ゴンドラの唄
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いのち短し 恋せよ乙女
 朱き唇 褪せぬ間に
 熱き血潮の 冷えぬ間に
 明日の月日は ないものを

 いのち短し 恋せよ乙女
 いざ手をとりて 彼の舟に
 いざ燃ゆる頬を 君が頬に
 ここには誰れも 来ぬものを

 いのち短し 恋せよ乙女
 黒髪の色 褪せぬ間に
 心のほのお 消えぬ間に
 今日はふたたび 来ぬものを
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江戸時代の寺小屋の話へ  二百六十五年続いた江戸時代の行政から学べること
 江戸時代の行政は、(超)がつくほど手薄だと書いた。 がんじがらめの封建政府どころか、日本でもっとも警察制度が完備していた江戸でさえ、武装していない民衆による打ち壊しが始まると、町奉行所も火付盗賊改も、暴動が鎮静化するのを待つほかないほどの人手しかなかった。これが武家政治つまり軍事政権とは信じられないほどの無力さで、民血芸デモに対して戦車で対抗した科学的社会主義政権とは天地の差がある。あまりにも手薄だから、打ち壊しが起きても取り締まらない代わりに、民間に対してほとんど何もしない。民主政府と違って、徳川幕府には、クニは国民に対するサービス機関だという意識がもともとまったくなかったが、かりに、いくらかあったとしても、能力も人手もないから、ないのと同じだった。 これに対して、現代の日本の行政は、手厚すぎるほど手厚い……と書けば、行政に大きな期待を寄せている人々に、行政はやるべきことをろくにやらず、やらなくてもいいことばかりやっているではないか、と非難されるだろう。このあたりになると、行政に対する利害関係や期待の程度によって何とでもいえるが、とにかく、現代のク二つまり中央政府も自治体の行政組織も、江戸時代の行政に比べて巨大化しているといっても反対する人はいないはずだ。大きな政府が手厚くいろいろなことをやってくれること自体は、大変結構だ。たとえば、私ぐらいの年齢になると、若い頃より体力がなくなり、いずれ体が動かなくなるのではないかという不安があるから、クニに手厚い社会保障をやってほしいという期待はますますふくらむ。
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