■ 20120219/岡村靖幸を笑うな!
さいきん、岡村靖幸のことをふと思い出す瞬間が多く、そんな瞬間に思いついたことをこまめにツイートしています。まずは昨年8月のツイート。
「大沢(誉志幸)よりもワイルドで、久保田(利伸)よりもセクシーで、そしてプリンスよりも背が高い」、無名ライター時代、1989年末の光文社「Boon」誌で岡村靖幸『靖幸』を「レコード大賞」にしたときのリード文。
次に2月11日のツイート。
1989年ごろ、NHK FMの番組で萩原健太が岡村靖幸『ベジタブル』を自慢げに紹介して、渋谷陽一、今井智子、ピーター・バラカンが「プリンスの物真似だ」と嘲笑したことを覚えている。
とにかく岡村靖幸はその「岡村ちゃん」性によって値踏みされることが多い。佐野元春を継ぐ先端的日本語ボーカリゼーションや作詞作曲編曲演奏歌唱をこなす超才人ぶりは殆ど評価されない。彼をリスペクトする若者も基本的には半笑いである。
岡村靖幸の傑作『靖幸』は、変な言い方だが「傑作すぎた」。あまりに軽やかにとんでもないアルバムを作ったので周囲がその真価をよく確かめないままピークが終わった。『家庭教師』以後の彼ははっきり言って遺産の食いつぶしである。
責任の一端は当時最盛期を迎えていた音楽雑誌にある。アーティスト礼賛の提灯記事ばかり書いて岡村靖幸の音楽性のような複雑だけど重要なテーマに切り込まなかった。とてもパチパチ!と拍手を贈れるものではなかった。
最後に個人的な話をすれば、岡村靖幸『靖幸』、ユニコーン『服部』、フリッパーズギター『海へ行くつもりじゃなかった』を聴いていたのは1989年、大学生最後の夏。ミュージシャンへの夢を断つには十分な傑作3枚の夏だった。
以下、昨日のツイート。ひさびさにカラオケボックスに行って…
(1)久々にカラオケに出陣し岡村靖幸を歌うという暴挙に出た。と言っても私が選曲したわけではなく勘所のいい若者が勝手に入れたのだが。で、「カルアミルク」「どぉなっちゃってんだよ」などのノーマルな選曲だけではなく「Super Girl」が入ったのには驚いた。セカンド『DATE』#2。
(2)往々にして岡村靖幸の語られ方というのは、半笑いで「岡村ちゃん(笑)」と評される、要するに「ステージでパンツ一丁になる変態シンガー」とていうもので、それは間違ってはいないのだが、あまりに一面的、いや0.5面ぐらいしかない。「愛と平和のジョン・レノン」ぐらい食い足りない。
(3)まぁ事実としてアルバム『靖幸』以降は、本人もそんな「変態性」で商売をしようとしたフシがあるのだが、この『DATE』のときはまだかなりまともで、佐野元春に次ぐ「EPICソニーの屋台骨」の座を渡辺美里やTMネットワークと争っていた時代の作品。
(4)その分、岡村氏の才能がピュアに炸裂していると思われる。カラオケの画面は歌詞を確かめる機会。「Baby I Got 愛が人生のMotion ベンジョンソンも証明済み」。こんな歌詞だったんだ。改めて驚いた。 http://t.co/On5xrrcH (了)
とまぁ、岡村靖幸が軽んじられること、もしくは「半笑い」で語られることへの違和感があるわけですね。当時、リアルタイムで食いついた世代としては。
『家庭教師』以降、現在にいたる「停滞期」だけを見て勝手に「半笑い」で「ステージでパンツ一丁になる変態シンガー」と言うなよと。そうだとしたら俺の青春はどうなるんだと。そう思うわけですよ。
いま欠落している岡村論は、「佐野元春の後継者としての岡村靖幸」論です。要するに「日本語をロックに乗せる方法論の最先端を走っていた岡村靖幸」という捉え方だと思います。
大滝詠一→矢沢永吉→桑田佳祐→佐野元春、そして岡村靖幸。この流れで日本語が英語的に発音され(母音のバリエーションが増えたり、破擦音を強めたり)、ロックのビートに乗りやすくなっていった歴史。
