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[DIARY]日記@ヨタヨタver.
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■09/11/08/sun


◇悲劇

 昨日、畑仲さんと待ち合わせた本屋さんで、「大阪万博」というタイトルが目に留まった。でも、その表紙には「あずまんが」の文字も絵もある。「えーっと、これはどういう本?」と悩んで表と裏をひっくり返した。パッキングされているので、見えるところはここだけなのだ。「なんか万博じゃなくてあずまんがぽい」と思って、台に戻した。

 その後、「お待たせ」と声をかけてきた畑仲さんの手に、まさにその本が。

 畑仲「これ買う」
 クニエ「よくわかんないよ、それ」

 まぁ、でも買いたいというものを止めるのもなんだし、そのままレジで精算をすませてでかけた。
 家に帰って、畑仲さんが仕事にでたあと、ふと思い出して「そういえば、あのあずまんが大阪万博はどういうのだったのかな」と探して開いてみた。

 最初のページを開くと、いや〜な予感。これは「大阪万博」に関連した内容を集めた本ではなく、単なる「あずまんが」の本なのだな、と察知した。パラパラめくると、万博には一切かすらないあずまんが収録本だった。

 見事にはずれーっ。

 1961年大阪生まれの彼は、小学校3年生のときに大阪万博を迎えた。期間中、20回くらいは行ったらしい。「20世紀少年」のスタート時も喜んでいたくらい。だもんで、大阪万博がらみはわりと集める習性がある。
 そうして手にした「あずまんが大阪万博」は、あずまんが10年を記念した再録もので、タイトルも「お祭りみたいに楽しい本になる」とつけられたものだった。

 まぁ、間違えて買ったにすぎないわけで、それはそれでしょうがないのだけど、これが自分だったらかなーり凹むなぁと思う。ちょっとかわいそすぎる。できれば「あずまんが万博」にしてあげてほしかったなぁ。そしたら間違えなかったと思う。いや、まぁ、ほんとしょうがないし、リテラシーが低いのがいけないわけだし、どうしてもなら返品を求めればいいだろうけど、まぁ、ね。


◇歯が痛い

 抜髄でこんな思いをしたのは、はじめて。抜髄自体は先週だったのに、2回目の治療後もまだ少し痛い。
 歯医者は、行くまでが痛くて、治療後に痛いと思ったことは抜歯でも抜髄でもなかったんだけど、麻酔が切れると同時に痛みが出てくるのはしんどいもんですね。




■09/11/03/tue


◇変化

 はやいもので11月になってしまった。
 10月13日にはじめて鉄剤の注射を打って以来、5投目が終了。ちょうど半分が終わったことになる。

 先生が、「変わりました?」と期待して聞いてくるのだが、「なにも」という治療のしがいのない患者の答えしかいえない。前に鉄剤を飲んだときも、飲む前と飲み終わったときの違いは、検査結果の数値だけだった。今回も似たようなものだろうか。注射だと多少は吸収がいいはずなんだけれど。

 と、思ったら変化があった。とにかく、やたらめったら眠い。
 家にいる時間の大半が眠い。そして寝てしまう。夜もちゃんと寝る。昼も気持ちよく寝る。ご飯の前でも後でも。今日は、たっぷり7時間寝て7時半に起きて、11時半に寝て1時に起きて、4時に寝て5時に起きて、8時半に寝て9時半に起きて、もうちゃんと眠い(現在12時)。寝る以外のことをする時間がなくなってる。唯一ポテトサラダを作ったくらい。

 これが鉄剤注射の影響だったらすごい。けど、あまりメリットではない。
 急激に寒い日だったからだと思おう。これくらいの寒さは、空気がピンと張る感じで好きなんだけど。

 もう一つ、今日、確認した変化があった。
 とある人との話で、中上健次の話が出てきたので、「じつは昔、新宮で中上巡りをしたことがあります」と答えたら、話が早いと喜ばれた。ちょっと懐かしくなって、当時の写真を探してみた。中上がいくども描いた「路地」。畑仲さんが記憶していたフレーズそのままの風景があった。
 その写真の前後に、14年前の我々もいた。同じ袋には18年前の畑仲さんもいた。

 昔はこういう顔をしていたんだ、と目の前の人と重ねてみる。
 14年の年月の変化が、とても心地よかった。




■09/10/25/sun


◇残像記憶

 やはり週末日記になっている。

 先日、食べた後に飲んだ酒のパンチですっかり彼方に行っていた親子丼の記憶が、今朝からふつふつと甦り始める。甘ったるくない、がしっとした親子丼だったなぁ。あの日本酒たちとあのモルトたちのインパクトで記憶の下部に潜っていたものの、ちゃんと消えずにいるあたりがえらい。あの親子丼、また食べたいものです。今度こそ、ちゃんと通常量ご飯で。

