中野一家/茜堂


【駅名表示板と切符達】

私のファミリーと名前が同じという理由から収集しています。
当然ですが、中野(なかの)という名前が付き原物収集できる物に限定されますが、駅名看板と切符くらいしか考え付きませんでした。
大きな駅名標などは難しいので、ホームの柱に設置されている琺瑯の駅名表示板等を集めてみました。

硬券切符に関しましては、二様式の赤線入り入場券と以降の無地の入場券(限定復活)、
片道乗車券では一般式以外で、矢印式(両・片矢印)に相互式と地図式を、
鉄道省時代の希少な定期券に、地下鉄中野駅連絡片道乗車券では矢印式と地図式を収録しています。


東京印刷場発行の赤線引き入場券。
下の赤線引きの最終券では、
印刷様式が大きく異なっています。
我家の親戚のような中央本線中野駅の琺瑯製駅名表示板と各種硬券切符です。

左写真琺瑯駅名表示板(597×118mm)、旧タイプ。
左写真
琺瑯駅名表示板(815×200mm)、新タイプ(下段広告枠)。
中写真上から
赤線入場券(2様式)、地図式片道乗車券(同距離、3等10円、10円2等、20円2等)、中野駅発行。
右写真上から
地図式片道乗車券(赤刷10円2等、20円2等)、矢印式片道乗車券(両矢印)、中野駅発行。
アーカイブス出版発行「昭和30年代の中野・杉並」12頁(カラー)に掲載。

それぞれの発行日付けは切符のダッチングを参照願います。地紋は国鉄JNR地紋。




昭和4年10月10日、矢印式片道乗車券(片矢印)、中野〜品川、三等、18銭、中野驛発行、鉄道省(GJR地紋)。
券表右肩に乙片の綴り穴用の黒点が印刷されています。
矢印式は昭和3年9月1日に、東京近郊の省線電車特定運賃区間で始めて使用開始されました。

昭和8年2月23日、相互式片道乗車券(両矢印)、中野〜品川、3等、18銭、中野驛発行、鉄道省(GJR地紋)。
相互式は昭和7年8月1日に、東京近郊の省線電車特定運賃区間で始めて使用開始されました。

写真左から 昭和12年5月2日、相互式片道乗車券(両矢印)、四ッ谷、市ヶ谷〜中野、3等、12銭、中野驛発行、鉄道省(GJR地紋)。
昭和13年3月11日、相互式片道乗車券(両矢印)、品川、田町〜中野、3等、18銭、中野驛発行、鉄道省(GJR地紋)。
同一区間の複数駅が併記共用化された券で、発行駅が右側に移行されています。




昭和30年6月26日、矢印式片道乗車券(片太矢印)、中野〜雪ケ谷大塚(五反田経由)、3等、30円、中野駅発行、国鉄(JNR地紋)。
アーカイブス出版発行「昭和30年代の中野・杉並」12頁(カラー)に掲載。

写真左から
昭和32年6月26日、矢印式片道乗車券(金額式片矢印)、3等、中野〜10円区間、自販機券、中野駅発行、国鉄(JNR地紋)。
アーカイブス出版発行「昭和30年代の中野・杉並」12頁(カラー)に掲載。
昭和41年3月25日、矢印式片道乗車券(金額式片矢印)、2等、中野〜20円区間、中野駅発行、国鉄(JNR地紋)。

昭和41年7月9日、相互式片道乗車券(両矢印)、中野〜本八幡、2等、110円、中野駅発行、国鉄(JNR地紋)。




昭和12年4月21日、地図式片道乗車券、3等、中野〜5銭区間、中野驛発行、鉄道省(GJR地紋)。




年代は昭和29〜35年、
8日の日付けで新宿〜御茶ノ水間を2等に変更し、
20円を支払った事が読み取れます。
中野車掌区発行の車内乗換券、国鉄(JNR地紋)。
乗車後に上の等級車両に乗換える際に発行される特別補充券の一種で、
昭和29年4月1日から3等より2等車両への変更用切符として、2等車内乗換券が生まれました。
アーカイブス出版発行「昭和30年代の中野・杉並」12頁(カラー)に掲載。

昭和35年7月1日の等級改正で1等車内上級変更券と変わり、
昭和44年5月10日の等級廃止で車内特別車両券(車内グリーン券)となった後、現在に至っています。
様式については異様式として、全国の車掌区で異なった様式をそれぞれ採択しています。




中野驛、年月日不明(戦中戦前)、10銭、領収證(精算切符)。
着駅の精算所で10銭の精算をした際に渡された綴り式で模切りの領収証。改札を出る際に使用切符と共に改札員に手渡します。
ちなみに発駅や途中駅では「追徴」、車内では「概算」。そして着駅が「精算」と分けられています。




