今月の「えこひいき日記」
つれづれなるままノンジャンルに「気になったこと」を書き連ねてあります。
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2001年7月26日に表示形式を変更しました。
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Web草思・連載(2006.12-2007.05)
2013年4月30日
私が「猫」を好きになったのは、メフィーの死後のような気がする。それまではメフィー(享年18歳。NYからつれて帰った。“全てを支配する”ふわふわ黒猫)やネリノ(享年8歳。NYから連れ帰り、奇跡的魅力で“猫嫌い”だった実家に好かれ、そちらの猫になった。神経質な黒猫)が好きだった気がする。メフィーに感じたようなモノを「猫」全般に持っていたかというと、それほどではなかった気がする。
メフィーが死んで変わったことは、動物保護団体に不定期だが継続的援助するようになったこと。メフィーの死後に震災が起こったというのも大きかったと思う。
直接には出来なくても(実際の保護活動など)、出来ることをしようと思った。それがわずか過ぎて無力に思えるほどでも。以前なら「わずか過ぎて無力に思える」のほうに囚われていたと思う。「わずか過ぎて無力」なことは「無いのと同じ」で、「その程度しか出来ないことがつらい」「無責任になりかねない」「恥ずかしい」と思っていた。その「無力」に思えることでさえも自分にはそれなりの労力を要するのに、しなくてはならないことは尽きない。そのことに「あらかじめ」打ちのめされていたように思う。
でも、どのみち私に出来ることはわずかなのだ。それは正確な意味で「無力」ということとは違う。それはメフィーたちが居てわかったことだと思う。援助できる団体と援助できない団体、援助できる時期と出来ない時期、救える命と救えない命があることに対する罪悪感のようなものについても、私はその「不公平」(・・・というより「全部ではない」ということ)や「無力」を受け入れてみることにした。全部出来ないならみんなやらない、ではなく、出来ることをしてみよう、私なりに感じる「縁」という名のもとに、と思ってみることにした。
奇妙なもので、仕事では自分の「無力に等しい」を認めることが出来るのだ。平等に。「無力に等し」くても、報われないことのほうが多くても、問題が尽きてくれなくても、多分これほど傷つかない。でも、「猫」とか「家族」とか「自然」には難しい。なぜだろう。
あと、子猫もかわいいと思うようになったこともメフィーの死後かもしれない。
自分の生活スタイルや仕事を考えると、子猫と暮らすことはハード。生活スタイルに合わないからかわいいと思わないようにしていたつもりはないが、感じたいように感じているようでいて、自分がどう感じるかさえも「自分の生活」からしか生じ得ない、ということではないらしい。当然だが。
でも、不意なことから子猫たちを預かることになり、彼らには偉大なかわいらしさがあるな、と思った。手間はかかるし騒がしいし、心を頻繁に甘くしたり辛くしたりして彼らが人間のそばで生きていけるように「しつけ」なんかもしなくてはいけないのだが。そして依然として大人猫の落ち着いたかわいらしさのほうが私には合うのだが、保護団体の方たちが大プッシュしていた子猫のかわいらしさもわかるようになった。観念ではなく実感としてね。子猫のかわいさは容姿としては理解していた。でも「かわいい」ってそういうことではなく、「この存在のために振り回されてもいい」と普通に思えることなのかもしれない。M的発言?!