そして重要なのが、この佐野元春→岡村靖幸が同じレコード会社、EPICソニーだったということです。このレコード会社は80年代に、日本語をビートに乗せるある独特のテクニックを持っていました。
佐野元春《サムデイ》→♪|街の|歌が聴こえてきて
渡辺美里《My Revolution》→|非常|階段 |急ぐ|くつ音
TM NETWORK《SELF CONTROL》→♪君を連れ去る|クルマ|を見送って
大江千里《GLORY DAYS》→♪|きみの|目に映るぼくがいて
そうです。言ってみれば「16分音譜歌詞詰め込み歌唱法」です。| |内の歌詞がギュッと詰め込まれてことが歌ってみると分かると思います。
佐野元春が編み出し、EPICだけでなく日本語ロック全体の潮流になった方法論なのですが、震源地である青山一丁目付近、EPICソニーのアーチストが特に多用したのです。
という流れの上に、岡村靖幸の歌詞、「上にのせた「Baby I Got 愛が人生のMotion ベンジョンソンも証明済み」を位置づけるのです。つまりは当時、佐野元春の方法論をより過激にした「日本語をロックに乗せる方法論の最先端」の存在だったわけです。
「岡村ちゃん」(この言い方自体好きではない)を軽々しく「変態シンガー」と安く見積もる風潮が嫌いな理由を分かっていただけたでしょうか。
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■ 20120212/『コメ旬vol.003』を読んで下さいませ。
はい。今回は宣伝ですいません。キネマ旬報社から2月16日に発売される「全方位型・お笑いマガジン『コメ旬vol.003』」に原稿を寄せております。
これがその目次なのですが、ここ(の右側114P、ダイノジさんの下)にありますように、「お笑いを聴く―――音楽としてのお笑いについて」というタイトルのコラムです。
友近とタカ(アンドトシ)、東京03角田、2700八十島のボーカル、フットボールアワー後藤とAMEMIYAのギター、その他、お笑いの音楽的側面について鋭く斬り込んでいます。
少なくとも「友近はちあきなおみ『喝采』をカバーするべきだ」と激賞するコラムなど、これが最初にして最後だと思われます。
その他歴史に残る名番組、TBS『クイズ☆タレント名鑑』特集(あの「カラオケスーパー素人」直撃など)という、これもまた最初にして最後の大特集も控えております(あの番組、終わると言われてますから)。ぜひ書店で手に取ってみて下さい。
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■ 20120204/NHK『カーネーション』をさらに面白くするための配役改訂案。
NHK『カーネーション』がいよいよ面白い。世の中的にはヒロイン糸子と「周防さん」(綾野剛)との純愛でそうとう盛り上がったようですが、ワタシとしては、今週になってから、つまり三姉妹の長女と次女が大人になってから、盛り上がりに拍車がかかってきた気がします。
ツイッターでなんどもつぶやいてしまったように、次女の直子、川崎亜沙美が素晴らしいのです。
朝から凄いものを観た。 #カーネーション の次女直子の迫真の演技。周防さんのくだりからのロマンティックな空気にソースとマヨネーズを塗りたくるような。目力と運動神経、とんでもない原石がいたもんだ。「第二の藤山直美」になれる。つまり関西喜劇界の心臓になれる。
「この鋭い目をした娘が川崎亜沙美や、近く天下取るよってに覚えとけ」というサービスカットでしょう、長女と次女の喧嘩のシーンは。幸い名前が「美」で終わる。藤山直美に養子縁組して、寛美→直美→藤山亜沙美を継いでほしい。大阪からの新しい才能に興奮するのはブラマヨ以来だ。 #カーネーション
2012年大阪のブライテスト・ホープ。女優部門では「カーネーション」の次女直子(川崎亜沙美)、お笑い部門では松竹芸能の「さらば青春の光」。この1分30秒の予告編でも底知れぬパワーと知性が堪能できます。 http://youtu.be/rHyqBmuCVoY
