■20070624/『舞妓haaaan!』に日本喜劇史の流れを感じて。
いつか、ここで、そのタイトルについてイチャモンを付けた『舞妓haaaan!』鑑賞。港南台シネサロン。
『木更津キャッツアイ』の映画もそうでしたが、今回も爆笑、とまではいきませんでした。個人的にはちょっと不発な感じ。
宮藤官九郎は1時間以内の脚本でしか光らないのか? いえいえ。『池袋ウエストゲートパーク』のスペシャル(クレイジーケンバンドが出てきたヤツ=スープの回)は最高でした。
ま、正直さめてしまった理由として、左ナナメ前に座ったババァの2人組(赤いウエストポーチしてたお前や!)が異常に笑いのハードルが低くって、笑うべきでない箇所にも始終笑っていたというのが不愉快だったというのもありますが。
でもこの事実から話を引っ張れば、要するに、クドカンや阿部サダヲはもう『IWGP』時代のようなサブカルチャーの雄、ではなく、もう完全にメインカルチャーの雄だってことですね。ババァを笑わせるっていうのは。
脱線。例のDoCoMo2.0のキャンペーンがなぜ不愉快か、今頃分かった。『IWGP』を7年遅れで今頃ヌケヌケとやってることへの反感だった(長瀬だけでなく、妻夫木聡も出てたしね)。
テレビじゃなくって映画でやるかぎり、テレビでの破天荒さをババァにも分かるように希釈するという考えがあったのかも知れない。もしかしたら『木更津』の映画でも同じような逡巡があって、結果、不発感ただよう結果になったのかも。
ただ、植木等が、最後の、最期の力をふりしぼって演技をしていたのは印象的でした。
これもやや脱線的ですが、この映画の出演者の中に、三宅裕司を置いてみればいい。
植木等(60年代)→伊東四朗(70年代)→(「いい加減にします!」などのつながりで)→三宅裕司(80年代)→(「ワークパラダイス」などのつながりで)→生瀬勝久(90年代)→阿部サダヲ(00年代)。と、「日本喜劇俳優の歴史」が一気につながって見えてくる。
この悠久の歴史の流れを体感できたことが何よりも印象的。日本喜劇史の末裔という見方で、次作クドカン映画に期待。
■20070618/ワタシがここで書きつづける理由。
身辺雑記でもなく、グルメ記録でもなく。実際はともかくとして文体はいちおう不特定多数に向けて。それも、僭越ながらさまざまなコンテンツを紹介したり批評したりと偉そうに。というようなこのサイトを、なぜワタシは続けているのか。もうかれこれ8年も。

実は、小林信彦みたいな文章をかけるようになるための練習なのです。
小林氏みたいに、鮮やかに、自分の視点で、さまざまな映画やラジオや音楽を批評するという技。そういう技を持つことができれば、それは、その映画やラジオや音楽の作り手と同格的、いやそれらを超えたパフォーマンスとなるわけです。
受け手が作り手を超える瞬間。40を超えても、そんなことを考えて、ここで書きつづけているわけです。だって「人生は五十一から」ですからね。
さて、小林氏の最新作を読みながら、それ以外にも先週はいろいろありました。
[episode 1]今年新卒の若者と飲む機会がありました。彼らは実は80年代の半ば生まれなわけです。でも彼らと話してみると実はブルーハーツが好きだっていう男の子が割と多かったりするのです。
ま、映画『リンダリンダリンダ』とか観ると、そのリスペクトされつづけている感が分かりますけどね。いや、ワタシ観てませんが(笑)。
そこで、彼らが生まれて当時の鮮烈な思い出を、ちょっと酔っぱらって若者たちに話すのです。鮮烈な思い出。86年の秋頃に、オールナイトニッポンを聴いていて流れてきたCM。
「僕たちを縛り付けて一人ぼっちにさせようとした全ての大人に感謝します!1985年日本代表ブルーハーツ!」
身体を電流が流れる、という陳腐な言い回しがあるけれど、本当に、流れた。深夜にベッドの上にむくっと起き上がった。そんなことを三田の餃子屋で思い出しました。
[episode 2]遅ればせながら『パッチギ!〜love & peace』を鑑賞。
前作のあまりの感動に比べて、若干説明的で、とっちらかった印象はあるが、でもやっぱり合格点。
井筒和幸を国民栄誉賞にすればいい。また、この映画に感動しながら、同時に公式の場で「三国人」というコトバを使った都知事に投票してはいけないと思った。
[episode 3]こっちもめちゃめちゃ遅ればせながら、HDDレコーダに録画してた『テレサ・テン物語〜私の家は山の向こう』を鑑賞。天安門事件の発端となった民主化運動にテレサテンが参画せざるを得なかった理由がやっと分かった。
