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2001年7月のてくてく

01/07/31/tue

■バカな映画

 土曜日に借りてきた『犯罪心理捜査官』と『フル・モンティ』を見た。前者はよくわからん映画だったが、後者はバカな映画だった。脱力しまくり。最後の盛り上げ方がもう一つだったような気もするが、あれくらいのほうがバカっぽくてよいかもしれん。有効に時間を無駄にした気分(ビデオだからだな、きっと)。
 で、「ふる○ん」(日本語)と「フル・モンティ」(英語)の類似性はいかに考察されようか?


■読了
粥川準二著『人体バイオテクノロジー』宝島新書
 →今週金曜日のライバル対決に備えて。ES細胞の(危険な)話が面白い。



01/07/30/mon

■ちょっとイメージが…

 最近、仕入れてきた遊び場で同居人と一緒に少し遊んだ。遊び場は、Googleの画像検索エンジンhttp://images.google.com/。ちなみに仕入れ先はココ

 で、最近プラトニックな二人(なんかいいフレーズだな、これ)は、当然、プラトンを探した。したら、おひげのおじいちゃんがいっぱい出てきた。隣にアリストテレスと思われる青年が立っている絵もあった。
 そこまできたら当然、ソクラテスを探す。いままでも見たことはあったはずだが記憶からすっかりなくなっている。出てきた画像を見て、思わず一言。

 「『太った豚より痩せたソクラテス』とかいったよねぇ。でも、正しくは『豚はソクラテス』なのね」

 いや、もちろんソクラテスも好きなんですけどね。ちょっとイメージが違ったもので。

 オマケ。プラトンはPlatoと綴るらしい。「ンはどこに行ったの?」と私。「知らんがな」と同居人が言うところへ畳みかけて、「じゃ、『千のプラトー』とかいう本は『千人のプラトン』ということなのか?」(←無教養全開。このプラトーがなんであるかはまだ知らない)と私。そのとき「千人のソクラテスじゃなくてよかった」と思ったことはナイショだ。(補足:『世界大百科』のプラトンの項にはPlatonとあった。oの上に横棒つき)


■メモメモ
『中谷宇吉郎展』←雪の結晶で有名な人
【会期】7月31日〜8月12日午前11時〜午後7時(会期中無休)
【会場】アート・ミュージアム・ギンザ
    中央区銀座7丁目4番地12号ぎょうせいビル1F・B1
    TEL03-3571-2285(会期中会場直通 03-3572-7430)


■読了
東嶋和子著『子どもも大人も楽しめるロボット教室』カッパ・ブックス
 →たしかに親子(特についていけない親)向けで、かなり網羅的。


■雑誌
『スピリッツ』(8/13号)、『you』(No.16 8/15号)、『BE LOVE』(No.16 8/15号)



01/07/29/sun

■ヨーロッパ?

 近所にロクなレンタルビデオ屋がないので、少し歩くところへ行ってみた。わりと大きい。ビデオ屋がよいかどうかチェックするビデオが何本かある。そのうちの2本である『ビフォア・ザ・レイン』も『ハーヴェイ・ミルク』もあった。そこそこ使えそうだ。

 が、大笑いした。「ヨーロッパ」というコーナーに堂々とジム・ジャームッシュ作品が並んでいる。もちろん、彼はアメリカのインディース監督として注目された人。しかし待て。もしかしたらこっちのほうが監督としても満足だったり、探す方も探しやすいのかもしれないなどと思ってしまった特にハリウッド映画が嫌いな私。いちおう見るけど。

 補足。お目当ての『ナーズの復讐』は発見できなかった。どこにあるの〜??


■読了
サイモン・シン著『暗号解読 ロゼッタストーンから量子暗号まで』新潮社
 →至福の時間が終わってしまった。メモを取ったりしていたのでゆっくりの読了ではあった。もうbk1でも2、3日で出荷。もちろんお勧め。これからの時代、人権派や反グローバリズムを名乗るのなら、最低7章まではきっちり読んでなければ落第でしょう。



01/07/28/sat

■更新

 「てくてく本棚」7月分に、最近読了した分を追加(一部データのみ)。しかし、おいつかーん。


■見ない

 電車に乗ったら、中吊り広告が目に入った。テレ朝の「選挙ステーション」の広告で、久米宏が仮面片手に立っていた。大階段の前で。そう、「オペラ座の怪人」を下敷きにしている。横には小宮悦子と渡辺真理がドレス姿で立っている。写真の下には「劇場」という文字が踊る。

 テレビのCMでは、筑紫哲也が「データショー」と選挙特番を謳う。

 前に「ニュース23」で、CBSのドン・ヒューイット(たしかプロデューサー)を取り上げていた。そのとき、ドン・ヒューイットは有名な大統領選挙のときの討論をテレビで流したときから、選挙が変わってしまったと言っていた。
 選挙特番がこれほどまでにヒートアップするようになったのは、いつ頃からだろうか。10年前はどうだったろう。新聞社やテレビ局が行う出口調査がこんなに大々的になったのは、聞くところによると15年くらい前だ。その頃から変わりだしたのだろうか。

 選挙はショーなのか。劇場なのか。きっとそれだけ視聴率をとれるからこその、ショーであり、劇場なのだろう。

 でもやっぱり違和感がぬぐえない。放っておいても翌日の朝には確定することを、なぜ開票率0%の段階で当確を打ってまで煽るのか。有権者にとって、それがなんの意味をもつのだろう。むしろ投票行為を無にしていないか。出口調査をしていようがいまいが、0%や10%で当確が云々されるような状況が当たり前のことになっていること自体、嫌気がさしてくる。
 こういうあおり方が政治への参加意識を高めるとでも? くそくらえ。

 明日、投票に行く。そして、夜、テレビを消して過ごす。

■雑誌
『コーラス』(9月号・集英社)



01/07/27/fri

■宝くじ

 銀座に行ったので、有名な西銀座デパートの宝くじ売り場で、サマージャンボ宝くじをバラと連番1つずつ買った。買わないと「自分の」3億円を取られたような気になるゴーツクバリなもんで。

 で、やっぱり1番窓口はすごい行列だった。なぜ? 当たりが出た売り場で買いたいという心理はまだ理解できる。が、2番以降の窓口はすぐ買えるのに、なぜ1番に並ぶ? だって、真正面から売り場を見れば、各窓口の後ろはつながっていて、おじさんが同じ宝くじの山から各窓口へ補給しているのだ。

 大阪は梅田の宝くじ売り場(特設)は、カウンターに売り子がずらっと横に並んで立っているだけのせいか、買う方も適当にきてさっと買って帰っていった。混んではいるが、行列はない。

 大きな声でいっておこう。西銀座デパートの1番窓口も、2番窓口も、大阪・梅田のチャンスセンターも、そのへんの小さなボックスの売り場も、当たる確率は一緒です


■熟年合コン

 いい響きだ。「熟年合コン」。というわけで、知人のYさんが主催する暑気払いの会で日本橋へ。お名前はよく伺っていたN先生と、最近、訳書が立て続けに出たTさんと私の4人(お名前を出していいのかわからないのでいちおうイニシャル)。楽しいし、美味しいし、よい合コンでした。ちなみに私が最年少。う〜ん、熟年。
 それにしても世間はほんとに狭い。お隣さんの学校とは…。しかも小学校の頃遊んだ子の名前が登場したり…。悪いことはできん。


■プラトニック

 同居人は法学部政治学科で政治哲学のまねごとをしていたという。いちおうプラトンを読んだりしてたらしい。
 その同居人がここ数週間はまっているのがジェイン・ジェイコブズだ。『経済の本質』(日本経済新聞社)を読んで、「しまった、こっちは2冊目だった」とさかのぼる形で、今『市場の倫理統治の倫理』を読んでいる。戯曲形式で読みやすいらしい。

 昨晩、「ジェイコブズはプラトニズムの正統な継承者だ」みたいなことを興奮しながら口走っていた。私のプラトン好きも刺激されてきた。

 大学生の頃、哲学の授業が好きでわりと取っていた。アウグスチヌスが専門の先生だったが、私はプラトンにお熱。ちゃんとわかっていたわけではないのだろうが、面白かった。特にテアイテトスが好き。会社に入って「老後の楽しみ」の話になったとき、「プラトンを全部読むことー」と答えた記憶がある。

 読みたい本ばかりが増えていく……。


■メモメモ

『目でみる「がん」展 〜診断、治療の最前線〜』
【会期】2001年8月4日(土)〜9月2日(日)会期中無休
    午前10時〜午後6時(入場は午後5時30分まで)
【会場】TFTホール(東京・有明/東京ファッションタウンビル内)
    (ゆりかもめ国際展示場前駅隣接/りんかい線国際展示場駅徒歩5分)

 ↑は、読売新聞のイベント関係の紹介ページにあるのだけど、どうやってリンクを張っていいかわからない…。しかしこの新聞社のPRページは気持ち悪いなー。部数比較とかしていたよ。
 ↓こっちは、リンクも簡単。
『化学展2001』
【会期】2001年8月16日(木)〜21日(火)
【会場】新宿タカシマヤ10階催場(東京都渋谷区:JR新宿南口)


■入手本
岩松研吉郎著『日本語の化学』ぶんか社
 →2度目でやっとゲット。でも今回も「お取り寄せ」だったから時間がかかった。今は在庫状況が変わっているのかな? あー、読んじゃいそう。でも他に読むべき本が…。



01/07/26/thu

■思い出

 うちの親は娘が書いたモノ&作ったモノをたまに目にする(たまにしか目にできないのは、私が貧乏たるゆえんである)。が、たまに目にしたときの彼らの行動は、少しさみしかった。

 95年、私は『科学朝日』で連載をしていた。同時に『日経流通新聞』で5週に1度程度取材記事を書いていた。そのとき、うちの親は『日経流通新聞』は買うかもらうかしてよく家に持って帰ってきた(親戚の店で取っていたらしい)。で、ばーちゃんに見せたりしていたらしい。が、『科学朝日』は本を借りに図書館にいくついでに(どうやら娘のコラムのみ)読んでいた。一度も買ったことはない。

 いくら娘が書いていようとも、ふつうのおじさんおばさんにとってはそれが普通の行動なんだろうな、とそのとき思った。娘が書いているという理由でいいからとりあえず手にとって、無理に読まなくていいから、わからなくていいから、気が向いたときに手にとってパラパラめくってタイトルや写真を眺めてもらいたいなと思うのだけれど、それはすごく高いハードルなのだ。『日経流通新聞』は他の記事まで読んだりしていても。


