■20070325/トータルテンボス他、もろもろ。
はい。新曲《バルデスなんデス》がとっても好評な、鈴木です。
さて、二日連続、雨の幕張です。「幕張ファイヤー」も生で観ました、が、このHPのルールとして、今年も(ほとんど)マリーンズについては語りませんので悪しからず。
あ、新人王はオリックス大引で決定ですね。守備、すごすぎ。
グッドウィル・ドーム(!)の開幕戦、西武ライオンズの応援団、「太田社長辞めないで」とのプラカード。「太田コール」も起こったらしい。よく分からない。サクラか?
吹き飛ばないって。
それ以前にホームページ上の「おわび」の扱い、相変わらず小さいし。
ドリカムの《大阪LOVER》
はいいですね。彼らの曲ではじめていい曲だと思いましたよ。大阪人のことではなく、大阪人に恋する女の子の視点から作った歌詞が、うまい。大阪人にも愛されるでしょう。
絢香×コブクロ《WINDING ROAD》は、絢香の進むべき道を悪い方向に決定してしまった感じ。もっとポップスに軸足を置いた方がいいのに。「歌い上げる」ような歌が「うまさ」は、今全然「うまくない」方法論なのに。あれじゃ小柳ゆきになってしまうなぁ。
本題。
「爆笑オンエアバトル」のチャンピオン大会。NON STYLEが優勝。この結果には甚だ遺憾なのだが(っていうか、あの2人がタカアンドトシを超えているわけがない。組織票か?)、その陰で、すごいことが起きていました。
鉱脈を掘り当てたぞ、トータルテンボス。
何度観ても面白い。屈辱のM-1からたった3ヶ月で、新しい方向性を発見し、それを突き詰めています。
鋭敏な言語感覚に基づいた、新スタイル。
ツボは「ライス」。隠れ美脚として有名な(笑)。
■20070324/あけましておめでとうございます。
■20070314/裏金枠。
そもそも、ホームページ上の「おわび」の扱いがこんなに小さくていいんですかね?
あと、例のCM、自粛するとか言ってたけど、スカパー!でガンガン流れてましたよ。
結局は、親会社含めて企業として腐っているんでしょう。環境破壊の権化であり、有価証券を偽造する、罪の意識がない企業。
やってしまいましたねぇ。いや、厳密には「やってしまってましたねぇ」。西武ライオンズ。
そもそも「希望枠」っていう言葉がやばいですね。一昔前は「逆指名」。そこから「自由獲得枠」、そんで「希望枠」と。
なんか「希望枠」っていうと、「21世紀枠」(ま、これも別の意味でやばいですが)と同じく、「希望」という言葉自体に、なんかポジティブな響きがあるから騙されてしまうのです。
これ「満州事変」「日韓併合」とかと一緒ね。主に日本史、現代史で、ある意図をもって使われる手法に通じるものがある。
言い換えましょう。「希望枠」を、「裏金枠」と。
さて、今回は、この「希望枠」を残すべき論拠として、まじめに語られていたと言われる(毎日新聞より)ひとつのロジックをネタに激怒してみます。
「希望枠がなければ、いい選手はみんなメジャーに行ってしまう(から希望枠存続)」
バカか?
(1) 希望枠があっても、いい選手はメジャーに行くよ。バカか?
(2) そもそも別にいい選手がメジャーに行っても、いいじゃねぇか。バカか?
(1)は言うまでもなくナンセンスです。逆指名で入団した上原や福留が「メジャーに一生行きません宣言」したら信じてもいいけどね。
で、今回、誰も言わないから、ワタシが大声に出して言いたいのは(2)。
行きゃあいいじゃん。行けばええやん。行けばいいっしょ。と、いくつかの方言で。
「いい選手」が日本からいなくなるのが、みんなそんなに悲しいわけ? じゃ、イチローがいた末期のオリックスの観客があんなに少なかったのはなぜだ? 松坂末期の所沢もそう。
それは要するに、野球ファンはたった一人の超優秀な選手を観に行っているのではなくって、チームそのもの、野球そのものを観たがっているんだと。そういうことを逆説的に示していると思うのです。
少なくともワタシは西岡がメジャーに行っても、西岡を応援するし、それ以上に千葉ロッテも応援し続けるでしょう。
逆に、希望枠とか、読売方面含めた一部の人間だけが喜ぶそういう意味不明なルールが存続していくと、ワタシ(たち)は、日本プロ野球全体を嫌いになる可能性がある。
日本の野球の裾野は、もっともっと肥沃で豊か。だから「どんどん行け」とは言わないけど「行きたければ行けばいい」。それぐらいの度量を示すべき。
最後に、西武ライオンズの今年度のスローガンを、やくみつる氏的に遊んでみましょう(スローガンの原典は上ホームページに)。
「東京ガス木村は、裏金なしでは獲れない、即戦力だ。」「心を、ひとつに。裏金は、ふたりに。」
追伸:早稲田の外野手の父親。なんで逆ギレしてんだ?バカか?
