コンテンツのトップに戻ります
『作品』のトップに戻ります
ヘロヘロQカムパニー 第8回公演
電波ヒーロー
〜夢みるチカラ〜 改訂版
第一稿B(平成十一年十月二十二日)
原案/関 智一
作 /須甲和彦
%p%
《時代》
昭和三十二年の初め・冬(2月)
(前回の時より、半年ほど前)
《登場人物》
柴崎 幸喜………DBCテレビ
プロデューサー
古澤 敏宏………創映プロダクション監督
「ミラクルZ」担当
上島 哲夫………「ミラクルZ」脚本家
高梨 今日子……「ミラクルZ」制作進行
野辺山 渉………「ミラクルZ」デザイナー
原口 節子………創映プロダクション事務員
二階堂 絹子………映画女優
《装置》
舞台の下手、およそ五分の三が創映プロダ
クションの企画室。
上手およそ五分の二が、同プロダクション
の給湯室。
企画室と給湯室は壁で隔てられており、ド
アでつながっている。
【企画室】
中央に会議ができるような大机と椅子が数
脚あり、机上には電話、筆立て、書きかけ
の原稿、資料用の書籍などが雑然と置いて
ある。(本や雑誌はたくさんある)
周囲の壁にはスケジュール表や時計、古澤
の趣味で貼られたポスターなど。
(昭和二十九年の『ゴジラ』が用意できれ
ば分かりやすいかもしれない。時代を表
す意味でも、彼の好みを表す意味でも)
棚や部屋の隅に、特撮プロダクションらし
く模型が並び、荷物を入れた段ボールが積
み重なっている。
片隅に石油ストーブ。上にやかんがのって
いる。
壁には窓。窓外には空き地が広がっている。
(見えなくて可)
(窓は客席側でも可〜窓があると見立てた
芝居をするということ)
とにかく、全体的にモノがたくさんあって
整理されてない感じ。(それでも、このプ
ロダクションの人間は、何がどこにあるか
スグに分かるのである)
上手と下手、それぞれにドア。
上手のドアは別室につながっており(給湯
室へつながるドアとは別)、
下手のドアは戸外に出られるようになって
いる。
【給湯室】
狭い空間。奧に小さな流し。横に古いガス
レンジ。その上の空間に、作りつけの戸棚
があり、食器類はそこに置いてある。
上手壁にあるドア(あるいは引き戸)は、
戸外につながっている。
%p%
1
給湯室にいる今日子と節子。
無言で、洗い物をしたり、湯飲みを棚
から出したりしている。やがて…。
節子 (思わずため息をついた)
今日子 (驚いた)なに。どうしたの?
節子 (気付かない)え?
今日子 今、ため息ついた?
節子 え? え? あたし、そんなことして
ました?
今日子 気のせいだったかな?
節子 いえ、そりゃ先輩、ひょっとしたらあ
たしも、たまにはそういうことするかもし
れませんけど…。
今日子 (節子を見ている)
節子 (困って)えーと…。
今日子 (見ている)
節子 (思いきって言いかける)あの…!
今日子 聞き違いだよねェ。
スッ、と作業に戻る今日子。
今日子 似合う、似合わないってあるもんねェ。
節子 うわ。
今日子 せっちゃんがため息なんてねェ。
節子 ひでえ。
今日子 まあね。気持ちも分からなくもない
けどねェ。
節子 …ナニがです?
今日子 ため息をついてたとしたらよ、そし
たらソレにはそれなりの理由があるワケで。
節子 ハテ。その理由とは。
今日子 寒いもんね、最近。大荒れ。
含みを持たせたその物言いに、節子、
今日子をまじまじと見つめる。
節子 先輩、なかなかスルドいっすね!
今日子 あなたの心も寒いのよネ?
節子 木枯らしぴゅ〜っ! ブリザード、ごー
っ!
今日子 どうして世の中、こんなにうまくい
かないんだろうって。
節子 ああもう! 言ってやって言ってやって!
ガンガン行きましょう! 今日子アネェっ
て呼ばせてもらっていいですか?
今日子 (同意の笑み)ねェ?
節子 もちろんですとも!
今日子 どうなっちゃうんだろうね、「ミラ
クルZ」?
節子 (ハズされた)アレ?
今日子 何が?
節子 イエ。…いいです。
今日子 いいんだよネ? 私、合ってるよね?
節子 (おどける)もちろんですよアネさん!
いやしかしホントにどーなんすかねアレ!
このまま沈没っスか!
今日子 笑い事じゃなくてさ。あの企画取れ
ないと、うち本当にマズいのよ? せっち
ゃんも社長の経理お手伝いしてるんだから、
少しは判ってるんでしょ?
節子 そりゃまあ。ア、リトル、って感じで。
今日子 …みんな、うまくやってるかなァ?
節子 今日はどこで?
今日子 駅前のね、カトレアって言うんだけ
ど。
節子 新しくできた?
今日子 そう。そこで。
節子 接待のつもりなんですかね?
今日子 喫茶店だよ?
節子 だから、お酒飲ませるとかそのくらい、
アタマ使った方がいいんじゃないかなぁっ
て。
今日子 ん〜。監督たちは、そういうの潔し
としないから。
節子 でも局のプロデューサーって、なんか
そういう…、ユチャクってんですか? そ
んなのに弱そうな気がしません?
今日子 柴崎さんには、無駄だと思うけどなァ。
なにしろあの「新聞記者事件日記」を作っ
た人なんだよ?
節子 ああいう暗い、バリバリの社会派作る
ような人は、性格もカタいんですかね?
今日子 カタいって言うか、頑固?
節子 あたし、今度飲ませてみようかな?
今日子 (笑って)色仕掛け?
節子 (ノッて媚びる)柴崎サンお願いあた
しの言うコト聞いてェ。
今日子 (笑う)
節子 (続けて)お姉さんもお願ァい。お話
聞いてくれると節子とっても嬉しいんだけ
どォ。
今日子 (笑っている)私?
節子 (突然マジメに)…ご相談したいこと
があるんです。
今日子 え?
その時、企画室下手のドアが開き、柴
崎、古澤、上島がドカドカと入ってくる。
皆、それぞれに不機嫌な感じ。手に手に、
今まで打ち合わせに使っていたらしい
企画書のガリ版刷りを持っている。
三人、乱暴に椅子に座る。古澤に至っ
ては、机上に足を載せたりしてかなり
横柄。
今日子 (慌てて。節子に)後で聞くから。
今日子、用意していたお茶の盆を持っ
て企画室へ。
今日子 お疲れ様でしたァ!
節子は戸口から覗いている。
今日子 (お茶を配りつつ古澤にこっそり)
ずいぶん早かったんですね? …どうでし
た? うまくいきました?
古澤 (聞こえよがしに)ケッ! どーもこ
ーもないよ!
柴崎 高梨くん!
今日子 (びっくり)はい!
柴崎 さっさとよそのプロダクションに移っ
た方がいいぞ!
今日子 え!?
柴崎 君くらい力があれば、制作進行の仕事
はいくらでもあるだろう? ここは早晩、
潰れるかもしれないからな。アタマの固い
監督がいるせいでな!
古澤 ウチの社員の進退を、柴崎さんにどう
こう言われたかないですよ!
柴崎 じゃア君が保証できるのか! 俺さえ
納得させられないで、君らのモノ作りを、
彼女に保証してやれるのか!
今日子 (察した)…今日もうまくいかなかっ
たんですねェ…。
やはり憤ってはいるが、他の二人に比
べればまだクールな上島が、
上島 数字は取れるって言ってるじゃないで
すか。どうして、お気に召さないんです。
柴崎 そりゃ数字は取るよ、当然だろ。俺が
手掛けるんだからな。上島くん、君も作家
だったらつまらん事を言うな。俺はこれを
やりたくないって言ってるんだ!
柴崎、持っていた企画書を机に叩き付
ける。
柴崎 俺はおととい、言ったよな? 設定、
プロット、主人公像、全て直せと?(再び
企画書を手に取り)何だコレは? 変わっ
てるの題名だけじゃないか。「ミラワルZ
2」?
他の全員 ミラ「ク」ル!
古澤 ふ。ネタもおとといと同じですか。
柴崎 ワザと読んでんだよ! そのココロは
古澤! 君は字が下手だということだ!
古澤 上島の字です。
上島 あ。汚ね…。
古澤 と思いましたが、今日子ちゃんのだっ
たかもしれません。
今日子 やめてくださいよォ!
古澤 いえ実は、あそこの原口が書いたんで
すが。
節子 バレちゃいました?
柴崎 (見て)ホントなのか?
節子 嘘です。
柴崎 …やっぱりな。
節子 嘘ですよ。嘘に決まってるじゃないで
すか。DBCテレビのプロデューサーさん
ともあろう方が、どうしてそんなコト分か
らないんですか。監督のバカな喋りなんか
に騙されて。そんな事で、新しい媒体であ
るテレビを作っていけると思ってるんです
か。それがあたしの字だなんて。ホント、
失礼ったら。
柴崎 君の喋りの方がよっぽど失礼だ!
古澤 まあまあ、柴崎さん、バカな子の言う
ことですから。お気になさらずに。
節子 野辺山さんです。
今日子 え?
節子 それ、野辺山さんの字です。
古澤 あ…! コラ…。
節子 あたし、見てましたもん。「すぐにで
も清刷に使えそうなヤツ、今から俺が書い
てやるぜ!」とか言って、きのう。
柴崎 …ふん。
節子 あら?
柴崎 企画会議をサボって野球をやってるデ
ザイナーなんぞ、俺は仕事相手として認めん。
古澤 それはおとといの話ですよ。
柴崎 今日も来なかっただろ! どうせまた、
そこらの空き地で子ども相手に川上気取っ
てんじゃないのか?
野辺山の声 それは心外ですな!
野辺山、下手のドアから登場。洋服の
上に柔道着を着ている。見る一同。
野辺山 柴崎さん、ワタシがいつも野球ばっ
かりやってると思ったら大間違いですよ!
スッ、と全員無視。思いっきり無視。
柴崎 で、どこまで話したっけかな?
野辺山 ちょっとそこ! みなさん!
節子 ミラワルZ。
野辺山 みなさんってばー!
柴崎 そうだよ! なんでタイトルすら変わっ
てないんだよ!
古澤 だからそれはですね!
…と再び口論が始まりそうになるが
野辺山 ふ!(と大声で)
他の一同、しぶしぶと野辺山を見る。
野辺山 …確かに私は、今は一柔道家に過ぎ
ません。
柴崎 一コメディアンだろ?
古澤 本職覚えてるか、おまえ?
野辺山 (気にせず)しかし! 近い将来!
「ミラクルZ」の制作が決定して私が愛情
溢れる生活を手に入れた暁には!
柴崎 (遮る)ちょっと待て。なんだ、その
愛情溢れる生活って。
創映プロ、他の一同にとっては、「ま
た始まったよ」といった話題である。
めいめいに呆れた眼差しで二人のやり
取りを見る。
野辺山 無論、この私と二階堂絹子さんが、
新しい愛の巣を築くと、そういう意味です。
柴崎 どうして君と二階堂が愛の巣を築くんだ?
野辺山 異なことをおっしゃる。デザイナー
と主演女優の間に愛が生じたとしても、お
かしなことではありますまい。
柴崎 ふん。なるほどな?(バカにしてる)
野辺山 ご理解頂けて幸いです。
柴崎 企画が、決まればな?
野辺山 決めないんですか?
柴崎 自分の胸に聞いてみろ。
柴崎、自分の胸を叩いて「もしもーし」
などとボケている野辺山を無視し、古
澤に向き直る。
古澤 すいませんね。二階堂さんのすっごい
ファンなもんで。
柴崎 自分たちの立場が分かってるか? そ
もそもこれを通さなければ、彼女の出演話
も飛ぶんだぞ?
野辺山 それは困ります!
節子 (野辺山に)ねー。困りますよねー?
柴崎 だれのせいなんだ?
節子 (柴崎を指さす)頑固だから。
柴崎 (怒る)君はだな!
古澤 ああもうせっちゃん、掻き回してない
でホラ、君にはまだ仕事が残ってるでしょ?
節子 いえもうすっかり片付きました。きれ
いさっぱり。
古澤 いいから向こう行ってて。さっき社長
が呼んでたみたいよ?
節子 ちぇっ。
古澤 ちぇっ、じゃなくて。
節子 はあい…。
節子、歩いて上手のドアから退場する。
それを待たずに
上島 …とにかく直せ直せって、何がお気に
召さないのか言ってもらわなくちゃ、僕ら
だって手のつけようがないですね。
柴崎 察しの悪い作家先生だな?