■思い出2

 そういえば昨日の勉強会で話題に上ったことから思い出したことがある。「なんで報道しないんだと言われることがあるんですが、調べてみると報道しているんですよ」というような意味の発言があった。これは私も同じような経験をしている。よく文句を言われるけれど、ほとんど全部といっていいくらい、たいていのことはすでに報道されているのだ(お眼鏡にかなう取り上げ方かどうかは別として)。

 それを強烈に感じたのは、Gサーチあたりが頑張っていて記事データベース検索が比較的使いやすくなったころだろうか。私の印象では92、3年あたりから、記事検索が自分の生活にも浸透した。「最近の若い奴はなにかというとすぐ検索して、足で稼がん」みたいなことを年輩の方々から言われ出した頃でもある。
 でも、「これって、まだだれも知らないんじゃないか」とか思ってちょっと調べてみると、もうすでに新聞記事レベルで出ている。しかもけっこうたくさんあったりして、ちょっとメげたりもする。そりゃ20代中頃なんて知らないことだらけだから、本人は「すっごーい」とかすぐ思っちゃったりするのも仕方ない(私の場合、いまだにすぐ「すっごーい」とか思っちゃうあたりが問題である)。すでにたいていは報道されていて(本の企画なら出版されていて)、ペンペン草も生えない状況に思えたものだ。「いったい今の私にやることがあるの?」なんて、つい悲観的になっちゃいやすかった(切り口がどうの、掘り下げがどうのというのはまた別のお話)。

 で、ふと思った。20年前いや15年前の人たちは、過去に報道されていたかの確認とか、資料にするための記事探しをどうやってしたの?
 同居人に聞いてみたら、答えは案の定「新聞の縮刷版」だった。それを一生懸命に探す。もしくは「スクラップブック」らしい。私は新聞社経験がないので、スクラップブック作りが毎日の作業に組み込まれる時代を知らない。でも、せいぜいがあとは調査部とかなのである。

 ニフティで引いていたGサーチから時代は過ぎ、今はインターネット。もちろん各新聞社のデータベースサービス(有料)もあるが、かなりのことが無料で検索できる(一般的な検索エンジンのみならず、いろいろなメディアが無料でサイトサーチ機能もつけているのだよ。知っている?>私の周囲の若干名の方々)。しかも新聞の縮刷版を1ページめくる程度の一瞬のうちに。
 自分に向かって言う。そういう時代に仕事をしているということだけは、いろいろな意味で強烈に意識しておきたいものだよ。うん。


■入手本
東嶋和子著『子どもも大人も楽しめる ロボット教室』カッパブックス
 →本屋にはいると必ず新しいロボット本をみつけてしまう気がする…。おいつかーん。

■雑誌
『週刊文春』(8/2号・文藝春秋)、『BE LOVE パフェ』(9月号・講談社)、『モーニング』(No.34 8/9号・講談社)、『日経サイエンス』(9月号・日経サイエンス社)
『News week日本版』(8/1号・TBSブリタニカ)
 →特集は「地球温暖化はでたらめだ」(リンゼンMIT教授による温暖化への反論)と「ハイテク医療最前線」。少し前にNHKのお昼のニュースでみた完全埋め込み式の人工心臓の記事のほかいろいろ。
『ネイチャーサイエンス』(9月号・ネイチャーサイエンス発行)
 →創刊号を発見。発売は角川書店。いやちょっとタイトルがなんかすごいな、と。『ネイチャー』と『サイエンス』が合併したみたいだ。



01/07/25/wed

■どの集まりでもキャンペーンが求められるけど…

 珍しく昼日中続けてお出かけ。東大先端研で開かれた「知の対話」に出席してみた。ジャーナリスト向けの勉強会といったところ。お目当ては知的財産権についての話。でもあんまり私の知りたい話ではなかった。少し残念。とはいえ、やっぱり東京にいると、こういうときにとても楽だ。

 東大先端研の先生方の講演と質疑応答で、参加者は先生方と各メディアの科学担当者(のお偉いさん)と学生さんあたり。学生さんの多いあたりに、学生の一人のような顔をして座っていた。あ、これ、イケずーずーしいですかね。30も半ばなのに。
 学生さんからの若い感じの質問に各社の方々がちょっと困っているふうに見えりして(実際は困っているわけではない。ニュアンスね)、私は「そんなふうに見えるんだろうなぁ」といういつもの感想あたり。


■私は汚れてしまったの

 好んで読んでいるナカムラ先生のサイトに、心をえぐられてしまった。最新の「極端大仏率」で、ネスケことネットスケープナビゲーターを使うのは、

 「ひとつは「“巨人,大鵬,たまごやき”(**)は嫌い」という,ありがちなひねくれ者的心理なのだが,それ以上に,もっと積極的に「悪の帝国」マイクロソフトが嫌いだからという理由もある.」

 とおっしゃる。ごもっとも。私もMSは大嫌いだ。にもかかわらず現在の私はウィンドウズ・ユーザーだし、IE派である。理由は平凡社『世界大百科事典』(今もWIN版のみ?)を初めとした辞書類をいろいろ使いたいというのと、マックはキーボードそのものとマウス重視思想が苦手というのと、ネスケがやたら重いため。結果ズブズブのMS系という、情けないかぎりの状況なのだ。

 嗚呼、と振り返ってみる。去年の3月1日、私はまだきれいな身体だった。IBMのノートパソコンに、PC-DOS2000を入れ、もちろんFEP(もしかして、こう書くと笑われるのか?)はATOK。OSもアプリもすべ〜て、MSから遠い世界で暮らしていた。
 現在のマシンだって、ちゃんとPC-DOSも入れている。立ち上げるときにどっちにするか選べるように四苦八苦したのだ。いや、正確には同居人に四苦八苦させたのだ。

 でも、現在、ほとんどウィンドウズしか立ち上げない。それはなぜか。最近のマシンときたら、DOSじゃモデムを認識しないのよぉ(涙)。IBMのマシンにIBMのOS入れてんのに、内蔵モデムを認識しないんだよぉ。サポートセンターのお兄ちゃんもおもしろがっていろいろ付き合ってくれたけど、ダメだった。くっ、私はMSに身体を開くしかなかった。

 あの頃の私はもういない……。トオイメ。1年ちょっと前なのに。


■雑誌
『SPA!』(8/1号・扶桑社)、『kiss』(No.15 8/10号・講談社)
 →「スパ」のサイバラ画伯の短期集中連載は「脱税できるかな」。りえぞう先生、3万2000円の経費を320万にするのはいかななんでも…。それでも戦う、りえぞう先生。まー、経費を320万引いてもたっくさん残るあたりはうらまやしい。



01/07/24/tue

■今の午前9時は、20年前の午後2時

 だと、この前思った。しかも20年前のテニスコート上の午後2時だ。じゃあ、今の午後2時はいったいぜんたい……。昼間、打ち合わせに出向くのはきつい。毎日会社へ行っているみなさん、ほんとにお疲れさまです。


■神保町

 久々に神保町へ行った。東京へ戻ってきて3回目くらいだろうか。なんだか昔と違って、神保町へ行っても独特のワクワク感がなくなってしまった。昔は、本がたくさんあって、いろんな本を眺められることが妙に嬉しかったり、街全体の紙の重さみたいなものにドキドキしたような気がする。大人になったのかな。


■読了
瀬名秀明『ロボット21世紀』文春新書
 →はじめてロボット取材をしたという『文藝春秋』2000年2月号を当時たまたま読んだが、それはあまり面白いと思えなかった。が、こっちは著者なりのものさしが出来上がってきた感じで、なるほどと読めた。

築地達郎他『ロボットだって恋をする』中公新書ラクレ
 →うーんうーんうーん。少なくともこのタイトルと中身は大きく違う。半分くらいは産業社会史のさわりの説明といった印象。カンバン方式とかプラザ合意とか、ほかのロボット本ではめったにお目にかかれない経済部御用達の単語がいっぱい。それに「2050年にはほぼ確実に、肉体的にも知能的にも人間と同レベルかあるいはそれ以上のロボットが生まれるだろう」といきなり言われても…。


■入手本
粥川準二著『人体バイオテクノロジー』宝島新書
 →ここのところこの関連の話題が新書で続いているような。時節柄当然なんだろうね。
築地達郎+京都経済新聞社取材班著『ロボットだって恋をする』中公新書ラクレ
 →まだbk1には入っていないようだ。

■雑誌
『アエラ』(No.34 7/30号・朝日新聞社)、『トリガー』(8月号・日刊工業新聞社)、『別冊young you』(8/30・集英社)、『judy』(9月号・小学館)
 →『トリガー』はロボット特集。


■ひそやかに

 妹の誕生日だ。何回目かはナイショにしておこう。おめっとさん。



01/07/23/mon

■暑さのせい?

 今日も、目が覚めたら12時だった。寝たのは3時。どうしちゃったの? エアコンが自動的に切れるたんびに一瞬、起きちゃうから?


