初めてのスチームボート


闇市のブリキのボート

 終戦後、つまり昭和20年代のことです。
 当時小学生だった私は、空き地に種々雑多な露天商が店を広げている闇市の見物によく出かけました。
 その店のひとつに、何でも良く付くという、ハンダの微粒をペーストに練り込んだものを売っているおじさんがいました。おじさんのまわりに並べてある、そのハンダでくっつけたという見本の中に、ブリキで作ったボートがありました。ごく粗末なものだったろうと今では思うのですが、当時の私の目にはとても魅力的に映りました。
 そこで、ぜひあのボートを作ってみたいと、なけなしの小遣いをはたいて、そのハンダを買って帰りました。
 しかし、小学生の私には、結局そのボートは作れませんでした。

 それから40年ほどの歳月が流れました。

 模型工作を再開しようととりはじめた英誌「Model Engineer」の1995年の2・3月号に、その名も「A Biginner's Boat」という、空き缶を切り開いたブリキ板でつくる簡単なボートの製作記が載りました。
 これを見たとたんに小学生時代の夢が蘇りました。

もうひとつ蘇ったもの

 雑誌に載っている型紙どおりに、ブリキの代わりに工事現場で拾ったステンレス板を切り抜き、ハンダではなく銀ロウ付けで組み立て、めでたくボートが出来上がりました。
 さて、出来上がったボートを見ていると、蘇るものがもうひとつありました。
 中学生の時には、「子供の科学」(だったと思う)に載っていた、波をけたてて進む模型スチームボートの絵に魅せられ、首振りスチームエンジンを作りました。しかし、これも結局スクリューを回すことなく今日に至っているのです。
 ここにあげたのは、ふたつ作ったうちの2作目で、シリンダーは口紅のケースを利用しています。ピストンは丸く切って何枚も重ねた木綿布を真鍮円盤ではさみつけたものです。フライホイールは鉛を鋳込んで作ってあったのですが、後で申し上げる事情で、長いこと水底で過ごしたために一部が腐食してしまったので、真鍮で作り替えてあります。
 これをステンレス製のボートに載せて走らせ、昔の願いを叶えようというわけです。

ボイラーは新しく

 エンジンと一緒に作った木炭焚きボイラーは、缶詰の空き缶を利用したものでしたから、とうの昔に朽ち果ててしまっています(そのボイラーについては「模型ボイラー用の安全弁と水面計」の頁の「初めての水面計と安全弁」をご覧ください)。
 そこで今度は銅板を使って作りました。
 焼き鈍した銅板を丸めたり型板を使って打ち出したりして、ボイラー胴と鏡板を作り、旋盤で仕上げ削りをして組み合わせ、銀ロウ付けしてボイラー本体の出来上がりです。
 このボイラーは、あぶり缶式とでも言うのでしょうか、下からアルコールの炎で加熱する簡単なものです。

スチームボート走る

 さて、出来上がったボイラーとエンジンとを組み合わせて船体に載せる段になって、子供の時に木切れで作ったゴム動力船で遊んだときには全く気にしなかった、船の安定性という重要な問題に初めて気付きました。言葉だけで理解していたメタセンターなどというような用語が俄然身近になってきたのです。
 あれこれ戸惑いながら、何とか安定して浮かせられるようになったところで、次はラジコンの搭載です。
 私が子供の頃は真空管時代で、ラジコンもエーコン(ドングリ)形の小さな真空管を使い、電源もA電池B電池と2種も必要という有様でしたから、子供どころか大人にとっても遠い存在だったろうと思います。ですから私にはラジコンは高価なものという先入観が染みついていました。ところが買いに行ってみてビックリ。いかに簡単な2チャンネルの物とは言え、その値段の安さに改めて隔世の感を深くしました。
 こうして出来上がった初めてのスチームボートは、昔見た雑誌の絵のように波をけたててはいませんが、近くの沼の水面を軽やかなエンジン音を響かせながら進んで行きました。

座礁そして沈没!

 初めてのスチームボートは、走るには走ったのですが、いささかスピードが遅すぎます。これまた初めて作ったスクリューのせいではないかと、ブレードのねじれ加減を修正し、また沼へ出かけました。
 蒸気上げを待つ間に、ふと電池の消耗防止などということが頭に浮かび、受信機のスイッチをいったんオフにしたのが間違いのもと、エンジンが回り出したときにはそのことをすっかり忘れ、そのまま発進させてしまいました。
 でもまあいいや、向こう岸に着いたらスイッチを入れよう。
 ところが航路魔多し、行く手の水面に斜めに突き出していた太いパイプに乗り上げて大きく傾き、船べりが水面下になってしまったのです。なにしろ上面は開けっ放しの船ですからたまりません、どっと水が入り込み、文字通りアッと言う間もなく沈没してしまいました。 