上島 …腹芸は得意じゃないんで。
柴崎 俺の作ってきたものを見てるんだろ。
それと(企画書を持って)この企画書との
差を考えてみれば、直しの方向性だって見
えそうなもんだがな?
上島 このプロダクションが作ってきたもの
を御存知ですよね? そしたら、僕らに何
をやらせたら面白いモノができるか、考え
れば分かりそうなもんですけどね。
柴崎 なるほど、徹底抗戦というわけか?
睨み合う柴崎と上島。
古澤 (柴崎に)だいたいこの仕事は、子ど
ものための特撮もの、という条件でお受け
した筈ですよ。
柴崎 その筈だな。
上島 だったら−!
柴崎 (遮って)戦争映画の特撮で世界に名
高いこの創映プロダクション、その技術を
引き継ぐ若い君たちだからこそ、これから
のテレビのために企画を頼んだ。特撮を使っ
た全く新しい、少年たちに見せる現代劇を
作れと言ったんだ。それが何だ? 子ども
に見せるって事と、子ども騙しのフィルム
を作るって事は話が全然違うだろ。
古澤 そりゃ言い過ぎじゃないですか? 子
どもたちに夢と希望を与える事のどこが
「騙し」になるんですか。
柴崎 夢と希望?(フッと鼻で笑う)
企画書のページを開く柴崎。
柴崎 (読む)「古代エジプトのミイラが現
代に蘇った! 子どもの悲鳴が木霊するそ
の時、虚空の彼方から飛来して、自在に伸
びる両の手で悪人どもをバッタバッタとな
ぎ倒す!」
…ちょっと聞くが、「虚空の彼方から飛来
する」ってどういう事だ? ミイラは空飛
べんのか? それに「自在に伸びる両の手で」
っていったい何だ? ミイラってのは乾燥
してんだろ? どうして腕が伸びるんだよ。
そんなのポキッ! って折れちゃうに決まっ
てんじゃないかポキッって。それから…!
古澤 だから特撮モノだって言ってるじゃな
いですか!
上島 そう。何でもできるんですよ。
柴崎 何でもできりゃ何でも描くのか!?
(さらに読む)「『天に代わって
裁きを下す。悪魔ども覚悟しろ』正義のた
めに戦うヒーロー、その名もZ! ミイラ
でクールな『ミラクルZ』!」
…子どもが悪者につかまって苦しんでると
どっからともなくミイラでクールな奴が現
れてその窮地を救ってくれるわけだ。お手
軽だな、なんとも。
古澤 そうじゃないでしょ? ドコ読んでん
ですか。俺らはそういう事を書いてるんじゃ
ない。
柴崎 他にどう読みとれるんだ、この文章が。
人生ってのはそんなに甘いもんなのか?
相手が子どもだからってナメてかかって、
困ってたら誰かが助けてくれるだなんて
いい加減な事唄っときゃそれでいいのか?
古澤 困ってるから助けてくれるんじゃない。
子どもたちが持ってる気持ちは、魂は、絶
対に守らなきゃいけないものだから、だか
らミラクルZは来るんじゃないですか。
柴崎 (鼻で笑って)子どもたちの気持ちだ
と?
古澤 そうですよ。彼らはいつだって、彼ら
なりの正義や夢や、希望を信じてる。そう
いう気持ちを踏みにじるやつらが、例えフィ
クションの中にしろ存在した時、そいつら
はやっぱり、倒されなければならない。子
どもが小さいながらも本気で信じているも
のがあるんなら、大人はそれを踏み潰しちゃ
いけないんだ。
柴崎 小学校の児童会長にでもなったつもり
か? おこがましい事言ってるんじゃない。
子どもをダシに使うな。仮にもモノを作ろ
うとする人間が、自分以外のトコからネタ
引っぱり出そうとしてどうする?
古澤 そりゃ…、そうかもしれませんが。
柴崎 道徳の教科書作ろうってんじゃないん
だ。おためごかしやってるようじゃ、テレ
ビは映画にもラジオにも勝てないぞ。
古澤 …確かに、負けたくはないですね。
柴崎 だろう? 分かってるじゃないか。
視線を交わす二人。反目と、テレビに
対する大いなる協調、…その予感。
やがて…。
古澤 …つまり、俺はもう、自分が信じるも
のを否定されンのはイヤなんですよ。
柴崎 ほう。
古澤 戦争終わって十二年、今までの有様は、
こりゃ何です? 時代劇ダメ、戦争物ダメ
で、俺がガキの頃のヒーローは、もうどこ
にもいなくなっちまった…!
柴崎 青臭いコトを言ってるな。負けるって
のはそういうことだ。
古澤 だったら俺は青いままでけっこうなん
だ。俺はチャンバラごっこが本当に楽しかっ
たし、本気で軍人になりたいって思ってた
んですよ?
柴崎 (皮肉で)フィルムの監督なんてやめ
て自衛隊に入ったらどうだ。今からでも遅
くはないだろ。
古澤 そう、遅かないですよ。
柴崎を睨むように見る古澤。
柴崎も余裕の表情で受け止めて。
古澤 …遅くはないんです。ここ十年、ずっ
と、憧れる対象を持つ事が出来ずにいた俺
たちだって、そういうものを手に入れるこ
とはできる。俺は決めたんだ。
柴崎 あんなミイラ男に、何を託そうって言
うんだ?
古澤 時代が変わっても信じ続けられる存在
ですよ! 子どもたちが信じるものにイエ
スと言ってやる、そういう英雄ですよ!
柴崎 信じたいものがあるなら、子どもが自
分で、一人で、それを守っていけばいいん
だ。後ろ盾を作ってやる必要はない。
古澤 子どもはそんなに強くなれませんよ。
いつだって、大人に振り回されるんだ。
柴崎 強くなってもらいたいもんだがな。
古澤 だからこそじゃないですか! 「ミラ
クルZ」が、彼らに力を与えるんです。憧
れて、そこに近付こうとする気持ちが、彼
らの夢や希望を育てるんじゃないですか。
柴崎 …信じているのか?
古澤 (分からず)何です?
柴崎 (向き直り)そんな、夢だの希望だの
なんてものを、君は本当に信じているのか
と聞いてるんだ。
古澤 当たり前じゃないですか。でなかった
ら、何で俺がそんな事思うんです。
柴崎 なら参考までに伺いたいもんだがな、
夢とか希望とか、そんなものがどこにある
んだ? どんな色してるんだ? どんな形
してるんだ? どんな味なんだ? 俺は今
までそんなもの、見た事も聞いた事も、味
わった事もないよ。
今日子 …柴崎さん、あの。
柴崎 (見て)何だ。
今日子 …そんなふうに、揚げ足取りのよう
に仰ったところで何も始まりません。私な
んかが出過ぎた事かもしれませんが。
柴崎 出過ぎた事だよ。私の言った事が揚げ
足取りに聞こえるようなら、なおさらだ。
とにかく…!
柴崎、一同を強い意志の眼差しで眺め
回す。
柴崎 腕が伸びるだの空を飛ぶだの、荒唐無
稽なアクションを入れるな。特撮シーンに
派手さはあっても構わんが、ごく自然な流
れの中で見られるものにしてくれ。それか
ら、これが重要な事だが、絶対的に強い正
義の使者、彼に救われる子どもたち、なん
て設定は絶対にやめろ。そんな事が、ある
わけないんだからな。
上島 あるわけない事だってやれるのが「物
語」ですよ。
柴崎 あいにく、「俺の」物語はそうじゃな
いんでな。忠告しておくが、いま言った線
で直さない限り、今回の話はお流れだ。
ビクッ! と緊張して柴崎を見る一同。
柴崎、帰り支度をしながら
柴崎 …が、まぁそれは私としても避けたい。
あさっての十時。今度こそ発注通りのもの
を頼む。いろいろ言ったが、俺は間違いな
く君たちを買ってるんだからな。期待して
るよ。
下手のドアに向かう柴崎。
柴崎 (思い出した)ああ、忘れてたよ。
振り返る柴崎。
柴崎 原口君、決まったそうだな。おめでと
う。
古澤 ハイ?
柴崎 これでお父さんも一安心といったとこ
ろか?
古澤 は?
柴崎 少々つかみ所のないようなところもあ
るが、これで少しは落ち着くんじゃないの
か? 君も楽になるだろう。
古澤 あのう…。
柴崎 なんだ?
古澤 何の話ですか、ソレ?
柴崎 だから原口君…、彼女の。
古澤 原口が、どうしたんです?
古澤と同様、状況が分からず怪訝な顔
をしている創映プロの面々。
柴崎 …知らないのか?
古澤 (上島に)何か聞いてる?
上島 いや。何も…?
古澤、野辺山と今日子の顔も見るが…。
今日子 (いきなり)あッ!
野辺山 なになに。どしたの?
今日子 だからさっきあの子…。
柴崎 (察した)女性どうし、だしな?
今日子 でも、それを聞く前に皆さんが帰っ
て来て、だから…。
上島 (柴崎に)何なんです?
柴崎 …本当に知らないんだな?
なにやら考え込む柴崎。
古澤 (促す)柴崎さん?
柴崎 …失敗したな。…いや、じゃあ、俺の
口から言うのはやめておこう。
野辺山 なんか全然分からないんですけど?
柴崎 これで失礼する。企画書の直しの件は、
よろしく頼む。
柴崎、下手のドアに向かう。
古澤 あ! ちょっと柴崎さん!
見る柴崎。
古澤 俺たちが知らなくて、どうしてあなた
が知ってるんです? 本人に言ったんです
か?
柴崎 いや。そうじゃない。
古澤 だったらどうして?
柴崎 (独り言のように)…世間知らずとい
うかなんというか…。
古澤 (聞こえなかった)なんです?
柴崎 いや。…彼女も意外と、自分の力だけ
で勝負したいってタイプだったってことな
んだなと…、そう思っただけだ。
古澤 またそういう意味不明なことを…。
柴崎 (ニヤリと)自分とこの社員の進退を
どうこう言われたくないって言ってたのは
君だぞ? では、あさってに。
柴崎、退場。
野辺山 …何がなんだか…?
今日子 (古澤に)呼んできましょうか?
古澤 (考えている)そうして。
行こうとする今日子。
古澤 (を止めて)あ。ちょっと待って。
止まる今日子。古澤を見る。
古澤 野辺山。おまえ行け。
野辺山 なんで俺が!?
古澤 ペナルティだろ? いいからさっさと
行けったら。
野辺山 ちぇっ…。
野辺山、しぶしぶと上手ドアへ退場。
上島 …それにしてもさ。
古澤 ん?
上島 どうするの? ホントに言われた通り
直すの?
古澤 せっかくあっためてきた「ミラクルZ」
じゃないか。二回や三回NGくらっただけ
で簡単に諦めてたまるか!
上島 じゃ…、何か作戦を考えなきゃな。あ
あいう人が相手だし。
「う〜ん」と悩み始める一同。
古澤 作戦か…。
一同、しばし黙って、考えているが…。
今日子 (突然)…どういう意味だったんで
しょうね?
上島 何が?
今日子 さっき、柴崎さん。夢や希望を、見
た事も聞いた事も、味わった事もないって。
上島 …揚げ足取りじゃなけりゃ、ホントに
知らない、信じてない。夢見たコトもなけ
りゃ希望を抱いたコトもない、ってコトだ
よ。
今日子 いるのかな、ほんとに。そういう人が。
しばし、シンとなる一同。やがて
古澤 …だったら、俺に考えがある。みんな、
ちょっと耳貸せ。
古澤の周りに集まる他二人。ぼそぼそ
と囁く古澤。
上島 ええっ?
今日子 それはちょっと…。
上島 無謀だよ古さん。
古澤 だいじょぶだって、うまくいくって!
さ、準備にかかるぞ!
その時、野辺山が給湯室からバタバタ
と入ってくる。
野辺山 かんとく! 監督! 大変です!
古澤 なんだよ? どうした?
野辺山 せっちゃんが、会社辞めるって言う
んですよ!
「ええ?」と一同、それぞれに驚く。
上島 どうして?
野辺山を追い、遅れて駆け込んで来た
節子。
節子 (息も荒く)もう…! 野辺山さんっ
たら…!
野辺山 だってさ、ケッコ…(言いかけるが)
節子 (鋭く遮る)やめて!
その勢いに、改めて節子を見る一同。
節子 …自分で言うから。
今日子 さっき、私に言いかけたことって、
それ?
節子、頷く。一同を見る。
節子 あたし、近々のうちにここは辞めさせ
て頂くことになると思います。
古澤 だから、どうしてよ?
