ほころびとつぎあて 2001年02月分
2001/02/28(水)
諸事情あって、最近野球の勉強をしている。特にプロ野球関係。「週刊ベースボール」を読んだり「プロ野球ニュース」を見たり。東京ドームに(やっと二度目に)足を踏み入れてみたり。
「勉強」しなきゃいけないくらいだから、オレのこれまでの(プロ)野球に関する知識はヒジョーに情けないモノで、例えばパリーグの「DH制」とはどういう仕組みなのか知らなかったりするのであった。あと「ホームグラウンドで試合を行う時に、ホーム側のチームはどちら側のベンチに座るのか」とか、「ボックスシートとはつまりどーゆー種類の席なのか」とか。まだあるぞ。「セーブポイントの意味」とか「打点と打点ポイントの違い」とか、「日本ハムの28番は誰か」とか。
こないだもテレビを見てたら横浜ベイスターズの森監督が映っていたので、妻に「このヒト誰か知ってる?」と聞かれてしまった。妻はかつて西武ライオンズのファンだったので、オレより野球に詳しいのです。(なめんな! いくらオレでも、ジャイアンツのV9戦士くらい知ってるわい!)と意気込んだのはいいんだが、「森 祇晶」の「祇晶」を何と読むかは分からなかったりして。(答え:まさあき)
ま、こうしてイロイロ覚えていくと、今までが知らなさすぎたコトもあって、けっこう楽しいです。さして興味も無かったペナントレースも、今年は楽しめそうですな。
2001/02/27(火)
連続2日で「朝10時に仕事の打ち合わせ」ってのが続いてます。いつも深夜に仕事をして朝に寝ているオレとしてはキツい事この上ないんですけど、致し方ありません。けどまァしかし、眠いのなんの…。打ち合わせそのものはお昼過ぎには終わるんだけど、帰りの電車の中でついウトウトしちゃいます。
関東地方、だいぶ温かくなってきましたしねェ。ただでさえ寝るのが好きなのに「春眠暁を覚えず」の季節を迎えて、いっそうの自己管理の必要性を感じている次第でアリマス。
2001/02/26(月)
東京の自由が丘に「亀屋万年堂」というお菓子屋さんがある。今まではその名前を知っている程度だったのが、東急東横線沿線に住むようになってからは、おつかい物を買うような時に利用するようになった。(自由が丘は東横線の駅だし、沿線のほとんどの駅前には支店があるので買い物には便利なわけです)。
で、亀屋万年堂と言えば「ナボナ」、ナボナと言えば「お菓子のホームラン王です」というCMのコピーが有名らしいんだけど。…「らしい」と言うのは、実はそのCMを、オレは未だかつて見たことが無いからなんだけどね。
でも、昔から「少年ジャンプ」あたりのギャグマンガでもさんざんネタにされていて、だから知識としては知っていると。もちろん、初めてそのネタを見た(読んだ)時は、そもそも「ナボナ」なる物が何だか分からなくて困りました。「お菓子のホームラン王」なんだから、そりゃお菓子の一種ではあるんだろうけど、ではいったいどういうお菓子なんだろう? 甘いの? 辛いの? どーゆーカタチしてるの? …とかさ、イロイロ。
関東育ちの人たちにとっては、ごく基本的な知識としての「亀屋万年堂」であり「ナボナ」であるようなんだけど、浜松で生まれて育ったオレにとっては、関東ローカル圏のテレビ放送なんてのは、まったく探知し得ない世界だもんね。今でこそ静岡には、テレビ東京系を除く全ての局のネットがあるけど、オレがガキの頃にはTBS系とフジテレビ系しか放送して無かったしな。(…なので、昔の日本テレビ系ドラマが好きな妻の話題についていけない時があるし。余談だけど)
なるほど、「情報は東京から発信される」というのはこういうコトか、なんて思いを新たにさせてくれた「ナボナ」ではあったんだけど、こないだ電車(東横線)に乗った時には、更に驚かせて貰いました。…というのも、亀屋万年堂の車内広告があって、そこにホームページのアドレスが書いてあったからなんだけどね。ドメイン名、なんだったと思います?
kameya.co.jp とかだったら「ま、そりゃそうだよな」で済んだんだけど、navona.co.jp なんだもん。そっか、ナボナって、亀屋万年堂を代表するお菓子だったんだ。(まァ、だからこそCMを打ってたんだよな)。けど、ドメイン名にまでしちゃうんだ、へえ…。ってカンジ。
ひょっとしたら、他のドメイン名を取ろうとしたんだけど何らかの理由で出来なかった…、のかもしれないけどね。ともあれ、「ナボナ」を知ってるか知らないかの差っていうのは、電車の中でちょっとした驚きに捕らわれるか否かの差にも繋がるのかもしれなくて、そーゆーのが積み重なると、いずれは何かもっと大きなモノに対する感じ方の差にも関係するのかもなァ、なんてコトを思ったりはしましたナ。
2001/02/25(日)
地元のゲームショップで「キャプテン・ラヴ」を予約してきました。2枚。オレ、ゲームの予約なんてするの生まれて初めて。つーか、そもそもゲームソフトを新品で買うことすらあんまり無いもんな…。いちばん最近に買ったソフトはPSの「仮面ライダー」です。ふる! これもう、確か「V3」編が発売されてるよね。
あと楽しみなのは、正式タイトルは知らないんだけど「スーパーロボット大戦」シリーズでピンボールが出るでしょ、GBで。あれだな。「ポケモンピンボール」と匹敵するほどの楽しさを期待しているんですが。どんなもんでしょう? 「ポケモン…」は、あれかなり良く出来てるし、あまり過剰な期待をし過ぎると後で悲しいかも…?
…ピンボールの実機をゲームセンターであまり見なくなってから久しいけど、やっぱ人気が無いんだろうなァ…。銀座辺りにはまだ置いてあるんでしょうか?