 まぁまぁちゃんとした量の日本酒を飲んだ後、ラフロイグの3種類混ざったのとか、いまは置いてある方が珍しくなったポートエレンのすごいのとか、ボーモアの何年だったか忘れたのとか、蓋が文鎮代わりになりそうなほど重い瓶のとか(カタカナを覚えるのが苦手な自分が悲しい)、とことん気持ちのいい酒ばかりだったなぁ。あの品揃えは老舗・琥珀ならではだとつくづく思う。

 さんざん飲んだ後で帰り着いた家では、3階と1階を行ったり来たりして、牛乳瓶を出したり、翌日の二日酔いに備えて枕元に水を置いておいたり、ワンコのお尻を拭いてあげたりする手順がまるでヨッパライ。いちいち無駄な動きが多くて、疲れた。
 恐れていた翌日の二日酔いは、いい酒ばかりだったからか、頭痛や気持ち悪さはなかったけれど、そのまままだ酔っていただけかもしれない。シャワーを浴びてシャッキリ、とはいかないのが、もう年なんですね。
 この前、やっぱりさんざん飲んだ後は、玄関から2階へすらあがれずベッドルーム直行だったことを思えば、進歩したということにしておこう。


◇I feel good

 いつ見たか記憶がはっきりしないが、最近、家で見たDVDで画面に釘付けになるのがあった。

 【ヤング@ハート】

 80、90のじーちゃんばーちゃんたちが、束になってロックしてます。

 よくこういう映画を見つけてくるなぁと、畑仲さんをちょっと尊敬。




■09/10/18/sun


◇奇遇な日々

 一時期、ロースクール2組の挨拶が「きぐーぅ」になっていたことが懐かしい。それ、挨拶代わりになる言葉ではないと思います。

 そんなことがふっと思い出された、ここのところの日々だった。

 まず、「お昼どこにいこうかなぁ、前に行ったインド・ネパール料理屋さんのウラを返しておくか」と、ちょっと歩いて、ドアを開けて「一人です」といったら、相席を指示された席の向かいに座る人が手を振っていた。なんと1年ほど前にお会いして以来の方。こんなところで会うとは。お互い「なんでいるの?」状態に当然なる。が、双方ともに近所だとわかり、うれしいキグーランチ。ついでに翌日は、やっぱり入った別の店で、会社の同僚とばったりキグーランチpart2。思い起こせば約1カ月前には、時間差で会社を出た部長と、1時間後くらいになぜか大手町で遭遇したなぁ。キグー連続。

 その日の夜、関西からNさんの上京予定の連絡が入った。ら、なんと土曜日の所在地が津田塾で、私とおんなじ。私は数学史シンポで、Nさんはクィア学会だったけど(私はどっちにいてもおかしくないなー。つか両方出たかった)。しかもこの2つのイベントは、津田塾の同じ棟の1階と2階だった。というわけで、土曜日は土曜日でごあいさつをして、メインの某さんとのお引き合わせ調整。先方のタイミングもよく、ばっちりキグー会食を組めた。

 でも、いちばん大きいのは、なんといっても20年前に知り合った研究者の奥方が、じつは中学・高校でお世話になった先輩だったということが、いまさらになって発覚したことだった。いったいいつの間に、先生は私の先輩と……、とか、なんでいままでわからなかったのだろう、とか。これは、キグー婚? いや、私が相手じゃないから「婚」ではないか。

 と、まぁ、あれこれキグーが続くのは、約4年の引きこもり生活が終わったからなのだなと、しみじみするわけです。はい。




■09/10/13/tue


◇真っ黒い注射

 今日、生まれて初めて、真っ黒い注射を打ってきました。

 これまでけっこういろんな注射を打ったけれど、さすがに真っ黒いのは経験がなかった。静脈に注ぎ込まれる、その真っ黒いものの正体は……、当然、鉄。別名Fe。別名じゃないか。

 そう、ありふれた鉄分欠乏症貧血の治療でした。
 高校生のころには「血が薄い」ということがわかり、それからウン十年、何年かごとに鉄剤を飲む治療をするはめに陥っていた。途中、手術で血の入れかえっこに近い輸血をした後は、しばらくの間、血液検査をしても「要再検査」とならない時期があったが、基本、使えない血の持ち主。その後、10年以上過ぎたら、すっかり元通りになっていた。

 しかも、今回は「フェリチン」という成分の検査を再検査でしてもらったところ、今日のご託宣。「ものすごくスカスカです」「それってどうなるんですか?」「倒れます」。ま、慢性症状なんで急にバタンといくわけじゃないし、すっかり身体が慣れているからたいして問題は感じていませんが、スカスカじゃあしょうがない。はい、鉄剤飲みます。
 でも、鉄剤を飲むたんびに胃があれて、胃薬まで飲む羽目になっていた。
 それを主張したら、「そういう人には注射をオススメしてます」というので、早速1本。そしたら、針の先についているわりと太めの注射器の胴体部分が真っ黒け。看護師さんが「色はすごいんですけど」というとおり、一瞬、びびる。注射にはビビらないが、注射液の色にビビる。