[episode 4]昨日の9回大逆転の惨劇を消し去る、成瀬君、120球の凄絶な投球を生観戦し、感動。
……と、ワタシの一週間を彩った、様々なエンターテイメントな人たち。ブルーハーツ、井筒監督、テレサ・テン、成瀬善久。みんなそれぞれに凄い。
でも、このサイトの中ではワタシが彼らを超えている。いや超えてみせる。
それが、ワタシがここで書きつづける理由。
■20070610/やっぱりダメな『エンタの神様』。
『エンタの神様』がまたやってしまいましたねぇ。今、このHP的には盛り上がっているたむらけんじを「けんたむ」という別キャラクターにして登場させました。
たむらけんじ自体がスベることをネタにする芸風なので、以下の話は書き方がちょっとややこしくなりますが、「たむらけんじより『けんたむ』のほうが、面白くなさが面白くない」。
たむけんと共通点の多いカンニング竹山にはその「竹山性」をよりストレートに誇張させるという方法で成功を収めた『エンタの神様』ですが、たむけん本人にはキャラ変更を強いて全国ネットでスベるという苦行を体験させました。
『エンタの神様』の犯罪性については、ここで何度も触れていますからもう詳しく書きませんが、芸、芸人をテレビサイズに閉じこめるように変形してしまう方法論には辟易しているのです。
ただ桜塚やっくんのような、ワタシ的にどうでも良い「向こう側の」芸人(?)は閉じこめても全然かまわないのですが、ワタシが勝手に「こっち側」と決めている芸人には絶対出てほしくない。
ストリークも、ダイアンも、東京ダイナマイトも、出てほしくないなぁ。ま、東京ダイナマイトはテレビサイズから飛び出していくかも知れませんが。
ライバル番組『笑いの金メダル』も、『エンタ』の影響か、この春より少しバラエティ番組臭が強くなってきましたが、ここ数回(結婚披露宴モノ)は、揺り戻しでネタ重視に戻ってきています。
その方向は正しい。
DoCoMo2.0、性懲りもなくあれだけのメンバーを集めておいて、結局ゲームかよ。西武球団への制裁、甘過ぎ。丸川珠代、うぜー。
■20070603/結局無縁だった「大松本論」。
一週間、つまり週刊誌的には「1号」サボりました。すいません。サボるということは珍しく忙しくしていたり、体調を壊したり(鼻声が治らん!)といろいろあるのですが、そんな身辺雑記はここでは書かない。これ私的なルールでして。
さて、週末は札幌に行って「神宮に続いて金本の満塁打をまたライブ鑑賞」という希有な体験をしたのですが、帰途につく途中の札幌駅で見かけた『BRUTUS誌6/15号〜大松本論』を買いました。ここでいう「松本」とは「松本人志」のことで、当然例の『大日本人』という映画のプロモーション臭の強い作り。

実は、いやーな予感をしながら買いました。でも気持ち悪いものを見てみたいというゲテモノ覗きな欲求もあって買いました。
結論、見事に気持ち悪い。不愉快という感情じゃない、気持ち悪いなぁという感情。
茂木健一郎や宮澤章夫に始まるソレ系の方々がよってたかって松本を語っているのですが、これがかなりダメダメなのです。あ、現在羽田への機内で、あと10分でシートベルト着用のサインが出るらしい。そんなややテンパった状況の中で、気持ち悪い部分を「写経」してみましょう。
茂木健一郎「(「ガキ使」のあるネタについて)あれほとんどサミュエル・ベケットの世界ですよ(以下略)」松本「あ、そうなんすか。いや僕そういうことよく分からないんですけれども。」(30P)
「(『ごっつええ感じ』の)テレビ放映は91年から、つまりマイク・ビドロや森村泰昌らが登場した、シミュレーショニズムの時代と合いますね」(中ザワヒデキ/37P)
「(松本への質問として)若い頃と比べて『笑い』に対する傾向、考え方に何か変化はありましたか」(ケラリーノ・サンドロヴィッチ/83P)
と、ここからは自宅で継ぎますが、もう「写経」するだけで身体の奥からしみ出てくるかゆみのような気持ち悪さがあれますねぇ。でも懲りずにそれを説明してみるとすると、簡単に言えばマスのメジャー天才、松本に対して、マイナーでオタクなインテリがカッコ付き「知性」(とやら)で勝負しにいって(そして激敗して)いることの気持ち悪さ。
確か80年代半ばの、あの唾棄すべきニューアカデミズムの連中がビートたけしを大評価していた時期があって、あれとまったくいっしょ。「アカデミズムで松本を語るブーム」がここに始まった。と断言。