2001/02/24(土)
で、昨日分の続きです。
だから…、「<脱>宗教のすすめ」を読んで感じる不快感てのは、徹頭徹尾、目に見えるもの、科学で証明できるものしか信じていない態度(執筆姿勢)に対するそれなんだよね。
そういうヒト、けっこう多いみたいなんだけど、つまんない感性してるなァって思う。そりゃオレだって、例えば月にうさぎがいるとは思っちゃいないけど、そう考えるのと同時に、例えば月の地殻構成については(科学的な)類推が為されている「だけ」ではあるしな…、なんて思うもの。目に見えるものしか信じないなら、月の地面を掘り進めていって、中から地底人(笑)の遺跡跡でも発見したらキミたちどうリアクションするんだよ、なんて(くだらないとは思いつつも)突っ込みを入れたくなるよな。
フィクションだから価値がない、と言うのであれば、それこそフィクションが人類に与えてきた効用についての無自覚さがバカっぽいしさ。(まァ、『宗教』に代表されるように、ソモソモ効用など無かった』という事なのかもしれないけど)。
昔、ニューヨーク・サン新聞のフランシス・P・チャーチなる人物は、8歳の女の子の問いに答えて「サンタクロースは本当にいます」と社説に書いたそうだけど、ロマンを信じて、世界に(そう、敢えて『世界』と書こう)夢を与える態度ってのはそーゆー事じゃないかと思う。もちろん、「宗教」がすなわち「ロマン」だったり「夢」だったりするのかと言ったら、それは必ずしもそうじゃないと思うけど、少なくともロマンや夢を信じない、信じられない心性がかの本の執筆のベースにはありそうだもんな。んで、オレはそーゆーのはイヤなんです。
2001/02/23(金)
2月8日の日記で「『<脱>宗教のすすめ』という本を読んでいる」と書いたんだけど。で、その本を(随分前に)読み終わったので、感想を記しておくことにします。いやもう、ただホントに感想。評論とか、ンな大層なモンじゃなくて。
著者は経済学者みたいだし、マーケティングの観点から見た宗教否定論が展開されてるもんだと勝手に思ってたんだけど…、で、それはオレが今まで知らなかった視点だったので、それなりに期待してたんだけど…、ああ、ハズされちゃったな、って感じです。
「宗教とは本質的に危険な部分を含むモノだから、そういうのにハマるのはよしなさい」ってのが最も言いたいコトだったようです。「本質的に危険」だということ、これについては「確かにその通りだよナ」とオレも常々思ってたんで、それソノモノに異論はないんだけど、その例証のための記述にはマーケティング云々なんかはほとんど関係ありませんでした。
歴史的事実、特にキリスト教徒の行ってきた残虐行為の数々(魔女狩りとかさ)を取り上げて、こんなにメジャーで浸透している宗教でもこーゆー悪いコトをやってきたんだから、ロクなもんじゃないでしょ? と諭している、言ってしまえばそれだけの本でした。他には、カルト宗教モロモロの具体例を挙げて「こんなに反社会的だ、だから…」と読者を誘導しようとしているとか。
…自分ではあまりモノを考えずにいて、けれど(だから?)ナニモノかにすがりたい若者(とか)がいるとして、そーゆー不安定な彼らが流れ込むかもしれない場所としての宗教団体(そしてそれは、ひょっとしたら危険な団体かもしれない)を論理的に否定する書としては、この本はそれなりに有益なのかもしれないけど、だからと言って半ばヒステリックに信仰心そのものを否定していっても、ンなの日本だけでしか通用しないと思うし、それはまァいいとしても(単に覚悟の問題だから。日本人の多くは『外国はそうしてるヨ』と言われれば弱気になってしまうというだけの話)、自分の手が及ばない現象を恐れ敬うという姿勢は、多分人類が発生したその時から在ったんだと思うから、そういうものに対する謙虚さはあってもいいんじゃないの? って気はする。
著者によれば、「神」というのはヒトの創作物なので、んなモノが実在するハズはなくて、だから単なるフィクションに過ぎない「神」に多大な意味を付与して奉るのはオカシイ、ってことになるようなんだけど、でもそれが「信仰のルール」なんだからさ。神が実在するかどうかは別として、枠(教典とかな)の中で行動するのが宗教なのであれば、そのオカシさを最初から受け入れることの出来た人が、その人だけが「信仰」という行為をするわけでしょ。自分が犬であると信じている生き物に、「アンタは犬だからオカシイ」って言うそのやり方は、そもそも無効だと思うんだけど。
著者にしてみれば、権威も影響力もほとんど無くした、日本の仏教各派の在り方こそ、サービス産業としての宗教のそれに最もふさわしいってコトになるようで、「消費者」は、ただただ冠婚葬祭の時なんかにサービスとしての宗教的儀礼を受けていればそれでOK、それこそが宗教との理想的な関係になるんだそうです。オレとしては、日本仏教各派の反論を望みたいトコロです。あんたたち、バカにされてるんだからさ。
(この稿、明日分に続きます)
2001/02/22(木)
関東地方は温かい一日でした。オレはあったかいのが好きなので、ふわふわした気分で近所の病院に行きました。2週間前に健康診断を受けたので、その結果を聞きに行ったのです。どこにも悪いトコロはありませんでした。一安心です。担当の女医さんは、まるで声優さんみたいに可愛らしい声をしてました。
病院のロビーの一角、図書コーナーに、有吉京子(でしたか?)の「SWAN(白鳥)」という少女マンガがありました。むかぁし、週刊マーガレットで連載してたのは知ってましたけど、その頃は興味が無かったので読んでなかったんです。今日はナゼか…、ふらふらと手に取ってしまい、冒頭の数ページを読んでみたんですが…、おもしろかったデス。次の用事があったので早々に立ち去らざるを得ませんでしたが、今度はそのマンガを読むためだけに病院に行こうかと思ってます。つーかあれって、マンガ喫茶に置いてあるんですかね? しかしおよそどうでもいいコト書いてますねオレも。
2001/02/21(水)
で、昨日のなぞなぞの答えだけど、「ココナッツ」なんだって。そのココロは「常夏(とこなつ)」だから。
…いや、そりゃそーかもしれないけどさァ、分かンねえよそんなの。だいたい、オレの感覚じゃココナッツは果物じゃないってばよ。だいたい、ソレ答えにしたいんだったら問題が違うような気もするぞ。例えばさァ…。
…と考え始めたんだけど、うまい文章が浮かばなかったのでパスします。
別の話題。昨日、「ニュースステーション」で三谷幸喜さんのインタビューを見たけど、あの人って必ず細かいネタ仕込むのな。昨日は、犬の散歩の時にたて笛を持ち歩いてるってヤツだったけど、ずっと前フジテレビ6時台のニュースで見た時には、一人で散歩に出て、ナゼか電気スタンドを買って、それをハダカで持ちながら一人カラオケボックスに入って熱唱してるってヤツだった。そのVTRは、いちおうドキュメンタリックに作ってあったけど、多分仕込みだらけだったと思うんだ。…あの人、書くものもいいけど、そーゆーミョーな自己演出もいいよなァ…。
2001/02/20(火)
娘が買ってきたグミ菓子の袋の裏になぞなぞがあった。「冬なのにあついくだものはなんだ?」
妻と共に考えること数分。
「あついって…。暑い? それとも厚いの方?」
「『冬』って言ってるんだから『暑い』じゃないの?」
「なんだろう…。…バナナ、リンゴ、ナシ、みかん、レモン。…うーん」
「きっと何か語呂合わせなんだとは思うんだけど…」
「ん〜。あつい、あつい、アツイ…。分からん!」
突然「あ!」と声を上げたのは妻。
「なになに?」
「『夏みかん』だ!」
「あァ…。なるほど」
「みかんは冬のものだけど、『夏』がつくから『あつい』…」
「なるほどねェ」
いそいそと、答えが書いてある袋の折り返しをめくる妻。しかし! なんと答えは違っていたのだった!
