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翠天会海外旅行の記録(その1)


「翠天会」という呼称は、そもそもこのクラス会のゴルフ仲間によって付けられました。
が、いつの間にかクラス会そのものをも指し、旅行の時の団体名にもなっています。  
以下、第1回海外旅行(タイ)の記録をその担当幹事の手で記載して行きます。    


翠天会第1回海外旅行
三重大学10回卒、農業土木学科クラス会「還暦記念」海外旅行
( 翠天会チェンマイとバンコク5日間の旅 )
 催行年月日  1999 (H11).11.10 (水) 〜 11.14 (日)
 訪問地  タイ国チェンマイ市、メーサイ市(ゴールデントライアングル)、バンコク市
 参加者  夫婦 11 組+単身 1 人計 23 人(名古屋発着 19 人+成田発着 4 人)
 催行会社  JTB団体旅行名古屋支店、R.S.Nツアー(チェンマイガイド)、JTBバンコク(バンコクガイド)
 催行幹事  雨宮・位田・稲葉
 報告文  三翠志登茂会々報「志と茂」第7号−p24 ほか

大学同級の還暦生たちが細君同伴で海外旅行をする。この企ては色々な面で初めてのことばかりで した。その初めてとは、自分達だけのことではなく、おそらく大学同窓会内でも過去にそう言う例 を知らないと言うことでもありました。今後の参考のために、以下、その顛末を旅行後に書かれた 幾つかの報告文によって紹介いたします。                          ハイパー目次(クリックするとその章頭にジャンプします) タイ旅行感想記(秦信司) JTBへのアンケート回答文 現地ガイド氏への礼文兼見舞い文 志登茂会長への帰国報告文 報告文@「志と茂」第7号 当時の担当幹事のサイト (これは旧いサイトで既に廃止されたものです。よって、内部のリンクが無効  になっているのもあります。再びここへはブラウザの「戻る」を押して下さい)

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「タイ旅行感想記」 秦 信司  行くぞ、行くぞと3、4年前から呼び掛けがあり、費用の積み立てなどもして物 心両方の準備も充分だったからでしょうか、期日が到来したころには大いに気分 が乗ってきて“満を持して”の感がありました。               帰ってきて1週間、いまだ余韻消え去らず・・・・といったところです。    「幹事の皆さまどうもありがとうございました」だけでは申し分けない気がして、 楽しかった情景などを思い出しながら駄文を作り、もって感謝の意と致しました。 ★ はじめに、おわびのことばを 最後の晩餐会よりホテルに着いて、上着を脱ぐと大いびきで仮眠しました(  は 妻の言)。本人はお別れのことを強く意識しながら・・・「集合10分前ですよ!」 であわてて降りてみると、もうそれらしい姿はありませんでした。       「They have started right now!」・・・・たったいま(just now)ではなく いましがたといううことは既に10分ぐらい経過しているような気配でした。   誠に申し訳なく、心から皆さんにおわび申し上げます。            ★ 出発からチェンマイ空港まで 緊張感からか予定の5:30に苦もなく起きあがり 6:10西武池袋緑の電車にON。 「超特急スカイライナーは高いから、特急にしましょう。」ということで京成電 車のベンチシートで成田着8:30。JTB係員の説明をうけ始めると、杉本御夫妻到 着。 空港ロビーはさすがに広く、大きくかつ“貧しさ”などといううものから隔絶さ れたような場所で、朝食代りにとった格安のラーメンが ¥1,300−であっても、 あそ一かなどと したり顔で支払ってしまうのも、来たるべき希望にみちみちた 旅行前の些細な出来事にすぎなかったからでしょう。代わりに、というわけでは ないのですがタイ航空の機内サービスではアルコールのお替わり注文が多かった りして・‥。 ★ チェンマイ空港の出来事 バンコック国際空港でタイ国内航空線に乗り換えて、チェンマイへ。バンコック で成田組は本隊と合流、稲葉さん青木さんの顔が見えたときには妙に安堵しまし た。そして、皆さん奥方との同伴で雰囲気はすこしばかり柔和。        