■プロ

 先週、NHKの「にんげんドキュメント」で杉山愛母娘によるウィンブルドン挑戦の話が放送されていた。杉山愛はプロテニスプレイヤー。ここ1年近くの不調を乗りこえようとする姿が描かれていた。
 私自身、小学校から中学とずっとテニスを続けてきた。同年代では井上悦子がいた。2つ上の先輩が、彼女と神奈川県の高校の新人戦でぶつかったときはちょうど応援という名のボール拾いに出掛けた記憶がある。眠い目をこすって見た、マッケンローとボルグの熾烈なウィンブルドン決勝戦はまさに死闘という形容がふさわしかった。スポーツのなかではある程度わかるスポーツだ。そのせいか、いろいろ考えてしまった。そのなかの一つ、プロってなんだろう。

 たまに「プロなんだから」という表現を耳にする。個人的にはあまり好きな表現ではない。たいていは「しっかりしてくれよ」と相手をなじる程度の意味しかもたない。平たく言えば「お金もらってんでしょ」というところだろうか。それをわざわざ「プロなんだから」というのはあまり品がいいとはいえない気がする。
 と同時に、「プロ」という言葉が使われるのは、単に「職業的」という意味合いだけではないような気もする。プロスポーツ選手だったら、私はやはり観客へのアピール性あたりも要求してしまう。でも、これは本来、スポーツ選手に限らないことだ。スポーツ選手以外だったら、「アカウンタビリティ」みたいなもんかな。

 少し前にあるMLで「プロの研究者」というタイトルをみた。プロの研究者、そういえば、プロ教師の会というのもあったな。こうなると「その道の専門家」というようなニュアンスが入ってくるようだ。そこでふと、「プロのジャーナリストという言い方もアリか?」と考えてみて、なんだか違和感をもった。

 この違和感はなんだろうと考えたら、プロから感じる「スポンサード」だった。プロスポーツ選手はメーカーなどのスポンサードを受けていることが多い。スウォッシュというカマの刃のようなナイキのマークをつけているスポーツ選手は誰しも一度見たことがあるだろう。テニスだったらヨネックスあたりが有名か。ラケットにはスタープレイヤーのモデルも作られ、広告塔としての役割を担うことが多い。

 いちおうその対極に位置すべきとされているのがジャーナリスト、であるために生じた違和感だったようだ。

 「プロ=スポンサー契約」というわけではないが、でも、(特にフリー)ジャーナリトに限らず「それで食っていく」ときにお金やポジションをどうするかも、それこそ「プロとして」重要な問題だよな。などとプロ周辺の話題をつらつら思っていたので、読んだ↓の本はけっこうタイムリーだった。


■読了
J.M.W.スラック著『バイオ研究室の表と裏 エッグ&エゴ』新思索社
 →記者さんや大学院生さんは必読&必笑かも。「いずこも同じ秋の夕暮れ」ではある。


■妄想

 スラックさんの本は、発生学や分子生物学の基本的な話と、大学の研究室という一見仙人たちの集まりかのように思われているところが実はどんなところで何をしているかという話で構成されている。と聞けば、思い出すのは筒井康隆の『文学部唯野教授』じゃないだろうか。
 が、スラックさんはイギリス人で、『文学部唯野教授』を知っているわけではない(たぶん)。よって構成自体は全然ちがう。第一、フィクションではない。だからこそ妄想してしまった。『理学部梅尾教授』とか、『理学部数野教授』とか、『理学部舞津おさむ教授』あったら楽しそう。『舞津教授』だとオチは砂を掛けられる殺人事件のミステリー仕立てなんてことになりかねん。ああ、なんだかやばい方向へ話が…。あくまで妄想です。きっぱり。…とはいえ約10年前に『唯野教授』を読んだときも似たようなことを考えて、周囲の人間と話したような…。たいしたネタではなかったな。もうしわけない。

■入手本
横浜康継著『海の森の物語』新潮社
 →bk1の課題本。じつわこれにあと1冊、とっても嬉しい本が!! サイモン・シンの新刊です。見本だからまだリンクが張れないの。『暗号解読』よん。うふふ。

■雑誌
『スピリッツ』(8/6号・小学館)


01/07/22/sun

■損

 起きたら午後1時だった。昨晩はたしか2時過ぎに寝た。11時間近くの熟睡。日曜日の午前は好きだが、午後はなんとなく嫌いな時間帯でもあるので、損した気分だ。しかし、なんでこんなに寝たんだろ。たいてい8時半頃に起きるのに。


■水俣

 橋本光太郎さんが「今年一番の科学書」という、『水俣病の科学』(西村肇・岡本達明著、日本評論社)が気になるなぁと思っていたら、今日の朝日新聞と毎日新聞の書評で取り上げられていた。朝日の評者は新妻昭夫氏で、毎日は伊東光晴氏。

 昔勤めていた会社の本だ。前にも何冊か水俣関係の本を出していた。同じ人が作ったのかな、などと考えてみる。まずは手に取ってみよう。


■ますなぁ

 BGMとしてつけていたテレビからふっと聞こえてきたのは、「40歳以上に増える『おじさん言葉』はどれでしょう?」。NHKの「日本人の質問箱」だ。これは前になんかで読んで知っている、知っている、…知っているが出てこない。選択肢を聞いたら、わかった。これよ、これ、「ますなぁ」。語尾につける。「暑い日が続きますなぁ」ってかんじかな。

 解説をしていた国立国語研究所の人は、こういうのを「ライフステージ語」と呼んでいるらしい。「ますなぁ」を使うオジサンたちも、20代のころは使わなかった。社会的な地位が変わるにつれ、使う言葉が変わっていく例の一つになるらしい。

 同居人は今年40になる。そろそろ使い出しますなぁ、きっと。あ、関西人は使わないですなぁ、かな。


■ハンガリー

 5年ぶり2度目の海外旅行を計画中である。旅はあまり好きではないが、たまにはいいかという気分。ちなみに温泉にはしょっちゅう行っている。これは旅ではない。実際に行くのは秋頃だろうか。5年前、スリランカとどっちにしようかと悩んだハンガリーが第一候補。ということで、下の本を買ってみる。そうそう、ハンガリー・ブダペストは世界に冠たる温泉都市。


■入手本
早稲田みか著『図説ブダペスト都市物語』河出書房新社(ふくろうの本)
 →ハンガリーの調べものスタート用に。

■雑誌
『for Mrs.』(8月号・秋田書店)、『子供の科学』(8月号・誠文堂新光社)、『ダークサイドJAPAN』(8月号、ミリオン出版)
 →久々に本屋に入ったら、『子供の科学』がにっこりこっちを見つめていたので、つい。『DSJ』では、朝倉喬司氏の立花隆批判が続いていた。吉田司による個人情報保護法についての記事もある。小泉サンも4、5年前のただの変人だったころは(ルックスが)好きだったんだけどね、たしかにねー、NGがでちゃった土井さんのCMがドキッとくる最近の様子なのだよ。「ほんとうにこわいものは、さいしょはにんきもののかおをしてやってくる」だっけ。



01/07/21/sat

■サバイバー

 「米国でCBSテレビの「のぞき見」番組が人気」「CBS『サバイバー2』最終回、視聴率は前回に及ばず」というのを読んで知ったわけではないが、雑誌か新聞の記事で「サバイバー」という番組の存在は知っていた。

 遅ればせながら、アメリカでCBSの視聴率回復に貢献したというその「サバイバー」を見た。といっても人気が出たので続編となった「サバイバー2」の第1回目だ。TBSの金曜深夜(1:30〜)にやっていた。見ようと思っていたわけではなく、なんとなく画面に流れていて、「あれ、これはもしや」と思っていたら、やっぱりそうだったというだけのことではあるのだが。これまではBSデジタルでやっていたようだ。すでにBSでは放送を終えていて、BS-iの「サバイバー」説明で様子が全部読める。ちなみに地上波はTBSだけらしい。

 まず「これってまじにヤラセなしなの?」というのが素直な感想だ。日本では素人さんがどんどんTV慣れしているということが、先週のホイチョイのマンガあたりでも出てきていたが、アメリカも似たり寄ったりということなのか。それとも向こうの人たちの表情やジェスチャーを単に私が理解できていないからなのか。もしくは編集の手際の問題だろうか。もちろん、演出(というかヤラセ)が入っていちゃいかんというわけではない。それに人気が出た後の「2」だし、参加者たちも番組を了解していることだろう。

 その次に湧いてきたのは、「閉鎖系の中で何ヶ月か過ごす実験とか試験とかがあったなぁ。あれも似たようなもんになるのかな」という雑ぱくな印象。先々週くらいのアエラにたしかこんな実験が予定されているという記事があった(すでに処分してしまって確認できない。Kさんの記事だった)。それに似たようなものは、宇宙飛行士の選抜の最後にもあったはずだ。でも、これは家の中の様子をカメラでずっと放送して流すという、まるで「トゥルーマンズ・ショー」みたいな番組のほうが近いかもしれない。

 「サバイバー」は参加者たちの様子を観察し、その人間関係を分析しながら見ることが面白いのだろうか? 人気の理由を考察したサイトもあった。番組もそれほど面白いと感じなかったし、考察することも私はあまり関心を持てなかった。なんでだろう。もしかして日常生活の過ごし方自体がすでにこの番組の視聴者っぽい感じで、ひそかに楽しんでいるからなのかな。…けっこうヤな奴かもしれんな、それは。


■チャルメラ

 おろ? チャルメラのメロディが聞こえてきた。ラーメンだろうか。あまり騒々しくないメロディだけのチャルメラはしみじみする。

 そういえば大阪で聞いて驚いたものがある。ラーメンじゃない。売り歩く(車だから「走る」か?)のは「わらびもち」なのだ。初めて「わらびぃ〜もちっ。わらびぃもち〜」というのを聞いたときは驚いた。チャルメラのメロディで、そんなものを売り歩くのか。
 そのわらびもち屋さんは、ほかのものも一緒に売っていた。それが、アイスクリームとキムチ。どういう取り合わせなのだ??

 口上がまたふるっていた。「ダイエット食品!キムチ」「伝統の味のアイスクリーム(←ほんとうに残念なことに正確なフレーズを失念。意味はこんなところ)」。さすが吉本のある地だ。



01/07/20/fri

■忘却

 私は凡人なので、「すっごく面白い!」と思ったことも、その場でメモなりしないと、素人がついだビールの泡より簡単に消え去ってしまう。
 だから私は思う。頭の中に浮かんだことをとりあえず片っ端から残しておいてくれるメモリみたいなもんがほしい。頭の中に埋め込むのでも可。そうしたら、後から考えると「なんでこんなことが?」とか、「全然関係ないのに」と思ったことたちの関連性や不連続性なんかを確認できるのではないか。楽しそうだ。もちろん、ホントにやばい話は記憶媒体からさっさと消去しておけばよい(けど、それではもったいない気もする)。そういうことが可能になったら、人の思考はどうなるのだろうか。

 などということを考えたことだけは覚えているのだが、その前のもっと面白かったことは忘れている。ほら。だからね、脳内うたかた記憶装置がほしいのよ。

 …なんてことをちらっとメモしておいたら、同居人が「日立がね、ウェアラブルPCを作ったの」と欲しそげにいう。ウィンドウズCEだって。初代AIBOと同じ値段らしいのだが、たしかにAIBOよりは使えそうだ。

 こういうものがあれば脳内うたかた記憶にはいいのだろうかとちょっと考えてみた。少しは実現しやすいように思うが、根本的には違う。ウェアラブルであろうが、自分で意識的に入力しなければならない。ここが(たぶん)面倒だ。


■継続は力になるのか?