対して松本の側は、映画のプロモーションということもあって、このような馬鹿野郎どもに比較的誠実に応えているのですが。
と、ここで終わってもいいのですが、2週間ぶりなので、もう少し継ぎましょうか。
ワタシはといえば、有り体に『ごっつええ感じ』に狂って、テレビでは熱心に見続けたけれど、「頭頭」の流れの映像作品には興味がなくって、今回の映画も観に行かないことを決めているという程度の松本ファンです。
でも松本が「映画」「シュール」「作品」な方向に進んでいくことに異論はない(芸人としての定向進化でしょう)。ワタシ的に興味はわかないが、反面テレビで面白いことをやってくれれば、そちらの方を享受できればまったくもって良いというスタンス。
ただ、「映画」「シュール」「作品」の方向に行くことで、そっち系の、青白いサブカルなジジイどもが、松本をヨイショして、持ち上げて、あわよくば仲間に入れようという魂胆は見ていてたいへん遺憾。やめてほしい。
正直言って、お前らとはランクが違うんだからさぁ。
さて、『BRUTUS』、読みどころはたった2つ。
「(夢で逢えたらのメンバーの中で)一番熱心だったのは、やっぱり松本さん。収録は週に1日だったんですけど、もう1日みんなで集まってブレーンストーミングをやろうって松本さんが言い出したんです。マジメなんだなぁ、と思いました」(清水ミチコ/106P)
「(人生に影響を与えた作品を聞かれて)僕はやっぱりブルーハーツかな(中略)なまじっか大阪で売れてしまったから、東京とのギャップがきつくて…新幹線の往復とかもきつかった。その時、ずっとブルーハーツ聴いてましたね」(松本本人/83P)
この2つの、80年代後半の松本を象徴するエピソード。これだけで映画一本分のイメージがぐんぐん広がっていく。
だから『大日本人』は観ないわけなのです。
■20070520/ラジオのチカラ。
懐かしのメンバーとの年に一度のバカ騒ぎ旅行、つつがなく終了。ジャンに林にラーにコロにサルバンチ●コ。また行きましょう(私信)。
で、高松駅前のキオスクで買ったスポニチで読んだこの記事。
よく読んで、よく解釈して、そしてこれが実はとっても感動的な話なんじゃないかと思えてきた。
まさに名作小説『怪物がめざめる夜』
の世界。
このジェイムスというDJについては、「ラジオ・デイズ」当時に噂として聞いていました。名古屋にすごくオモロイDJがいると。
家族と断絶した男、それも元ヤクザにとっての、唯一世の中とつながるゲートウェイがラジオであったと。DJであったと。
捉え方によってはこれほど悲劇的な話もないが、それを裏から見てみれば、ラジオのチカラ、DJのチカラというものはまだまだ捨てたもんじゃないということ。
ワタシがラジオ業界に残した遺言。
高松空港への高速バスは、延々とまっすぐの道路を進んでいく。イヤフォンからはFM香川でネットされている、いつも上品な選曲が好ましい『ハート・オブ・サンデー』が流れている。
緑の木々が美しい讃岐の風景に《DON'T ANSWER ME》(THE ALAN PARSONS PROJECT)がいい感じで絡んでくる。
そして羽田からのバスの中で聴く『日曜日の秘密基地』。
ま、この2つの番組と『ミュージック・パワー・ステーション』を除けば、今のラジオ業界、聴くべき番組は少ないけれど、ヤングではなく、これから増えていく孤独なジジババが世の中とつながるゲートウェイとなる番組がもっと増えていけば、またラジオの黄金時代は必ずやってくる。
そんな時代が来たとすれば、DJスージーもまた復活したいなぁ。
■20070513/いろいろと。
サザンオールスターズのスタメン完成。このときからいろいろ考えて少し変えました。
「昔、ワルでした」という「肩書き」を珍重するのはどうしてだ? そんなの攻められこそすれ、褒められる話じゃないでしょう? ま、矢沢永吉ぐらいその経験そのものが芸となってればともなく、『成り上がり』から30年経って未だに元・不良という「肩書き」を売りにしてる俳優は醜い。
どうしてこんなタイトルつけるんだろう? 口に出すのが恥ずかしいということは口の端に上りにくいと言うことで、結果話題性が高まらないということなのに。
こっちの映画は、這ってでも観に行きます。楽しみだ。
このキャンペーンのCM出演者の顔ぶれ。「今、若者から『おしゃれ』と支持されている人たちです」っていう吹き出しが名前の横から見える人選。そんな人選をすることが『おしゃれ』かどうかは別として。
