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剱岳(つるぎだけ)山行記  2001年7月

今までの山登りの中で奥穂高岳と並ぶ難関ルートでした。結構長くなってしまいました。お暇な方だけ読んでください。

 

≪剱岳紹介≫
剱岳は、日本アルプスの中の「北アルプス」と呼ばれる山域にある2998メートルの山です。3000メートルには欠けるものの名前の通り山頂を城塞のような岩壁で固められた三角錐の山容の山でどこから眺めても堂々とした風格があります。剱岳周辺は、夏季には硬く乾いた岩と白い雪渓、青い空が美しく「岩と雪の殿堂」と呼ばれ、アルプス的な雰囲気が楽しめる山として有名。その山名に恥じない姿に古くから信仰の対象となり一方でより困難なルートを求める岳人たちの舞台となってきました。日本百名山の一つですが、槍ヶ岳や穂高岳と並び一般登山ルートの中では最難関ルートとして有名です。

 

≪山へのアプローチ≫
実は剱岳を目指すつもりは無く、立山あたりを縦走できればいいかなと思い観光名所の「黒部・立山アルペンルート」へのアプローチを考えていたのが、夫の「そこまで行くなら、剱岳登れないのかなあ」の一言で突然登りたい気持ちが湧いてしまったのが出発の1週間ほどまえ。天気や身体の調子と相談して、行ってから目的地を決めようといういつものやり方で、とにかく室堂ターミナルを目指した。

7月29日(日)早朝5時すぎに出発。8時に富山空港着。バスで富山駅へ。電鉄富山駅(JR富山駅に隣接)8時35分発で立山駅9時18分。ここまでは登山客らしい姿の人は少なく、飛行機も電車も空いていたのが、立山駅2階のケーブルカー駅に着いた途端に観光客と登山客で大混雑の状態に。どうやら普通はこの立山駅までバスや自家用車で来る人がほとんどのよう。ケーブルカーで美女平(びじょだいら)まで、標高500メートル近くを7分で登る。更に高原バスでおよそ1時間、標高1500メートルを登り室堂バス・ターミナル(標高2500m)に午前11時10分ごろ到着。このバス・ターミナルまでの東京からの夜行バスも便利らしい。

室堂バス・ターミナルは夏休みの日曜日ということで観光客が多く、添乗員さんたちの旗が色とりどりはためいていて、ツアー呼び出しのアナウンスが間断なく行われていた。黒部のほうからトンネル・バスと、ロープウエイでやってきた人々もここで休憩となる。私たちは富山名産の鱒寿司を昼食にして、正午に出発。

 

≪室堂バス・ターミナルを出発、剣山荘を目指す≫
正午に室堂(標高2400m)を出発。雷鳥平までは観光客の為に整備された散策ルートの道をひたすら下る。40分ほどで雷鳥平(標高2277m)を通り、雷鳥沢という川を渡る。この辺りは雪渓がまだ残っていて、日陰に入るとひんやりとした冷気を感じた。ここから山服の急坂をひたすら1時間半ほど登る。危険な場所は全く無いが、とにかくキツイ登りで息が切れる。午後2時半ごろ「別山乗越」(標高2760m)へ到着。急に眼前が開け、目の前に剱岳が広がり感動。

左の写真は「別山乗越」にある「剣御前小屋」という山小屋。立山周辺では最も多くの登山ルートが集中する交差点となる場所のため、多くの登山者がここで休憩していた。

 

 

 

 

 

 

 

左の写真は眼前に剱岳を臨むところ。と言っても、山頂はガスが出てしまい見えなかった。が、その右に連なる「八ツ峰」の山容が望め、岩山らしい姿に歓声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣御前小屋前で休んだ後、今晩の宿泊地「剣山荘(けんざんそう)」まで、緩い下り道を降りていく。

この辺りは雪が多く残っていて滑らないよう気をつけながらゆっくり下っていく。40分で剣山荘へ到着(標高2470m) 1日目は休憩を含み3時間半の歩行。標高差483mほどを登った。

 

小屋に到着するまでに剱岳から下山してくる人々に大勢出会ったが、その人々の様子(装備、足取りなど)を見ているうちに私達でも登れそうな気がしてきた。翌日この判断が甘かったことを思い知らされるのだが、とにかく小屋に到着するまでに剱岳を目指すことを決心していた。