 これまで日記が3日以上続いたことはなかった。気がつけば1ヶ月以上、こぼれた日もあったがとりあえずは書き留めている。中身はまぁなんであれ、こんなに続けられるなんて…(感涙)。そろそろ中身向上委員会が必要だということはわかっている。


■COP6

 7/16から、ドイツのボンでCOP6が開かれている。少し調べてみて、新聞によって訳語が違うことを知る。基本的に、朝日や毎日は「気候変動枠組み条約締結国会議」だが、日経は「地球温暖化防止会議」だ。読売は見忘れた。それぞれ回数や開催場所が途中に入る。
 97年に京都で開かれたときが、COP3。そのときには「地球温暖化防止京都会議」というフレーズがよく使われていたような気がする。身体に馴染んでいるのは「温暖化防止」だろうか。テレビで使われた言葉が記憶に残っているのかもしれない。

 恥ずかしい限りなのだが、今回まで「気候変動枠組み条約」=「温暖化防止条約」だということをきちんと意識できていなかった。だらだらと読んでいるときは「COP」という文字が目に入った時点で、それ以上の確認をとらないようだ。『現代用語の基礎知識』によると、正式名称は「気候変動に関する国際連合枠組条約」。「温暖化防止」では温暖化以外のポイントについて含みきれていないというのもわかるが、「気候変動枠組み」では日本語としてのイメージが持ちにくい。

 文句をいって、とりあえず不見識をごまかしてみた。


■入手本
瀬名秀明『ロボット21世紀』文春新書
 →予約していた本が、今日、到着。さっそく読もう!



01/07/18/wed

■聞かれたくないこと

 昨晩、同居人に「ねぇねぇクニエさん、これまで生きてきた35年で読んだ本のベスト10ってなに?」と聞かれた。たまにこういう話題になるが、とっても聞かれたくないことだ。選べません、んなもん。でも生真面目な私は「うわぁ」と言いつつ、毎回、必死で考える。「別に1番はコレ、2番はこれ、じゃなくていいよ。10冊の順序はいい」と言われるが、それでもしんどい。なんか条件がないと選びにくいのだ。

 うなりつつ発したのは、やっぱり『フェルマーの最終定理』。もともと『数学セミナー』編集部にいたという背景は消えないもんでね。その次にふと「マンガでもいい?」と聞いたらOKだった。「じゃ、『まあじゃんほうろうき』。サイバラの」。なんだか5、6年前の一時期、毎晩寝る前にこれを読んでいたのだ。当然、全部覚えた。でも読まないと眠れない本だった。さらに「うーん」とうなって、「フリーになってすごくショックを受けた最初は『常温核融合スキャンダル』かなぁ」。こういう仕事は圧倒的だと思った。が、お買いあげ出来なそうな状態だ。

 あとはあとは…。吉田司を入れたい。でもどれかな。「あのいろんな人を書いた奴」「ああ『世紀末ニッポン漂流記』ね」。好きな本なのにタイトル忘れてます。それにこれも品切れ?絶版?
 「1冊じゃないんだけど、いい? 樋口陽一が書いたもの」。たしか93年か94年くらいの雑誌記事で、コピーはこの家のどこかにある。「近代」についてなんだけど、どこかの本に収録されていないかな。

 「あれ? 坂口安吾は? 好きなんでしょ」。はい。でもそれは高校3年の時に読んだ『堕落論』の中の一編「日本文化私観」なのだ。少し前に読み返したら、高3の時はすべってたような気がしている。というわけで18歳の私バージョンを入れていいなら、これ。
 さかのぼっていくと、『十五少年漂流記』かな(でも検索するとたくさんあってどれだかよくわかんない)。この本は、中学1年の時、読み始めたら止まらなくなって明け方まで読みふけってしまった経験をした最初の本なのだ。次の日の授業はやたら眠かった。

 これで何冊、というか何本? まだ7冊かいな。あれ? たしか8冊あったはず。あ、まー、『アルジャーノンに花束を』はやっぱり入れとこうとなった。へー、くたびれた。あと2冊は今後のためにとっときます。でも、3日後に同じ質問されても、同じラインナップになる自信はない。

 ちなみに同居人のベストワンは、熊野旅行をしながら旅館いせやの露天風呂につかりながら読んだ中上健次の『化粧』だって。どこで読むかっていうロケーションまで指定してきたよ。


■入手本

NHK『科学デジタル質問箱』編『科学おもしろ質問バトル』(KAWADE夢新書)
 →素朴な疑問にあっぷあっぷしながら生活しているので、そのとっかかりに。でももう一歩踏み込んで知りたいんだよね、たいてい。


■雑誌
『週刊文春』(7/26号・文藝春秋)、『SPA!』(7/25号・扶桑社)
 →SPA!にサイバラ画伯の短期連載があるはずだったのに…。来週からに延びたみたい。



01/07/17/tue

■フケツ

 昨日、「歯医者で患者を触った手袋のまま受話器をとった」ことに疑問を感じていた。が、その疑問にも自分自身疑問があった。患者という感染症のかたまりのような存在がある以上、すべてを完璧に清潔にすることはできない。…し、たぶんする必要もない。受話器は取ってはダメで、ドアノブならOKということも変だ。それよりも清潔にすべき場を清潔にする管理ができているかどうかが重要なはずだ。

 ということで、昨日の管理に関する不満は撤回。不満を持つだけの情報はいまのところない。


■松尾貴史(=キッチュ)

 少し前まで、bk1サイエンス棚の新刊ピックアップに『数学の不思議な旅 ピュタゴラスの定理から超数学まで』(A.K.デュードニー著、青土社)という本が並んでいた(ただし私はこの本はたぶん買わない)。この本の表紙画像を眺めながら、「なんかあったような…」という気持ちになっていた。

 今日、はたと思い出した。松尾貴史だ(ちなみに私は松尾貴史のファン)。彼が去年「はなまるマーケット」にゲスト出演した際の「はなまる伝言板」が「デュードニーの本を探しています」だったのだ。もちろん↑の本ではない。パズル関係の本だったはずだ。
 「やっぱりキッチュね(はぁと)」と思いながら、「デュードニーの『プラニバース』なら手元にあるのに…」と残念がり、「神保町の明倫館(理工系の古本屋)ならあるかも」ということをファックスで流そうかと思ったり。が、結局なにもしなかった。

 時は流れて、「はなまる」は総集編特集。「伝言板その後」をやっていた。私は、あのキッチュの伝言板は成就したのかワクワク見守っていた。ああ、表のあそこに名前がある。そろそろかな。…えっ? 飛ばした。「解決」も「継続中」も何もなく、飛ばした。
 かなりむっとした。たしかに地味なネタではあるが、無視はないでしょう、無視は。

 という記憶を、デュードニーという名前からぼんやり刺激されていたらしい。今日、それがわかって、すっきりした。
 ちなみにキッチュがほしがっていた本のタイトルをはっきり覚えていないが、それらしいものはbk1にはなかった。

 松尾貴史がはなまるに出演した頃に、私がとても喜んでいた本『ハイパースペースサーフィン』をプレゼントしようかとも考えたのだった。彼ならおもしろがる本じゃないかと思ったのだ。そんなことも思い出した。送ろっかな。


■ハトその後

 暑いのであまりハトの歩行を観察できない。いままでのところでは、足を1歩出すたびに頭は行って帰ってきているように見える。つまり頭はダブルカウント。が、私はそのタイミングをまだ自分のものにしきっていない。暑くて観察が続かないのだ。

 だが今日、同居人がおもしろいところを観察してきてくれた。頭を前に出したまま、トトトトッと歩いているハトがいたというのだ。その時の歩行速度はふだんよりも速い。ふだんは頭をチャッチャと動かしているのに比べ、足はペタペタともっさり動かしているというのが彼の意見だ。前に頭を出しすぎたのか、そのトトトトッハトはチャッチャと素早く歩いたように見えたらしい。
 で、この観察結果を統合し、ハトは歩く際、頭を前に出すことによって重心が前にずれ、足を前にだせるのではないかという分析をしてみた。なにかに似ている。そうだ、ホンダのP2が世に知られたとき、広報の人が「転ばないために足を出すようにさせることで歩いている」といった説明をしていた。そんな感じなのだろうか。

 残念なことに、私自身はまだこの眼でその分析でいけそうかどうかの確認ができていない。……たぶん、つづく。


■セイロン風カレー

 「セイロン風カレー」がウリの喫茶店でセイロン風カレーを食べてみた。私の唯一の海外旅行先は、セイロンことスリランカである。この喫茶店で食べたセイロン風カレーは、スリランカのどの街で食べたどのカレーとも似ていない。カレー粉がバンバン入った、ただのおふくろの味カレーだった。どこがどうセイロン風なのだっ(怒)。
 世の中、わからないことが多い。


■読了
新井裕著『トンボの不思議』どうぶつ社
 →もっと早く読んでいれば、7月3日に銀座でみかけたトンボがなにトンボだったのかわかったかもしれない。ちょっと残念。



01/07/16/mon

■歯医者

 久々に歯医者に行った。虫歯ではない。口内炎だ。わりとよくなってきていたのだが、しびれをきらして医者に行くことにした。耳鼻咽喉科かなとも思ったが、前に歯医者で軟膏を塗ってもらった記憶と、「口内炎」でヤフーの検索をしたら出てきた結果が口腔外科のサイトだったため、歯科にした。

 近所に矯正歯科(と小児歯科。ほんとはこっちが目当て。痛くなさそう)もやっているところを見つけて、行ってみた。かなりおおがかりな顎の手術をやったことがあるので、矯正歯科もあるところにしておこうと思ったのだ。この手術経験もあるが、治りの悪い口内炎は歯があたっていることもあるようだと先のサイトで読んだためでもある。

 飛び込みでも順調に見てもらえたし、「すごく小さいですよ。ナーバスになる必要はありません」とのお墨付き。わかっちゃいるが、だらだらと痛かったのですよ。
 歯があたる可能性のことなども話していたら、「ええと、北半球と南半球で考えると、北半球は上の歯があたって、南半球は下の歯です。ここだと確実に南半球で、当たっているとしたら下の歯ですね」と、最初はいきなりなんのことを話し出すのかと面食らったがわかりやすく説明しようとしている姿勢に好感が持てた。同居人の母親が前に入院していた病院の医者なんて、70すぎのばーちゃんに向かっていきなり「テイシンシューセイだから」とぬかした。「低侵襲性」なんて言葉が一般的に使われていると思っているのだろうか。
 そんなこんなで、今日の歯医者はわりあいよかった。が、「感染症予防うんぬん」という貼り紙をしてあるのに、歯科衛生士は私の口を触った手袋のまま電話に出ていた。戻るときは手を洗っていたようだが、これはちょっと…。受話器はフケツでもいいというのか。