勝っても負けても王監督の顔や身体つき、もう見るに堪えない。点滴を打ちながら試合に出てるらしい。ホークスも安定的に強いわけだし、野球界はもう王監督をリリースすればどうだ? これ以上、パリーグは、野球界は人を殺してはいけない。そうしなければあの人の死が無駄になる。
■20070507/たむらけんじのバランス論。
intro(1):新曲『東大阪で生まれた男』完成。鈴木家実家方面で好評。ご当地演歌みたいなノリになっております(笑)。ぜひぜひご一聴を。
intro(2):危惧された『日めくりタイムトラベル』の昭和52年版。案外セーフ。インパルス堤下のがんばりと、(このサイトでの指摘が効いたか)伊集院光を登場させるなどのIQの補強が奏功した印象。しかし上原さくらはどういう世界に行きたいんだ?
intro(3):「どうしてジャニーズ事務所だけがスターを生み続けるのでしょうか?(中略)真実は意外とシンプルなところにあると思う私は、いたって簡単な考え方をします。(中略)『ジャニーズ事務所だけがスターを作り続けるから』です。」…この本
の中の橋本治の金言。お見事!
さて、本題。前回、前々回の『リンカーン』を見ての印象。たむらけんじは本格的に面白いなぁと…と書けば、ここで終わっちゃうのだが、もう少し根深いものがあると思うので、あえてここに書いておく。
それは、たむらけんじのバランス論。たむらけんじは、お笑い界を整体する。ちょっと歪んでいる背骨をまっすぐさせる機能を持つ。てな話。
司会をしたがる芸人。歌を歌いたがる芸人。小説を書きたがる芸人。グラビアタレントとつきあいたがる芸人。
ワタシ的にはそういう流れは別に嫌なものではなくて、お笑い芸人こそがいちばん頭がいいと信じているし、だからこそいろいろな世界で重宝されるのだと思うし、「河原乞食」(古!)から、市民権を得、そして俳優を超えたステータスを得ることになんの異論もありません。
と、フォローしながら、なんとなくそれが歪んだ状況だと思うのも、確か。
ここでワタシは西川のりおのことを思い出す。
今でもハッキリ覚えているのが83年の「オレたちひょうきん族」。出演者勢揃いのひな壇をバックにのりおが「ビバ!藤田平二千本安打!」と叫びながら流れを無視して突然踊り出し、それを見て紳助やさんまが大笑いしているというシーン。
東京に吸い込まれることなく、「大阪土着性」を前面に押し出すことで、勝ち組(たけし、さんま、紳助)・負け組(B&B、ザ・ぼんち)という議論を超越し、紳助やさんまのリスペクトを得るようなオンリーワンの存在となっていた。それが82年当時の西川のりお。(週刊ベースボールの拙稿より)
たけし、さんま、紳助がエスタブリッシュ(意味知らん)な方向にステップアップしようとしていたときに、それを茶化し、ピュアなお笑いの世界に引きづり落とす役割を担っていた西川のりおの清々しい姿。
たむらけんじは『リンカーン』で、さまぁ〜ず大竹に言った。「おまえのシュールな笑いは、それに対して笑わないと自分が笑いのセンスがないと思われるんで面倒や」的な発言を。
これは、なにげに、すごい。
巨大化したブリティッシュロックに対するセックスピストルズ。鈍重なメジャーリーグ野球に対するイチロー。そして西川のりお、たむらけんじ。これがここでいう意味での「バランス論」。
それぐらいの独自価値がなければ、ナイトスクープの新探偵には呼ばれまへんって。
■20070429/沢田研二を聴いて生きていくことにする。
『あなたがパラダイス』読了。すごい。これはすごい。息をのんだ。面白かった。
特に《君をのせて》の部分がいちばん泣けた。ネタバレは礼儀に反するので多くは書かないが、ぜひご一読をオススメする。
この小説が契機となって、20年ぶりに、本気で沢田研二のことを考えた。80年代初頭の作品、これ
もこれ
も買った。
両方とも80年代後半の大学時代に狂ったように聴いた…つもりだったが、今聴くとまた格別の熟成された味が。
歌が上手い。70年代にはまだまだ不安定だった音程が、どういうことか80年代の訪れとともにえらい安定してきてて、聴いてて快感を感じるぐらい上手くなってる。
とくにこっち
所収の《渚のラブレター》の声質、音程、ミキシング。最高。
そんな沢田氏が『SMAP×SMAP』に登場。藤山直美氏と。確かに太ったし、あのころとは違う体型。見栄え。
しかし繰り返すが、それは老醜か?