 

 

 

小屋に到着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪剣山荘に泊まる≫
剱岳に最も近い山小屋で、登山のベースとして利用されている。1泊2食で8400円。剣沢から豊富な水を得られるため、登山客へのサービスとして沸かし湯でお風呂がある。山小屋なのにお風呂や水洗トイレがあるのは驚き。チェックインの時に、記念品として「剱岳登頂記念」と印刷されたステッカーを頂く。(まだ登ってないのになあ。)

部屋は6畳ほどでこの晩は地元の親子の二人との相部屋。(写真左)

 

 

 

 

 

 

食堂に隣接したデッキからは眼前にそびえる剱岳が望めた。(写真下)ちなみに山小屋なので夕食は5時、消灯は8時ごろ。朝食は5時から。朝5時より早く出発したい場合は、前夜にお弁当を作ってもらいこれを翌朝出発前に頂くことも出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪剱岳登頂≫
7月30日(月)朝4時半頃起きる。宿泊客の多くが3時ごろから起きて支度を始めていて、その物音でさすがに眠っていられない状況。朝食までに着替えや荷造りを済ませる。5時から朝食。昨晩に比べて食事を取る人は半分ほど、皆お弁当を食べて既に出発している様子。5時10分頃が日の出のようで、デッキにはアマチュア・カメラマン達が撮影中。天気はとても良い様子。出発する登山客のほとんどが荷物を小さくまとめて、残りを小屋に置いて出て行く姿を見て私たちも着替えや予備の食料などは置いていくことに変更する。そして5時40分に(この小屋から登る登山客のなかではほとんど最後の方で)出発。

 

 

 

 

 

 

 

小屋の裏の急なのぼり道をどんどん登っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、30分ほど登ると「一服剣(いっぷくつるぎ)」という頂に出る。(標高2618m)この途中ですでに中高年の登山者らしい数名が「もう、駄目だ。降りるわ」と座り込んでいる。登山客の大半はやはり中高年だが、関西圏からの人が多いよう。一服剣で休憩し出発。「武蔵谷のコル」と呼ばれるところまで、70m近く下がって「前剱(まえつるぎ)」2813mまで、クサリ場をいくつか通りながら1時間ほど登る。

左の写真は、そんなに難しくないクサリ場だったので写真を撮る余裕があったのですが、これから後は記憶も定かでない足がすくむような岩場の連続で、初めは「高所恐怖症かなあ。怖いなあ。」なんて言っていたけど、後半は安全第一で「周囲は見ない」と決心して一歩前だけを見て、なんとか進むようにした。それでも、『断崖絶壁』の隙間を足(といっても登山靴の指先だけ)で進んでいくような気分で、怖くて泣きそうな気分。もっと山登りの技術や経験があれば、これくらいなら恐怖感無く行けちゃうのでしょうが、(実際、夫は難なく登っていました。くやしい。)怖くて、恐ろしくて、必死の一歩一歩だった。

 

 

 

 

 

前剱(まえつるぎ)での休憩後、平蔵谷のコルまでは下り。そして、登りでの最大の難所「カニのタテバイ」と呼ばれるクサリ場を登る。これは垂直に40メートルほどの登り。私の下を登る夫が、その下にいた外国人に「怖い?」と日本語で聞いたら、「コワイー!」と日本語で答えたそうだ。私自身はこの登りは実はそれほど怖くなかった。登りは次の足がかりを探すのも顔の近くを探すので案外楽なのだ。どちらかというと、下りの方が下を見なくてはならないので恐怖感が先立つ上に、次の足がかりが見難くて、雰囲気で足を下ろすと滑りかけたりして最悪。横への移動も岩壁を抱きかかえるような感じでクサリを握りながら足がかりを探さなくてはならない。

実は、この「カニのタテバイ」は、思ったり怖くなかったためこれが最難所だと気付かず、また広場に到着したので私は身心ともにかなり疲労していたこともあり登頂を諦めた。更に難所があると思ったので、もうこれ以上は無理だと思い夫にここで待ってると言ってしまったのだ。で、夫だけ先へ登り始めたのだが、10分ほどのんびり休んでから、上を見上げると夫が勢い良く降りてくるのが見えた。あれれ?「この上が頂上だったよ。もう、あとは簡単だから一緒に登ろう」と言われ、晴れて頂上に。9時22分到着。夫はかわいそうに、ここを2往復する羽目に。おつかれさま。そして、ありがとう。

