ほころびとつぎあて 2001年04月分
2001/04/30(月)
近所のビデオレンタル店は、ゴールデンウィークにちなんだサービス週間だということで、新作・旧作を問わず1本50円で貸し出しをしてます。安くてありがたいんですが、ヒトゴトながら心配になりますな。大丈夫なのかそんなに安くて?
同じ店の前でやっていたワゴンセールでは、使い倒した(らしい)レンタル品が、1本100円で売ってました。「フライングハイ」を買おうと思ったんですがそれはやめ、「怪奇大作戦」と「江戸川乱歩の陰獣」を買いました。「陰獣」は松竹映画で、加藤泰が監督したやつです。
で、「怪奇大作戦」ですが。おなじみバンダイ・EMOTIONレーベルで、実相寺昭雄監督4作品のみを収録したものでした。ふーん、こんなバージョンが出てるんだなァ…、と思った次第です。
それにしても。見るたびに思うんですが、「怪奇〜」ってホントに子ども番組ですか? いや、そうなんでしょうけど、制作した皆さん、マジで子どもに見せようと思って作ってたんですかね? それとも、昭和40年代前半に子どもだった人は、ああいうのをごく普通に受け入れてたんですかね?
もちろんこういうモノの言い方は「怪奇〜」の価値をおとしめるものでは全くなく、考えるとつくづく不思議だなァってレベルの話に過ぎないんですが。オレはオンエア当時、3歳だったワケですが、はいていたズック靴に「怪奇〜」のキャラクターがプリントされていた記憶(と物証。写真とかね)がありますけど…(ちなみに、SRIジャケットを着てポーズをとった、多分三沢京助だと思われるキャラが描いてありましたが)。
それでも、番組の内容がなんとなく理解できたのは小学校も高学年になってからで、それまでは(いちおう再放送があるたびに見てはいたんですが)「なんかやたら怖くてよく分からない地味な番組」という印象でしたからね。円谷作品だからある種のヒーローものなんだろうなという認識だけは子ども心にもあったんですが、映像的に巨大ヒーローが出てこないから、んで、もとよりお話の展開が理解できないから、どこがクライマックスか分からなかったんですよ。なんか、気がついたらエンディングのクレジットになってたという(苦笑)。…まァ、ただバカな子どもだっただけなのかもしれませんけど。
うーん…。当時のTBS、ないし円谷プロが、どのへんの層をターゲットに狙っていたのか、今ひとつ良く分かりません。つーか、狙いきれなかったから数字がついてこなくて26回で終わったんですかね?(誰か詳しい方、いらっしゃいませんか?)
余談ですが、ライターとしてデビューしたばかりの頃、当時大全盛だったオリジナルビデオの企画を某社で作って、「怪奇〜」のTBS側プロデューサーだった橋本洋二さんに見て頂いたことがあります。暗ぁい変身ヒーローものだったんですけど、彼の感想が一言「テーマがよく分からん」。
まァ…、プロットそのものの稚拙さはあったと思いますが。ともあれ、まずは「テーマ」とおっしゃるトコロが「ああ、さすがに『怪奇〜』を作ってた人だなァ」、なんて思いました。
2001/04/29(日)
ん〜。ここ2週間ばかり、ずっと体調不良なんですけど。風邪っぽかったり頭痛がしたり。やっと直ってきたかと思っていたら、今日の午後また再発です。あ〜。アッタマ痛ェ〜。仕事あるのに…。全然ダメっす。仕方ないから寝てました。けど、頭痛ってのは寝てれば治るモンでもないようで。夜になってからバファリンを飲みましたけどね。いやあ、普段飲み慣れてないと効くわコレ。怖い薬だなァと思いました。
バファリンに限らず、我が家のヒトビトにはあまり薬を飲む習慣がないので…。妻とか娘とか。なんか、「ともあれまずは自分で(気力で)直す!」ってーのが家風(? 違うか)になってます。どんなもんだか。あ〜。鼻水も止まんねえ。
2001/04/28(土)
自由が丘の武蔵野館で「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」を見ました。
なんつーかもう、スゴく良く出来た感動的な映画で、娘を膝の上に乗せながらだらだらと涙を流すことしきり。そうすっと自動的に隣りの席からハンカチが出てくるので、いやはや、持つべきものは妻です(笑)。…ん〜。オレの泣き所、全部知られてんのな。
世間ではゴールデンウィークですしね。未見の方はスグ行け今行けさっさと行っとけ! ってカンジです。お勧めです。マジで。「砂の器」と同じくらい泣けます。(過去があって現在があるという意味では通じるものはあるよな、とも思ったり)
そうそう。自由が丘の武蔵野館と言えば、なんか今、レイトショーで「橋本忍特集」ってのをやってるんですって。んで、そのラインナップの中にアノ「幻の湖」があるんすよ! オレ自身も未見なんですが、なんですかその映画、「橋本先生どーしちゃったの!?」ってなデキだそうですな。あの、鬼のような構成力で知られた橋本先生がどんなふうに壊れているのか、以前から興味はあったんですが、ビデオにもなってないし…。そんな折にこのレイトショーです。エエ、今度こそトライしますよオレは!