さて、チェンマイ空港で入国手続きしたのち、人数が足りない。        @生年月日 A姓 B名 がピックリの○○○○○○という悪人がブラックリス トにあって、善人(極めて)の方が捕まっているということらしい。      語学力もなし、勝手しらない他国のこととて(けしからん)とは思いながら、た だひたすら幹事の皆様にまかせて、待つこと1.5時間でようやく開放されました。 帰国後、日本国外務省にTEL。このような場合現地の大使館へ電話し、助言を受け たたいと申し入れたとき、何らかの支援が可能か → 良好な結果が期待できる か分からないが何らかのサポートは出来る。…・ とのことです。       (個人的な旅行でも)日本国の大使館、領事館の電話番号は必携と思いました。 ★ 象園 蘭の栽培所 プラッシン・ドイステープ寺院 象園はおもしろいゾウ、と例の歯切れがよい口調のガイドが前触れしました。  象のいろいろなショーは、格別な感銘もなく、でもあの芸当を仕込むのは大変な ことなのだと想像したり、象の中にも頭のいいのと悪いのがいて・・・など考え たり。 『御夫妻2名様1,000バーツ、“30分ジャングル・スリルの体験”』 スリルとはツルリのこと、なぜかぬかるんだ山道は温厚なゾウさんでなければ辛 抱しきれない。前ひざと後ろひざをついては歩くたびに背中の座席は ゆら−り ゆらり、あれーつ とか ワーツ とかが密林?の中でこだましました。 妻は夫にすがりつ 夫は妻を支えつつ 秋とは言えどビタイの国・・・・   まだまだ 還暦とは思えない熱さでした。                  蘭の栽培所    ささやかにブローチを2個を買いました。         ショッピングフィーバーはまだ、それらしい気配もはなく表示価格近くでつつま しく。 ドイステープ寺院 竜の手摺に348の長い階段、ピタピタすべすべと裸足で歩く回 廊に金色の仏舎利。眼下にチェンマイ市街を眺めて、異国情緒に浸りました。 ★ 飲茶料理 カントクディナー ナイトバザール 皇太子殿下御夫妻会食の飲茶料理は、大変美味しく頂きました。日本人の味覚に 合うといった感じで大いに食がはずみ、胃腸が一気に元気になりました。    カントクディナーは、美女の指のしなりと身のこなしに異国情緒の雰囲気を感じ た他は、ガイド氏が強調するほどには食のほうはもうひとつ ?でした。    ナイトバザール 舞台は夜のとばりが下りた異国街、延々と続く屋台にあふれるモノは百花繚乱、 いずれもが魅惑的とけばけばしさをチャンボンにした「大人の夜店」。勿論おみ やげにしたい商品も少なからず、ほろ酔いかげんでバーツの重みも希薄となりま した。 ここで御婦人方は、ショッピングの要領を会得したのかも知れません。 何よりも値切る勇気と喜びを徐々に会得し始めたこと、顔色・手振り・語気を頼 りに掛引すれば、ひとの本性もあらわとなり、なかなかのスリルと言うものです。 あしたがある・あさってもある、などと気を引き締めながらバスの待つ方向へ移 動しながら楽しみました。 ★ チェンライ紀行 能弁で歯切れのいいガイドの説明で、チェンマイ・チェンライの歴史的背景を聞 きながら田舎地帯をバスで移動。この地方に長期出張された稲葉氏の本格的な利 水事業のお話は、卒業以来異業種に身を置いた私にも、むかし修学したことなど をなつかしく思い出させてくれました。                   妻の父親は建設省の技官だったそうで、奈良県の猿谷ダム建設で長期間山に入っ ていて現場と家庭の関係など身近に感じたようでもあります。         温泉湧出池のある休憩場では温泉たまごを作りしました。カメラを落してゆであ げてしまったひともいました。 ★ メーサーイとゴールデントライアングル パホンヨーティン通りの終りに「国境にかかる橋」。その右手「タイ最北端の地」 の看板前でガイド氏は、全部のカメラを肩からぶらさげてつぎつぎとシャッター を切る。                                 大通りを仮設店が占拠して大変な賑いだ。購買機運にまた火が付く。 左手にバーツ、右手は電卓指さして Price downよ! と まとめ買い。 メコン川とルアク川が合流して、タイ・ミャンマー・ラオスの国境となる。   