■20070306/小林武史がサザンを殺した。
というわけで、『クワタを聴け』以来、ずっとサザン・ブームが続いている鈴木です。で、同著と自分の見解の相違を確かめながら、なぜその相違が起きるのかを自問自答しておるわけです。
ワタシ的見解の根本は、「サザンは『KAMAKURA』で終わった」という、たいへんシンプルな一刀両断。
それをよりかみ砕いて言えば、「小林武史がサザンを殺してしまった」ということ。今回は、この見解についての説明。
まず、『KAMAKURA』の一曲目、《computer children》を、ひさびさに聴いてみる。
聴こえてくる、見えてくるのは、コンピュータという文明の利器といっしょうけんめい格闘し、結果失敗してダサダサの音を作っている6人の姿。
同時期には、山下達郎も『ポケット・ミュージック』で、おなじような格闘をしていたわけですが。
で、逆説的なことをいいますが、この「格闘」の姿こそがサザンの魅力ではなかったか、と思うのです。
いい意味での学生バンドノリ。音楽好きの仲間が、プロのチカラを借りずに、アマチュアならではの八方破れなパワーで、ナンバー1のロックバンドになりあがった、桑田、そしてサザン。
コンピュータも、プロのチカラを借りずに、自分で取り組んでみよう。このおそれを知らない主体性こそがアマチュアノリ、学生ノリでしょう?
そこで現れたのが「ザ・プロ」、小林武史。
アルバム『KEISUKE KUWATA』で、プロと協働することの楽チンさを知ってしまった桑田。自分の感性を、他の5人のメンバーにいちいち啓蒙しなきゃいけないことが面倒だという認識に至った桑田。
アルバム『southern all stars』は、「桑田佳祐と小林武史と、彼らのサポートバンド」による作品という感じがする。バンドとしてのダイナミズムが聴こえてこない。だからワタシは嫌い。
結局は「バンド」としてのサザンが、ワタシは好きだったのです。学生ノリで、みんなで、コンピュータやレゲエやブルースと格闘しているサザンが好きだったのです。
というわけで、『southern all stars』以降の楽曲はすべて「☆」(一つ星)。あ、《希望の轍》と《波乗りジョニー》は別格で「☆☆☆☆☆」。
と、こーいうオヤジな発言をもっとした方がいいんじゃないか。『ザ・ベストテン』の「スポットライト」の、ジョギング姿のサザンをリアルタイムで観た世代のオヤジは。
■20070226/ふぞろいな週末。
いまや「ふぞろい」と言えば、石原真理子のあの著作を想起しますが、ワタシはひさびさに、その本家『ふぞろいの林檎たち』のことを考えていました。
というのは、NHK-BSではじまった画期的番組『お宝TVデラックス』(このご時世にデラックスと銘打つセンスが良い)で、かなり本格的に『ふぞろい』のことが取り上げられたからです。
「本格的」というのは、たとえば山田太一が登場するだけでなく、彼の台本の作り方(出演者の実体験を台本に生かすという方法論)などまで丁寧に紹介。そのアプローチは、なかなか満足できるものでして。
そんで、盛り上がりまして、山のようなVHSテープの棚から、『ふぞろい』パート1、パート2の最終回の録画ビデオをほじくりだし、観ましたよ。このとき以来。
恥ずかしげもなく言いましょう。やっぱ最高。泣いた。これに比べたら、今のドラマ、クソ。
これは、現代のノリについていけない老人の戯言……とは違うと思う。メジャーと高校野球ぐらいの差があるな。本当に。当然メジャーが『ふぞろい』のほう。
さて、こんな本が発売されているようです。

実は、同志のこのサイトで知った段階で、まだ読んではいないのですが、なんでも愛しの中山氏が、サザンの曲を五つ星で採点しているという。
こちらもサザンには一家言あるつもり(ただしアルバム『KAMAKURA』まで限定)。ワタシの評価とどう違うか。その差分が楽しみです。ちなみに、ワタシの「ベストナイン」は以下。
[スージー版サザンベストナイン〜アルバム『KAMAKURA』まで]
1番センター/思い過ごしも恋のうち
2番セカンド/EMANON
3番ライト/いなせなロコモーション