節子 あたし、結婚することになりましたから。
一同 ええっ!?
それぞれに驚く一同。
暗転。
2
二日後の午前中。
給湯室に置いた椅子に座り込み、壁に
もたれかかって居眠りしている節子。
ノックの音がして、しばらく間。
節子は気付かない。
再びノック。
絹子の声 誰もいないの? 二階堂ですけど。
下手のドアが開き、サングラスをかけ
た二階堂絹子が入って来る。華やかな
いで立ち。
絹子 (既に入っているが)入るわよ?
胡散臭げに辺りを見回し、その辺のも
のをいじったりする。
机上に(一場にはなかった)数冊の台
本(ガリ刷り)を見つけ、一冊を手に
取る。上島の書いた「ミラクルZ」の
サンプル脚本である。
パラパラとめくり、読み始める絹子。
椅子に座り直し、不審の表情を浮かべ
ながらも読み進んでいると…。
野辺山、スケッチブックを抱え、鼻歌
(当時の歌謡曲を日替わりで希望)を
歌いながら、給湯室側のドアから登場。
居眠りしている節子を見つけて
野辺山 (肩を揺すって)せっちゃん! 起
きなよ!
節子、眠そうに眼を覚ます。
野辺山 …よくもまァこんな寒いトコで寝ら
れるもんだね? ホラ、支度あるんだから
さァ!
と言いながら企画室へ入った野辺山、
絹子の姿を見つける。驚きの表情。
そのままバックして部屋から出ていっ
てしまう。
絹子 (立ち上がりかけて)ちょ、ちょっと…!
不審な表情の絹子。椅子に座ろうとし
た時、再び野辺山がバタバタと駆け込
んで来る。
野辺山 き、きぬ…! にかいどう…、ミス…、
大女優…、ビューティフル…、ああ! 俺
は何を言ってるんだ!? 相手は日本人だ
ぞ?
絹子 少しは落ち着いたら?
野辺山 ゆ、夢なら覚めないで…。(絹子を
チラッと見る)現実だ! 眩しい! 俺に
は眩しすぎる!
野辺山、巨大な光源にでも迫るかのよ
うに、手で眼を覆って絹子に近付き、
サングラスを外して自分でかける。
絹子 ちょっと! 何すんの!
野辺山 はあ、眩しかった。…あ、これでは
せっかくの絹子さんのお顔が見えない…。
(サングラスを外す)うわっ! 眩しい!
俺にはまぶしー!(またかける)
絹子 何なのあなた! いいから返してちょ
うだい!
野辺山 でも、これかけてないと俺の眼がや
られちゃうんですよ。
絹子 知ったことじゃないわ。
野辺山 あなたの美しさのために。
絹子 …とっといて。
給湯室の節子、まだ眠そうに眼をこすっ
ていたが、騒ぎに腰を上げて
節子 …どうしたんですか?
と企画室に入って行き、節子に気付く。
絹子を見つめたままバックしていく節子。
絹子 ちょっと! 何でそうなるの!
野辺山 自然の摂理というやつですよ。
絹子、節子の顔を見ていたが
絹子 (気付いた)…あら?
なんとなく、見つめ合う絹子と節子。
野辺山 ご挨拶だよ、せっちゃん。
節子 こんにちは。
ぺこりと頭を下げる節子。
絹子 私、以前にあなたに会ったこと、ある
かしら?
節子 …気のせいだと思います。あ、監督に
知らせてきますね…。その前にお茶かな?
節子、いったん給湯室に入り、扉を開
けて戸外に
節子 (大声で)せんぱーい! お客さーん!
お茶、お願いしまーす!
と叫んでから企画室に戻り、上手のド
アから出ていく。
絹子 (節子を見ていたが)…どこかで見た
ことあるような気がするんだけど…?
野辺山 そんな筈ありませんよ。彼女は単な
るウチの事務員ですよ? それよりも…。
手を伸ばす野辺山。
野辺山 お会いできて光栄です。
嫌々ながら、な感じで握手する絹子。
野辺山 俺、あなたの大ファンなんですよ。
あなたの出たシャシン、全部見てます。
「離れ小島の桃太郎」でしょ。「夜明けの
凍結路」でしょ。「遙かなる竪穴式住居」
でしょ。それから…、あ、とりあえずサイ
ンくれませんかサイン。
野辺山、スケッチブックを開いて差し
出し、机上の筆立てからマジックを取っ
て渡す。
絹子 (不承不承書いて)…名前は? 何て
いうの?
野辺山 野辺山 渉でお願いします。あ、ア
タマに「愛する」ってつけといてくれます?
「愛する野辺山 渉さんへ」。
絹子 私はあなたなんか愛してないわ。
野辺山 「愛しの」でもいいですけど。「愛
しの野辺山 渉さんへ」
絹子 だから愛しくも何ともないって言って
るでしょう!
野辺山 わがままな人だな。
絹子 映画女優はね、わがままが売りなの。
テレビの役者なんかとは違うの。
野辺山 なら「ミラクルZ・デザイナー」で
いいや。
絹子 ミラクルZ? このホンのこと?
野辺山 あれ? もう読んでてくれたんですか?
いつの間にかそういう話になったんですか?
絹子 何のこと?
野辺山 (独り合点して)なら話は早いや。
じゃ、俺も支度ありますから。柴崎さんも
じき来ると思いますよ。
野辺山、上手のドアの所へ行く。振り
返る。
野辺山 俺ね、二階堂さんのために衣装デザ
イン一年分、50枚は描いたんですよ。毎
週違う衣装で出て頂きます。なんたってヒ
ロインですからね。
絹子 ヒロイン? 私がミラクル何とかの?
野辺山 (聞いてない)もちろん、衣装は全
部俺が縫います。手縫いです。愛を込めま
す。だから…。
スケッチブックを掲げて。
野辺山 「愛しの野辺山 渉さんへ」。ダメ?
絹子 決まってんでしょッ!
野辺山 ホントーにわがままな人だな。
絹子 どっちがよっ!
野辺山、名残惜しいそぶりを見せつつ
退場。
絹子、憮然とした感じで、再び台本を
開こうとして…、ハッとする。
絹子 (思い出した)…あの子!
節子の去ったドアをハッと見る。
その時、給湯室からコーヒーを盆に載
せて入ってくる今日子。
(この少し前、野辺山がいる時から、
今日子は給湯室側の引き戸から登場。
何気なく企画室を覗き、絹子がいる
ことに驚いて、緊張しながらお茶の
準備に取りかかっていた)
今日子は制作進行らしからぬ、それこ
そヒーローもののヒロインのような格
好をしている。
緊張した手つきで、コーヒーを絹子の
前に置く今日子。
今日子 お、お待たせしました。
絹子 何? 震えてるの?
今日子 ちょっと…、緊張しちゃって。
絹子 いいのに。
今日子 そんなワケにはいきませんよ。ウチ
の会社に、映画のスターさんがいらっしゃ
るなんて滅多にある事じゃありませんから。
絹子 そりゃそうでしょうね。
絹子、コーヒーを口につける。
少し離れて見ている今日子。
絹子、すぐにカップを置く。
今日子 あ…、お口に合いませんでした?
絹子 いいのよ。期待してなかったし。
絹子、再び「ミラクルZ」の脚本をパ
ラパラとめくり始める。
見ている今日子。気になる絹子。
絹子 いいのよ、行っても。
(同時に)
今日子 あの、二階堂さん。
今日子 あの。
絹子 …なに。
今日子 (思い切って)…去年の「キネマ月
報」主演女優賞、おめでとうございます。
絹子 (まんざらでもないが)何ヶ月も前の
話じゃないの。
今日子 「嵐の波止場」、私も見ました。感
動しました。
絹子 ありがと。
今日子 ハッキリ覚えてないんですけど、始
まってから一時間四分からのところ、すご
くよかったです。
絹子 (つぶやく)かなり正確ね…。
今日子 二階堂さんの「信子」が恋人役の人
に言うじゃないですか。「全部自分で決め
てきたのに。一人で、そういうふうに生き
てきたのに、今更そんな事言わないで。優
しくなんかしないでよ」って。
絹子 あれね。
今日子 私、その時まだ田舎から出てきたば
かりで、…福島なんですけど、あ、でも出
身は東京で。
絹子 どっちなの?
今日子 ん〜、細かく言うと、どっちも故郷
って感じで…。
絹子 (つぶやく)かなりあいまいね…。
今日子 まあ、人にお話するようなことじゃ
ないんですよ。
絹子 (愛想笑い)そうよね。
今日子 それで集団疎開してたら両親はこっ
ちで空襲に遭って。きょうだいいないし、
他に親戚ないし、そのまま疎開先のお百姓
さんの家に置かせてもらって。
絹子 …ふーん。(よくある話である。さし
て関心もなく)
今日子 「穀潰し!」って言われて悔しかっ
たんですよ。で、私も意地になっちゃって
畑とか手伝ったりして。一人でもやってや
るよぉ、って気負ってて。
絹子 大変だったのね。(同情ではない)
今日子 去年の春まで十二年、ずーっとそん
な感じでやってきて、上京したその日に見
たんです、「嵐の波止場」。劇場の中で、
ああそうだ、そうだよねって頷いてたら何
だか泣けてきちゃって。
絹子 あるわよね、そういうこと。
今日子 でも映画の「信子」は、恋人の捨て
身の愛で結局心を開くようになるじゃない
ですか。ホント感動して。私もそのうち
「信子」みたいになれるかもしれないって。
夢見させてもらって、嬉しかったんです。
絹子 …疲れちゃったんだ?
今日子 え?
絹子 あれはただのお話よ。
今日子 そうですけど。いいお話でしたよ?
絹子 「信子」みたいになれたの? 恋人で
もできた?
今日子 いえ、それはまだなんですけど、で
も…。
絹子 なに。
今日子 ひょっとしたら、少しは人に甘えて
もいいのかなあって思えるようになって。
絹子 それは悪い夢見せちゃったわね。
今日子 …悪い夢って、だって二階堂さんが
そう言ってくれたんですよ。
絹子 だから、あれはただのお話だって言っ
てるでしょ。私は女優だもの。ホンに書い
てある事を書いてあるように演じるのは当
然でしょ。
今日子 (困惑)それはそうなんでしょうけ
ど…。
絹子 夢は夢よ。一人で生きていけるんなら、
絶対そっちの方がいいわ。
今日子 …そうかもしれませんけど…。
しばし、黙り込む二人。
絹子 (やがて)…ところで、あなた誰?
今日子 …あ。失礼しました。私、「ミラク
ルZ」制作進行の高梨といいます。
絹子 このプロダクションの進行さんは、い
つもそんな小綺麗な格好で仕事してるわけ?
今日子 いえ、今日はちょっといろいろあっ
て、特別なんです。
絹子 さっき野辺山ってのもそんな事言って
たわね、支度がどうとか。何があるの?
今日子 …言っちゃっていいのかな?
絹子 いいのよ。教えて。
今日子 …怒らないでくださいね?
絹子 どうして私が怒るのよ?
今日子 …後で柴崎さんがいらっしゃったら
「ミラクルZ」のお芝居するんです。で、
私、今日だけヒロインの花霞綾子役なんで
す。(絹子にキッ! と睨まれて)ほら怒っ
たじゃないですかぁ。私、イヤだって言っ
たのに…。
絹子 …ヒロインね。どれだけできるの?
今日子 はい?
絹子 花霞綾子を、どういうふうに演じるの?
って聞いてるのよ。
今日子 どういうふうにって言われても…。
絹子 やってみて。
今日子 え? ここでですか?
絹子 そう! 早く!
今日子、机に重ねてあった台本の一冊
を手に取る。ページを開き、仕方なく
演じ始める。
今日子 「どうしてそんなこと言うの? な
ぜそんなふうに思うの? 先生がそんなに、
寂しそうに見えた?」
熱心に演じる今日子だが、絹子が気に
なる。芝居もそんなにうまくはない。
絹子 …他のセリフは?
今日子、脚本のページをめくって。
今日子 「ねェタケシくん。これは先生と、
あなただけの秘密よ? ぜったいに…」
……あれ? 何だっけ? (脚本をチラッ
と見る)「ぜったいにお姉さんには…」
また分からなくなってしまった今日子。
今日子 「ぜったいにお姉さんには…」
……あれ?
絹子 もう、違うでしょ! そうじゃないで
しょ!
