|
2001年8月のてくてく
|
01/08/31/fri
■リンク・メモ
ここのところ昔の友人たちをウェブで見つけたので、リンク・メモ。どうぞ行ってみてください。
一人目は、大学時代の同期で【劇団青年団】の看板女優・平田陽子。少し前の『週刊朝日』に夫婦モノで登場していた(夫は青年団主宰の平田オリザ)。彼女は【あなんじゅぱす】という現代詩を歌うバンドをやっている。9月20日にライブがあるようだ。興味がある人はぜひ足を運んでほしい。陽子は大学時代からいろいろなバンドでボーカルをやっていたけれど、こうやって続けていたのだね。
二人目は、芝居見仲間だったアライユキコさんがてがけるフリーペーパー【カエルブンゲイ】。文芸畑はウトい私だが、それでもよっくみかける名前ばかり。なかなかおもしろそう。今度バックナンバーを申し込もう。
01/08/30/thu
■更新
「てくてく本棚」8月分に、『行った!見た!バイオ・ゲノムベンチャー』の著者・梶川憲雄氏からいただいたメールを転載。
■後ろ向き
後ろ向き期間に突入したようだ。「内罰的な時期になったのね」と同居人。ん? それじゃ、ふだん私が他罰的だって誤解されそうじゃないか。「……」。おーい、返事をしてくれよ。
後ろ向きにひたっているとほんとうにイヤになりそうな気配を感じるので、わりと建設的な発想を心がけてみた。「ひとつひとつやるしかないよね」「だいじょうぶだいじょうぶ」「ちゃんとやれば元気になれるよ」と、クッサいイメージを使って自分で自分をコントロールしようとしてみたり。…なんだか手の掛かるガキが同居しているみたいだ。
■読了
新垣紀子、野島久雄著『方向オンチの科学』講談社ブルーバックス
→基本的には新聞記事他ですでに読んだこと/見たことのある話が中心だった。同じ人の研究なんだから当たり前だけど。「街の中の移動は技術なのです。その技術は、ちょっとした心構えと事前の準備で身につけることができるものなのです」(p231)というフレーズを同居人をはじめとした「方向オンチ」さんたちに送ろう。
■雑誌
『モーニング』(No.39 9/13号)、『週刊文春』(9/6号)
01/08/29/wed
■更新
「てくてく本棚」8月分に、最近の読了分を追加。
■祝・H2A打ち上げ成功
ここまでの道のりがやたらと長く思える。なんでH2はほかの国と違って打ち上げ成功率が低く、71%なのだろう?
■チョコラザウルス
泣いていたら、同居人がチョコラザウルスを2個買ってきた。同じコンビニに復活していたらしい。しかも今度は第二だ〜ん! 公式サイトもあったのね。【チョコラザウルス別館】。
我が家ではオマケでついているチョコが2個転がっている。あまり甘いものをたくさん食べる方ではないので、溜まるのだ。ううむ。でも、これが菓子つきフィギュアじゃなかったら、私は買うか? 買わないような気がする。でも、菓子つきだと菓子があまる。
…なんだか混乱してきてしまった。
■雑誌
『フィールヤング』(9月号)、『SPA!』(9/5号)
01/08/28/tue
■ああっ、これは
本屋をブラブラしていたら、【大塚ひかり】の新刊『太古、ブスは女神だった』(マガジンハウス)と、【清水義範】の新刊『清水義範ができるまで』(大和書房)を見つけた。
大塚ひかりの『「源氏物語」の身体測定』(三交社)や『男は美人の嘘が好き』(清流出版)を読んで目からウロコが落ちた。「古文ってこうやって読んでいいんだ!」。かえすがえすあと15、6年早く出会っていたらと思ったものだった(もちろんその頃は大塚氏も高校生か大学生くらいなのでムリ)。
その彼女が放つ「ブス論」か。うずうず。読みたいな。彼女の軽いタッチの文章もわりと好きなのだ。
かたや著者名検索かけたら138件!もヒットした清水義範は、文庫でみかけるとついつい読んでしまう作家だった。なぜ手が伸びてしまうか? それは彼が特ダネ作家だからだ。誰かが解説で書いていた。清水義範の小説を読み終わると、まず「くそっ。抜かれた!」と思うのだ、と。見事に読後感を表している。面白いかどうかとかよりも、「抜かれた」感を読者にもたせる希有な作家だろう。その感じは『バールのようなもの』(文春文庫)というタイトルからも、メディア関係者ならば容易に想像がつくだろう。
その清水義範ができるまで…。たぶんふつうの自伝的エッセイなのだとはわかっていても、ちょっとそそられてしまう。
■ショック
いまだチョコラザウルスがあったコンビニに行った。が、今日はもうなかった。棚はすっからかん。うぇぇぇん。3個で打ち止め??
仕方がないから別のスーパーにも行ってみた。したら、チョコラザウルスはなくて、なぜか「バースディテディ」があった。ふしぎだ。
■ワイハー
旅行先が決まった。なんだかいうのが恥ずかしいハワイになった。
にしてもねー。パック旅行って、なんだか気疲れする。わけのわかんないパンフレットを見て、日付によって値段が違うのを見比べて、ごちゃごちゃごちゃごちゃ。……もっと簡単なのかと思っていた。断言する。自分で飛行機とって、自分で宿とって、自分で全部決めるほうがよっぽど楽だ。目的地についてからホテルに電話したっていいんだし、気楽だよなぁ。実際、前のスリランカ旅行はそれでなんの問題もなかった。
リゾートだったらきっとパックのほうがコスト的にも手間的にもいいんだろうと思っていたが、そうとも言い切れなそうだ。今回学習したぞ。第一、1ヶ月も先の話を年寄りを抱えている身分で決めていいのか、すっごく不安になる。次回からはやっぱり勝手気ままな旅にしてやる。ただ、次回の旅までまた5年くらい経ってしまうかもしれない。基本はじっとしているほうが好き。
■入手本
浅井富雄著『異常気象はこう進む』小学館文庫
→文庫も書き下ろしでバンバン出るからフォローがおいつかんのだ。
■雑誌
『コーラス』(10月号)
01/08/27/mon
■方針変更を余儀なくされるかも
御成門近くの「燕楽」というとんかつ屋さんへ食べに行った。知人から大プッシュを受けていたのだ。私も関東人の一員として、肉はブタ!派である。
店に入ったらカウンターに客が一人。空いていた。時間が早かったようだ。その後、しばらくして客が増えた。同居人と私で、ロースかつ定食とヒレかつ定食を頼んだ。半分こする算段である。両方ともお値段は2300円。美味しいといいのだけどと思いつつ、待った。
出てきた。わりと衣の色が薄い。もうちょっと香ばしい感じに揚げてもよさそうだ。ん? 私の方のご飯の盛りが少ない。「女の子仕様」ってわけか。ぷんぷん。同じ金払うのに。すぐに「すみません、ふつうでお願いします」。どうどうと頼む。ご飯好きなんだもん。お代わりしてもいいんだけど、それほどはいらなそうだし。
まずは一口ヒレをぱくり。じゅわぁっ。おお、こんなジューシーなヒレかつは初体験じゃ。よいねー。次に同居人の皿から、ダイエット中の人はやめたほうがいいとどこかで紹介されていたロースを一切れ、ぱくり。3分の1くらいが脂身なのだ。とろん。あまりロースを食べない私だが、これはうまいぞ。ただ急いで食べないと冷房にあたって、すぐ冷めてしまう。それが難。
