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歴史小説 【こより】 著 【ponpoko 女氏】 インデックス

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 New  高杉晋作特選漢詩集プロジェクト 高杉晋作が詠んだ漢詩の中から50編程度を選んでponpokoさん流意訳付きの漢詩集を作ろうというプロジェクトです。なお、このショートストーリー小説はponpokoさんよりお借りした作品です。ponpokoさんはこれ以外にも史実をもとにしたショートストーリーや歴史エッセイをサイトで公開しています。ぜひ彼女のサイト、ブログを訪れて愉しんでください。

◆幕末ショートストーリー「こより」 ponpoko作

三味線

 花嫁をのせた輿が雪をかぶった萩城下をゆっくりと進んでいく。 日本海に面したこの地の冬は暗く底冷えがするが、その寒さすら感じないほどに 花嫁御寮は緊張していた。

 花嫁の名を雅という。 父の井上平右衛門は山口の町奉行を勤める能吏であり、家録500石の井上家の 次女として生まれた彼女は、ご城下でも知らぬ者のない美貌の持ち主だった。

 ぽつりぽつりと来ていた縁談が、昨年あたりから降るような勢いで持ち込まれるよ うになった。家格の高い者もいれば、武芸に秀でた者も、学問のできる者もいる。 自慢の娘をとびきりの男に嫁がせたいと思った平右衛門は、男たちを次々とふる いにかけ、残った数名の名をこよりに記して、お雅の部屋に持ち込んだ。

  「引いてみよ」 わけのわからぬまま右端の一本を引くと、中身を確認した父が、柄にもなく頓狂な 声をあげた。

  「高杉家の総領息子に決まったぞ!」 からりと襖が開いて、母と兄が同時に姿を見せた。

  「まあ、高杉小忠太様の所のあの…」 「あの、小豆餅か!」

 何が面白いのか、兄がげらげら笑い出した。 雅は高杉晋作という青年のことを知らなかった。

 自分の引き当てたこよりの意味を知らされた雅は、その夜、小豆餅と祝言をあげ る夢を見て、ひどくうなされた。

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 16歳になったばかりの美しい花嫁を前に、誰もがため息をついた。 そして当の花嫁はと言えば、6つ年上の夫を見て息を飲んだ。

 顔が異様に長い。 吊り上がった目が狐を思わせる。 そして、よくよく見れば、小豆餅のようなあばた面だった。

 三々九度の盃を交わし、お色直しをした後、出てきた雑煮を口に含んでも、自分 の婚礼という実感は少しもわいてこない。 夢現(ゆめうつつ)のまま時を過ごし、気が付くと寝所で向かい合って座っていた。

 これから何が起こるのか頭では理解できていても、心と身体は思うに任せない。 不安で泣きそうになりながら、身を硬くしてうつむいていると、ふいに目の前の 空気が揺れた。

  「調子が狂う」 苦笑交じりの声を耳にして、雅は、はっと顔を上げた。 愛想をつかされたのかと思ったが、そうではなかった。

 目が合うと、晋作はかすかに微笑んだ。 少年がはにかんだような、ひどく印象的な微笑だった。 そして、そのまま立ち上がり、いったん寝所から姿を消したが、 三味線を手に戻ってきた。

 薄暗い行灯の明かりに頬の削げた横顔が浮かび上がる。 初夜の寝所で、新妻に自作の都都逸を聞かせる夫を、雅は不思議なものでも見 るように見つめた。

 その夜、晋作は、宝物を扱うように雅を抱いた。 頬を伝う涙をそっと唇で拭われた時、無意識に相手の背中に腕を回していた。

 怖いと思う気持ちは、いつの間にか消えていた。 そして変わりに芽生えた思いは、夫となった男に対する限りない愛しさだった。

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 時は瞬(またたく)く間に過ぎていく。 23歳で未亡人となった雅は、1人息子の東一にも先立たれ、長い長い晩年を 1人で過ごすこととなる。

 世間の人々は、英雄・高杉晋作について話を聞きたがったが、雅は人々を満 足させられるような話を何一つすることができなかった。

 6年あまりの結婚生活の中で夫と過ごした日々は2年に満たない。 祝言をあげて二月もせぬうちに、江戸出張を命じられ、そのまま東北を遊歴し、 さらには上海へと旅立った。 ようやく帰国したかと思うと、またすぐにいなくなり、夫不在の暮らしにすっかり 慣れた頃、坊主頭になって戻って来た。

 脱藩罪で獄に下されたこともあれば、命を狙われて逃げ回っていたこともある。 くるくると変わる世情と共に、夫の立場も猫の目のように変化した。

  「亡くなりましたのは、まだほんの書生の時でございましたから…」 そう語ったのは決して謙遜(けんそん)からではない。

 夫の「外の顔」を雅は知らない。 雅の知っている晋作は、人目があると妙に威張っているくせに、2人きりになる と優しくなる、武士の妻の何たるかを、こまごまと書状に書いて寄こしてくる、 幼い息子を抱きしめて、離そうとしない、そんな、どこにでもいそうな、青年だった。

 外から伝わって来た「英雄伝説」などどうでもいい。 夫の墓を守るかつての愛妾を憎む気にもなれない。

  (私の知るあなたは、私だけのもの) それが雅の救いでもあり、誇りでもあった。

 時が逆戻りしたとしても、同じこよりを選ぶだろう。 そして、雪の降る1人の夜には、そっと耳を澄ますだろう。

 今も目を閉じれば聞こえてくる。 あの懐かしい三味の音が。    (了)

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