

それから半年ほどしてから、どうしても数学が分からないので、また塾に通いたいと
電話があった。

今、彼は数学を学びに夕方の四時、僕の家に来る。
だけど、今日は待っていても来なかった。どうしたのだろう?と気にしつつも、五時
から来る他の子供の勉強を見ていたら、電話が鳴った。

「交通事故に遭ったので、夜遅くても、先生の空いている時間、ありますか?」と。

それで、全ての授業後、来るように伝えた。
バイクと車の事故だったにも関わらず、右手の中指だけの怪我ですんだらしい。

学校や教師を嫌い、またダラダラと高校生活を送っている同級生とも合わず、彼は通
信制を選んだのだが、やはり心のどこかで、コミュニケーションをとりながら、学び
たいという気持ちがあったように僕には思われる。

僕と彼は趣味も全然違うのに、彼は自分のことをよく話す。中学時代はエロ話ばかり
で、周りからヒンシュクを買っていたが、今ではそんな話はしない。少しは会話を選
ぶようになったと言う。

彼にはうざったいかもしれないが、僕はよく言うことがある。手に職をつけたいため
に、専門学校に行くのだから、確実にその資格を取ること。自棄にならないこと。彼
は真っ直ぐな性格だから、心配なのだ。

態度の悪い、医者や警察官、ウエイトレス、教師などいたら、そのまま噛み付くよう
に怒るからだ。普段はそんな風に見えないが、世の中の理不尽なニュースにいつも
怒っている。

今、高3、春には専門学校へ行く。腐らないで欲しい。
事故のせいで、お金がかかるし、通院だし...と愚痴っていた彼に、「俺なんか、
交差点でトラックに車ごと、はねられたけれど、トラックは逃げてしまって、警察も
見つからなかったという事故に遭った」と言うと、「それ、悲惨!ッスね〜」と笑っ
ていた。

悲惨なことは、たくさんある。タイミングが合わず悔しい思いをすることは、多々あ
る。だから、S君、腐らず、楽しく生きてください。

だって、僕らはタイミングが狂っていたら、親でもおかしくない事故に遭ったのだか
ら。生きている今は、やはり最高です!!!







「自然な挨拶」

他人と上手くコミュニケーションできない男の子がいて、いつも他の男の子をから
かったり、意地悪したりするのです。

四月から思い切って、僕と二人きりでするようになりました。すごく可愛くて、やん
ちゃで、小麦色の綺麗な肌をしています。一重瞼が凛々しくて、豊かな髪で、運動神
経もかなり良い。頭もいいし、羨ましいところだらけなのですが、他人に対しての発
言が耳を覆いたくなるようなものなのです。

かなり厳しい家庭で、特に節約、節約とお金にしっかりとした家庭のようです。買い
物をしていると珍しがられるようですし、流行のゲームを持っていると不思議そうに
見られるようです。

僕は週末にこれを食べなさい、とお菓子をあげたりします。よくないことなのです
が...お菓子は与えてもらったことがないと言います。

僕と二人きりでいても、最初は愚痴ばかり。
「眠い〜」
「じゃ、眠れば」
「だるい〜」
「床に横になる?」
「来るのが面倒くさい」
「止めれば?学校じゃないのだから、無理をする必要はないよ」
そんな風にしながら、授業の合間にゲームやクイズをします。

今日は...「お腹 デカイ 終わる」を何度も唱えると、ある動物の行動が見えて
くるよ。さて、その動物は何?
というのをしたり、数学クイズや英語シリトリをしました。

そうして三ヶ月くらいしてから、少しずつ、挨拶ができるようになったり(これはす
ごい進歩です。僕がしてもいつも無言でしたから)、今日したことを英語にする練習
でも、恥ずかしがらずに発言できるようになったり、「先生、はいっ!」と鞄から友
達の母親から頂いたと言うお菓子をおすそ分けしてくれました。

彼は良い未来を約束されている。
恵まれたものを多く持っている。
あとは、彼がお金を与えられない、厳しくて甘えられない、そして自分が他の子と同
じように物を持てないなどというものからくる、歪み?みたいなものを克服して、口
汚く罵れば、相手は傷つくということを学び、知ってくれれば、最高に嬉しいし、彼
はもっと自由になれるのにな。







「誰も見ていませんよ♪」

僕の塾は小学生〜中学生まで。
だけど、高校合格しても、まだ通いたいという子が時々います。高校生なら、もっと
大きい塾か予備校を勧めるのですが、どうしてもここに残りたいという男の子がい
て、僕も必死に数学の勉強をして(英語の教員免許しか持っていないので)、頑張り
ました。

彼は、森のクマさんが眼鏡をかけたような感じで、素朴で他の子とは少し違い、地味
でした。少しずつ話しながら、勉強を進めていくと、好きな音楽は両親の影響から
ユーミンとサザンと言います。