赤茶けた多量の流水がさざなみを立てて流れ、青い空とラオスの森林に映え、国 境地帯の妙にわびしい情緒と重なり特異な景観を造っていました。       ★ チェンマイ空港からバンコック オリエンタルホテルへ 途中皮革加工工場に寄り、チェンライ空港へ。 ここで当地のガイド氏とお別れ を惜しむ。メリハリの効いた語り口とウイットに富んだ話術は、多少ブロークン な日本語でしたが有能な案内役でした。                   世界的 といわれる格式のオリエンタルホテル。後で気が付いたことであるが身 なり振る舞いに注意が必要だったと大いに反省。               ★ 水上マーケット、と昼食 運河の両側に連なる水上の高床式家屋・店。 狭い水路を音高く波をけたてて走 る艇、舞い上がるしぶきに体が濡れる、カーブで傾きへさきにすがる。     マーケットではむしろ情景や風俗を観覧して、買い物はやや飽和点にさしかかっ たようでした。 猛烈な雷雨に見舞われて往生したことも、アクセントの効いた ひとつの点描だった思います。待ち時間があって食が進んだ・・・・。     ★ ワット・プラケオとジムトンプソン本店 なんといいましょうか、ケバケバシイのもこれ程徹底すれば、素晴らしい!とい うことになるのですね・‥。宝石をちりばめたような色彩と圧倒的な巨大さが融 合して心臓をゆさぶるようなインパクトが迫りました。            雨上りの境内は排水が悪くて、はだしで歩きました。奥様を背中に移動するカッ プルもあって、和に満ちたシーンでした。本堂の緑色に輝く仏像を見上げると柄 にもなくありがたみが募って、思わず合掌と座礼を3回繰り返しました。    ジムトンプソン本店は、ショビングのフィナーレ。              奥様のささやきに、旦那様は冥目して首を立てに振るばかり。 タイ国著名店での買い物は今までとは趣を異にしてもの静かにゆっくりと進行し てゆきました・・・・・・。 夕闇迫る頃、バスに乗ってホテルへ帰着。    ★ 最後の晩餐会 タイ風シヤプシャブは どのテーブルも和気あいあい、笑声に満ちました。   副題 『奥様に捧げる 憾悔の旅』に賛同した我等農業土木男子の願いは、あら かた成就したようです。 ▼1 副題についてM氏から奥様さまへ、納得できる謝辞を頂きました。 ▼2 またT氏の奥様からは、あなたご苦労さまでした・・の暖かい言葉を   頂きました。 そのあとは、われも我もと、お揃いでコメントを頂きました。 ★ ホテルを後に空港へ この部分については、振りだしに戻って再度おわびを申し上げます。      杉本ご夫妻には、お見送りのことまことに申し分ありませんでした。      またの機会を念じます。                                                          (再会)

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JTBへのアンケート回答文 JTB団体旅行名古屋支店 笹原恵美様 平成11年11月15日 翠天会幹事団代表 稲葉 忠雄 翠天会バンコク・チェンマイ5日間の旅の感想について 名古屋空港でのお出迎え有難うございました。そこでは少々問題を述べましたが、今 回の旅は、初心者を含めた老人達にとっては総じて素晴らしいものであったようですの で、あまり気になさらないで下さい。 以下、その他の感想を含めて記しておきます。今後のご参考になれば幸いです。 1、チェンマイ空港での入国拒否騒動について これについては、詳しい顛末を、次のサイトの掲示板に報告してありますので見て下 さい。このサイトは、チェンマイについて非常に詳しい熊本の人のもので、今回の旅の 準備についても大変参考にさせてもらったものです。                http://www2.odn.ne.jp/cad58460/  日本には、姓○○○、名○○○、1939年生まれ という3条件を備えた人物は多く居る と思いますので、また他の名前や年齢でもこんな簡単なブラックリストでは今後も引っ かかることが有り得ますので、JTBさんとしても事前に調査・ブラックリストの閲覧を しておかれることをお勧めします。チェンマイ空港の2時間では、その端末画面や、当 該人物についての記載事項をプリントアウトしたものを見せてくれました。 