書きつづけていればいいことがあるものです。



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次回は立浪ネタ。


数ヶ月ぶりの新曲《ファンキーミンチーベニー》発表!!





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20091108/もうひとりの「のぶひこ」氏に励まされる。

ダイノジ大谷ノブ彦さんのブログ。ここまで褒められれば応えざるを得ません(「スージー鈴木さんからメールがきた!!」参照)。自慢を通り越して恐縮です。というわけで、そうとう久々の連日更新。

ということもあり、改めて氏のブログのアーカイブを読んでいけば興味深い記事が。

僕のユニコーンベスト
「車も電話もないけれど」
・一番いい曲

あら。これはスージー鈴木のベストと同じじゃないですか!(ウソではありません。この記事参照) ユニコーン・ファン多しといえど、《車も電話もないけれど》をベストとする派閥はせいぜい5%程度でしょう(笑)

一介の無名ライター&サラリーマンが、M-1のファイナリストと通じることが出来る。《車も電話もないけれど》を通して、一発で分かり合える。インターネットって素晴らしい。

ネットを通じて大滝詠一氏とメールをやりとりし、挙げ句の果てに12年前、大滝氏のラジオ番組に生出演したときの感動が、いままた甦ります。大滝氏……あっ、この方も「ダイノジ」だ。

小林「信彦」を目指して書きつづけてきたこの日記。もうひとりの「ノブ彦」氏に、実際に読まれているこの日記。気合い入れて書きつづけないと。

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20091107/とてもつまらなかった日本シリーズ。

今さっき終わりました。日本シリーズ。ひさびさの凡戦ならぬ凡シリーズ。個人的には2004年の西武=中日以来の手応えのなさ。

巨人、北海道日本ハムという、(いまや)常勝チーム同士のカードということも大きいのですが(巨人=東北楽天だったら…と考えてみられよ)、それ以上の戦犯がいると感じました。

東京ドーム。

そうです。狭すぎるのです。wikipediaによれば左右中間が110 m。これ一説には藤井寺球場と同じ。

だから、第3〜5戦の「空中戦」がその名に反してちっともダイナミックな打撃戦に見えなかった。そりゃ、イ・スンヨプの一発など、数本は特大の本塁打があったけど、それ以外のフェンスギリギリの一打なんて、ほんとうにショボい。

わたしのようなテレビ観戦の「見巧者」は、打った瞬間の角度と音で、本塁打かどうかを判断できる。しかし本シリーズの「東京ドームラン」の大半は、インパクトの瞬間、「あ、外野フライか」と思ったもの。

日本最高の頂上決戦。その勝敗が、そんな「ドームラン」によって決するとしたら、あまりになさけない。

今すぐ改修工事で、左右中間をひろげてほしい。あと、できるものなら、ついでにあの、うすぎたなく辛気くさい白い屋根も変えてほしいものです。デーゲームのとき、あの屋根を見ていると暗澹たる気持ちになるし。

今季、東京ドーム、巨人対東京ヤクルト。ヤクルトが9回裏二死まで抑えたあとに小笠原の「天井直撃」のヒットで同点に。その後にヤクルトの先発、ユウキが言った(らしい)ひとこと―――「あんなの野球じゃない……人の人生何だと思っているんだ」(検索しても記事見つからずウロ覚えで書きますが)

まぁ、屋根の問題はひとまず措くとしても、狭さゆえに必然的に「空中戦」になってしまう野球、否、「屋球」も、「あんなの野球じゃねぇよ!」。

ただ、日ハム小谷野と巨人坂本の守備は、ほんとうにホレボレした。それだけが今回のシリーズのいい印象点。あと、ダルビッシュが下手に再登板しなくてよかった。ケガが悪化して、来季彼のピッチングが見られなくなったら残念だもの。

というわけで、シーズン完全終了。お疲れまでした、オレ。

追記:ダイノジ大谷ノブ彦さんのブログで取り上げられました。ありがたいことです。コチラを。

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20091031/ビートルズはやっぱり最高だ。

リマスター盤発売を契機に、ビートルズの謎をたどる旅もいよいよ最終章。沢木耕太郎がポルトガルの浜辺で旅の終わりを感じたように(『深夜特急』より)、今回、旅の終わりをワタシに突きつけた本はこれだ。

