「奥の細道」の旅は、山形県に。
立石寺
山寺の名で知られる宝珠山立石寺(ほうじゅさんりっしゃくじ)は慈覚大師円仁が開山したと伝えられる天台宗の古剃。芭蕉の名句
「閑さや岩にしみ入蝉の声」
が生まれた舞台でする。山門より奥の院まで一〇〇〇余段の右投が続き、百丈岩を背景にして、芭蕉のせみ塚があります。ふもとには山寺芭蕉記念館、その向かいには名所の山寺風雅の国があるので立石寺詣での後に
訪れては・・・。
●立石寺 JR仙山線山寺駅より徒歩5分 7時〜17時 拝観料300円
●山寺芭蕉記念館 JR仙山線山寺駅より徒歩7分 9時〜16時30分 月曜休 入館料400円
最上川
日本三大急流の一つと呼ばれる最上川で芭蕉は船上の人となり、清川で上陸し、狩川を経て羽黒山へ。
現在は古口から草薙温泉まで約1時間の「最上川芭蕉ライン舟下り」があり、「五月雨を……」の句を実感することができる 「最上川義経ロマン観光」も。
●最上川芭蕉ライン舟下り(0233−72−2001)無休 乗船1970円 JR陸羽東線古口駅より徒歩7分
●最上川義経ロマン観光(0234−57−2148) 無休 乗船1930円 JR陸羽西線高屋駅より徒歩15分
出羽三山
出羽三山は、古来修験道の本場としで有名な霊場。
羽黒山には出羽神社、月山頂上には月山神社、湯殿山には湯殿神社が祀られているが、冬期は月山と湯殿山は参拝不可のため、一年を通して参拝できる羽黒山の出羽神社が三山の神を合祀して、三神合祭殿(さんしんごうさいでん)となっています。
まず羽里山に向かった芭蕉は六月三日(陽暦七月十九日)に、中腹の南谷別院に泊まった。羽黒山の随身門を入って祓川(はらいがわ)を渡ると、登り口に国宝五重塔が優美な姿を現します。芭蕉が泊まった南谷別院は、三の坂の登り口を右折した林の中にありましたが、今は礎石のみで、芭蕉の句碑がひっそりと立っています。
芭蕉は羽黒山を詣でた翌日、月山に登って行者小屋に泊まり、湯殿山へ向かいます。湯殿山は、湯の湧き出る岩が御神体。「語るなかれ、開くなかれ」という掟があり、芭蕉もその霊気を
「語られぬ湯殿にぬらす快かな」
の句に詠み込んでいる。
●羽黒山 JR羽越本線鶴岡駅からバス羽黒山頂行きで「羽黒センター」まで40分
問合せ/羽黒町観光商工課0235−62−2111
●月山 lR羽越本線鶴岡駅からバス月山八合目行きで終点まで1時間30分、羽黒センターからはバスで1時間(共に7月〜9月運行)、頂上までは登り2時間 問合せ/羽黒町観光商工課0235−62-2111
●湯殿山 JR羽越本線鶴岡駅からバス湯殿山行きで終点まで1時間20分(6月〜10月)、参拝専門のバスに乗り換えて20分 問合せ/朝日村観光課0235−53−2111
酒田
六月十三日(陽暦七月二十九日)、芭蕉は鶴岡の内川を船で下り、夕方に酒田に着き、医師の沖派玄順、俳号不玉(ふぎよく)の家に泊まった。酒田港の近くの山居倉庫は、酒田米穀取引所の付属倉庫として造られ、海運の町の繁栄を物語る。港を見下ろす日和山公園には
「あつみ山や…・:」の句碑が立っている。
●山居倉庫・日和山公園 JR羽越本線酒田駅から共に車で10分
山形県の山頭火
山頭火が鼠の牌を越え、みちのくの山形県こ入ったのは六月十三日。鶴岡からは太平洋側の仙台へと抜け、塩釜、松島に遊び、十六日には『奥の細道』のハイライトでもある平泉へ。
夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡 芭蕉
五月雨の降のこしてや光堂 芭蕉
もちろん山頭火もよく知っている俳句。これに対してあっけらかんと、次のような句を作っている。

【平泉】 ここまでを来し水飲んで去る 山頭火
たしかにここまでが、山頭火の北限の旅である。ただそれだけのこと、俳聖といわれる芭蕉にも特別の思い入れがあるわけでない。それから引き返し、復路は仙台から鳴子、山形県の酒田を経て福井県にある曹洞宗の総本山永平寺には五日間参籠した。そこで禅者として身心の脱落を内観したかの句を作っている。これがおそらく最大の収穫であったろう。
【永平寺三句】
水音のたえずして御仏とあり 山頭火
てふてふひらひらいらかをこえた 山頭火
法堂あけはなつ明けはなれている 山頭火
山頭火(明治十五年〜昭和十五年)が生涯詠んだ句は、あわせて八万四千句にのぼるといわれている。 |