なんだったと思います? …なんつーかもう、そんなのアリかよって答えで。ソモソモ、それ果物か? 答えは明日! じゃーね、ちゃお!
2001/02/19(月)
すっかりモバイル用通信ツールとしての扱いしか(少なくともドコモの宣伝上では)されなくなったPHSですが、携帯の電波が届かないマンションに暮らしているオレにとっては、日毎に利用頻度が上がっております。早くi−mode対応の機種が出ないかのう、なんて思ってたら、なんですか、「ブラウザホン」ってのがもう売ってるらしいですね。
厳密には、ケータイのi−modeコンテンツが全て使えるワケじゃなくて、i−mode対応のホームページやブラウザメニューサイトが利用できるだけのようなんだけど、とりあえずはそれで充分なので久方ぶりに機種変更をしたい所存ではあります。
それにしてもねェ…。昔はポケットベルさえ持ってなくて、仕事関係の人たちに「いつも捕まらないからどーにかして!」なんて言われてたのにねェ。いったんケータイ(とか)を使い出したら、その便利さにもう手離せなくなっております。実際、危急の折にはけっこー便利なんだ。家族が危篤だった時とか。
外出してて、目の前に電話ボックスがあっても、もうほとんど使わないしね。以前ほどテレホンカードは欲しくなくなったし。(病院にいる時には便利なので財布にはいつも入れてるけど)。ただ、このご時世にありながら、敢えてケータイ等を導入しないライターさんも存じております。立派だなあと思います。ご自身の時間を可能な限り確保して、それを執筆ないし思索に費やそうというその姿勢がね。
実際、そういう通信手段を持つということは、わりかし容易に外部につながれちゃうってコトだから、便利さの反面、わずらわしさは当然あるんだよね。まァ、「付き合い方」の問題なんだけど、ただ便利ではありたいけど日常を不本意に侵食されたくないってのは…、ひょっとしたらムズカシくなってる面はあるのかもね。
2001/02/18(日)
「キャプテン・ラヴ」コンテンツの『エンクミボイス』のところで「オレが現場で怒るのは珍しい」と書いたんだけど、その後で他の「事例」も思い出したよ。
「ジパング朝6」という番組で関東ローカルの生CMをやっていた時のコトだけど、挿入用VTRのロケをしてて、MCのコメント(ボイスのみのオンリー)を録ってたんだ。MCのお姉さんは風邪気味で、なかなかオレの思うような喋りが出来ない。何度もテイクを重ねているうちに、見ていたプロデューサーのH氏が突然怒り出したんだよね。「何度やっても同じだよ! さっさとOK出しちゃえよ!」って。
これにはオレもカチンときて。思わず言い返してた。「(編集で)つなぐのはオレなンすよ! 使えねえテイク持ってッたってしょーがないじゃないですか!」とか。
ここで問題です。現場でプロデューサーとディレクターがこーゆー言い合いしてるとどうなるでしょうか? 答え。固まります。その場にいる一同の雰囲気がエエもう、見事に。で、この時も「し〜ん」となってしまいました。やっぱ良くないよねェ。技術さん(カメラマンや音声さんやビデオエンジニアさんとか)もいるしねえ。制作側のゴタゴタで迷惑かけちゃいかんよねェ…。でもこれまた、今だからこそ思うコトで、そん時のオレは単にプリプリしてました。
…で、この時は結局どう収拾つけたんだっけかな? なんか、カメラの方がオトナで、とりなしてくれたような記憶がある。んで、コメントそのものも、結局あと1テイクか2テイク録ったような気がする。で確か、昼飯になったんだ。
なんかねー。その後のことは、ロケが終わって麹町までの道をH氏と気まずい思いで帰った情景くらいしか覚えてないんだよねェ。ナゼなんだろう?