2001/04/27(金)
打ち合わせで午後から夜にかけて外出です。あったかい日で良かったですな。
帰りにやっと雑君センセの「そして船は行く」の第2巻も買えたし。よかったよかった。
2001/04/26(木)
すっごくキレイなので憧れてた女性が、いざお話をしてみると案外つまんないヒトだったりして「な〜んだ」と落胆する。
テレビドラマ「愛をください」を見てしまっての感想を例えるならこんなカンジじゃないだろうかオレ的には、なんて思いついたので書いてみました。
この場合、「キレイなので憧れてた女性」ってのが「辻仁成」なんですけど。ただまァ、相変わらず外見が美しいなら、見るだけは見ていられるよな、とか、その女性の勝負どころはルックスであって、決して喋りの内容じゃないんだよな、とか。
うーん。深いです、辻。いや、辻の在りよう。いやいや、もっと正確に言うなら、オレの認識する辻の在りよう、なんですが。
ま、そもそも、もうどーでもいいですけどね、あのドラマは。
2001/04/25(水)
「男の子というのは情けないものだ」というのがオレの自論のひとつだったりするんですが。いろんな事情をすっとばして極論しちゃうと、情けない存在であるが故に10歳も年が離れた人妻に夢中になった挙句、殺しちゃったりするんじゃないかと思うんだけど、まァそれはここではおいといてー。
J−POPSもねー。けっこう好んで「男の子は情けないものだ」を歌ってるよね。今日もテレビで、爆風スランプの「Runner」のVTRを流してたりして、それを見ながらなんとなくそう思いました。
「男の子の情けなさ」をわりと正面から見つめて、それを素直に歌ってるのが爆風スランプだとしたら、見つめつつも、その辛さにロマンティシズムの衣を被せてしまったのが槙原敬之で、哲学的なアプローチをしてるのがスピッツだろ、とか…。いや、単なる印象だからあんまし根拠はないんだけど、そんな気がしたというハナシです。
このネタを突き詰めていくと、「オレは何故、本宮マンガを心から楽しめないのか?」という問題にも行き着くんだけど(行き着くなよ。笑)、まァそれはそのうち、気が向いたら書くとしてー。
2001/04/24(火)
今日の文章は支離滅裂です。
最近オレ、「花とゆめ」って読んでないんですけど。まだあの雑誌あるんですか? 「紅天女」って、結局どうなったんですかね?
…というのも、自民党総裁選報道の合間に「ガラスの仮面」をまた読み始めてしまったからですが。文庫版だと23巻までしか出てないでしょ。…ん〜。亜弓さんが失明しかかってるとこらへんまでは立ち読みした記憶があるんですけどね。むう。
そう言えば、雑君センセの「そして船は行く」の第2巻も発売されたんですよね。いちおう太字にしてみましたが。ああ、まだ買ってません。つーか、風邪引いたりモロモロ忙しかったりして、そもそも家から出てません。
そうそう。風邪、流行ってるんですってよ。この春のは、ノドにくるそうですから…、つーか、きますから(体験済み)、皆さんもどうぞお気をつけくださいね。…オレはほら、流行りものには目がないんで。本当に目がないんで、だから全然見えなくて、結局流行りでも何でもなくなっちゃってるコトが多いんですけどね。…って、ナニ分かりにくいコト書いてんでしょうか。
あ、「金田一少年の事件簿」読破計画ですが、全然進んでません。進んでないというか、計画そのものを忘れてました。戯曲「キャプテン・ラヴ」の執筆も忘れそうな今日この頃です。ああ、お話の神様は今頃いったいドコにいるんでしょうか。ゴールデンウィークも仕事です。
2001/04/23(月)
いちおう書いておこうかと思いまして。我が家が購読している新聞は「朝日新聞」なんですが、これはナゼかというハナシ。
朝日の姿勢(政治的な姿勢ね。見解とか立場とか)に同調してるワケではありません。というか、その意味でならばむしろ朝日は積極的にキライです。記事を読む時にも、「ふぅん。で?」くらいに斜めに見てます。
じゃあナゼ、ほとんど「固定」(新聞配達業界用語・笑)ってくらいに朝日を取り続けているかというと、チラシが多いからです。アレは重要な情報源ですから。産経新聞を購読してたら、チラシの恩恵にはあずかれません。読売でもいいのかもしれませんが、いちばん最初に契約しちゃったのが朝日の専売所だったんで、以来ずっと続いてます。
実際、チラシが契約に与える効用ってのは絶大なものがあって、オレがはるか昔、サンケイ新聞(当時はまだカタカナだった)の奨学生をしていた頃なんか、「あんたんトコはチラシが少ないからいらない」と言われたコトは一回や二回じゃありませんからね。ひどい客になると、「契約してもいいけどその代わり、毎朝、朝日と同じだけのチラシを入れてよ」とか言いますから。無理だっつーの。でも契約はしてもらいたいから、毎朝苦労して、朝日折込のチラシを都合するワケです。(蛇の道はヘビで、まァいろんなやり方があるんですよ)。
記事の内容的にいったら…、ホントはね、毎日を購読したかったんですけどね。というか、朝日の前は実際にとってたんですが。不着(届け忘れ。これも業界用語みたいですが)が多いし、それを指摘した時の専売所の態度が悪かったんで止めちゃいました。かつて自分が配ってましたからね、そのヘンには厳しいんですオレ。でもその代わり、集金に来てもらう時には面倒はかけませんよ。いつもピッタシ。お釣りいらずでお渡ししてますから。
…とまあ、新聞宅配話は浜の真砂のように尽きることはないんですが(なんだそりゃ)、そろそろやめときます。
2001/04/22(日)
今日の朝日新聞に、筒井康隆がエッセイを寄稿してたんですが。自民党総裁選についての。
大意は、各候補者への批判意見もかまびすしいけど、あまりそーゆーコトやってると本人たちもやる気なくしちゃうかもしれないから、ほどほどにしとこうよ。…ってなものでした。
