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[DIARY]日記@ヨタヨタver.
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■09/07/10/fri


◇くらくら

 昨日、最近知り合ったつばめX号くんと、渋谷の【東急文化村】ザ・ミュージアムで開催中の【奇想の王国 だまし絵展】に行ってきた。学割がきかなくなって、ちょっとさみしい。

 当然、エッシャーなんかも好きだし、仕事でもちょこちょこエッシャー作品の紙焼き貸出(時代が忍ばれるな>紙焼き)をお願いすることがあったり、【東京タワーのトリックアートギャラリー】も行ったり、わりとこの手のは好き。でも、知識は全然ないので、今回の解説で「トロンプルイユ」という単語も初めて知った。フランス語で「目だまし」という意味らしい。

 エッシャーやマグリットあたりの現代的だまし絵だけでなく、古い古典的なものから、日本画のものなど古今東西の広い意味でのだまし絵がそこそこの数集められていた。

 個人的には「充分な数」だった。なぜなら、好きなわりには平衡感覚が弱いのか、距離感や水平垂直感覚が混乱してすぐ酔っぱらうから。錯視も大好きだけど、前に【北岡明佳氏の錯視のページ】を面白がってみているうちにすっかり酔っぱらったことがある。
 視覚情報に頼りすぎているのか、三半規管の機能が弱いのか、よくわからないけれど、平衡感覚の弱さは感じていた。そういえば、最初に気づいたのは、阪神大震災の取材で摂津本山を歩いていたときだったように思う。何本ものビルや家が少しずつ傾いて、1日の終わりには少し酔っていた。わずか半日程度の滞在でそうだったのだから、住民に与えた影響は意識に昇らないものだとしても、大きかっただろうなと思う。

 そんなわけで、すっかりくらくらしながら、このだまし絵展も見ていた。ただし、「これ好きー」とか、「この人はきっとこのハサミを描きたいがために他のところも描いたに違いない」とか、好き勝手なことを言い合いながらなので、ありがたくも楽しいくらくらだった。

 そしてトドメが最後にどっかーん。【パトリック・ヒューズ】という作家さんの「水の都」の前で、倒れそうになる。反対側の作品を見ていて、ふっとそのまま振り返ったら、自分の視線の先にある世界がぐにゅーーっと動いてついてきた気がした。何を見ているかもわかっていないのに、なんかぐにゅーっとする。「え?なになに?いまの?」と、改めてその場で横に移動すると、水路に建つ建物の角がずっと私に向かってとがっている。

 これは、たぶん写真で見てもわからない。実物を前にしたときのあの驚きを、知らない人にはぜひ体験してもらいたい。

 ちなみにこの「水の都」は、パトリック・ヒューズのサイトの右下の方にある。建物の向こうの空の部分が、じつは小さな正方形でそこが手前に出っ張っている。四角錐のてっぺん部分を切り取った形が3つ突き出ているのだ。

 いろいろな高さや距離、角度で見ても、この見え方はかわらない。かなり真横に近い位置に立ったり、真下に近いところから見ない限り、みんな同じように見えるらしい。私は2枚の絵を重ねてみる立体視ができないが、その私でもぐにゅーっとなったから、おそらく人も選ばない。
 これが不思議でならない。人の目の間の間隔や立ち位置が影響しないのはなんでなんだろう?

 思いっきりくらくらパンチを食らった後は、ブラジル料理のランチでお腹いっぱいになった上に、昨日の朝のNHK生活ホットモーニングによると「フランスのお好み焼き」だというガレット(それは無理矢理すぎると思ふ)を【ガレットリア】でデザートにいただく。パンケーキ風季節のガレット。えっと、くらくらしていたので食べ過ぎていることに気づかなかったことにしましょう。




■09/07/07/tue


◇我が家の自炊に必要なもの

 ここのところ、頭のなかをいっぱいに占めることに追われていた。
 という理由で、試験も終わったのに、自炊をすっかりさぼる日々が続いた。
 試験後はちょぼちょぼと買い物に行っては、家でご飯を作って食べていたのだけどなぁ。

 ところで、自炊がしにくい理由の筆頭がよくわかった。うちには、米がない。正確にいうと4年近く前に引っ越しの見積もりで業者さんがくれた手みやげ「1キロのお米」がずっとあった。古古古米。それを炊いて食べてみたら、ものすごくまずかった。冷凍したものの、チャーハンにしないと食べられない。
 炭水化物を抜くダイエットをすればいいのだが、そこまで極端にするつもりもないと、ご飯がないと食卓が落ち着かない。

 それでもなんとなく自炊は続いていたものの、段々暑くなったり、雨が降ったりして、結局買い物が億劫になった。

 我が家で自炊ができるかどうかのキモはここだった。
 ひたすら買い物をコンスタントに続けられるかどうか。
 そして、買い物が億劫になる理由もわかった。ジャガイモやタマネギや大根やその他何でも、野菜はたいてい重い。コメなんぞ2キロは最低でもある。ミソも重い。果物も高くて重い。食パンはかさばる。そんなものたちを、えっちらおっちら10分かけて持って帰ってくる。
 これを日々続けるのは、限りなく拷問に近い。

 そうこうしているうちに、家の冷蔵庫がふたたび「サプリのための箱」になった。
 食材は皆無。棚はからっぽ。野菜室にはワインボトルとコーヒー豆のみ。

 結局、私の場合、自力買い物を続けようと思うと、自炊が不可能なのだ。
 考えたら、少し昔は、三河屋さんがご用聞きに来て、米屋さんが米を運び、牛乳は牛乳屋さんが配達してくれたではないか。

 決意。宅配を利用するぞ。

 そう思って実家が使う「生活クラブ生協」を調べると残念ながら対象区域ではなかった。昔の同僚が利用していた「らでぃっしゅぼーや」を思い出して、「野菜」「宅配」でぐぐると、いやー、とてもありがたい世の中になっていた。

  【大地を守る会】
  【らでぃっしゅぼーや】
  【おいしっくす】
  【パルシステム】
  【ミレー】

 このあたりかなー。【宅配サービスランキング】なんてのもある。とりあえずいくつかお試し利用をしてみよう。面倒なんで、基本セットがあるようなのがいいかなー。

 アッタリマエの情報でしかないものをつらつら失礼しました。こうやって書いておけば、注文するかなと思ったからです。




■09/06/29/mon


◇少年兵

 この前の土曜日の夜、「世界一受けたい授業」のスペシャル版か何かをやっていて、細かいネタというか、トピックが立て続けに紹介されていた。
 たぶんその中の「社会科」として、世界の紛争といったようなテーマがあり、そこで、「少年兵が兵士になる理由のいちばんは、“ファッション性”」ということが説明されていた。ちょっと聞いただけでほんとかどうかわからないし、全員が全員そういうワケじゃないことは当然だけれど、「あぁ」と何か納得させられるものがあった。

 そこで思い出して、翻訳者の忠平美幸さんからいただいた『戦場から生きのびて ぼくは少年兵士だった』(イシメール・ベア著、河出書房 →[bk1amazon])を、昨日開いた。

 シエラレオネで起こった内戦に巻き込まれ、帰るべき家族のいる村を反乱兵に破壊され、食料と安全な寝床を探しながら流浪する少年たち。その一人が著者のイシメール・ベアだ。

