最愛〜四葉のクローバー〜

                文 克

第一部 口寄せ

決して侵されない領域に私たちはいました。国がいくつもの思想に分かれ、何が正しいのかさえ見失いがちな時代に私たちは産み落とされ、何を信じればいいのか分からぬ国で出遭いました。

彼は青い瞳をしていました。髪は黄金色に輝き、殺ぎ落とされた筋肉の中にもまだ雄々しさを充分に感じさせました。国境を流れる河の向こう側から私が囚われた国に亡命してきたのです。まるで枯葉で作られたかのような小船に身を預けて。

私は夏の容赦ない陽射しを背に受けて、河で水浴びをしていました。緩やかな流れに身を任せ、沈むことを忘れた太陽に微笑むのです。

「ああ、王子よ、永久に私を照らし、温め続けておくれ、そして終わることのない夏を与えておくれ」

 この国の冬の冷たさを私はもう既に知っていましたから、夏の強い陽射しさえとてもありがたかったのです。

 私の第二の母国となるかも知れぬこの国に囚われたばかりの頃は、アルファベットも漢字もない、ひらがなさえない日常に戸惑い、まるで悪い夢の中に滞在している少女のような感覚でした。見たことも無い記号とどのように発すればそのような音が言語となるか理解できぬ言葉も、おしゃべりな監視役のお陰で少しずつですが、意味を掴めるようになりました。

 監視役のムシカは、一日中休むことなく話し続け、人の顔を見れば、何かしら用事を見出し、それをさせなければならぬ性分でした。私が囚われた彼の家でも、人の顔を見れば、何故、掃除が行き届いていないのかをいつもぼやいていました。声は太く大きく、地を轟かせるほどの力量で男らしい口調でした。性格は几帳面で、お前達の国の女は何故このように不潔なのだといつも口を尖らせていました。

 彼がこの国に流れ着いたのを見つけたのも、ムシカでした。大きな目を更に見開いて、新しい使用人でも見つけ、そこから新たな金儲けを瞬時に思いついたような嬉しそうな表情で叫びました。

「金色の髪に赤肌の西洋人が、流れている。見ろ!あの今にも壊れそうな舟を!見ろ!あの痩せ細った体を!」

 ムシカは、捕虜となっている男たちに命じ、舟をこの国の土へと引き寄せました。

「おお!私のモノがまたひとつ増えた!」

 両手を子供のように叩きながら笑うのです。彼のこのような言葉など理解できなければ良いのに、今の私には彼の発する言葉のほとんどが耳に届くと同時に私の母国語に変換され心の奥底にまで響くのです。

 私のモノ?

 私はムシカのモノ?

そして、この国のモノ?

 

    ☆

金色のライオンと私は彼のことを心で呼びました。様々な国の男たちがこの国に連れ去られ、または稀に亡命してきたのですが、金髪の男は彼一人でした。青い瞳のその奥に更に深い青を持った彼の目は、私たちとは異なる何か特別なものを見ることができるのではなかろうかと、私の心を様々な方法でかき立てたのです。

彼の名前は、私たちと同じく完全に闇に葬られてしまいました。名前が決まる頃には、家を与えられ、一人世話役の女が割り当てられるのです。相性が良ければ、結婚し、子供をもうけることが、私たち連れ去られたモノたちの仕事です。

私はまだ一人でムシカの家に住み、言葉と思想を習っていました。私が表面上だけでも理解できれば、誰か男の人と組み合わされ、一軒屋に住むことになるのです。その時、私にも名前が与えられます。市民権も含めて。

連れ去られた人たちは、ある者はスパイにある者は軍人に、ある者は娼婦に、ある者は外国語を教える講師になりました。何も出来ないと判断された者は、子供をもうけ、自給自足に近い生活を強いられました。