それから、少しずつ世代は違うのに、サザンとユーミンの話をするようになりまし
た。

彼が人込みが怖いと言うので、「何故?」と訊くと、「人の目が怖い。見られている
ようで」とのこと。

「もしかして、A型?」
「...はい」
「偉いね〜。人の目を気にして、先生なんか、大雑把のO型だから、人の目を気にし
たことない。人込みでも屁こくしね〜。少しはK君を見習わないと」

そう言うと、K君は笑ってくれました。
余計なことと、思いながら、「人の目をある程度は気にしないといけないけれど、自
分が思っているほど、人は他人のこと見ていないから、あんまり気にすんなや」と言
いました。

そんな彼も、眼鏡をコンタクトに変え、出っ張っていた腹は引き締り、好きなスポー
ツにも恵まれ、大会に出る度、お土産を買ってくれます。

休んだことがないのです!ビックリ!!
母親も驚いていて、「不思議ですね〜。楽しみにしているんです」とのこと。僕も
ビックリです。

なので、看板を小学生〜高校生に書き換えました。
彼のようなキラキラした笑顔を見続けたくて....






「離任式の涙」

英語教師をしていた時、僕が廊下や他の教室にいるのを見つけると、必ず駆け出して
来て、僕を見上げる生徒が二人いた。

2人とも、小柄でガッチリとした体をしていた。

慎二君(仮名)は、トイレの中まで張り付いてきた。
出逢った当初、太っていたが、「スポーツをすると、今よりもっといい男になるか
ら、自分を変えてみるのも楽しいよ♪」と声をかけた。

彼はその後すぐに野球部に所属し、少しずつ腹筋が出来てくる様をわざわざ報告にき
た。
勉強が苦手だったけれど、さぼることなく、いつも最前列で授業を受けてくれ、補習
にも参加してくれた。

彼は、「ずっと先生の授業を受けたい」と手紙をくれた。僕の前の先生から彼の成績
をなんとかして欲しいと言われていたので、僕自身も彼を変えたい。勉強よりも、
太って投げやりになっているのを変えてみたいという気持ちがあった。

結局、彼は成績も肉体改造も大成功をおさめた。
周りが何を言っても駄目だ。本人がその気にならないと。
そして、例え相手が子供でも、敬意を払わなければならない。
上からモノを言うのはよくない。

「人は誰でも変われるのだから、今を見て、人を判断するのは良くない」


もう1人の圭吾君(仮名)は、僕が担当しなかったにも関わらず、いつも僕を見上げ
ていた。何も言わず、ただ真正面に来て、僕をジッと見つめるだけ。

彼は、交通事故で一気に両親を失ったのだと、担任に聞かされた。僕を見つけると、
仔犬のように駆け寄り、何か言いたげな瞳を見せる。

野球の練習中、僕はボディビル・クラブへ顔出しするために、外の渡り廊下を歩いて
いると、野球部の子達は、一斉に「ちわーッス!!!」と言う。だけど、彼だけは、
ただ僕を真っ直ぐ見つめているのだ。

彼は何を言いたかったのだろう?

ある日、机の上に短いメモがあった。
「先生、この春、退職するって本当ですか?一度でいいから、授業を受けたかった」
と。

彼は一度だけ、自分のクラスを抜け出して、僕の授業に顔を出した。ゲームみたいに
英語の授業をしたり、洋楽を聞いたり、クイズをしたりして、満足そうにしていた。
もちろん、そのクラスの担任が授業の最後のほうに、それを見つけてしまい、2人し
て怒られたことは言うまでもない。


僕が退職後、塾を経営するようになったのは、小〜高校までのすべての学年の子供に
逢いたいと思ったからだ。
自信を無くした子。苛められている子。体育だけ得意な子。障害を持つ子。数学をど
うしても受け付けない子。そして、英語を極端に嫌う子。色んな子供たちに出逢っ
た。もちろん、成績が優秀な子もいる。警察にお世話になった子も、行く学校がない
よ、と言われた子も。もちろん、苛める側だった子もいる。

僕は今、僕を見つめる様々な子供たちと生きている。
先日は彼女に振られたと落ち込んでいた子もいた。

「ひとつのものにこだわらず、色んな人をこれから見ていけば良いよ。先生は昔、ひ
とつの失恋にこだわりすぎたせいで、酷く苦労したし、気持ちを切り替えられず鬱々
と過ごした日々を今でも後悔しているよ。たくさんの人に逢って、楽しみなよ」

と、言うと、他の子が、「そんなこと言う先生、初めて見た」と笑った。彼もまた恋
の中にいるらしい。

教師時代、僕を見上げた瞳が忘れられないから、僕は塾をしている。宣伝活動もして
いない、田んぼの片隅にある小さな塾は、毎夕、少ない数であるが、僕を訪ねにやっ
て来る。