我慢が出来なくなった絹子。自分で演
じ始める。無論、台本は見ない。
絹子 「ぜったいにお姉さんには言わないで
ね? あのね、先生じつは、好きな人がい
るの。…ううん! 違うの。あの人じゃな
い。お姉さんも、タケシくんも知らない人
…」
演技の途中から、上手ドアより古澤が
入って来る。絹子がいるのに驚き、ド
アの横に立ってその芝居を見始める。
絹子は気付かず続けていて。
絹子 「だからそんなこと、心配しなくても
いいの。これからも、お姉さんと先生は、
ずっと仲のいいお友だちどうしだし、タケ
シくんにだって今まで通り、勉強を教えて
あげる。ずっとずっと…(背を向けてそっ
と涙を拭う)…あなたが、もっと強い男の
子になるまで…、ずっと…」
見ていた古澤と今日子、パチパチと拍
手を贈る。
絹子 (いきなり素に戻る)…まあね。
今日子 すごーい!
絹子 すごいのよ。
古澤 いや驚いた。いつの間にホン読んだん
です?
絹子 あらカントク。お久しぶりね。
古澤 今日いらっしゃるご予定でしたっけ?
ご連絡くださればお迎えに上がったのに。
道、分かりづらかったでしょ?
絹子 いいのよ、テレビ屋さんが無理しなく
ても。自転車で迎えに来られても困るしね。
カチンとくる古澤だが、営業スマイルで。
古澤 今日はまた何で? 柴崎さんとここで
待ち合わせでも?
絹子 約束はしてないけどね、局に電話した
らあの人こっちに来るっていうから。話が
あるのよ。
今日子はまだ感動している。
今日子 すごい二階堂さん。どうしたらそん
なに早くセリフが覚えられるんですか?
絹子 よしてよ、あれくらいのもの。私を誰
だと思ってるの?
古澤 …ふうん。
絹子 なによ?
古澤 セリフは全部入ってらっしゃる?
絹子 入ってるだけじゃないわ。気持ちだっ
てすぐ込められるわよ。
古澤 …聞いたか、今日ちゃん。
今日子 (意図が分かって)あ。じゃあ私、
着替えちゃっていいんですか?
古澤 ああ。俺が演出に戻るから、てっちゃ
んと役とっかえて。
今日子 (慌てる)じゃ急がなくっちゃ!
上手ドアから退場する今日子。
絹子 ちょっと! 私、ヘンなお芝居なんか
するつもりないからね!
古澤 何て言うんですかね、いいホンを目に
すれば、それがテレビだろうと本編だろう
と役者の魂が、血が騒ぐって、そんな感じ
ですか?
絹子 何がいいホンよ? (脚本を持って)
読ませてもらったけど驚いたわね。あの柴
崎が私に演らせようっていうくらいだから
どんなに大層な番組かと思ってたら…、な
にこれ。ジャリ番じゃないの。
古澤 いかにも子ども番組ですよ。子どもに
見せたくて作るんですから。
絹子 あなたたちが使おうとしている女優は誰?
どっかその辺の児童劇団の小娘なの?
古澤 新劇出身で、数々のコンクールで演技
賞をさらった芸達者だって聞いてますけど。
絹子 そうでしょ。そういう女優なんでしょ?
なのにこのホン?
古澤 元気の出るいい話じゃないですか。
絹子 …お話にならないわね。
しばし間。二人の間に走る静かな緊張感。
絹子 (やがて)二度と来ないでね。
古澤 はい?
絹子 お友達がいるんだか何だか知らないけ
ど、私のシャシンの現場にはもう顔出さな
いで欲しいの。テレビの人に馴れ馴れしい
感じでうろうろされたくないの。格が下が
るから、私の。
古澤、ムッとするがこらえる。
古澤 …テレビがお嫌いなんですね?
絹子 嫌いって言うか、もう相手にしたくな
いって感じかな。
古澤 だったらどうして「事件日記」に出た
りしたんです。五社協定を破ってまで?
絹子 そんなの、私と柴崎にしか関係ない事ね。
ノックの音がする。見る二人。
柴崎の声 柴崎です。
古澤 (ドアの方に歩きながら)どうぞ。お
待ちしてました。
ドアを開ける古澤。立っている柴崎。
柴崎 今日も暑いね。
古澤 ええ、ほんとに。どうぞ。
柴崎 (入って来ながら)どうだい企画の具
合は? 今度こそ…(気付く)二階堂?
どうしてここに?
古澤 お話があるそうですよ。
絹子 いいの。進めて。(とよそを向いて)
柴崎 何をしに来た?
絹子 …ヒロインがお世話になる現場に挨拶
しに来たんでしょ。何かおかしいことある?
柴崎、納得できないが、不承不承椅子
に座る。
柴崎 (古澤に)…始めようか。新しい企画
書を見せてくれ。
古澤、企画書を柴崎に渡す。
受け取り、目を通す柴崎。
古澤 …いかがでしょうか?
企画書を机に叩きつける柴崎。
柴崎 どういうつもりだ! 何ひとつ直って
ないじゃないか!
古澤 俺たちは、「ミラクルZ」でいけると
判断しました。
柴崎 何を言ってる? 上島くんは? どこ
にいるんだ?
古澤 今来ますよ。てっちゃん!(呼ぶ)
突然照明が落ち、稲光が閃く。
怪しいBGMが流れ始める。
柴崎 何だ? 何なんだ?
上島がいかにも怪紳士然とした格好を
して上手ドアから登場。
上島 「ふっふっふっ…。恨み重なる一ノ谷
(いちのたに)め…! 今こそ積年の怨み
を晴らしてやる!」
と言って去る。
元に戻る照明。
柴崎 …何なんだよ今の。上島くんか?
古澤 いや。今の彼は、悪の秘密結社、ラブ
ラブ党の幹部、ドクター・クルッパーです。
柴崎 君のアタマがクルッパーだろ?
古澤 (無視)ちょっと、状況の整理をしと
きましょうかね。彼、ドクター・クルッパ
ーは、これまでにも数々の悪事を企み、実
行に移すも、警視庁一の敏腕刑事、一ノ谷
二郎、そして我らがミラクルZに阻止され
て、なかなかその本願を果たせないでいる
んですね。
知らんぷりしてストーブの炎など調節
している柴崎。
古澤 聞いてますか!
柴崎 聞く耳持たん! 何を始める気だ!
古澤 今から柴崎さんに、夢と希望のカタマ
リを御覧に入れようってんですよ。…見た
こともなければ聞いたこともないって言っ
たでしょ?
柴崎 ふん。(と鼻で笑う)
古澤 あ! いいなァその表情! いかにも
ちょっと斜に構えた敏腕刑事って感じです
よ!
柴崎 何を言って…。
古澤 (遮り)ああ! いい! 良すぎその
厭世的な横顔! 取調室で何人もの容疑者
を、悲痛な想いと共にそれでもオトシてき
たって貫禄がビンビンに伝わってきますよ!
柴崎 ちょっと待て。すると何か? さっき
君が言ってた一ノ谷なんとか…。
古澤 一ノ谷二郎。
柴崎 …その二郎ってのが…。
古澤 そう! 柴崎さん、アナタです! 警
視庁捜査一課の敏腕刑事。泣く子も黙るが
情には弱い、宿敵ラブラブ党を向こうに回
して八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍、
その名も二郎、一ノ谷二郎! もうまるで
柴崎さん! あなたのためにあるような役
じゃないですか!
柴崎 (怒鳴る)古澤ァッ!
古澤 そんな怒らなくても。
柴崎 ちょっと台本見せてみ?
古澤 そうこなくちゃ!
台本を渡す古澤。ページを繰り始める
柴崎。
絹子 (見ていたが)…バカみたい。なにノ
セられてんのよ?
柴崎 (古澤に)これがプレゼンなんだろう?
古澤 まさしくその通りです。
柴崎 だったら話だけは…、これを話をいう
かはともかくとして、(絹子に)俺は聞か
なきゃならんだろう、プロデューサーとし
ては。
古澤 よくご決断くださいました!
絹子 ハイハイ…。勝手にすれば。
呆れてさらにそっぽを向く絹子。
(待ちの芝居の間は、化粧を直したり
その辺のものをいじったり、冷やや
かな視線で一同の芝居を見ていたり
する)
さらにページをめくる柴崎。
柴崎 …ふむ。このホンによると、俺は今日
が結婚式なんだな?
古澤 そうです。敏腕鬼刑事もやはり人の子。
最愛の女性と、人生で最も華やかな日を迎
えるというわけです。
柴崎 (台本に目を落としながら)…で、控
え室で式が始まるのを待っていると…。
古澤 そこへやってくる新婦の弟。義理の兄
弟になる刑事と少年。事件、事件の連続で、
今まで伝えられなかった少年の想い…。感
動的シーンからです。…よろしければ?
柴崎 (咳払いして)緊張するな?
古澤 参ります。シーン21、新郎控え室。
用意、スタート!
劇中劇に入る。ほのぼのしたBGM。
そわそわと待っている柴崎。
古澤 (促す)ハイそこで飲む!
机の湯飲みを手に取り、一口啜る柴崎。
上手ドアから、新婦の弟役の少年に扮
した今日子が顔を覗かせる。
今日子 「…一ノ谷さん!」
見る、柴崎。
今日子 「(照れて)あ。もう『兄さん』っ
て呼ばなきゃヘンか…」
柴崎 「構わないよ。…どうしたんだい?
入っておいで」
今日子、そろそろと入って来る。
今日子 「…うん、僕、一ノ谷さんにちゃん
と言わなきゃって思って…」
柴崎 「何を? そんなに緊張してちゃ、い
つもの君らしくないじゃないか?」
今日子 「一ノ谷さんだって」
柴崎 「あ、こりゃ一本取られたな!」
あっはっは、と笑い合う二人。
絹子 (冷ややかに見ていて)くさぁ…。
絹子をギン! と睨む柴崎。
古澤 ハイ! 構わず続けて!
芝居に戻る。
今日子 「あの…、一ノ谷さん!」
柴崎を真っ直ぐ見る今日子。
今日子 「姉さんをよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げる。
柴崎 「? もちろんだよ?」
顔を上げる今日子。
今日子 「本当に、本当に…、姉さんを幸せ
にしてあげてください…! 戦争で僕ら、
二人っきりになっちゃって…、僕がまだ小
さかったから、姉さんはずっと苦労してき
て…、きっと、今まで心の安まる時がなかっ
たと思うんだ…」
柴崎 「…うん。そうだね」
今日子 「でも、一ノ谷さんと巡り合うこと
ができた。僕はもう、一人でも大丈夫だか
ら…」
柴崎、今日子の手を取る。
柴崎 「心配いらないよタケシくん。僕が必
ず、お姉さんを幸せにしてみせる!」
今日子 「ありがとう、一ノ谷さん!」
固く手を握り合う二人。
その時…!
古澤 ハイここで薬が効いてきた!
手を握ったまま、がっくりと膝をつき、
床に横たわってしまう柴崎。
怪しげなBGMが流れ始める。
今日子 「(驚いて)一ノ谷さん? …一ノ
谷さん!」
上手ドアから上島の怪紳士が登場。
上島 「ふふふっ。さすがの一ノ谷も、湯飲
みに仕込んでおいた眠り薬には気付かなかっ
たと見える。なんと言っても、ほうじ茶の
香りの薬だからな…!」
今日子 「(見て)あ! おまえは!」
上島 「その通り! ドクター・クルッパー
だ!」
今日子 「番茶にほうじ茶の香りのする薬を
入れるなんて、なんて非常識なヤツなんだ!」
上島、今日子に近付きつつ、
上島 「ふ! 私からの、せめてものサービ
スだよ…! このめでたい日に最後の時を
迎える、君たちへのね!」
今日子 「ちくしょう! 負けるもんか!」
しかし今日子は、ジリジリと詰め寄ら
れる。
上島 「タケシ少年、覚悟するんだな!」
逃げようとする今日子。が、すぐに上
島に追いつめられる。
今日子を捕らえる上島。今日子は抵抗
するが、それも虚しく、睡眠薬を含ま
せたハンカチで顔を覆われてしまう。
今日子 「うーん。ほうじ茶の香り…」
気を失う今日子。上島は今日子を抱き
かかえ、下手から退場する。
古澤 ハイオッケー! じゃシーン変わって
次は、新婦の控え室だ!
柴崎は倒れたまま。
再びBGM転調。寂しげな感じに。
上手ドアが開き、花嫁衣装姿の節子が
登場。(ウェディングドレス希望だが、
調達が難しいようなら、ちょっとした
ドレスっぽいものでも可。華やかなワ
ンピースとか。貧乏姉弟ってことで)
古澤 …幸福感でいっぱいの花嫁! しかし、
彼女の心を去来する一抹の不安…!