自分の意図しないこと、不意のことは、時に自分の世界を広げてくれることがある。自分ではけして望まない出来事であったとしても。
それを受け止められることが、生きる意欲、ってやつなのかもしれない。
逆に言えば、これを受け止められなくなることが「死」なのかもしれない。生物的な意味でのそれではない。生きながら死んでいる、というやつ。「終わってる」ってこと。
私は最後まで生きて、死ねるだろうか。それとも、生きながら死んで、最後にやっと「死ねる」のだろうか。できれば後者じゃないほうがいいな。
やってみれば分かる、やってみないとわからない、というのはいいことなんだと思う。でも、やっていても、やってみても、わからない、ということも存在する。残念ながら。
先日、タクシーに乗った。タクシーの運転手さんは始終軽い調子で話しかけてきていた。話題は祇園と亀岡での事故のことになった。運転手さんはこともなげに言った。「いやー、二度あることは三度あるっていうからねぇ。また起こるかも、なんちゃって」笑いながらそういわれたとき、私はどうしていいのかわからなくなった。いや、性格には「わからない」のではない。許されるのなら、こいつの後頭部を蹴りしたい、という衝動を理性で制御し、「わからない」でぼかしていたのだ。だって、こいつの後頭部蹴ったって、解決にはならないもん。腹いせぐらいにはなるけど。
祇園は私にとって馴染み深い場所だ。何度も通ったことがある。亀岡も、たまたま教えに行ったことのあるバレエ教室の近くだったので、そこの生徒さんが巻き込まれてはいないか案じていたところだった。後日無事がわかって安堵したのだが、直接知り合いが巻き込まれていなかったはものの、憂いは耐えない。クライアントさんたちもとても心を痛めておられた。これを書いている現在では、その後さらに館山での事故、ゴールデンウィーク中の高速バスの事故なども起こってしまって、本当に心が痛い。
京都のタクシーの運転手さんにとってもそうした状況や場所は関係のない場所ではないと想像する。でも、その口調はまるで茶化すようだった。まるで実生活ではけして会うことのない芸能人のスキャンダルを噂話するかのような口調。
混乱しながらとっさに私のアタマはこの人間に対する「解釈」をしてしまう。連日どのニュース番組を見てもなされているこの事故の報道。その頻繁さがコトを「ありふれたこと」「なんでもないこと」のように勘違いさせているのかもしれない。タクシーの運転手というあまりにも身近な仕事だからこそ、ストレス回避の心理が働き、わざとそのような「軽口」のなっているのかもしれない。いや、境界性人格障害の可能性だってある。共感性をもてない人間もいるし、人の悲しむ姿を「反応があった」と喜ぶ人格の持ち主はいるし、人の心をわざとかき乱すような言い方をする以外に人と関わるやり方を思いつけない人間だっている・・・
と、10秒ほど考えてから、「いや、そうであったとしても、やはり私はこいつの物言いが許せない!」と思い、タクシーを降りた。仕事でも知り合いでもないのに相手を理解しようとしてしまうのは、私なりのストレス回避手段にすぎない。わかったほうが、少しだけこの事態に対する感情が和らぐのだ。でも、それは「苦しいと思わなくなる」ということではない。相手に対して「あなたはそれでいい」とも全然思えない。
運転手さんは最後まで「あれー、お客さん、どうしちゃったのかなー」と言っていた。しかたない。しかたがないのだ。こういう人間もいる。これが初めてではないし、きっと最後でもない。
以前もあった。911テロの時も、やはりタクシーの運転手だったけれど、似たようなことを言われた。そのときは、「外国で起こったテロ」ということで、その人にとってはリアリティがないのだ、と思っていた。というか、思うことにした。
でも物事を身近に感じる「リアリティ」は物理的な「遠さ」や「近さ」によって作られるとは限らない。それを自分にとって「近い」ととらえるか「遠い」と感じるか、というセンスによって作られるものなのだ。その感じる力は何によって作られるのか。毎日、何気なく、普通に、どう生きているか、ってことじゃないのかな。それはどうしようもなく、一人ひとり違うのだ。同じ地域に住んでいても、同じ人間であっても。