 

 

剱岳頂上(標高2998m)は、ゴツゴツした岩ですが、15メートルくらいの広さがあり、北には白馬岳、東に鹿島槍ヶ岳、浅間山、南には、富士山、南アルプス、穂高岳、北西には日本海が見えるそうだが、今回は雲が多く、これらの山は識別できなかった。残念。祠(ホコラ)があり安全登山のお礼をする。

山頂で50分ほど休憩し11時に下山開始。無事に降りれるかどうか不安は大きい。事故は下山途中の方が多いというのも痛感できるほど、既に疲労感が大きい。更に前述の通り、下りの方が技術的にも難しい(私にとっては)。というわけで、ザックに入れていた水筒やレイン・ウエアなどもここから夫に持ってもらうことになり、少しでも身軽になって安全確保することに。かたじけない。

まず、「カニのヨコバイ」。これは先ほどの「カニのタテバイ」の反対側にあり、(登りルートと下りルートが分けられている)こちらは横へ回っていくクサリ場だが、2,3歩進んだところから、4,50度曲がっているため先が見通せず、見えない向こうで「わー。どうやって行くんだ?」「もっと、足を伸ばして!」「そこそこ!」とか、登山者同士で声を掛け合いながら足場を探している様子が聞こえて、とても不安になる。

登りのときは「ここを下るときは怖いだろうな」と思ったけれど実際は岩場にかなり慣れてきたこともあり(荷物も持ってもらい軽くなったし)疲れて早く降りたいという気分も手伝って、思ったより時間もかからず(と言っても疲れ果ててヨタヨタでしたが)剣山荘まで帰ってきました。ちょうど到着するころに雨が降ってきて、本格的に降り出す前に帰れたことに感謝。午後1時10分無事到着。歩行時間は登り3時間半、下り3時間の合計6時間半、標高差はTTL530mほど。

雨も降ってきたので小屋に入り、置いてきた着替えなどの荷物を整理し、洗面所で顔を洗う。山小屋の室内の食堂で「牛丼」と「山菜うどん」をそれぞれ食べる。もちろん、山の途中で休憩のたびに「行動食」と呼ぶ簡単な食料は少しずつ食べるようにしていますが、私はどうしても後半になると疲れてきて食欲が無くなり食べられなくなってきます。

 

≪剣沢小屋に泊まる≫
疲れ果てていたので、このままもう一泊この山小屋に宿泊しても良かったのですが、近くの山小屋もせっかくなので行ってみたいという好奇心で昼食後に剣沢小屋まで40分歩くことにした。

こちらの山小屋も剣沢とよばれる沢のほとりにあるため水が豊富で水洗トイレ、シャワー完備。剣山荘の宿泊客はほとんど全員が剱岳を目指す人ですが、こちらの剣沢小屋は、剱岳の一般ルートを目指す登山客だけでなく沢登りやロック・クライミングなどのバリエーション・ルートを目指す人も多いようで、入り口には様々なルート案内の情報が貼り出されていた。また、登山客の装備もヘルメットや、ザイルなどあり雰囲気も玄人っぽい感じ。

この日の宿泊客は90名程度だそうで、私たちが泊まった6畳の部屋(畳が団地サイズのようでちょっと小さい)に8人が泊まることに。布団もちょっと小さめのようで、きれいにこの部屋に8人分敷くことが出来た。(もちろん、ザックなど全ての荷物は廊下に出します。)今年は、海の日の3連休がいちばんのピークで一晩に200名が宿泊したらしい。

偶然にも、私が雪山登りで3年前にお世話になったガイドさんと同室になり挨拶する。今回はやはりお客さんと岩登りをするそう。ルートを聞くと今日の私たちのルートの3倍ぐらい長くて、難しそうな行程で感心してしまう。

フジテレビと富山放送の中継番組があるそうで、この山小屋の前の広場で撮影の準備など10名ほどで忙しくやっていて見学する。本当は夕日に照らされた剱岳を生放送したかったそうだが、あいにく天気は悪く全く見えなかった。