 反乱兵の襲撃から逃れるため、各地の村々をたどっていく。が、安全にみえた村もいずれは反乱兵の襲撃を受ける。その繰り返し。少年たちも反乱兵と区別がつかず周囲から恐れられ、居場所はほとんどない。あるところでどうにか生きることが可能な状況を見つけたが、結局、政府軍側の少年兵として銃をとる以外に生きるすべはなくなった。
 その後はおきまりの麻薬と報復に名を借りたゲーム感覚の捕虜殺人。いずれ自分たちの食料を確保するため、村を襲撃すらする。

 そのときイシメールは、13歳だった。

 「世界一受けたい授業」では、少年を兵士とすると、大人以上に無慈悲な殺人マシンになることが多いという説明があった。
 まだ形成途上のイシメールが、銃剣で相手の喉をかききる。その感触は彼をむしばむ。むしばみを紛らわすための麻薬。それが日常になる。
 そして、少年兵としての経験が、訳者あとがきの言葉を借りれば「あくまでも子どもの目の高さで物語は進む」。

 そこから偶然としか言いようのないつながりで、イシメールは兵士であることを辞めて、リハビリを受けて、生きていけた。ほんとうに何かがちょっとでもずれていたら、彼は簡単に死んでいただろう。一緒に村々を渡り歩いた少年たちのように。

 13歳のイシメールは最年少兵士ではない。
 10歳の子どもも銃を持つ。

 私は子どもを育てたことはないが、小学校へは取材で一時期よく行った。小学校6年生ともなれば、大人びた子もいる。しかしそれは大人びていても、あくまで「子ども」だ。10歳くらいまでは、自分の身体のコントロールすらままならない。授業中に座っていてノートをとるだけで、消しゴムも鉛筆も定規も筆箱も机からよく落ちる。進学校もふつうの公立小学校も。やっと自分の手を少しだけ思い通りに動かせるようになったくらいだ。どう考えても圧倒的に子どもでしかない。小学校を卒業して、中学生になったころも、背伸びはしてもやはり子どもだ。だからこそ思春期が大変なのだ。
 そういう時期にイシメールは銃を持ち、敵を殺さなければ自分が殺されるという環境にいた。

 それだけではない。その環境から脱し、私たちに伝えてくれた。




■09/06/28/sun


◇ロースクールに進学した理由

 試験後、【したいことリスト】のひとつとして「メモ程度でいいのでまとめておきたいこと」を挙げておきながら放置してきた。でも必要に迫られて、「なぜロースクールに行ったのか」だけは考えた。

 もし一言でこの問いに答えるとしたら、どうなるだろうと考えた結果、いちばん正直な回答はこれだった。

 「勉強したかったから」

 ローに入学してわりとすぐ、やはり【勉強したかったから】ということを一つとしてあげていた。
 当時書いた「勉強したかったから」以外の答えは、「勉強したかった」ということだけではまずい気がしてひねり出したところがあったような気がする。なぜ「勉強したかった」だけをストレートに言いにくかったかというと、やはりロースクール、つまり法科大学院の存在意義が「法曹養成」にあるからだった。東大法科大学院の正式名称も「東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻」だ。ひらたくいえば「司法試験に合格して、裁判官か検事か弁護士になる人を養成するところ」ということになる。

 私は2期未修として進学した。1期のときも数校だけ受けたけど、だいたい一次で落ちた。次の年、もう一度だけ受けてみて(今度はわりと手当たり次第)、ダメだったら諦めようと思っていた。ら、東大と早稲田だけ受かった。

 法曹養成熱がどうしても強くあって、「当然司法試験合格して法曹になるために進学したんでしょ」的な空気が色濃かった。それは入る前から感じていて、この日記でも「単に勉強したいだけ」という感じで入ったら、落ちた人から恨まれるんじゃないかというような気がして、本音は出せなかった気がする。

 入学後もなかなか、「何やりたいの?」「なんでローに?」的な話をしているとき、下手に本音を出せなかった。
 「何勉強したいの?」と社会人経由のクラスメートに聞かれて、「じつは興味があるのは基礎の方なんですよ」と言っても、「そりゃ誰でも基本的なことは勉強したいでしょうけど、そういう意味でなくて」という返事が返ってきて、こっそり私が驚いた。「ここって、いちおう大学院なんだよね。でも“基礎”という単語が通じないんだ」と。

 それまで学究系のところでは「基礎・応用」「基礎・臨床」といった表現が当たり前だった。「基礎」の後には、ここなら当然「法学」が続くのだが、問いを発したクラスメートは「司法試験の基本的な勉強」という意味だと解した。彼にとっては、いずれ司法試験を通って、たとえば知財関連とか、ビジネスローとか、そういう意味での「何勉強したいの?」という問いだったのだ。まぁ、私の読解力不足である。
 そういうところで、「じつは法哲学とか、刑事政策とか、法社会学とか、そういうあたりに興味があって、そこもなるべく勉強したくて」ということは言い出しにくかった。

 別のときには、他のクラスメートに、なるべく正直なところを説明してみたところ、「カルチャースクールみたいで、試験を受ける気持ちがなんか萎える」といわれたこともある。萎えさせるのは申し訳ないので、その後、1年生の間はほとんど言わないでおいた。
 2年生になると学部あがりの新卒が合流し、場所柄研究者志望もたまにいて、むしろ1年生のときよりも本音を出しやすくなった。試験は試験でも司法試験ではなく、国家公務員試験をメインに置いている子がそれなりにいたのも場所柄だろう。

 話を戻して、私にとっての「正直なところ」とは、ローに通いたいと思ったきっかけ。やっぱり『数セミ』を辞めてフリーになってから、『法セミ』で仕事をさせてもらったことが具体的なトリガーになったと思う。

 刑事と民事の違いもわからないというおきまりのところから、取材に行くために一夜漬けを繰り返しつつ、いつの間にやら「自己決定を法的に支えるものはなに?」というような疑問が自分の中に生まれていた。他者との関係性がずっと気になっていたところで出てきた自己決定問題。当時は社会学的な方面での自己決定論が華やかだったような気がする。そのころ、法的にはどう考えればいいのか、さすがに一夜漬けではわからなかった。
 そこに、推定無罪を理解したいという気持ちから近代法の考え方に興味を持ったことも加わって、「法学を勉強したい」と思いはじめたはずだ。

 そうした自分の来し方と切り離せないところが先にあって、法曹資格をとって仕事をするというのは後にあった。それを逆転させて表に出すほうがスムーズというのは、少しばかりしんどかったと思う。たしかに生涯学習みたいだし、だから司法試験にむけての必死さに水を差されるというのもあるだろうし、仕方ないんだろうけれど。


◇おけいこごと

 子どもの頃、習字を習っていた。……ふと気づいたが、「習字」を「習う」って変だね。

 「毎日かあさんち」のお題が「習い事」だったので、思い出した。
 あれは何歳の時だったんだろうか。小学校に上がる前か、1年生のときのはず。自分から習いたいと言ったのか、母親に連れて行かれたのか、覚えていない。まわりがピアノだなんだと習っているのでうらやましくなったのかもしれない。