写真左から
昭和41年5月8日、中野駅入場券(国分寺駅流用)、20円。
昭和41年5月9日、中野駅入場券(国分寺駅流用)、20円。

料金改定から2ケ月足らずで中野駅20円券がショートしたのでしょうか、不思議な事に国分寺駅入場券を流用しています。
日付けは1日違いですが昭和41年5月8日の券番は2094で、翌日9日の券番は0521と逆に若く、
その差は1573番とロットが違う様で大きくかけ離れています。

昭和43年8月24日、中野駅入場券、20円。
小児料金の施行は昭和44年11月15日から。
普通入場券に小児料金が設定されていない時代ですのでシンプルです。




写真左から昭和51年1月6日、中野駅大人専用入場券、30円。昭和51年7月25日、中野駅小児断線入り入場券、30円。




昭和58年8月24日、中野駅入場券、120円、国鉄軟券化最終日券(JR化後にJR券にて再販有り)。

平成1年2月3日、中野駅入場券、120円(大人)、60円(小人)。
写真左から
JR東日本発行123並び記念限定国鉄様式復活硬券入場券、小児断線入り入場券。小児専用入場券(昭和58年8月25日軟券化)。




鉄道省地紋の三等定期券、
大正時代の定期券を昭和に流用。
牛込駅は発行直後に飯田橋駅に改称。
昭和3年9月19日発行の学生定期券(中野驛発行)、牛込駅は定期使用中の昭和3年11月15日に飯田町駅と合併し飯田橋駅に改称。
中野〜牛込(千駄ヶ谷経由)、三等定期乗車券、学生、通用3箇月、7圓50銭、鉄道省(GJR地紋)。
使用人名記載部分は画像処理を行っております。

昭和51年6月30日まで有効、国鉄線乗車票、三鷹〜中野(往復)、国鉄(JNR地紋)。
ストや事故等で終日運休した場合に対象区間の定期所持者に発行した無料往復乗車券(乗車票)。
定期券と異なるのは往復一回限りという乗車規制が有る所です。




驚きの一日、特急スーパーあずさ27号の中野からの指定券。
平成18年4月15日、
新宿駅に架かる国道20号線跨線橋架替工事のため、始発から終日、列車運休や始発着駅の変更が発生する事になり、
それに伴い特急「あずさ」系列は新宿発から、中野発へと発着駅が変更されました。
あずさ系列が中野駅に停車する事は有りませんから、
非常に珍しい切符となります。
MV端末券は、
顧客操作型マルス端末で、
指定席自動券売機券。
青色磁気券。
黒色熱転写印刷、JRパール印刷。
平成18年4月15日、特急スーパーあずさ27号、マルスMV端末(指定席自動券売機)券、JR(JR東地紋)。




JR日本最南端のバス路線、終焉のJR九州バス。
平成12年5月23日、中野駅発行のJR九州バス山川線(山川〜山川港)の補充式片道乗車券、JR(JR東地紋)。
JR指宿枕崎線山川駅は日本最南端の有人駅。
JR九州バス山川線(枕崎〜山川港)は平成12年5月29日限りで撤退、翌30日から鹿児島交通に移管。



東日本鉄道(JR東日本)中央本線の中野駅は、島式ホーム4面8線の高架駅。
所在地は東京都中野区中野5丁目31番地1号。
明治22年4月11日に新宿〜立川(27.2km)を走る甲武鉄道の駅として開業しました。
当時の中野駅は現在より西方約100mの所に位置していたようです。

昭和59年8月22日、国鉄東京西鉄道管理局発行の甲武鉄道(中野〜飯田町間)電車運転80周年記念入場券(カバー付き3枚セット)。


明治37年、飯田町〜新宿間にて我国最初の電車運転が開始され、蒸気機関車との併用運転が始まります。
同年8月21日には中野駅まで延長運転される。写真
明治43年当事の電車。

写真左から
日本の鉄道で最初の自動信号機(飯田町付近)と、昭和13年、最後の木造車モハ10形(御茶ノ水付近)。
モハ10形はデハ63100形の改番形式で日本最後の木造電車となります。
ちなみに最初の鋼製電車はデハ73200形(改番形式はモハ30形)で、何故かここから旧電と呼ばれています。

写真
初代電車ハニフ1(昭和23年休車、昭和30年廃車、写真は松本電鉄保存機)。
記念入場券の画像比率は、他の切符の画像比率とは異なっています。

甲武鉄道は、明治37年8月21日に日本初の自動信号機を設置し、汽車と電車の併用運転を始めて行った鉄道会社として知られています。
明治39年3月31日には、国策の鉄道国有法公布により当時の鉄道作業局に編入され、官営鉄道へと変わります。
中央本線の別称である中央東線は、東京圏では中央線や中央快速線とも呼ばれ、
また、年輩の方では快速が急行であった頃のなごりから中央急行線とも呼ばれているようです。