お新香も美味しかった。豚汁はちょっとミソが私には濃すぎた。でもかなりのボリュームの定食をすみからすみまで食べた。あれ? 前にいる同居人はなんだか目がしょぼしょぼしている。「ううう」。なんか苦しそうだ。多いのかな? 結局、味が濃いのもあって、彼は豚汁をほぼ残した。えーっとぉ、私のがたくさん食べたってことだね。はは、よくあることさ。
席を立って、増えたお客さんを見回すと大きな男性客ばかりだった。その方々と同じ分量を私はペロリと食ったのか……。んっと。これまでご飯の盛りが少ないのは不公平だと言っていたが、ちょっと方針変更をしておくべきじゃないかという気が少しした。やっぱり食い過ぎだよ、わし。
おまけ。店を出るときにわかったのだが、おやじさんは後から来て揚げていた。我々は若い衆のだったのね。いや悪いわけではないのだが、今度、おやじさんのときのも食べてみたいな。はたして帰りの電車でも苦しんでいた同居人はリピーターとなるのだろうか。不明。
■東京アクセント
先日(08/24)、「必死と必至のアクセントは同じ」と書いた。そのとき一緒に書こうかとも思ったのだけど、面倒になってネグったことがある。それは現代東京アクセントには2つの大きな特徴があるということだった。
共通語(昔は標準語といったけど今は方言教育などもさかんになって公的には標準語といわなくなったらしい)は、いちおう現代東京アクセントに基づく。これが身近なところではアナウンサーの使う言葉であり、日本語教育での基本となる日本語なのだ。もちろん最近はアナウンサーもぴしっと現代東京アクセントで話せるわけではない。
そうそう。日本語のアクセントの特徴がその前にあったな。日本語は高低アクセント(=ピッチアクセント)という音の高さでアクセントをつける。方言によっては3段階もあるが、大まかには2段階で「高低」なのだ。対して、英語あたりは強弱アクセント(=ストレスアクセント)といい、強弱でアクセントをつける。
それと日本語は「拍」を単位に発音される。たとえば「スズキクニエ」は6拍語。だいたい仮名1文字に対応している(例外は「キャ」など拗音とかね。これは2文字で1拍。ちなみに拗音は「ようおん」と読む)。この拍感覚があるからこそ、五七五の俳句が成り立つのだ。
で、現代東京アクセントの特徴とは
その1 1拍目と2拍目は必ずピッチが異なる。「高→低」か「低→高」
その2 1回下がったら、2度と上がらない。
という2つのルール。ひらがなを低い音、カタカナを高い音とすると、たとえば
「心」 → こコろ
「山桜」→ やマザくら
なわけです。だからどうだというわけではないけれど、しゃべっている言葉になにげにルールがあったというのはけっこう楽しいかな、と。『日本語発音アクセント辞典』(NHK出版)の後ろにある解説を読んでいたら、共通語にはわりと整然としたルールがあったので、音声情報処理の開発研究に便利だったらしい。ほぉ。知らんかった。
ついでといってはなんだが、たざき先生が8/27の雑感で、[ヒっし]な「必至」に至ったダーウィニズム的考察(笑←いちおうね)をなさっているのでご覧あれ。
■読了
竹内敬二著『地球温暖化の政治学』朝日選書
→京都議定書が採択されたCOP3までのあれこれ。COP6を終えたいま振り返るとなるほど、と思うところも多い。
小宮山宏著『地球温暖化問題に答える』UP選書
→東大出版会の本だけど、中身はそんなにカタくない。
■雑誌
『スピリッツ』(9/10号)、『アエラ』(No.38 9/3号)、『オブラ』(10月号)、『日系サイエンス』(10月号)
→『アエラ』に日亜化学と青色発光ダイオードの中村修二氏の訴訟の話あり。
■入手本
新垣紀子、野島久雄著『方向オンチの科学』講談社ブルーバックス
→同居人がねー、方向音痴なもんで。私が方向音痴じゃないからいいんだけど。
桜木晃彦著『自分の骨のこと知ってますか』講談社+α新書
→ぜんぜん知りません。
セアラ・フラナリー、デイヴィッド・フラナリー著『16歳のセアラが挑んだ世界最強の暗号』日本放送出版協会
→読まざる得ないことは承知している。んー、比較しちゃおうかな。
S.オーバーテュアー、H.E.オット著『京都議定書』シュプリンガー・フェアラーク東京
01/08/26/sun
■オパビニアへの道
いまさらチョコラザウルスを買っている。今日も買った。2個。ティラノサウルス(骨格)とボスリオレピスだった。ティラちゃんは白亜紀後期マーストリヒト期って頃に生きていて、ボスリんはデボン紀中〜後期だって。ティラちゃんとボスリんが机上の仲間に加わった。体長13メートルのティラちゃんと25センチのボスリんがほぼ同じサイズなので、スケールはめちゃくちゃな風景だけど。
ここで問題です。白亜紀とデボン紀はどっちが古いでしょう? はい、わかりません。
日本史ならわかるんだけどなぁ。縄文、弥生、奈良、平安、鎌倉、室町、安土・桃山、江戸、明治、大正、昭和って感じでしょ。奈良朝のあたりはほんと面白かった。中国もいえるぞ。いんしゅうしんかんぎしょくご。ずいとうごだいそうげんみんしん。小学校のころに覚えたことは忘れない。
さて、調べるしかない。小学館の『日本大百科全書』をひいてみた。
地層を基準に区切る地質時代区分というのがあって、それは「古生代」「中生代」「新生代」と3つに分けられる(古生代より前は先カンブリアとなるがまだはっきり区分されていないみたい)。真ん中の中生代をさらに3つに分けて、三畳紀・ジュラ紀・白亜紀という順で区切るらしい。おお、ジュラシックパークのジュラ紀じゃん。
で、デボン紀は古生代。順に、カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀(ゴトランド紀)、デボン紀、石炭紀、ペルム紀(二畳紀)の6つに分けられるんだって。
答え。デボン紀のほうがだいぶ古い。
ま、フィギュアの形を見ただけでも、カメ+ナマズのようなボスリんよりも、バカでかいイグアナっぽいティラちゃんのほうが、新しい感じはすでにするわな。どうせ時代区分なんてすぐ忘れちゃうから、そこの生きもんたちのかっこから感じられるほうが賢いかもしれない。
しかしオパビニアへの道は遠い。
■雑誌
『judy』(10月号)
01/08/25/sat
■カメ
初めてチョコラザウルスを買った。袋を開けてパーツを取り出し、一言。「カメじゃん」。そう、カメの甲羅の後部にツノが生えたような「シネミス・ガメラ」という白亜紀前期に生息していたとみられる、カメだったのだ。にしても「ガメラ」って…。
なんのことはない、発見者が日本の怪獣映画好きのカナダ人だったためらしい(同封の金子隆一氏による解説)。
……困るのだ、こういうネーミングをされては。じつは、「怪獣」と「恐竜」の区別がしっかりついたのは、かなり大きくなってからだった。恐竜にはなんの興味も示さず、過ごした子供時代。恐竜には興味がなくとも、ゴジラだのウルトラマンだのは見る。そこに出てくるのは怪獣だ。よくわかっていない子供の目には、怪獣と恐竜は「似たようなもん」とインプットされた。