節子 「…私たちがこうしている間にも、あ
のラブラブ党の悪党どもは、何かよからぬ
ことを企んでいるんじゃないかしら…?」
古澤 しかし今日は人生ハレの日だ! 親友
のそんな台詞をヒロインの花霞綾子が聞き
逃す筈もない!
絹子にフる柴崎。
絹子 …………(知らんぷりで爪を見ている)
BGM、止まる。
古澤 …もう一回いこう。花嫁の台詞から。
再び鳴るBGM。
節子 「…あのラブラブ党の悪党どもは、何
かよからぬことを企んでいるんじゃないか
しら…?」
古澤 そしてヒロイン花霞綾子は!
絹子、マニキュアを塗り始める。完全
にやる気がない。
古澤 ハイ、カット!
BGM、また止まる。
古澤 ちょっと、どうしたんです二階堂さん。
ここは大事な場面ですよ? …本当は一ノ
谷に熱い想いを抱いているヒロイン綾子。
しかし、親友の幸せを願うあまり自分は身
を引き、心を隠して花嫁に優しい言葉をか
けてやるっていう…、覚悟を決めた女の、
悲しくも凛々しい芝居場なんですよ?
絹子 …バカバカしい。やってられないわ。
突然ガバッと起きあがった柴崎が
柴崎 二階堂! やってられないとは何だ!
と絹子にツカツカと歩み寄る。
柴崎 せっかく打ち合わせがスムーズに進ん
でるんじゃないか! 君も大人だったら水
を差すような事するんじゃない!
絹子 あなたもナニ調子づいてんのよ! こ
んな人のおだてにひょいひょい乗って!
柴崎 おだてじゃない。私は本当に良かった
んだ。
絹子 ああそう! それは結構ですこと!
古澤 …二階堂さん、私、本編の現場でちょっ
と小耳に挟んだんですけどね?
絹子 何よ?
古澤 ある大物女優は、台詞が入ってない時
には作品やスタッフにケチをつけて撮影を
延期させ、乗り切るっていうんですよ。
柴崎 いるいる、そういうやつ。まったくけ
しからん。
絹子 (投げやりに)「さゆりさん。タケシ
くんのことは心配しないで」「ありがとう
綾子さん」
古澤 さすがだ。相手の台詞まで入ってる。
まだふてくされている絹子。
古澤 …よし、じゃあテイク・スリー!
三度鳴り出すBGM。
節子 「…あのラブラブ党の悪党どもは、何
かよからぬことを企んでいるんじゃないか
しら…?」
絹子は椅子に座ったまま。
絹子 「そんな心配しなくてもいいのよ」
節子 「でも…」
絹子 「今日はおめでたい日じゃないの。ほ
ら、笑って?」
絹子、古澤を見る。(BGM止まる)
絹子 どう?
古澤 今年は大根が豊作だって聞いてました
が…。
柴崎 どうやら本当らしいなあ…。
古澤
(同時に頷く)
柴崎
絹子 …あったまきた。もーあったまにきた
んだから!
絹子、立ち上がる。
絹子 やるわよ! この二階堂絹子の実力を
見せてあげるわ!
みなぎる気迫で瞬時に役になりきる絹
子。(以下、絹子の芝居はアクション
付きで。)
古澤 じゃ柴崎さんはあちらにスタンバイし
て頂いて…。
上手ドアの外に出ていく柴崎。
古澤 ハイ参ります! 用意、スタート!
BGMが流れ始める。
絹子、節子のそばにより、優しく肩に
手をかける。
絹子 「心配しないで。だいじょうぶよ。今
日はあの人だって、すぐそばにいてくれる
んだもの。これからはあの人が…、ずっと
あなたを守ってくれるわ」
節子 「でも私…、なんだか胸騒ぎがしてしょ
うがないの。何か悪い事が起こるような…、
そんな気がして…」
上島の声 「ふ! 女の勘は鋭いな?」
節子 「(驚いて)その声は!?」
BGM転調。怪しげな感じ。
上島、気絶したままの今日子を片腕に
抱いて下手から登場。
節子 「(驚いて)タケシ!」
駆け寄ろうとするが…!
上島 「動くな!」
空いた手にピストルを構えた上島が、
銃口を真っ直ぐ節子に向ける。
ぎくっ! と止まる節子。
上島 「動くと、弟が死ぬぞ?」
銃口でタケシの頭をこずく上島。
タケシ「う〜ん…」を意識を取り戻し
かける。
節子 「…卑怯者!」
上島 「何とでも言うがいい」
絹子 「またあなたの仕業なのね、ドクター・
クルッパー! 今度は何を企んでいるのッ!」
上島 「…貴様たちは私の邪魔をしすぎた。私
に本意ではない決心をさせるほどにな…!」
絹子 「(ドキッと)決心?」
その時、今日子が完全に目を覚ます。
節子 「(気付いて)タケシ!」
今日子 「(も見た)姉さん!」
抵抗しようと身体を動かす今日子だが、
上島に、激しく床に叩きつけられる。
絹子 「タケシくん!」
立ち上がれず、呻く今日子。
上島 「…今度こそ貴様たちには、心の底か
ら感じてもらわなければならん。『絶望』
という言葉の、本当の意味をな?」
ゆっくり、銃口を今日子に向ける上島。
節子 「! やめて…!」
ハッと振り返り、仰向けに上島を睨ん
だままジリジリと後ずさる今日子。
上島 「(銃口を向けたまま)私はずっと考
えていたよ。どうすれば貴様たちに、死ぬ
ほどの苦しみを与えることができるのかと。
分かってみれば、簡単なことだった。…答
えはこうだ…!」
タケシに向けて撃とうとする上島。
その時!
上手ドアがバン! と開く。
よろよろと、転がり出てくる柴崎。
絹子 「一ノ谷さん!」
柴崎の一ノ谷、さっきの薬が効いてい
てまだふらふらしている。
柴崎 「…私が来たからには、もう大丈夫…。
二人とも、下がって…」
胸のホルスターから拳銃を取り出す柴
崎。上島に向けて構える。…が、足下
がふらつく。
駆け寄って支える絹子。
上島 「もう大丈夫だと? まだ枕が恋しい
時間じゃないのか?」
まだ朦朧としているが、それでも上島
を睨んだまま
柴崎 「…タケシくん、ゆっくり、こっちに
…!」
空いている手をタケシに伸ばす。
上島 「笑わせるな!」
銃撃音! 重なってもう一発!(上島
が、続いて柴崎が互いに相手に向けて
撃ったのだ)
しばし、対峙している二人。…が、や
がて柴崎がバタリと倒れる。
絹子 「一ノ谷さん!」
今日子 「ちくしょう!」
飛び起き、上島に組み付いていく今日
子。揉み合う二人。再びの銃撃音!
今日子が左腕を押さえてうずくまる。
痛みを必死にこらえているその顔。
節子 「(叫ぶ)タケシッ!」
駆け寄り、今日子を抱く節子。
節子 「だいじょうぶだから! お姉ちゃん
がいるから! しっかりしなさい!」
上島 「麗しい姉弟(きょうだい)愛だな?」
節子に銃口を向ける上島。
上島 「続きは天国でやってもらおうか?」
絹子 「やめなさい!」
叫んだ絹子、節子の前に回り、上島に
向き直る。姉弟を守るように両手を広
げる。
絹子 「この二人に、手出しはさせないわ…!」
上島 「おや先生? いつにも増して威勢が
いいな?」
絹子 「あなたなんかに、邪魔はさせない…!
二人は、これから幸せになるんだから!」
上島 「少なくとも姉貴の方は、無理なんじゃ
ないか?」
と顎で倒れたままの柴崎をコナす。
絹子 「(辛いが)…私が、二人を守ります!」
上島 「結構だ。…あの世でも仲良くやって
くれ」
絹子の心臓に狙いを定める上島。
絹子、観念して悲痛に目を閉じる。
…その時!
野辺山の声 「待てい! ラブラブ党の極悪
人!」
上島 「(見回し)む! ど、どこだ?」
BGM転調。カッコいい曲になる。
上手ドアから、ミラクルZに扮した野
辺山が登場する。
野辺山 「天に代わって裁きを下す! ドク
ター・クルッパー、覚悟しろ!」
上島 「き、貴様はッ!」
野辺山 「その通り! 我が名はZ! ミイ
ラでクールなミラクルZ!」
決めポーズとSE。
野辺山 「ゆくぞっ!」
始まる野辺山と上島の格闘。
最初はなんとか抵抗していた上島だが、
ヒーローにかなう筈もない。
大技を連発されて、一気に追いつめら
れる。
※この辺のアクションの具体はおまかせ
します。
上島 「くそう…!」
いきなりダッシュする上島。
一番近くにいた節子の腕を掴む。
節子 「ああッ!」
上島、節子の首を絞めるようにして左
腕に抱える。
今日子 「姉さん!」
野辺山 「卑怯だぞ! ドクター・クルッパ
ー!」
じりじりと(その場を)脱出しようと
する上島。
上島 「そこをどけ! でないと、この娘の
命はないぞ!」
仕方なく、後ずさりする野辺山。
…その目を睨みつつ、少しずつ動く上
島、自分の後ろで倒れている柴崎には
注意を払わない。
と…! 柴崎がむっくりと起きあがり、
『ふわぁ』と欠伸をしてから辺りを見
回す。上島に気付く。
柴崎 「おうりゃあッ!」
と背後から上島にタックルする。
よろめき、節子を離す上島。
すかさず節子を抱き、彼女を背にして
立つ柴崎。
野辺山は素早く、上島を羽交い締めに
する。
上島 「(柴崎に驚いている)貴様ッ! 死
んだ筈では無かったのかッ!」
柴崎 「貴様のへなちょこ弾など当たっては
おらん! さっきはただ!」
上島 「ただ!? なんだ!?」
柴崎 「ちょっと眠たかっただけだ」
野辺山 「いくぞ! 一ノ谷くん!」
柴崎 「おう! タケシくん!(と促す)」
頷く今日子。
野辺山、上島を前方に突き飛ばす。
その左右から走り込んできた柴崎と今
日子が、上島にカウンターを当てる。
よろめく上島。
上島「(苦しいが)…くっ! まだまだ!」
とふらつきながらも野辺山の方を向い
たその時、
野辺山 「ミラクル(なんとか〜! 必殺技
ぽいの)!」
でトドメ。
上島 「…く、くそう、覚えていろミラクル
Zに一ノ谷! アーンド、タケシ少年!」
よろよろと上手袖に退場する上島。
握手する野辺山と柴崎。
野辺山 「助かったよ、一ノ谷くん」
柴崎 「なんの。あなたが来てくれたおかげだ」
そんな二人の周りに集まる今日子、節
子に絹子。
野辺山 「手強いヤツだった。しかし、この
世に悪がある限り、ミラクルZは滅びない」
今日子 「ありがとう、ミラクルZ!」
野辺山 「タケシくん、悪を憎み、正義を貫
こうとするその心、とっても立派だとおじ
さんは思うぞ。これからも、その気持ちを
忘れずに頑張ってくれたまえ」
今日子 「わかったよ、ミラクルZ!」
野辺山 「それから先生」
絹子の両肩に手をかける野辺山。
野辺山 困った事があったら、…例えば夜、
一人で寂しくてたまらないわ、とか、そう
いう事があったら、いつでも私を呼びたま
え!
馴れ馴れしく絹子の肩を抱き、遠く天
空を指さす野辺山。
野辺山 「私はすぐ来る、虚空の彼方からな!」
絹子 …あんた野辺山?
野辺山 (ドキッとして離れる)何を言うか!
「私はZ! ミイラでクールな、ミラクル
Zだ!」
絹子 サングラス…。
野辺山 「(慌ててサングラスを押しつけて)
差し上げる! さらば…!」
上手ドアから退場する野辺山。
BGM、エンディング風に盛り上がって、
照明も元に戻る。
今日子 どうもお疲れさまでしたァ!
柴崎 (拍手)いやあ! 良かった良かった!
最高だ!
絹子はがっくりと椅子に座り込んで頭
を抱える。
柴崎、古澤に手を伸ばす。
古澤 (握手して)ありがとうございます!
思っていた以上の出来映えになりました。
これもみんな柴崎さんのおかげです。
柴崎 いやいや、私は何もしてないよ。みん
な君たちの力だ。
出てくる野辺山。…に近寄る柴崎。
柴崎 野辺山くん! 良かったよ!
野辺山 (面食らい)あ、どうも…。
柴崎 二階堂も、こういうのどうかなって思っ
てたけど、けっこうハマってるじゃないか。
絹子 (がばっと顔を上げ)冗談じゃないわよ!
野辺山 いや、二階堂さん最高ッすよ。俺、
本気でミラクルZ役やりたくなりましたもん。
絹子 あなたがやるならなおさらイヤよ!