さて、これとは別にこのようなことをかつてつぶやきました。
#カーネーション が良いのはほぼ関西人のみで演じられていること。関西舞台のドラマは関西人だけで演じろと狭量なことは言わないがニセ関西弁が入るとえらく興ざめするのも事実。感心したのは近藤正臣。関西人なら分かると思うが、ああいう桂小文枝のような喋り方のジジイは法事になると必ず出てくる。
そうです。このドラマの隠れた魅力として、関西出身者が関西人を演じるリアルさ、もっといえば「ただしい関西弁」で構成されているということがあると思います。
むかし『週刊ベースボール』で「地域密着とはすなわち、その地域に住む人々のその地域へのプライドを喚起することだ」と書きました(我ながら至言)。朝から正しい岸和田弁を堪能することで、東大阪市出身、河内人のワタシも、大阪に対するプライドが喚起される。なんと幸せなことでしょう。
さて、最後に細かな話をしておけば、一部「非関西人」がいて、彼らがちょっと違ったイントネーションの発音をすることが、少しだけこのドラマの完成度を損なっている気がします。ここで、今更ですが私案として、このドラマを関西人のみで塗り固める配役改訂案を書いておきます。こうだったら、もっと良かった。
長女優子(新山千春:青森県青森市出身)→池脇千鶴(東大阪市出身)
新山千春については、東京にかぶれる役回りなのでまだ許されるのですが、関西弁がちょっと変な瞬間があります。あとスタイルが良すぎることと、やはり年齢的に無理がある配役でした。ここはひとつ新山と同い年ながらももっと若く見え、そして小柄な池脇千鶴でどうでしょう。ワタシの同郷、東大阪市出身。
吉田奈津(栗山千明:茨城県土浦市出身)→水川あさみ(京都市出身、茨木市育ち)
栗山の聡明な感じは得難いキャラクターですが、あのような顔立ちは大阪にはいません。もうちょっとキツめの関西顔として水川あさみを充てましょう。たしか『風のハルカ』でもいい雰囲気を出していました。
昌子(玄覺悠子:石川県出身)→本上まなみ(茨木市出身)
玄覺悠子も残念ながら関西弁がギクシャクする瞬間が何度かありました。ちょっとイメージが違うが本上まなみで。サディスティックにヒロインをサポートする本上まなみを見てみたい。
アメリカ商会木之元(甲本雅裕:岡山県出身)→トータス松本(兵庫県西脇市出身)
関西人のアメリカかぶれということでロック界からの異色の配役を。店の前に置いてあるギターを自分で弾くイメージです。
ヒロイン糸子(夏木マリ:東京都豊島区出身)→秋野暢子(大阪市中央区出身)
夏木マリについては実はぜんぜん心配はしていません(大阪にあのような怪女はよくいる)。ただしヒロインなので細心の検討が必要でしょう。とても暑苦しい秋野暢子なら安心だ。
と、このようなことを言いたくなるのも、元が面白いからです。あと二ヶ月、毎朝楽しませてもらいます。
【同日追記】夏木マリ代役に秋野暢子はちょっと濃厚すぎるので、萬田久子(堺市)でもいいような気もしてきました。あと知名度的に難がありますが、長女は我がアイドルちすん(大阪市)がベスト。彼女も確か『風のハルカ』で好演。
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■ 20120129/スージー鈴木inラジオ・デイズ。
むかしむかし、FMヨコハマ土曜夕方に「トワイライト・ナビゲーション」という番組がありまして、その番組内に「6時35分の男」「謎のマーケティング・プランナー」という触れ込みで登場していたスージー鈴木という変なパーソナリティがいました。
彼のコーナーは3年半、全180回続いたのですが、その中でベストな出来の音源を15ネタ集めた「Radio Days」のコーナーがこのサイトにありまして、しばらく閉ざしていたのですが、このたびまた復活させます。
(1)第27回:コストパフォーマンスCDの世界(1996年4月20日O.A.)