いわゆる「リマスター便乗本」の中で最高峰。もう、ほんとうにいろんなことがよく分かる。リミックスとリマスターの違いから、今回のリマスターが作られた経緯、あと、別に興味はないが、パティ・ボイドのインタビューまで(!!)、おなかいっぱいになる一冊。

今回、ビートルズ関連の本をいっぱい読んで、ビートルズのことをいっぱいいっぱい考えて、出た結論は、あまりに浅はかで薄っぺらいもの。「ビートルズはやっぱり最高だ。」

おもしろいからもっと続けてみる。「ビートルズはやっぱり最高。とくに『アビイ・ロード』は最高だ。『サージェント・ペパーズ』もすごすぎる。ポールのベースは上手すぎるな。ジョンのボーカルもなんて上手いんだろう。」……もうほんとうにアホの子の独り言みたいだが。

「アホの子の独り言」は、やっぱりアホみたいだから、若いころには、ストーンズとか、レッド・ツェッペリンとか、ちょっと賢く見えるバンドの音に傾いたこともある。たしかにそれなりにいいものもあったが、決定的ではなかった。心の中ではやっぱり『アビイ・ロード』がいちばんだった。

もう年も取ったし、アホならアホで結構。音楽も、野球も、お笑いも、いちばん好きなものを堂々と表明して生きていきたい。ビートルズと、千葉ロッテマリーンズと、ますだおかだでごはんは何杯でも食えるぞ。ワタシは。

ポールよりも上手いベーシストはたくさんいるだろう。ジョンよりも歌が上手いシンガーもキラ星のごとくいる。ただし「リマスター便乗本」を読んで確信したのは、ビートルズほど、自由に、奔放に音作りをしたバンドはいない。ビートルズに比べたら、ツェッペリンなんて様式美だ。ストーンズなんて、単なるパロディ・バンドだ。

で、便乗本、実は読めば読むほど新たな謎が広がっていくのである。それは、彼らが結局、単なる思いつきでいろいろやっているからだ。

1958年の日本シリーズ、西鉄の稲尾が、巨人の長嶋の狙い球が分からず痛打される。その夜稲尾は真実をひらめく。「長嶋は狙い球どころか、いっさい何も考えずに打席に立っているのではないか」。そしたら、ということで稲尾も何も考えず投げたら、長嶋を抑えることが出来た、という話がある。

今ワタシは、この心境に近い。もう謎は謎のままで放置しておこう。ただビートルズの音に任せて聞いていればいい。ビートルズといっしょに死ぬまで生きていく。棺桶には『アビイ・ロード』。そんな気分だ。

というわけで、結局『アビイ・ロード』と『サージェント・ペパーズ』以外のリマスター盤はまだ買っていない。買いたくなったら買うさ。それよりもこの本をもう一度アタマから読んでみようと思う。

(翌日追記)あ、こんな気分のことを歌ったのが《Only a Northern Song》(たかがビートルズの歌じゃないか)なのか!

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20091025/アトランダム。

パ・リーグのクライマックス・シリーズ最終戦。8回裏、楽天絶体絶命の場面、負ければこの試合が楽天監督として最後の采配となる野村克也が、バッテリーを岩隈=藤井に変えた。この2人、ハンサムとブサイクという違いはあれど、両方とも近鉄出身で、つまり敵将、梨田の教え子ということになる。結果はスレッジに決定的なスリーランを浴びたが、この瞬間、日本ハム対楽天が、近鉄対近鉄に変わった。ご参考=佐野正幸氏「完璧に『近鉄』の試合でした。」

加藤和彦、長年うつ病を患っていたことと、金銭難だったことも語られはじめた。前者は知らなかったが、後者はなんとなくそうではないかと思っていた。それ以前に加藤和彦=リッチという偶像が、安易に語られすぎていたと思う。また、うつ病と金銭難という前提があるのであれば、前回原稿に少し手を入れたくなってくる。掲示板の「ニール・オールド」さんのご意見もあり(ありがとうございます)、「ミカエラバンド」や「和幸」の音楽に対する主観的評価はまったく変わらないものの、加藤和彦のことをもう少し冷静に考えてみたいと思う。ご参考=日刊サイゾー「うつ病、多額の借金も......加藤和彦自殺でJポップ界に広がる老後不安」

その他ランダムに。新大阪でとてもディープな野球話に花が咲いた。新幹線の最終がこんなにうらめしく思ったのは初めて。YUIの《It’s all too much》という曲がいい。NHK『ウェルかめ』のテーマソング。aikoは歌が上手いのにメロディがダメ。どこがサビなんだ? 巨人対日本ハムの日本シリーズ、ネーミング決定!……『モナ岡シリーズ』。