あー。なんか筒井さん、まろやかになったなァって感じでした。いや、別に彼の政治的意見を昔から知っているわけではないんですが。ただなんか、候補者たちへの視線が温かいなァとか。
まァ、同じ文章中には、芸能ジャーナリズムに対する批判も(相変わらず)書かれていたので、その辺りの態度は変わらないようでしたが。というか、文章の狙いソノモノが、芸能ジャーナリズムと同じ感覚で政治を語ったり報道したりするのやめようよ、ってなコトだったりはするんですけどね。
あと、「(笑)」の多用とか…。不勉強かもしれませんが、そういう文章表現をする、筒井氏と同世代の作家をオレは他に知らないので、そこに「若さ」とか「表現への貧欲さ」なんかを感じた次第でアリマス。さすがだよねって感じで。
全然関係ありませんが(SF作家つながりという意味では関係ありますが)、星 新一の「進化した猿たち」って、新潮文庫版も絶版になってるんですねェ! 今日、初めて知りました。(ハヤカワ文庫版はもうずっと以前に絶版でしょ?) アメリカのひとコマ漫画を紹介しつつ、文化論をも展開しているエッセイなんですけど。…3巻組のうち、2冊を無くしていたのに気がついたので新たに買おうと思ったら、もうドコにもありませんでした。他の文庫の裏見返しにもタイトルが載ってなかったし。…つーかオレ、情報遅すぎですか?
2001/04/21(土)
雨が降って、いきなり気温が下がって。寒いんですよね。
風情のある天気ってワケじゃなくて、なんか無粋。昨日までの心地よさはどーしてくれるの? とか、そんなカンジで。
お天気にイライラしてもしょーがないんですが、昨日までのぽかぽかと春らしい日々の、静かな午前中のスバラシサと比べるとあんまり違いすぎるんで…。
特に深い意味もなくこういうコトを書いてみたくなったりもします。うむ。
2001/04/20(金)
自民党総裁選が盛り上がってますが。
今日の朝日新聞によると、自民党員じゃない人たちにも投票用紙が送られてきて、問題になってるようですね。なんか、知らないうちに県連の名簿に名前が載ってたんだそうです。で、送られてきた側が怒っていると。「オレは自民党員になった覚えはない!」とか。
それでも「せっかく投票用紙があるんだから」ってんで、投票に行く人もいるみたいですね。いいなァ、こんな大きなイベントに参加できて(笑)。
首相公選制度というのも、最近よく言われているコトではありますが、それがどういうシステムになるのかとか、その是非についてとかはともかく、もし実施されたら間違いなく全国的に盛り上がるでしょうねェ。うん…、やってみたい気もします。
2001/04/19(木)
「ミュージカルサクラ大戦 花咲く乙女」ですが。…で、何を調べていたのかというと、劇中の固有名詞を確認してたりしたのでした。すっかり思い出せなくなっていたので。いやぁ、ネットって便利だなァ。
だいたいどんなお話かというと…。(以下、ネタバレしてます。セリフは大意です。正確ではありません。)
この舞台版では、花組はいないんです。なんか用事で、どっか行っちゃってて(アメリカとか)。なので、メインを張るのは南青山少女歌劇団の子たちが粉する、帝国華撃団の隊員養成所「乙女組」の皆さんです。その中でも、落ちこぼれの春香という子が主役になります。
養成所の子たちですからね、非力なワケです。光武にも乗れないし。んでも、当然ながら悪いヤツが彼女たち(というか、帝都)を襲います。「闇の女王」というヒト。このヒト、元はフツーの、人間の女性だったんですが、戦災やらなにやらで世の中に深く絶望した結果、なんかそういう怪しい存在になっちゃったんですね。
弱っちい乙女組の子たちが闇の女王 に襲われてバタバタしてると、オリザという謎の少女が現れて彼女たちを助けてくれます。オリザは乙女組に入ることになるんですが、ぜんぜん他の養成所員たちとうちとけようとしません。なんか寡黙に、一人孤高を保つってカンジで。春香は彼女にも優しく接しますが、オリザは無反応なままです。
そのうちに、光武の訓練用マシンが謎の暴走をするとか、保管してあった光武ソノモノが何者かによって壊されるとか、怪しい事件が連続して起こります。で、「犯人はオリザじゃないか」ってな話になるわけです。あの子、前っから怪しいし〜。態度悪いし〜。乙女組vsオリザってカンジで、間に入った春香は苦労します。
んなコトやってるうちに、例の闇の女王が再び現れ、乙女組は出撃。でも弱いから、次々にやられちゃいます。で、やっぱりオリザはスパイで、なんと闇の女王の娘だったりしたのでした。ただ一人残った春香とオリザとの対決になって、お約束的に春香、圧倒的に不利です。追い詰められる春香。オリザは闇の女王(つまり母親)に「とどめをさせ」と言われるんだけど、それがなかなか出来ない。春香は、それを知らなかったとはいえ、スパイだった自分に唯一親切にしてくれた子だし、もう情が移っちゃってるんですね。
苦悩するオリザは母親に言います。「もし私がこの子を殺したら、お母さんは私を愛してくれますか?」
実は春香自身も孤児で、「おじさま」なる人物に育てられてたりするんですが、オリザのそういう、「求める気持ち」が分かっちゃったんでしょうね。オリザのセリフを受けて言うわけです。「それであなたがお母さんに愛されるなら、わたしはあなたに殺されてもかまわない…!」
その後は…、春香の言葉に打たれたオリザが春香をかばって死に、闇の女王も娘を追って黄泉の国へ行き、ラスボスが出てきてそれを倒して…、というまったく正統的な展開になります。
オレがボロボロにやられてしまったというのは(そろそろお察しの方もいらっしゃるかとは思いますが。雑君センセとか。)、上にも書いたオリザと春香の芝居です。まァ、ベタベタではあるんですけどね。でも、肉親の情愛を、それが求め得なかったものだとしたらなおさら、欲してしまうのはヒトとして当然だと思うんですよね。
逆に、そのへんがちゃんと満たされていれば、世の中の悲しいコトは間違いなく少しは減るんじゃないかと思いますしね。(最近、ヤな事件が多いでしょ?)