H氏が怒った理由ってのも、実は怒鳴られた瞬間に分かってはいたんだよね。彼は優しい人だったから、風邪気味でただでさえ体調が悪いのにケナゲにNGに応じるMCが気の毒だったんだよね。でもオレは「使える素材」を録るコトしかアタマになくてねェ…。「関係ねーよ、ンなコト!」とかね。
むう。こうして考えると、「オレが現場で怒るのは珍しい」なんて、実は勘違いに過ぎないのかも? いや、オレ的には、やっぱりそんなに怒ってた記憶はないんだけど、他のスタッフから見たら「あー。また須甲さん怒ってるよ」的なシチュエイションが度々生じていたのかもしれん。まあ…、どうでもいいし、どっちでもいいんだけど、なんか今、ふと思った。オレ的には、怒りというのはアクションを起こす原動力になり得るって。
2001/02/17(土)
さくらももこの「コジコジ」を読む。遅ればせながらで恥ずかしいんだけど。
いやまったく…、感心しました。なんかスゴくおもしろい。ところどころ、声出して笑っちゃった。メルヘンと哲学とバカが渾然一体となっている感じ。…って、そのまんまか。お気に入りは、半魚鳥の次郎君です。
そう言えばオレ、週のアタマには「永沢君」も読んでたし、なんだか「さくラー」な一週間だったかも。…久々に、彼女の脚本によるテレビドラマを見たくなりました。アレ、再放送してくれないかな…。>TBS。
2001/02/16(金)
えーとね。幕が開くと舞台中央に丸いちゃぶ台があって、晩ゴハンの支度がしてあるの。3人が板付き。お父さんとお母さんと息子ね。息子は中学生くらい。あ、そうだ。ちゃぶ台の後ろには茶箪笥とか…、いや、食器棚の方がいいか? とにかくそんなカンジの家具があるといいな。で、その3人。もちろん着てますよ、あの紫色のコスチュームを! 胸には赤く「ラ」の文字があってね。マスクは…、してなくてもいいや。顔出せなくて何の舞台よ?
夕餉の会話をしてんだな。お父さんは今日の撮影で監督にちょっと認められたからこれからは出番が増えるかもしれないヨ、なんて嬉しそうに報告してて、お母さんはそれを喜んで聞いてて、息子は息子で、中学校でいかに自分が愛の共産化を推進するために戦ってるかを両親に訴えたりして。ま、このご時世では珍しい、仲の良い家庭の夕食風景です。でも、そんな一家にも悩み事があって、それはひとり娘のコトだったりして…。
…って、何のハナシかとお思いでしょうが、コレ、戯曲版「キャプテン・ラヴ」の冒頭イメージです。思いついたので、ついつい書いてしまいました。さて、これからどうなるんでしょ。楽しみですね! 楽しみじゃありませんか? …まあいいか。書き上がったら「作品>戯曲」のコーナーにでもアップしますよ。いつになるか分かりませんけどね。
2001/02/15(木)
バレンタインデーには娘からチョコを貰いました。うん。満足です。
それにしてもミニモニかぁ。気付かなかった。あれは子ども狙いだったんだね。幼稚園児とか小学校の低学年とか。ぴょんぴょん言ってて、そっか、あれは童謡…つーか、小さい子用のポップソングなんだな。慎吾ママ系というかさ。今までさしたる興味も無かったんだけど(んでこれからもンな多大なる興味は持たないだろうとは思うけど)、なるほど、つんくという人が考えてることはオモシロイかもね。
オレも日々、自分にとってのオモシロイこと考えてます。あんまり自分(だけ)でオモシロすぎて、アイデアがなかなか一般化できないのが悩みの種です。この場合の一般化とは、現実でそれが「出来る」レベルにまで落とし込む作業というのも含むんだけど、ソコが一番しんどいかもねえ。
2001/02/14(水)
昨日の日記で「『アンドロイドお雪』はハヤカワ文庫JAだ、みたいな書き方をしちゃったけど、その後表紙カバーをよくよく見たら、「JA」じゃなくて「SF」の方でした。…えーとつまり、ハヤカワ文庫にはジャンル別にいろいろなシリーズがあるってことなんですが。ミステリーならHM(Hayakawa Mystery)、日本人作家ならJAで、SF作品ならSF、ファンタジーならFTだとか。で、「アンドロイドお雪」はてっきりJAだと思い込んでたんですが、違ってたということです。
多分、SFシリーズが先に出来て、その後にJAシリーズが加わったんじゃないかと思いますが。ウルフガイなんかもSFシリーズだったしね。
興味のない方にはおよそどーでもいい話題ですが、いちおう訂正と合わせて解説をば、と思いまして。
しかしこのコンテンツ、日記から離れてどんどん雑記・雑談に近付いております。
2001/02/13(火)
日吉(横浜市港北区。東急東横線の駅)の街に新しい古本屋さんがオープンしたというので行ってみました。けっこう渋い品揃えで、旺文社文庫なんかがけっこーたくさん並んでました。あのシリーズは解説が詳しくて、著者のちょっとした伝記なんかも載ってて、さすがは旺文社ってカンジです。オレ好きだったんだよなァ…。
文庫の棚を見てたら、なんとハヤカワのJAシリーズも並んでました。んで! ここからが重要なんですが、オレは「アンドロイドお雪」を見つけてしまいました。
「アンドロイドお雪」。平井和正先生の作品です。オレは角川文庫版を(既に絶版になってから)入手して、その時、地下鉄千代田線に乗りながら読んでいたのでした。しかし、日頃のオーバーワークが祟って(笑)、本を手にしたままついうとうとと…。気がついたら電車はもう表参道駅に着いていて、オレは慌てて降りたんだけど。で、そのまま電車を乗り継いで帰宅したんだけど…。
ないんですよ! 確かに手に持ってたハズの文庫本が! ああきっと、降りる時にバタバタして電車に忘れてきちゃったんだ! …嘆くも後の祭り。結局本は見つからず、まだ全部読んでなかったにも拘わらず、オレは読書を断念せざるを得なかったのでした。
でも! 遂にオレは入手しました! 今度こそは電車に置き忘れないようにしたいと思います。うむ。わしは今日はこれでもう満足じゃよ。(ちなみに500円でした。そんなものでしょ)
2001/02/12(月)
去年、「39 刑法第39条」という映画を(ビデオで)見てたいへん感心し、また感動したので、先週の水曜日にテレビ東京系でオンエアしていた「刑法第39条 フラッシュバック」というドラマを録画した。同じ原作を使っているとのことなので、制作の方向性の違いなんかを見比べるのも一興かと思って。
つってもまだ40分ほどしか見てないんですけど。設定から何から、映画版とは全然違ってるけど、それはそれとして残りの時間、どんなふうに展開するのか楽しみではあります。感想は見終わったら書きます。
2001/02/11(日)
川崎市に向ヶ丘遊園という遊園地がある。売店で焼きそばを食べた時に貰った割り箸の、袋に印刷してあったコピーによれば、10万坪の敷地面積があるのだという。10万坪と言われてもピンとこないのはオレだけか。東京ドーム何個分でもツラいけどさ。まあ、それはいい。
今日は、その向ヶ丘遊園に3時間ほど行って来た。野外ステージでは仮面ライダーのショーが行われていた。が、娘が見るのを嫌がったので代わりに観覧車に乗った。空からステージを見下ろすと、クウガが敵にやられた挙句、観客席を横切ってハケるところだった。クウガは、ステージから少し離れた建物のところまで駆けていってから大回りしてステージ裏に戻ったようだったが、なるほど、こんなふうに俯瞰で見てしまうと、ヒーローショーとは味気ないものだ。オレはガキの頃、本郷猛は本当に変身しているものだと思っていたのに!