夏川りみ、つま恋サマーピクニック《Amazing Grace》。2009年の日本でいちばん歌が上手い歌手。《Amazing Grace》を歌うのは免許制にしたほうがいい。中島美嘉の同曲を発売禁止にしたくなる。

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20091017/「一番背の高い日本人」のこと。

「モーレツからビューティフルへ。」―――1970年、富士ゼロックスの伝説のCMを、大学や研修など、教育的な現場で必ず見せる。そのCMの中で、「beautiful」という紙を持ち、イカれた格好で銀座を歩いている男が彼だ。

1970年という時代の転換点。その時代のもっとも先鋭的な部分を表現したこの映像。これはまた、彼が、これから時代の寵児としてぎらぎらと輝くという狼煙でもあった。

と書くと、サディスティック・ミカバンドの音楽について語るのではないかと思われるかも知れないが、1970年代における彼の「輝き」は、もっと表面的で浮薄なものである。

ドノヴァンで、グラムロックで、ロンドンブーツで、ロキシーミュージックで、レゲエで、シンガポールで、バハマな彼の1970年代。新しければ、気持ちよければなんでもいい。興味が向いたらなんでも喰ってしまえ。

たしかに音楽家というも一流だったが、「作品」として突き詰められたものというよりも、アイディアのみずみずしさだけで勝負されたものが多い。

ちなみに、こんなことは追悼報道で誰も言わないと思うが、音楽家としては、アコースティック・ギタリストとしてもっとも優れていると思うのだが。

1970年代、まだまだカルチャー鎖国だったニッポン。彼のアンテナがキャッチした、ドノヴァンで、グラムロックで、ロンドンブーツなアイディアが、この国のカルチャーをすこしずつ極彩色に変えていった。

さて、木村カエラや坂崎幸之助などとのコラボレーションを、ワタシはとても不愉快な思いで見つめていた。晩節を汚しているとまで思った。

「音楽でやるべきことがなくなった」という言葉を遺していたらしい。でも彼に求めていたのは、ぶっちゃけていえば音楽、なんかじゃない。もっと表面的で浮薄な―――アイディアだ。

もし木村カエラや坂崎幸之助とのお遊びを、彼が「やるべき音楽」と認識していたのなら、そもそもはその程度の音楽家だったということだ。

モーレツな時代を生き抜いてきた団塊世代が、ビューティフルな老後に向かっていく。そんな生き方へのアイディアはなかったのか。

最後に、彼の語られ方でワタシがいちばん好きなもの。ミカバンドでロンドン公演を行ったときの報道より。34年前の今日。自害した日のちょうど34年前に、彼はロンドンにいた。

「リード担当の男性シンガーはおそろしく着飾っており、おそらく英国人が見た中で一番背の高い日本人だろう」(レコードミラー誌。1975年10月18日)

このフレーズは、今夜からマスコミに溢れるであろうとても凡庸な追悼文のどれよりも、彼の本質を捉えているはずだ。

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20091010/ビートルズは聴くものではなく読むものだ。


リマスター便乗本を山のように買い、読む。ほんとうにビートルズ関連の本を読むのは楽しい。

「ビートルズがはじめて4トラック・レコーディングをしたのは《I want to hold your hand》」

「8トラックは《while my guitar gently weeps》」

「初期はモノラルのほうが主流で、ステレオはまがいもの。ビートルズ本人も、ミックスダウンに立ちあわなかった」

「《She loves you》は1分29秒当たりでテープがつながれていて音質が変わる」

「武道館公演でビートルズは、ギターのチューニングを半音下げていた」

楽しい。ワクワクする。とくにワクワクするのは、このようなトリビア、それも、あの魅惑的な「音」をどう作ったのかという話に関連するものである。

つまりは、浪人時代、カセットの4トラックレコーダーを買い、理論的にはこれで《Sgt. Pepper's》と同じ音が取れるはずだと思い、ギターやベース、リズムマシンと、そのレコーダー、カセットデッキと格闘していた頃の興味の持ち方。