で、まさか「サクラ大戦」で、そういった普遍的なものの描写を見せてもらえるとは思ってもいなかったんで、びっくりするやら感動するやら…、だったんですな。
そういうわけで、このお芝居はオレ的にはお勧めなんで、サクラファンじゃない皆さんも機会があったらゼヒご覧になってみてはいかが? とは思うんです(メディアファクトリーからビデオが出てるみたいだし。ま…、舞台をビデオで見ることの是非はまた別にあるんですけど)。
が! 感想なんてのはホントいろいろなので、いちおうこういうところも紹介しときます。
あと、データ的なことを。原作・構成/広井王子 演出/高石夏海 脚本/友澤晃 だそうです。
2001/04/18(水)
で。ミュージカル版「サクラ大戦 〜花咲く乙女〜」ですが。イキナリですけど、いちおう書いておこうと思って。
えーと、オレが見たのは1998年 4月12日の日曜日、午後4時からの回でした。もう3年も前になるんですねェ。友人にチケットを貰ったんで、アートスフィアに足を運んだんです。
正直言って、たいした期待もしてなかったんですよね。どうせファン(サクラ大戦のファン)のためのものだろうと思ってたし。その手の、濃いめのネタ展開が多いんだろうなァ、とか。まァ、何をもって「濃いめのネタ展開」と呼ぶのかは、オリジナルをろくに知らないオレには判断もつかなかったんですけど。
んで、結論を先に書くと、そういう心配はすべて杞憂に終わりました。ファンでなければ楽しめないなんて事は全然なくて、それどころかオレ的には、ど真ん中直球ストライク! なお芝居でした。やられました。もうボロボロに泣いてしまいましたし。
(と、ここまで書いて、モロモロ調べ物の必要を感じております。ので、続きはまた明日書きます。)
2001/04/17(火)
テレビ朝日系の戦隊もの番組「百獣戦隊ガオレンジャー」ですが。
下の日曜日のトコに書いた、ガオレンジャーショー紹介のための調べものを、イロイロとしてたんですよ。録画しといたビデオ見たりとか、娘の「たのしい幼稚園」を読んだりとかね。
で。本編中に、ガオライオンとかガオイーグルとかいう「パワーアニマル」なるものが出てくるんですね。んで、それらアニマルはCGで表現されているので、オレなんかは「なんだ、特撮じゃないのかぁ」なんて軽い失望を覚えてたりしたんです。ロボットだったら特撮だろお、とか。
ところが! 東映の公式ホームページを見てたら、やつらロボットじゃなかったみたいなんですよ。「ガオ世界背景」というコンテンツによると、パワーアニマルとは「はるか太古の昔から地球と共に生きてきた超生命体」で、にもかかわらず「一見、メタリックに見える」のは「具象化するときに地球が持つ『火』や『水』などの要素とともに『金属』の要素を多く取り込んだから」なんだそうで。
ねェ? こんなふうにハッキリ設定されちゃったら、「どうして特撮じゃないのォ?」なんて嘆きなんて、八百屋さんでサンマくださいって言ってるようなモンじゃないですか。
でもホントは、CGの方が予算的に云々とか、制作体制的にあーだこーだとか、そういう種類の事情だと思われるので…。(違うかもしれないけど)
「実情」が、本来、夢の想像力の結果である「物語世界」に影響を与えるなんてのは、わりとどういう創作物にもあるコトだとは思うんで、それについては「お互い、ツラいよね!」で済むんだけど。あー。なんかうまい具合にハメられてるなァ、な感を強くした、今回の調べものではありました。
2001/04/16(月)
自室、パソコンの上に妻と娘からのプレゼントが置いてあるのを見るまで、今日が自分の誕生日であることをすっかり忘れてたりして。…いやホント、この年になると、誕生日なんてある意味どーでもよくなってきますね。ちなみに、36になったんですけど。
義理堅い友人が「おめでとう」のメールを送ってくれたりして、それはそれで嬉しいものですが…。ゴメン、オレ自身が忘れてて。