 でも、母親は、「ほんとうに続けられるのか」とこだわっていた。

 なぜか。それは5歳くらいのころ、水泳教室を脱落したからかもしれない。
 別にプールがきらいだったわけではないが、なぜか水泳教室だけはイヤでしかたなかった。たぶん最初から。水泳教室に行かされた理由は、よくある喘息。子どもの頃発覚した喘息をよくするため、イコール水泳という思考パターンだった。
 最初の1回はそれでもふつうに行ったのかもしれない。その後は、毎回毎回大人からみれば理由になっていない理由を言って、嫌がった。ロッカールームで駄々をこねている記憶も、プール縁に腰掛けてバタ足しているときのいやーな気持ちも、水を飲んで泣いた様子も覚えている。苦しいといえば入らないですんだので、発作でもないのに苦しいふりをしたような気もする。最終回かどうかは覚えていないが、いやがる私に代わって2つ下の妹が喜んでプールに入っていた場面も覚えている。彼女は喜々としてプールにつかり、浸かりすぎて唇がま紫になっても嬉しそうにしていた。
 なんでイヤだったのかは全然覚えていない。水に顔をつけるのがイヤだったのか、顔に水がかかるのがイヤだったのか、先生がイヤだったのか、その辺かもしれない。当時はまだ泳げなかったし。

 たぶん母親はこれで懲りた。

 だから習字に通うかどうかというとき、「ちゃんと通うのか」と、ほんとうにしつこかった。あまりにしつこいと思ったのか、私は言った。

 「やってみないとわからない」

 さすがに母親はそれ以上何も言えない。
 他の習字の先生だったら生意気な子どもと思われたかもしれないが、幸いなことに、たまたまその先生は「そりゃそうだ」と面白がった。
 子供心にはおばあちゃんの先生にみえたが、実際はおばさんくらいだったかも。ことある毎に「やってみないとわからないからね」と言われて、他の子どもが見学にきているときにも、「この子はやってみないとわからないといった」と説明していた。ちょうどいい生徒獲得ツールにもなったのだろう。

 結局、お習字はたしか4年生の時、変な事情で一時期ばーちゃんちから通うことになるときまで続けていた(けど記憶違いで小2のときにやめたかも。病気していて外に出られなかったはずだから)。別にうまくもないし、級とか段とかないけど、わりと好きだったみたいだ。

 オチもないのに、なんでこんなことを書いたかというと、ほんと成長しないなぁと思うからであった。


◇バラ色

 唐突に、バラ色って何色?

 そんなところへマクドナルドのテレビCM。
 「バラ色Tシャツ」をプレゼントするとかなんとか。

 その画面に映ったTシャツは、どピンク。

 もしかして、世間一般的に「バラ色」はピンクなのか。

 バラは花の中でも色バリエーションが豊富じゃないか。それでもピンクがバラ色なの?

 ピンクがダメなわけじゃない。「バラ色=ピンク」という固定に違和感があるようだ。ローズピンクという色の名前もあるけれど、それは「バラのピンク色」というピンクの修飾語としてのバラだ。
 試しに同居人に「バラ色って何色?」と聞いたら、「赤」と返ってきた。ふむ。

 自分に聞いてみると、「バラ色はバラ色」でしかない。色がない。その色って何?
 どうやら「人生バラ色」的意味合いを強く感じて、抽象的な「色」としてしか存在させていなかったみたいだ。「色」とついているのに、「色」自体を感じていなかった自分にけっこう驚いた。

 実際使われている場面では、「少し紫が強い濃いめのピンク」といったあたりになるのかな。これは医療で出てくる「バラ色」からのイメージ。でも、一般的にはピンク全般的みたいだ。

 【読売関西:「色の雑学」バラ色の人生の意味は?】





■09/06/24/wed


◇竹中さんの写真

 つくばにおいでの【竹中明夫さんのページ】に、【過去の写真】コーナーができていたことに今日、気づいた。ずっと見落としていたにちがいない。

 じつは、竹中さんの撮る写真のかなりファン。どのあたりが好きなんだろう。アップで撮るときの被写体への寄り添い方が、なんか優しく感じるからかな。そう思わせるのは、被写体深度の選び方が上手いのだろうか。もちろん光の加減と、被写体を切り取る角度が絶妙だからなのは当然。
 ローに入ってから、あまりこまめに拝見できなくなっていたけれど、最近また楽しみに見ている。

 あ、もう一つ好きな理由があった。写真そのものに加えて、添えられる言葉がいかにも竹中さんらしい気がして、ほっとするんだった。

 最近のなかでいちばん好きなのは、【クジャクシダ】。竹中さんがシダに関心をもって少しずつ見分けがつくようになっていくころの日記がまた良かったなぁ。当時、これまで漠然と「シダ」と思って見ていたものが、段々とそれぞれの名前や個性がわかっていくというのは、とても素敵な関係だなと思った気がする。


◇1枚の見取り図

 たしか13〜4年前、【講談社が現代思想の冒険者たち」のシリーズ】を刊行し始めた。そのころ、たまたま八重洲ブックセンターのフロアをあちこち歩いていたら、ちょうどこの刊行開始フェアのようなものがあった。その売り場の平台の上に、大きなパネルがつり下げられていて、シリーズで取り上げられる人を含めて、多くの思想家たちの相関関係もしくは系譜をあらわすようなチャートが描かれていた。記憶では、黒とピンクの2色刷のパネルだった。

 私は、平台の本そっちのけで、そのパネルをじっと見ていた。シリーズも魅力的だったが、何よりその販促のために作ったであろうチャートそのものが魅力的で、「これがほしい!」と、その後も宙に浮くパネルを何度も眺めに行ったくらいだ。

 でも、フェアは終わる。
 パネルはなくなる。
 つくづくと、不審者と思われても、メモを取るべきだったと後悔した。
 あのパネルがどこかにあればいいのに、とずっと思っていた。

 そうしたら、昨日、見つけた。講談社のではない。だから正確には私が見たパネルと同じものではない。でも、こういうのは作成者によって変わって当然だから、全然かまわない。今度のチャートは勁草書房版。

 勁草書房【読書案内】
 【現代哲学の見取図(PDF)】
 【現代哲学 総合ブックガイド(PDF)】

 うれしい。こういうのはものすごくうれしい。勁草書房ももちろん講談社同様、書店での販促のための基礎資料にしようとして作ったものではある(メルマガにこの見取り図の背景であろうような話が書かれていたことがある)。それ自体、こういった本を読者に届けるための大事な取り組みで、「ちゃんと版元がこういうことをできるかどうかが問われているんだろうな」と思ったし、それを書店だけでなく、こうしてエンドユーザーがアクセスできるようにしてくれたところがさらに大事なことだと思う
 しかも、版元を超えて、さまざまな出版社の総合ブックガイドもある。

 その道の専門家には内容に異論もあろう。でも、それは専門家だからこそ感じることであって、初学者や非専門家には、こういう見取り図がどれだけありがたいか。

 そういえば、まだ『数セミ』の編集者をしていたころ、特集で「数学の見取り図」を作ったことがあった。それぞれの立場から考える見取り図を見開きでお願いしたはずだ。何人の数学者に描いてもらっただろうか。絵心のある著者が多かったのが印象的だった。自分で絵を描く先生が5人以上いたように思う。他の著者にはラフだけ描いてもらって、イラストレーターに絵をお願いしたケースもあった。デザイナーに見栄えのするチャートにしてもらったものもあった。あの仕事は大変だったけど、楽しかったなぁ。
 そういえば、日評は、かなりはやくから刊行物のデータベース化に取り組んでいた。こういうときにすごくありがたい。すぐにいつの号かわかる。