 鉄分欠乏症になるタイプにありがちらしいが、胃からの吸収力が弱いこともあって、胃への負担が大きくなるみたいだ。だとしたら、ダイレクトに血液へと入れられる静脈注射がぴったりだ。さらに、私は注射無問題派。今日も看護師さんに、「針が刺さるところ見ていて大丈夫ですか?」と聞かれたが、「ええ、見ていた方が安心です」。マイノリティらしい。

 基準値に戻ると、「ああ、これが本来の身体だったんだと思いますよ」と言われたけれど、そうなのかなぁ。これまでの経験上、何も変化がない気がする。ただ、それでなくても血の巡りが悪いので、多少は、よい血に巡ってもらえるようになればよいか。

 もちろん、いまの最大の疑問は、「私の血はドス黒くなっているのー?」。
 もともとだという意見は却下。




■09/10/04/sun


◇週末日常日記

 日常日記というのも変か。
 取り立てて忙しいわけでもないのだが、まだ生活サイクルに慣れていないのか、どうも気分的に落ち着かない。そして、「週末日記er」と化すのであった。ま、そのうち「慣れ」が落ち着かなさに勝つでしょう。

 生活を振り返ると、平日の朝は7時に起きて、ワンコにご飯をやって、散歩をして、自分にご飯をやって、会社に行って、夕方(って何時まで?)帰ってくるという、極めて優雅な生活。帰りにたまに買い物したり。しかも、基本、徒歩通勤。おかげさまで、1日1時間のウォーキングが実現できてます。なんて健康的な。休日も、朝はワンコにご飯をやらないといけないので、そうそう寝坊はできない。彼女の腹時計は見事である。必然的に健康的。

 さらに、いろいろ食材の宅配を試しているので、けっこう自炊な日々を過ごしている。昨日今日なんて、6食中5食も自宅(一般家庭ではふつうな比率だろうけれど、我が家ではものすごい率)。そして、自炊をしていると、家では野菜ばっかり食べるということを感じる。肉類は、あっても2人で100グラム程度のことが多い。調味料の一部のような扱いだ。
 その結果、家事を完璧にアウトソーシングして、町中がうちのキッチンという生活だったころには周期的にやってきた「野菜ばりばり食べたい」欲求が、ほとんどでなくなった。いくつか見つけていた野菜食べ放題の店も、とんとご無沙汰である。最近、外食時に同居人がいうのは、「穀物か肉が食いたい」だった。
 身体は正直というかなんというか。やっぱり健康的である。

 そういえば、私と同居人がともに学生やら受験生やらをしていたときは、二人して「勉強は美容と健康に悪い」と、ふかーく納得していたなぁ。

 あれ? 同居人はまだ学生も続けているわけで、それなのに変わったのは、食生活のキーは私だったってことか。
 同居人は私の受験時、「受験生のお母さんの気持ちがわかった」といっていたけれど、受験生のお母さんが気遣う食生活部分はカバーしきれていなかったんだな。「お母さんの気持ちがわかった」というと、同僚からされたという「受験生のお父さんの気持ちじゃないの?」というツッコミは正しいのかも。あまりに、based on traditional gender roles な物言いだけどねー。

 なんといっても、出来合いのものであれ5月の半ばまでの一時期は、食事もほぼ100%用意してくれて、ワンコの散歩も100%行ってくれて、お風呂掃除も、床掃除も、洗い物も、洗濯以外は家事一切合切全部やってくれていたので、感謝の100乗でも足りない気がする。


◇週末読書日記

 いまさらながら、『差別と日本人』(野中広務・辛 淑玉著、角川oneテーマ21→[bk1amazon])を読んだ。

 ふだん、自分が前も後もなく、横のつながりはあっても、独立に個人で生きているような感覚が強いような気がする。それは、帰化するまでもなく日本国籍をもち、女性ではあるが、被差別の対象となるいくつかのレッテルはなかったからかもしれない。
 でも、この本を読みながら、過去のさまざまな歴史や状況と切り離せない存在である自分を感じた。「時間の中に生きているんだ」という思いがなぜか強く残った。その「時間」は、嬉しいこと、楽しいことだけではなく、厳しいこと、非道なこと、悲しいことも抱えている。

 多様であることを大事にする社会であってほしいと思う。
 でも、差別は重層化する。多様性を保ちつつ、重層化する差別にどれだけあらがえるか。簡単なことではない。
 そのとき問われるのは、当事者とのかかわりだろうと思っている。自分自身が当事者という場合、近しい人が当事者という場合、なにがしかの関係がある人が当事者という場合。どうかかわるか。ここが自分の弱さだとわかっている。だから辛淑玉の最後の指摘はきつい。そこに至る流れ含めて読んでほしいので、引用はしないでおく。
 法律でいうところの当事者の意味が腑に落ちるまでも時間がかかったが、法的ではない当事者は、意味とは別のところで強く迫ってくる。



直近のてくてく→2009年9月


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