(2)第28回:在日ガイジンのための日本語講座(1996年4月27日)
(3)第34回:デジャーブ・クラシック特集(1996年6月8日)
(4)第38回:5分で出来るギター弾き語り(1996年7月6日)
(5)第42回:スージー鈴木ピアノリサイタル(1996年8月3日)
(6)第45回:盆踊り特集(1996年8月24日)
(7)第46回:横浜市内めちゃめちゃ小さな旅(1996年8月31日)
(8)第58回:カラオケ一人リミックス芸(1996年11月23日)
(9)第99回:神奈川銘柄のCMソングを歌おう(1997年8月30日)
(10)第110回:ドラムンベース特集(1997年11月15日)
(11)第116回:年忘れバカリミックス祭り(1997年12月26日)
(12)第119回:ロックンロール予備校(1998年1月17日)
(13)第123回:バカリミックス祭りpart3(1998年2月14日) 【最高傑作】
(14)第156回:Baystars Hitting Order Remix(1998年10月3日)
(15)第161回:ウエダ君ショウ!(1998年11月7日)
タイトルだけ読んでもどんな内容かまったく分かりませんが、いまから10数年前、青春真っ盛りのスージー青年の才気溢れるトークが今となってはとても新鮮です。
いまやたいへんに世慣れてしまったスージー中年の安定したトークもなかなかのものですがですが、このころのちょっと緊張したテンション高めのトークの荒削りな魅力も捨てがたいものがあります。
「日本一の器用貧乏」、スージー中年にぜひラジオのお仕事を。スージー本人になりかわりお願いいたします。
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■ 20120122/羽曳野のダルビッシュくん、テキサスに行く。
ここ数日いろんなところで書いたが、ワタシはダルビッシュ有を「日本プロ野球史最高の投手」だと思っている。
時代が違うから比べるのも実に不毛なのだが、確かに「1959年の杉浦忠」「1961年の稲尾和久」「1968年の江夏豊」は壮絶だっただろう(生で観ていない)。ただし客観的な視点で冷静に考えれば、「2011年(までの数年間)のダルビッシュ」は彼らを上回ると思う。
それぐらい、この50年間の日本野球の進化は凄まじいはずだし、だから多分、いまの千葉ロッテでもV9巨人に勝てるのではないか(勝:成瀬、負:堀内、本塁打:大松10号、王55号)。
さて、ここ数日の「ダルビッシュ騒ぎ」でワタシの心にいちばん深く刺さったのは、彼の記者会見。それも自信満々の発言(当たり前だ。球史最高の投手なのだから)ではなく、このひとことだ。
―――(問.注目されることをどう思うか)「『大阪の羽曳野市で生まれ育った野球好きの子ども』ということは変わらない。日本でもそうだったが、注目されることには戸惑っている」
羽曳野(はびきの)。ワタシが生まれ育った東大阪市にほど近い河内の小都市。ワタシが近鉄大阪線ならダルビッシュは近鉄南大阪線。才能は月とスッポンの爪の垢ぐらい違うが(こんにちは、垢です)、同じように生駒山を見ながら育ってきた少年だった。
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「街はずれ」という言葉があって、河内のあたりを表現する形容として実にふさわしい。大阪市内ほど都会ではない、豊中や池田の阪急沿線ほど裕福ではない、なんとかニュータウンほど新しくはない、かといって和歌山に近い和泉のあたりほど寂れてはいない。まさに「街のはずれ」。
東大阪、八尾、松原、藤井寺、羽曳野。まぁ、柄はお世辞にもいいとは言えない、どちらかと言えば貧しい、ただいわゆる田舎ではないので「都会に出ればなんとかなる」という希望もない。ある意味でもっとも末期的な街と言えなくもないのだ(だから平田信が東大阪に住み着いた理由もなんとなく分かる)。
このような育ちである「河内の子」の郷土観は複雑である。過剰な郷土愛もなければコンプレックスもさほどない。ただ、末期的な街で育った変な自信みたいなものがあって、それは、より都会の人間にもより田舎の人間にも負けないという感覚。スモッグと町工場とヤンキーと日本一汚い(と言われた)大和川という末期的風景で育った力強さとしたたかさ。
あまりよく知らないので憶測で語りたくはないが、河内という地に育ったイラン人ハーフの少年としてはそれなりの軋轢もあったろう。彼の弟の素行にもいろいろと複雑な背景が感じられる。羽曳野生まれというベースに、そのような育ちの複雑さも含めてダルビッシュの強靱さがある気がする。