観覧車を降り、ぼちぼち歩いてステージ近くに戻ったのだが、まだショーは続いていた。特別ゲストの風見志郎がゴ集団のメンバーだと思われる皆さんと戦っていた。風見志郎はお約束通り「ぶいすりゃーっっ!」と叫び、天高くジャンプしたかと思ったその直後、テレポート能力を使ってステージ後ろの階段から降りてきた。妻はスタンバイしているV3を見たと言っていたが、それは気のせいだと思う。
その後、園内を散歩してから三度ステージ横を通りかかると、既に敵怪人との戦いは終わり、宮内洋さんが軽快なトークを炸裂させていた。なんでも予定時間を12分もオーバーして喋り続けていたらしい。ラスト、「仮面ライダーV3」の主題歌を歌いながら観客と握手する宮内さんは、とってもステキだった。男の子や女の子が喜んで握手をしてもらっていたが、中にはビデオを回しながら左手を差し出す大きなお友達もいた。
娘はV3よりクウガの方がカッコいいと言う。オレは初期の、真っ黒な(真緑か?)本郷ライダーが断然カッコいいと思う。ちなみに、初めて読んだ石森(石の森)作品は、やっぱ「仮面ライダー」で、しかも『13人の仮面ライダー』編であった。初めて読んで、イキナリ主人公が銃殺された日にゃ、そりゃトラウマにもなろうというもので、以降、石森先生が描くヒーローものには、ひじょうに正しい態度で接するコトができるようになった次第である。「009」は言うに及ばず、「嵐」も「キカイダー」も「イナズマン」も「ロボット刑事」も、ついでに書けば別に原作者がいた「多羅尾伴内」も、だって本郷猛を(少なくともビジュアル上では)あんなに残酷な目に合わせた作者なんだから、そりゃ暗くて重いのは当然だろ? と。
連休中日の、のどかな午後。オレの脳裏に去来したかつての漫画作品の内容は、盛り上がる野外ステージの、その幸福感からは何と遠いことか。遊園地の帰りに立ち寄った古本屋さんで、文庫の「リュウの道」を見つけたが、迷った挙句(未読にも拘わらず)買わなかった。なんか、落ち込みたくないような気がして。
2001/02/10(土)
ああ! ムーンブルクの王女はどうしたら犬から元の姿に戻せますか?
あと、ガミガミ城はどうやったら攻略できますか?
それと、ポケモンピンボール赤台で、ドコをどうしたら7億点なんかが叩きだせますか?
こういったモロモロをクリアしないと、オレは妻に勝てないのです。つーか、小学生にも劣るレベルのオレはゲームなんか作ってちゃいかんような気もする。学校紹介の番組作ってる時に小学生と雑談してて、実際バカにされたりもしたしな。
ちなみにオレは、マリオの1さえクリアできてません。ささやかな自慢、いや自虐です。しょーもない。
2001/02/09(金)
松原敏春さんに続いて佐治乾さんも亡くなったそうだ。ご冥福をお祈りします。
佐治乾さんと言えば、オレ的にはやっぱ『人妻集団暴行致死事件』なんだけど、なんつーか…。エロゲーなんかでも、ああいったテイストのものが作れないのかのお…、なんて今ふと思ったな。いつまでも「萌え〜」とかじゃなくてさ。
連想ゲーム的に、筆はにっかつロマンポルノ関連に走るんだけど、オレがエロゲーのシナリオも書いてる理由のいくばくかには、ロマンポルノに乗り遅れた悔しさってのがあるな、やっぱ。まあ、エロゲーだって何でも好きなモノを書けるわけじゃないし、クライアントがいる以上それは当然のことなんだけど、こう…、ね。もっと「オトナな性」の取り上げ方があってもいいような気がしてる。市場をとりまく状況を考えるとイロイロ難しい部分はあるんだけどさ。
そんなことをつらつら考えながら、今日もプロットを書き進めている次第。ふむ。
あ。2月6日(火)の日記、雑君先生の『そして船は行く』通販ページへのリンクのところ、漫画のタイトルを書き間違えてました。『そして船が行く』なんてふうに。もう直しちゃったけど、センセ、ごめんね。
2001/02/08(木)
「宗教はサービス産業である。で、サービス産業としての見通しは暗いから、そんなのにハマるのはやめなさい」ということをテーマにした新書を読んでいる。まだ途中なので論評は控えるけど、なんかその本、読んでてイラつくんだよね。精神衛生的にヒジョーに良くないと思うケド、得る部分も多少はあるのでとりあえず我慢して読んでます。竹内靖雄著「<脱>宗教のすすめ」(PHP新書)という本ですが。
読み終わったらいずれ感想をまとめるけど、今回はその前フリ的に、むかしちょっと思ったことなどを。
オレ、結婚式は人前式でやったんだよね。なぜかというと、特定の宗教への信仰がなかったから。ま、いわゆる「自然宗教」としての季節ごとのイベント(お正月に神社にお参りにいったりさ)は、ごくフツーに受け入れていたんだけど、「創始宗教」への信仰は無かったんだよね(今もないし)。
神前で結婚式をやるなら、やっぱそれなりの生活態度というか習慣というか、そういうものがなきゃいかんだろうと思ったし、それは教会式においておやだよね。そういう意味では、信仰というものに対して、オレたち夫婦はある種の敬虔さを持ち合わせていたと思う。信じてないのに、そういう時だけ都合良く利用させて貰っちゃいかんだろ、とかさ。
