Machingun Talk
ある筋ではかなりの有名人
喉から血が出るほどのマシンガントーク!!
そんな彼が今度はWeb上で適当に書き上げる!!
byMiracleMan
Too young to die
新年早々 一つの訃報が届いた。
Missile manと出会ったのはタイのとあるビーチだった。
椰子の木の向うに陽が落ちようとする夕暮れ時。フラフラと晩飯をどうしようかと・・・考えていた僕の目に一人の旅行者が留まった。
「地球の歩き方」を両手に広げ周りをキョロキョロしながら歩いている無防備な青年。
あぶねぇなぁ〜って思ったけど、そういう旅行者はアチコチで見掛けるし、別段それはそれで気にもしてこなかったのに、思わず彼に近寄り声を掛けてしまった。
彼が発する磁力が引き寄せたとしか思えなかった。
長く旅をすると同朋がある時期恋しくなるけど、それを越えるとどうでもよくなるものだ。それは色んな友人が出来る事もあるだろうし、遠くへ来てまで煩わしい付き合いをしたくないという防衛本能かもしれない。バンコクでも、そういう旅行ガイドを手にした日本人旅行者は多かったけど一切そこで声を掛けるようなマネはしなかったのに、彼には放っとけない何かがあったんだと思う。別段日本語に飢えてた訳でもなかったが、確実に「あり」「をり」「はべり」がおかしくなってきていた僕が、良かったら僕の泊まっているホテル紹介しようか・・・みたいな事をなんとか言った様に記憶している。
土産物屋の二階で、虫除けにしか見えない扇風機が天井でゆらゆら回っている宿はシーサイドにも関わらず恐ろしく安かった。
彼はそんなところに巣食って、「地球の歩き方」を「地球の迷い方」なんて言って小馬鹿にした僕のような旅行者でもないのに快くそこに宿をとった。
バックパッカーなんて洒落た言い方も無かった頃、僕はバックパックは背面だけにナイフで切り裂かれて中身を抜かれるという危険性もあり、バイクのツーリング用のカバンを肩に下げていたので本当の意味でバックパッカーではなかったけど、Missilemanは真っ当にホームステイでやってきた留学生の家に卒業旅行で遊びに来、ついでにここへやってきたという至極普通の観光客だったのである。
国立大学の卒業を控え、一部上場企業に就職も決まっていた彼は僕とは対極にあったけど、嫌味の無い優しい眼差しと口調で一気に意気投合し、暫く行動を共にしていた。
帰国してからも旅行者がそのまま付き合うという事は少ないにも関わらず、唯一彼だけは付き合いが続いていた・・・お互い結婚をし・・・違う世界、違う場所で生活をしていたけど、今年は何故か賀状が届かなかった。
Miracle manの周りにある死は僕がその分しっかりと生きていかないといけないと考えている。
Missile man 享年 32歳 合掌
2001/01/25
2001.1.17
心の復興ってなんだろうか。
震災6年目を迎え、よくマスコミを通じて聞く通り一遍の言葉。
Miracle manは違和感を覚えた。
街は綺麗に復興したが、心の復興がマダなんです・・・
そうだろう。なんせ戦後最大の大災害、御巣鷹山のジャンボジェット機墜落と比較するなら一度に13機のジャンボ機が落ちた規模の災害だったのだから。
僕だって多くの友人知人を失い、掛替え無い思い出も全て一瞬にして失ったのだから、その心の傷や辛さは痛いほどわかる。生後3ヶ月の子供をタンスの下敷きにさせてしまった呵責もある。そういう立場だからこそ言わせてもらいたい事が沢山ある。
仮説住宅を見た時、収容所かと思ったわ・・・
当たり前だ。仮の住まい、それも尋常じゃない数を短期間に限られた場所に賄わねばならなかったのだから檜造りの個性的な立派な家が用意できる訳ではない。
復興住宅はコミュニティを破壊し孤独死を生んだ・・・
孤独死という言葉は生んだのかもしれないが、復興住宅で起こった事は何も神戸に限った事で無く日本の高齢化社会が正に今から、若しくは既に体現しつつある現況なのである。悲しいかな核家族化が進んだが故、身内に見取られる事無く死を迎える方が増えた事実を単に震災の二次災害と関連づけるのはいささか安直で、日常的にどこの街でも起こりうる問題なのだ。
行政批判も簡単だ。