時間はどんどんどんどん流れていくのに、サボりたがりの自分は全然変わらなかったりして、どうにもやりきれない人生ではありますが…。気を取り直してガンバらないといけませんな。
2001/04/15(日)
スカイシアター三昧の一日。
スカイシアターというのは、東京は水道橋、後楽園ゆうえんちにある野外劇場のことです。ヒーローショーでおなじみのトコですね。以前はもっとキャパシティも舞台も広い劇場だったんですが、ここんとこ、ゆうえんちが改装中なのでイントレ(鉄骨の骨組)の上に仮設の客席を設けて運営しています。
オレは特にヒーローショーの大ファンというワケでもないんですが、仕事の関係でたまに見学とかしてます。東京ドームのインフォマーシャルでショーを紹介するとか、そういう仕事。んで、今日は12時の回のガオレンジャーショーを見てました。
夜になってからは、劇団ヘロヘロQの公演です。あそこの座長はヒーローものが大好きですから、こういう場所で演るんですな。(ちなみにタイトルは『炎の共演 女ドラゴン☆さやか+コスモX 崩壊! 悪の大陸拳本部!! 決死の10mダイブ』。ツボ、押さえてますね。)
一日中、水道橋界隈をフラフラしていて、さすがに疲れました。深夜もやること、いろいろあったんですけどね。パソコンに向かっていて、気がついたら朝でした。(寝てたってコトです。)
あと、懐かしいヒトに久しぶりに会ったりとか…。うん、イベントの時はいろいろとありますな。
2001/04/14(土)
新しい会計ソフトを買いました。まだインストールしてませんが。まァ、それはどうでもいいです。
買い物をしてデパート(デパートに行ってたんですが)の外に出たらもう夕方。日中のポカポカ陽気は影をひそめて、曇っているわ風は強いわでもうタイヘンでした、寒くて。(珍しく)薄着だったしなァ…。
一日のうちで寒暖の差があんまり激しいと風邪をひいたりするもんですが、ご多分にもれずオレも調子が悪くなっちゃいました。頭痛とか寒けとか。家に帰り着くやいなやダウンして布団に潜り込み、体調の回復を図った次第です。
なんだかんだ言って、けっこーヤワなのかもしれません。
2001/04/13(金)
巷では「サクラ大戦3」が好評のようですが。「サクラ3」のためだけにドリキャスを買った人もいるそうで(って岡野さん、アナタのコトですが)。
ちょっと前にも岡野さんと電話で話していて、いろいろとネタバレを含むお話を伺いましたが、その時の彼の前フリというのが「須甲さん、コレ(サクラ3)絶対やらないと思うから言っちゃうけどさ」でした。
ハイ。おっしゃる通り、オレはやらないと思います。よく出来てるゲームなんだろうなァとは思うんですが、なんか今ひとつ興味が湧かないというか。まァそもそも、ドリキャスをわざわざ買ってるカネがない! なんつー切実(?)な理由もあるんですが、サターンで第1作が出た時にも第2話の途中で飽きて(飽きて!)最後まで遊ばなかったくらいですから。…ん〜。まず間違いなく言えるのは、オレには根気が無いってコトです。
んでも、「サクラ大戦」なる世界観が嫌いかと問われれば、それは決してそうではなく、わりと素直に「ああなるほど。ウマいこと設定したんだなぁ」ってカンジで、感心してます。キャラの造形にしろ、世界の設定にしろ。で、そもそもオレは何のためにこんなコトを書いてるのかと言うと、ミュージカル版のサクラ大戦「花咲く乙女」のマクラにしようと思ってのコトだったんですが…。なんか中途半端になっちゃったんで、続きはまたそのうち書きます。
2001/04/12(木)
伏字の話ですが。
昔っから、ある種の固有名詞を伏字にする習慣が、ゲーム・アニメ周りではよくありますが、アレ、なんとかなりませんかね?
確かに一時期、そういう記述の方法が「おもしろかった」こともありますけど、ンなのはもう20年も前の話です。未だに、本当に伏せなきゃいけない単語なんて、それこそ女性器の名称とか、いわゆる隠語の他になにかあるんですかね?
