このやまなみの声  昭和39年(1964年)初版、自分の本は昭和48年第10版である。 裏表紙の紹介言には以下のようにある。 ”山の悲劇を繰り返すな。そうした願いをよそに、無謀な登山−遭難は 年ごとに増えている。ほおっておけば、この悪循環はますます大きくなる ばかりだ。ここ数年山岳遭難対策は社会問題として論議されているが まだ十分、その効果をあげていない。地元に日本アルプスを持つ信濃 毎日新聞のこの記録は、あいつぐ山の悲劇をなくそうと、全社をあげて 取材した、地元紙だけができうる貴重な記録である。本書によって読者 とともに、打つ手は無いか、を真剣に考えてみたい。” 昨日10月13日に日帰りで岩手まで出張したが、片道6時間もかかるので この本を持参して、30年ぶりに、じっくりと読み直してみた。 自分も当時はまだ駆け出しだったので、よく分からなかった内容も今で ほとんど全て興味を持って読むことができたし、現代の遭難とあの当時 (遭難事例は昭和20年代〜30年代)と比べることができ興味深かった。 当時は高校生による無謀な雪山遭難があったり、ヘリが無いために大勢 の地元の人たちの献身による救出、遺体搬出など大変な時代だった。 また、ピッケルが折れたり、ザイルが切れたりの貧弱な装備による遭難。 ゴアの雨具が無かった時代、夏山の冷雨による疲労凍死などもあった。 大学山岳部の遭難事故、有望な若者達が山で死んだ時代であった。 4年制大学になり、2年、3年の短い期間に先鋭的なアルピニズムを追求 する山行を目指すので、どうしても過酷な訓練を新人に課すようになり ”しごき”という言葉が新聞を賑わしていたことを子供時代に覚えている。 いろいろな大学の山岳部が紹介されているが、あのマッキンリーに逝った 植村直己さんが、明治大学山岳部4年生(農学部)のマネージャーとして 現役の学生として登場する、この本はそういう時代に出版された本である。 若者の手記や遺書を読んで、(東北新幹線で出張中なのに)、思わず ジーンとくるものがあった。山で死んではならない。 当時と比べて道具も技術も知識も進歩した現代でも、なお当時と同じ危険 が残る分野がある。落石と雪崩れである。登山者が多かった当時は人為 落石による事故も多かった。現代は登山道整備が進んだとはいえ、山の 危険は何も変わらない。まして、バリエーションルートは、滝谷でもバットレス でも自然落石、人為落石を問わず、いまなお恐ろしい。雪崩れも同様だ。 雪崩れに対する研究が進み、ひとり1個のビーコン装着が当たり前のように なってきているが、依然として、雪崩れは恐ろしい。 当時、山のマナーもひどかったようで、登山道のあちこちにゴミが散乱して テントサイトはごみの山だった、そういう写真がたくさん掲載されている。 今では、どこへ行っても、ほとんどゴミひとつ落ちていない。山の食料も 軽量化され、カンズメ類を持ってくることは無くなった。山がきれいになった 事実を見ても、日本は先進国になったなーと思う。 (100名山などは岩陰などにはテッシュが散乱してることもあるが。) この本は、このように遭難事例だけでなく、登山の医学や、高山植物や 代表的な日本アルプスの地形の生い立ちなど、いろいろな知識を得る 上でとても役に立つ本だと思う。当時の山岳会の様々なリーダー達が 意見を述べ、海外の山岳会の代表も、日本の若いひと達へ、という言葉 を寄せている。