ふらふらと出てくる上島。
柴崎 (上島を捕まえて)上島くん、いいホ
ンだった!
上島 柴崎さん…。
柴崎 何というか、こう…、すがすがしい気
分だな…!
和む一同。
柴崎、伸びをしながら窓の方へ行く。
外を眺め、煙草に火をつける。
手応えを感じ、ガッツポーズをしたり
する野辺山。
にこにこと顔を見合わせる今日子と節
子。
柴崎を見て、肩で合図をし合う古澤と
上島。
古澤 (意を決して)…柴崎さん。
振り返る柴崎。笑顔。
古澤 柴崎さん、分かって、頂けたんですね?
俺たちの言いたいことが?
柴崎 ああ…。
わッ! と喜ぶ創映プロの面々。
古澤 ありがとうございます、柴崎さん!
柴崎 楽しかった…。久しぶりだ、こんなに
心から楽しいと思ったことは。とても有意
義なものを見せてもらった。
古澤 (期待で)じゃあ、「ミラクルZ」を…!
柴崎 私は今、ハッキリ分かった。これは極
めて危険な夢だ。
古澤 え?
一同、動きが止まる。…柴崎を見る。
古澤 …今、なんて?
柴崎 「ミラクルZ」は危険な夢だと言った
んだ。
古澤 (戸惑い)柴崎さん?
柴崎 「ミラクルZ」を電波に乗せることは、
私にはできない。
古澤 柴崎さん!
柴崎 企画書を直せ。隅から隅まで全部だ。
古澤 待ってください! 何がいけないんで
すか? 柴崎さんだってさっき楽しかったっ
て…!
柴崎 楽しかったさ。本当にな。
古澤 じゃあなぜ?
柴崎 楽しいからと言って、それを人に信じ
させていいってもんじゃない。
古澤 どうしてです? 俺たちは信じて欲し
いんです…! 夢を…、真実に近付く夢の
力を…!
柴崎 夢か…。すばらしい言葉だな? 私は
子どもの頃、その言葉が一番好きだったよ。
だが、それは人を惑わせる。現実はそうじゃ
ない。
古澤 だから…!
柴崎 (遮る)電波の影響力を考えたことが
あるか? ブラウン管の中だけで空疎な夢
を垂れ流して、それを子どもが本気にして
しまったらどうする?
強く言いきる柴崎。やがて…、
上島 (苦々しく)結局、水と油だな…。
節子 そんなことないですよ。そんなこと…。
節子、柴崎を見る。
節子 ね? そうですよね?
柴崎 …確かに、最初は私も遊びのつもりだっ
た。だが、やっていくうちにいつの間にか
心から楽しいと思うようになった。夢中に
なっていた。救われた気分になった。だか
らこそだ。だからこそ、私は認める事はで
きない。…これは有害な夢だ…!
上島 (怒り)…有害?
古澤 どうしてです。夢を持って、一生懸命
信じて、そして救われる子どもたち! そ
のどこがいけないんですか!
柴崎 信じる者は救われる、か? 誰が救っ
てくれたんだ?
古澤 (分からず)…何の話ですか。
柴崎 君たちが子どもの頃、B29の爆撃を
受けて、その時、誰かが助けてくれたか?
俺がインパールから死なずに帰って来れた
のは、誰かが助けてくれたからなのか?
古澤 柴崎さん、それは…。
柴崎 (遮って)そうだ。話の例えは「ミラ
クルZ」とは違う。違うかもしれん。だが、
俺にとっては同じ事なんだ。君らもモノを
作っているなら分かるだろう。一度そう信
じてしまった人間はそう簡単には変われん。
また俺は、変わるつもりもない。
今日子 あの…、柴崎さん。
柴崎、今日子を見る。
今日子、瞬間気押されし、迷うが…。
思いきって。
今日子 …頑張って、頑張って、でもどうし
ようもない時ってあるじゃないですか。そ
んな時にも神様とか、運とか、他の誰かと
かに、…助けてもらえるかもしれない、助
けてもらえたらいいなって夢見るのは…、
そう考える事さえ、いけない事なんですか
…?
柴崎 いけない事だよ。
今日子 どうして?
柴崎 そんなのは嘘だからだ。苦しんでいる
時に助けてくれる他人なんてこの世にはい
やしないし、そんな事を信じていると強く
なれないからだ。
今日子 どうして強くならなきゃいけないん
です? 弱くたっていいじゃないですか。
信じてたっていいじゃないですか。
柴崎 それで生きていければな。
今日子 だって…! 私、生きてますよ。
「ミラクルZ」やりたいって思ってる私だっ
て、こうして、ちゃんと…!
柴崎 君はあの南の島を知らない。
今日子 (カッと)兵隊さんだけが偉いんで
すか? 私たちは何も喋るなって言うんで
すか?
柴崎 そうは言わん。ただ俺は納得させて欲
しいだけだ。
今日子 納得って…。
柴崎 …武器も食料の補給も絶たれ、俺たち
はイギリス軍に追われながら、ジャングル
の中を撤退した。マラリアにやられて、あ
るいは傷が悪化して、仲間は次々に死んで
いった。腐って、骨になっていった。俺た
ちの退却路は「白骨街道」なんて呼ばれて
るんだ…。俺はただ、納得させて欲しいだ
けだ。あの状況の中、どうしたら弱い自分
のまま生きていけたのか、生きてこれたの
か…、教えて貰いたいだけだ。
今日子 それは…! それは…。
柴崎の(くぐってきた)修羅場に圧倒
され、反論したいが言葉にできない今
日子。悔しく俯く。
上島、心配して今日子の肩に手を置く。
柴崎 弱ければ、死ぬんだよ。…戦争のない
世の中は、ひょっとしたらこれからずっと
続くのかもしれないが、だがそれにしたっ
て、夢だの希望だの、他愛のない空想で自
分を慰めたり、自分以外の力に頼って物事
を解決しようなんてする奴らが勝ち残って
いける筈がないんだ。
今日子 (やっと)…夢や希望は、他愛のな
い空想なんかじゃありません…!
柴崎 ほう。では、何だ?
今日子 力です。生きていく、力です…!
柴崎 そんな力でダラダラと生きていったと
ころで何になる? 目の前の現実を越える
事ができなきゃ意味はないんだ。
古澤 …越えてみせますよ。
柴崎を見据える古澤。
古澤 目の前の現実ってやつをね。
柴崎 (不敵な微笑で)…おもしろい。俺の
考え方を変えさせる事ができるとでも言う
のか?
対峙する二人。静かな緊張感が走る。
…が。
絹子 (突然)あーあ。…バッカみたい。
絹子を見る一同。
…を馬鹿にするように薄く笑う絹子。
絹子 あなたたち、もっと融通きかせたらど
うなのよ? テレビでしょ。たかがテレビ
のジャリ番じゃないの。なんでそんなにア
ツくなってんのよ?
柴崎 たかがテレビ?
絹子 柴崎さん、はっきり言っとくけどね。
私こんな番組、出るつもりないから。
柴崎 …大丈夫だ。企画は俺が責任を持って
直させる。新しいホンは、君もきっと気に
入る。
絹子 直させる? 新しいホン? お笑いね。
あなた、まだそんな事言ってんの?
柴崎 (分かっているがとぼける)何の話だ?
絹子 私が何も知らないとでも思ってるわけ?
柴崎 よせ!
絹子 …じゃいいわ。ここではそういう事に
しといてあげる。…どっちみち、テレビな
んてくだらないものには私、もう出るつも
りないし。
柴崎 くだらないだと?
絹子 だってそうじゃない。
古澤 …二階堂さん、黙って聞いてりゃさっ
きから言いたいこと言ってくれるじゃない
ですか。
絹子 本当の事じゃない。画面は小さいし白
黒だし、だいたい今の日本で家に受像機持っ
てる人が何人いるの? お芝居は生放送し
かできないから制限だらけだし、それで失
敗する人も出るし(チラと柴崎を見る)、
初めてフィルムで作ると思えばこんなジャ
リ番だしさ。
古澤 テレビはこれから伸びますよ。芝公園
にあんなでっかい塔立ててるの、何のため
だと思ってんです? そのうち、映画なん
か及びもつかない媒体になる。
柴崎 その通りだ。現にアメリカではテレビ
映画が凄い勢いで作られてる。今に全ての
映画会社がテレビ用のスタジオを持つよう
になる。前にも説明しただろう?
絹子 よその国の話なんて関係ないのよ。こ
こは日本だもん。日本に住む日本の女優が、
大きなスクリーンでたくさんの人に、綺麗
な私を見せつけてやりたいって言ってるの
よ。それに、会社も協定協定ってうるさい
しさ。いくら私がドル箱でも、そうそう無
茶言ってられないわ。
柴崎 (ゆっくりと理解する)…そうか。そ
ういうことか。
絹子 やっと分かって頂けて嬉しいわ。
柴崎 …どうやら君とはもう、共通の言葉を
持てないようだな。
絹子 勘違いしてたんじゃない、お互い。
…お遊びとしてはおもしろかったけどね…。
柴崎 …古澤くん、二階堂はキャスティング
案から外してくれ。
野辺山 えッ!
古澤 そうした方がよさそうですね。
野辺山 反対! 俺ぜったい反対!
絹子 うるさい野辺山! よろしくね、カン
トク。
柴崎 私は局に戻って後の調整をする。
絹子 (皮肉で)調整だって!
柴崎 (絹子を睨んで。古澤に)…企画は直
してくれ。「ミラクルZ」は、やはり私に
は納得できない。
絹子 どっちみち無理なんじゃない?
柴崎 …君はまだここにいるのか?
絹子 もう少し遊んでいこうかしら?
柴崎 (何を言っても無駄だと諦める。古澤に)
では二日後に。
下手ドアに向かう柴崎。
今日子、先に立ってドアを開いて待つ。
戸口まで歩いていって、見送る古澤。
柴崎が出ていこうとした、その時。
上島 柴崎さん…!
振り向く柴崎。
上島 …どうして僕らに作らせたいんです?
僕らが「ミラクルZ」を持って、他の局に
行くかもしれないって考えないんですか?
ハッと上島を見る野辺山。
柴崎 どうして作らせたいのか、か?
上島 …そうです。
柴崎 その理由は、古澤くんが知ってるよ。
古澤 俺?
出ていく柴崎。ドアが閉まる。
上島 何、古さん? そういう話、したの?
古澤 ええ? 覚えないけどなあ…。
絹子 …さてと。帰ろっかな。
今日子 あの、二階堂さん?
絹子 なに? まだ文句でもあるの?
今日子 そうじゃなくて。柴崎さん、どうか
したんですか?
絹子 (皮肉な笑みで)したもなにも!
今日子 柴崎さんが私たちに企画直させるの
無理みたいな話、二階堂さんさっきから仰っ
てるから。
絹子 だって無理なんだもん。あいつ、飛ば
されるのよ?
「ええっ!」と驚く一同。
絹子 「新聞記者事件日記」で丸尾って役者
が岸内閣の悪口言っちゃった時があったで
しょ。延々五分くらい。
野辺山 (思い出して)ああ、あの回!
絹子 それで局内ちょっと揉めてさ。あの人
も懲りればよかったのに、ほとぼりも冷め
ないうちに…。これはあなたたちも知って
るでしょ?
古澤 …あれか。皇室批判発言しちまって、
まだ本番中のスタジオに右翼が押し掛けたっ
て。
今日子 新聞にも大きく出てましたよね。
絹子 まあ大問題よね。で、ドラマ部から映
画部に移ったんだけどさ。それがずっと尾
を引いてて、結局責任とって柴崎が飛ばさ
れる事になったのよ。もう何にも作れない
部署にね。
上島 …それ、本当なんですか?
絹子 こんなコトで私が嘘ついてどうすんの?
辞令が出るのもきっとスグよ。そしたらあ
いつはもう、映画部のプロデューサーでも
何でもなくなるわけ。あなたたちも、見限
るなら今のうちよ? それにさ…。
古澤 …何です?
絹子 あの人に頼らなくても、あなたたちに
は切り札があるんじゃない。
古澤 切り札?
絹子 トボけて。…その、事務の子よ。
一同、一斉に節子に注目する。
節子 (焦って)…え?
古澤 原口が何か?
絹子、まじまじと古澤を見る。
絹子 (信じられない)ホントに知らないの?
(節子を見て)あなたも、言ってないの?
節子 …はァ、まあ…。
野辺山 (上島に、ナゼかわくわくして)な
んか、おとといみたいな展開ですね!
上島 (たしなめる)いいから…!