それとも、そういうふうに書くのがシャレてると思ってるのかなァ。オレには寒いだけなんですけど。
あ。あとアレだな。批判的な文章を書く時にも、名詞を伏字にするコトあるな。あれ、いざとなったら「べつにオレ、その○○○(←伏字になってるコトバ)のコト書いてたわけじゃないっすよ!」とか言って逃げるためにやってんだろうな。だったら書くなっつーの! …いや、太字にして言うほどのコトでもないかもしれませんが、ホント、覚悟決まってねーったら。
2001/04/11(水)
テレビアニメ「パワーパフガールズ」(テレビ東京系)の、今日の放送分を見ていて、感動のあまり思わず落涙。後半の「色がなくなった!」(とか、確かそんなサブタイトル)という話ですが。
漂白剤を全身に被ったピエロがモノクロ怪人に変身しちゃって、彼が触るもの、歩くところ全てが、モノトーンに変色してしまいます。色が無くなるのみならず、音も消えてしまって、舞台であるタウンズヴィルの街は廃都と化してしまうんです。
で、われらがガールズは、モノクロ怪人を退治しようとガンバるんですが、ブロッサムとバターカップはあえなく敗退、やはりモノクロになった上に気絶してしまいます。ただ一人残ったバブルスは、自分の持っていたクレヨンで街に、そして仲間の2人に色をつけ、その回復を祈りますが、ただのクレヨンが魔法のアイテムである筈もなく、彼女が期待するべきナニゴトも起こらないままなのでした。
このあたり、失意のバブルスを表現する様(取り落としたクレヨンがぽきぽきと折れていく)も泣けるんですが、オレが本当にまいったのは、そこから続く展開でした。バブルスが突然、ドラムを叩きながら歌いだすんですな。
画面的には、こんな感じです。最初は、ドラムを叩くバブルスのみがカラーなんですが、演奏が進むにつれて、彼女の周囲に徐々に色が広がってゆき、倒れていたバターカップを侵食し始めます。全身に色がついたバターカップが立ち上がってベースギターを弾き始め、次いでカラーの波はブロッサムを覆います。回復したブロッサムはギターを弾き、3人が歌い始めます。このへんの音の演出は、ドラムのみ→ベースが加わり→ギターが入り→ボーカルがのっかる…という、まぁオーソドックスな盛り上げ方です。
その後、3人の歌声と共に、タウンズヴィルには徐々に色が広がっていき、音と色を取り戻した街の人々が、ガールズが演奏しているステージに駆け寄って声援を送るという、ひじょうに分かりやすく、かつ美しい展開になります。(ちなみに、そもそもの元凶であるモノクロピエロ怪人は、ガールズに捕まって牢屋に入れられてしまいました)
…もうね、理屈じゃないんです。シナリオとしての論理、ロジックは、カンペキに置き去りにされてます。クレヨンで色をつけても無駄だと悟ったバブルスは、いったんは「(こういうのは)いやーっ!」と叫びますが、直後にニッコリ笑って「じゃあ、こうしよ!」と歌いだす。どうして歌えば街が回復するのか、説明は一切ありません。しかしバブルスは、彼女なりの確信と共にスティックを手に取ったのでした。
じゃあ、説明がないからダメかと言えば、全然そんな話ではなく、歌う三人と広がっていく色味に、なんと説得力があったことか! 東宝映画「無責任男シリーズ」で、植木等もやはり、何の脈絡もなく突然歌いだしたりしてましたけど、それが観客の気持ちよさに通じこそすれ、不快では全然なかったように、「パワーパフガールズ」の今回の演出も、ひじょうに力強く、また快適なものでした。
…つまり「やられた!」ってカンジなんですね、シナリオライターのオレとしては。シナリオってのは論理を大事にする表現方法なんですけど、このエピソードはそれに頼らず、映像と音楽のみで物語を完結させて(カタルシスにつないで)しまったから。もうちょっと言えば、ソモソモがそういう形で表現しても許される世界観設定であった、というコトは言えると思うんだけど、それも提示されたものに説得力があっての話です。で今回は、ぐうの音も出ないほど、オレは納得させられてしまったのでした。
…あと、個人的な「ミュージカルという表現が好き」という嗜好性も、泣くほど感動した理由のひとつになるかもしれませんが。…ともあれ、あんまりこーゆーコトされるとライターの立場ないよなァ、なんて、半ば嫉妬まじりに思ったりもした「パワーパフガールズ」ではありました。
2001/04/10(火)
「久々にやってみっか」と、先日買ってきた「キャプテン・ラヴ」廉価版を遊んだりしてたんですが。
ああ! 今まで気付かなかったスクリプトミスとか発見して、いきなりブルーに。しかも自分の担当話。トホホ。
今つくれば、あーもするこーもする…とか、およそ後ろ向きなコトばっかり考えてプレイしてました。今さらどうなるワケでもなし、ソモソモそーゆーのは精神衛生上よくありません。
後ろを見つつも逆走です。とりあえずはそろそろ開発が始まる次回作に専念するとか。あ。次回作つっても、「キャプテン〜」じゃないですケドね。コンシューマーですらありません。つーか、シナリオすら書かないし。
…んじゃオレは何をするのかとゆーと、まァイロイロですが。ゲームではありますが、未だ発表の時期ではないので、そのうち、皆さんが忘れた頃にでも報告します。
(シナリオを書いてるゲームもありますが、それもまたそのうち、ご報告できるかと…)
2001/04/09(月)
月9も見ずに、早々と寝るための努力をしようとしてみたり。どっちみち深夜にはいったん起きなきゃいけないんだしなァと思いつつも、そのまま朝まで寝ちゃってみたり。
…うまくいかないモンです。精神力なさすぎ(泣)!
2001/04/08(日)
検定を通った新しい教科書の話題が、少し前のニュースネタになったでしょ?
その時は、特になんとも思わず「ふ〜ん」で流してたんだけど、よく考えると、なんか…。
中学校の音楽に「夜空ノムコウ」を載せるのって、違くない?
いや、あれは名曲だと思うケド、歌詞を考えると、中学生に歌わせるにはちと重すぎない? 誰がどんな歌でもうたっていいワケではやっぱりなくて、やっぱあの曲は、それこそSMAPの面々(の年齢に達したヒトたち)みたいに、ある程度「振り返ることのできる自分の歴史」を持つヒトが歌うべきでない?