昭和29年6月13日、三越前(裏面発行駅記載、銀座線)〜中野(国鉄)、国鉄連絡片道乗車券、帝都高速度交通営団三越前駅発行、営団(社地紋)。
地紋が国鉄地紋風(動輪が車輪に、JNRがJPRに、てつどう文字はこくてつ文字によく似ています)。
この年は丸ノ内線の池袋〜御茶ノ水間が開業した年です。

昭和41年3月16日、営団地下鉄東西線が国鉄中野駅乗り入れを開始。
帝都高速度交通営団(略称/営団地下鉄)は、平成16年4月1日に民営化され東京地下鉄(愛称/東京メトロ)となりました。

現在、東京メトロの中野駅(JR)には駅番号T01が付けられ、東西線の起点駅となります。
地下鉄の駅番号は平成16年4月1日、駅位置関係を誰にでも分り易くすると言う目的で設けられました。
東西線中野駅(起点)の場合、東西線=T、西側=01で、T01になります。
下段にある東西線西船橋駅の場合では、中野駅より23番目の駅となりますので、駅番号はT23となります。

駅番号(駅ナンバリング)の規則性は各鉄道会社によって異なりますが、東京メトロでは起点に関係なく概ね西と南から01で始まっています

昭和48年12月4日、西船橋駅〜営団地下鉄東西線(中野駅)接続〜三鷹駅、国鉄連絡片道乗車券(直通乗入区間)、営団(社地紋)。
昭和44年3月29日、営団地下鉄西船橋駅(現、駅番号T-23)開業。
昭和44年4月8日、営団側は中央線乗入れを荻窪駅から三鷹駅まで延長。

写真左から昭和58年3月29日、中野接続地下鉄連絡割引片道乗車券、吉祥寺〜中野(経由)〜地下鉄高田馬場、220円、国鉄(JNR地紋)。
昭和48年9月8日、中野接続地下鉄連絡片道乗車券、武蔵小金井〜中野(接続)〜神楽坂、110円、国鉄(JNR地紋)。
昭和49年2月20日、中野接続地下鉄連絡地図式片道乗車券、荻窪〜中野(接続)〜100円区間、国鉄(JNR地紋)。
昭和41年4月28日より荻窪〜中野間、営団の直通運転が始まる。

昭和26年5月11日、地下鉄連絡矢印式片道乗車券、中野〜地下鐵線各驛、3等、20円、国鉄中野驛発行、国鉄(JNR地紋)。
右側入鋏が国鉄中野驛、左側入鋏が乗換え帝都高速度交通営団。

昭和38年2月16日、帝都高速度交通営団、地図式片道乗車券、中野富士見駅、20円、営団(社地紋)。
駅名は中野単体では無いのですが縁起が良い名前(新、坂上、富士見)が三つも有るので、収録しています。

昭和44年9月11日、東急連絡相互式片道乗車券、中野〜都立大学(渋谷経由)、60円、国鉄中野駅発行、国鉄(JNR地紋)。
都立大学駅は東急東横線の駅ですが、駅名由来の東京都立大学(現、首都大学東京)は平成4年、八王子市南大沢へ移転。




付録(写真左から)昭和62年1月31日、名古屋鉄道、桜〜(新安城経由)蒲郡、御嵩、中野、840円、桜駅発行、社地紋。
名鉄八百津線(唯一の非電化区間)、中野駅は平成13年10月1日、廃線により廃止となりました。
無日付、わたらせ渓谷鐵道、相互式片道乗車券、水沼〜中野、小人、120円、水沼駅発行、社地紋。
わたらせ渓谷鐵道はJR東日本、足尾線を第三セクター化した鉄道で、平成元年3月29日開業、中野駅は同日新設される。

付録昭和20年8月25日、別府軽便鉄道、別府港〜中野、3等、3銭、別府港驛発行、社地紋。
昭和21年に別府鉄道に改称しその後、昭和59年2月1日に廃止となりました。

付録平成7年2月18日、南部縦貫鉄道、七戸〜中野、230円、七戸駅発行、社地紋。
平成9年5月5日に休止され、5年後の平成14年8月1日に正式廃止となりました。

切符比率は最上段のブロックとその他のブロックとでは異なっています。


茜堂の最寄り駅、九州の筑前大分駅の開設からの歴史や開通初日入場券に駅名標と駅舎の写真等を筑前大分駅物語に掲載しています。