でも必ず通じないわけでもない。
生きてるって、普通に、タフ、だよね。
2012年4月23日
何かとクレイジーな日々が続いております。ゆえにHPの更新もままならない。クライアントの日誌も2週間分ためちゃった。仕事始めて以来、こんなんなかった気がする。記録的。
今年の春はなかなか暖かくなりきらなくて、桜もいつもより遅く咲いたし、爆弾低気圧なんていうのもやってきたし、この時期に黄砂が飛んでいたりする。
そうでなくても、身体や精神が冬バージョンから春バージョンに切り替わるときには「なんかある」ことが多いのに(暗く低く、非活動的であるがゆえに安定?していた冬バージョンから活動的な春バージョンに「切り替わる」にはそれなりのエネルギーが動く。それは「気分が明るくなる」「何かを始める気力や体力が湧く」ことでもあるが、同時に「疲労感」を感じやすいことでもあるので)、この不安定な気象条件が加わって、うつの人は何かと荒ぶるし、アスペルガー症候群のクライアントさんたちは一斉にマザー・ネイチャーと戦う。
まあ、それも在る程度時間が経てば納まるのであるが。
人は「ひとりひとり」の個性的な個人であると同時に、みーんな自然界の生き物なんだな、と感じるひとときである。
ところで、
「一日働いたご褒美がこの肩こりなんて」
というフレーズの医薬品のCMを観たことがある。
なーんとなく、「そう言いたい感覚」は理解できるんだが、同時に、なかなか興味深い思考だな、と思ったりする。
自分の「働き(苦労?)」には「褒美(思い通りの結果?あるいは他人からの賞賛や認知?)」が与えられてしかるべき、とふつーに考えているところが。これ、下手すると、うつとか、深刻な生活習慣を改善できない人の思考パターンなのである。
「一日働いた結果、肩こり」になっちゃうことはあると思う。
どんなに「よい姿勢」のアライアメントをとったとしても長時間その姿勢のままだったり、同じ作業を続けたり、何かに集中し続けると、筋肉はこわばって疲労する。それを素直に感知して、少し休憩を入れたり、姿勢を変えたりすればいいのだが、律儀な人ほどこういう「ちょっとしたブレイク」「継続のための変更」に拒絶を示す。「挫折」や「怠慢」と勘違いするのだ。時には、身体的にはとっくに「もう限界ですよ」とだるさや疲労感というサインが出ているのに「まだ止められない」「せめてきりのいいところまで」と、正当な身体のサインをブロックするためにさらに筋肉を力ませたりすることもある。
そうして望まない事ながら、肩こり等の筋肉疲労が得たりするわけだが、これは自分の行動や活動の「結果」「(副)産物」というべきもの。「褒美」、なのかというと、ちょっと「うーん」かな、と私は思う。
ある行動の結末に訪れるという意味では「結果」も「褒美」も共通している。しかし内容的にはかなり違うものだ。主体とか責任の所在もかなり違う気がする。
「ご褒美の人」も最大の問題点は、「褒美」を得るまで行動パターンを変えようとしないことである。他のやり方で「結果」がおとづれる事に上手くリアリティがもてないらしいのだ。だからかなり酷い状態にならないと立ち止まってくれない。限界を迎えて立ち止まっても、まだ執着していることも珍しくない。こういう人たちへのレッスンはハードだし、正直、痛々しく思うことがある。
彼らは、既によくない結果が出ているときでも「もう少しがんばれば」「いや、こんなはずはない」とかなり粘る。それは必ずしも成功体験による習慣とは限らない。自分は得たことがなくても(例えば厳しいしつけや教育を受けた人、虐待経験のある人など)他人が得ている様子を「自分には与えられてこなかったけれれど、本来なら与えられて当然の褒美」のように思い込み、「自分の番が来たら、必ず!」と思い続けていることもある。人によっては大人になってからクレイマーのようになったり、誰かに誉められたりかまわれたりする経験を途切らせないために様々な習い事に明け暮れ始める人もいる。私のところには、困られた習い事の先生方から相談が来ることもしばしばある。