 しかし、対応だの管理だの、こんなことばかりみる患者は好かれないにきまっている。


■雑誌
『スピリッツ』(7/30号・小学館)、『for Mrs.スペシャル』(No.27・秋田書店)



01/07/15/sun

■更新
『勉強法が変わる本 心理学からのアドバイス』の感想を本棚7月分に追加。→〔本棚


■舌

 なんだかこの1週間ほど、舌が痛い。右側が荒れていて、口内炎なのか、噛んだための傷がもとなのか、なんだかわからないが痛い。デカいアフタだろうか。しみる。ビタミンB剤など飲んでみるが、あまり改善しない。
 こういうとき調べてみたりすると、「舌ガンはほとんど側面」とか「痛みが初期からある」とかみつけちゃって、ちょっとドキドキする。「家庭の医学」効果と勝手に命名。「あー、もしガンだったら、舌ガン日記とかになるのかな」なんて想像している自分がおかしい。
 明日、まだ痛かったら、お医者さんに行ってみよう。なんか薬を塗ってくれるかもしれない。前に歯医者で口内炎に薬を塗ってくれたことがある。効果覿面だった(わ、テキメンってこんな字なのか)。でも、何科へいけばいいのだ? 耳鼻咽喉科か? 歯科じゃないよね。虫歯ってわけじゃないし。


■テキメン

 ふと↑が気になって、辞書を引いてみた。『大辞林』によると、

  結果・効果の即座に現れること。また、そのさま。「天罰―」「―に効く」

「覿」は「見る」という意味らしい。字をみりゃそう思うわな。『広辞苑』は

  まのあたり。めのまえ。目前。日葡「テキメンニコロ(殺)イタ」
  結果・効果などがその場ですぐあらわれること。即座。「天罰―」「―に効く」

で、「覿」は「会う」という意味だとある。あれ? どっちにも「コウカテキメン」という例はない。最後に三省堂の『国語辞典』を引いてみる。

  むくいや効果がすぐにあらわれるようす。
  「指導の効果が―にあらわれた・天罰―」

 まぁ、でも、テキメン=コウカがテキメンという意味ってわけではなさそうだ。ほっ。効果覿面が、「馬から落ちて落馬」していないかちょっと心配になっていた。それと実はテキメンは敵面だと思っていた。「効果が敵の面にかっちり決まる」ってな理解だったのだ。剣道由来とかそんな感じ。


■読了
H.ニューボルド編『ライフ・ストーリーズ 最先端の科学者たちの地球・環境・生命そして未来への思い』シュプリンガー・フェアラーク東京
 →ごもっともでございます、はい。

毎日新聞旧石器遺跡取材班著『発掘捏造』毎日新聞社
 →今日届いて、すぐ読んでしまった。ノリはまさに「毎日新聞遺跡取材班たちのプロジェクトX」。ちゃんと自ら窮地に追い込み、そこからはい上がります。笑いのツボも3カ所くらい仕込んである。去年の11月5日の毎日新聞はA級保存版として我が家にある(発掘が必要だけど)。完璧なスクープに快哉。その取材経緯を読めるのは嬉しい。現在、特集「 緊急取材・立花隆、「旧石器ねつ造」事件を追う」を掲載した『立花隆サイエンスレポートなになにそれは?』を改めて手に取っている。ざっと目を通しただけだったのだ。


■入手本
毎日新聞旧石器遺跡取材班著『発掘捏造』毎日新聞社
 →待ってました! あの11月5日の衝撃をもう一度。
リチャード・ドーキンス著『虹の解体 いかにして科学は驚異への扉を開いたか』早川書房
 →たぶん先に同居人が読むんだろうな。いまさらではあるのだけど。
R.M.W.ディクソン著『言語の興亡』岩波新書
 →言語学の断続平衡説とは?!



01/07/14/sat

■更新
『帰化動物たちのリストラ戦争 オレの言い分きいてくれ!』本棚7月分に追加→〔本棚


■「13日の

 金曜日パズル」ができないかと、13日の金曜日だった昨日、ふと思った。今年は4月も13日の金曜日だったのだ。

 たとえば、「2001年4月13日が金曜日だった。この年の13日の金曜日は全部で何回か」とか。賢い計算方法を考えるより先に、カレンダーをめくってしまった。4月13日以前も、7月13日以降も、ない。それに、これでは問題としてもおもしろみがない気がする。
 「13日の金曜日は最高で1年に何回あるか」だろうか。ついでに「それ以上ないことも証明せよ」くらいつけてみる。

 が、何も考えずにパズル風の文面にしてみただけなので、実際には非常につまらない気もする。大きな問題は、適当に言葉を並べた(しかもそれほど難しいとは思えない)パズルなのに、自分ではどうしていいかわからないという現実だったりする。
 一般的に、問題に答えることも難しいが、やっぱり問題(特によい問題)を作るほうが難しい。


■NNなんかキライ

 ネットスケープ・ナビゲーターをインストールしてみた。トップページのメールアドレスやプロフィールが宙に浮いている。非常に悲しい。ほんとは下揃えなのだ。


■ハト

 最近、ハトに夢中。ハトはなぜあんなふうに頭を前後に振って歩くのか。ピョンピョン跳ねる鳥(例:スズメ)と違ってトコトコ歩く鳥たちは、頭を振っている。ニワトリしかり。しかし、ダチョウは定かではない。首を振って走っているだろうか。こういうときはビデオ資料が圧倒的に強いが、手元にそういったものはない。

 ハトが頭を振って歩くのは、バランスをとるためだというところまで、現在わかっている。しかし頭を振ることでどうしてバランスが取れるのかまではわからなかった。そこで、ハトの首の振るリズムと歩くリズムを考えようと思ったが、うまくいかない。私はリズム音痴だった。目下、歩くハト観察中である。ハトの歩きを体得したら、バランスの取り方について調べてみるのだ。


■迎え火

 東京はお盆だ。昨日、夜7時半頃歩いていたら、迎え火を焚く家が何軒かあった。こういう風景を見るのはとても久々のような気がする。


■雑誌
『BELOVE』(No.15 8/1・講談社)、『you』(No.15 8/1号・集英社)



01/07/13/fri

■来客

 同居人の友人で、1年近くに及ぶ海外生活から戻ったばかりのUさんが遊びに来る。Uさんの話は、登場するカギカッコが何人であろうとあいかわらず関西弁になっていておもしろい。本人は東京出身である。結局お泊まり。
 夜中、「少年は野球少年、昆虫少年、鉄道少年、ラジオ少年に4分類される」論が展開される。ほんとうは、他にも探したのだがいい○○少年が思いつかなかったのだ。Uさんは元鉄道少年(の一種)。同居人は元ラジオ少年。両者に通じるオタクの芽はそのころからあったと確認した。しかしサッカー少年がカウントされないあたりに年代を感じる。
 少女は分類できるのだろうか。


■うっとり

 「世界最高速重力多体問題専用計算機GRAPE-6完成記念講演会・GRAPEで探る宇宙--月の形成から宇宙の大規模構造まで--」を聞きに、中抜けして東大へ行った。見損ねた「月の形成」の映像を見たいと思っていたのだが、聞いていると「P=NP問題ってどんなんだったっけなぁ」とぼんやり思い始める。なんであんなたくさんのものを計算できるんだろう。

 が、なにより目を引いたのは、展示されている歴代GRAPEたちの基盤(?)が見目麗しいこと。パソコンのマザーボードを見るのが好きだ。が、GRAPEはふつうのパソコンのマザーボードのようにごちゃごちゃしていない。なんだか氷の世界の基盤という気がした。美しい。対して、家に飾ってあるThinkPad230のマザーボードは「ブレードランナー」の背景のように感じた。両方とも好きである。



01/07/12/thu

■発見

 先日、生まれて初めて日傘を買った。一部で不興を買っている(笑)黒い日傘だ。日傘を買うまでは帽子着用者だったので、帽子に比べれば黒かろうがなんだろうが、はるかに涼しい。個人的には白い日傘が苦手だ。夏場は日差しが強すぎて白っぽい色がまぶしく、(極力サングラスをかけているが)目が痛くなる。だが、これは自分の日傘ではなく他人の日傘への注文なので、あまり大きい声では言えない。

 それより、実感している。「雨の日にさす雨傘は、ほんとうに合理的だ」。
 雨の日、風があるとする。防ぎたい雨は、風と同じ方向からやってくる。傘を風に対して盾になるようにさせば、雨も防げる。
 が、日傘は違った。風は必ずしも太陽から吹いてこない。お日様は真ん前、風は後ろからという悩ましい事態が発生する。横からの風もけっこうやっかいだ。日傘のおちょこ状態を未だ見たことはないのだが、他人のおちょこ日傘を見る前に、日傘ビギナーの自分がおちょこ日傘と格闘することになりそうな予感がある。日傘をさすのも難しい。


■砥石

 「包丁は研いで使えばよい」と自分で書いたのに、我が家の包丁は2本とも切れない。
 先週、あまりに切れない包丁に嫌気がさし、近所のリサイクルショップにある修理コーナーへ持っていった。刃物研ぎサービスがあるのだ。

 包丁を渡しながら、奥にある砥石を見て思いだした。昔、じいちゃんが縁側で包丁を研いでいた。水を掛けながらシュッシュッと研ぐのが面白くて近寄ると、「危ないから」と遠ざけられたような気がする。包丁研ぎはじいちゃんの生活に組み込まれたルーティーンの仕事だったのだ。
 じいちゃんの息子、つまり私の父親は、月に何回か玄関先に座り込み、靴を磨いていた。1家4人のうち、いちばんきれいな靴を履いていたのが父親だった。彼にとって、靴磨きはルーティーンの作業だったのだろう。

 少し背中を丸めて何かを続ける姿は、記憶に残りやすいのか。一種の憧憬のような気もする。特に父親やじいちゃんだからだろうか。私には、何か自分なりのルーティーンになっている仕事はあるだろうか。ないような気がする。
 同居人に聞いてみた。「生活に組み込まれた、ルーティーンな仕事や作業って何かある?」

 「……デフラグ」

 ちがーう! 私はそんな答えを期待していたんじゃない。第一、デフラグをするのはコンピュータじゃないか! ぜんぜんちがーう!!