いまでも「恐竜」ないし「怪獣」の話題のときは、単語を頭の中で確認しないと声に出せない。恐竜のことをいおうとして、つい「怪獣って」と言いかねないのだ(実際、よく言い間違える)。
そういう人間にとって、「シネミス・ガメラ」という名前は一層おどおどを強化してしまう。「怪獣?恐竜?どっちなのぉ?」。……覚えるしかないのか。いまごろになって。ま、チョコラザウルスには24種類あるみたいだから、フィギュアを机の上に並べて覚えてやる!(ほんとはリストにあったオパビニアがほしいことの言い訳)
■雑誌
『kiss』(No.17 9/10号)、『BE LOVE パフェ』(10月号)
01/08/24/fri
■好みの違い
このサイトを見て『暗号解読』に関心をもってくださった同居人の友人W氏と、同居人と私で、上野広小路のデリーでカレーを食す。ううむ。悪くはないのだが、やはり【さとなお】のエスニック系の好みは私とは違うようだ。
そうそう。W氏は『暗号解読』が手近の書店になく、結局同じサイモン・シンによる『フェルマーの最終定理』をまず読んだそうだ。「最近読んだ本の中では圧倒的に面白かったですよ」とのこと。むふむふ。そうでしょそうでしょ。現在、『暗号解読』中らしい。お楽しみあれ。
■その「ちげーよ」はちげーよだけどね
ちょっと前の話題で恐縮だが、私もたざき先生同様【言葉にうるさいやつ】だと思うので、「うんうん」と激しく首を上下にふりながら至る所で共感した。
でもって、手元に『日本語発音アクセント辞典』(NHK出版)があるので、「必死」と「必至」を引いてみた。したら……。
ヒッシ 必死、必至
とある。「ッシ」の上に横棒。これは最初の「ヒ」が低く、次の「ッ」と「シ」が高くなるアクセント記号だ。これをよく「ひッシ」(平仮名は低、カタカナは高)と書いたりする(平仮名とカタカナは逆かもしれない)。つまりアクセント的には、
必死=必至
ということになってしまった。あらら。ちなみに同じヒッシでも「ヒっし」([ヒ]が高く、[っ]が低い)となると「筆紙」。筆紙は「ひッシ」も「ヒっし」も両方ともアリみたいだけど。
なので、使い分けをしていたアナウンサーのほうが間違っていたってわけか、NHK的には。←こんな感じかな。
それと「ちげーよ」って、なんだかキムタクの表現というイメージがある。わりと早くから彼が好んで使っていたような気がするけど、違ったかな。
脈絡なさすぎだけど、キムタクはあまり好きではない。だからなんだということは何もない。人気があるのはわかるし。
01/08/23/thu
■発見
どこかで目にとまって記憶にあった本を、今日、本屋で見つけた。『16歳のセアラが挑んだ世界最強の暗号』(セアラ・フラナリー、デイヴィッド・フラナリー著、日本放送出版協会)。タイトルをちゃんと控えなかったので、探しにくかったのだ。モヤモヤを解消ができた。
でも、サイモン・シンの『暗号解読』と微妙に近すぎて、買えなかった。ちょっと心を落ち着けてから(?)手にしようと思う。
■和菓子
打ち合わせでA社のKさんと和菓子を食す。最近和菓子はとんとご無沙汰だったが、ヨモギ餅が美味しくて嬉しかった。緑色が濃く、甘すぎないのが私好み。そういえばこのサイトの色が「和菓子カラーですね」とHさんに言われたなぁ(と書いた気もする)。もしかして、Kさんのお心遣いだったんでしょうか。今頃になって、「もしかして」とか思ってみたりする自分の鈍感さが愛おしいよ、まったく。
[8/24追記:「和菓子カラー」といわれた話はここでは書いていませんでした。よってたまたまということだったのでしょう。]
■ふしぎ
「すぴーすぴー」と気持ちよさそうな音をたてて、わざわざ固いフローリングの床の上で両手を広げて同居人が寝ている。前にあるテレビはついている。
ふしぎなのだ。よくこういうときに「寝てたねー」というと、ムッとして、「寝てない」と言い張るのだ。なんで? どこからどう見ても寝ていたのに。
似たような経験を実家でもしている。母親がテレビをつけたまま寝ているので、チャンネルをかえるといきなり「見てるのに!」とクレームがつくのだ。もしチャンネルをかえたり、テレビを消したりしなければ、確実にそのまま寝続けていたはずだ。「寝てたじゃん」といってもムダだった。
授業中ならまだしも、寝ていても怒られるわけでもないのに、なんで「寝てた?」と聞くと「いや寝てない」と強弁するのだろう。ふしぎだ。同居人は「…寝てたのを指摘されるのは恥ずかしい…」と小さな声でこっそり言ったことはある。ほんとに恥ずかしいの? 気持ちよく寝ていたんだから、「うん! 気持ちよかった」とか「眠かったんだー」っていえばいいのに。なんでだろう?
「寝てた?」「寝てない」「ウソ」「寝てないって」「だって、すぴーすぴーって寝息が聞こえていたよ。なんで寝てないって言い張るの?」「寝てないのに、『寝てる』って言われるのがいやなんや」……。キリがない。
同居人が切り返し技を覚えた。現在の家庭内流行語である。
「寝たふりの練習をしていたんだ」
でもやっぱりなぜ?
■入手本
吉田秋生『YASHA(夜叉)10』(別コミフラワーコミックス)小学館
→一瞬で終わる半年に一度の愉悦。はい、愉悦タイムはもう終わってます。
西村肇・岡本達明著『水俣病の科学』日本評論社
→こっちはいつ取り組めるやら。でも必ず読んでおかないといけない本だと思う。
01/08/22/wed
■2つの変化
東京に戻ってくると久々の知り合いにやはり会いやすい。今日は、同居人の腰を治してくれたカイロプラクターのUさんと同居人さんのKさんに会った。
Uさんは私の同居人と同い年のはずなのだが、どう見てもUさんのほうが10歳くらい若く見えるぞ。もともと若く見えた人だけど、たしかにいまでも20代で通用するんじゃないかな。でも、若く見られて喜んだ時点で「おじさん」なのだと思う。ふふふ。
実はこのUさんはけっこうオカルトに親しんでいたので、「『トンデモ本の世界』を読んでみてください。きっと楽しめますよぉ」と昔、言っておいた。今日、再会して開口一番いわれたのが、「いやぁ、鈴木さん、『トンデモ本』読んだんですよ。おもしろいですね。いろいろ出ますけど、全部読んでますよ」。
うわ。霊験あらたか。しかも私にはない素養があるので、私以上に楽しめたようだ。なんだかちょっとうらやましいナ。
■読了
上野健爾・志賀浩二・砂田利一編『現代数学の展望』日本評論社
→数式を読みこなすことまではできませんでした。たくさんあるんだもの。でも気づいた。どの著者も文中でふつうにゴチック体を使っているけど、それって教科書のイメージを強く喚起する。
01/08/21/tue
■やんややんや
すごい! 最近の【極私的プッシュ】であるサイモン・シンの『暗号解読』が、bk1で2週連続総合ランキング第1位なのだ!! すごいすごい。とても嬉しい、いまやただのサイモンファンと化した私。タイミング的に1回は総合順位のいいところに絶対行くと思っていたが、2週連続1位とは!
