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7月の日記
7月31日(木)
 蒸し暑かったが結局梅雨は明けなかった。
丁度10年前もよく降って寒かった。
明けて暑くなってくれなくてはいけないんだろうけれど、暑いのは苦手。
 ここの所、身の周りに急に病人が増えた……。
二人とも40代、たまらない気がする。
Mちゃんは昨日退院したということだが。
 気になっていたメールを、今日やっと出す。
どう思うだろうな??
でも、時には思ったママを言わなくてはいけないと言う気がした。
もしかしたら、言うべき事を言われていないというところのある人かも、と失礼ながら思ったりした。
そのまま受け止めて貰えるだろうか。
上手に人とつきあうのは難しいと思うことがここの所多い。
幾つになっても勉強、と母は言っていたが、本当にそう思う。

7月24日(木)
姪の所のRから暑中見舞いの葉書が来た。
姪の所のホームページの写真作業でいつも会っている気がしていたが、考えてみたらしばらく会っていないし、会っても何かのついでだったりしてゆっくり話していない。
姪の話によると、女の子に囲まれてどうも気弱らしい。
この間の事件のお子さんよりは少し大きいが、他人事ない気がする。
子どもを一人前にするのは容易な事じゃない、と良く母が言っていたが、本当にそう思う。
親は夢中で育てるのだ、とも言っていたが、どうか何事もなく大人になって欲しい……、チョット飛躍しすぎカナ?まだ保育園だというのに。

7月20日(日) 
見れば見るほど散らかっている。
IP電話にしたのだが、アダプターの調子が今ひとつで、時々点いていなくてはならないはずのランプが消えてしまう。
そうすると繋がらないのでその度にNTTやプロバイダに電話した。
電話するたびに、家具をどけて大騒動。
何度も重なるので、解決するまでは、とそのままにしてあるから余計に片づかない。
どうも時々おかしくなるのは仕方がなさそう。
電源を入れ直せば良さそうなので、コレで好いことにしようかな?そろそろ片づけなければ。
あぁ〜〜〜、働き者のお嫁さんは居ないかな?
ア、お嫁さんでなくてもイイです、子供でも孫でも。不精者の私の面倒を見てさえくれれば……。
そろそろ原稿に取りかからねば。
メル友のMチャンに電話していろいろ教えて貰う。
有り難う、ナンとかイイ記事にしよう……。
<写真はVoIPアダプター。7つあるランプのウチ、1番上の電源、2つ置いて次の3つが点いているのが正常。で、3つのランプの1番上がVoIPランプで、コレが時々消えてしまう。酷いときは毎日のように……。NTTに電話してVoIPアダプターを別のモノに取り替えて貰って、毎日と言うことはなくなったが。電源を入れ直せば点くことは点くのだが、コレって正常?>

7月18日(金)
仕事。
係長が来て、やっと例の話しをする。
まだ、最終的にどうなるかは決まっていないし、それは、区の決めることなので、と。
会報にこのように掲載下のでお知らせします、と。
あとで、Iさんに尋くと、民生さん等から入ったのでは気分悪いでしょう、と言う係長の判断らしい、まぁ、当然でしょう………。

7月17日(木)
 裏のウチのNさんの告別式。
昨日は通夜だった。
一昨年のMさんの時もそうだったが、寂しいお葬式であった。
まぁ、私の言うことではないが。
ウチは古い付き合いとはいえ近所。
だが、一世代上の親戚筋のヒトも火葬場には行かなかった……、だんだんそう言う付き合いになるのかな?
 残された跡取りのMiちゃん、大変だろうな……、と思って見ていたが、考えてみれば、私が母を見送った年と同じと言うことに気付いた。
私もあんな感じだったのだろうか?
 母が死んで、あぁ、これからは「立場」が一番でなくて良くなったのだ、「私」で良くなったのだ、と思った。
で、外に出てみよう、と。
そして、外に出て気付いたこと、出逢える、と言うこと。
幾つになっても出逢える、それは、インターネットなんぞをものすようになって、益々そう思った。
 でも、忘れていた、出逢うことが出来るということは、別れもあるということに。
少し、ゆとりを作ろう、ウチにいる時間を増やそう、と思った。
まず手始めに、ホッポリ放しになっていた、この日記をまた書こうかな?
続くかな???

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