■雑誌
『モーニング』(No.32 7/26号・講談社)、『週刊文春』(7/19号・文藝春秋)
 →ホリイ(堀井憲一郎)さん、ドフトエフスキーには笑いましたがそろそろgoogleも検索対象に入れたらどうでしょう。



01/07/11/wed

■素麺こわい

 一昨日、素麺が届いた。同居人の父親からだ。親からお中元が届く。なんかおかしい。でも素麺は二人して大好きなので、ありがたくいただく。
 今日、再び素麺が届いた。同居人の母親からだ。いや、文句はないのだが、不思議ではある。それでもありがたくいただく。我が家には現在、コメよりもたくさんの素麺がある。
 こうなった理由はたぶん去年の夏、彼らの家で余っていた素麺を半分もらって帰ったら、あっという間に食べ尽くし、結局残りの素麺ももらったことにあるのだろう。驚かれた。

 ちなみに、私はこう言っている。「春はたけのこ、夏はそうめん、秋はさんま、冬はかき」(私家版・枕草子)。間の「ようよう白くナントカ」の部分はまだ出来ていない。しかし、万が一秋にサンマが大量に届いたら、ちょっとお手上げだ。

 ↑これを書いた後、事実関係が判明した。母親名の素麺は、息子の素麺好きを聞いていた近所の方が気を利かせて送って下さっていたらしい。というわけで、両親が張り合うかのように別々に送ったわけではなかった。少しほっとしてしまった。
 そして、父親名の素麺を食べた。揖保の糸の中でも高級な素麺。ふだん買っているのよりもやたらと細い。気を付けてゆでて食べて驚いた。食感が全然違うのだ。舌触りがとてもいい。おいしかった。


■一人遊び

 しつこく『植物のこころ』(塚谷裕一著・岩波新書)を、誰だったらおもしろがるか考えている。
 ちなみに同居人(私立文系卒。ただしややパソヲタ)は、暑くて目が覚めた夜中、2、3頁読んでみて面白いと思ったそうだ。現在、彼と一緒に本書は移動している。

 勝手な想像を続ける。
 それなりにアクはある本だし一般向けだから、好きかどうか、評価するかどうかは別としておこう。
 学生時代に家庭教師で教えていたRちゃんだったら? いま彼女はOLをしている。少し前に会ったとき(今でも付き合いがあるってあたりがすごい気もする)、「翻訳本が読めない」という、基本はフィクション読みの彼女に3冊紹介した。まずはフィクションの『アルジャーノンに花束を』。その後「とても面白く読めた」と連絡があった。他2冊は、生物っぽいことを海外の大学で勉強していた彼女なので、ノンフィクションで『フェルマーの最終定理』『銃・病原菌・鉄』を紹介した。「読んでみたい」とは言っていたが、まだ反応はない。
 彼女は大丈夫だろう。

 活字中毒者の友人T氏だったら? たぶん最後まで読むだろうし、私自身あまり植物に興味はなかったが、おもしろく読めたのと似たような感じじゃないだろうか。文科モノに強い彼だが、グリックの『カオス』を読んでいたし。
 フリーの友人Yちゃんは? 彼女は科学系はとんと縁のない人だ。仕事が絡めばなんの問題もなく読みこなすだろうが、仕事と関係なく勧められたとして手を伸ばすだろうか。また最初は興味がなくとも、その後おもしろがるだろうか。少し自信がない。

 私の場合、やっぱり最後に残るのは、妹だ。昔『アルジャーノンに花束を』を勧めたら気に入っていた。が、妹に『銃・病原菌・鉄』を勧めようとは思わなかった。そして、この本は微妙なのだ。
 あと日本語教師の養成講座で机を並べていた彼ら・彼女らはどうだろう? もちろん人によって違うだろうが、傾向としては手にとってもらいにくい気がなんとなくする。私の雑な予測では、多くて半々くらいだろうか。

 もちろん、興味を持たないことやおもしろがらないことは、その人自身の評価とは全然関係ない。あくまでも私の勝手な一人遊びである。


■雑誌
『kiss』(No.14 7/25号・講談社)



01/07/10/tue

■タイトル

 検索エンジンにいくつか登録してみた。同居人によると、「てくてく」というタイトルは、旅行系・散歩系に多いらしい。非常にユーザー迷惑なタイトルになってしまったのだろうか。
 ところで、勢いで「てくてく」に決めちまう前は、「ぶにぶに」「すびばせん」「気分次第」「後ろ向き」とかを考えていた。タイトルの神様は私に優しくなかった。が、個人的にはデザインの神様(ただし素人仕様)はそれなりにかまってくれたように思っている。


■読了
北野宏明著『大人のための徹底!ロボット学』PHP研究所
 →「ですます調」のやさしい語り口で、かなりあっさり読み終わる。ロボット研究の基本的な事柄(なぜ?なにを?的な部分)を眺めるのによさそう。1997年という年への回想は共感する。この年、偶然ロボット担当みたいな役回りとなり、いろいろとロボット関連の取材をしていたので、「そうだったな」というかんじだ。


■入手本
広瀬弘忠著『心の潜在力 プラシーボ効果』朝日新聞社
 →ここのところ注目本が多い気がする朝日選書の新刊。いただきました。ありがとうございます。

■雑誌
『噂の真相』(8月号)



01/07/09/mon

■マングース

 今晩のNHK「地球ふしぎ発見」は、シママングースだった。アフリカにあんなにいたのか。群れをなして、ぴょこぴょこ立ち上がる姿はプレーリードッグのよう。ネイチャーオンチの私には、解説がなければ見分けがつかない。でもプレーリードッグは「ゲッシ目リス科」の動物で、北アメリカの草原在住。マングースは「食肉目ジャコウネコ科」だから、全然違うはずだ。番組によると進化の道筋をみるとライオンやハイエナの仲間らしい。別名「ネコイタチ」。プレーリードッグは「イヌに似た鳴き声を発する」わけだから、ほんとにネコ系とイヌ系なのだな。マングースの仲間としてミーアキャットも紹介されていた。マングースも奥が深い。以上、参考文献は『日本大百科全書』でした。

 あと、今回の番組を見ながら「なんか日本ぽくない映像だなぁ。まるでアッテンボローの絵みたい」と思っていたら、クレジットにイギリスのプロダクション名が出てきた。やっぱり。妙にアップが多いのだ。しかも狙っている感じのアップ。巣穴の中とかの映像も得意みたいだ。映像にもお国柄があるのだろうか。

 番組の最後にも、沖縄や奄美大島でハブ退治目的で放たれたマングースが天然記念物のクロウサギなどを食べている問題に少し触れていた。この話は、『帰化動物たちのリストラ戦争』(中村三郎著・同朋舎)に詳しい。


■雑誌
『ビッグコミックスピリッツ』(7/23号・小学館)、『judyオリジナル』(8月号・小学館)
 →『judyオリジナル』は最終号だった。「judy」はどれもあまり元気がないように見えていた。



01/07/08/sun

■更新
  「てくてく本棚」に、1月分を追加。昔のものは補足をつけにくくて申し訳ない。


■ほしいもの

 珍しくほしいものができた。タオルケットだ。
 色がよくて、手触りが素晴らしくて、くるまっていると気持ちよくなるタオルケットがほしい。少し涼しい部屋で、そのタオルケットにずっとくるまっていたい。ライナス(inスヌーピー)化現象?


■怖かった

 一昨日に引き続きビデオを昨晩見た。タイトルは『スリング・ブレイド』。ビリー・ボブ・ソーントンという人が監督・脚本・主演の、96年の映画だ。97年アカデミー賞の「脚色賞」受賞作らしい(脚色賞っていうのがあったんだ)。
 話も映像もいたって穏やかで、落ち着いた映画だった。しかし、私は怖くて怖くて仕方がなかった。悲しい気持ちになるのではないかという怖さだ。母親とその浮気相手のロクデナシを叩き殺した少年カールは、長い間、州立の精神病院に入っていた。そこを退院する日から映画はスタートする。カールは今はもう中年だ。退院の日に近くの大学新聞の取材を受ける。この部分だけ、シネフィル・イマジカでは短編映画として流れていたらしい。

 カールは退院して、30キロほどの故郷へ向かう。仕事も家もなく、友だちもいない。夜、彼は病院へ戻ってしまう。「自由なんかいらない。どうやって暮らせばいいんだ」という言葉が悲しくて仕方がない。それでも州の決めた退院は変えられない。病院のスタッフから紹介を受けた修理工場に職をみつける。耕耘機や芝刈り機の修理は天才的なのだ。映像同様、穏やかで落ち着いた生活が始まり、フランクという男の子の友だちもできる…。

 同居人はこの主人公と映画を評して、「笑いのない藤山寛美」と言った。私は松竹新喜劇をあまり見なかったのでよくわからないが、たしかに藤山寛美のイメージとダブる。
 生きにくい世の中に生きなければならない不幸もある。ここのところあちこちで話題に上る触法精神障害者のこともあわせて、しんどい映画だった。


■「から」と「ので」

 知人から届いた荷物のメモの裏に次のような表現があった。

 「本日あなたの口座に別紙のとおり受払がありましたからご通知いたします。
 郵便振替受払通知票は、後日の証拠となるものですから、計算をお確かめの上、同票の左上部の通知番号順に保存してください。…」

 郵便振替についての郵便局からの指示だ。これを読んで猛烈な違和感を感じた。第2文目の「から」はいい。第1文目の「から」だ。この文章を読むと、

  受払があったから、しょうがない、知らせてやるよ。ああ、めんどくせえ。

 といわれているような印象があるのだ。「そういえばこのカラとノデは何か違いがあったはずだな」と思い出し、調べてみた。こういうときに便利なのは、『基礎日本語辞典』(角川書店)とか『類語例解辞典』(小学館)といった類の辞書だ。

 『基礎日本語辞典』によると、「から」と「ので」は置き換えられる場合とそうでない場合がある。「確定していない事柄や、話し手の推量や意志・願望・依頼など、主観的判断による叙述が来る場合は『から』を用いなければならない」のだ。つまり、「コレコレがあった→コウした」と確定的なものは「ので」を使うことが一般的ということになる。「から」は基本的に「主観的にとらえ」た場合の条件形式で、「蛙が鳴くから帰ろ」のようなときにしっくりくる。