Miracle manは神戸市の職員でもないし何の義理も恩も無いが、行政は初めて体験する未曾有の大災害に対しては概ね合格点だったと思う。誰がやったとしても批判はあるし、実際この文章だって批判は多々あろうかと思うが、それを恐れては何も言えないし実行できない。
能力の差異はあれど、行政マンとして出来る事を精一杯やった職員が圧倒的に多かった様に思う。ここはこうすればという議論が無いのに、やり方が気に入らない、満足できないという意見を100%満足させるのにどれだけの血税(ヤな表現だ)が必要か考えてもみてほしい。
それより、嫌がらせの様に市役所前に櫓組んで抗議集会開くヒッピー崩れのおっさん達は右翼の街宣車を横付けするより性質(タチ)が悪くいやらしい。
貰えるもんは貰う的考えはボチボチ捨てて、欲しいモノがあれば自分達で作り出す、又は掴み取る心意気でそろそろ自立していきたいものだ。いつまでも甘えていると、そのうちげんなりした気分にさせるだけだ。彼らの言うように行政はマヤカシで復興したかのように見せかけていると言うが、ではどの段階で復興と言うのだろうか?追悼式典に首相も参加しなくなった事だし、神戸市民は県民以外の方々にこれ以上気を遣わせるのを止めて復興宣言をしてみてはどうだろうか。
精神的支柱はきっとそういう自立心から生まれ、そして対外的にも本当の意味でタブーでなくなり将来への礎となるに違いない。
確かに辛かった。きつかった。しんどかった。・・・だけど、いつまでもそれを言いつづける訳にはいかないのだ。固執しすぎて逆に復興が停滞するより、過去は過去として新たに一歩を踏み出す勇気が無ければ震災前以上の素敵で魅力的な街にはなり得ない。
忘れてはならないが、感傷に耽っている場合でもない。
「神戸の人に震災の話はしたらいかんって思って・・・」てな事を言われないよう、早く心の復興をすべきだ。
そして6,432人の尊い命に心から冥福をお祈りしたい。
2001/01/20
1995.1.17
幼い頃の記憶では錆鉄色の街だった。
水平線まできらきら輝く海には高度成長期を象徴する様に大小の船舶がせわしなく白波を曳いていた。
埋め立て前のメリケン波止場にはブリキで作った子供用の乗り物がいくつか置かれてあり、よく両親に連れて行ってもらう場所の一つだった。
もうもうと煙突からは白煙が上がり、屋上からは赤い神戸大橋が見渡せその先には埋立て中のポートアイランド。
夜になると神戸製鋼所の溶鉱炉が暗闇を赤く染めていた。
南京街辺りは外国人バーが店を並べ、高架下は独特の澱んだ空気と一段と落ち込んだ照明と雑多な人種の船員達がうろつくエリアで子供は近寄らせて貰えなかった。
近くの銭湯は、菱の本部があり子供心にも危険を感じさせる絵柄をしょった男達が浴びに来ていた。
重厚長大型産業花盛りのこの街に光化学スモッグの発令が段々と減っていたのと期を同じくして、産業構造が一大転換を迎えた。81年のポートピア博を機に第二次産業から第三次産業へと変わったときこの街も錆鉄色から華やかな彩りになっていった。
しかし、反面クラッシュアンドビルトの土建社会は更なる開発を求め続け、平野部の少ないデメリットをメリットに変えるべく六甲山という背景をドンドン海に持って行った。更には山の地主との利権関係も上手くいったのか、開発という名の下、禁断の果実を手にしてしまう。
そして狂った様なこの街の変貌を我々は見せつけられる事になる。
ついに神の逆鱗に触れたか、ポンペイの大噴火は突然やってきた。
思い出とか宝物とかお金、車、家・・・そういうものに対しての執着心や価値観が変わるのにそんなに時間はかからなかった。
この街の打撃は衆知だと思うが、僕自身も同じく混乱し迷走し人生を大きく方向転換させられる出来事であった事に変わりは無い。
そして怒りとかそういう次元でなく、あの時悔しかったのは何にも出来なかった僕の非力さであり、自分の認識の甘さである。
毎年この日が来ると後悔の念で一杯になってしまう・・・
どうして現場にいながら一人の命をも救う事が出来なかったんだろうかと。
2001/01/17
Guilty vice
人が生きていく上で最も大切なモノはなんだろう?
人が野生動物とは違う一線を画する、そう人としての尊厳はなんだろう?
