自然のエネルギーが持ち主に様々な作用を及ぼすという天然石水晶パワーストーンの波動やエネルギー、見えないけれども確実に身の回りに 存在するものを感じ取っていただき体や心の癒しに役立てます
福井県今立町の天然記念物「薄墨桜」
薄墨桜は二六代継体天皇によるお手植!

日本人は、なんといってもお花見です。花や景色を愛でる風流人の貴方、
今年の桜はどこで見ますか

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明治以降弘前や高遠などの城跡にサクラが植えられたが、サクラ前線は五カ月間をかけて日本列島を北上します。
 薄墨桜は、二六代・継体天皇によるお手植だという伝説があります。
(福井県今立町の天然記念物「薄墨桜」うすずみざくらと聞くと根尾村の淡墨桜を思い浮かべるが、今立町の桜は、福井県有数の桜の名所 「花筐 企園」にあり、樹齢約六百年、こちらも維体天皇ゆかりの桜と伝えられている。)      継体天皇といえば聖徳太子より約百年 も前の人です。そのころ皇位継承権を巡って争いが起こり、父の弘計王は息子の安全を考え、人目につかないところで育てようと、ある夫 婦に預 けました。彼らは苦難の末、岐阜県の根尾谷にたどり着き、そこで養育しました。王はすくすくと成長し、成人後、都からの招きで根尾谷を去るこ とになります。里の民との別れを惜しんだ王は、桜の苗木をお手植えになり

身の代と遺す桜は薄住(うすずみ)よ 千代に其の名を栄盛へ止むる
と詠まれました。これが現在の薄墨桜だといわれます。 岐阜県根尾村とは桜が緑で、町が姉妹縁組している。
JR北陸本線武生駅で下車し、駅前から福鉄バス南越線、戸ノロ行きに乗り換える。 ここは福井県でも有数の桜の名所で、目ざす薄墨桜は背後にそびえる三里山の山頂近くにある。樹齢約六〇〇年、幹廻り四・五m、高さ約九m の大老木で、継体天皇が即位して京都に上る際、形見として植えたと伝えられている。
和紙の里通リ かつて、福井鉄道南越線が走っていた廃線跡は道路や観光名所の「和紙の里通リ」などに変身。
残された桜を世人は筐(かたみ)の花と呼び、のち俗風に染まるのをおそれ、人跡まれな現在の地へ移し、天皇の遺跡とあがめるよう になる。麓からは急坂ながら小径が通じ、登ること約二〇分、その優美な姿を観ると疲れを忘れる。ちなみに満開のときは白、散り際にはその 名の通り薄墨色を帯びてくるという。
観光スポット (人気上昇中) 和紙の里会館桜と和紙の里へ
今立町は福井県の中部、越前和紙の里としても知られる静かな町。昭和三一年、栗田部町が岡本村などを編入改称して誕生した。福井県有数の観光名所として人気上昇中の「和紙の里通り」は、南越線岡本新駅跡を整備したもの。その変りぶりにはピックリ和紙の里通りを散策 旧岡本村の五箇 所地方は越前和紙の産地で、現在でも紙業が盛ん。今立町はズバリ「和紙の里」で、岡本新駅跡にできた「和紙の里通り」は同町のシンボル。通り には、和紙の里会館、卯立(うだつ)の工芸館、パピルス館の各施設がある。
 和紙の里会館へ
ここは越前和紙の資料館で、越前和紙の歴 史や作り方などを各種資料や「和紙人形」などで紹介している。生活様式に密着した同和紙の奥義を・・・。
卯立の工芸館
江戸時代中ごろの紙すき屋敷を移築復元したもの。卯立とは、屋根が壁を立ち上げた珍しい造りで、かつて当地方の各所にみられた家屋。館内では昔ながらの道具を使い、工芸士が伝統の紙すきを実演してくれる。それはまさに”技の匠”。パピルス館では紙すきが体験できるので、自分だけのオリジナル和紙 づくりも
三月下旬から四月にかけて、日本本土では春たけなわになる。この時期は一年中で最も気温が急上昇する季節で、十日間に2−4℃も温かくなるところもあり、春は馳け足でやってくる 。サクラの花は平均気温が10℃ぐらいになると咲き始めるが、その開花時期は、その年の陽気の進行状況を示すバロメーターになっている。この頃になると、新開やテレビの天気予報て、連日のようにサクラ前線についての情報が流される。奄美諸島や琉球諸島に咲くサクラはヒカンザクラ である。このサクラは中国華南や台湾にもみられるが、花は濃い緋紅色で、一カ所にニ−三個ずつ付さ、本土のサクラとは見た目にも大きく異なる 。ヒカンザクラの開花は華南では12月中旬からである。サクラの名所として有名な沖縄の名護市城跡公園の開花は1月中旬である。ヒカンザクラ の開花期間は一カ月にもおよぶのでゆっくり花をめでることができる。日本本土で最も普遍的なサクラはソメイヨシノで、気象庁はその開花期を 植物季節の指標にしている。東京の平均開花日は三月二七日、仙台は四月十日、北海道の松前で五月二日になる。流氷が押し寄せるオホーツク海沿 岸は五月下旬、遅い年は六月上旬になる。このあたりのサクラはチシマザクラであり、開花とともに葉がでる。いわゆる葉ザクラになる。
サクラはヒマラヤからシベリアまであるが、日本に は細かく分けて百種以上のサクラがあるなど、品種が多いために国花にされている。ソメイ ヨシノはオオシマザクラとエドヒガンを交配して、幕 末に作られらた品種で、染井村(豊島区)で選抜されていたことから、その名がつけられた。このほかヒガンザクラ・ヤマザクラ・サトザクラなど がある。ワシントンをはじめ、欧米諸国にも植えられ、新しいサクラの名所もできている。サクラをめでる観桜会が盛んになるのは安土桃山時代 以降だが、江戸時代に入るとさらに盛大となり、江戸の上野山、京都の嵐山などの名所が生まれた。
「奥の細道」の旅は、石川県に。
永平寺
永平寺は寛元二 (二一四四)年に道元禅師によっ て開山して以来、法燈を伝えてきた曹洞宗の総本山。
一般の参拝者はまず講話を受け、案内僧に従って見 学することができます。
●永平寺 JR北陸本線福井駅から京福電鉄永平寺線で永平寺駅下車、徒歩10分 拝観料400円