 『類語例解辞典』には、似た説明の後、「『ので』は、前件と後件との間に客観的な因果関係が認められる場合に用いられやすい」とある。「受払があった→通知する」はまさにこのケースだろう。
 また、「話し手の気持ちを表す表現でも、丁寧な表現や書き言葉では一般に『ので』が用いられる。…このような場合に『から』を用いると、ぶっきらぼうな表現や押しつけがましい表現となりやすい」とある。「転居いたしましたので、お立ち寄りください」がその典型的な例だ。↑の文では、郵便局から気持ちを受け取ったわけではないけれど、書き言葉なので「から」を使われたのと同じような印象を持ったのだろう。

 どんな言語でもこういう使い分けを無意識でやっているんだから、ネイティブなわけだ。というわけで、郵便局さん、自分が出す文面くらい読み直してみたら?
 ちなみに、何度も読み直していると問題ないように感じてくるのがネイティブというものらしい。よって、こういう場合は「最初の印象」が頼りだ。事実、すでに私は郵便局の通達文に違和感を感じなくなってきた。

■読了
『日本に「鈴木」はなぜ多い?』角川oneテーマ21
 →いちおうツトメをはたして。データ的な部分では「なるほど」と思うことも多々あったが、全般的に文章はピンとこない。このテーマでいきなりヘッケルを引用されても…。「個体発生は系統発生を繰り返す」を使わんでもいいでしょうに。
 鈴木のルーツは和歌山だという話はだいぶ前に聞いたことがあった。が、それが1週間ほどうろうろしたことのある熊野だとは知らなかった。とはいえ、うちはヒイじいちゃんの親は鈴木ではない。途中で鈴木に養子に行ったらしい。かように真性鈴木度が低いせいか、あまりのめり込めない。ただ家紋は小学校の頃に調べてみた。「向かい稲穂」。これは「稲荷神社」に関係があるみたいだった。が、本書によると鈴木は熊野神社と深い関係があるらしい。いずれにせよ、鈴木は稲と関係が深い。
 こんなにありふれた名字にもかかわらず、名前がお婆ちゃんのようなカタカナのせいか、いまだ同姓同名同字に出会ったことがない私だった。

■雑誌
『young you』(8月号・集英社)、『kissカーニバル』(8月号・講談社)



01/07/06/fri

■リンク?
 日記のスタイル決定の際、参考にさせていただいた西田さんによると、月名のファイルの方もリンクを張っておいたほうがよいらしい(ご指摘ありがとうございます。こちらから日記に張っていなくてすみません。ちょっと暑くてへばっています<理由になるのか??)。しかし、情けないことにいまひとつ意味が理解できていない。青木みやさんのところをじっと眺めてみることにする。

■中野
 2ヶ月ぶりくらいで中野に行った。大阪へ移るまでの10年間ずっと住んでいた街なので、降り立つと「帰ってきた」と思ってしまう。私のホームタウンはまだ中野のようだ。美容院のために行ったのだが、まずは「大勝軒」のつけ麺もやし入りを食す。前は最低でも1週間に1度は行っていた。美容院から出てきたら小腹が減っていたので、「さらしな」のおろしそば。やっぱり中野に戻ってくればよかったかなと思ってしまう。
 ちなみに「さらしな」の蕎麦湯はドロドロ系。こゆいドロドロ系の蕎麦湯はまるで重湯(おもゆ)のようで好きなのだ。

■おかいさん
 重湯で思い出した。関西ではお粥のことを「おかいさん」という。私にとっては、中上健次『日輪の翼』に出てくるオバたちの世界だ。つい、大阪出身の同居人に「お粥をおかいさんというなら、重湯は“おもいさん”というの?」と聞いたら、「あほなこといいないな」と怒られた。
 他にもお芋は「おいもさん」という。ちなみに飴は「あめちゃん」だ。なぜ飴に「ちゃん」をつける? 「さん」と「ちゃん」の使い分けはどこに?
 おお、いろいろ思い出してきた。メシ屋のお品書きに「野菜のたいたん」があって、悩んだ。「“たいたん”ってなに?」。私の頭の中では惑星付き木星がぐるぐる回っていた。

■よしなしごとin美容院

 美容院では頭ぐるぐる巻き状態で、髪を染める1時間ほど待たなければならない。読書に耽りもするのだが、ついつい余計なことも考える。

【女性セブン】2ヶ月前にきたとき、美容院の定番・女性週刊誌の目次か表紙に「サイエンス・エッセイ」という文字があったので、なんだろうとページを繰ってみたら、なんと澤口俊之氏のコラムだった。驚いた。その後、どの女性週刊誌か忘れてしまったので、今日はまずこのチェックを行った。『女性セブン』だった。途中が抜け落ちているので、話の展開が読めない。今回は「若い女性の肌も顕わな格好」についてだった。ご興味のある方はご一読を。私はたぶんもう…。

【白髪】美容院で時間がかかるのは、白髪があるため「ヘナ」で染毛をするからである。これは塗った後かなりの時間放置される。が、ヘアマニュキュアより気持ちもよいのでこちらにしている。マニュキュアだと、シャンプーのたびに頭がオレンジ・シャーベットのようになってしまうのだ(オレンジ色を入れている)。
 白髪は20代中頃から増え始めた。最初は抜いていたが、子供の頃、母親の白髪を1本1円で抜いていたのを思い出し(1回で100円くらい稼いだ)、確認すると母親も若白髪だったという。それを聞いて諦めて染めることにしたのだ。
 それにしても白髪は母方の女性に共通している。わりと若いうちから多くなるのと、おでこのすぐ上あたりに集中しているorいたという点まで似ている。母と叔母たちと私を並べてみて、遺伝は強力だと思った。こんなことまで決めなきゃいけないのだとすると、DNAもご苦労なこったとつい思ってしまう。

【植物学者】↓の本を読んでいたら、美容師はこの本のタイトルを見て「植物学者になるの?」といった。軽口ではある。が、とっさに返答に詰まった。このタイトルなのに…。一般向けの新書で、内容もいい。オススメと思う。でも、だれに? 美容師の言葉から、そんなことが気になってしまった。典型的私立文系でそれほど読書量の多くない私の妹は最後まで読むだろうか。わからない。

■読了
岩波新書『植物のこころ』塚谷裕一
 →新書の書き手としてとてもよいのではないかと思った『蘭への招待』の著者による新しい本で、期待通りだった。面白いし、うまいし、しっかりしている。ほどよい熟し加減の「新書なれ」といったところだろうか。…気分を書いてみたが、自分でも意味不明だ。
 帯には「なんと融通無碍な! 植物という生き方」とある。「融通無碍」は「ゆうずうむげ」と読むのはわかるが、いまいち意味が不安になってきた。『大辞林』によると「何ものにもとらわれることなく自由であること。また、そのさま」とある。「無碍」が「障りのないこと。とらわれがなく自由自在なこと。また、障害のないこと」(広辞苑)。元々は仏教用語らしい。
 ABCモデルなど植物ならではの基本的なところも簡単に説明してあるのが嬉しかった。この辺のことを確認するときはまずこの本を開こう。

■スーパーフツウ
 東京三菱銀行に行った。時間外手数料無料などのサービスがあると聞き、それはいいと切り替えることにした。そのサービスの名前は「スーパー普通預金」。普通預金のくせに、30万円以上残高があるとなんと定期預金よりも金利も(ほんの少し)ヨイのだ。腑に落ちないと思いつつ、切り替えた。
 その後手元に戻ってきた通帳をみると、「スーパーフツウへ」という文字が。スーパーとフツウという言葉が一緒に並んで一単語をなしている。あまりな言語感覚。

■アーヴィング
 『A.I.』の口直しに、同居人が何本かビデオを借りてきた。その中の1本。『サイダー・ハウス・ルール』。J・アーヴィングが原作脚本。監督はラッセ・ハルストレム。堕胎と孤児がばんばん出てくる。時は1943年。堕胎は違法のアメリカが舞台だった。生殖医療の話を書いてわりとすぐにこういう内容の映画をみるとは…。でもアーヴィングの話はどれも、ほっとする。あっけない感じが好きみたいだ。たいてい「適温」という気がする。
 いまのところの個人内アーヴィング順位は、『ガープの世界』>『サイモン・バーチ』>『ホテル・ニューハンプシャー』>『サイダー・ハウス・ルール』ではあるのだが。



01/07/05/thu

■AI
 すっかり書き忘れたが、「AI」は「地球温暖化が進むと大変だから、みんなで環境問題に気を付けようね」という映画だと思った。あと主人公のデイヴィッドを演じた子にもCGを使っているのだろうか。もし使っていなければ、バレエかなにか(パントマイム?)の心得があるんじゃないだろうか。冒頭の首の動かし方あたりでそう思った。

■読了
 『未来のたね』(アイリック・ニュート著)
 →こういう、本来は子供向けらしい本を読むといつも思う。ほんまもんの子供たちはどういう感想を持つのだろうと。同じ著者の『世界のたね』や、ゴルデルの『ソフィーの世界』とか、大人が読むのはわかるとして、ほんとに子供も読んでいるのだろうか。
 ついでにメモ。読み終わったら、なんだか星野之宣の『2001夜物語』が読みたくなった。どこに仕舞ったかな。

■発見
 前にbk1で注文したら、「版元品切れ重版未定」だった本を書店で見かける。『日本語の化学』(岩松研吉郎著、ぶんか社)だ。奥付をみたら「2刷」になっていた。版元はこんなに売れると思わず、重版をかけるタイミングをミスったのであろう。急がないので、他の本と一緒に注文することにした。万が一、そのとき再度入手できなかったら悲しすぎる。

■雑誌
『モーニング』(No.31 7/19号、講談社)、『ビッグコミックオリジナル』(7/20号、小学館)、『週刊文春』(7/12号、文藝春秋)



01/07/04/wed

■更新
  「てくてく本棚」に、7月分3月分2月分を追加。

■入手本
徳永幸彦著『絵でわかる進化論』講談社
 →「絵でわかる」というのにつられたのに、ほとんど教科書みたい。しょぼん。
ジェイ・イングラム著『脳のなかのワンダーランド』紀伊国屋書店
 →『天に梯子を架ける方法』の筆者の脳本。
クロード・シュロー著『クローンの国のアリス』青土社
 →タイトルに負けました。