これまで「がんばり続けたら、思い通りになった」という経験から執着している場合もあるが、その「成功体験」の中には「相手が音をあげて自分に従った」「あしらわれた」という経験も混じっている。例えば、おもちゃ売り場で泣き出した子供を泣き止ませるために子供の言うおもちゃを買ってあげる、というようなことだ。一見「思い通りになった」ようだが、本当に思いが通じての「思い通り」ではない。こうした手法で「おもちゃ」を手に入れる習慣がついた子供が、その後おもちゃをどうしたかというと、意外と大事にはしない。本当に「欲しいもの」は違うところにあるからである。ただ、「欲しいもの」を表現する手段がまだ乏しいので、欲しいものを「おもちゃ」ということにして相手に「関わり」を求め続けているのである。
「結果」や「産物」にあたるところを「褒美」と位置づける「ご褒美の人」は、基本的にロマンティストだ。人とか、何かとの間に自分の存在意義を感じたい人たちであることが多い。何かや誰かから「絶対的に」愛されたい、認められたい(相手を愛する、よりも)という気持ちも高い。だから自分のすることが誰かのためになっている、誰かの役にたっていることを大事にするし、そのためなら苦労することも厭わなかったりする。また、具体的な状況とは関係なく、人生は「ハッピー(エンド)なもののはず」と思っていて、それ以外は「不当(不幸ではなく)な人生」だと思っていることも多い。この、人との間に成立することに価値観を感じる、というところが「ご褒美」という感覚のもとになっているのである。
だからこそ、「ご褒美の人」は「人からもたらされるもの」に執着し、それによって傷ついたり、傷つけたりする。期待したものがもたらされないと、一転自分の「権利」や「正当性」を振りかざし、相手への「復讐」をはじめる人もいる。相手の苦しむ姿で自分の存在の確かさを確認し、恐れや後悔を持って相手が自分の存在を認めることが、今や自分へもたらされるべき「褒美」だと感じてしまうのだ。時には「復讐」などの理由からではなく、相手に認知される(見下されない・無視されない)ために先制して嫌味を言ったり、相手の痛いところをわざわざ突くような発言や行動をとったりすることもある。そういう自分を「いやだな」「人間関係のとり方が下手。苦手」と思っている人もいるが、それが「積極性」だと思っていて、人との関わり方の入り口をこれ以外に知らない人もいる。とにかく「(得すること、得ることではなく)損をすること、与えられないこと」を怖がるし、「人より劣っているのではないか」「誰かから、出来ないヤツ、ダメな人間と思われるのでは」という感覚に襲われた途端、無条件に不安の奴隷になってしまいがちである。
とはいえ、私がレッスンで会う限り、彼らの生活・知能などの能力はけっこう高い。「復讐」や「褒美」、相手からもたらされなくてはと思い込んでいる何かにこだわりすぎなければ、自分で自分を幸せにし、周囲の人たちもハッピーにする能力を充分に持ち合わせている人たちなのだが、なぜか「自分で自分のために出来てしまうこと」にはあまり関心を持たず、満足できず、価値も感じていないことも多い。プライドが高くて人に弱みを見せず、語る理想は大きくて高い人であっても、真の自信は低く、それが苦しくて他者に甘えることに執着する、という人も少なくないのだ。「甘えられる」「絶対的に愛される」ことによって得られると思っているモノや状況はロマンチックに脚色されているので、本人にとっては「これこそ人生が一発逆転できるバラ色プラン!」と思ってしまうのだが、どっこい人には自我がある。そう簡単なプランはないのである。
レッスンの中で、彼らにしばしば伝えることは、「期待を希望に書き換えてみること」「自分のタイミングを知る訓練をする」「本当に望むものは何かを考えてみること」である。