ここのところ、アマゾンやbol、jbookあたりの動きも見ていたけれど、ここ2週間では圧倒的にbk1で扱いが厚かったもんね。ほかは全然表に出ていなかった。今日からアマゾンでもトップで扱っているせいか、1時間ごとのトップ100でも2位だった(昼頃)。でも、昨日までは30位とか50位くらいをウロウロしていたのだ。
早くから力を入れてプッシュしていたのでbk1で売れると嬉しいけれど、最終的にはどこでもいい(森山さんごめん)。こういう本がたくさんの人に読んでもらえるのはとても嬉しい。できれば、『フェルマーの最終定理』も一緒に読んでもらいたい。何度も書いたけれど、本の出来自体はこっちのほうが上だと思う。こちらもbk1で、もうそろそろ在庫が入るんじゃないかな。よりによってお盆に『暗号解読』効果でだいぶ売れちゃったから、補充が大変だよね。
どちらの本も読み終わるのが残念に思える本。ゆっくり楽しんでほしい。特に『暗号解読』は、仕組みを説明するための例題というかステップバイステップで解説している部分もあるので、あまりなれていない人は時間がかかるかもしれない。でも、しゃらしゃら読み飛ばすよりも、あれこれ考えてみるときっと楽しさが倍増する。慌てなければ絶対にわかる書き方をサイモン・シンはしているから(除く量子暗号。これはだいたいイメージがつかめれば十分)。
■毎日新聞
小泉首相の靖国参拝日程ずらしの背景の記事が19日(日)の毎日新聞に出ていた。ハンセン病の国賠訴訟違憲判決・控訴断念のころから感じていたのだが、毎日新聞の政治部には福田官房長官と親しい記者がいるのかな。政治方面は極めて疎いので単なる勘違いかもしれないけれど。
■世紀のライバル対談
bk1サイエンスサイトで、『人体改造の世紀』の森健さんと『人体バイオテクノロジー』の粥川準二さんによる対談「人体改造バイオテクノロジーの世紀 気鋭の科学ジャーナリスト二人が語る!」が公開された。
私が対談のとりまとめをさせてもらった(ので心許ないが、ぜひ読んでください)。途中、確認のため流した原稿のメールのタイトルにつけたのがなんとなーく略した形の「世紀のライバル対談」。このタイトルのメールが飛び交っていておかしかった。って、つけたのは私なんだけど。
青木みやさん曰く、「粥川さんって、めっちゃ真面目そうだなぁ」だけれど、それって写真かにゃ?(笑) 文章だったら、私が話を詰め込みすぎて硬くなったせいかも(ごめんなさい)。ま、私も真面目だし、真面目が悪いってわけでは全然ないのだけど、「真面目」というより「熱い」感じかな、ご本人にお会いした感じでは。このテーマに限らずつっつくともっと変なところもにじみ出てきそうで、おもしろそうな気がする。
対する森さんはほどよく力が抜けている感じ。ご本人はなにやら恐縮されていましたが、そういうカラーの違いが出るといいなぁと思っていたのでした。
しかし、こんな公衆の面前でうわさ話をしてていいのかっ?!
じつは原稿作って出してからの間、この対談から派生していろいろ考え込んでいたのだ。ただ、うにうに考えすぎて収集がつかなくなってしまった。そのうちポツリポツリとこぼれてくると思う。そしたらみなさん拾ってやってください。
01/08/20/mon
■台風
台風が来ている。11号。大きいらしい。いまの部屋は1階なので大雨がちょっと心配だ。
思い起こせば、中学高校時代、台風がやってくると喘息のひどい発作を起こしていた。何回かはその年の最後の上陸台風とともに入院した記憶がある。なにも律儀にあわせなくてもと思うのだが、自分の意志でどうなるものでもなかった。私の場合は、台風の少し前にでる感じ。台風が来ている当日は病院の中にいるか、家で回復途中かだった。わかっていて、薬を飲んでもダメだった。ま、普段予防的に飲んでいる薬がすでに限界量だったからね。
【喘息の発生しやすい天気図 】や【気圧と喘息との深ぁ〜い関係】 あたりをみると、みんなそうなのね、と納得してしまう。私は冬は大丈夫だったけど、やっぱり台風だな。
すごく詳しい【ぜんそく患者さんからの寄稿集】[http://pfc01.itc.ne.jp/~s002/asthma.html]というサイトは無断リンク禁止みたいなので、いちおうURLだけ。
でも大学に入った頃から、台風とともに発作というパターンはなくなった。病院へ行かなければならないような発作は20歳が最後だ。予防薬も大学後半くらいから飲まなくても大丈夫になった。ちなみにこのころは喫煙者だった(父親は私が生まれたと同時にすっぱりやめたというのに)。劣悪な環境に追い込んだのが効果的だったのか?(もちろん大ウソなので信じないように)
■「交通の教則」と「高速教習」
台風が本格化する前に免許の更新をしてしまえ、と警察に行った。今度はふつうの写真になった。平気で人に見せていたけど、前のは「これはちょっと」だったからねぇ。
いちおうゴールドの優良ドライバーなので、30分の講習だけで解放された。ビデオを見た後、指導員みたいなおじさんが少ししゃべる。自分でも「東北生まれで言葉がなまっていてすみません」と断っていたが、よくわからないところが何カ所かあった。
重大な問題はないので楽しんでいたが、ある瞬間、「高速教習」と聞こえた。なんのことだろうと思ったら、手元にある「交通の教則」という本を指していた。「コーツーノキョウソク」が「コーソクキョーシュー」に聞こえたということか。なんでこう聞こえたのだろうか。その後も気をつけていないと、「交通の教則」が「コーソクキョーシュー」に聞こえてしまう。
もしかしたら、これは東北方言の特徴と重なっているのだろうか? 段ボールの中から資料を引っ張り出すのはちょっと面倒。なんかのときに一緒に調べよう。
■なぜだ?!
地下鉄に乗ったら、窓の縁に蚊のご遺体があった。無惨につぶれている。が、いまわの際に心ゆくまで食事をしていたようだ。ご遺体は血にまみれている。
そんなことを考えながらボォーッとしていたら、降りるときに気がついた。右手の手のひらがかゆい。なぜ、こんなところを刺される!? しかも刺されている最中、なんにも気づかなかった。
手のひらがかゆいというのは、かなり気持ち悪い。
■間に合うか?!