絹子、呆れたため息をつく。
絹子 (節子に)…ご挨拶したら?
節子 (困って)でも…。
絹子 今さら何迷ってんのよ? 言ってやっ
たらいいじゃない。私は原口薬品の社長の…、
皆さんが取ろうとしている枠の、スポンサー
の娘です、って!
古澤 え?
にわかには信じられない一同。
…やがて
一同 ええええッ!(激しい驚き)
暗転。
3
翌日の午後。
上島と今日子がいる。今までずっと、
話し込んでいた様子で。…重苦しい雰
囲気。
今日子 (考えていて)…つまり、二階堂さ
んが言ってたほど状況は悪くないってコト
ですか?
上島 …いや、左遷が確定したわけじゃないっ
てだけの話だよ。
今日子 柴崎さん、局の偉い人に大見得きっ
たって…。
上島 うん。作家仲間のルートで調べてもらっ
たんだけどさ。
今日子 何て言ったんです?
上島 「私の実績は認めてもらえている筈だ。
『事件日記』は数字を取った。話題にもなっ
た。スポンサーもお喜びだ。ヒットメーカー
であるこの私を、本当に切るのか、切れる
のか」
今日子 …すごい。
上島 一度言ってみたいよね、そんなセリフ。
今日子 で? 他には何か、柴崎さん言って
たんですか?
上島 ああ。「ついては、次回の企画内容で
判断を下して頂きたい。私はそれを絶大の
自信と共に提案するが、もしそれが認めら
れなければ、部署を移るのにやぶさかでは
ない」
今日子 …自信たっぷりですね。
上島 「やぶさかではない」どころの話じゃ
ないだろうにさ…。
今日子 で、現状はその線なんですか?
上島 今のとこはね。けど、上の動きも激し
いらしいし、ホントの所どうなるかなんて
誰にも分からないよ。
しばし黙り込む二人。
…やがて。
今日子 (言いにくいが)じゃあやっぱり…、
せっちゃんにお願いして…。
上島 …ずっと黙ってるんだもんなァ…。
とんだ「王子とこじき」だよな。(ひとり
ごちるように)…会社が引けるとキレイな
服着て化粧して…、オヤジさんに連れられ
て…、俺たちの知らないところで、業界の
パーティやら何やら、出てたってコトだよ
なァ…。
今日子、考えている。やがて…。
今日子 言えば…、自分の身を明かせば、私
たちがこういうふうに考えるって、やっぱ
りそう思ってたのかな…?
上島 まァ…、普通の通し方じゃないよな。
「政治力」ってやつだ。
今日子 それ、使っちゃったら、ズルいです
よね、私たち。
上島 プライオリティの問題だよ。何を大事
にしたいのか…。
今日子 そうなんですけど…。でもせっちゃん、
今日まだ来てないし。…きっと私たちがそ
んなこと言い出すの、聞くのいやで…。
その時…!
古澤の声 なんだとォッ!
上手ドアが開き、古澤に突き飛ばされ
た野辺山が転がり出てくる。続いて古
澤が。
古澤 野辺山ッ! おまえ自分が何やったか
分かってンのか! そういうのな、企業秘
密の漏洩って言うんだぞ!
野辺山 けど監督!
古澤 仁義は通せよ! ンな話がDBCの耳
に入ったらどうなると思ってんだ! 俺た
ちの信用問題に関わンだぞ!
上島 (驚いている)どうしたの、古さん?
古澤 …コイツ、「ミラクルZ」をTETV
に売りに行きやがった。
上島 (呆れて)野辺山くん、相談してよ、
そういう事するなら。…僕がきのう、あん
なコト言ったからか?
野辺山、突然床に這う。頭をつける。
野辺山 勝手な真似してすいませんでしたッ!
顔を上げる野辺山。うって変わった、
その真剣な表情。
驚き、押される古澤たち。
野辺山 ワザとやりました。俺、分かってて、
コネでも何でも使ってワザと、向こうの部
長に会ってきました。
無言で見つめる古澤たち。
野辺山 …でも監督、上島さん、よく考えて
くださいよ。柴崎さんがああなっちまった
以上、「ミラクルZ」を、俺たちの夢を実
現させるには、もう他の局に持っていくし
か方法がないじゃないですか!
古澤 (辛い)…立てよ、野辺山。
野辺山 (しかしそのまま)俺、本気でデザ
イン起こしました。ガキどもにカッコいいっ
て思ってもらえるように、憧れてもらえる
ように…。ミラクルZがいい人なら、正義
の人なら、僕も正義の人になるんだあって
無邪気に言ってもらえるような、そんなカッ
コいいデザインにするんだって、本気で!
上島 野辺山くん…。(と立たせようと)
野辺山 (振り払い)それとも…!
野辺山、古澤をジッと見る。
野辺山 あの子を、使うんですか?
静かに、野辺山の視線を受け止めてい
る古澤。
野辺山 俺たち、現場の人間が、そういうス
ジの通し方するんですか!?
古澤 野辺山、あのな…。
今日子 (突然気付き、遮るように)せっちゃ
ん!
見る一同。いつの間にか、節子が下手
のドアの所に立っている。…元気がな
い。
節子 …あたし、いいですよ。父に話、して
も。
節子、とぼとぼと歩いて、一番手近の
椅子に座る。古澤たちを見もしない。
節子 …父はあたしの言うことなら、なんで
も聞きますから。溺愛されてるんです、あ
たし。
上島 いいの?
節子 …だいたいそれが、あたしが結婚を決
めた、理由ですから…。
今日子 どういうこと?
節子 …あたし、ホントは知ってました。ずっ
と前から、柴崎さんの左遷話…。だから、
「ミラクルZ」の企画も危ないかなって、
ずっと思ってて…。
上島 (若干の非難)どうして教えてくれな
かったの?
節子 (古澤を見る)だって監督は…! 柴
崎さんと…!
古澤、節子の視線を優しく受け止めて。
古澤 (理解した)分かったから、せっちゃ
ん。もういいから。
しかし節子、視線を戻して、
節子 …でも、皆さんの気持ちも分かるし…、
だったら父の勧める人をお婿さんに貰う代
わりに、ひとつぐらいワガママ言わせて貰
おうかなって。
野辺山 ちょっとちょっと! 今は戦後民主
主義の時代なのよ!
節子 でもどっちみち、あたしは、好きになっ
た人と一緒になんかなれないんですよ…!
…あたし、一人娘だし、子どもの時から、
そういうもんだって諦めてるし…。
一同を包む、重い沈黙。…やがて、
古澤 せっちゃん。
節子、顔を上げて古澤を見る。
古澤 ソレ…、交換条件の話、もうお父さん
に言っちゃった?
節子 …まだですけど…。
古澤 それさえなければ、結婚の話、元に戻
せるのかな?
節子 (苦笑)監督、大人げないですよ。柴
崎さんが知ってるくらいなんだし、だいた
い、もう結納終わってるんですから…。
今日子、節子を見つめていたが…、
今日子 (覚悟を決めた)監督、渡りに舟っ
てこの事かもしれません…。
野辺山 今日ちゃん?
今日子 ごめんね、せっちゃん。でも(と古
澤に向き直り)私たちにとって何がいちば
ん大切なんですか? それが分かってるん
なら…、そのための方法があるなら…、私
たちやっぱり、やるべきなんじゃないです
か?
節子 …いいんですよ?
野辺山 反対! 俺ァ反対だよ監督! そん
な、せっちゃんを売るような真似!
今日子 (辛いが)監督…!
上島 …どうすンだ、古さん?
古澤に注目する一同。
そして…。
古澤 俺の答えは決まってるよ。
今日子 …何なんです?
古澤 なあみんな、「事件日記」で柴崎さん
が二回も、役者に勝手に喋らせたのはどう
してだと思う?
分からない一同。古澤の言葉を待つ。
古澤 …もし柴崎さんが保身を考えたんなら、
そうする事もできた。一回目の事件が起こっ
た段階で役者を外すなり変えるなり、プロ
デューサーとしての処置をする事はできた
筈なんだ。
野辺山 そりゃ、言われてみればそうですけ
ど…。
古澤 でも彼はそうしなかった。あの後も同
じ役者を使い続けて、これはもうアドリブ
にしか見えないってネタを毎回のように作っ
てたじゃないか。…結果として大事件になっ
ちまったけど、アドリブはアドリブさ。そ
れ以上のもんじゃない。でも、そしたら柴
崎さんはなぜそれを大切にしたんだ? 責
任被って自分が追われる可能性は承知して
た筈なのに、どうしてスタイルを変えなかっ
たんだ?
一同を見回す古澤。
上島 (分かっている)…いいよ。続けてよ。
古澤 いいか。これは、テレビに何ができる
のかって話なんだ。テレビは他の媒体とど
こが違うのか。映画やラジオや新聞や雑誌
にはできなくて、だけどテレビにだけはで
きること。それっていったい何なんだ…って
いう、テレビの将来と、可能性の話なんだ。
野辺山 …けど監督。生ドラマとテレビ映画
は違いますよ。俺らフィルムなんだから、
アドリブだ何だって言ったって…。
古澤 だからさ野辺山。今まで、テレビでフィ
ルムものやろうって言ってくれたプロデュー
サーが他にいたか?
野辺山 (ハッと)あ…。そうか…。
古澤 画面は小さい。しかも白黒だ。でも、
毎週放送されて、連続もので、俺たちの特
撮がバシバシ入ってる。そういうものを作
りたい俺たちに、そういうものを欲しいっ
て最初に言ってくれた人は、柴崎さんなん
だ。彼だけなんだ。…俺たちとあの人は、
同じ将来に向かって歩いてる。テレビって
ヤツを何とかしたいと思いながら。
今日子 監督、それじゃ…。
古澤 俺はあの人と仕事がしたい。俺たちが
動く事で彼が映画部に残れるんなら、そう
したい。
シン! …とする一座。やがて…。
今日子 …せっちゃんの覚悟は、無駄になる
んですね…。
節子 いいんですよ、先輩。(笑ってみる)
…アネさん!
今日子、節子に寂しく微笑み返して
今日子 (古澤に)…もうひとつ、聞きたい
ことがあります。
古澤 なに?
今日子 …監督の想いはどこに消えるんです?
…あんなに、子どもたちの心を支えてくれ
るヒーローを作りたいって言ってたじゃな
いですか…!
古澤 またチャンスはあるさ。
今日子 分かりませんよ、そんなの…!
古澤 今日子ちゃん、俺は、「ミラクルZ」
を作る「資格」を無くしたくないんだよ。
今日子 どうしてそういう話になるんですか?
古澤 ヒーローは心の中に住むものだからさ。
今日子 心の中?
古澤 …困ってる人がいて、悩んでる魂があっ
て、それを知ってて、黙って見過ごすよう
な俺に、子どものための番組が作れるとは
思えない。…それこそおためごかしだ。俺
のフィルム作りは、単なる商売になっちま
う。夢もへったくれもなくなっちまう。
今日子、ゆっくりと受け止める。
今日子 …分かりました。
野辺山 仕方ないな。…ヒーローって、辛い
コトがいっぱいある商売なんだな…。
今日子 …でも…。
古澤 うん?
今日子 …悩んでるのは、柴崎さんだけじゃ
ないんですよ?
古澤 分かってる、つもりだよ。
今日子 (古澤を見つめている)
古澤 ま…、俺の出来るコトには限界がある
けど、…人は、自分の心が正しいと思えな
いような行為は、やるべきじゃないからな。
上島 …古さん、また何かとんでもないこと
考えてるだろ?
古澤 せっちゃんに、結婚話ツブす気がある
んなら、俺、親父さんに会ってもいいよ?
節子 やめてくださいよ! どうにもなりま
せんから今さら!
上島 古さん、常識的に考えなよ?
古澤 だから、期待しててくれなんて言えな
いんだけどさ。今日子ちゃんにもせっちゃ
んにも。
野辺山 俺は? 俺には聞いてくれないんで
すか?
古澤 男は却下。
上島 柴崎さん以外。
野辺山 ひでーっ!
笑う一同。やがて…、
今日子 …これ以上言ったら、私、罰が当た
りますね。
上島 そんなことないさ。
今日子 え?
上島 少しは、人に甘えたっていいさ。
今日子 え、え? 聞いてたんですか?
上島 (とぼける)なんのこと?
今日子 ひどい! 盗み聞きなんて!
上島 今日ちゃんの声がデカいんだよ。
今日子 ひどーい!
上島 (ごまかす)さて! 仕事しようか!