 【1989年4月号 特集マセマティクス・グラフィティ】

 いまからちょうど20年前だったのか。
 たぶんこの号は手元にずっと残したはずだ。我が家のどこかにあるので、発掘しよう。

 20年たった今なら、数学の見取り図はどうなるんだろう。とくに現代数学の見取り図は見てみたい気がする。このころ以上に物理との関連性が深化したり、未解決問題の解決がいくつかあったはずだから。

 そういえば法科大学院の1年目に、刑法はチャート化できるような気がして、あれこれ作っていた。他の分野も頭の中でチャートにしようとしていた気がする。

 つまり、私の頭の容量は1枚図が限界なのか。




■09/06/18/thu


◇備忘録・ここのところ見た映画2

 【畑仲さんにマネされた】、家で見ている映画のメモ。ちなみにABCのランクは、いうまでもなく単なる主観というか好き嫌いだけです。

「バットマン・ダークナイト」 クリストファー・ノーラン監督 「バットマン」と「エイトマン」の区別もいまいちついていないまま、いきなりバットマン・シリーズのこれだけ一昨日の夜、見た。痛そうな場面は苦手なのでところどころ手で隠した。そして昨日の夜、今度は手で隠さずに映像も全部みた。二晩連続で「ダークナイト」。たぶん病んでいる。頭の中がまとまらない。ただ私は、バットマンでもジョーカーでも市警本部長でもなく、一警察官でもなく、市長でもなく、船の中の人(囚人or市民)でもなく、セレブでもなく、たぶん路上か家でじっとする市民として見ていたように思う。見通せない現実の断片と表面だけの情報と、限られた時間と、シーソーのように極端に行き来する判断のための基軸と、そして自分の無力さにいらだちながら。「どうする?誰をどういう理由で支持する?」という問いが追いかけてくる。おまけで【畑仲さんの上映時初見感想】。私はジョーカーになれない。でも、たしか【町山智浩】がいちばん美しいというジョーカーが車から身を乗り出して髪をなびかせるシーンと、畑仲さんが身もだえするジョーカーが病院を後にするシーンにクラクラする。そして、足下を揺さぶられて右往左往する。いや、足下は危ういということを再確認する。A+

「ゴスフォード・パーク」 ロバート・アルトマン監督 いまさら追悼シリーズ。貴族とその召使い、総計35人(らしい)の群像劇は、誰が誰だかわからなくなろうとも結果的にだいたいわかる。私らの生活も、きっとこんな感じなんだろう。かっちりわからなくても、なんとなく把握して進んでいく。しかもアルトマンの描く世界は、上階と下階の2層構造。ところどころほころびさせているところが、いやらしいくらいにうまい。A

「ザ・プレイヤー」 ロバート・アルトマン監督 いまさら追悼シリーズ。ちょっとだけ顔貸してあげる出演を「カメオ出演」というみたい。舞台はハリウッドの映画製作会社なので、カメオ出演も豪華豪華豪華。見終わって「二重写し」という言葉が浮かんだのだけど、なんとなんの二重写しかわからない(笑)。でも好きなのは、最初の「これでもかっ」というくらいの長回しがあるからかな。動かない長回しでない長回しは、まわりに建物の多い広場的な場所を使うしかないのかな。柳町光男の「カミュなんて知らない」は、この撮り方をまねていたのかも。そして、このティム・ロビンスが某教授に見えてくるのはファン心理? あごおでこ類似性? いぢわるチックなところ? A

「テネイシャスD」 リアム・リンチ監督 ジャック・ブラック出演作品をとりあえずフォローしはじめる。えーと。これは彼が実際に組んでいる売れないバンド(コンビ?)「テイネイシャスD」の映画。まんま。上の「ザ・プレイヤー」といい、この前の「僕らのミライへ逆回転」といい、この「テネイシャスD」といい、映画かロックにむちゃくちゃ詳しいといまの私の3倍くらい楽しめそうで、悔しい。ちなみにいま町山さんのブログの上の方に彼と一緒に写っているのがテネイシャスDのお二人です。好きなんだろうな。よくわかる。B−




■09/06/17/wed


◇よき日

 封緘された通知と剥がせるハガキが、両方来た。

 封緘された通知は書類選考通過。とりあえずこれまでの人生を否定されなくてよかった。ガッツポーズしたら笑われた。ここから先が大変だもんね。でもうれしいんだもん。
 剥がせるハガキも足切りまぬがれた。個人的目標達成。周囲の人々の支援あってこそ。再び感謝。

 後者は自己採点も何もしていなかったので(問題用紙に試験日以来触っていない)、昼寝していた畑仲さんをたたき起こして、横で剥がした。不思議なくらい直前期の模試の点数。イコール民事系が悪い。平均マイナス約10点。それを公法と刑事でカバー。公法と刑事は平均プラス約10点、全体平均プラス約10点、通過者平均マイナス約10点。民事系89点を公法刑事でカバーして平均を超えるのは「逆にすごいっすね」とクラスメートからほめられ(?)た。計237点で、現在3303番。9月に発表される最終合格はかなり無謀ですねぇ。1000人以上抜かないとならんのだ。

 なんであれ、一生懸命勉強して(この程度ではあっても)択一通過できて、とてもとてもうれしい。志は低く、でも精一杯生きるのだ。




■09/06/15/mon


◇テレビCMの力

 そういえば、昨日、関内でご飯を食べているとき、妹に【ポメラ】を見せていた。畑仲さんが持っているので、それをみたいとリクエストされていたため、ハルと畑仲さんの代わりに持って行った。

 妹は、【畑仲さんが衝動買いした】のを知っていたのだが、そのときはとりたてて興味を持たなかったという。その後、テレビCMでやっているのをみて、「これは通勤電車の中で使うのにちょうどいいかも」と思って、実物を触ってみたいと思ったらしい。

 オーダーした食事がくる前に、テーブルの上でキーボードを開いて、ちょこちょこ触っていた。そうしたら、食事を持ってくるウエイターさんが、「さきほどのキーボードはポメラですか?」と聞いてきた。「CMでやっている、すぐ書けるというのはほんとうですか?」というので、鞄から出して実演。お皿をおいて、戻る前に「はい、どうぞ」とキーボードをたたいて入力してもらった。

 たしかに立ち上げてからの時間は短いのだが、私は、それ自体よりも、「テレビの力はまだまだまだまだ大きいんだな」と感心した。当然、畑仲さんはテレビCMとは関係なく、こういう新製品情報をひっかける触覚が発達している。でも、ふつうの人にそんな触覚は生えていない。新聞雑誌が広く読まれないといわれる今、特殊な触覚をもたないふつうの人への訴求力はテレビに集約されているのかもしれないなーと思った。ネットは個別化されすぎていて、微妙な気がする。触覚の生えてない人向けにはどうなんだろう。このへんは詳しくないのでわからない。

 1カ月前までの約4年間、我が家ではテレビがついていること自体まれだった。極力つけるようにしているいまも、昔ほどにはついていない。会話のネタは、デジタルでもアナログでも文字情報由来がほとんどだ。最近は、こむつかしいことを身につける練習をしているので、内容も表面だけスノッブというか、インテリメッキをしている感じになった。