40年間、ワタシの人生とほぼ同じ長さでロックンロールをやってきて、今でも現役でアルバムを出し、ライブをやり、そして舞台に立つ。
それが万が一、老醜というのであれば、逆に老醜ではない老い方を見てみたいものだ。
確かに堺正章も、かまやつひろしも現役だ。別の意味ではエディ藩やルイズルイス加部も現役といえる。
しかし、ポピュラリティと自分のやりたいこととの見事なバランスを「現役」の判断軸とするなら、沢田研二がいちばんの現役だ。
年を取ることは、パフォーマンスの奥行きを奪うことで、ポピュラリティと自分のやりたいこと、どちらかの方向に傾いてしまうこと、のように見える。
でも、そこに沢田研二。ま、彼の場合は、若い頃からその絶妙なバランスを生きてきた人だけれども。
とにかく。ワタシが本厄になったこの時点で、もう一度沢田研二に出会えたことは、あまりにも大きい。人生の指針を得たようだ。
残りの人生、若者にこびずに、沢田研二を聴いて生きていこう。ちょっぴり太っても知るもんか。
なぜならば、ワタシの人生は沢田研二のロックンロール人生とほぼ同い年。《ヤマトより愛を込めて》も《おまえにチェックイン》も生で観てるんだ。
クソガキよりもこっちのほうが偉いに決まってる。
■20070422/好きな人がその好きなことを書くのを読む幸せ。
と、久方ぶりに一週間更新お休み。めずらしくちょっとバタバタしていまして。仕事、酒、仕事、酒、酒、雨、権藤。
そんな間になんとか読み進めている、めちゃくちゃ面白い一冊。


沢田研二のファンの熟年女性が主人公の小説をオムニバス形式でまとめた本。
この作者、よく知りませんでしたが、本気の沢田研二ファンですね。それも70〜80年代だけではなく、今の作品も完璧フォローしてる。いわゆる「ジュリー・マニア」。
「好きな人がその好きなことを書く」。この気持ちよさがまずあります。そもそも「好きでもない人がその好きでもないことを書く」ことがあまりに多すぎるので。
この小説で沢田研二のことを思い出して、手元にあった1992年の『スタジオボイス〜特集:歌謡曲の神話』という雑誌を手に取ってみた。すると、当時のサブカルな連中が書き散らした、実につまらない「歌謡曲論」が展開されてまして。
「好きでもない人がその好きでもないことを書く」。ひいては「好きでもない人がその好きでもないことをいかにも好きであるかのように、書く」。こーいうのが日本のサブカルをダメにしてきたわけです。
沢田研二を本気で好きで、かつストーリー構成力と日本語力を兼ね備えた女性が、沢田研二ファンの気持ちを切り取った小説を書く。なんてハッピーな取り合わせでしょう。
ワタシにもちょっとばかりのストーリー構成力と日本語力があったとしたら、ユニコーンや岡村靖幸のファンだった中年男性の小説を書いてみたいものです。あまり売れそうにないけれど。
で、実はワタシもかなり本気で沢田研二を聴いていた時期がありまして、まぁこんなことも書いたりしていたわけで、この小説で語られる沢田研二ファンの気持ちは少し分かるつもり。
第5回:沢田研二/晴れのちBLUE BOY
さて、みなさん。沢田研二に関してどんなイメージを持ってますか?勝手に推測すれば、10代=「昔の歌手」。20代=「パラシュート背負ったり、帽子飛ばしたりする昔の歌手」。30代=「《勝手にしやがれ》などなど沢山のヒット曲がある歌手」。というわけで「歌手」という連想でしょうね。もっと言えば「ミスター歌謡曲」って感じかな?
