ほころびとつぎあて 2002年08月分
2002/08/28(水)
仕事原稿を書くのに心底疲れきったので、気分転換に日記を書いてます。久々に。エエ、こーゆうの、間違いなく「現実逃避」と言います。
再び書けずにいたここ数日間、特筆すべきは遂にフリッツ・ライバーの短編「時間戦士」の再読を果たした事と、サンリオピューロランドのイベント「イルミナント」の、決定的に「残念な部分」について想いを馳せたことでしょう。フリッツ・ライバーについては、ここをお読みのほとんどの皆さんにとって「誰デスカそれは?」状態なんだろうと思うので、また気が向いた時に記すコトにします。
で、「イルミナント」ですが。そういうアトラクションがあるんですよ、サンリオピューロランドに。あそこにはパレードをするほどの空間が無いので、館内地下中央の(つくりものの)大木をキャストの皆さんが囲むようにしてショーを行うんです。
おなじみサンリオキャラクターたちと、あれはどういう設定なんでしょうかね、「愉快な仲間たち」な感じのお兄さんお姉さん(つーか、ほとんどお姉さんですが。この辺りの辻信太郎氏のオヤジ対策、見事です。笑)が、光と音楽の中で楽しく踊ってます。あ、中国雑技団の皆さんの演技も見事ですね。オレなんか、ボリショイサーカスを思い出したりもしてましたが。
そのうちに主役のキティとダニエルも登場して場は盛り上がり、子どもたちもキャストと一緒に踊ったりして(ちゃんと事前に振りを教えてくれます)、それはそれはステキなひと時です。
お話的にはこの後、突然表れた「闇」にキティとダニエルが攫われてしまうも、会場の子どもたちを中心とした光のパワーで無事救出、再び音楽と笑顔のダンスが始まるという……、さながら平成ウルトラシリーズみたいな展開になるんですが、それはまァいいです。問題ありません。(ホントはちょっと気になる部分があったんですが、オレが見た時バージョンだけの演出だったのかもしれないので、ここでは措いときます。ずいぶん前に見たビデオバージョンとも構成が違ってるような気もしますし、研究が必要かもしれません)まあ、全体として、オレはけっこう感動したし、楽しんだりもしたのでした。
んじゃ、ドコが決定的に「残念な部分」だったのかと言うと。大木の周りをキャストの皆さんが踊り回る、その中に、サンリオキャラクターたちを乗せていたクルマがあるんですね。ちゃんとショー用にデコレーションされていて、まァファンタジーなフンイキな雰囲気のやつです。
それはクルマなので、当然のことながら「運転手さん」が運転しているんですが、その方たちの中に何人か、いかにもつまんなそーな、面白くなさそーな表情のままの方がいらっしゃったんですわ。
なんていいますかね。彼には、ショーの出演者としての意識が無いんですね。自分の仕事は「クルマの運転、これのみ!」と心得ていたみたいで。でなかったら、他のキャストの皆さんがエンターテインの精神も豊かに、にこやかに踊っているのに、あんな顔できやしませんよ。
正直に言えば、「残念」を超えて「不快」ですらありました。いったい全体、アナタタチノオシゴトハナンナンデスカ? って突っ込みたかったくらいです。いやもうマジで心から、考えていただきたい、今後的に善処していただきたい、ってなもんで。楽しくやりましょうよ。楽しませてくださいよ。
まあ、ね。オトナの事情を勘案するに、「クルマの運転でいっぱいいっぱいで、とても表情をつくる余裕がなかった」とか「演出側ももっと良い人材を充てたかったんだけど、肝心の人がいなかった」とか、イロイロに考えたりはするんですけどね。けど、なまじ他の部分が良かったもんですから、ミョーに気になっちゃっていて、なのでこんなトコで憂さを晴らしてたりするわけです。