でも実は、宗教、あるいは信仰というものにほとんど情熱を持ち合わせないオレたち大部分の心性が、その頃から(あるいはもっとむかしから)不思議ではあったんだ。どうしてこんなコトになっちゃったんだろうって。信仰があれば、その是非はともかくとして、少なくとももっと楽に、スジを通して生きられるのになあ、とかさ。
その後、モノを覚えるにつれ、そのヘンの歴史的な事情は分かってきたんだけど。信長が真宗の一向一揆を潰したとか、江戸時代の檀家制度の確立とか、明治に入ってからの廃仏毀釈運動とかね。
人が生きていくには、よりどころが必要で、今の日本ではそのメインはやっぱり「お金」で。それはそれで、もうゼンゼン問題なくOKなんだ。だいたい信仰というのは「無条件に信じる」ということだと思うから、オレも含めて多くの人が、「ンな、『無条件に』なんて!」と、そんな不合理なことに反発を覚えるのも無理はないと思うし。
けどなあ…。合理的、科学的精神ちゅーのも、今どっか行き詰まってると思うのよ。そういう考え方をブラッシュアップしてきた結果、世の中がなんとも乾いてしまったカンジがしてる。そうだなー。例えていえば、「ロボット刑事(漫画版)」の中で、主人公のロボットKが「会社の目的は利益の追求だから、会社の益にならないこーゆー行為は犯人の仕業ではない」と間違った断定をしてしまったような…(どーゆー例えだよ)。
「だからここは信仰(=宗教)なのよ!」 …とイキナリ語るつもりはないんだけど、「信じる」ことの前提としての「想像力」は、もっともっと大事にした方がいいと思うんだ。科学で説明できないから価値がないというんじゃなくてね。で、その後に、信仰の生活が自分に必要だと思えば、そこに入っていけばいいのかな、と。
ん〜。なんだかまとめ方がうまくないけど、今日はこれまでにしときます。時間ばかりかかっちゃって…。
2001/02/07(水)
私的な電子メールでも誰かに公開されちゃって政治的な問題になってしまう今日この頃。「沖縄問題一般」とは切り離して考えると、ナカナカに怖いものがあります。
…オレも私的に出した(つもりの)メールを回し読みされたことあるしなあ。どうしてそーゆーコトするかなあ。これからはよっぽど信頼してる相手じゃないと、滅多なこと書けません。まァこれは、電子メールじゃなくても同じなんだけどね。でもメールって、なんかヒトサマに見せやすいんだろうか。けっこうみんな、平気でしてない? マジ、中島みゆき『化粧』の気分よ。誰かと2人で読むのはやめてよ、と。
…悪口の証拠が残るってのはなあ。ウン、これから気をつけよ。なんて書くと、オレは普段、よっぽど人の悪口メールをしたためてると思われそうですが。腰抜けで弱虫、とか。(お。今日は時事ネタっぽいなっ)
2001/02/06(火)
2日前の日記に「ハムスターさんトコの掲示板に管理人さんからのレスがないなー」と書いたんだけど、その後で確認したら、ちゃんとレスが書き込まれてました。「キャプテン・ラヴ」再発売の告知も、ちゃんとありました。一安心ですネ(って、ミョーな心配してたのはオレだけかもしれないケド)。
で、さて。今日は漫画家の雑君保プさんからメールをいただきました。「ざっくんぽっぷ」と読みます。現在、メディアファクトリー「月刊コミックフラッパー」にて『そして船は行く』というゆかい漫画を連載されてます。3月29日(木)に1500円にて再発売されるプレイステーション用ソフト『キャプテン・ラヴ』(エエ、そりゃもうクドいくらいに書きますともさ!)のキャラクターデザインも担当された方です。以上、ひょっとしてご存知ない方のための役に立つ解説でした。
んで、そのメールの内容ですが。いや先生。先生がオレを愛してることは、そりゃ重々承知してます。してますが、オレは妻子ある身です。いくら先生の正体が「おっぱいが大きな美貌の女流漫画家」でも、それをしたら不倫になってしまいます。いや…、不倫そのものがイケナイことだとは思いません。世間を敵に回す覚悟さえあれば。しかし、オレにはその覚悟がないんです。妻を裏切れません。辛いところですが、やはりこの危うげな一線を越えるコトはオレにはとても…、できそうにありません。どうぞお許しください…。
なんちってー!
ごめんなさい嘘です。先生は女性じゃありません。理知的な笑顔がキラリと光るナイスガイです。どのくらいナイスガイかと言うと、東京都練馬区江古田の商店街は彼の得た天啓によって支えられているくらいのナイスガイっぷりです。
オレも書いててなんだかワケが分からなくなってきましたが、とりあえず雑君先生がネカマでもオカマでもない好青年だということをご理解いただければ充分です。つーか、それなら最初からこんなネタにすんな! ってハナシもあるかとは思うんですが、スイマセン、書きたかったんです。
何のハナシでしたっけ? そうそう、いただいたメールの内容ですね(←わざとらしい)。えーと、先生からいただいたご指摘というのは、「このページ、文字が小さくて読みにくいヨ!」ということでした。で、オレも「なるほど。市井沙耶香はいつデビューするんじゃろう」と深く納得がいったので、今日からちょっとフォントを大きくしてみた次第です。「今日から」っていうか、スタイルシートを使っているので、これまでのも全部大きくなっちゃうんだけどね。
いかがでしょうか。多少は読み易くなりましたでしょうか?