 

 

 

≪靴が壊れる≫

実は、剱岳の下山途中に靴底が割れてしまった。剥がれ始めると、あっという間に半分ほど割れて裂けるように剥がれてしまった。剥がれた部分が2つ折りになり、その上に乗る形で歩くので、片足がクッションの上を歩いているような感触になる。8年ほど前に購入した軽登山靴でトレッキング・シューズと呼ばれる類の靴で、雪山はもっと本格的な革の登山靴で行ったものの、「この靴もこれで終わりか」と思うとちょっと淋しい。途中、予備の靴紐で巻きつけたりしてみたものの下山だけでかなりの衝撃があったようで、崩壊寸前になってしまった。剣沢小屋のご主人に相談したところ、下山までの応急処置として、電気ドリルで穴を開けて、靴の本体の裏側と剥がれかけている靴裏の部分を針金で何箇所かとめてもらった。これで実際に室堂まで無事に下山することができた。感謝。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪3日目(下山する)≫
靴が壊れなかったら、3日目に立山を縦走して室堂まで帰る、というプランも考えていたのだが疲労困憊していた上に更に天気も悪くまっすぐ下山することに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同室のほかの人々は早朝出発したが、私たちは下山だけの行程にしてしまったので朝食終了後のんびりコーヒーを飲んで休憩室にある本を読んだりして過ごした。

昨晩のテレビ撮影隊は今朝も生放送があるらしく、準備をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして朝7時にやっと小屋を出発。天気が悪く曇っていて全く山が見えない淋しい山道をひたすら登り、別山乗越へ7時45分到着。天気が良ければここで剱岳にお別れが出来たけれど全く見えず。ここからはひたすら下り雷鳥平には8時45分。下の写真は途中で雷鳥平や地獄谷を見下ろしたところ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷鳥平からは再度登りで、地獄谷を右手に室堂まで観光客に混じって歩く。最後に室堂の手前「みくりが池温泉」で汗を流す。みくりが池温泉は「日本一高所の温泉(2430m)」で有名。室堂バス・ターミナルに隣接する「立山ホテル」では外来の入浴は受け付けていないので、お風呂に入りたかったらここで入るしかありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

≪後日談:新しい靴を買う≫

翌週さっそく新しい軽登山靴を買った。8年前と比べると技術の進歩は大きく革製で尚且つ軽いものが開発されており、これを購入した。今度は革製なので靴裏部分が割れたら、修理に出して履き続けることが可能になる。革なので足に馴染むまで少し時間がかかるけれど今度は10年以上使えるといいな。ちなみにお店の人の話だと、今回登山靴の靴裏が割れたのは、かなり「持った」ほうで、もっと短時間(4,5年くらい)で、駄目になってしまうことも多いそうだ。1年に一回しか履かなくても、その後箱に入れたまま換気も悪い場所にしまって置いたりすると次回割れてしまうなんてこともあるようで、毎月履いた方が、持ちは良いらしい。

実は、3年ほどまえに購入したまま一度も履いたことも無い「沢登り」専用の「渓流」って名前の靴も持っているのだが、まだ大丈夫だろうか。不安。こちらは沢登りなので靴裏はフェルト生地になっている。。。

もう一つ反省ネタ。今回いわゆる「山岳保険」(旅行障害保険、スポーツ障害保険で、登山のために危険割り増しを付して加入契約する普通障害保険のこと)に入らずに行ってしまったことを大いに反省。これは遭難事故を起こしたとき民間のヘリコプターが出動すると一回の捜索で200万円程がかかるので、このような遭難時の捜索や救助などの費用をまかない、また落石などにより他人に怪我を負わせた場合の賠償や、自身がけがや死亡の場合の保険金を支払うもの。一般の生命保険や損害賠償保険は山登りが対象外となっているため特別に加入する必要がある。今までは、穂高や沢登りなど危険度が高いときは、必ず入っていたのですが久しぶりの山歩きだったため忘れてしまっていたのだった。帰ってきた数日後の新聞に剱岳の「カニのヨコバイ」で滑落死の記事がでていた。やはり、保険は大切。。。

 

 

 

 

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