「期待を希望に書き換える」というのは、例えばこういうことだ。「期待」とは他者に抱くものだが、「希望」は自分で抱くものである。「ご褒美の人」は他者が自分にもたらすものに「期待」することが多く「誰々がこうしてくれさえずれば」「状況がこうであれば」というような考え方をするほうが多い。それを「自分は誰々にそうしてほしいと思っている。そうしてくれることで自分のこういう行動がやりやすくなると思うから」というふうに、主体を「自分」に書き換える練習をしてみるのだ。それは三番目に書いた「本当に望むこと」を割り出すのにも役立つ。また、他者に対してやたらと「裏切られた」「自分のことなどどうでもいいと思っているに違いない」という被害感情や妄想を抱きそうになることからも自分を守ってくれる。
「タイミング」の件は、例えばこういうこと。「ご褒美の人」は多くの場合「確認魔」でもある。自分が何かをしてみよう、考え方や生活に変化を起こしてみよう、と思ったときになぜか不安になり、「自分が褒美を期待できるくらいの他者(ある意味、信頼している他者)」に対して「自分はこうしてみようと思っているけれど、いいよね?」とやたらと確認を取りたがるのだ。形式的には「相談」として持ちかけられることが多いが、本人は相手の「同意」「応援」しか「期待」していない。だから「それはどうだろう?」という意見を交えて返答したとしても基本的には無視されるか、「親身に考えてくれない」と逆ギレされることになったりする。そこから一転、極端な秘密主義になる人もいる。「同意以外の意見」を言われることに「傷つく」と感じるからだ。習慣化すると秘密にしなくてもいいものまで誤魔化し始めたりするので、本人の考えはさらに混乱してしまうこともある。
「ご褒美の人」は「試してみる」とか「徐々に変化をつける」が苦手だ。「やるなら一発で」「必ず成功しなくては」と自分でハードルを上げてしまい、そのせいでかえって「成功しないんじゃないか」と不安になってしまうことが多い。明るく言えば「セルフつっこみセルフぼけ」なんだが、内情は「地獄」だと思う。こうした「地獄」のやり取りに耐えかねて、過激な行動や極端な計画を実行しようとしてはやはり挫折感にノックアウトされ、挽回意識からまた過激な行動に、という人も少なくない。自分が動くべき「タイミング」は、何もGOのボタンだけで構成されているわけではない。STAYの時もあればBACKが「タイミング」の時もある。ゲームのコントローラーと同じだ。いろんなボタンがある。次のステージに進むために、これのどれか一つだけではなく、どのボタンをも使っていいのだ。
「本当に望むもの」を知ることは、誰にとっても難問だ。人生の命題と言っても過言ではない。何が「本当に望むもの」かは人それぞれ過ぎて一概に言えない。けれども、「これは違う」ということは少し忠告できる。「わかりやすい幸福に逃げるな」である。「ご褒美の人」は本当に自分のココロの中を確かめる前に、他者にも迷わず認められ「幸福だね、と言ってもらえそうな幸福」を選んでしまいそうになることがある。理由は「本当に望むもの」に向き合って、時間をかけてゆっくり葛藤することを恐れ、回避することを選んでしまうためである。こんな大切なことさえも「いっぱつで決めなくてはならない」となぜか思い込んでいるのだ。他の人はそれが軽々とできている、とも思い込んでいたりする。なので、つい、何々の資格さえ取れば、痩せさえすれば、これを買えば、こういう人を恋人にすれば、というふうに、葛藤をシールドしてくれそうなものに「救い」を求めてしまいがちな傾向が高い。「救い」や「慰め」は人生を行きぬく上でとても役立つものだ。しかし「望むもの」とは違う。先ほども書いたように、「本当に望むもの」を知ることは難しい。楽じゃない。時にシリアスに苦しい。答えなんかすぐにはわからない。でも、そうまでして向き合うだけのものではあると思う。そしてそれはけして誰かから「褒美」として与えられる類のものではない。
もしも自分のしていることのいいとか悪いとか、出来ているとかいないとかが「褒美」という評価で他者から与えられるのだとしたら、私はとっくに自分に失望していると思う。「褒美」の大きさで自分を評価するとしたら、私は無能としかいえない存在だと思う。
逆に、もしも「ご褒美」というものが、完全なるプレゼントとして何かや誰かからもらえるとするならば、私は何をリクエストするだろう、と考えてみる。うーん・・・モノじゃなさそう。