「『大阪の羽曳野市で生まれ育った野球好きの子ども』ということは変わらない」とアメリカ人記者に言ってのけるセンス。同郷(と言ってしまおう)のワタシが彼の成功を予感するのは、「日本プロ野球史最高の投手」という事実よりも、この精神面への強い信頼からである。
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■ 20120115/不定期連載「世界一簡単なギター教則本」第1~2回
ひょんなことからFacebook(http://www.facebook.com/suzie.suzuki )上でこのような「連載」を始めました。ご興味のある方はぜひフィード購読下さいませ。
第1回「ギターはケースから出して裸で立てかけておこう」
昔、英語の先生が言った言葉で忘れられないのが「英語の勉強は、まず辞書のサックを捨てることから始まります」。サックとは、辞書をすぽっといれる紙製の包みですね。その先生はサックや、辞書本体についているビニールカバーをその場で捨てろと指示しました。要するに、辞書を何度も見るのが英語の勉強なのだから、余計な手間が必要となるサックやカバーなど百害あって一利もなしだと言うのです。
ギターを学ぶことも同じで、思い立ったらすぐにギターに触れられることがたいへん重要です。つまり、「ギターの勉強は、まずギターをケースから出し、そのケースを押し入れにしまうことから始まる」のです。
同様に、ギターをいつもピカピカにキレイにしている人がいますが、プロならともかく、いまから、とにかくなんでもいいからギターを弾けるようになりたいというド素人のあなたにそのような習性は危険です。乱暴に扱ってもいい、キズつけてもいいから、とにかくギターを何度も触って、弾いて、感じることが重要なのです。
写真は「港南台のジミーペイジ」、スージー鈴木先生の部屋です。ギタースタンドが安く売られていますからそれを買ってきて、このように裸で立てかけておくのです。どうでしょう、この雑な置かれ方は。でも主役は自分。自分が弾くこと、弾く快感であって、ギターが主役では決してありません。第1回の結論、いつでも手に取れるようにギターはケースから出せ、そして雑に扱え、です。
第2回「まずは2~4弦だけで『Everyday People』を弾こう」
さて第2回です。いきなりですがもう一曲弾いてしまいます。今回は省略しますがチューナー(安くていいのがいっぱいあります)を使って完璧なチューニングをしたあとで、2~4弦だけを使います。逆に言えば1弦と5~6弦は使いません。外してもいいですがそれも面倒なので、セロハンテープを弦とネックをつないで貼ってミュート(消音)してもいいですね。
実は2弦、3弦、4弦はそれぞれシ・ソ・レの音で、これを一気に鳴らすと【G】のコードになります。勘違いされがちなのですが、コード(和音)とは使う音の組合せ(【G】ならソ・シ・レ)を示しているに過ぎないので押さえ方は無限にあります。この、何も押さえない(=「開放弦」)2弦、3弦、4弦も、見かけはヘナチョコですが立派な【G】コードなんですね。
(このパラグラフは少し上級者向き)ちょっと余談に行きますが、同じメジャーコードでも音程が変わると雰囲気が変わると思います。私の感覚で言えば【A】=明るい元気者、【B】=貧血気味のガリ勉、【C】=温和な優等生、【D】=やんちゃ坊主、【E】=喧嘩好きの番長、【F】=メガネの芸術肌、そして【G】は底抜けに明るい体育会系のイメージです。屈託がありません。そうですね、The Eagles『Take It easy』(http://youtu.be/5zuhxfrXocw )のキーが【G】であることが全てを象徴している気がします。西海岸風味のコード、【G】。
さて、この世界一簡単なギター教則本で用いている「鈴木メソッド」のキーワードは感動です。あなたは今【G】が弾けるのです。西海岸の底抜けに明るい太陽と風を手に入れたのです。「じゃ【G】の次は?」などのさもしい思いに駆られるのではなく、今、もうすでに「【G】が弾けたこと」に感動しましょう。感涙してもいいです。
はい。ではさっそく一曲弾きましょう。突然ですが1968年のビルボードナンバー1に輝く名曲、Sly & The Family Stoneの『Everyday People』です。この曲は延々と【G】だけで進行します。なのでなんと2~4弦だけを適当に鳴らしていれば伴奏が出来るのです。