で、今回は「ロック」としての沢田研二を語りたいのですよ。沢田研二、いや今回は「ジュリー」という表記で統一しよう。「ジュリー」の方がロックだから。
さて。視点を変えて。佐野元春、伊藤銀次、後藤次利、(80年代以降の)井上陽水、大沢誉志幸・・・などがジュリーをフィルターにブレイクしたというコトを知ってますか?
●佐野元春=《彼女はデリケート》はジュリーに提供した作品。ジュリーの《GS.I Love you》というアルバムでコーラスとして叫びまくってる。
●伊藤銀次=ジュリーの曲を多数アレンジ。シングル《渚のラブレター》のアレンジは最高に変態的。
●後藤次利=最近ではプレイボーイの印象しかないが、当時は天才ベーシストにしてアレンジャー。あの《TOKIO》のイントロをよーく聴いたら、彼のスーパー早弾きチョッパーベースが隠れてる。
●井上陽水=アルバム《MIS CAST》を全曲作詞作曲。ここから《いっそセレナーデ》の流れが出てくる。
で、大沢誉志幸。「デビュー前に(楽曲提供で)100万枚売った男」ってフレーズで業界に売り込まれて、本人が歌う《そして僕は途方に暮れる》のヒットで一気にブレイクするのですが、そのデビュー前の100万枚のうち9.5万枚売ったのが、ジュリーに提供した《晴れのちBLUE BOY》(1983)。
ほぼ、全く何の意味もない、日本歌謡史で最もナンセンスな歌詞(銀色夏生)と、大沢氏の手によるジャングルビート。当時流行ってたアダム&ジ・アンツっていう洋楽のバカバンドのノリで完全にニューウェイブしちゃってるわけです。
ま、楽曲そのものは皆さんで探して聴いてもらうとして、ポイントは、そんなロックな楽曲を例えば「ドリフ大爆笑」で歌ってたということです。志村けんと「鏡のコント(説明省略)」をした後で、スヌーピーのポシェット付けて《晴れのちBLUE BOY》を歌っていた。
大沢氏など、当時の新進気鋭の才能によるロックな曲を、ゴールデンタイムのTVを通して「お茶の間」に届けていたジュリー。そして大人は眉をしかめ、子供たちは狂喜する。そんなジュリーのおかげで、日本人のロックセンスが少しづつ、熟していったあの頃。
例えば今、GLAYが「HEY!HEY!HEY!」に出たところで眉をしかめる大人はいない。いい時代だ。しかし、その裏に、ジュリーが孤立無援の状態でお茶の間にロックしつづけた歴史があることを忘れてはいけない。
結論:はっぴいえんども、ミカバンドもいいが、日本のロックの歴史を知りたければ、まずジュリーを聴け。それが一番正しい。
唐突に7年ほど前に某サイトに掲載した沢田研二《晴れのちBLUE BOY》のレビューを再掲してみた。懐かしい。
沢田研二が藤山直美といっしょやっている舞台『桂春団次』のチケットが取れず、悶々としながら家で『GS. I LOVE YOU』のLPをかけながら、悠木千帆(樹木希林)的に心の中で「ジュリー!」と叫ぶわけです。
あなたがパラダイス!