 でも、たとえば三回忌で集まった親戚との会話でいちばん役立つのはテレビのこと。最近読んだ本などお呼びでない。そしてCMに限らず、テレビはバラエティとスポーツ中心にまだまだよく見られている。テレビ弱者からすると、全部見ているんじゃないかと思ったくらい。

 伝統的な憲法学の理解では、テレビという放送メディア規制について考えるとき、「お茶の間への特殊な影響力」があることが考慮される(表現の自由の問題があるから)。もうひとつの放送メディア規制の根拠といわれた周波数の希少性は、デジタル放送などの環境整備で現代的には理由とならなくなった。そろそろ各種メディアでの扱いが大きくなってもおかしくない情報通信法案では、この「特殊な影響力」だけをベースとした通信法制を考えているようだ(もしかしたらその後変化があったかも)。

 「特殊な影響力」だけを理由に規制を組み立てるのはどうなんだろうと、とりたてて道筋もなく薄ぼんやり思っていたが、現実は、特殊かどうかは別として、いまのテレビが「強烈な影響力」をもつメディアであることは感じた。ただしチャンネル数が増えていったときにどうかというとよくわからない。
 でも、きっと増えても、多数の人に見られるチャンネル数は限度があるようにも思える。じゃないと、そもそも「強烈な影響力」をもったメディアではなくなるはずなので、規制の根拠が揺らいでしまうし。
 とはいえ、限度が低めにあると、今度はたしか「ホテリング」効果的なものが発生しやすいはず。ホテリング効果とは、二大政党制で出てくる「どっちの党もだいたい一緒」という、集客を優先するがゆえの似たり寄ったり現象だ。実際、いまのテレビは似たり寄ったり。NHKと民放の壁も薄くなっている。「多様性の確保」という一方にあるはずの命題とはかけ離れたところに向かっているように見えてならない。多様性の確保の先にも、下手するとグループ・ポラライゼーションなんてことがあったりするわけで、表現の自由というか民主主義の維持は高コスト体質なんだな。そのコストを引き受ける覚悟がないままに、民主主義社会を構築するのはたいへんだ。

 「ポメラ」ネタから、とりあえずここまで無駄かつ適当に引っ張ってみました。1カ月で大事なことをたくさん忘れているので、間違いがあったらごめんない。



◇横浜とクモ

 昨日、横浜に行ってきた。両親と妹と一緒にお昼ご飯でも食べようという企画。両親は卒業式のときに会ったから、1年3カ月ぶりくらいか。妹は……、ばあちゃんの葬式のときだったような気がする。ということは、1年9カ月くらいだろう。

 という、不義理な娘である。しかも、父親と妹が目当てにしていたハルは、畑仲さん風邪のため一緒に東京でお留守番になり、ほとんど意味がないと言われた。ま、そりゃそうだ。太いトウが生えた娘より、かわいらしいワンコの方がめでがいもあろうものよ。
 ワンコ付のときのために予約していた関内の店のテラス席はさっさと屋内の席に変えてもらった。

 食事のあと、ぷらぷら実家まで歩いて帰ることになった。
 父親が「象の鼻を見ていくか?」と楽しそう。
 私は「象の鼻ってー? 断面図はこういう形しているんだよ」などと言いつつ、ついて行ったら、【象の鼻地区】が新しく【象の鼻パーク】になったというのだ。

 横浜に15年くらい住んでましたが、そもそも「象の鼻地区」自体しらなんだ。赤レンガ倉庫の対面するエリア的な位置かな。その赤レンガ倉庫も行ったことないですが。
 私が住んでいたころ、赤レンガ倉庫も象の鼻地区も入れなかった。「赤レンガ倉庫に入れるのは、柴田恭兵と館ひろしだけだった」と父親が言ったのに、「そうそう」と相づちをうった。
 よくわかんない坂があるように見えたら、それは新しい大桟橋だった。うーむ。昔の面影は、手前にある薄緑青のペンキが不思議な古びたビル(病院というか診療所)くらい。そうして新しくできた歩道橋みたいなものを渡ると山下公園のはしっこだった。人がいっぱいにみえたが、「先週は大混雑だったけど、今日は人が少ない」と父親。

 いや、それにしても大変貌。
 20年くらい前までと比べているんで、間抜けな話でしかないけど。

 で、両親と妹が「くももみにいく?」「くもがきた」「くものパレードがあった」と、「くもくも」うるさい。
 「すみませんが、その『くも』は、お空に浮かぶクラウドの『くも』? それとも……」と言い終わる前に、「スパイダー!」と誰かがいい、父親は手で足の様子をまねた。海岸通りでこんなことをやっている中高年家族はあまりいない。

 家族の話はなかなか統合されず、最初は「カウパレード」みたいなもんかなと思ったら、どうも違うらしい。フランスからきたクモが道を歩くという。えーと。それって? と思っていたら、クモロボットみたいなもんんが公道を歩くというイベントがあったということがわかった。大きなクモで、1本の足に一人ずつ人間が乗っていて、動いていくらしい。をーをーをー、なんとなくわかってきたぞ。が、めんどうなのでクモが展示してあるエリアまではいかなかった。

 中華街を抜ける途中で畑仲さんへのお土産を(父親が)買い、実家でくっちゃべっていたらすっかり忘れていたのだが、今日、このクモに邂逅。

 【こどものもうそうblog:「ラ・マシン、蜘蛛がいく」】

 うきゃー。これは見たかった。
 パレードは無理でも、昨日、面倒がらずに展示してあるところまでいけばよかった。でも、まだどうにかなるのかな。

 【巨大スペクタクルアート劇団「ENEOS ラ・マシン」】

 要・再チャレンジ!




■09/06/12/fri


◇届いたものと届かないもの

 今日、届いたもの。wii本体とfit。

 今日、届かないもの。剥がせるハガキ。

 すみません、去年のカレンダーの曜日を見間違えていました(月曜始まりの予定表だった……)。去年は東京近辺は金曜日でした(届いた子とランチwithハガキをしたので、スケジューラーより確認)。
 というわけで、去年については1日ガセ情報をお知らせしてしまいまして申し訳ありません(>mさん、Yちゃん)、今年はいずれにせよ、まだ届きませぬ。来週かな。週末、両親に会うんで、ちゃんと結果を報告したかったのに。毎年いろいろ変更をしてくれるもんだなぁ。

 仕方がないので、fitをやることにする。とりあえず畑仲さんの似顔絵を作ってみた。畑仲さんというより、なんか新保さんみたいになった気がする。メガネとヒゲをキャラクター的にするとああなるのかな。私のは畑仲さんが作った。下手なパーツを選ぶと怒られると思っているのか、ドキドキしながら作っていたようにみえた。

 εは、ずっと頭の片隅にいる。……いるだけ。進んでなくてすみません。




■09/06/11/thu


◇しいなりんご「二人ぼっち時間」〜みんなのうた〜

 勉強をしていないと、たいていテレビを小さい音でつけている。NHKのことが多い。そうすると、午前中と午後に【「みんなのうた」】が、たいてい知らないうちに始まって、知らないうちに終わる。