ん〜。野暮街道まっしぐらって感じは自分でもするんだけど、中学生あたりにしたり顔でああいう種類の曲を歌われるのは、やっぱヤな気がしてきたので、ちょっと書いてみました。
2001/04/07(土)
ネットをウロウロと漂っていたら、オレのことを書いてある日記を見つけました。いや別に、須甲和彦個人を特定して書いてあったわけじゃありませんが。
その日記の主は「キャプテン・ラヴ」を遊んでくださっているらしく、プレイ時にそのテキストワークから受けたある種の違和感について、その理由をお書きくださっていたのでした。
その文章の大意は以下のようなものでした。「愛の共産化とか、なんか思想っぽいコトが書かれているので何故かと思った。友人に聞いてみたところ、ゲームに出演している声優が所属する劇団に関係のある人が脚本を書いたらしい。つまり、お芝居のヒトが脚本家でアル。で、お芝居のヒトはわりかし思想とかナントカ、そういうコトの表現を好むから、ああ、だからなのか」
そっかぁ。オレってば芝居のヒトで、思想ウンヌンとか、そういうものの表現を好んでいるのかぁ。いや、知りませんでした。勉強になりました。
…なんて、別にこんなシニカルなリアクションをする道理もないんですけど。ただなんか、主体的にモノを理解するというのは、なるほどこういうコトなのかもなァ、と思ったりはしました。
いちおう言い訳くさく書いておくと、オレは「芝居のヒト」と言ってもらえるほど芝居を知らないし、だからと言ってゲーム屋ってワケでもありゃしません。んじゃ、テレビのライターかといえば、別にンなたいしたモノも書いてないし、要は場さえあれば何でもやる、単なるコーモリ野郎かも、です。
言葉を変えて言えば、わりといろんなメディアで表現できる技術を持っているとも言えるし、まァそれが売りといえば売りなんですが、器用貧乏ではあるかもしれませんね。
ま、とりあえずはマジメに創作に励むといたしましょうか。
2001/04/06(金)
新聞のテレビ欄。業界では「ラテ欄」とか、あるいはもっと単純に「ラテ」とか読んでるけど、その「ラ」ってのは何かというと「ラジオ」なんだよね。でも、とっくの昔に「ラジオ」欄は別のページに移ってるってんだよなァ。(どーでもいいコトですが)
んで。今日のテレビ欄、フジテレビ夜9時からの部分には「恋とはどんなものかしら・やまとなでしこディレクターズカット」と書いてありました。その後には出演者の名前が続いてたんだけど、それだけ。「ディレクターズカット」を謳うんなら、ディレクターの名前くらいのせろや! とか、新聞に向かって一人、無粋なツッコミをしてました。
しかし「ディレクターズカット」というコトバも、なんだか便利に使われてる感じですね。要するにこれは、ファイナルカット(最終編集権)の所在はドコか? というハナシなんだと思うんだけど。プロデューサーからの要請とか、上映(オンエア)時間の関係とか、そういう制約から離れて、芸術家(!)としてのディレクターが(ある程度)自由に編集し直した…、という建前で出来たフィルムなんか(の映像作品)を表すコトバなんだよね?
尺の問題や、テレビとしての表現の問題を保留すれば、ソモソモたいていのテレビドラマは最初から「ディレクターズカット」なんじゃないかという気もするんだけど、まァこれは言うだけ野暮ですか。
「俺はいつもいやいや、プロデューサーの言う通りにつないでいる」というドラマディレクターの方、いらっしゃいましたら掲示板の方に書き込みをお願いします(笑)。
2001/04/05(木)
打ち合わせで池袋を通過したついでに、東口駅前のビッグカメラに立ち寄ろうと思ったんですが、早く家に帰りたかったので、さっさと山手線に乗ってしまいました。
車内で都築道夫の小説を読んでいたらいつの間にか眠ってしまいました。渋谷まで十何分しかないのに、我ながらよく眠れるもんです。この季節の電車の揺れって最高ですよネ! ついでに、東横線の中でも寝てましたけどね。
誰にとってもほとんど意味のない日常雑記ではあると思いますが、今日は(今日も)他に書く事が、というか、書ける事がありません。
2001/04/04(水)
打ち合わせで新宿に行ったついでに、東口駅前のビッグカメラに立ち寄りました。「キャプテン・ラヴ」はどのくらい入荷されてるんだろうと思って。
ずいぶん探した結果、やっと1枚だけ見つけました。1350円。そんなものかもしれません。
時間が無くて他の店は回れませんでした。うむ。やっぱテレビCM打たなきゃダメかっ!(元が取れませんね)
2001/04/03(火)
フジテレビ系、午後1時半からの昼ドラですが。「女優・杏子」というナイスな番組が先週で終わり、今週から「愛のことば」というのが始まりました。んで今日、何の気なしに見ていたんですが。原作が久世光彦、脚本が高田 純という、(やっぱオレ的には)なんだかスゴい布陣ではあったんですが、内容は「はァ?」と首を傾げざるを得ないようなものでした。
いや別に、ドラマとしての作りがどうこうと言うのではありません。それそのものはキチンとしてたんですが、お話の中で展開されているネタに、クエスチョンマークが個人的にてんこ盛りです。
ヒロインは雑誌の編集部で働いているようです。駆け出しの編集者みたいな感じ。彼女の仕事ぶりを縦軸に、また、有名カメラマンを父に持つ、建築専攻の大学院生の青年とヒロインとの恋愛を横軸に、これから物語が紡がれていくんでしょう。多分そうだと思います。
で、今日の回では、そのヒロインが企画会議でプレゼンをしていたんですが、その内容にオレは「なんだそりゃ」となったわけですが。
彼女の企画の趣旨というのは、「誰もがさわやかに口にしやすい女性器の名称を決める」というコトです。全国的、ないし全世界的な、それの呼称を紹介しつつ、読者公募なんかも同時に行って、それを決めていこうというコトらしいです。
ドラマの展開上は、なんだかイキオイと思いつきでつい語ってしまった案らしいのですが、それが存外に編集部員たちの支持を受け、正式な企画として通ってしまったのでした。ちなみに彼女たちが作っている雑誌は、女性誌の中でも、多少はセックス寄りな誌面展開をしているようですが。
いやもう、びっくりです。昼日中から、ンなネタが公共の電波にのるとは思ってもみませんでしたから(笑)!