あ。せっかくだから宣伝しときましょう。マウスを当ててみてくださいな。
雑君保プ著「そして船は行く」第1巻
メディアファクトリーより514円(税別)にて発売中!
飛んでください。んで買ってください。てなワケで、本日はこれまで!(坂本 九ふう。古!)
2001/02/05(月)
近所に生協のスーパーが2軒ある。まァ、近所と言ったって、ウチのマンションは丘の上の不便な立地なので、どちらの店に行くにも徒歩だと20分くらいかかるんだけど。
で、そのうちの1軒には「図書コーナー」なるものが設けられている。2階フロアに昇る踊り場のスペースを利用して作ってあるコーナーで、生協を利用するお客さんが、家庭で不要になった本を持ち寄って作っているものだ。冊数は少ないものの、児童用の物語から新書小説まで、けっこうイロイロな、しかも古い本があったりするので、オレ的には買い物の度に楽しみにしている空間である。
で。昨日もその生協に行って図書コーナーを覗いたんだが、驚いたことに『バトル・オブ・ブラジル』が置いてあった。こんなの、いったいどーゆー人が寄付したんだろうか? …というのも、その本はハリウッドの内幕もので、およそコアな映画ファンしか読まないんじゃないかとオレは(勝手に)思っていたからなんだが。もっとも、まさしくコアな映画ファンが寄付したのかもしれないけど。
内容は、映画『未来世紀ブラジル』アメリカ版を公開するにあたっての、監督(テリー・ギリアム)と映画会社社長(シドニー・J・シャインバーグ)との確執を描いたもの。映画の上映時間を巡って芸術家と資本側が争い、結局は芸術家の方が勝ったという実話のルポルタージュ。オレはこの正月に久々に読み返し、そのイキオイで思わずビデオを借りてきて何度目かの鑑賞をした。ちなみにビデオ屋さんではロバート・デ・ニーロ出演作の棚に置いてあった。間違いじゃないけど主演じゃないしな。デ・ニーロ目当てで借りて、失望するお客さんがいないことを祈るばかりだ。(イヤ、『ブラジル』のデ・ニーロもカッコいいんだけどね)
で、件の本『バトル・オブ・ブラジル』だけど。今読むと、なんか悪役のシャインバーグの言ってるコトの方が正しいような気がしないでもない。少なくとも、ギリアムが上映時間をオーバーした尺で最終編集版を仕上げちゃった事実は、突っ込まれても仕方がないと思う。
しかし、それはそれとして。シャインバーグは『ブラジル』を難解な映画だと感じていて、それもギリアムに再編集を要請した理由のひとつではあるんだけど、オレが日本語字幕版(ヨーロッパ公開のオリジナル版と同じもの)を見た限りでは「この映画のドコが難しいの?」ってカンジだった。ハリウッド映画らしいある種の陽気さには欠けまくってるけど、だってそりゃギリアムの映画なんだし。それが資質なんだろうと思うし。シャインバーグには「アメリカではこーゆーモノは受けない」という確信があったとは思うけど、それはやっぱハリウッドの限界なのかなー、とも思う。
映画評、ハリウッド評が目的の文章ではないので、その辺りはひとまず置くとして。ともあれ、生協の『バトル・オブ・ブラジル』だ。せっかく置いてあるんだから、多くの人たちが読んでくれればなーと思う。ゴシップを楽しむような読み方もできるしさ。(あ、その意味では、主婦層がお客さんのほとんどである生協のスーパーに置いてあるってのは正解なのかも。)
2001/02/04(日)
オレが制作に携わったプレイステーション用のソフト「キャプテン・ラヴ」が再販されるらしい。…『らしい』というのは、オレはこの情報を雑誌の記事やWebで知っただけで、関係者に直接確かめたワケではないからなのだが。なにより、発売元ハムスターさんのWebページに、未だ何の告知もないのが気になってたりして。掲示板の、ユーザーからの書き込みにも、管理人さんはレスをつけないままだしな…。いつもは頻繁にレスをつけてるのにな…。まァ、イロイロとお忙しいだけで、再販に向けてのナニゴトにも支障は無いのであろうコトを切に祈っております。…ウン、オレも3枚くらい買いたいしさ。
てなワケで、このページをお読みの方で、まだ「キャプテン・ラヴ」なるゲームを御存知ない方は、3月29日(発売予定日)に向けて1500円のキープをお願いしまーす。うん、そうだねー。フジテレビの月9に抵抗ない方なら楽しめると思います(お!)。パッケージの奇抜さとか、ギャルゲーテイストとかに騙されちゃダメです。ギャルゲーだけど。
参考リンク。★有限会社リッツ「キャプテン・ラヴ」紹介ページ ★konamistyle.com(通販)
2001/02/03(土)
ほのぼの家庭ネタ。娘(4歳)を風呂に入れるたびに(つまりほとんど毎日なのだが)、「お話」をせがまれる。お風呂用おもちゃのクマとか魚とか水鉄砲とかがあって、それらを登場人物にしたオリジナルのお話だ。
「おもしろいお話」とか「どきどきするお話」など、ひじょーに大雑把なリクエストがまずありきで、オレは即興で物語を組み立てなければならんのだが、これが毎回、実にしんどい。つくづく才能がないなァと思う。
なにがしんどいのかと言うと、曲がりなりにも求められているのは「お話」「物語」なので、いくら短くてもそれを構成する要素が全て必要だからなのだが。娘を飽きさせない程度の短時間(30秒とか)のうちに、それらをうまいこと配置した「お話」を作るのは、なかなかにスリリングで、だいたいの場合うまくできないので、結果「しんどい」。
例えば、こんなカンジ。象さんの形をした水鉄砲があって、水を入れる部分の蓋が、象さんの帽子に見立ててある。じゃ今回は、象さんが自分の帽子を無くしちゃったという話にするとして、ってコトは彼の行動原理は「無くした帽子を探し出す」だ。配置するべき障害のキホンは「しかしなかなか見つからない」で、多分これが複数回繰り返される。象さんはあちこちを探すんだな。他のキャラ(クマとか)も出さなきゃいけないから、捜索の協力者にするか、あるいは帽子を隠した真犯人ということにするか…。真犯人だったら隠した理由が別にあるハズで、それはかつて象さんが彼にした何かのアクションだったりするのか…? …とまァ、こんなことを咄嗟に考えてるわけだ。