久々に『ぴあ』を買った。文楽9月公演のチケットをすっかり取り忘れていたのだ。早くとらないといけない。9月8日〜23日だった。今回は通し上演といって朝から晩までかけて一つの演目をやる。しかも人形遣いと太夫と三味線の大御所3人が競演する。楽しみ楽しみ。【国立劇場のサイト】からもチェックできるが他の情報もなんとなくみたかったので、『ぴあ』を買った。
そうしたら大発見。【第三舞台】が「20周年記念&10年間封印公演」。これはけっこうショックだ。9月14日〜10月1日。すっかり本チャンの発売は見過ごしていたが、追加公演の発売がそろそろ。でも前売りは難しそうだから、当日狙いかな。
両方ともちゃんと見にいきたいものだ。
■雑誌
『スピリッツ』(9/3号)、『オリジナル』(9/5号)、『ぴあ』(8/27号)、『デラックスyoung you』(No.3 9月号増刊)、『アエラ』(No.37 8/27号)
01/08/19/sun
■むなしいかも
よく寝た1日だった。9時頃起きて、ご飯・メール&サイトチェック他、横になって『化学・意表を突かれる身近な疑問』(講談社ブルーバックス)をパラパラめくっていたら、寝てしまった。何度か目覚めたが再び眠りに落ち、最終的に起きたのは夕方5時。行方不明の1日という気分だ。
01/08/18/sat
■ストレス
先日、「今の私はほんとにストレスの少ない生活をしているんだなぁ」と感じた。毎日通勤電車に揺られることもない。嫌いな同僚と一緒に仕事をする必要もない。親や兄弟の都合も何もない。少し仕事をしているが、キーキーするほど忙しくはない。
どこかへ出掛けたいという欲求ももともとあまりない。家で心安らかに過ごせれば、なんの文句もない。大阪に移住して最初のころは「要らない人間なの?」という不安感がストレスだったが、いまは「ま、みんな要らん人間だわな」と半ば開き直りかけているので、気持ちも楽。幸せだなぁとしみじみしてみたり。
かなり理想的な状態なのかなと自問する。
そうかもしれない。でも、この状態と、向上心が欠如した状態がどう違うのか、判然としない。
■読了
サマンサ・ワインバーグ著『「四億年の目撃者」シーラカンスを追って』文春文庫
→たしかに面白い。シーラカンスのキャッチ&リリース方法(?)が背中にプリントされたTシャツは本書にも登場するハムリンのサイトhttp://www.dinofish.comで買える。この代金の一部がシーラカンス保護に寄付されるのだ。買おうかな。ところで『暗号解読』との比較をすると、私自身がインドア派なんだということがよっくわかった。お日様の下の話より暗い室内が好みなのかも。海は広いな大きいな。
01/08/17/fri
■2日がかり
じつは、一昨日、昨日と2日がかりで『アラビアのロレンス』をビデオで見た。最初は1962年、その後完全版が1990年にできた。ビデオで見たのは完全版。監督はデビッド・リーンで、主演はもちろんピーター・オトゥール。
20年前に見たという同居人から「砂漠に行きたくなるよ」と言われていたけれど、それはあんまりなかった。『バグダッド・カフェ』を見たときのほうが、ああいう枯れた風景にあこがれた気がする。それよりもなんだか黒澤の影(?)みたいなもんを感じた。それとも、ああいう馬だの人だのがどわわっーとした映像は似ちゃうのかな。
ただ、いくら大作、名作とはいえ、やっぱり40年くらい前の映画なんだよな。そのころから比べると、スケール感も物語性もどんどん刺激が強くなっているんだなぁとぼんやり感じてしまう。そんな最近の作品になれているためか、「牧歌的」という言葉が頭の中をぐるんぐるんまわっている自分を発見した。
あとねー、『スタートレック』を笑えないじゃん。だって『アラビアのロレンス』も、なんでアラブ人どうしがわざわざ英語で会話してんだか。不自然なんて思ってしまったり。
冒頭のバイクに乗ってかっ飛ぶシーンは、あまりにも有名で、かつたくさん引用されているのだな。あそこをみて「これってどっかで見たことがある」と思った。でもその後記憶のあるシーンに出会えなくてちょっと混乱した。最後があっけなかったのも少し残念かな。でもそれは、見る前に「わかりにくいから背景を読んでおいたほうがいいよ」とアドバイスされて、『世界大百科事典』で「ロレンス T.E.」の項を読んだりしていたのがよくなかったのかも。まー、世界史オンチ(オンチだらけだ)なので、事前準備はしといてよかったと思うけど。
にしても、見てよかったとは思う。アラブという西側とは強烈に違う基盤があることはいつでも自覚しておきたいもんね。地球が全部西側だけじゃなくてよかった。
■超絶久々
突然、十数年ぶりの友人S君に会うことになった。最後に見たときは50キロくらいしかなかった2つ年下の舎弟分Sは、両肩に10キロずつと頭の上に10キロの米袋相当を乗っけているのと同じだけ肉がついていた。ちゃんとおじさんしているねー。会う早々、「クニエさん、全然変わりませんねー」と言われたが、それは皮肉だろうか。ま、体重自体は昔とほとんど変わっていないかもしれないが、昨日は「太った?」と言われ、一昨日は「やせた?」と言われたのを考えると、複雑な心境だ。
にしても、これだけ久々だとお互いの様子を知るだけでもけっこう時間がかかる。考えてみれば高校生だったSは1児のパパなわけだし。私は、えっと…、あれ? 大学出て、会社に入って、辞めて以来、変化がないかもしれない。平板な人生だ。
久々の友人に会うということは、高校時代、大学時代のことも必然的に思い出さざるをえないということもよくわかったが、一人で思い出すのと違いなんだか楽しかった。また飲もうね、S。
M人君、K山君へ。上記のSとは逗子のS谷です。ってわかるかな。
01/08/16/thu
■連チャン
珍しく連チャンで新宿へ。まず都庁第一庁舎3Fの歩廊で行われている友人の作家(といってもアーティストね)Iさんの展覧会を覗く。触るといろんな鳴き声が出てジャングルを想像させる作品が面白かった。回りが静かなので、ジャングルBGMがいきなり響き渡るのもよい。
その後、新宿高島屋へ行って、今日から始まった『夢・わくわく化学展2001』を覗く。中心メンバーのW先生にご挨拶したら、『化学・意表を突かれる身近な疑問』(講談社ブルーバックス)はあっという間に今日の分が捌けた様子。みんな読んでくれるとよいな。
子供らがたくさんいてガキが苦手な私は閉口したが、こういうイベントでは仕方がない。90年代中頃はわりとこういう科学系のイベントの取材に出向いていたことを思い出す。仕組みだなんだという前に、いろんな実験やデモにけっこう夢中になっている子供らの様子を見ると、少し救われる気がする。
さらにその後、一人でアランチャンという中国茶館でゆったりランチ。ぜいたくだけど、気持ちよかった。まーまーな店かな。久々に新宿紀伊国屋をウロウロし、『暗号解読』が2列で平積みになっているのを初めて見る。ちゃんとポップも立っていた。
さらにさらに脱ライターした知人のIさん、同居人と落ち合い、前々から行ってみたかったゴボウが有名な伊勢丹会館4Fの「AEN」で会食。ゴボウはたしかに美味しかった。
久々に出歩く日々。お天気も驚いて、明日は雨かもしれない。
■入手本
竹内敬二著『地球温暖化の政治学』朝日選書
小宮山宏著『地球温暖化問題に答える』UP選書
レスター・ブラウン編著『地球白書2001−02』家の光協会
奈須紀幸監修『ここまできた!環境破壊6 異常気象とこれからの地球』ポプラ社
→わー、温暖化関連ばっかり。ちょっとね。
01/08/15/wed
■お腹いっぱい
