オリジナル創作小説

小説創作広場 短編小説作品

 メーリングリストの仲間達とテーマを決めて短編小説を創作しました。今回のテーマは『桜の見える場面』と決められていたのですが、具体的なイメージが湧かないまま書き出したのでオチが少々ぼけたように感じています。

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短編小説 【幸せとは何】 
著 末森拓夢

 鳴り出した携帯電話を手に取り、猫があくびをする姿の着信画面を見詰める。表示された名前は下田、中学からの付き合いが続く悪友である。たまにしか顔を出さないのだが、桜が咲く今頃の季節になると必ず我が家にやって来て、私が設計した風呂に入る。

 自慢する訳ではないが、二階のベランダに増設した風呂は屋根がない。つまり露天風呂という訳だ。しかも嬉しい事に、隣の庭に咲く桜が目の高さに広がり、たまに浸かると旅行気分を味わえる。彼が電話してきた理由はその件だろう。

 私の推測は見事なまでに当たっていて、下田は我が家のすぐ近くまで来ていた。たまたま私が自宅に居たから良かったものの、もしも自宅に居なかったなら、どうするつもりだったのだろうか。彼の考慮ない行動に、疑問を持ちながら玄関まで迎えに出る。

 久し振りに見る下田の姿に少々驚く。彼のあごひげに白い物が混じっている、それも半端ではなく、サンタクロースと言っても良いぐらいだ。薄かった彼の頭髪はますます磨きをかけ、ついに頂上部分は一本の毛も生えていない。

 下田は仕事着を着ていて、何でもないような顔で立っているが、おかしな研究者に感じる。研究者に感じる理由は、彼が着る白衣にも有るようだ。片方だけ襟を立て、ちょうちんの様なズボンを着るからおかしいのだ。彼の仕事がら白衣を着るのは当然だろうが、せめて私の家に来るときぐらい、別のジャンバーでも羽織ってくれば、と思う。
「そんなに嫌な顔するなよ、末森。俺は風呂に入りに来ただけなんだから」
「心配しなくても大丈夫だ。十五分も掛からず一杯になるよ」

 下田と一緒に湯船に浸かりながら思う、風呂を作って正解だったと。湯船はふたり入る事を想定してやや大きめに作り、ゆったりした気分になれるし、蛇口から流れ出るお湯が岩を伝い、湯煙に落ちる情景も想像通りだ。白く濁った入浴剤も気分を盛り上げる。

 それに何と言っても桜だ。きっと、江戸時代より昔に生きていた侍は、今の私と同じように、湯に浸かりながら散りゆく花びらを見て、自分の生き方を考えたに違いない。だからこそ、潔く散っていく侍のイメージが出来上がったのだろう。
「末森よ、何を考えている」

 手のひらで湯を掴み、自分の顔を洗う下田が問う。
「桜の木を見て潔く生きる侍の姿を頭に浮かべていた」
「そうか……。だがな、日本人が風呂は入るようになったのは最近になってからだ。それに元々、桜は日本を代表する木でもなかった。つまり侍は、湯船につかり桜の花を見ることはなかったということだ。勝手なイメージを持たないことだな」

 風呂から上がると下田は、濡れた身体をタオルで拭きながらビールを要求する。ビールぐらい私も飲むから構わないが、それよりも薄くなった頭をタオルでゴシゴシと拭く方が気になる。下田は気にしていないのだろうか、残り少ない髪をいたわるとか、これ以上抜けないよう大切に扱う、とかの気配をまったく感じない。

 差しだすコップにビールを注ぎ、さて私が注いでもらう番だ、などと思いビール瓶を置き自分のコップを持つ。ところが下田は私を無視するようにビールを飲み始める。いつも医学書ばかり、あさるように読むから、こんな無頓着な男になったのだろう。

 一瞬の間を置くと私は諦めを覚え、無理を承知で左手にビール瓶を持ちコップに注ぐ。
「末森よ、お前に言った事はないが、むかし知美という女がいてな」

 予期せぬ展開の話に思わず下田の顔を見る。握ったコップを見詰めながらも彼の視線は宙をさまようようだ。意味が分からない、何が言いたいのだ。
「知美は何かにつけ天女になりたい、と俺に向かって言っていた。どんな意味があると思う? 天女なんて、誰が聞いても本気だとは思わないよな」