18歳の魂、42歳まで。

さて、リマスター盤、《Sgt. Pepper's》と《Abbey road》を買ったが、正直、音の違いはそんなにびっくりするほどのものではなかった。

理由のひとつには貧弱な装置で聴いているからだが、それよりも「CDの《Sgt. Pepper's》《Abbey road》をそれほど聴いていない」ということのほうが大きいと思う。

それらは大学時代、レコードで聴いていた。さらにいえば高校時代はカセットで聴いていた。それぞれ、マクセルのUD、TDKのADではなかったか。

つまり音質の差が草野球とプロ野球の違いぐらいあり、また時差もあるから比べることができないのだ。そしていうまでもなく、切実に響いたのは、あのころカセットで聞こえてきたビートルズである。

テープをつないで、ギターのチューニングを変えて、なんどもダビングして、4トラックという貧弱な機材で作られたマジカル・ミステリー・ワールド。

貸しレコード屋、さらにはFMの「エアチェック」。ヘッドフォン越しに聞こえてきたカセットのノイジーな音が連れていってくれたマジカル・ミステリー・ワールド。

素晴らしく劇的な出逢い。もうこれで十分なんじゃないか。

おそらくはじめて聴いたビートルズがCDだった層には、今回のリマスターは革命的に響くと思う。あと潤沢な装置で聴いている人にも。

ただ現実と格闘して、あまり時間もなく、それ以上にマスターテープをどう聴かせるか、ではなく、マスターテープに至るまでの過程にワクワクしてきたワタシにとっては、あまり必要ないものなのかも知れない。リマスター盤自体が。

むしろ、血肉化したビートルズについて、こんな文章を書き、こんな感じでパロディ曲を作ることこそが楽しい(あ、これは8トラック。理論的には《Abbey road》と同じ!)

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20091003/『キング・オブ・コント』必勝法。

たしかに東京03のコントは面白かった。が、もっと根本的なところで『キング・オブ・コント』は問題を抱えているという気がする。さらにいえば、それはコントというジャンルの問題だと思う。

「だって、いきなりカメラのフレームの外からダーッと走ってきて、パっと飛び蹴りして、そのままダーッといなくなったり(中略)、ああ、画面の向こうではすごいことが起きてる。 世の中は大変なことが起きているって思いましたよ」(高田文夫『笑うふたり―語る名人、聞く達人』

少年時代の高田文夫が、コント55号をはじめて観たときの感想。ワタシはこの文章が大好きである。「画面の向こうではすごいことが起きてる。世の中は大変なことが起きている」―――テレビでこんなことを思える瞬間、人生の中で何度もあることではない。

何がいいたいかというと「コント」と掲げておきながら、ほとんどが「テキストの笑い」であって、体技=「ムービーの笑い」で勝負しようとした出場者がほとんどいなかったこと。そのバランスの悪さが、ワタシにとって居心地の悪さだということ。

個人的な趣味で言えば、コントより漫才を愛する。それも言葉によった「テキストの笑い」の漫才をこよなく愛する。という立場からいえば、漫才というメインディッシュではない、前菜やおつまみ的位置のコントは「ムービー」であってほしい、さらに言えば運動神経がもたらす笑いであってほしいと思う。

それはコント55号であり(全盛期には間に合わなかったが)、さらには80年代後半に新宿コメディシアターで観た、ウッチャンのバック転である。

象徴的だったのはサンドウィッチマンで、マクドナルドのネタは漫才としてやっていたものである。完全なテキスト笑い。

ダイナミックな運動神経系コントが衰退した理由として、彼らの「ライブ」がいわゆる小劇場系の空間で実施されることが多いということがありそうだ。そもそもが小規模の舞台で、「カメラのフレーム」に収まってしまう小さな笑いが熟成されていくのではないか。

それはNGKに代表される大きな舞台で大きく鍛えられていく漫才とは違う、小さく狭い熟成の仕方。

ということは、逆に言えば、いま、そのような運動神経系コントで、停滞するコント界を出し抜ける可能性があるということだ。

「いまシーンを見渡したら、RCサクセションみたいないわゆるロックバンドがいないことに気がついて、その市場を狙おうと思った」―――伊藤銀次が、新人バンド、ウルフルズのプロデュースをするにあたってこのようなことを考えたと、いつかインタビューで言っていた。

はんにゃの金田の運動神経はそうとうすごいと思う。チャンスがあると思う。ウルフルズになれると思う。

10/4追記:ワタシのfavoriteコントユニット=『お笑いスター誕生!』時のアゴ&キンゾー。

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