4番ファースト/Melody(メロディ)
5番DH/夕方hold on me
6番サード/旅姿六人衆
7番キャッチャー/シャ・ラ・ラ
8番レフト/サラジェーン
9番ショート/松田の子守歌
ピッチャー/勝手にシンドバット
※なお、この森羅万象を「ベストナイン」で表現する手法についてはこちらを参照。
テレビドラマも、サザンも、そして石原真理子も。あの頃がいちばん良かった。
■20070219/リップスライムの長期安定政権。
『R-1ぐらんぷり』。たいへん面白く観ましたが、やはり、制作者側のお笑いに対する愛のなさが目につくなぁ。審査員の人選もそうだけど、ネタが終わった芸人を一息つかせずに司会がつないでしまうのとか(M-1の場合は一瞬間をおきますからね)。うむ。関西テレビの限界か。
さて、こちらもたいへん楽しく聴かせてもらいました。リップスライムの新作。

前作『masterpiece』の流れを組む手触りで、逆に言えば前々作『time to go』と『masterpiece』の間にはちょっと段差のようなものがある。
具体的に言えば『time to go』にちょっとうかがえたメッセージ性みたいなものが『masterpiece』で希薄になって、結果、「音」としての純度を増した感じ。純粋音楽な感じが今作と共通するという気がします。
『masterpiece』は04年発売だったんですねぇ。時が流れるのは早い!
で、その間に自律神経をわずらったDJ FUMIYAがこのアルバムでは復帰。見事なバックトラックを聴かせてくれます。
このアルバムでリップスライムは長期安定政権に入った気がします。どこにでもありそうでどこにも無い音。音楽的な完成度の高さ、雑食性、それでいて押しつけがましさのまるでない軽快な音。
昨年のレコード大賞はDef-techでした。彼らはまだまだ、いろんな意味で若い。音楽的な深みで言えば彼らの方がもしかしたらリップスライムを超えるかもしれない(そもそも根本がヒップホップじゃない)が、押しつけがましさというか、ほとばしるものが強すぎて、つまりはまだまだ若い。
こちらは、もうこの年になって音楽的には冒険をしたくないのもあって、リップスライムの安定感が心地よいわけです。
オススメの曲は《wonderful》。スウィングとラップ。こーいう取り合わせがDJ FUMIYAの技ですね。
■20070211/「バブル」なんて振り返りたくねぇ。
「バブル時代」を振り返る映画の影響か、最近あの時代がいろんな意味でメディアの話題に上っています。我が愛する、TBSラジオ『伊集院光の日曜日の秘密基地』のFAXテーマも、なんかそんなテーマでした。
いつかも書きましたが、このような「バブル時代振り返りブーム」について、割と苦手です。っていうか、より率直に言えば、嫌いです。
まず「バブル」という言い方自体が、政界と金融界がグルになったあの最悪なる金融政策を、それこそ泡のようにうやむやにしてしまう効能を持っています。だから、まずこの言い方自体が嫌いです(なので以下、バブルという言葉にすべてカギカッコを付けます。読みにくいでしょうが)。
次に、「バブル時代にオレはこんなに派手に遊んだんだぜ自慢」をするバカオヤジが目障り。この「バブル時代振り返りブーム」に乗って、またこんなバカオヤジがたくさん出てくるんだろうなと思うとゾっとする(イメージ=川合俊一)。
で、これが最後にして、いちばん大きなポイントなのですが、実はワタシ自身、この時代(具体的には1989〜1992ぐらい)が、個人的に、いろんなことがうまく行かず、イライラしていた「冬の時代」だったわけです。
唐突に、1988年のワタシの文章。FM東京『トーキョー・ラジカル・ミステリー・ナイト』の番宣フリーペーパーより、当時絶好調のブルーハーツを推した内容。
思えば日本のロックボーカリスト史(?)は、日本語を歪めていく過程であった。大滝詠一、矢沢永吉、桑田佳祐、佐野元春らが、一つの音符に言葉を詰め込んだり、カ行やタ行の発音を強めたり、また歌詞に英語を導入したりして、少しでも洋楽の雰囲気をだそうと努力してきた歴史なのである。