2、ガイドの品質について これについては、良い悪いの当たり外れがあることは覚悟していましたが、チェンマ イでのR.S.N.Tour Mr. Kunchit Kamfoo とバンコクのJTB Mr.xxxxx xxxxxx との違いが 大きすぎて、つい苦言を呈した次第です。 前者は、団体の年齢層や好みを素早く把握してそれに合うようにしたこと、日本語が 良く話せること、自分勝手なビジネスをしなかったこと、長距離ドライブでの居眠りは 仕方ないことながらそのTPOを上手くやったこと(多くの客が眠たい時に、自分も宣言 をして眠ったこと)、自由昼食に私共の希望を汲んで運転手と2人で素晴らしい(清潔 な)ローカル食堂を見つけてくれたこと、地域の地理・歴史に非常に詳しいこと、入国 拒否トラブル処理のフォローを自分の上司(社長?)にやらせて自分はガイドに専念し たこと、またその進捗状況を携帯電話経由でタイミング良く私共に知らせたこと、等々 褒めたい項目がいっぱいあります。 後者は、非常に真面目そうで客への対応姿勢も良いのですが、真剣なあまり声が大き すぎ(オリエンタルでは、先ず彼が叱られました)たり、日本語、車内ビジネス(物売 り、ただし喜んで買った人もいますのでこれは許容限度内だと思っています)、居眠り、 市内ガイド(ほとんど無し。彼の日本語ではあっても困ったかも)等々の要改善点が挙 げられます。頂いた名刺ではJTBマークが入っていましたので更に驚いた次第です。 3、 食事について 次のこと以外は、参加者皆が非常に満足したようです。次のこともあくまで私の感想 であって、初心者の中には良い経験をしたと評価している方もいます。 それは、最終日の昼食です。これは今回わざわざ付け加えて頂いたものですので文句 を言うべきではないのですが、旅を重ねた者には、あの同時に到着する各社の大型バス の混雑や日本人ばかりのまるで動物園の給餌を思わせるような情景には、旅情もなにも なく、まことに耐え難いものがあります。 今回忘れがたいのは、3日目の昼食です。これは予め予定も予約もなく、ガイド君が 車内で客の希望を聞いて、地域に詳しい運転手の助けで、国道から少し入ったところの 村の食堂を探しあててくれたものです。そこで頂いたカオ・ソーイ(タイそば)やセン レック・ナーム(米粉ラーメン)のその日本人の口に良く合った味には全員が感激の汗 (やはり少し辛かったですが)を流しました。旅行社としては心配されるでしょうが、 衛生上の問題はまったく感じませんでした。村中とは言え、地域の有名食堂のようで、 地方出張の役人とおぼしき連中やマイクロバスのタイ人団体などが来ていました。この ような機会がバンコク近傍でも得られるものならなと思った次第です。 4、 ホテルについて ウェスチンチェンマイもオリエンタルも何の不満もありませんでした。幹事としては、 こちら客側の品質の方が気になってばかりの滞在でした。もっとゆっくり滞在出来たら なと当然ながら思っています。 特に、オリエンタルではバンコク観光を止めてでも一日中チャオプラヤの流れを前にゆ っくりしていたらなにか人生観が変るのではと思いました。あの騒々しいガイドと老人 団体に対して(欧米人客は明らかにしかめ面をしていましたが)終始にこやかに対応し てくれたホテル職員達に感謝しております。やはり世界一ですね。 以上です。ご参考になりましたら幸甚です。その他でも色々な思い出がいっぱい出来 ました。今回の旅の設定では私共のわがままを良く聞いて下さったことを深く感謝して おります。ガイドのxxxx君の今後に支障の無い様にとJTBさんの思いやりあるご薫陶を 期待しております。 以上

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現地ガイド氏への礼文兼見舞い文 to:Mr.Kunchit Kamfoo from:Tadaolnaba(Mr.),Nagoya,Japan 親愛なるカンチートさんへ、 足の傷は大丈夫でしたか?翠天会の皆が心配していますので、代表してお見舞申 し上げます。                               心配していました○○君のバンコク出国も、審査で少々時間は掛かりましたが、 予めBKK空港の審査官に連絡が入っていたのでしょう、終始笑顔で対応してく れました。                                