
雪らしい。まだみぞれだが、予報は豪雪といっていた。あらかじめ知る情報、知ったらどんなに生活が楽だろうと、幸福者は考えた。時々覗く立派な家の中では、流行りらしいパソコンなんかやっている。それで分かるのだろうか。
東北から身よりもなくなって都会へ出てきて十年、幸福者は毛布の中でうずくまり考えた。幸福者――そう自分で名付けているのは、名高い文学賞を受賞した作家が書いた「路上の幸福者」という題名が、自分たちの間では流行語にすらなったためでもある。平たく言えば 社会組織でストレスまみれの生活より、死ぬまで、ひまといえる人生がいいかもしれない、といった話だった。
さて、幸福者は「苦より、楽がいいさ」とつぶやきながら寝返りを打つ。だからこの道を選択したのさ、といいわけめいたことも言ったかどうか。携帯ラジオのスイッチを消したが、気になってまたつける。電池はまだあるし……。
仲間はみんな寝ていた。それぞれ関心はないのだが、なぜか気候の話題にはみんなのってくる。話をしたければ天気のことならみんなのる。習性ともいえるのか、犬みたいに。
贅沢だが、やはり寒いのはいやだ。そのために予報を知りたいのだ。幸福者は、ラジオを消して寝ることにした。明日はとりあえず雪景色だろう。寒さも目の保養で和らぐといいのだが。
記憶の隅に水墨画がある幸福者。唯一の親族、母がいたころ、「描けるうちに描いておきな、冬景色」といいながら、しまっておいた半紙と墨と簡単な筆の新しいのを全部をなぜか渡された。その翌日、信じられない冬の火災により、母が死んだ。水墨画は予報だった。
朝。予報に反して、雲一つない冬晴れ。それが予報だった。 「さて」とつぶやいて幸福者は身支度をした。あちこち畳むだけだが、飛ぶ鳥あとを濁さずである。脇のベンチの知り合いに軽く会釈をして、信号を目指した。その角の店の自動販売機を探ると、必ずと言っていいほど取り忘れのコインがある。誰にも言っていない、というより職域を荒らさないのがモラルだった。
その日はおでこだった。でも気にしない。他を探すか、明日まで待てばいいのだから。とりあえず現金はまだある。日が暮れるまでどこへ行こう。ふと思い出して、河川敷、橋の下に足を向けた。同郷に近い爺さんがいた。元気にしているか、曇り空になれば雪だろうし……。
以前より人が増えたみたいだ。テントの数が多い。 爺さんの場所が変わっていた。以前の処にはいなかった。ビニールの青いテント。またにしようと、ふと集団から離れたところに目をやった。いつものかわいがっていた野良犬がうろうろしていた。
「爺さん元気かい」声をかけながら行ってみると犬が尾を振って飛びついてきた。「どした?」
いやにいつもの犬が興奮していた。幸福者は知った。「予報だ……」テントの中を覗かずに、小走りに引き返していった。「さぞ寒かっただろうに、誰が見つけてくれるだろうか、あの犬は、今度はどこへ行くのだろうか。いやな予報だ」
立ち止まり空を見上げた。いつの間にか、青空が、曇りになり、舞う風花。幸福者は、当てもなくまた歩き出した。
『了』
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