 だが、たまに、手元の作業を放り出して、テレビに貼り付くことがある。

 前にへばりついたのは、【とのさまガエル】だった。あれは衝撃的で、「ことば」の楽しさが、歌だか詩だか判別不能なフレーズで繰り返されながら、伝染する感じ。

 今朝、またへばりついて、畑仲さんに驚かれたのが、【しいなりんごの「二人ぼっち時間」】(2009年6・7月の新曲)。
 懐かしくて、でも新しくて、「だれ?」と机から離れた。声でこれはもしかしたら、とは思っていたけれど、ひらがなで書かれた「しいなりんご」は、声で音にして「椎名林檎」に初めてなった。リンク先の紹介にある「幅広い音楽性が遺憾なく発揮されている当楽曲を通して、音楽の“魔法”を届けます」というフレーズは、ほんとにこの歌を言い当てていると思う。なんか魔法なんだ。なんか音楽全部なんだ。

 たぶん椎名林檎を好きなんだと思うけれど、まだちゃんと聞いたことがない。はまるのがわかっているから避けているのかもしれない。そろそろ諦め時なのかな。




■09/06/09/tue


◇球の体積〜直径編〜

 【昨日、球の体積が直径で進んでしまって迷子になった】が、直径は半径の2倍というだけのことですよ。と、自主的映画デーをはさんで気づく。こういう当たり前のことができなくなっているんだー、と悲しい。

 直径(D)は、半径(r)の2倍だから、r=D/2。

  球の体積=(4/3)πr^3   ……書きにくいったらありゃしない。
      =(4/3)π(D/2)^3 ……rにD/2を代入。
      =(4/3)π(D^3/8) ……D/2を3乗すると分母は8。それで約分。
      =(1/6)πD^3   ……約分した2と分母にあった3をかけると6。

 ちゃんとエクセルシートにある体積の求め方になりました。直径で進めているのは当然OK。次はイプシロンに挑めるか。



◇備忘録・ここのところみた映画

 去年の夏以来、ほとんど見ていなかったので、映画をDVDで見まくっている。そしたら、何をみたかすらわからなくなりつつあるので、見たものリストと一言感想メモ。あ、「スラムドッグミリオネア」と「バーン・アフター・リーディング」は映画館でみた。

「マッシュ」 ロバート・アルトマン監督 →【5月27日のてくてく】に書いたとおり、最高!続けて2回見た。A+

「ロング・グッドバイ」 ロバート・アルトマン監督 →チャンドラーの「長い別れ」を映画化。アルトマンお得意の群像劇ではない。でも映像センスというか、出てくる小物というか、見た目はいつも通りにかっこよい。B+

「今宵フィッツジェラルド劇場で」 ロバート・アルトマン監督 →遺作ということで見た。音楽たくさんで、途中寝た。C

「ベジャール、バレエ、リュミエール」 マルセル・シューバッハ監督 →ベジャールの舞台作りのプロセス見たし。アート・ドキュメンタリーのくくり。アーティスト・フィルムとかが好きなら価値あり。A−

「真夜中のカーボーイ」 ジョン・シュレシンジャー監督 →アメリカン・ニューシネマの代表作ということと、タイトルと、ダスティン・ホフマン出演という情報以外皆無で見たのがよかった。田舎者は悲しく、都会人はやりきれない。ホフマンの相手役ジョン・ヴォイドがアンジェリーナ・ジョリーの父親とは。A

「お葬式」 伊丹十三監督 →そういえば見てなかったので。ふーん。B−

「モーターサイクル・ダイアリーズ」 ウォルター・サレス監督 →チェ・ゲバラの医学生時代。この映画をみて「若者の無軌道礼賛」はキライだったんだとわかった。そんなもんで成長すな。C+

「シャレード」 スタンリー・ドーネン監督 →ケーブルTVでやっていた。オードリー・ヘップバーンが出ている。サスペンスでも必然的にコミカル。B−

「ホリデイ」 ナンシー・ メイヤーズ監督 →ケーブルTVでやっていた。キャメロン・ディアスとケイト・ウィンスレッド。ふつーのラブコメ&ハートウォーミング系。B

「評決のとき」 ジョエル・シューマカー監督 →ケーブルTVでやっていた。「マッシュ」で惚れ込んだドナルド・サザーランドが出てきて驚いた(けど嬉しかった)。ジョン・グリシャムのデビュー作の映画化。んー、【平野晋中央大学教授によるジョン・グリシャム研究】の方が面白いかも。B−

「依頼人」 ジョエル・シューマカー監督 →「評決のとき」と同じくグリシャム原作。終わった瞬間、ぽろっと「アメリカ人はこの映画をみてどういう感想をもつんだろう」とつぶやいたら、それがしばらく我が家の流行フレーズになった。別に借りた畑仲さんを責めるつもりの発話じゃなかったのに。C

「トラフィック」 スティーブン・ソダーバーグ監督 →ローの映研上映会に参加して拝見。井上達夫先生のコメントも聞けてなるほど。ストーリーやテーマで「トライアングル構造」みたいなもんがかっちりあって、映画としての安定感も高い。タイトルの意味も考えちゃう。ただ、やっぱり「家族」「コミュニティ」に回収されるしかないのかなー。見逃しているソダーバーグ監督の「チェ」に進むこと。A

「僕らのミライへ逆回転」 ミシェル・ゴンドリー監督 →くだらん系で、たまに見たくなるテイスト。細かいギャグをわかっていないであろうことが悔しい。ジャック・ブラックは全部見ておこうかな。B+

「スラムドッグ$ミリオネア」 ダニー・ボイル監督 →実際にスラムの少女を出演させるなど映画以外の話題も多い作品。話はふつう。「メッセージ」を見出したい人もいろいろできるだろう。どこにでもみのもんたはいるらしい。B

「バーン・アフター・リーディング」 コーエン兄弟監督 →基本好きな監督なので、ひいきしちゃう。畑仲さんは「大きな物語と小さな物語」的解説をしてくれたが、私は「わー、こんなちょっとしたズレを重ねていって、一つの映画になんでなるの?」的感想が先に出た。どこか変なところへ連れて行かれたい場合によい。コーエン兄弟作品初出演のブラピ以外は、いつもの役者さんで固めた(除くスティーブ・ブシェミ)。あて書ききわまれり。B+

「許されざる者」 ジョン・ヒューストン監督 →オードリー・ヘップバーンとバート・ランカスターが出ている。んー、ジョン・ヒューストンの「火山のもとで」が初一人見洋画(19歳のとき)で、それ以来、一人でけっこう見るようになったのだけど、「許されざる者」は見なくていいと思った。古さだけが理由ではないと思う。C−

「ダーティハリー」 ドン・シーゲル監督 →すっかり見たことすら忘れていた。C

 なんか、はちゃめちゃなラインナップだな。テーマでも決めたほうがいいかも。去年の夏は、アメリカン・ニューシネマをそこそこ見たから、今年は、アメリカンじゃないニューシネマにでもしようか。意外と古めの映画をみてないもんで。




■09/06/08/mon


◇有効数字の話

 【あらきけいすけさん】が、【有効数字について検索した結果】をもとに、考察をしていた。
 「有効数字」は、私自身最初に習ったとき、「なんじゃらほい」状態だったことを思い出したのでコメントしたところ、あらきさんが続きを書いてくださった。→【有効数字の求め方の例題】

 まず、思い出せる範囲(ただし、いい加減)で、どう「なんじゃらほい」状態だったかをメモしておこう。

 中学生のとき、理科(か数学)で、有効数字の計算を習った(と思う)。理科だったような記憶があるけれど、それは間違いで数学かもしれない。私立中学だったから、わりとカリキュラムを改造していたので、指導要領とは別だった可能性も若干ある。たしか中1か中2だったと思うが、中3だったかもしれない。