でも、その時○○君の心臓は心配で破裂しそうになっていたようです。ともあれ、 このことで色々とご苦労下さいましたカンさんの上司様等に慎んでお礼を申し上 げます。関係の皆さんには、カンさんから私共の御礼の気持ちをお伝え下されば 大変有り難いです。どうぞよろしく。                    私は、自分が設計に携わった思い出のメクアンダムを遠望することが出来、その 時、私の説明を聞いて涙する妻に、本当に幸せを感じました。         また、チェンマイソーセージの懐かしい味に再び接することが出来たことも幸せ でした。そして、カオ・ソーイやセンレック・ナームをあのようなローカルの食 堂で食べることが出来たのも皆の素晴らしい思い出になることでしょう。    機会があればまたチェンマイを訪れたい、今度はゆっくりと訪れたい気持ちです。 カンさんの足の傷が早く良くなります様にと祈っております。         ありがとうございました。                                                   ツアー幹事 稲葉忠雄

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志登茂会長への帰国報告文 長田先生、                                                                平成11年11月27日                               稲葉 忠雄    随分と寒くなりましたが先生にはお元気でお過ごしの事と思います。        私共翠天会のタイ旅行も目出度く終わりました。チェンマイにて投函しました絵葉書 には時間も無くて書くことが出来ませんでしたが、今回の旅行の早々から、誠に珍し い事件に遭遇しました。その顛末を合めて、同窓会報原稿として別紙にしたためまし たので機会がありましたらご採用をお願い致します。               その時の写真は、記録担当の眞田君から先生に直接送られて来ると思いますので、ど うぞ適当にご採用下されば辛いです。                      菊岡先生にも絵葉書を差し上げ、また先日電話で帰国の報告を致しましたら、次の同 窓会報は再来年になるだろうが、長田先生に原稿と写真を沢山送っておくようにとの お言葉を項きました。                             旅の思い出は尽きること無く出て来ますので、報文はどれだけでも長く書きたいとこ ろですが、今回はぐっとこらえて絞り込みました。若し、未だスペースを項けるよう でしたら、その他の参加者、願わくばどなたか奥さんに書いて頂きたいものだと思い ます。                                    と言いますのは、今回、初めて同伴のクラス会を催すに当たり、全員それぞれに初対 面の女性達がうまく仲良く旅をすることが出来るのだろうかと言うことでして、しか しこれは全く杞憂でした。そして、色々な夫婦像に接しながら、みな自分達を省みる 機会を得、また、かく仲良しなクラスメートに恵まれた夫を持った幸せを感じた妻達 (再婚3周年のS君ご夫人の挨拶から)も居たようです。             別綴じで同封しましたのは、今回の海外クラス会の準備から事後報告までを時系列的 に並べて記載したところのインターネットサイト(ホームページ)のコンテンツのコ ピーです。若し他の皆さんで自分達もやろうと思われた時のご準備の参考になれば幸 いです。なお、23人と言う参加人数は丁度良い程でした。また、単身参加が一人あり ましたが、当人は全ての女性達から大事にされてまこと幸せそうでした。      次の翠天会コンペ(未定)では、皆がもっと色々と報告したいと思っている筈です。 向寒の折、先生にも奥様にも益々ご自愛下さいます様お祈りしております。    

