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5.世界の鯉釣り |
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| イタリアの旅情 | |
| フェッラーラ州 フェッラーラは州の名前であり、また、州都もフェッラーラです。 |
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| フェッラーラの駅 バスとタクシーがあるのは、同じ風景ですが、これでも、向かって右には、バールと称する簡易食堂、そして弁当(サンドイッチとピッツァ)があります。 二人のタクシーの運転手さんが英語を話します。遠乗りするから直ぐ顔なじみになりました。自宅の電話番号も教えてくれる上客でした。 何事も良き付き合いからです。 |
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| 街中を流れる運河で、ポー河に繋がっている。あいにくポー河との接点の、閘門が工事中でした。 ここから、アドリア海、そして、ヴェネツイアまでの、船旅があるとのことでしたが、運行していませんでした。 ポー川は清流ですが、運河はご覧の通り。 |
13世紀から16世紀の間、当地を納めたエステ家は、芸術・美術を愛し、偉功は各地に残っています。 町を囲んでいた城壁の一部は今も健在です。 |
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| 川釣りをしている人には、川の右岸、左岸はご存じです。下の看板は、ポー河右岸(川下に向かって右)の重要施設を表示しています。 右岸がフェラーラ州 |
昔の徴税事務所跡。入れません。フェッラーラを統治していたエステ家の、豊かな財源は、アドリア海からポー河を遡上して、ミラノに通じる舟運の拠点であったからと納得できます。 アドリア海、地中海、そして東洋へ通じる通商ルートを、想像できます。 アドリア海の覇権を握っていたヴェネツイア共和国が、フェッラーラに目を付けたのは当然でしょう。 |
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| 鯉釣りのホームページから、イタリアの歴史に言及するのも気が引けますが、さわりだけ。 つい100年ほど前まで、イタリアは独自の文化を持った都市国家の集まりでした。日本も江戸時代までそうであったのだから、我々にとってはそんなに意外性はありません。言葉だって多様でしたから。 |
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小国が乱立し、絶え間ない紛争が続いた15世紀末のイタリア。そして、フィレンツエの政治家であったマキュアヴェリが名著「君主論」を書くきっかけになったという、フェッラーラのエステ家のことを知れば、フェッラーラに一層の興味が沸いてくるでしょう。 世界遺産になっているフェッラーラの、石畳の旧市街。角を曲がると、ふと、中世の貴婦人が現れても可笑しくない街並み。 知れば、厳しい歴史の現実、運命に弄ばれた薄倖の美女ルクレツィア、兄の政略結婚の犠牲となり、過酷な運命に曝されて、今、此の地に眠っています。 |
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ルクレツィアがエステ家に嫁いできたのは1502年でした。第一回の、イタリア鯉釣り旅行の年は、2002年で、輿入れ500年祭の年でした。 彼女の父はローマ教皇。兄チェーザレと父教皇が当地を征服せんとする野望のため、政略結婚でエステ家に嫁いできました。 しかし、1503年、教皇が亡くなり、5才年上の兄も病に倒れ、1507年兄も息を引き取りました。その病が、当時、ローマに流行したマラリアであったというのが、興味を引きました。 父と兄亡き後、後ろ盾を失ったルクレツィアの悲嘆。1519年、39年の短い一生を終えました。 兄チェーザレの野望を満たすための手段を選ばぬ残忍さは有名で、なお、ご興味ある方は、塩野七生さんの著書をご覧下さい。 |
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| 丁度、フェッラーラのお祭りでした。州各地の観光案内や、名産品の展示がありました。 私に一番興味があったのは、農家が持ち込んだ自家製の蜂蜜でした。日本で買えばさぞや高価な、栗、アカシア、菩提樹等の純粋蜂蜜でした。重たいのに日本に持ち帰りました。期待通りに美味しかったです。 |
町を取り巻く旧城壁が残っています。見学に来る物好きも少ない様です。 城壁の上も上がれます。木陰で涼しい処でした。 |
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| 「郵便配達は二度ベルを鳴らす」 イタリア映画 監督:ルキノ ヴィスコンティ Luchino Visconti 原題名:Ossessione (悪夢、幻想) 制作年:1942年(昭和17年) |
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この映画には、フェッラーラやコディゴロを舞台にしています。両都市の位置関係は、上の地図をご参照下さい。 主人公がコディゴロに鰻釣りに出かける話が絡みますが、コディゴロは、今も、鰻釣りの好漁場です。 |
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| ルキノ ヴィスコンティ生誕100年を記念して、2006年(平成18年)に、映画館やNHKの衛星放送で多くの作品が上映されました。いちいちご紹介出来ませんが、ここに、フェッラーラを舞台とした「郵便配達は二度ベルを鳴らす」に触れておきます。 この映画の題名は聞いていましたが、古い作品であるため、観たことはありませんでした。2006年(平成18年)11月29日、NHKの衛星放送で始めて観ました。 1942年の原作ですが、フェッラーラの駅や街並みは今も同じです。 |
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| 流れ者の若い男が、ガソリン・スタンド兼簡易食堂に、偶然、やってきます。この店は、不釣り合いな夫婦の経営。美人の妻に初老の太った夫。女は、やっとありついた妻の座なるも、亭主は初老で、歌はうまいが今ひとつ。この亭主の趣味は釣りで、大物が釣れたと言う情報があれば、直ぐにでも飛んでいく釣り狂。流れ者の男は、自動車修理の特技がありと偽り、亭主に取り入る。亭主は、男の過去も知らず、自分の食堂で働けと薦める。やがて、亭主は鰻釣りに。こんな頃から、当地は鰻釣りが盛んだったのですね。 若い二人に、不倫の願ってもない機会がやってくる。男は今ひとつ気乗りがしないのに、女は、若い男に、見境もなく夢中になる。 この辺の、描写はルキノ ヴィスコンティのお手の物です。 やがて、邪魔になるのは、亭主。どう見ても、女が積極的で、三人が自家用トラックに乗り、川縁(ポー川?)をドライブ中に、自動車事故死に見せかけ、亭主を殺害する。 この街道(ポー川からミラノに向かう幹線道路?)は、当時でも人目があるところ。警察は聞き込みで、殺人と推測。二人に見張りの刑事が付く。 二人は、幻想や邪推( 題名のOssessione )に悩まされ、お互いが不信感に陥る。この状況から逃れるため、車で高飛びを計画、実行の途次、今度は実際の自動車事故で、堤防から、川に転落。女は即死、男は無事。 いつもの皮肉な結末。一度あることは二度あると言うことでしょうか。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」 |
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| まだ、沢山の話題がありますが、いずれ、追記します。 | ||
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