私はそれを苦痛だと、今は思えないのです。ある意味、この区域は平和で食べ物には不自由しませんでした。心を殺し、この国の思想を受け入れたフリをしていれば、何もトラブルは生じないように見えたのです。何よりあの忌まわしい冬に暖をとれるほどの住まいがあり、私の母国と同じように新年を祝う行事もあるのですから。短く激しい夏も、この国では、私の母国の蒸し暑さや寝苦しさを誘う湿度というものが、低かったせいもあり、苦にはならなかったのです。

私は今では平穏なサークルの中で、様々な国の人々と小さな地球を作っている気持ちになる時があるのです。故郷を慕う思いも、同じ言語を用いる人たちとの再会の願いも、心の湖面の奥底に隠しているのです。もしも、何かがきっかけでそれらが溢れ出してしまったら、私は自分を保てなくなるでしょう。

死にたいと簡単に口にしていた時代とは、もう完全に状況が異なるのです。死ぬことは、この国では想像すら恐ろしい激しい苦痛を伴うものだからです。私は様々な死に方をムシカに教わりました。それは、完璧な恐怖としてこの国の者たちを捕らえて離しません。幽霊など存在しません。死に至れば、他の形に姿を変えてまで、ここに居たくはないからです。死の先に自由が確かにありますが、それは反逆せず、思想に従い、自然死を待った先の未来のことです。

心に意識しないように鍵を掛け、篭城された生活の中で、金色のライオンは私に喜びを与えてくれました。彼が農作業に従事し、軍で彼に適した任務が決められるまでの数週間、ムシカの家に来て、この国の言葉を習うのです。時に私が教えることもありました。ムシカが居ない時などは、私たちは英語で語り合いました。母国語が話したい時には、彼にこっそり教えたりしていました。

私が初めて教えた言葉は、「愛」でした。

「I?」

「いいえ、アイ。あい。愛よ。ラブ」

LOVE?」

「イエス」

 彼はとても好きな言葉だと微笑んでくれました。そして、今となっては懐かしい言葉だと。

 私はこの国に「愛」がないとは思えない。どのような状況下でも、それは確実に存在すると信じている。もしも、それがなかったら、私はとうに発狂していたでしょう。だから、彼にも教えたい「愛」の中に点在する様々な美しい感情を。

 そのひとつが、「希望」。

 

     ☆

 私には弟がいました。年の離れた弟でいつも傍らで指を咥え、私の耳たぶを手遊びするように触っていました。私が連れ去られた時、彼も居たのです。海水浴を終えて帰る途中、私たちは駐車場の管理などをしている海の家の赤いベンチに腰掛けて、私はオレンジ・ジュース、彼はカキ氷をそれぞれ楽しんでいました。

 今でも思い出すのです。口に含んだあの酸っぱいジュースを。黄色で太陽の欠片をシェイクしたような濃さをしており、喉を通ると全身がブルッと震えた冷たさと酸味の利いた味を。

 弟のカキ氷は、メロン味。鮮やかなグリーンは、自然界には出せないような人工的な色で、メロンとは程遠く感じました。氷の頂きを崩さないように、大きな口を開け、ゆっくりと頬張るのです。

 とても嬉しそうに微笑んでいました。まるで、本物のメロンを食べているみたいに。美味しいと言えない彼は身体全身を使い、喜んだのです。

 今、私のポケットには四葉のクローバーの栞があります。弟が見つけたものを父が透明なカードに入れて、時ごと封印し、母がピンクのリボンを付けてくれたのです。

 弟は口が利けませんでした。だから、もし私と同じ連れ去られたのなら、もう処分されているかもしれないのです。もしかしたら、これは私の願いですが、連れ去る途中で口が利けないこと、耳が聞こえないことが明らかになり、そのまま路上に放置され、無事、帰宅できた可能性も捨て難いのです。

 柔らかな陽光を受けて、微笑んでいる彼に、いつかまた会えたら、私はとても嬉しいと思います。

 たどたどしい英語で、そんな風に私は、金色のライオンに弟のことを話しました。こんなことなら、もっと英語を勉強しておけば良かった、と彼を前にしていつも思う私です。

 