で、なぜ彼らがそこまでして洋楽に近付きたかったかというと、それは勿論、彼らが感動し、触発された音楽が洋楽であったからだ。リトル・フィートが好きだった桑田佳祐はローウェル・ジョージの歌い方を日本語でやってみた。「サムデイ」の佐野元春の歌い方(曲調)はもろスプリングスティーンである。今の若いロッカーたちだって、基本的にはほとんどが邦楽より洋楽に強い影響を受けているはずだ。だからこそ、言葉を歪めた歌い方や、英語のフレーズが未だに残っているのである。
しかし、今の邦楽ロックの聞き手の主な層である中高生は、20代(特に後半)とは比べものにならないほど、洋楽を体験していない。というよりも彼らにとっては、気がつけば邦楽ロックがそばにあったという感覚だろう。そうなればわざわざ洋楽なんて聴こうとは思わないはずだ。たとえ歌詞に英語のフレーズがあったとしても、とりあえずは意味の分かる日本語をビートに乗せてくれるロックが身近にあるのだから。
このようにして育ってきた彼らのセンスは、未だに洋楽志向のミュージシャンたちのセンスとはかけ離れてきている。「邦楽チルドレン」がより増えるであろう90年代以降は「洋楽的カッコよさ」はもっともっと聞き手に通じなくなっていくはずだ。
とすれば、例えばブルーハーツの方法論などがこれから主流になっていくのではないか?ほぼ日本語のみの歌詞を、意味が分かるように歌い上げるヒロトのボーカルは、今の、そしてこれからの邦楽ロックの聞き手のニーズに非常にあっていると思う。
私などは「基本的に邦楽ロックで育ってきたが、少しは洋楽も聴いてきた」世代に属すると思うのだが、その私でも必要以上に言葉を歪めた歌い方や、いきなりサビで意味の分らない英語になってしまう歌詞には強い嫌悪感を覚えはじめている。
歌っている本人が洋楽に憧れてきたことなんて、私(たち)には関係のないことだ。求めているのは、いきいきとした日本語のメッセージなのだ。だから言いきってしまおう。ブルーハーツに比べると、桑田や元春が生み出したボーカル・スタイルは古い。完全に古いのである、と。
勿論、ロックが海の向こうで生まれたものである限り、邦楽ロックにとって洋楽は「前提」である。しかし「前提」は「結論」ではない。前提を簡単にくつがえしてしまうのも、ロックの持つ魅力じゃなかったか?
「バブル寸前」に21歳のワタシは、こういうことを書いていたわけです。多分に生硬で、恥ずかしくもありますが、そんな気持ちを超えて、なんだか熱くって、独自の視点が加えられているいい文章だと自画自賛します。
この文章から、「ラジオデイズ」(1995年秋から)の間のエアポケットのような時代。広告や雑誌、テレビの「ギョーカイ」の中でうろうろするも何も見つけられず、結局このブルーハーツの文章のような「オーディエンスが少なくとも、自分でしかできないパフォーマンスをしなければ、なにも始まらない」という当たり前のことに気づいた頃。
当たり前のことに気づかないから、イライラ、オロオロしていたわけです。
長くなりましたが、「バブル」とは正反対、こすってもこすっても垢しかでないようなカスカスの日々。それがワタシ的な当時の風景でした。
だから、ワタシは「バブル時代振り返りブーム」を嫌うのです。
■20070205/対馬亘氏と社会派映画の週末。
世の中には分かっている人もいるもんで。
ここでも取り上げられていた、「日本の歌百選」。ま、文化庁がシキったという時点で興味もクソもないのですが、これについて、『週刊金曜日』(なんて雑誌も読んでいるわけです。ワタシ)で対馬亘という名前のライターの人が、こうのたまった。
「ナンバーワンよりオンリーワン」との宣言に対しては賛否あったはずだ(中略)どうせSMAPを選ぶなら、一九九五年、すなわち地震とオウムの年に、「かっこ悪い毎日をとりあえずがんばりましょう」と声をかけた『がんばりましょう』を選ぶべきだったのではないか。同じ「応援歌」でも、こちらは数段上等だ。
激しく同意。ザッツ本多勝一スピリッツ。捨てたもんじゃない。
映画は『それでもボクはやってない』。昨日、港南台シネサロン(小ぶりながらたいへん観やすい映画館)。地味な、けれんみのない、ストレートな社会派映画だけれど、おもしろい。