あ! もちろん、ちゃんとした、笑顔のステキな「運転手さん」もいらっしゃいましたよ(女性でしたけど)。「イルミナント」の名誉のために、それはちゃんと書いときます。
そのうちどこかでもう一回二回三回くらい、見に行くと思うんで、その折にはもう一度、「運転手さん」をチェックしたいと思ってますが。なんか、ヤな客なのかもしれませんが。
2002/08/19(月)
昔、何かの本を読んだら書いてあったんだけど、文章の語尾が「〜だそうだ」とか「〜のようだ」などというように伝聞形になっていたら、その記述そのものには注意すべし! なんだそうで。この場合の「注意」は疑ってかかれ、という意味なんだそうですけどね。
どうしてかと言ったら、そんなふうに「自信のない言い方」で書いてある内容が信頼に足るハズがないから、なんですってさ。
って事は、その法則を応用するべきは人文・自然科学系の文章ってことになるんだろうけど、それにしてもずいぶん思いきりのいい法則であるなあ、とは思うですよ。伝聞形でも正しい情報ってあるんだろうしさ。
でもやはし、そういう歯切れの悪い文章が感覚的にキモチ悪いということはあって、それは例えば庄司薫の小説に出てくる主人公の物言いがハッキリしなくて気持ち悪いというのに通じるのかも、と思ってみたりみなかったりするのと似ているようだ。(←歯切れの悪い例)
いやね。今読んでる新書本に、やっぱり「歯切れの悪い語尾」が頻出するもんですから、ふと思い出して書いてるだけなんですけどね。
ちなみにその本は「集中力」って題名なんですけど。電車の中で読んでいて、途中で集中力が切れて寝入ってしまっているような自分自身に、自虐的な思いを抱いたりしてますが。(眠い時は眠いんだよっ)
2002/08/13(火)
映画「砂の器」が、「原作を超えた」と往々にして言われるのは、ひとえに犯人が殺人を決意したその動機=芸術家のアイデンティティに迫り、それが父子の絆の描写と相まって感動を呼ぶからです。だから緒形拳は、芸術に奉仕するために殺されたわけですね。
ところが、映画版の感動を求めて原作を読むと(まァ、そもそもソレが間違いなんですが)、小説の「動機」は単に、忘恩の徒のそれ、になってしまってます。総じて松本清張作品は、少なくともオレ個人にとっては、小説よりも映画の方がずっと面白かったりします。「鬼畜」しかり「影の車」しかりで。けどまァ、別に今日はそんなことを書きたいのではないんでした。
ケストナーの伝記を読んでいて、「ふたりのロッテ」に出てくる双子のお父さんの描写を思い出したんですよ。一流の作家は、洋の東西を問わず、ろくでなしっぷりがスバラシイ芸術家の有り様というものを書きたくなるのかなァ、なんて思いまして。あ、この場合、「洋の東西」の「東」の方は、橋本忍と山田洋次を指すんですけどね。
「ふたりのロッテ」というのはケストナーの書いた小説です。両親の離婚のために生き別れになっていた双子の女の子が林間学校で偶然出会い、協力して、再び両親の心に愛の灯をともそうとするというお話なんですけどね。
双子のお父さんというのは作曲家なんですよ。今は「子どものためのオペラ」を作曲しているんですが、うまく書けなくて煮詰まってます。おりしも娘(ロッテ)が、愛人との関係を邪魔するがごとく、生活様式の改善を提案するもんですからイライラして、父の愛情を求める娘を冷たく突き放します。
突き放されて、悲しくて、それでロッテは泣くんです。すぐ父親の前から立ち去る事で、父にそれ以上の心配をさせないような配慮すら残して。
ロッテが泣いて部屋から去る。その直後の父親の描写が、サイコーにステキです。娘に泣かれて心を痛めた父親は、まさにその小さな事件そのものから作品へのインスピレーションを得てしまい、おもむろに仕事に取り掛かるんですな。で「悲しいハ短調の曲がうまくできた」と喜んでるんです。