     ☆

 Jと彼は金色の髪を輝かせ微笑みました。私は、若菜と名乗りました。本当の名前を名乗りあっているところを監視役のムシカに見られたら、私たちはきっと注意されるでしょうね。でも、それは暴力を受けるという類のものではありませんが。

 ひとつ気づいたことがあります。それは、ムシカを始めとした軍人以外の人々は、どこかこの国の思想を表面的に捉え、本当は心の自由を隠し持っているような大らかさがあるのではないかという思い。彼らは私たち連れ去られた者らと同じような境遇にいるようにさえ受け止められるのです。私たちに同情し、また自分たちにでさえも哀れみを感じている。それはまるで籠の中の鳥というより、羽根を毟り取られた鳥のよう。

大空に憧れる飛べない鳥。

 来る日も来る日も、この国の人々は、空を仰ぎ見るのです。Jはそれが解ると言いました。彼が従事していた軍にいる時も同じように空を見上げては、ため息をついていたそうです。

 私はどうでしょう。平穏な日々の中で、少しずつ近付いてくる社会への不安の色が濃くなりつつある大学生でしたから、残された学生生活をゆっくりと味わいながら生きていました。今日は柔らかな肌触りの夏のシーツにくるまったとか、明日は弟を連れて友達とプールに行こうとか、日焼けを避けるため日傘を週末には買おうなどという、今思えば平凡な日常でした。それが崩されるなどとは、考えもしませんでした。

 あの海の帰り、私と弟は、何者かにより、背後から襲われ、気が付いた時には、この痩せた地に立たされていたのです。あの日以来、私は弟も含め、家族とも友達とも会っていません。何故、Jがここに亡命したのか理解できないほど、ここは痩せ衰えた国なのです。光さえこの国を避け、世界中の陰が集まってできたような狭い場所が、ここなのです。

 Jに私はこの国の思想と言葉を教えました。簡単な単語から絶対的に必要な単語まで。それは、「服従」を意味していました。

 彼はユーモアという概念がここには無いだとか、愛や優しさを思わせる光景が無いと、嘆きました。これでは軍に居る時と何ら変わりないと。

「いいえ。それは違うわ」

 私は彼に伝えました。あなたは間違った選択をしてしまったと。

「ここから私たちは、二度と出られないのです」

 そのようなことを遠回しに伝えると、彼は唇を噛み、奥歯を激しく擦り合わせ、まるで彼の唇が絶望という名の忌まわしい音楽を奏でる楽器になったかと思わせるほどの表情をしました。

 私は仕方なく、彼に恐怖を伝えました。数あるファイルの中から、拷問により死へと至る長い道程を伝えました。私の声が震えて、聞き取りにくい個所が生まれぬように感情を完全に殺して。

 彼の淡いピンク色の肌は、蒼ざめて、その場で氷となりました。

 

    ☆

私はまるで英会話教室の講師が来るのを待ち侘びる学生のような気分で、日々、ムシカの家で彼のことを考えていました。

渇いていた髪に潤いが蘇るように、発せられる言葉にも滑らかさや艶が満ちてくるのを私は認めました。

でも、それがそう長くないうちに完全に消え去るのを知っていました。彼のように亡命してきた人たちは、自国以外に居ることに新たな希望を見出したかのように錯覚するのですが、この国に希望というものは無いのですから、それを知ってしまえば、後は自分の感情を押し殺さなければ、発狂してしまうでしょう。私がそうです。永遠に囚われた女。彼も同様に永遠にここに幽閉されるのです。国のために役立つのは、私たちの子供の世代でしょう。そのために、気持ちが許せる異性がいれば、結婚し、ひとつの家庭を作るのです。