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「翠天会還暦記念クラス会於チェンマイ」 (三翠志登茂会々報「志と茂」第7号−P24より)                      [愛知]稲葉忠雄(S37土10回卒)  翠天会の天は英数字のテン、永々たる志登茂の歴史の中でこのように独自の呼 称を持っているクラスは少ないのではないでしょうか。私共のもう一つの自慢は あの農学部駅伝でそれまでのジンクス二つ(土木科は、そして四年生は優勝出来 ない)を打ち破ったことです。                        その元気と団結心は年を経ても些かも衰えを知らず、三十五周年クラス会(榊 原)では、「次は海外で」となってしまいました。それはかなりお酒の勢いに押 された決議だったように見えたのですが、生真面目な新任幹事達は翌日から準備 を始めました。IT時代を先取りして、準備状況をインターネットに常時開示もし ました。なぜなら、これを機に同期のメール仲間を殖やしたかったからです。   更に今回は夫婦同伴ということにしました。でも、果たして旨く行くのだろう か心配でした。そこで出発の一ケ月ほど前に結団式をやったのですが、開式早々 その心配は見事に吹っ飛びました。                      平成十一年十一月十日、成田から二組、名古屋から九組と一名がバンコク空港 に集合しました。海外が初めてという人もいるのに、添乗員なしで乗り継ぎをす るのは実に冷や汗ものでした。入国はタイ国北部の古都チェンマイでとなってい ました。ところがそこで某君が入管ブラックリスト上の人物となんと同姓同名同 年齢で、よって入国を拒否されてしまったのです。               思いもよらなかった事態で本当に肝を冷やしました。が、拙い英語で折衝を続 け、当該夫妻と私のパスポートを預けるという超法規的措置案を出しついに受け 入れてもらいました。事情が分からないままにロビーで一時間以上も待たされた 仲間達の喜びの拍手と歓声が空港中に響きました。               その夜、ウェスティンホテルのホールの壁に張られた表題のような横断幕を前 に、クラス会が大いに盛り上がったことは言うまでもありません。次の夜にはパ スポートも無事に戻って来ました。                      トラブルは結局これだけで、それがのっけから起こったからでしょうか、以後 参加者の行儀も良く、楽しい所では大いに楽しみ、ミャンマー国境では例の大使 館占拠事件の影響で閉ざされたままの国境の橋の上のゲートを神妙に見物し、ゴ ールデントライアングルの只中にても怪しい買い物にはさらさら気を向けず、現 地ガイド君もさぞ案内し易かったことだろうと思っています。          最も楽しかったことは?と皆に問えば、様々な答えが返って来る筈です。 ジ ャングル内の象訓練所で二人ずつ仲良く乗ったあの大きな背中だったかも、街道 をわざわざそれて探し当てた田舎食堂の名物激辛タイそばだったかも、バンコク でかの有名なザ・オリエンタルに泊まったことかも、朝の水上マーケットの賑わ いだったかも、にわか雨の水溜りを初めて負んぶしてもらつて渡った王宮内エメ ラルド寺院の庭だったかも、最後の夜の笑いと涙のお別れタイしゃぶパーティー だったかも・・・。                             私自身の一番の喜びと言えば、実はこれは長年夢見ていた事だったのですが、 昔 ODA の仕事で手掛けていたチェンマイ近郊の農業用貯水池の長大なえん堤が 見事に完成した姿を遠く車窓から眺めながら皆に説明出来たことでした。 奇想天外なトラブルで始まったものの今回の企てが実に楽しく完了出来たのは エージェントに任せきりにせず、準備に時間をかけてじっくり練ったお陰だと思 っています。そして何よりも夫婦同伴のクラス会というものがこんなに愉快なも のであるということを初めて知ったこと、これが最大の収穫でした。       それにもう一つ、今回は幹事の一人が単身で参加しました。初め頃はちょつと ぎこちない雰囲気だったのに、終わってみれば彼が一番幸せみたいでした。屈託 のない婦人方に始終囲まれていたからです。本当に素晴らしい五日間でした。   この報告文を故長田先生に捧げます。先生には翠天会コンペの殆ど全てに出席 して頂きました。そして今年四月(第二十九回)には久方ぶりに優勝され、お喜 びの美酒を重ねられ、「若い」私共を更に包容激励して下さったのです。   

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