■20070409/すごすぎる雑誌。
と、何年かぶりに翌日更新。
昨日のネタで言いたかったことは「歴史への愛が無い者、歴史について語るべからず」。
で、本日、歴史への愛にあふれまくった雑誌を発見。40代の方々、迷わず買うべし。キャンディーズ、キャロル、鴨川つばめ、麻田奈美を並べた「1977年特集」。これで600円は破格です。

■20070408/1967年生まれと1972年生まれの知性の差。
前回につづき、またまたNHKネタを。いつか書いたようにワタシ的にかなり盛り上がった『日めくりタイムトラベル』の昭和47年版が先週土曜に放送されました。かなり期待しながら観たのですが。
これがあまり良くない出来でした。いや、当時のニュース映像をふんだんに使って当時を振り返るというコンセプト自体は全然オッケーなのですが、出演者がひどかった。
基本的にそれそれの年に生まれたタレントを集めてくる。で、以下がその一覧。
前回(昭和42年版):生田智子,伊集院光,香田晋,玉袋筋太郎,デーブ大久保,松村邦洋,渡辺真理,南野陽子,ピエール瀧。→→→今回(昭和47年版):品川祐,IZAM,梅宮アンナ,葛西紀明,喜多嶋舞,中川家礼二,マツコ・デラックス。
いうまでもなく前回の伊集院、玉袋、松村、ピエールあたりの組合せは最高で、それに対して今回は特に梅宮、喜多嶋がヒドかった。
ま、要するに前回の(真の意味での)インテリ集団に比べて、今回は少しばかりバ●が混じっていたということなのですが。
さらに言えば、当時完成した高島平団地を「こんなにたくさんの人間が一緒のところに住むなんてあり得ない」的な発言をしていた喜多嶋舞。高島平的な住宅環境は、東京ではいまでも全然珍しいものではなく、そういう意味では失礼で悪意のある言いぐさだったなぁ。
ワタシからしてみたら団地なんかより、いま増えてるタワー型マンションのなんじゅうなんかいに住むことの方があり得ないことだと思うけど。
他にもっといるんじゃないか、まともなのが、と思い、1972年生まれのタレントを調べましたよ。そしたら。
いない。
ま、あえて言えばケンドーコバヤシぐらいで、あとは、ここでいうところのインテリは皆無。
ということは、1967年の伊集院世代は奇跡の世代ということになる。野球ではKKコンビの世代だし。
世代論って実はとっても危険だと思うけど、それよりも、当時のめっちゃリアルな映像にバ●のコメントをくっつけてしまう番組づくりの方がよっぽど危険だとも思う。
次回は1977年版らしいですが、だいじょうぶかなぁ……。
■20070402/『芋たこなんきん』終了にあたり。
セ・リーグも開幕し、桜も満開。というところで、朝の連続テレビ小説『芋たこな
んきん』が終了。最終回視聴率18.6%。
20%をきったということで、マスコミは連続テレビ小説という枠自体の長期低落を
指摘することでしょうが、それはかねてから言っている
ように違う。これまで
20%とか30%を超えていたというほうが異常であり、狂っていた状況なわけです。
いまのほうが正常。
さて、藤山直美。すごかったー。
特に最終週、「健次郎さん」(国村隼)が死の淵に立ってからの演技はグラミー賞
ものでした。すごいすごい。
「けなげで可愛い女性が夢を実現する笑いと涙のストーリー」という、NHKがあの枠
に自らハメているルールを、もう外してもいいのではな
いでしょうか?
今回、朝の8時15分から、藤山直美、国村隼、そして、板尾創路……という濃厚キャラ
を観るという経験は、ちょっと新鮮でした。
朝⇒家族の食卓⇒ポジティブな雰囲気⇒主役は若くピチピチした女性を、という連想で
しょうが、そもそも「朝⇒家族の食卓⇒ポジティブ
な雰囲気」という前提が崩壊しているわけですから。
というわけで、次作『どんど晴れ』はHDDレコーダーの予約リストには入れておりま
せん。
ま、それ以前に、『てるてる家族』『風のハルカ』『芋たこなんきん』、と、NH
K大阪制作しか観ていないわけですが。
あと、FAYRAYの主題歌はジョニ・ミッチェルのスピリットがあった。林明日香の歌
のうまさは既述のとおり。
他、いろいろと。
鈴木ヒロミツ、植木等。本当に歌のうまい人が亡くなっていきます。残念です。
巨人戦、デイゲーム開催が増えて、たとえばこの土日は、夜、巨人戦がなくって不
思議な感じ。かといって、週末の夜に中日=ヤクルトっ
ていうのもなぁ。
昼間千葉ロッテが負けて、そのウサを夜巨人が負けるのを観てはらす。そんなここ
数年の"野球バイオリズム"が崩壊することの違和感。