新宿に出て友人のYちゃんに久々に会ってランチ。「炭火焼牛麦とろ膳」をいただく。コストパフォーマンスがよかった。お盆のおかげか、新宿でもやや人が少なく感じた。それにしても来年は上の子が小学校か。同い年の友人たちはそういう環境が多くなってきている。子供ねぇ。私はパスしてしまった。代理出産ならやってもいいけどもうマル高だもんなぁ。それに妊娠線ってのができるんでしょ。そすると腹じゅう線が縦にも横にもいっぱいになりそうだしな。
ふらふらと歩いていた新宿高島屋に、なんと万華鏡専門店を発見。いろいろなオイル万華鏡を覗く。8月1日に初めて出会って、感動したばかり。嬉しかったが、豪華なものの値段にぶっ飛ぶ。ショーケースに入っているものは50万円とかいう値段のものも。
その後、溜池山王で同居人と落ち合い、麹町のアジャンタで夕食。ここは5年前にスリランカ旅行から帰ってきてすぐに行ったきり。そのときは物足りなく感じたのだが、今回はラサムライスに満足。大満腹。
■無理がある
ネットで本を買うときは、義理もあるのでbk1ばかりなのだが、ブックマークには一通りのオンライン書店が入っている。で、今日、久々にjbook.co.jpを見てみた。文教堂という本屋さんがやっているネット書店(のはず)。前にここを見て、「自然科学書が全然表に出ていない」と思った。
今回もあれこれ見て回って、発見した。ここのサイトではなんと「一般文芸書」に、「フィクション・ノンフィクション・エッセイ・自然科学・人文科学・映画・音楽・サブカルチャー」がぶち込まれている。すごい分類。どうやって自然科学書を読みたい客がブラウズでここにたどり着けというのだろう。検索客しか考えていないということか。
で「自然科学」のお勧めは、『トンボの不思議』ともう1冊昆虫関係だけだった。『暗号解読』の評判はほかのネット書店ではどうなのか知りたかったのだが、アマゾンでも見あたらない。なんかエアポケットに入り込んだ気分。
■読了
梶川憲雄著『行った!見た!バイオ・ゲノムベンチャー 米国バイオビジネスの実態』中山書店
→いやはや、たしかに「バイオベンチャー見聞録」だわ。しかし左を向いても右を向いても知的財産の保護保護保護って感じがしちゃうよ。
01/08/14/tue
■お母さんがいっぱい
『オール・アバウト・マイ・マザー』という映画をビデオで見た。99年のスペイン映画。単館上映作品。お母さんがいっぱい出てくる映画だった。お父さんも見た目はお母さんになっていた。割と簡単に人が死んじゃうんだけど、なんか元気になる。同居人によると「ケッタイな映画やな」だけど、私は好き。「マイノリティがいっぱい出てくるからやろ」と言われたけど、そうなのかなぁ。ちゃんとつながってはいるんだけど、話があっちこっちへ行くのがいいな。見ていて飽きない。
■どつぼにはまってどっぴんしゃん
9月中頃か下旬にどこかへ行こうという話だけあるのだが(同居人が勤続何年だかの短いリフレッシュ休暇をもらえるため)、いまだ決まらない。ハンガリー→ギリシャと流れ、今は「北海道とか沖縄は?」になっている。
海外旅行の情報誌をめくったり、旅行代理店で情報収集をしたりすると、最初にバーンと出てくるのが「ショッピング」「グルメ」ばっかりでどうにも食傷してしまうのだ。
いっそのことビーチリゾートでもと思ったが、去年読んだバリのゴミ問題のことを考えると、「小さい島はちょっと…」と二の足を踏んでしまう。観光が大事な産業のところだから、あんまり二の足ばっかりでも迷惑なんだろうけど。
新しい「ABroad」を同居人が買ってきたので眺めてみたら、短期のプチ語学留学がけっこうたくさんあって驚いた。8日間のホームステイとかそんな感じからある。英語は週15時間くらいあって、それ以外に趣味の講座とかがくっつくことが多い。ガーデニングやお菓子作りとかダイビングとか、いろいろ。「テーマはダイエット!」なんてのもあった。別に旅をしたいわけでもないし(1週間程度じゃぁね)、こういう休暇の過ごし方もアリかな、などと思ってしまう。
が、なんであってもこれから決定するまでにさらに時間がかかって、ビザが必要なややこしい海外は間に合わないような気もしている。おうちでじっとしてようかな。普段とかわんないけど。
■入手本
サマンサ・ワインバーグ著『「四億年の目撃者」シーラカンスを追って』文春文庫
→この本もbk1課題図書。森山さんが『暗号解読』より面白いと言っている。検証しましょう!
松原望著『ゲームとしての社会戦略』丸善ライブラリー340
→最近、新書が増えすぎてチェックしきれない。この本は4月に出たものだった。
■雑誌
『you』(No.17 9/1号)、『BE LOVE』(No.17 9/1号)
→『you』の「新こちら椿産婦人科」という連載から目が離せない自虐的な私。この安直さはどこまで続く、なぜ続く??
01/08/13/mon
■限りなく…
だらだらと過ごした1日。だらだら起きて、だらだら本を読んで、だらだら素麺を食い、だらだら散歩がてら本を受け取りに行く。ああ、気持ちよい。あとはだらだら寝よう。
■読了
藤原正彦著『心は孤独な数学者』新潮社
→この本は文庫だとたしか解説がついているはず。これがまたそそるのだ(でも安野光雅か野崎昭弘かもしくは他の誰だったか忘れた)。本屋でそこだけ読んでこようかな。これで『暗号解読』から続いていた一連の数学本熱がとりあえず一段落。ほんとは『放浪の天才数学者エルデシュ』があるんだけど、それは手元にないのでまた今度。
■入手本
梶川憲雄著『行った!見た!バイオ・ゲノムベンチャー 米国バイオビジネスの実態』中山書店
上野健爾・志賀浩二・砂田利一編『現代数学の展望』日本評論社
関口理郎著『成層圏オゾンが生物を守る』成山堂書店
→今度のbk1課題図書たち。下2冊はちょっとカタそう。
01/08/12/sun
■更新
「てくてく本棚」8月分に、最近の読了分を追加。
■忘れもの
昨日、ロールズの本を2冊買ったが、それは代名詞のようにいわれる『正義論』ではない。紀伊國屋書店から1979年に出版されたもので、bk1では買い物かごボタンがついていない。オンライン古書店を探すかなー。でも『正義論』はちょっと大著なもんでね。
■読了
中村うさぎ著『人生張ってます 無頼な女たちと語る』小学館文庫
→この5人は頂上だわ(女のリストは昨日参照)。サントリーがネットだけで売ってる「Burai」を頼んでいるような奴ら、恥ずかしいだろう。マスコミにありがちな「無頼派」気取りの奴ら、情けないだろう。そういえば『無頼記者』ってタイトルの本があったなぁ。チミチミ定年まで会社員やりながら、なにが無頼記者だ。
広瀬弘忠著『心の潜在力 プラシーボ効果』朝日新聞社
→あまりプラシーボが効かない私としては複雑な心境。
01/08/11/sat
■眠い映画
ビデオで『モモ』を見た。『ネバー・エンディング・ストーリー』も見ていないし、エンデの原作も読んでいない。そういう不熱心な立場なのだが、途中で寝るかと思った。
数日前に見た『橋の上の娘』と『アメリカン・ビューティー』のほうがよかった(って『モモ』と比べる方が間違っているかも)。でも、『橋の上の娘』はパトリシア・ルコントの作品の中では、いちばんつまらなかった。『リディキュール』はタイトルを裏切る真面目な映画だが面白かった。『髪結いの亭主』にはあこがれた(私があこがれてどうする)。しかし『橋の上の娘』はナイフ投げという痛そうなのが苦手な私にきつい職業の主人公という点をさっぴいても、あまりピンとこない。ルコント自身、少し疲れていたのかな。ルコントの中でいちばん好きなのは『パリ空港の人々』になっちゃうかもしれない。お。自分で書いて驚いた。
『アメリカン・ビューティー』は、んーと、あのお父ちゃん(とその描き方)はわりと好き。死ぬときは、あんな感じがいいかなという気もする。
■いま何時?