ハッピーマンデイでカレンダー上では連休が増え、成人の日は街で晴着姿が目立った。
Miracle manには疾うに縁遠いが、昨今の成人式・・・書く気にもならねぇ。
暴走族が救急車の行くてを妨害して捕まったらしい。
今更、暴走行為がどうとか正義感あることをいうつもりもない。
公共交通機関の中での携帯電話のマナー・・・わざと誰かを不快にする事で注目を浴びたり優越感を感じるのは物凄くアホそうで情けなくなる。
人を簡単に刺してみたり、集団で非情なまでに暴力を振るったり、ましてや無関係で無抵抗な患者に弛緩剤点滴したりと何か世の中のタガが外れている。
極度に敏感なセクハラ問題同様、少年法についてもかんかんがくがくあるだろう。
法律のスペシャリストで無いMiracle manがそれについての改善方は見出せないが、TVで警視庁の暴走族取締の担当者が「最も効果的なのは検挙」と言っていたが、それも違うような気がする。
大手企業が営業効率を上げる為、営業マン一人一人にモバイル武装させ、個人の机を無くしオフィス賃貸料3割削減と大々的にアピールしていた。
個人的には駄目な会社って思う。
飲料CMでは、ひたすら頭を下げる営業マンがマサイ族の男に「日本人は君の目にどう映っている・・・?」と問い掛けワザワザ日本のサラリーマンを腐すものがある。
立派に働いている者が格好悪いようなイメージを受け物凄く不快で、絶対これ飲まないって思う。
今に始まった事じゃなく、そう段々とそういう世の中になってしまった訳で、凶悪犯罪は昔もあった。僕自身が歳をとって「今の若いもんは・・・」と言うようになっているのかもしれない?
でも、これだけは明らかに感じているのが、何に対しても「誇り」が無くなってきている。
Miracle manは人間に最も必要な栄養素は唯一「誇り」だと考えている。
悪い事するのも、良い事するのも「誇り」を感じないモノが多すぎる。
2001/01/14
Everyday is a Winding Road
新世紀を迎えたとしても前に皇紀を謳った手前それにどうこう言えないが、お正月というのは「晴れと褻」というメリハリある日常の中では改まった気持ちにさせられるモノである。
イロイロと自分なりに街で見掛けたり、日頃フト思うことをテーマに文句言ったり考えたりしてきたのだが、今年も思いのまま、たまには自分の経験とかもツラツラと書いていきたいと考えています。
今年はどんな年になるんだろうか?
一様に期待と希望を持っている人達も多い事かと思う。初詣に出かけるのはやはりこの一年が無事に過せる様祈るものだろうし、だれも好きで災難多い一年にしたいなんて思う筈も無い。
しかしMiracle manが初詣というものに行かなくなって久しい。信心深くないということもあるが、人込みが単に嫌いなのである。子供の頃なら屋台目当てに連れていってもらったものだが、最近は面倒くささが先だって敢えて避けている。家族もさしてとやかくいうわけで無く、それはそれでいいじゃんって考えている。
でも今年はきっと昨年以上に波瀾多い年になるだろう。
尾崎豊が「17歳の地図」という曲を歌ったとき既に今の17歳の少年達の代弁者だったような気がしてきた昨今、「バトル・ロワイヤル」を読んだ。
感想はともかくそれを原題にした映画を深作欣二が撮ったのだが、なんか未成年に良くないとかいちゃもんつけてる議員がいる。
いちゃもんはいい。議論を戦わす事が大事なんだが、あの議員は父兄からなんとか未成年者に観せないようにしてくれないかと頼まれたらしい。な〜んだ、自分の意思じゃなくって票田から頼まれたんか、じゃあアナタは頼まれれば裸踊りでも見せるんかいなと興醒めした。さらに自分達の子供達が観る映画をもそういうまわりくどい方法で圧力かけなけりゃいけない親ってなんだろう?って思った。
我が子に限っては絶対無いし、僕だって親の前では猫を被っていたけど心底信頼されてない事が伝わると子供は物凄く寂しいもんだ。本当に映画を観てそれに感化されて人を殺してみたいって子供達は思うんだろうか?少年犯罪の動機は案外マスコミ向けであったり、供述の中でのつじつま合わせの様に感じる。結構、少年達は深い所でな〜んも考えていなくて、行き当りばったりの稚拙な行動が多いように思う。それ故、映画どうこうより事は重大に感じる。
親たちは人生茨の回り道っていう事すら真っ当に子供へ直接言えてないんじゃないだろうか・・・
2001/01/09
New Year's Eve
年賀状の準備をしなくちゃいけないのだが一向に進まない。元来面倒くさがり屋のMiracle manは切羽詰らないと中々やらないタイプである・・・
年末になると街角で「社会鍋」というのを見掛ける。