ムシカの家で私は一人、また一人と訪れてくる外国人男性にこの国の思想を伝えるのです。言葉とともに。

「こんちには」

 Jが微笑んでやって来ました。

「違うわ。こんにちは、よ。それにその言葉は使ってはいけないわ」

 私の国に関心があるという彼は、私によく私の母国語を訊いてきます。

 でも、私はそろそろ彼に「服従」と「束縛」を教えなければなりません。その時は、ムシカを始めとした軍人らが、隣の部屋で待機するのです。この亡命という選択が、彼の人生の最大の過ちであり、最大の賞賛すべきことであると伝える必要があるのです。真実と未来を知った男たちは、感情を爆発させ、狂ったように暴れます。そうなると私は何も出来ません。そのためにムシカたちは、待機するのです。

 ひらがな、漢字、アルファベットなどこの国以外の文字は、完全に闇へと捨て去られてしまいます。頭に浮かぶ言葉さえもかき消されてしまうかのように、その闇は深く暗いのです。そのため、欧米の軍人によく見られるタトゥーも殺ぎ落とされてしまいます。代わりにこの国の名が刻印されるのです。

 私たちは、心の奥底にある愛国心にその時初めて気づかされるのです。

 きっと、Jも同じでしょう。彼が狂ったように泣き叫ぶ姿が目に浮かびます。絶望と言う支配者が、彼を咀嚼し、完全に飲み込むのです。

 私は彼の瞳から搾り出される涙を見て、心の裏側で激しく路上を叩く冷たい雨のように泣くのです。奥歯が擦り切れてしまうかのように身体を硬くして。

 たったひとつ願うことと言えば、彼が暴れないこと、そのひとつだけ。軍の機嫌を損ね、支配者を罵るような暴言を吐けば、想像すら越えた苦しみが、彼を襲うことになるからです。

 私は、告げなければなりません。

「あなたは永遠にここから出られないのよ」

 私がそう告げられたように。そして、右腕に印された奴隷を意味する哀しい火傷の跡を見せるのです。

 心の奥底で眠っている故郷さえ踏みにじるように、私はこの国に忠誠を誓うのです。

 

     ☆

 Jは私たちが住む地区とは異なる、陰鬱な悪魔が司る監禁小屋に居ました。

 絶対服従の真実を告げられた時、彼は他の亡命者同様、頑なな自尊心で軍人たちに刃向かいました。

 私は自分が流す涙が何重もの小川となり、頬に残るのではないかというほど泣きました。それほどまでに彼は激しく絶望し、暴れたのです。

 一日に一度、粗末な食事を彼に与えるため、私は監禁小屋に通いました。

 そこは徹底した恐怖を植え付ける場所でした。暴力的な行為は元より、自由を奪うというあらゆる方法が試されていました。

 Jの筋肉は完全に殺ぎ落とされ引っ込んだ眼には、生気はありません。死が寄り添い、生を微かに与えられる一日の中で、彼はこの国の異常さを初めて知るのです。何処の国とも比べようが無い国。彼の国が悪と見なしていたあの資源豊かな国とも決定的に違う恐怖がここにはあるのです。

「J、私と結婚しない?」

 もう動かなくなったかのような力ない口に、ゆっくり粥を運びながら、私は言いました。

「そうすれば、あなたは私とともに独立した家が与えられ、国外には出られないけれど、暴力の無い静かな生活が送れるわ」

 私は来る度にそう言いました。

「君は本当にこのままでいいのかい?故郷が恋しくないのかい?」

「私は怖いの。恐ろしい拷問の果てに待つ死が」

 彼は私の手を握り、目を開けたまま瞼を閉じたように故郷を思い出していました。

「監禁小屋は、教育センターとされているの。でも、拷問室は違うわ。そこに送られる全ての人が何らかの罪人とされ、口に出来ない恐ろしい死に方をするわ。私はそれが怖いの」