後半なんて、ほとんどが裁判所の中での設定。CGも、宇宙も、カースタントも出てこないけど、おもしろい。
「なぜ紅白の視聴率や低迷しているのか?」という問いに対して、待てと。それはそもそも、みんながみんな一律的に紅白を観ていたことの方がおかしいんだという考え方があります。
そう。みんながみんなツマラないハリウッド映画を観ていたことの方がおかしいと思う。そもそも。
郊外の小ぶりの映画館で、極めて地味な社会派映画が(ほぼ)満席。日本の映画産業は、これでいい。あと、主役の男の子、加瀬亮くんが絶品。
しかし「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」、そしてゴールデンカップスとアルタミラ・ピクチャーズというところは元気だなぁ。
■20070129/「新番組企画書」
関西テレビ放送株式会社 御中
[企画意図]
(1)『パンチdeデート』『爆笑クリニック』など、昔は番組制作能力の高さを全国にとどろかせていたが、最近は「東京キー局からのネット番組が多いから、利益率の低い番組制作への投資を抑えることができ、結果、朝日放送や毎日放送よりも給料がいい」と揶揄される始末であり、関西圏に根ざした独自の番組制作が求められる情況である。
(2)なによりも早期の対応が求められる。企画に時間をかけている余裕など無い。過去の番組の資産を生かすという発想が重要。
(3)時間帯やスポンサーのつなぎとめという視点からしても、家族全員で楽しめるコンテンツが大前提。今回事件を起こした番組は視聴層がやや主婦層に偏っていた思われる。スポンサーの商品には昨今男性商品も多く、より幅広いターゲットをねらいたい。
(4)『M-1グランプリ』の大ヒット。反面、関西圏以外では同番組のようにネタをちゃんと見せる番組がほぼ皆無で(『エンタの神様』は、その根本思想がネタ軽視)、ここに市場性があると判断。
[企画内容]
『花王名人劇場リターンズ!』
(1)なによりも御社がかつて手がけたコンテンツであり、そもそも今回事件を起こした番組と同日同時刻にオンエアされていた番組。スタッフや台本の流用によって、早期スタートが可能。
(2)またその「関西性」は、関西企業である御社の番組制作能力をアッピールできる絶好の機会となる(上の揶揄を正面突破できる)。
(3)『M-1グランプリ』的なお笑いの時流に乗れる。否、むしろ過去の歴史より「お笑いの本流はこちらだ」という開き直りも可能。
[第1回内容]
『激突!漫才新幹線リターンズ!』
旧『花王名人劇場』の中でもっともインパクトがあった回であり、80年代のMANZAIブームを事実上作り上げた『激突!漫才新幹線』(80年1月20日)のリニューアル版。前回は東海道・山陽新幹線の路線より、東京=星セントルイス、大阪=やすし・きよし、岡山・広島=B&Bという構成であったが、今回の企画では以下のラインナップを想定。
東京=東京ダイナマイト
静岡=トータルテンボス
愛知=スピードワゴン
京都=チュートリアル
大阪=ますだおかだ
岡山=千鳥
福岡=博多華丸大吉
(完)
■20070123/前回の続き。
設定が70年代に入ってきて、いよいよ面白くなってきた『芋たこなんきん』。先週のオンエア、長女の友人で、フォークソングにかぶれている女の子として出てきた林明日香とかいう子が歌った《we shall overcome》。びっくりするぐらい上手かった。あまりにも上手すぎて「1970年の大阪、いや日本全国で見ても、当時こんなに歌上手い女の子はいないぞ」と、時代考証を疑うほど。
前回話題にした『華麗なる一族』の木村拓哉への違和感。その違和感は、ずっと肩幅の狭さから来るものかと思っていたが、ある人の指摘でふと気づいた。「髪の毛長すぎやん!」
神戸に路面電車が走っていた時代に、あんな髪の毛の、それも財閥のビジネスエリートはいないって。時代考証以前の問題だ(あと、少なくとも一人ぐらいは関西弁を喋らせてもいいと思うのだが)。
某ルートから入手しました。昨年12月29日に関西地方でオンエアされた『オールザッツ漫才』のビデオ。