でも最近はネットで募金が出来るという。
バナーをクリックするとそのスポンサーからカップ一杯分の食料が飢えに苦しむ人々のために購入されるらしい。これはいい、使途も明瞭、企業は広告とイメージアップが出来、大したアクションも無く、係る金額もしれてるのだから。
今までは高額な税金払ってるんだから更にそんな余裕ねえよって赤い羽根や歳末助け合いの募金には一切協力してこなかったMiracle manだが、こういう一石三鳥くらいのアイデアは大好きだ。
源泉徴収に慣れたサラリーマンは納税意識を麻痺させられ、年末調整で払いすぎている税金の還付を受けて喜こんでいる様じゃ、大蔵省改め財務省の思う壺だ。
チャント確定申告し、実際自分達が稼いだお金を払っている事を実感しよう・・・
しかし、その不透明な使途に自分の思いを反映させるのは中々難しいものだ。
日本でアメリカの大統領選のような事が起こったとしてもウンザリするまで時間や手間は掛けないだろう。
日本の民主主義は間接選挙で選ばれた人が司るモノだから、その人達が優秀な人格者で無いと非常に危険である。又、国民が賢くないと、民主主義もあらぬ方向に行く事を学校は教えておかないと、馬鹿な大衆が間違ったチョイスをした時の責任は自分達に返ってくる事を理解せず、貴重なマイノリティの意見が台無しにされる。要は源泉徴収の様に誰かがやってくれるだろうという意識は民主主義社会では非常に良くない。
神戸のルミナリエも終わったが、実は最初「屋台」も「観光バス」も無い純粋な慰霊と追悼の儀式だった・・・
その運営は地元企業の支援と観に来た人からの寄付で支えられていた。大勢の人がやってくる事に異議は無いけど、なんにも良い事の無かった1年の最後に貰ったご褒美のようなイベントが段々踏みにじられ、ゴミだらけの会場を朝通り過ぎる度に懐古趣味的気分にさせられた。
寄付は決して派手にする為のもので無く、心からこういう事に使って欲しいという気持ちの表れであって欲しい。
「多数決」という学級会で教えられた免罪符はお利口さんな17歳ばかりを作り上げ事の重大さを希薄にしてしまったような気がする。
ドミノ式に何でもが長い物に巻かれるのでは無く、自分の主義主張くらいは持って欲しいという願いでペースダウンはすれどトーンダウンしない様書いてきた。
TV同様観たくない人は観なくて良いよ的スタンスや大した推敲もない口述的な文章が鼻につくかもしれないけれど、懲りずに読んでくれた人達には感謝しています。
皆さん良いお年を!!
2000/12/31
Browse in a bookstore
何故あんな雑誌が売れているのかよくわからない。
一般的にそういう解せない雑誌の一つや二つないですか?
Miracle manは無宗教、無趣味だけれど強いて言うなら浄土真宗の立ち読みマニアである。
Miracle manにとって「モノ・マガジン」ほど忌み嫌う雑誌はない。
小洒落た通販カタログのような雑誌を何の疑問も持たずに買う人がいるんだろうか?
Goods pressにBegin然り、カタログの集大成のような雑誌にわざわざお金を出して購買意欲を増幅させられマンマと買わされている消費者・・・正に「consumer」
]ファッション雑誌だってなんだってそうじゃないかと考えられる向きもあろうが、ファッション雑誌等はある意味コーディネート力や提案力にマージンが発生する訳で、そういう意味での寺銭を払ってもらっているという認識は成り立つが、ああいう類の雑誌は単に新商品をこっ恥ずかしいコピーと写り込みのいい写真で人心を惑わせているだけだと思わないか。世の中のトレンド、そうセレクトショップのような「かまし」方の方法だけが上手くて凄くいやらしい。
Miracle manは暫く広告関係の仕事をやっていた時期があり、企画やアイデアといった目に見えない物に対価を見出す仕事をしていたので、ある意味発想力とかひらめきみたいな超常的なものは一つのプロフィットを生み出すと思うけど、あの雑誌だけは待ってても喧伝される商業主義社会では詐欺師的である。
トレンドというものはブランドではなく、自分自身が発掘し対価に見合う物を独自性を持って嗅ぎ分ける物であって、嗅覚の働かない雑誌から提供されたモノに優先権を与える事ほどナンセンスで馬鹿げた事はない。Big tomorrowやPresidentっていう雑誌についても批判はあるがアレはアレで毎回売り方をよ〜く考え洗脳と広告とお馴染みのキャッチコピーで心地良くして購買意欲を喚起している。三流エロ本の方がマダ綺麗な構図で見応えがあり、単に時流を担ったような気恥ずかしさはない。
そんなに向うからやってくる物に対してワザワザお金を払ってまで情報収拾して、似非文化人気取りでとやかく蘊蓄垂れたいか?