 そのときは、「有効数字○桁の計算をすると答えはどうなるか」というような練習問題だったような気がする。これがわからなかった。いまから振り返ると、「目盛りから読み取れる情報の評価」という意味での理解が全然できていなかったことと、「有効数字○桁」というときに「位取り」との関係がわかっていなかったから、ふつうにかけ算なり、足し算なりして、その結果を「○桁」にすればいいの?だめなの?というようなつまずき方をしていたように思う。小数点以下がある場合とない場合で、「なんだわかんないけど、ゼロじゃない数字の並びで、だいたいこんな感じ?」と適当に桁数を数えていた気がする。きっと、最初にあらきさんが書いていた『かなり「有効数字と桁の関係を気にしすぎ」なのではないか』という指摘に、ちゃんと(しかし内容的には明後日な方向で)はまっていたんじゃないかな。

 で、私の中では「有効数字はなんだかわからない」ということだけ残っていたのだが、次に有効数字に出会ったとき、「そういえばわからないことだったなー」と思いつつ、「何がわからなかったんだろう」と悩んだような気がする。高校生か大学生か忘れたけれど、「有効数字はワケわかめ」という記憶を確認しようにも、なんかそっちは抜けてしまっていて、目の前にある有効数字が「確実じゃないところを含んだ数値」で、だから当然あやふやなところをどう扱うかってな計算だよね、というような目で有効数字やその計算を見ていたようだ。
 なぜか、私の記憶の中での有効数字は、「髪の毛の太さを測る場面」とともに現れる。顕微鏡があったからかな。きっと、「いちばん小さい目盛りでも測れない部分があるのはしょうがない。そこは結局、おおざっぱな目分量で測っているにすぎないでしょ」という当たり前のことに気づいたのかもしれない。

 だから、その目分量なところは「あてにならない」数値で、「あてにならない」=「汚染されている」的な感覚になったのかも。私の場合、その感覚がずっと引き続いているんだと思う。

 そういったわけで、有効数字について昭和22年の指導要領がまとめる、

「統計に現われる数値を,測定によって得られる数値に関係をもたせて,有効数字に関する観念を明らかにしなければならない。一つの物の体積を測ろうとする場合でも,測定に用いる物指の最小目盛が1センチか1ミリか1/20ミリか1/100ミリかによって,測定値をどこまで信用してよいかが定まるわけである。面積や体積等を計算する場合に,測定値の有効数字が幾けたまでであるかを念頭におかないと,徒らに無意味な複雑な計算をして,不必要な労力を使ったり,また目的に応じて物指の精度を吟味したりする手段を忘れるものである。 」
昭和22年度 学習指導要領 算数科 数学科編, 第4章 算数科・数学科の指導法

 ということに沿っているかどうかは別として、なんとなく誤差や計測に結びつけて把握をしていたと思う。

 そのままちゃんと有効数字を扱うスキルを身につけていればよかったのだが、そう物事がうまくいったら「オチコボレ」にはならない。
 「あー、そうか」と思うと、満足してたいてい忘れる。ちょっと使わないでいても、すぐ忘れる(その傾向が数学や理科の話に限らないことは、先だっての司法試験で改めて確認した)。だもんで、実際に計算することは、中学の教科書レベルでやらされる有効数字の計算ですら、「えーっと、どうやるんでしたっけ」状態なのだ。クニエ用語で「汚れちゃった部分」がある数字の場合、足し算はまだしも、かけ算は汚染拡大になりそうな懸念が出てきて、全部無意味な数値が出ちゃわない?とドキドキしたのだ。こんなドキドキは解消したい。

 そしたら、あらきさんがていねいに計算処理方法を【ノギスでパチンコ玉の直径を測る】という例題としてまとめてくださったので、いま、頑張って読んでいる。「間接測定」という言葉は初めて聞いた。私の朧気な記憶でかすんでいる有効数字の学校的計算方法とはちがうような気もするけれど、通る道筋はどれでもいいはずだ。

 ノギスは使ったことがない。でも、はさんで間の長さを測るやつだよね。目盛りは0.05ミリ刻み、と。

 早速つまずいた。「読みの誤差を評価する」というところの「11.00 なので、目盛の刻みと読み方から考えて 11.00±0.025 mm が計測の精度(precision)、つまり 10.975 ≦ D ≦ 11.025 の範囲内のどこかに直径の正しい値があるはず」というのが、しばし考えないと、文章的な意味すらピンとこなくなっていた。

 って、わかっているのかな。不安だ。
 0.05ミリずつの目盛りだから、《……、10.90、10.95、11.00、11.05、11.10、……》と並んでいる目盛りの「11.00」だと読めるのは、「10.95と11.00のまんなか」の10.975と、「11.00と11.05のまんなか」の11.025の間のどこかだというのだけど、んー、素直に「そうだよね」と納得する反面、「納得できているの?」というのもある。どこだろう。

 悲しい現実を書くと、「≦」と両方をイコール付の不等号で挟んでいることや、「まんなか」という目盛りがないのに、こう言っていいの?いえるの?という不安があるみたいだ。
 あー、すっかり誤差論を忘れきっていて、ひとかけらも思い出せないのが悲しい。なにやっていたんだっけ。大学のコンピューターIIIという科目が誤差論だったはずだ。でも、それ以上の情報がすっからかんだもんなぁ(単位をくれたN先生ごめんなさい)。それに、「誤差論は大事だ」とたしか仕事をしながら感じたはずなのになぁ。

 さらにもうひとつ。次の見出しに出てくる、「直径 D+ε=11.05 を3乗し」がわかりません(涙)。球の体積だから、「3分の4πr3乗」というフレーズが浮かんでしまったんです。でも、なんか直径のまんま話が進んでいる。しかもεがくっついている。誤差っぽい様相を呈しているのはわかるけど、「あてになる桁数」の話にたどり着く前に、「どういうことになっているんでしょう」となってしまいました。
 エクセルで計算をさせていないからなのか、有効数字をわかっていなかった(=自分がなんか勝手に納得していただけ)からなのか、そのあたりの判断もつかない。

 疲れてきたので、とりあえず、ここらで休憩をいれまっす。明日か明後日あたり、「あー」とか何か気づくといいなー。やっぱりとろいなー。

 ……関係ないけど、ひっさびさに「モノグラフ公式集」を開いた。本自体は、高校2年のときに買った。大学卒業後もずっと便利に使っていたものの、たぶんここ6〜7年は開いていなかったような気がする。
 そしたら、すっかり古本のにおいになっていた。


◇額縁の話

 三回忌の翌日、畑仲さんが立命館でやっている学会に出るというので、京都に1泊。京都に泊まるのはほんとうに久々だ。前にいつ泊まったか思い出せない。

 そんなわけで、朝、京都でほっぽり出されたので、京都の上野公園エリアである岡崎公園へ向かう。いまさら京都で寺観光をしたいとも思わないし、久々に会う人たちとの予定は午後からだから、時間つぶしをかねて散歩がてら歩いた。