ボートはいずこ

 あわてて家へとってかえし、急ごしらえのサルベージ用具をたずさえ沼に戻りましたが、水が濁っているので船の所在はわからず、ここぞと思うあたりの沼の底をさんざん探ったのですが手応えなし。
 沈めてしまったのは夏でしたので、冬になれば植物性プランクトンなどが減って水が澄むのではと期待したのですが、さほどではなく、やはり船体は見えません。
 やがて春が来ました。
 そうだ、あれは農業用の溜池なのだから、田植えのシーズンには水を落とすのではないだろうか。
 しかし、農地の宅地化が進んだ今ではその役目も終り、水を抜く予定はないとのこと、残念!

レイズ・ザ・モデルボート

 スチームボートが沼に沈んでから3回目の冬がやって来ましたが、どういうわけか沼の水の透明度が例年の冬よりもかなり良いのです。これはひょっとしたらと期待して、犬の散歩かたがた通ったある日、朝日に照らし出された沼の底に、土埃に覆われてはいるものの、船体とおぼしき高まりが見えるではありませんか。おお、あれだ!
 さて、めでたく見つけたものの、岸から5・6メートルほど離れている水底に横たわる船をどうやって引き揚げるかが問題でしたが、サルベージ作業の手順は省略しまして、2年半ぶりに我が手に戻ったモデルボートをそっとわが家に持ち帰り、水をかけて泥汚れを洗い落としました。
 船体はステンレス製なので、さすが不銹鋼、その輝きは沈没前と少しも変わらず、晴れわたった冬の青空を映しています。

レストア・ザ・モデルボート

  引き揚げたスチームボートを点検してみると、もちろんラジコン装置はすべて駄目になっていますが、その他のものは、ユニバーサルジョイントの押しネジのような鉄製品がすっかり腐食しているだけで、エンジンやボイラーの真鍮や銅、銀ロウ付けした部分などは何ともなく、圧力テストでも異常はありませんでした。
 ただ、ハンダ付けで組み立ててあったアルコールバーナーだけは、ハンダが腐食されかかって隙間があいたりしているので、ハンダ付けをやりなおす必要がありました(なお、このアルコールバーナーは、燃料タンクから突き出している金属パイプに詰めてある灯心にしみこんだアルコールが、パイプのスリットから外に出て燃えるという、私にとって初めての変った構造をしています)。
 そして、つけてなかった排気のオイルトラップを取り付け、ステンレスの地肌のままだった船体を塗装して、初めてのスチームボートは復活いたしました。

ボイラーを作り替える

 その後、この船は廃船にしてラジコンパーツをほかの船に使おうと、ばらしかかりました。
 しかし、記念すべきスチームボート1号艇なのだから保存しようと気が変わっただけでなく、もっと性能のよいボイラーに積み替えてやることを思い立ちました。
 これまでに積んでいたボイラーの欠点は、まず重いことです。
 そのため喫水が深く乾玄は浅くなり、上面が開けっぴろげでコーミングなどもないこの船は、いつも舷側からの浸水を心配しながら走らせなければなりません。
 それから、このボイラーはあぶり缶式、つまり上に置いたボイラー胴を下からアルコールランプで加熱するタイプなので重心が高いことです。
 それを積んだ船の重心も高くなり、不安定でローリングを起こしやすいのです。
 そして火力が弱いのでエンジンの回転も上がらないのです。
 それらの欠点を解消すべく作ったのが、ご覧のブタンガス焚き縦型ボイラーです。
 直径65ミリ高さ80ミリと小ぶりなので、入る水量はこれまでのものより50ccほど少ない150ccですが、20分ぐらいは運転できます。
 組み合わせてあるエンジンは、ボア14ミリストローク20ミリと、かなり蒸気を食うのであまり回転は上がりません。そのかわりトルクはあるので、スクリューをこれまでの径36ミリから一気に56ミリにしてみました。
 まだ風呂桶でのテスト運転しかしていませんが、推進力はかなり増加したようです。
 

とてもあの絵のようには・・・

 SRBCの2008年新春走航会で、改装なった初めてのスチームボートを石神井池の水面を走らせてみました。
 まあ昔夢見た波をけたたて進むとまではいきませんが、改装前より数段速く走ってくれました。
 しかし、子供の時に見たあの絵のスチームボートは、たしかボイラーはあぶり缶式のアルコールランプ型熱源で、エンジンは首振り単気筒だったように記憶しています。
 ですから、波をけたてて進む様子を描いたあの絵はスピードをたいへん誇張したものだったなぁと、今にして思うのであります。


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