2000/12/18
We are VISSEL
サッカーを観に行った。
Chestnut boyはベースボールのボールとストライクの曖昧さが嫌いのようで、何度観に連れていってもグリーンスタジアムの51番をつけたライトしか観ようとしない。
彼はオフサイドさえ理解できれば単にゴールへボールを蹴り込むだけのスポーツが面白いようである。
ユベントスカラーのユニフォームを着た貧乏チームは毎度J2落ちの際で戦っており、有名選手もいない為か話題性に乏しく、どんないい試合をしてもスポーツ番組では省かれている。
来年は51番もいなくなるというのに、そのサッカーチームの顔である13番も今年引退する。
丁度その13番の引退試合に行ったのだが、ゲームはドローの末の延長戦で劇的に13番がヘッドで決め、正に優秀の美を飾る事になった。同じナガシマでも、かのジャイアンツの長嶋の引退セレモニーのような派手さは無かったけど、Chestnut boyにとっては興奮するゲームだったようだ。
母体を川崎製鉄のサッカー部として発足し、わざわざ岡山からフランチャイズ誘致した矢先に阪神大震災でつまづいたもののなんとかJ1入りし神戸のチームとして戦っている。
僕は特別プロスポーツについて造詣が深い訳では無いので、どうして鹿島アントラーズが強いんだろうとか浦和レッズの応援はなんであんなに盛り上がってるんだろうって思う。だれた試合展開になるとChestnut boyはサポーターを見てるほうが面白いっていうのだが、いくら弱いったって150万都市のプロチームがどうしてこう人気が無いのだろう?鹿嶋市なんてたった6万そこそこの人口だ。浦和レッズは元々神戸の三菱重工のチームが関東に行って、三菱自動車のチームになってしまったいきさつがあるけど、もしこっちにいてプロ化したとしてああいうエンスーなファンを獲得できたんだろうか?フランチャイズというのは地域ナショナリズムを上手くプロパガンダし独自のカラーとイメージ戦略でブランドマーケティングしていかなければならない。
官主導でいくら教育委員会を通じて子供にタダ券配って一緒についてくる大人から代金徴収というあまりにも稚拙な手段に頼ってばかりでは利益もまともに上げれそうに無いし、そのうちどこかに寝首を掻かれることになる。いつも欲しいものを獲得しやりたい事を実現してきた市政はこういうときこそ貪欲に真剣に勝利の船にしなければならないのに。
浦和は大宮との拮抗と地政学的要素が大いに関係していると思うけど、We are Redsっていうの・・・
あれいいなぁ。
2000/12/14
Dedicate to Dec.8
Beatles世代ではないMiracle manだが、どこかで彼らの曲を聞いたり、映像を観たりして無意識にインスパイアされ、否がおうにも影響を受けているんだろうな。
きっと多くのアーティストが彼らの影響を受けている限りそれは仕方の無いことだし、別段とりたててどうこう言うものではないが、リアルタイムでその熱狂を共有し得なかった者にとってはTVやラジオの特番はさして興味の対象にはならない。
音楽は何度反芻しても、初めて聴いた時のロケーションや状況、心境といったもので大きくそれに対する印象が変わるものだから、どうしても一旦耳にしたときにバリアを設けてしまうと中々それを取り払うのは難しいものだ。
Miracle manの場合、Beatlesが好きだって言ってる周りの仲間がよろしくなかった。
世間では「横浜銀蝿」が流行ってるというのに、ダサい感じのヤツがコツコツと海賊版なんかを集め、優等生然としたヤツがクラシック音楽と同じように買い揃える姿にいまいち乗りきれなかった・・・ツェッぺリンとパープルを比較した時、その音楽性や楽曲よりあのパープルのでっかいポッケのついたオーバーオール着たダサい格好や髪型が生理的に許せなくて、自然とツェッペリンを聴くようになったのと似ている。
それは彼らのせいではないにしろ、なんだか時代がBeatlesをアンティークにしてしまっていた為、目新しもん好きのMiracle manにとってのRock spiritが違う方向に向かっただけの事だと思う。
Miracle manにとってのBeatlesが44MAGNUMだったていうことである。
気がつけばジョン・レノンが亡くなって20年が経つ
・・・「ズームイン朝」で流れたダコタ・ハウスの映像は今でも記憶に新しい。ある意味その前年に起こった韓国の大統領暗殺よりも世界を震撼させたその狂信的ファン且つ犯人も釈放されたという。黒いジョン・レノンという失礼な表現を一時されたLENNY KRAVITZを聴きながらBeatlesのアルバムは1枚も持っていないことにも気がついた。
でも唯一そんな中で、ある日ラジオから流れてきた「While My Guitar Gently Weeps」
はなんだか心に沁みた。
2000/12/12
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