 目的地は、【国立京都近代美術館】。ちなみに略すと「MoMAK」で、東京の国立近代美術館は「MoMAT」となる。有名な「MoMA」はニューヨークにある近代美術館なのだが、一般名詞的名称を個別名詞にしてしまうアメリカの中心主義はいつも恐れ入る。URLもアメリカは国コード(?)なしだもんね。
 個人的には、ふつうの美術館より、近代美術館が好き。抽象画というか、キュビズムが好きだからだと思う。京都にもモンドリアンのコンポジションがあって、嬉しかった。

 日本の作家さんの作品を見て、あることを初めて考えた。そこに描かれている対象と、タッチというのか、実際の描かれ方と、その絵をくるんでいる額縁の雰囲気に、ものすごい共通性があった。描いた時期は古くないが、描かれている建物は古い絵。その中身に呼応するように、額縁が古くさかった。実際に骨董品の額縁なのか、そういう風合いに作った額縁なのかはわからない。けれど、その関係を意識してからは、他の絵をみても、額縁が気になって仕方ない。

 額縁って、誰が選ぶんだろう。作家? 学芸員?
 額縁の作者って、誰? 絵を見て、作るの?
 額縁と絵のバランスってどういうふうなもの?
 絵は額縁込みで鑑賞されるとなると、額縁ってじつはものすごく大事?
 額縁製作の大家っているの?

 とりあえず、「額縁 絵 関係 考察」という検索キーで検索してみた。なんかそれなりに研究はされているみたいだ。でも、網羅的な把握はしにくい。どういうキーがいいのかな。
 「考察」を「研究」に変えたら、「ルーブル美術館展」のブログ【額にも注目!】がひっかかった。ふぅむ。

 私の関心が拡散気味なので、どんぴしゃりの話を探すのが難しい。

 でも、いくつかの絵と額縁を見ながら、「ああ、私はデコラティブではない額縁がつけられる絵が好きなんだ」と好みを確認した。そういう額縁は、たいていモダンアート系の絵についている。首尾はどうにか一環した。


◇三回忌

 6日の土曜日、義母の三回忌で大阪に行った。2年前、東京で学校の授業があるなか、大阪での葬儀は大変だった。ある授業は出席が厳しいのに、「忌引き」がないのはどうにかしてほしかったなぁ(他の先生の扱いは不明)。近場だったら、どうにかやりくりして出席することができても、遠距離ではどうしようもない。

 しかし、そんな大変さとは比べものにならないのが、当然、普段から近くにいる人や、直接の身内だった。いちばん死を悼みたい人たちに無用な負担がかからない葬儀は、じつはかなり難しいことなのかもしれない。

 近しい人の不幸があったとき、どういう振る舞いができるようになっていればいいのだろう。少し意識しておく。




■09/06/05/fri


◇理系? 文系?

 そもそも「理系/文系」という分け方自体を、「無理じゃね?」と思ってはいる。
 でも、日常会話では便利なもんなので、ひっかかりは感じても、ふつうに使う。

 そこで問題です。私は、自分が「理系」か「文系」かわからない。どっちなんでしょうね。どっちでもいい(というか、どうでもいい)問題だけど。

 学部時代の専攻はいちおう数学だった。でもまっとうに数学の(不出来な)学生をしていたのは2年3年くらい。卒論は全然関係ないことで書いた。数学ではないけれど、指導教官からは「一生楽しめる卒論ですね」と言われて、実際、そのテーマのまわりをうろちょろして楽しんでいる。高校時代からずっと根っこのところで持っていることだ。

 ただ、卒業してから、『数学セミナー』という大学生向け(といいつつ平均的学部生では無理筋な)月刊誌で、3年間編集者をしていて、仕事は数学とその周辺の内容ばっかりだった。確実に学生時代よりも数学について考えていた。演習問題としてではなかったけれど。

 でも、一般的に編集という仕事は、文学部の人の仕事と思われているらしい。ローで一緒になった法学部出身の若い子にも、「編集やライターっていうから、てっきり文学部」と思われていた。実験系の理系学生さんだった人にも、「内容が数学でも、編集という仕事は文系」という印象らしい。数学以外に携わるようになった後でも、読んできた本、取材してきた人、編集してきた内容、どれも圧倒的に「理系」職場関連なんだけど。
 そういえば、「私は理系?」と、もと職場の上司に聞いてみたら、言葉に詰まっていた記憶がある。考えたら、もと上司も同類だ。

 だもんで、場面に応じて、「いちおう理系」とか、「理系のオチコボレ」とか、適当に言っている。

 もともと数学が、「理系/文系」話では取扱注意的分野なのかもしれない。
 ラボに生息する実験系の人の感覚では、かなり遠いところにおかれていそうだ。もちろん数学にもいろいろあるし、ほとんど物理なんてこともたくさんある。ものすごく理論な物理との関係に限らず、各方面の境目はけっこうシームレスだろう。

 そこに、「法科大学院卒」という肩書きがくっついてしまった。
 さて、私は元理系になったんでしょうか。

 ……{「理系のオチコボレ」∩「文系のオチコボレ」}になったのか。意地の表記だ。
 意地で加えよう。
 私には、「さしあたり」、「理系のオチコボレ」かつ「文系のオチコボレ」という評価が妥当する。

 どちらからアプローチしても、残るのは「オチコボレ」という現実なのだな。

 ならば、オチコボレを究めよう。わかる人にはわからない、わからない人の世界を見せられるやもしれん。




◇あと1週間

 昨日、試験の択一結果が発表になったけれど、自己採点してない(正確には民事の商法部分でマスがずれたっぽいので採点する意味がない。73問で慣れきった身体で、74問になったのを民訴→商法→民法とやるには、余裕が足りなかった。それが公法や刑事にも影響しているし)ので、1週間後のハガキを待つしかない。
 難しかったらしいし、部分点も去年のようにはつけられていないらしいんで、通過の点数自体が下がったとしても、私は無理だろうというのが自分の感触ですねぇ。だって、「早く読める」「早く考えられる」「早く書ける」という三要素のうち、択一で必要な前二者が欠落してるもんで。字が書いてあると、なんかじっくり読まないといけない気がするらしい。
 ちなみに難しかった「らしい」というのは、私自身の最初の感想が「プレーン」だったから。プレーンの意味は「易しい」わけではなく、奇をてらっていない王道なんだろうな、という感じかな。択一全体に通底するトーンみたいなものとして、真正面からいきます、と言われている気がしていた。そして、申し訳ないことにちゃんと打ち返せるだけの勉強はできていなかったな、とも。

 とはいえ、結果は気になるらしく、当分の間は変な情緒不安定がやってくることは仕方ない。
 まぁ、たとえ択一が通過しても、その先に、どうも日本じゃなくてバルカンかクリンゴンあたりの刑法になってしまったんじゃないかと思われる刑事系もあるし(答案に初めて見ることがたくさんあった記憶がうっすら)、配点38点の設問なのにどうみても10点分くらいのことしか書いてない民事系とか(でも「書いた満足むふー」という感触がローでCをくらう民事系科目のときと同じ)、ロー1年のときの刑訴以来久々にあっつく(もしくは暑苦しく)「労働運動マンセー」と書いた労働法とか(燃えると楽しいけどカラ回る)、4年間で最大にかけなかった憲法とかあるけんね(なぜいきなり広島弁? それは申し訳なくて、遠い関連がにじみ出たのです)。

 どの段階で出ても結果は一緒。




直近のてくてく→2009年5月


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