最低だと思いますけど、作家なんてイタシカタなくそんなものでしょう。宮本すばるさんなんかも(彼女はダンサーですが)、同じ意味で最低な人なのかもしれません。いや、オレは大好きですけどね。
以下、おまけ的に追記。
「業」を描いてナイスなシーンを持つ作品をオレは最低でも3つは知っていて、そのうちの二つが上記の映画「砂の器」と「ふたりのロッテ」です。これは芸術家の業ですね。
んじゃ、もうひとつは何かっていうと、これは皆さんも多分大好きな「エヴァンゲリオン」なんですが。重病のアスカを見ながらオナニーしてしまうシンジ君。ナイスです。青春ってのは、ああいうもんだと思います。
2002/08/09(金)
「人間標本5・6」について その2
昨日の日記に、
>ということなので「ごー てん ろく」でいいみたいです。
と書いたんですけど、その後、原くんからメールが届きまして。
彼もまた気になったようで、いろいろ調べてくれたようです。そしたら……。
どうやら実は。やっぱりなんと。
「ごー、ろく」と読むのがスタンダードらしい、とのことでした。
原くんは兄貴分の秋廣泰生氏(歩く『ウルトラシリーズ辞典』みたいな人です。『こういうエピソードがあるのは何のどういう回だっけ?』と質問すれば、一発検索でたいていの事は教えてくれます。こういうお仕事やこういうお仕事を手がけてらっしゃいますが)にも確認を取ってくれたみたいです。
「でもなあ、『ごお てん ろく』と記憶してたんだよな、俺も」とは原くんの弁ですが、以下、彼から貰ったメールの一部引用です。
>あなた(須甲注。秋廣氏のこと)からそう教わったんだ、と問いただしたところ、
>「あの頃は俺も若くていきがってて、知ったかぶりしてたんだよ」と
>意味不明な答えを返されました(爆笑)。
いや。なんか、いい話だなあと思いまして。
ともあれ、この日記的にも錯綜してしまいましたが、そういうことらしいんで、読者の皆様におかれましてもひとつその辺りヨロシク! です。日常生活において何の役に立つってものでもないかもしれませんが。豆知識?
2002/08/06(火)〜08/08(木)
また日が空いちゃったんで、今回はモロモロまとめて。
「人間標本5・6」について
先日以来、気になって仕方がないので、えらい人……っていうか、詳しい人に聞いてみました。原 彰孝くんです。彼はかつて、リム出版「コミック ウルトラシリーズ」のオレ担当脚本の原作を書いてくれた人だし、今ではウルトラマンAGEという濃ぉい雑誌の編集にも携わっているような人なので、オレの疑問なんてたちどころに解決してくれるでしょう。
そう思って、昼のくそ暑い最中、原くんトコに電話しました。
「あのさー原ちゃん。『ウルトラマン』にダダが出てくる話あるじゃん?」
「ああ。『人間標本』てやつですね」
「そそそ。でさ。あの数字んとこ、なんて読むの?」
「え? 『ごー てん ろく』じゃないんですか?」
「だよねえ! やっぱりねえ……」
「? どうしたんです?」
「いや、それがさあ……」
でオレ、先日のスーパーで見たバンダイのビデオの件を話すことしきり。
「うーん。『ごー てん ろく』でいいと思いますけどねえ」
ということなので「ごー てん ろく」でいいみたいです。以上! ありがとう原ちゃん!
マンガの消費について
なんのこっちゃという気もしますが(表題)。
いやね。週刊連載されているマンガの単行本って、だいたい10週〜11週分くらいで1冊にまとめられているじゃないですか。てコトは、それは作家さんにとってはだいたい2ヶ月から3ヶ月分の仕事量なわけだよね。2ヶ月から3ヶ月!
