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各地をご案内 > 春の七草
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あの子はたあれ 作詞 細川雄太郎 作曲 海沼 実 1 あの子はたあれ たれでしょね なんなんなつめの 花の下 お人形さんと 遊んでる 可愛い美代ちゃんじゃないでしょか 2 あの子はたあれ たれでしょね こんこん小やぶの 細道を 竹馬ごっこで 遊んでる 隣の健ちゃんじゃ ないでしょか 3 あの子はたあれ たれでしょね とんとん峠の 坂道を ひとりでてくてく あるいてる お寺の小僧じゃ ないでしょか 4 あの子はたあれ たれでしょね お窓にうつった 影法師 お外はいつか 日がくれて お空にお月さんの 笑い顔 |
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〇秋の七草は山上憶良が詠んだ以下の2首の歌がその由来とされています。
秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花 (万葉集・巻八 1537)
萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花 (万葉集・巻八 1538)
澄んだ空気の中で、ひっそりと咲く野の花が秋の訪づれを告げます。花野を散策して短歌や俳句を詠むことが、古来より行われていました。秋の七草は、それを摘んだり食べたりするものではなく、眺めて楽しむもの。
○ ハギ(芽子) 【マメ科】
マメ科の落葉低木。『万葉集』には一四一首もある筆頭花。
ハギの良さは、迫力のない侍しげな符まい、赤白に咲き分けられた可憐な花。白露に濡れたハギ、月影にゆさゆさ揺らぐハギの風情に人々の心は惹きつけられます。
「しら露をこぼさぬ萩のうねり哉」 芭蕉
万葉の歌人も馬をつらねてハギの花見に行ったのでしょう。
「秋風は冷(すず)しくなりぬ馬並(な)めて いざ野に行かな 芽子(はぎ)が花見に」 巻十二一〇三
『枕草子』の「草の花は」の段には、
「萩は、いと色深く、枝たをやかに咲きたるが、朝露に濡れてなよなよとひろごり伏したる。さ牡鹿のわきて立ち馴らすらむも、心ことなり」と賞しています。また、一茶が詠んだ「小男鹿の喰こぼしけり萩の花」という句もあり、とりわけ鹿は好んで立ち寄るらしい。『源氏物語』には、小萩、萩の露、萩の宴、萩が花ずり、などという言葉が出ている。また、「栗」の巻に、「今のうちはお心のままに、折ればこぼれ落ちそうな萩の露、拾えば消えてしまいそうな玉笹の霰と云ったような・・・」と。また、「桐壷」の巻には、「宮城野の露咲きむすぶ音に小はぎがもとを思ひこそやれ」とあります。
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首を垂れて物思いにふけっているかのようにみて、「思い草」といった雅かな名前がついた。
『万葉集』には一七首読まれている。そのうちの一種に、
「道の邁の尾花がしたの思い草今さらに なぞ物か念(おも)はむ」 巻十 二二七〇
の歌があります。
六〜七月頃ススキの草叢から、ヤプキリがギー・ギーと鳴く。八月頃には、キリギリスがギリース・チョンと鳴く。
子供の頃の虫捕り風景が懐かしく思い出されます。
秋には、茎の頂に穂を抽出、晩秋には、北風に銀の穂が揺れ、冬には枯れススキとなります。
逞しい植物ですが、開発によって身の周りから消えていくことが寂しい限り。
茅茸屋根の材料、家の囲い、すだれ、ほうき、そして昔懐かしい炭俵などはススキの守備範囲でした。
茅葺(草葺)屋根は、かつては先人が築き残してきた日本民家の原風景でした。今では、あっという間にその姿を消してしまい、世界遺産に登録された富山五箇山地域の茅葺合掌集落では、後継者不足で四〇〇年続いてきた伝統の技を、果たして二十一世紀へと継承できるか、遺産を守る誇りと現実との乖離(かいり)に苦悩は深刻のようです。茅の名前は、カルカヤ(刈萱)を指しますが一般に言う茅葺には、ススキ・オギ・ヨシなどを含めて茅葺と呼んでいます。今日「芝棟しばむね」と言っても知る人は少ない。古くは、茅葺の棟に、乾燥に強く根張りの旺盛なシバ、アヤメ科のイチハツ・アヤメさらにギボウシ・ユリなどを植えて棟を固める風習があり、「屋根の花園」 は今では遠い記憶として消え去ってしまった。
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