■雑誌
 『アエラ』(No.30 7/9号・朝日新聞社)、『編集会議』(8月号・宣伝会議)、『ニュートン』(8月号・ニュートンプレス)
 →「アエラ」の表紙は市川笑也。猿之助のスーパー歌舞伎はあまり興味を持てなかったけれど、笑也は好きだった。今週の現代の肖像は草間弥生。「編集会議」はいまだ不思議な感覚が襲ってくる雑誌だ。なんだろうか、この感じは。



01/07/03/tue

■更新というより手直し
 日記のページはテーブルタグで囲むと重いような気がしたので、日記本体を囲っているテーブルタグをはずした。
 またこのファイルの管理方針を、どう説明していいのかよくわからないが、currentとそれぞれの月名のファイルで管理することに決めたのに伴い、リンクの張り方も書いてみた(このページの一番下)。たぶん大丈夫だと思われるが、まちがっていたらごめんなさい。いちばん参考にさせてもらったのは、青木みやさん西田さんのサイトだ。西田さんとは面識もメール識もないが、お二方、一方的にありがとうございました。

■ワナワナ
 同居人が休みだったので『A.I.』を見に、じゃなくてチェックしに行くことにした。公開されて間もないため、混むのだろうと覚悟を決めて銀座へ向かった。チケット売り場で聞くと、次回は混雑が予想されるとのこと。まだ時間もあるので、指定席を買うことにした。そうすれば時間まで他のことができる。スピルバークの映画は前も指定券を買うはめになった気がする。腹立たしい。上映時間近くに戻ってきたら「座れます」の文字。さらに腹立たしい。同じく平日の昼にみた『マトリックス』はチケット売り場についた時点で行列だったので、似たような混み方になるのかと思っていたのだが…。
 感想は、やっぱりスピルバーグはキライだ、だ。彼の映画から「おしつけがましさ」を(私は)感じるから嫌いなのだと、『A.I.』を見てわかった。しかも押しつけられる内容に私はなんの魅力も感じない。まぁ、魅力を感じないから「おしつけ」と感じるのではあろうが。
 これに比べると、ビデオでみた『NDR』はなんとよくできた映画だったことか。この見出しのワナワナはもちろん怒りの表現である。

■銀座のトンボ
 『AI』より何より今日はもっと驚いたことがある。銀座のプランタン角で、3匹のトンボが飛んでいたのだ。なぜ、この時期に、この場所で、トンボ? 昨日、カタツムリや虹の話のきっかけとなる「トンボ、見なくなりましたね」という会話を森山さんとしたばかりではないか。『トンボの不思議』という本がきっかけだ。銀座のトンボは、赤いトンボではなかった。羽は透明(当たり前のことなの?)、身体は黒っぽく見えた。こういうとき何トンボと言えないのが、ちょっと悲しい。しかし、ヤゴ時代はいったいどこで過ごしていた3匹なのだろう。いくつかのキーワードで検索をかけてみたが、よくわからなかった。

■銀座の行列
 映画の後、少し歩いたら行列に出くわした。行列が似合わないビルの壁に沿って並んでいる。なんだろうと思って正面で確認したら、エルメスだった。そういえば少し前にニュースで「エルメス開店」というのがあった。これか。いくらオープン直後だからといって、直営店に行列ができるというのはなんだかピンとこない。エルメスが人気ラーメン屋みたいに見えた。

■素朴な疑問集
〔その1〕今の家で、初めて自動湯張り器がついた。その仕組みがよくわからない。1つ穴(というか出入り口であろう箇所)が空いている以外、とりたててセンサーみたいなものはなさそうなのだ。お湯がすっからかんの状態ならわかる。出水口で一定量が出ていったら止めればいい。また追い炊きなら、単にぐるぐる回して温めて適温で止めればいい。
 今日、初めて、だいぶ少なくなっているがまだお湯が残っている状態から、自動湯張りをしてみた。しかも途中で私はちゃぽんと浸かり始めた。にもかかわらずだいたい予定水位でピーピーいって止まるのだ。なぜ? 今度、仕組みをガスの営業所あたりで聞いてみよう。
〔その2〕知らない(と思われる)人が夢に出てきた。夢は知っている人しかでてこないものだとかいう説を聞いたことがある。同居人に聞いたら彼も「知らない人も出てくる」という。もし夢が情報整理のためにみるものなら、本来知っている人ばかりになりそうだ。が、記憶には残っていないけれどすれ違った人とかの可能性があるなら、情報整理だとしても知らない人がでてきてよさそうだ。それとも、ほんとうに知らない人までも夢の中で作り出せているのだろうか。
〔その3〕ふつう眉毛はあまり長くならない。しかし年をとるとけっこう長くまで伸びることがある。村山元首相がいい例だろう。本来なら伸びるのをとめるべきときになっても、延々と伸びる。だとすると、この毛根細胞はひたすら分割する細胞ということになってしまわないのだろうか。でも、万が一そうだとしたら、それはガン細胞と同じようなことになっているのだろうか。



01/07/02/mon

■カタツムリと虹とてんとう虫
 今日、bk1へ行って、森山さんから本を受け取ってきた(そのリストは下)。そこでカタツムリと虹とてんとう虫の話になった。東京ではカタツムリを見ない。たしかにそうだ。てんとう虫も見なくなった。虹もあまり見ない。だが虹は10年前に当時勤めていた会社から見た記憶がある。虹はいつ見ても、その真下に行けるような気分になる。
 それにしても、カタツムリもてんとう虫も私が子供の頃の横浜には、たしかにいた。カタツムリは2〜3ミリの小さいのはかわいいと思ったが、大きいのはどうもナメクジに殻がついただけのような気がして苦手だった。紫陽花の葉によくいたはずだ。てんとう虫も星が少ないといいのだが、やたら多いのだとどうも気持ち悪かった。そういえば、この前、船橋のはずれでてんとう虫をみかけた。そのとき、当然「久しぶりだなぁ」と思った。
 何年ぶりだろう計算して、ちょっと呆れた。ああ、私が子供の頃からすでに25年−−つまり四半世紀−−経っていたのだ。セミも減った気がする。これはだいぶ前から夏になるたび感じていた。そうか。ミンミンゼミの夏休みから25年か。

■洗濯機
 買ってからおそらく初めて、洗濯機を“洗った”。洗濯槽の隙間には水垢や石けんのカスがこびりつきやすい。もちろんカビも生えていたのだろう。
 洗濯機用のカビキラーを使い、1時間つけた後、ふつうに回す。泡の隙間からモロモロとした汚れが水流にまっているのが見える。これまでの洗濯で、洗濯物ははたして洗われていたのだろうか。それとも汚されていたのだろうか。不安だ。

■入手本
日本放送出版協会『未来のたね これからの科学、これからの人間』アイリック・ニュート著
 →『世界のたね』の著者による新しい本。
シュプリンガー・フェアラーク東京『ライフ・ストーリーズ 最先端の科学者たちの地球・環境・生命そして未来への思い』H.ニューボルド編
 →有名人であろう方々の名前がたくさん並んでいる。
どうぶつ社『トンボの不思議』新井裕著
 →最近虫づいている気もふと…。以上3冊は課題図書。けっこう楽しみなラインナップだ。

■雑誌
『ビッグコミックスピリッツ』(7/16号、小学館)、『Judy』(8月号、小学館)、『miu』(8月号、秋田書店)→久々の入手。創刊時、やたら豪勢なメンバーだと思ったが、同じような路線でやっているようである。奇数月1日の発売だった。



01/07/01/sun

■困った
 結局、どういう方針で管理するかが決まらないまま、7月に入ってしまった。とりあえず続けてアップしようと思う。カレントはその月の名前のファイルと同じものをコピーして、という感じがわりと多いのだろうか。これだとほぼ同じ内容のファイルが2つあるということか。ブロッククオートはなしでもよさそうだ。リンクの張りやすいやり方を研究せねば。
 問題は、あと、HTMLそのものだ。文法チェッカーにかけたら、どういうふうにすればいいのか混乱してしまったのだ。みなさんごめんなさい。なんだか文字化けもよくしている(みたいだ)し。リロードすると解消されることが多いのだけど、ふぅ。なるべく早い段階で徹底的にチェックすべきなのだろう。厳しい現実だ。

■ビデオ2本
 土日と同居人がビデオ三昧の生活をしていた。2日で5本分。仕事があったので全部は無理だったが、うち2本便乗して一緒に見た。『黙秘』と『恋愛小説家』
 『黙秘』は、スティーブン・キング原作で、主演はキャシー・ベイツ。否応なく『ミザリー』を思い出す。ミザリーは画面中痛い映画だったが、黙秘は画面中重い映画だった。映画のできはミザリーの方が上だと思うが、黙秘ではキャシー・ベイツのすごさを改めて感じた。ちなみに黙秘の原題は「ドロレス・クレイボーン」。キャシー・ベイツが演じる主人公の名前だ。これが黙秘になるのか。あまりぴんとこない。
 『恋愛小説家』は、ジャック・ニコルソン演じる強迫神経症の作家の物語。長かった。中身そのものよりも、歩道や床の割れ目、境目の線を絶対に踏まないようによけて歩く姿に文化の違いを超えたものを見た気がする。線を踏まないようにしないと歩けないというわけではないが、同居人はこっちのタイプ。できれば踏みたくないらしい。私は逆。できれば線を踏んで歩きたい。線のないところだと、ズブズブ落ちていくような気がするのだ。これは、小さい頃○が互い違いにいっぱい並んでいる道路で、○の上に足を乗せて飛び歩く遊びを妹としていたことの後遺症だと思う。ああ、あのころは足が小さかった。主流派は「線踏まない」タイプなのかもしれないと、この映画をみて思った。

■群発
 片頭痛の小さな発作がここ2日で数回あった。前のようにドカンと大きいのではなく、小さいのがいくつかやってくる群発片頭痛。今日は、お昼を食べに出た帰り、ドラッグストアで商品棚を見ていたときにいきなり視界にかぎ裂きのようなチラチラが出現。やばいなぁと思いながらそろそろ帰宅したら、頭痛がきた。吐かないし、頭痛のレベルも低い。
 『サックス博士の片頭痛大全』を読み直してみようかな。


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