敦賀  八月十四日(陽暦九月二十七日)
 名月を敦賀で眺 めようと期待して来た芭蕉は、まず気比神宮に夜参 りして月見をする。
その翌日の十五夜は雨になって しまった。
気比神宮 ⇔
越前一宮の格式を持ち、赤の大鳥居は厳島神社、春日大社と並び日本三大鳥居と称されます。
●気比神宮 1R北陸本線敦賀駅よりバスで「気比 神宮」まで5分

種の浜・色の浜
 十六日、そらはれたれば、ますほの小貝ひろはんと、種の浜に船を走す海上七里あり。天屋何某と云もの、破籠小竹筒など・・・
追風時のまに吹着ぬ。浜はわづかなる海士の小家にて、わびしき法花寺あり。ここに茶を飲、酒をあたためて、夕ぐれのさびしさ、感に堪たり。
       
 寂しさや須磨にかちたる浜の秋
 
 浪の間や小貝にまじる萩の塵

某日のあらまし、等栽に筆をとらせて寺に残す。

西行ゆかりの「ますほの小貝」を拾おうとして、 芭蕉は敦賀の港から船で色の浜に到着した。
今でも 浜辺には薄桃色の小さな貝が打ち上げられていますが、 地元の人でなければ、見つけるのはなかなか難しい。芭蕉が色の浜に立ち寄った際のあらましを、随行した等栽が書き留めたものが色の浜の本隆寺に残されています。
●色の浜 JR北陸本線敦賀駅よりバスで「色浜」 まで30分

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