材料としての「幼児向けバリエーション」がオレの中に少なすぎると思う。同じ話は二度と出来ないし…。それで毎回苦労しているのだが、娘の「ジャッジ」はオレの頭脳労働とはおよそ関係がない。ただ、「おもしろい」か「つまらない」だけ。
そんなものだと思うし、それで良いと思うのだが、連続即興5連チャンをした挙句、出る直前に湯船につかっている時に「もうひとつ」なんてせがまれた日には「おまえ、ギャラ取るぞ」と言いたくなる。「おとうさんはそーゆーコトしてナンボの商売してんだからよ」とか。 …ともあれ、作劇トレーニング(?)を兼ねての「父と娘の触れ合い(笑)」は、今後も続くものと思われる。
(余談だが、こないだ手を抜こうと思って『里見八犬伝』の話をしようとしたら、オレ自身が最初からつまづいた。戦国時代って子どもに分かるか? つーかオレが説明できるか? 伏姫に惚れてる八房? 犬だよオイ! ってなもんで)
2001/02/02(金)
「いつでも会える」がビデオ化されるんだってねえ。広報担当の人がスゴく頑張ったんだろうな、あちこちのワイドショーや情報番組で取り上げられてたよ。
(ご存知無い方のために。『いつでも会える』というのは、菊田まりこさんという方が描いた(書いた)絵本です。みきちゃんの飼い犬・シロが語る、彼女との別離とその克服。まァ、『喪の仕事』ってなお話です)
これ読んでみんな泣いてるみたいなんだけどさ。オレもご多分に漏れず泣いたよ。今でも読むたびに泣いてるよ。
1999年の夏過ぎだったかな、イトーヨーカドーの本屋さんに平積みになってたんだ。表紙をちらっと見て、最初は「ああ、またか」って思った。「最近よくある、バカみてーなアフォリズムが書いてあるくそったれ人生訓モノだろ?」とかね。(しかしオレもスゴい偏見の持ち主だね)。
でも一応は読んでみよ、なんて思って手に取ったんだけど。30秒後にはその場から逃げ出してたっけ。このまま読み続けたらオレはこの場で号泣してしまう! 成人男子として、それはあまりにもこっ恥ずかしいじゃねえか! そんなカンジで。んで、10時間後くらいに、別の本屋さんで買いました。
どこにそんなに泣けるのかなァ、なんてつくづく考えてみるに…。「それでもみきちゃん(=愛情)を求めてしまうシロ」ってトコロにぐっとくる、んだろうと思う。シロは子どもで、みきちゃんが死んだという事実が分からない。というか「死」というものへの認識がない。だから平気で「会いたい」と思って、実際に彼女を探したりする。読者であるオレたちは、そんなのは(物理的に)無理だと知ってるから、いっそう彼を痛々しく思う。けれど、そんなシロの姿を見ながら、そのうちオレたち自身も気付かされちゃう。例えそれが失われてしまったものであろうと 〜そしてそれが分かっていないのなら、なおさら〜 求める気持ちがあるとしたら…、それはオレたちだっておんなじじゃん、と。
「シロ、ってよんで。あたまをなでて。」のところで彼の「究極のない物ねだり」はクライマックスに達するんだけど、どうしてそれが責められようか、なんて思っちゃうんだよな。「言ってもムダ」「そんなことしてもムダ」、そんなこと、全部全部分かった上で、それでも叫ばずにはいられない時ってのが、人生には確かにあるし。んで、それはやっぱり魂の叫びなんだ。
もちろん、これからも生きて行く身となれば、大事なのは「これからの魂の持ち方」で。やっぱりいつまでも叫びっぱなしってワケにもいかんしさ。その点、シロは偉いと思うし、この本が立派なのは、そこまでに至る魂をキチンと描いてるからだと思うんだ。
2001/02/01(木)
あのさ。いろんなヒトのホームページのトップに「このページはリンクフリーです」とか書いてんのあるじゃん? んでその下にさ、「でも(できたら)御一報いください」云々とかさ。
オレ、昔から思ってたんだけどさ、そういうのは「リンクフリー」とは言わないんじゃないの? 「フリー」つったらトコトン「フリー」にしとけってばよ。「御一報」が欲しかったら「リンクしたい人はメールください」って書けばいいじゃんよ。なんで中途半端な表記にするんだろうな。不思議って言えば不思議だよな。しかしまあ…、こんなハナシは、天下国家を論じるに当たっては、およそどうでもいいコトだけどな。って、いつ論じたんだよオレが天下国家をよ!
寒いセルフ突っ込みはおいといてー。
このコンテンツにはまだリンクがないけど(ネットの意味の30%ぐらいは無視してるような気がする)、そのうち作ろうかと思ってます。ギャラ支払いの一部として、リンクを前っから約束してる方もいることだし。もちろんこっちが払う側なんだヨ。「いずれワタシがホームページを作ったアカツキには!」ってね。なんだそりゃって皆さん思うだろうけど、そーゆー事情と状況があったのよ、ちょっと前に。
あ。「アカツキ」って書いて思い出した。以下はもう、分かる人だけついてきて、ってカンジなんだけど、光瀬龍さんのSFジュブナイル「暁はただ銀色」が好きだったなあ。武部本一郎画伯の描くヒロイン理香にも憧れたもんです、ガキの頃。あとデジャー・ソリスとか。けど、少年ドラマシリーズ版のテレサ野田っていうのはどんなもんだろう? いや、彼女は彼女で好きなんだけどさ。「八月の濡れた砂」とかさ。でもやっぱ「武部『理香』」で刷り込まれちゃってんだよなあ。以上、若干オタク混じりな話でした。つーか、オヤジ話?
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