六地蔵 (自主制作CDより)    Keyof Em     作詞・作曲 とがけん

1、畑の中の六地蔵 ずっとずっと昔から

  同じかっこで立っている 苦しくないか 疲れてないか


2、畑の中の六地蔵 ずっとずっと昔から

  同じかっこで立っている さみしくないか つらくはないか


3、畑の中の六地蔵 ずっとずっと昔の

  話しをぼくらにしてほしい なんにも知らない 若者たちに


  畑の中の六地蔵 ずっとずっと昔の

  話しをぼくらにしてほしい なんにも知らない 若者たちに 

  なんにも知らない 若者たちに

  

入間市「上藤沢の六地蔵」は、かつては畑の中の六叉路の角ごとに6体が中央に向かって立っていました。現在の位置は道路の中央に集められ、しかも、道は外側を迂回するように変えられてしまったのです。
   
                     

2005年10月撮影

私は初めてこのお地蔵様の前に立ったときの驚きと感動を忘れることができません。交差点の中心には、なんとも言いようのない不思議な空間があったのです。それは優しさとぬくもりに包まれているような・・・
それから暇があればそこに通うようになり、お参りに来た地域の人からお話しを聞かせていただきました。ある日お婆さんが、こんな話しをしてくれました。「このお地蔵さんができてから、この地域には伝染病などが流行したことがないんだよ」 その言葉で、なんのためにここにお地蔵様ができたのかわかるような気がしました。

 このお地蔵様の前を通過する道はすべて裏街道です。鎌倉街道、日光へ向かう日光街道、川越方面に向かう河岸(かし)街道。どの道も庶民の道、生活道路であり、安全な道だったのでしょう。
この六地蔵の前を通る人々が背負っている悩み、苦しみ、病いなどが不思議なこの空間の中に閉じ込められて心が軽くなるという、そんな場所だったのです。これはものすごく価値のある文化財です。そしていつまでもこの場所で地域の人々の生活を見守り続けてほしいとの願いを込めてこの唄を創りました。そして出来ることなら元の場所に戻してあげてほしいと思います。 とがけん
 
以下管理人補足

Dの像は享保8年、西暦1723年に建立されたものですが1973年(昭和48年)7月盗難にあい、現在の像はその台座下から発掘されたものだそうです。古くなったお地蔵さんといえども当時の庶民にしてみればとても捨てられなかったのでしょう。見てくれはよくはないですが見つかって幸いだったと思います。それにしてもお地蔵さんを盗むとは・・・呆れて言葉も出ません。

市が立てた看板には『道路の中央部に移築した時に植えられた桜の木が、春は淡い紅色の彩りを添え、夏には強い日射しから地蔵たちを守っています。』と書いてありますが実際にはこの写真で見るとおり根っこを残して切られています。
 入間市の公式ホームページの「入間市景観50選」に切られる以前の写真があります。こちらからご覧になれます。

 桜の木を切ってしまったのはなぜなのでしょうか?車の通行の障害にでもなったのでしょうか?
これでは罪の上に更に罪を重ねるだけで建立した人たちやお地蔵様の怒りをかうのではないでしょうか?
歴史を学ばぬことからくる無知、無関心に加えて公にしたことすら簡単に反故にしてしまうのでしょうか。
3百年の時を越えて当時の庶民の嘆きの声が聞こえてきそうです・・・「後世の人間は恥知らず」と・・

とがけんさんから聞いたことをもとにいろいろ調べてみました。
その結果、道路の中央に移される以前の貴重な写真が古い文献に掲載されているのを発見しました。
私はこの写真を見た瞬間、驚きと同時に他に例えようがないほど感動しました。
それ以来数回お地蔵さんに会いに行きました。お花などのお供えがありました。そこは無神論者の私でも(何せ正月仏教、葬式仏教なので)何か自然に手を合わせたくなる不思議な空間です。また会いに行きます。

ここをクリックして写真をぜひご覧下さい。参考にした文献の解説文も同時に載せてあります。

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