 聞かれても、見たこともない女性の心理など咄嗟には答えようがない。
「だけどな、黄色いじゅうたんが敷き詰められた小高い丘の上で、自分がしていたスカーフを羽衣に見たて、ひとり嬉しそうに舞い踊る知美の姿を見たとき、彼女は本気で天女になれると信じているんだな、と思ってさ」

 天女になりたい、の意味が分からず問いかけようとしたが、自分の思いしか言わない下田。
「桜の季節じゃない、菜の花が咲く頃だ。……あれからもう一年経つのか、悲しいな。お前にも分かるだろ、俺の悲しみ、いや切なさを」

 そう言われても、知美と下田の関係を知らないし、どんな理由があって天女の話が始まるのか、それに菜の花が咲く頃に何が起こったのか知る由はない。
「お前の気持など分からない」と答えるしかない。
「そうか。俺の言葉だけでは俺の気持ちまで伝わらないか。男同士だから言わなくても気持ちは通じると思っていたのだがな。実を言うとな、知美が隠していた事実を知ったのは梅が咲く頃の話でな、アサガオが咲く頃、彼女は本当に天女になったのだ」

 そこまで言うと、下田は飲みかけのビールをグイッとあおった。

 ふと下田の目に涙が浮かんでいる事に気付いた。私には分からないが、下田にも下田なりの人生があった訳で、時には深い悲しみを受けたり、時には苦しんだりした事もあったに違いない。だからといって私は、彼の悲しみを分かち合えるほど、器用ではない。

 下田の表情が気になり目線を彼の顔に向けた。と突然、下田は口を大きく開き、息が止まりそうな欠伸をひとつする。続けて近くのティッシュを取り寄せ、汚げな音を立てながら鼻をかむ。
「末森よ。人の悲しみなんて笑い飛ばせば良いんだ。考えてみろよ、人の不幸ほど笑える事はない。なぁ、そうだろ」

 そう言いながら新たなビールの栓を抜き、私にビール瓶を渡す。いい気なものだ、自分は私のコップに注がないくせに、人には注がせようとする。この性格だけは直してもらいたい。
「人の不幸は面白いだろ。さぁ、思い切って笑え」

 下田の考える事が分からない。本人を前にして人の不幸を笑えるはずはない。それとも彼は、他人に笑ってもらう事により気分を紛らわす、とでもいうのだろうか。
「末森よ、不幸とは何だと思う。幸せとは何だと思う」

 難しい質問をする男だ。不幸とは、悲しみであり耐え難い時の事をいい、幸せとは、嬉しいことがあり何事にも前向きな姿勢が取れる時の事、そんなものだろう。
「幸せは笑いであり、不幸とは泣くことだな。不幸な時でも笑えば幸せを感じる。実はな、お前に面白い物を見せてやろうと思っていたんだ。これは魔法が掛かったもので、お前はこれを見ると間違いなく幸せになれる」

 下田はそう言うと自分のバッグを手繰り寄せ、中から新聞にくるんだ手紙らしき物を取り出す。そのまま意味深な目線を私に送り私に向かって突き出す。手渡す以上、私に中身を見ろと命令している訳だ、遠慮なく手渡された新聞を広げる。すると中からは三枚の宝くじが出てくる。
「新聞に重要な意味があるんだ、良く見ろよ」

 新聞? 新聞には重要そうな事は書かれていないが、何を指しているんだ。あれっ、宝くじの当選番号が書かれている。ひょっとして、もしかして、この宝くじが当っているとでも言うのか。
「末森、慌てなくてもいいから、良く見ろよ。さすがに一番上じゃない、三番目に書かれた百万のところだ」

 下田は、この宝くじが当っていると言いたいのか? ウソだろ。冗談じゃない。お金なんて、真面目にこつこつと働き、稼ぐものだ。否定する自分がいて、心臓の高鳴りを感じる自分がいて、羨ましく思う自分がいる。

 宝くじに印刷された番号は連番。43組の163891から三枚分だ。新聞に載せてある当選番号は、3組の1638……駄目だ、ドキドキしてきた。下田は本当に当てたんだ。何てヤツだ、普段真面目に仕事をしないくせに。これが運のいい男と言うのに違いない。クッソ、面白くない。
「末森よ、最後まで確認したか」

 確認? ただ自慢したいだけだろ、最後まで確認する必要があるのか。3組の163895が当選番号だろ……。
「末森よ、お前いま、人の不幸を見て笑ったな」

『了』
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