ふと思った。「北極点はいま何時?」。別に南極点でもいいんだけど。
グリニッジ標準時でやっているのかな? そのとき顔が向いている方向の国の時間? ところで北極点から20センチくらい離れたところをグルッと回ったら、これも世界1周なのだろうか。
■読了
横浜康継著『海の森の物語』新潮社
→「海の森」とは「海藻が茂っている場所」のこと。もちろん海の中。海の森は比較的浅いところにあるが、著者の愛はとても深い。
■入手本
ジョン・ロールズ他著『人権について』みすず書房
ジョン・ロールズ著『公正としての正義』木鐸社
→ついに買ってしまったロールズ。上はアムネスティ関連の共著。下が単著。ほんとに読むのか? いや読めるのか? 同居人に読んで解説してもらおうか。もちお先にどうぞ。
スコット・マッカートニー著『エニアック』パーソナルメディア
→帯には「ノイマン、お前だけは許せない!」とある。ちょっとワクワク。
エド・レジス著『悪魔の生物学 日米英・秘密生物兵器計画の真実』河出書房新社
→エド・レジスでこのタイトルだとやっぱり気になる。
山本隆著『美味の構造』講談社選書メチエ
→『脳と味覚』の著者が書く一般向け選書なわけで、これも気になる。
中村うさぎ著『人生張ってます 無頼な女たちと語る』小学館文庫
→「文庫語りおろし」だって。対談相手は岩井志麻子、西原理恵子、斎藤綾子、花井愛子、マツコ・デラックス。あ、みんな名前に「コ」がつく人たちだ。
01/08/10/fri
■これって…
朝、目が覚めたら、右肩が痛かった。じわーんと痛い。寝違えたみたいだ。
いやな言葉が脳裏をよぎる。……四十肩。
少し動かしてみた。上も大丈夫。後ろも大丈夫。前も大丈夫。たぶん寝違えたんだ、きっと寝違えたんだ、いや絶対寝違えたのよ! ま、あと2、3年で確実になるだろうから、気張る必要もないんだけど。
■うれしいっ
同居人の友人がここを読んで「『暗号解読』が読みたくなりました」と言ってくれたらしい。
こんなに嬉しいことはない。読書家の彼が楽しんでくれたら、さらに嬉しい。
聞くところによると、著者のサイモン・シンが『現代作家の文章読本1999』という新潮社クレストブックス編集部が作ったムックで6ページのインタビューに答えているらしい。bk1では出てこなかったのだが、これ、マジに読みたい。
そういえば、森山さんは『フェルマーの最終定理』→『暗号解読』という順序で読むことを勧めているけれど、私は人によっては逆のほうがいいんじゃないかと思っている。テーマゆえ、必然的に『暗号解読』の方が話が具体的なのだ。暗号も情報ではあるが、まだモノがある。やっぱり具体的なモノに基づいた話の方が、数学嫌いの読者が遊離しないですむんじゃないかと思うのだ。
だが、350年に1度のドラマを描いた『フェルマーの最終定理』のほうが完成度が高いのも事実。悩んでしまう。
最終的には、どっちからでもいいから、ぜひ両方読んでほしいな。だって、この2冊の本はつながっている。サイモン・シンはフェルマーの取材を進めるうちに、暗号というテーマに興味を持ったはずだから。どのへんがどうつながっているかは、ぜひ実際に読んで確認してほしい。
■雑誌
『中央公論』(9月号)、『噂の真相』(9月号)、『kiss』(No.16 8/25号)
→『中央公論』は某MLで「遠ざかる『科学』をつかまえろ」という特集があるのを知って、久々に。特集は、米沢富美子「平均寿命120歳時代の希望、そして不安」、中野不二男「一億総『理科離れ』の深刻」、芦崎治「ルポ・メディアは科学を捨てたのか」、岸本登志雄「科学的思考のためのレッスン」、大場正明「どこまでが『人間』なのか」。芦崎氏はテレビと新聞を中心に大手メディアの科学報道についての取材記事、岸本氏は科学分野の新書の紹介、大場氏は映画を素材にした記事。
01/08/09/thu
■消耗
痛みというのは、体力と気力を消耗するものだと久々に痛感した。いろんな痛みがあるのだろうけれど、昨日今日は波のある痛み。そうすると波が去ったあとに、ほけっとした自分を発見する。もちろんその「ほけっ」とした時間は、眠いのだ。寝て休養しなければ、次の波と闘えないなぁと思った。
■SC
同居人がドーキンスの『虹の解体』を読み終わった。横で報告を受けているだけにもかかわらず、なんだかジェットコースターに同乗した気分だった。「いやぁ、やっぱりドーキンスは面白い」と言っていたかと思えば、途中「評価が…」とダウンしたものの、最後は「うん、12章はすごくいい。感動」とアップして終了。
その結果、我が家では、PCならぬSCが幅をきかせている。もちろんSCはショッピングセンターの略ではなく、「科学的に正しい」だ。ドーキンスの後読み始めたフィクションで、ちょっとした科学的な記述にイチイチひっかかるようになっているらしい。これは小説読みにとって、いい影響なのだろうか、悪い影響なのだろうか? 私は小説読みではないのでよくわからないが、あまり幸せそうではない。
■行き先変更
ハンガリーへ旅行しようかと言っていたのがどうも具体化せず、行き先がギリシャに変更されつつある。だが、はたしてここで決まるのだろうか? 私には1ヶ月も先の話など決められないし、行き先もゆるゆるしてしまう。だいいちめんどうくさいぞ。
ふつうの人々は、どうしてああもつつがなく旅立てるのだ。
■雑誌
『モーニング』(No.36-37 8/23・30号)、『週刊文春』(8/16・23号)、『young you』(9月号)、『kissカーニバル』(9月号)
01/08/08/wed
■薬がきれる
何が悲しゅうて、8月に靴下はいて、ホカロン貼らなあかんのじゃ。腹も痛てぇし、腰も痛てぇし、頭も痛てぇよぉ。
世の中は不公平なもんだす。パスいち。
01/08/07/tue
■Q.E.D.
じつは最近、2ちゃんねる・数学板のバナー(でいいのかな?)がお気に入りだ。モナー(でいいのかな?)が黒板に奥ゆかしく書いてあるが、その横ではにかんだ笑みを浮かべているのが『フェルマーの最終定理』の主人公であるアンドリュー・ワイルス教授。たしかこれは最初のときの講演写真じゃなかったかな。
なんで「最初」かというと、ワイルスが93年に公表した後、その論証にミスが見つかったのだ。だからそのときの講演では実は証明されていなかったのだ。しかし、それからも検討を続け、晴れて「証明」となったのだった。
ちなみに見出しの「Q.E.D.」は、「証明終わり」という意味。もちろん英語ではない。
■うげ
今日、本屋で『暗号解読』を手にとって眺め(ゲラ本だったので、ちゃんとした装丁を見たかった)、初めて気づいた。「サイモン・シンって1967年生まれだったのね! 2歳も年下じゃん」。
前作『フェルマーの最終定理』の著者紹介に、「暗号について執筆中」というのがあったので、今回も次作のインフォメーションがあるかと思ったのだが、それはなかった。で、67年生まれだということに気づいたのだ。2冊とも略歴に書いてあるのに、なんで気づかなかったんだろう。写真だけ見て、てっきり年上だと思いこんでいたみたいだ。しかし、そうか…。
若いからどうってことはないのだが、感動した「フェルマーの最終定理が解けた」というBBCのテレビ番組は、96年。ほんとうにいい番組だった。それを28歳くらいで作ったというわけかぁ。『水辺で起きた大進化』と『パラサイト・レックス』のカール・ジンマーも66年生まれと知って、うげ、と思ったのだけどね。
この二人は心の底からすごいと思うぞ。
■雑誌
『週刊朝日』(8/17・24号)、『SPA!』(8/15・22号)
→週刊誌の合併号がでる時期になった。世の中はお盆か。『週刊朝日』は立ち読みしていたら、「平田オリザ・陽子夫妻」という文字が目に入り、そのまま買った。劇団青年団の主宰者と女優だが、妻は同期。一緒に微積の授業を受けたなぁという記憶が蘇った。彼女のボーカルは、ほんと素敵だったよ。
01/08/06/mon
■ひたすらパート2&業務連絡
テープ起こしを今度はひたすら原稿に。どうにかいったんは出来上がったかな。ふぅ。もう一度読み直してから送ります。よろしく>みなさま
■汗くさい
家でじっと仕事しているだけなのに、なんかじんわり汗かいている。あ、さっき腹筋したからか。でも、ここのところ涼しめで過ごしやすい。嬉しい。
そういえばこの前、「夏ヤセはしなくなったねー」と、知人と話していた。それはすごく暑くても、冷房がそれなりに行き届き、昔のように食べられないということはなくなったからという分析にたどり着いた。ん? それとも我々が図々しくなっただけ?