ちなみに歌詞は「黄色い肌したヤツが黒い肌を受け入れない。黒い肌のヤツが赤い肌を受け入れないし、赤い肌のヤツは白い肌を受け入れない」など人種問題を歌った曲です。ま、この曲が好きかどうかはともかく「弾きたい曲を弾くのではなく、弾ける曲を弾いて、感動する」。これが鈴木メソッドのポイントです。ではまた。
(注)添付した『Everyday People』のYouTube音源はキーが【G】より少し高く【A♭】との中間ぐらいになっています(テープ録音の当時にはよくあることです)。この映像に合わせるならチューニングをやや高めにしてください。
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■ 20120107/新年のごあいさつ~唯一性と永遠性について。
紅白歌合戦の椎名林檎のステージが圧倒的に良かったですね。何が良かったかといえば、歌が上手いとかそういうレベルではなく、「いま、世界中でこのパフォーマンスが出来るのは彼女しかいない」という、いわば「唯一性」みたいな部分が良かったと思うのです。
トヨタのCMでブロンディの《ハート・オブ・グラス》が使われていて、それでふと、この曲の元ネタといわれたサディスティック・ミカ・バンドの《ヘーイごきげんはいかが》を思い出して、そこからミカ・バンドをこの正月休みによく聴いていました(そうなんです。嘘のような本当の話、「元ネタ」なのです。
サエキけんぞうさんご本人から承認ツイート をいただきましたもの)。
聴くアルバムは『ミカ・バンド・ライブ・イン・ロンドン』。まぁこちらも圧倒的な演奏。実はこの演奏が繰り広げられた1975年秋の段階で、イギリスではチョッパーベースという奏法があまり知られていなくて、後藤次利の派手派手なチョッパー奏法がかの地のロックキッズの度肝を抜いたといいます(当時のイギリスの新聞に「ツグトシ・ゴトーのフラメンコ奏法」と書かれています)。
ただ、このアルバムを聴いて不思議に感じるのは、リーダー加藤和彦の存在感がとても薄いことです。言ってみれば「サディスティックス(高橋、高中、後藤、今井)featuring ミカ」の演奏になっていて、「リーダーの加藤和彦はこの演奏でほんとうに達成感を感じていたのか」ということが気になりはじめたのです。
音楽家というより、スタイリッシュに新しい文化・風俗を雑食していく人だった加藤氏が、あこがれの地のロンドンで、チャイナ服を着て、《黒船》などのオリエンタルな曲を、曲芸みたいなベースやギターをバックに歌って、あげくの果て「我々が見た一番背の高い日本人」なんて言われ方をすることは、加藤和彦の本意じゃなかったんじゃないか?
それからミカ・バンドは、加藤和彦とミカの離婚もありすぐに解散します。ただそんな離婚がなくても、もしかしたら加藤和彦はもうミカ・バンドという器に限界を感じていた、飽きていたような気がします。単なる一リスナーの憶測ですが。
さらに一昨年の加藤和彦の自殺。正月からこんな話もどうかと思いますが、このサイトで
しつこく何度か書いている ように、音楽家として自らの永遠の立ち位置を見つけられなかったことがその背景にあるような気がして仕様がないのです。
さて、ミカ・バンドのあの演奏は1975年のロンドンにおいて、こちらも「唯一性」あるパフォーマンスだったわけです。でも2012年の正月にワタシはこう考えるのです。
「唯一性」だけじゃダメなんじゃないか、「永遠性」がなければダメなんじゃないか。
紅白の椎名林檎には「永遠性」も感じることができます。つまり、「ワタシはこのような歌を歌っていくぞ、そして紅白という日本の芸能界の頂点でこのような違和感ある輝きを保っていくぞ、永遠に」という覚悟が見えます。
ひるがえって、ミカ・バンドには「唯一性」はあれど、もう本当に一瞬の花火のような、ガラスのようなパキパキの輝きがあるだけで(それはそれでとても魅力的なのですが)、椎名林檎のような覚悟は見えてこない。むしろ加藤和彦の限界やあきらめが臭ってくる。ミカ・バンドは大好きでこれから何度も聴いていくはずですが、ただ今、ワタシが求めていることは椎名林檎の方角なのではないか。
長くなりました。野球で、音楽で、お笑いで、「唯一性と永遠性」あるパフォーマンスを追っていきたいと思います。あわよくば自らの「唯一性と永遠性」あるパフォーマンスも追求したいと思います。こんな感じで暑苦しく、今年もよろしくお願いいたします。
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