とろサーモンが優勝したと風の噂で聞いていたが、楽しみに見てみたら漫才ではなく、「イロモネア」的なショートコント/一発芸で最後まで行ってしまって、ちとガッカリ。ただし前年優勝のストリークがジャルジャル(とやら)に負けてしまった段階で、とろサーモンに敵がいなくなってしまった。
というわけで、個人的には2007年のM-1の決勝に残ると信じているとろサーモンですが、彼らの本領が発揮されたどうかと言われれば、疑問。
ストリークは阪神矢野の応援歌ネタが最高(最後ハモるところ)。ハンカチを持ちながら出てきたのも良いし、やっぱり昨年と同じく「ストリークVSとろサーモン」の対決を見たかったなぁ。
めっけもんは、とろサーモンの眼鏡の方(MC久保田というらしい)がやる、風俗店(?)のアナウンスネタ。おもろい。それとM-1敗者復活でも才能の片鱗を見せたギャロップ。髪の毛が薄くない方が谷村新司をやるという発想に拍手。
で、ノリ中村。ま、これまでの行動から、なんとなく「ノリ=自分勝手、横暴、やんちゃ」みたいなイメージか強くって、今回の件も、ノリの方に批判票が集中しているようだが、でも「べき論」として、選手会と取り決めたルールを超えた減棒はよくないって。まずそこを押さえた上で、ノリのパーソナリティについて云々するのならいいんだけど。
選手会は何してんのだろう。古田から宮本にリーダーが変わって動きが遅い感じがする。選手会の要請でパの東西対抗(草薙球場)が無くなるのも解せないし。それにしてもオリックス球団というのは、ことごとく「心ある野球ファン」の意識を逆なでする判断ばかりするなぁ。
■20070115/年末年始のテレビ評論。
たいへん遅ればせながら、あけましておめでとうございます。我がサイトも「正月休み」をあけて、本日から新年として稼働いたします。今年もなにとぞよろしく。で、今回は、極めてアットランダムに、年末年始のテレビ界を振り返りたいと。
いちばん面白かったのが、『日めくりタイムトラベル〜昭和42年〜』。昭和42年を回顧するという視点も正しければ、ゲストがまた正しい。中尾彬,猪瀬直樹,伊東ゆかり,小林亜星,ムッシュかまやつ,伊集院光,里中満智子,奈美悦子,生田智子,香田晋,玉ちゃん(NHKのサイトではフルネーム表記できないのかしらん?玉袋筋太郎),デーブ大久保,松村邦洋,渡辺真理,南野陽子,ピエール瀧……壮観!
『漫才しろ!ますだおかだ』もよかった。スカパー!の「ファミリー劇場」で観られる、ますだおかだのライブ。「M−1史」の中でもっとも軽んじられているファイナリスト、ですが、本気で漫才やらせると、やはり圧倒的。今回これ観て気づいたのは、岡田のつっこみのうまさ。あと、ここでしか観られない「アフレコ漫才」は怒濤の面白さです。
紅白歌合戦は、アンジェラ・アキに尽きました。それだけ。『ザ・ドリームマッチ』は、今回タカアンドトシを呼んだことで一歩前進したものの、志村けんを優勝させたことで、すべてが台無し。ロンブー、ココリコ、キャイーンを、笑い飯、ブラマヨ、チュートリアルあたりに変えれば良い。こちらもご参考に。
新年のドラマについて。『ハケンの品格』と『演歌の女王』は期待はずれ。前者の日テレ×篠原涼子については、『anego』の失敗(はじめは面白かったのに、突然、篠原×赤西仁の恋愛ドラマに矮小化させた台本)を想起させる。後者は天海祐希がんばるも、原田泰造のキャスティング自体が決定的な間違い。
逆に意外な傑作が『東京タワー』。原作にすでに完璧にヤラれていることで評価は下駄を履いているものの、倍賞美津子の演技が神懸かり的。ちょっと真似ができない。
華麗なるキャスティングが話題の『華麗なる一族』。いい味を出す西田敏行、鈴木京香と評価できる部分もあるが、唯一にして最大の問題は、主役、木村拓哉。ひとりだけ違うノリを醸し出している感じ。
ま、てな感じで、今年も頼まれもしないのに、お笑い、野球、テレビ、他、すべてのエンタテイメントを語り尽くしていきます。エンタテイメントは、供給する側よりも、供給される側の方が絶対偉いんですからね。今年もよろしく。
あ、新曲もよろしく。