 Jは彼の瞳の奥の更に深い場所へと、故郷を追いやり、私を見ました。その青い瞳に、私への共感の色を浮かばせて。力なく、「結婚しよう」と言いました。

 

     ☆

 母国語が、文化が、いかに大切で心に染みているか充分に分かっている私たちでさえ、この国の恐怖はそれらを排除し、私たちの脳ごと新たに作り変えようとするのです。時々、フッと湧く、懐かしい音楽でさえも。

 前に広がる景色が、殺伐としていて、明るさを語る色を持たないため、花たちでさえ、この国を避けているのではないかと思うほどです。

 季節はもうすぐ冬を迎えようとしていました。

 私はJと結婚をし、小さな家を与えられました。彼は母国を捨てたくらいですから、今でもまた国外への逃亡を企てているかもしれません。

 私は彼をなくしてしまうのではないかという新しい不安を抱えてしまいましたが、それでもこの国に連れ去られた時に比べれば、随分と心穏やかなのです。

 彼が添い寝をしてくれること、二人きりの時は、それぞれの国の言葉で話せること、そして子供という絶対的な存在を手にすること、そんな日常が私を壊れてしまいそうな精神世界から救ってくれるのです。

 Jは七十年代のポップスを教えてくれました。それらは私の母がよく口ずさんでいたもので、カーステレオから度々流れていました。

「自分が若かった頃に流行っていた歌を聴くと、不思議と元気がでるのよ。いつか若菜にも、そんな日が来るでしょうね」

 母は父の車の助手席で微笑んでいました。

 今頃、どうしているでしょう。両親は私が居なくなったことで、体調を崩さねば良いのですが・・・。そして、弟は連れ去られていなければ良いのですが・・・。

 明け方、二度寝した時に夢を見ました。

 私たちが集っていた居間で、私ひとりテレビを見ていたら、年老いた母が、急に海を見たいと言い出したのです。赤子のようによちよちと歩いてきて。

 母を車椅子に乗せて、私は子供の頃よく通った海岸へ行きました。日も暮れて星明りに浮かぶ蒼い海に立つ白波を二人で眺めました。

「若菜、ねえ、あの歌を聞かせて、あなたの声で」

 唐突な母のリクエストは、Jが口ずさむ曲の中のひとつでした。

 私が歌うと、車椅子の母はとても満ち足りた笑みを見せました。歌い終え、「どう?」と誇らしげに母の顔を覗き込むと、母は安らかな寝顔のまま息を引き取っていました。波の音だけが再び戻ってきました。繰り返す地球の鼓動のように。

 携帯電話で弟を呼び出すと、弟はフライ専門店(実際には存在しない夢ならではの店)で、ウズラの卵の串刺しフライを買おうとしていたところでした。

「えっ、母さんが?」(夢の中の弟は快活な声の持ち主でした。澄んだ少し高い声をして。)

「そうなの。今、眠るように安らかに」

「ちょっ、ちょっと待って、ウズラの卵、買ってから、そっちにすぐ行く!」

 実際にはウズラの卵が好きなのは、私です。母の死と同等の位置で出てきたのです。

 懐かしい味。卵焼き、煮卵、オムライス、カツ丼、茶碗蒸し・・・回転寿司の卵。

 目が覚めると母のことが急に気がかりになり、慌てて電話を探しました。それに気づいたJは眠い目をこすりながら、「どうしたの?」と尋ねます。

「若菜、電話はここにはないよ。もし、あったとしても、君の国へはかけられないよ。君も知っているだろう」

 その日からです。私は母のこと父のこと、そして弟のことが急に気になり始めたのです。

「会いたい!会いたい!」

 そう叫ぶ私は、心に蓄積されていた不満と不安をそこらじゅうに投げ出しました。まるで威勢の良い節分の豆のように。空っぽになるくらいに。

 そうして空っぽになった時、もしかしたら、母はもうこの世に存在しないのではなかろうか、と思いました。

 



                                           
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