古澤 そうだよ! 遊んでる暇ないぞ。
一同、わらわらと席を立ち、企画書作
りの準備に取りかかる。
古澤は議長席(に見立てた机の位置)
に座り、上島は資料を取りに本棚へ、
野辺山はスケッチブックを開き、今日
子と節子は給湯室に向かう。
野辺山 明日、何時でしたっけ? 柴崎さん
来るの?
節子 午前10時。
今日子 合ってる?
節子 …頃。前後2時間は余裕をみて。
上島 「前」はないでしょ? 朝の8時だよ?
席についた上島と野辺山。
古澤 いいか?
野辺山 がってん!
上島 まかせてよ。
古澤 よーし! んじゃ今から、「ミラクル
Z・企画変更検討会議」を始めるぞ!
照明、ゆっくりと、深いF・O。
4
深夜。
給湯室の今日子と節子、立ち話。
二人だけにスポットが当たる。
今日子 …ゴメンね、昼間。あんなこと言っ
て。
節子 いいえェ! もう全然! 気にしない
でください。
今日子 ホントにしちゃうの、結婚?
節子 そのセンが濃厚ですなァ。
今日子 私たち、お父さんにお話させてもらっ
た方が良かった?
節子 監督の言うことが合ってますよ。…そ
れに、あたしだって、人の言うままに人生
決め込んでるワケじゃないですよ。
今日子 どういうこと?
節子 いくら何でも、全然気にいらない人と
結婚するわけないってことです。彼、アタ
マいいし優しいし、それに、ここだけの話、
顔がいいんですよ顔が!
今日子 (意外で)いいんだ?
節子 驚かないでくださいよォ! …うん、
ちょっと上島さんに似てるかな?
今日子 えーっ。イイなァ。
節子 (からかう)本音が出た。
今日子 (焦って)違うよ! 私はただ…!
節子 ただ?
今日子 私は…。
言いかけて、ふいにおとなしくなる今
日子。
節子 (怪訝に)先輩?
今日子、節子から視線を反らす。
今日子 …私は、ただ自分が助けてもらいた
くて…、ずっと一人で、ずっとずっと寂し
くて苦しくて…。
節子 (案じて)先輩!
今日子 ゴメンね。そんなことのために、あ
なたを使おうとしたね。一人で頑張らなく
ちゃいけなかったのにね。
椅子に座り込み、顔を覆ってしまう今
日子。
二人を照らしていたスポットが消え、
今度は企画室にスポットが当たる。
ひとり頬杖をつき、鉛筆を揺らしなが
ら起きていた上島。…話を聞いていた。
(スポットの外、古澤と野辺山は寝入っ
ている)
上島 (つぶやく)…声がデカいんだよなァ。
上島、立ち上がり給湯室に向かう。
スポットを外れる。
暗転。
5
それぞれの席で眠り込んでいる一同。
古澤、野辺山、上島、今日子は企画室
内で。節子は給湯室の壁にもたれて。
…小鳥のさえずりが聞こえ、朝日が窓
から射し込んでくる。
やがて…。
ノックの音がする。返事も待たず、黙っ
て下手ドアから入ってくる柴崎。眠り
込んでいる一同を見て、少し驚く。
柴崎 …古澤くん。
と近付き、肩を揺する。起きない古澤。
柴崎、机上を見回して、発見する。
新しい企画書を手に取る。椅子に座っ
て読み始める。
柴崎 (読んでいる)
古澤が眼をこすりながら半身を上げる。
デカいあくびをしてから…、やっと気
付く。
古澤 え? 柴崎さん? どうしたんですこ
んな時間…(壁掛け時計を見て)まだ七時
ですよ!
その声に起きる他の面々。一様に寝ぼ
けている。
上島 あ、いらっしゃい…!
と慌ただしくその辺を片付け、
今日子 ごめんなさい、こんなカッコで!
と身繕いを気にし、上手ドアに消え、
野辺山 (無言で陰険な目つき)
…で、再びがっくしと寝てしまう。
のろのろと起き出した節子は、企画室
を覗いてから、ゆっくりと柴崎用のお
茶を煎れ始める。
騒ぎを気にせず、読んでいる柴崎。
古澤 …いいでしょ、それ。きのう上島とも
話したんですけどね、俺たちと柴崎さんの
意見の違いってのは、そういうふうにやれ
ばうまく摺り合わせられるって思うんです
よ。やっぱホラ、ゼロか百かじゃなくて、
お互いに納得できるものを世に出すのがベ
ストですもんね。
古澤が喋っている間に、節子がお茶を
持って戻ってくる。柴崎の前に置く。
机上の片付けを終えた上島は、ジッと
柴崎の反応を見ている。
今度こそ目覚めた筈の野辺山は、それ
でもまだ眠そうに目をこすっている。
身繕いを終えた今日子が、そっと部屋
に入ってくる。
柴崎を注視する一同。
…柴崎が読み終えた。
柴崎 …うん。なかなかいいな、これ。
わッ! と喜びにざわめく一同。
柴崎 (笑顔で)それでもヒーロー・キャラ
クターを出すのが君らの強情なところだが…。
古澤 (嬉しい)いやもう性分で。
柴崎 単純な勧善懲悪ものになってないのが
新鮮だ。悩むヒーローか。時には無力で、
誰も救えない事もある…。
古澤 (同調して)そういう話、「事件日記」
にもありましたもんね。
柴崎 が、その心の傷が彼をいっそう成長さ
せていく…。うん、これなら自信を持って
出せる。編成にも文句は言わせない。とこ
ろで…(急に真顔になり)誰から聞いた?
シン! とする一同。
企画書を机上に置く柴崎。
柴崎 二階堂か。あいつの入れ知恵か?
黙っている一同。
柴崎 …いや、もう君らの耳に噂が届いても
おかしくないな。
古澤 柴崎さん、気に入ってくれたんなら、
これ、持ってってくださいよ。俺たち、も
うこの企画にノッってんですから。
上島 そうですよ。
今日子 そうです。
野辺山
(同時に)…です!
節子
古澤 それで一緒に、みんながあッと驚くよ
うな番組、作りましょうよ!
柴崎 …君たちの努力には感謝する。だが、
もう遅い。
古澤 (予感はある)遅いって…。
柴崎 きのうの夜、内々に辞令が下った。再
来月から、経理のオヤジだ。
今日子 …そんな…!
柴崎 もう少しうまく立ち回れると思ってい
たが…、役員連中がこんなにも早く決断を
下すとはな…。俺は自分の力を過信してい
たようだ。いろいろ掻き回して、君たちに
は本当に申し訳なかった。…この通りだ。
深く、深く頭を下げる柴崎。
一同、ショックを受けている。
古澤 …頭、上げてください、柴崎さん。
ゆっくりと、顔を上げる柴崎。
柴崎 …後の事は悪いようにはしない。俺が
責任を持つ。…俺の他にも、君たちと組み
たがってるプロデューサーは沢山いるし、
それに…。
節子を見る柴崎。気付いた節子、首を
横に振る。
古澤 (受けて)インチキは、ナシです。
柴崎 (微笑して)要領の悪いやつらだな?
野辺山 やっぱ現場の人間は、技術で勝負で
しょ?
柴崎 確かに、君たちの技術は、それほど貴
重だ。「ミラクルZ」だって、そのまま通
るかもしれんな…。
椅子から立ち上がる柴崎。
柴崎 …今日はそれだけ、言いに来たんだ。
後日、また連絡させてもらうよ。では…。
下手ドアに向かう柴崎。…の背中に。
古澤 柴崎さん!
振り返る柴崎。
古澤 (新企画書を差し出し)…これ、持っ
てってくださいよ。
柴崎 …今の俺には必要ないものだ。今度紹
介する、新しいプロデューサーにでも見せ
るんだな。
古澤 柴崎さんに持ってて貰いたいんです。
…今度、帰り咲いた時のために。
柴崎 返り咲く? 俺が映画部に戻れると思っ
ているのか?
古澤 ええ。あなたは必ず、戻ってくる。
柴崎 …必ずだと?
頷く、古澤。
柴崎 (怒鳴る)ふざけるな! 局内での俺
の敵も、その数も知らないくせに分かった
ような口を聞くな! 俺は負けたんだ!
それは俺が一番よく知ってる。今度いつ勝
ち上がれるのか、あるいはこのまま終わる
のか、俺自身が一番よく分かってるんだ。
これ以上俺に構うな。同情なんてするな…!
左遷の噂を聞かなかったら、君たちは企画
書を書き換えたりはしなかったんだろう…!
初めて見せる激情。荒い息で一同を見
る柴崎。
古澤 (やがて)…同情のどこがいけないん
です?
柴崎 何だと…?
古澤 仕事でも私生活でも、そいつとうまく
やろうと思ったら、その関係なんて情の部
分でしかあり得ないじゃないですか。なん
でそんな簡単な事が分かんないんです?
いいトシして突っ張るのはもうやめにしま
しょうよ。
柴崎 (カッと)古澤! きさま…!
古澤に組み付く柴崎。揉み合う二人。
柴崎を振りきった古澤が怒鳴る。
古澤 俺だって悔しいんだ! 俺はあんたと
組みたかった。一緒に仕事をしたかった。
だから俺は、あんたを助けたいと思ったん
じゃないか。
古澤、振り返る。突然の二人の喧嘩に
驚き、寄り添って立っている今日子と
節子を見る。
古澤 この子たちを救えない代わりに、せめ
て…! せめてあんたにとってのミラクル
Zになりたかったんじゃないか…!
怒ったように言う古澤に呑まれている
一同。
…やがて、柴崎の緊張がふっと解ける。
柴崎 …あの時と同じだな。覚えてるか?
古澤 (分からず)…何です?
柴崎 ここの社長が特撮監督やった現場に君
がついていた時…、なんて題名だったか、
あの映画は?
だんだん落ち着いてきた古澤、しばし
考え…。
古澤 …「雲と波の流れに」、ですか?
柴崎 ああ、それだ。俺がその現場に挨拶に
行った時、君は同じように怒鳴っていた。
映画の連中を相手に、一歩も引かずに。
古澤 え? (考えていて…、思い出した)
…ああ、あの時! 見てたんですか?
上島 何があったの?
古澤 いやさ、これからウチはテレビやって
くんだって話してたら滅茶苦茶バカにしや
がるからさ、頭きて、うるせえっ! って。
柴崎 俺はテレビ界のヒーローになってやる、
映画なんか簡単に追い抜いてやる、そう言っ
たぞ。
古澤 …言いましたっけね。そん時になって
吠え面かくな! とかね。
柴崎 …だから俺は、君を選んだ。一緒にやっ
ていける奴だと思った。
今日子 …そんな事があったんですか。
上島 …それにしても、映画を抜く、ねぇ。
遠大な目標だね。そもそも、媒体としての
特性が全然違うんだし。
古澤 そうだけどさ、俺は信じてるからさ。
上島 何を…って、聞くのも無粋か。
節子 そうですよ。そういうの、粋じゃない
ですよ。
野辺山 …誰も君に言われたくはないでしょ?
節子 なんでそーゆーコト言うんです? あ
たしのポジションって、ひょっとして三の
センですか?
野辺山 せっちゃん、気付くの遅すぎよ?
節子 (スネる)ああ、そうですか。じゃ、
昨日の夜、給湯室で何があったのか教えて
あげない!
上島 あ! コラ…!
今日子 (困って)やめようよ、せっちゃん!
野辺山 なになに? 何があったの?
古澤 コラコラ! 騒いでんなよ!
ざわついていた一同が、やがて静かに
なる。
そして…。
柴崎 …行くよ。じゃあ…。
立ち去りかける柴崎。
…の腕を古澤が取って。持っていた新
企画書を柴崎に差し出す。
柴崎、しばしの逡巡。…だが、やがて
その手は企画書を受け取る。
柴崎 …君たちみたいな仲間に、もっと早く
出会えていたら…、そしたら俺も、少しは
変わっていたかもな。
古澤 …よしましょう。過ぎた時間の事を言っ
てても切ないだけだ。それよりも、これか
らです。…戻ってくるんでしょ?
柴崎 …試してるんだな、俺を?
古澤、それには答えず、ただじっと柴
崎を見つめる。
柴崎、受け止めていた視線を、つとそ
らして…、背中を向ける。
柴崎 …古澤くん。
古澤 …はい。
柴崎 …ほんの少しだけだが、俺の心が今動
いて…、「ミラクルZ」をやってもいいと
思い始めたと言ったら、…君は信じるか?
驚いて柴崎を見る上島、今日子、野辺
山。
見つめている古澤。
ゆっくりときびすを返す柴崎。古澤を
正面から見る。
照明が静かに落ちていく。
おわり
コンテンツのトップに戻ります
『作品』のトップに戻ります
|