オレはヒロインと、彼女の企画を支持した編集部員の面々がバカに思えて仕方がありませんでした。どうしてかと言うと、性的な言葉や性的な事象の数々というのは、淫靡で、人前ではあまり口に、話題にできない、したくないところに意味があると常々思っているからです。いたずらに性の領分をクローズすることは問題がありますが、なんでもかんでも、明るい、開放的な(と一見思われる)方向にもっていこうとするのは、ちと違うと思います。
「性」は、その在り方に、ある種の背徳感やうしろめたさが必要です。世間に流通している「性からみの商品」群も、そこを押さえていてこそ、意味と価値があるんです。これは、そう在ったほうが、いざ「行為」(これはセックスでもオナニーでも、エロ本の購入でも何でもいいんですが)に直面した時に、それをしようとする人に「確認」をうながせるからです。何を確認するのかというと、「背徳感」や「うしろめたさ」を越えてまで、それをする意味と意義があるのかどうか? それをしたことで生じるであろうナニモノかを、自分で引き受けられるかどうか? …といった事柄なんですが。オレは、そういう確認をいちいちすることが、人の、性に関する意識をキチンと育てていくのだと思ってます。
例えば、むかしワイドショーを書いていた時にこういうコトがありました。何かの事件ネタで、ナレーション原稿に「強姦」という言葉を使ったんですが、それはテレビ的に(あるいは、その番組的に)NGだということで、「レイプ」に直されてしまったんですね。意味するところは同じですが、言葉から受ける「感覚」は全然違います。「レイプ」は英語でカタカナで、やはり世間でも(テレビでも)ごく一般的に使われているから、耳障りはいいでしょう。でも、いいんですか、耳障りがよくて?
オレは違うと思います。「強姦」と聞いて、そのいやぁな、陰湿な響きから生じるであろう、重く暗い感情をこそ、大事にするべきなんじゃないでしょうか。で、それをイヤなものとして感じるその心が、いずれは行為そのものへの嫌悪感につながり、人の心の中でその行為への抑止力となるんじゃないでしょうか。オレは言葉には、それくらいのチカラがあると思ってるんですが。売春をしていた女子高校生は、自らの行為を「援助交際」と言い換えてましたけど、この例からも、言い換えることによって、自らの行為への敷居を低くしようとしている意思が窺えるでしょ?
で、ドラマ「愛のことば」です。女性器の呼称を「さわかやに」統一することに、いったいどれほどの意味があるでしょうか? いや、ひょっとしたら彼らの作っている雑誌の読者層には受けるネタなのかもしれませんが、そういうドラマ世界を肯定し、真昼間からオンエアする感覚には、ちょっと寒いものを感じます。悪い意味でオヤジくさいというか。もっとも、ドラマ中でも、ヒロインの企画に反対を唱えている編集部員が登場してたりしますから、製作者たちが無自覚にそれをやっているわけでは無さそうなんですけど。
どっちみち、あのドラマはオレはもう見ないと思うので、気になった方は録画するなり何なりして展開をお楽しみください。
2001/04/02(月)
で結局、「ウは宇宙船のウ」じゃなくて「よろこびの機械」に入っている「ティラノサウルス・レックス」を読んでたりしたんですけどね。まァそれはいいや。
「キャプテン・ラヴ」コンテンツ、「文章」のトコロに新しいテキストをアップしようと思っているんだけど、どうもうまくまとまりません。あちこちのレビューでよく言われた、あのゲームの「敷居の高さ」について書こうと思ってるんですけどね。
…と言っても、結論はすでに出ちゃっているんだよなァ、オレ的には。だから今さらもういいでショ? 的な感じが自分の中で先走っちゃって、だからうまく書けないのかもしれないと思ってみたり。残る問題は単に露出量だけだろ? とかね。
低い敷居を設けるためのその方法というのは例えば、「クレヨンしんちゃん」の新しい映画の予告編を見て、思わず「あ! 見に行きたい」と思わせてしまうような、その在り方に内在しているのかもしれない、とか。…ん〜。何を書いてるんだかな。
はぁ。ともあれ、春なんだからもう少し落ち着いてマシンに向かわないと、と思ったりはしています。(なんか分裂気味ですね。気もそぞろって言うか)
2001/04/01(日)
昨日の日記でブラッドベリのことを書いたりしたら何だか里心(?)がついちゃったので、久しぶりに「10月はたそがれの国」を読み返そうとしたんですが…。見つかりません! 本棚のドコにもありません! ついでに「黒いカーニバル」もドコにいっちゃったのか分かりませーん!
ん〜。引越しとか大掃除とかのドサクサに紛れて捨てちゃったり売っちゃったりしたのかなァ…? オレは、空間を確保するためにモノを捨てることに(あまり)ためらいを感じない方なので、その可能性は大アリです。
まァ、もうちょっと探してみることにしますけどね。見つかるまでは「ウは宇宙船のウ」か何かを読んでいることにします。
あと。関東地方、桜が満開です。桜はいいですよね。うん。
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