そんなにも長い時間(長いと思うんだオレは)を制作に費やした作品を、例えばオレなんかは数十分で読んでしまうわけで(ま、マンガにもよるけど)、画面構成(等)がなまじ上手くて読みやすければ読みやすいほど、それは鑑賞ならぬ消費に近づいてしまっているなァと、なんとなく思ったですよ。
もちろん、「消費」にも理があるわけで、そもそも消費してかないと(あるいは消費もされ得るような作品でないと)、そもそも現在の市場では価値(商品性というかね)を認められないだろうという気もするし。だから要は、こちら側の「消費の仕方」……うーん。「読み方」「作品の受け取り方」みたいなコトだと思うんだけど。
もっとも、大前提として、その作品が消費以上のナニモノかに耐え得るものである、という事はぜったい必要なんだけど。あと、こちら側の感じたり考えたりする能力とか。
うーん。当然に過ぎる事を書いてな……。何を今さら。
2002/08/05(月)
なんだか今日は全然書けない日らしく、一行書くたびに悶々と悩んじゃってどうもダメです。(いや、仕事の原稿がね)
それでこのバカ日記に逃げてきたんですが。こういうものなら書けるかな、と思って。それなのに、ああ! ここでもダメです。ノリが悪すぎ。部屋の中は涼しいのになあ。なあ。なあ。なああ。
……いや。意味はないんですが。
2002/08/04(日)
NHKアーカイブス「スガモ・プリズン解体」を見てビミョーにヘコんでみたり。山上たつひこ「光る風」を読み直し、主人公・弦の「権力め!」なんてセリフに、ストイックではあるかもしれないけど、ある種の単純さを感じてため息をついてみたり。こんな事を書いている自分自身を見下ろして、なるほど世界は右傾化してるんだなァと人のせいにしてみたり。(何が『世界』だよなァ?)
こんなところで多くは語らないのが吉だと思うからその通りにしますけど、なんだかね。「たたかい」は相も変わらず続いているのだなァ、なんて思いました。思ってます。
2002/08/03(土)
「ウルトラマン」の第28話に「人間標本5・6」っていうの、あるじゃないですか。ダダが出てくる話。このサブタイトルの読みなんですけどね。オレ、今日までずっと、「にんげんひょうほん ごー てん ろく」だと思ってたんですよ。ああ! それなのに!?
えーと。こういう事です。仕事の帰りにですね。牛乳とか娘のお菓子とか、そういう所帯じみたモロモロを買いにマルエツ(スーパー)に寄ったんですよね。お菓子売り場にテレビモニターがありまして、そこではバンダイが制作したらしいインフォマーシャルがエンドレスで流されてました。
ビデオの内容は、最近バンダイから発売した玩具菓子の紹介だったんですが、当然と言うか何と言うか「ウルトラ怪獣名鑑2」も取り上げてまして。ラインナップにあるんですよ、「人間標本5・6」が。問題なのはここからで、そのフィギュアを映している画面のナレーションでこう言ってたんです。「にんげんひょうほん ごー、ろく」って。
なんかもう、びっくりですよ。ええッ!? オレってば、間違った読みのまま30年近く覚えてたの? てなもんで。それとも、「ごー てん ろく」が正解で、バンダイのビデオが間違い?
ウェブのサイトを見ると、表記は「5・6」と「中黒」になっているところがほとんどで、ますます分からなくなってます。「ごー てん ろく」だったら、「5.6」って書きますもんねえ普通? 教えてえらいひと!
(あ。まだ『ファンタスティックコレクション』には当たってませんが)
2002/08/01(木)〜08/02(金)
山手線に乗っていたら、見る間に空がまるで夜のように黒くなって、イキナリの激しい大雨が!
西武池袋駅のホームでは、壊れているのか、まるで機能しなくなった雨樋からダバダバ水がこぼれていて……、いや、こぼれるというよりは「落ちて」いて、ホームのその先に利用客の足を進ませようとはしませんでした。
電車を降りてからのオレも、傘は持ってましたけど、まァ適当に濡れて(特にジーパン)、だから今、足がちと寒いんですけどね。
何年かぶりに「夏の午後の大雨」というのに遭遇しましたけど、これはこれで意味のあるモノなのかも、と思ってみたり。
とりあえず、突然停電になって作業中のデータがトバない限りは大雨よ、キミを夏の風情として認識してやるのにやぶさかではないよ、うむ。
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