■雑誌
『スピリッツ』(8/20・27号)、『アエラ』(No.36)
01/08/05/sun
■ひたすら
10時頃、電話で起こされ、その後テープ起こしを少しして、ご飯を食べて、またひたすらテープ起こし。夕方一通り終わった。何カ所かもう一度フォローしたいところがあるから、原稿作成は明日かな。はー、肩凝った。
私がテープ起こしに潜水しているとき、同居人はひたすらパソコンをなだめていた。こちへ戻って共用のタワーを買い換えたのだが、その調子が今ひとつ。途中、OSを変えてみたり(インストールはすっかりプロ。98と2000を行ったり来たりしていたから)、家庭内乱じゃなくて家庭内LANとかを組み入れたりもしていたので、なんだかんだいって彼はこの3ヶ月くらいほとんどパソコンに絡め取られている。かわいそうに。
結局、どうしようもなくなって、He went to 秋葉原 with タワー君。重ねてご愁傷様です。
01/08/04/sat
■読了
早川書房『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』アポストロス・ドキアディス著
→ゴールドバッハ予想にかけてうち破れた数学者の伯父・ペトロスについて、その甥でやはり数学を勉強した著者が描く。ちなみにゴールドバッハ予想とは「2より大きいすべての偶数は、二つの素数の和で表すことができる」。これが200年以上解けていない未解決問題なのだ。でも、内容は数学そのものじゃなくて、未解決問題にかけた数学者とその身内の話。涙がちょちょちょ。
■ノンストップ
他に読まないといけない本がたくさんあるから手を伸ばすまいと思っていた本を手に取ってしまった。誘惑に負けたのだ。結果、テープ起こしをすべき時間にもかかわらず、一気に読んでしまった。ごめんなさい。
もちろん読みふけってしまったのは、上記の『ペトロス伯父と「ゴールドバッハの予想」』だ。サイモン・シンの『暗号解読』を読んだら、 『フェルマーの最終定理』を思い出し、そっちをペラペラめくっているうちに我慢できなくなってしまった。
『ペトロス伯父』を読んでいる間、私の眉間にはずっとシワがよっていたと思う。難しくて、ではない。読んでいる最中の感覚は、7月8日に書いた『スリング・ブレイド』を見ていたときの感覚に近い。もの悲しさとそれでも離さない魅力がある感じだろうか。そして、今、『心は孤独な数学者』(藤原正彦著・新潮文庫)が猛烈に読みたい。まずいことに家にある本だ。単行本が出た当初に買っておきながらまだちゃんと読んでいなかった。
数学がキライだという人も、『暗号解読』『フェルマー』『ペトロス伯父』『心は孤独な数学者』の順で読むと、少し印象が変わるのではないだろうか。この4冊はワンセットにしてお勧めしたい気分だ。
それにしても、なんで私は数学も理論物理も出来が悪いのに、好きなんだろう。抽象度が高いのがなんか優しく(not易しく)みえるのかな。
■4連発
やっぱり同居人が私より先に、『虹の解体』(リチャード・ドーキンス著・早川書房)を読み始めた。おかげで、毎日毎日彼が読んだところにあわせてあ〜だこ〜だと報告がある。第2章を読んでいるときは、「スタートレックも悪いSFに入れるのはちょっと」と悲しそうに笑っていた。第5章の法律の話は「ううむ」とうなっていた。かなりひっかかったようだ。難癖に思えるのかな? 日々変わるドーキンスへの評価がおかしい。基本的にドーキンスとミンスキーが好きな同居人だが(コウモリと言われそうだがグールドも好きらしい)、『虹の解体』については期待とちょっとずれているみたい。
が、やっぱりいちおうは生物学者の本なので、いろいろと脳内生物的エリアが発火するらしい。で、いきなり「はいっ。素朴な質問があります」と言われた。ぐわっ。これ、たいてい厳しいんだよな。
〔その1〕これまでにヒトは累積何人くらいこの地球上に出現したのでしょう?
順序としてはちょっと違うが、なかなかインパクトのある話なので、トップに。ドーキンスが理論的にはニュートンと同じDNAを持ったヒトが現れる可能性はゼロではない、みたいなことを書いていたらしく、ワクワクしているらしい。でもそれは天文学的(に低い)確率なので、今までに出現したヒトの個体数がどれくらいのオーダーか知りたくなったという。
現在は60億人くらいだっけ。えー、人類史は詳しくないのだが、今の人間と同じと見なされるころからということのようだ。ま、3万年くらい前でしょか? ほんとは毎年の出生数を足せばいいんだ。そうすれば知りたい答えは出る。でもそれは厳しそうだ。最近、人口爆発とかいわれ、ものすごい勢いでヒトは増えている。ということは時間を遡ればヒトはものすごい勢いで少なくなるんだよな。なら、せいぜい兆ですむくらいの人数かしら。別に兆の上の京でもいいんだけど。←かなりアバウト。でもこの程度だったら、ドーキンス的にはまだたいして大きな数じゃないと思う。
〔その2〕血液細胞ならわかるけど、精子や卵子がなんでちゃんとDNA鑑定に使えるの? だって多様なんじゃないの?
あ、これはちょっと即答できません。ここのところ減数分裂が少し怪しくなっていて、復習しなきゃと思っていたところなのです。それにDNA鑑定の証拠能力というのは、法律的にどうかということもあるはずなので、さらにちょっとタンマ。
〔その3〕ヒトのすべての体細胞からミトコンドリアを取ってゴミ箱に入れました。その人はどれだけ生きていけるの?
これなら…。たぶんミトコンドリアは大昔に微生物みたいなもんが他の細胞に入り込んだ(食われて?)跡で、共生関係にあるんじゃないかという例の話が、同居人の頭の中にあったんだろう。でも、だからといって何にもしていないわけでは全然なくて、「エネルギー生産」という大事なことを受け持っているのだ。ATPとか覚えてないかな。呼吸活動に大きく関係している場所だよ。なので、もしゴミ箱に全部捨てちゃったら、即身成仏なさるかと。しかし、すごい質問だな。なんでこんなことを考えつくんだろう。ちょっとうらやましい。
〔その4〕DNAのゴミ部分であるジャンクなところをすべて捨てました。そしたら意味のある遺伝子だけになってとてもすっきりすると思いますが、どんな影響があるのでしょう?
あ、これもなんとか。かなり危険っすね。たとえば細胞分裂とかのときにちょっとしたコピーミスなんかが起こっただけで、即ヤバイことになりがち。だって、ランダムに起こるコピーミスが起こるのはいっつも何かしら役割のある遺伝子部分なわけですもん。そこが「ごめん、まちがっちゃった。エヘ」となったら、その遺伝情報にとっては致命的になるので、困った事態が発生しやすいだろうなー。タイトに情報だらけのDNAにしてしまって、イチかバチかで細胞分裂するってのは、あまりに得策ではないもんね。
てな話を聞いたか読んだかしたことがあるけど、間違ってたらごめん。どうにかクロスチェックかけてくれ。
■雑誌
『ビッグコミックオリジナル』(8/20号)、『one more kiss』(kiss8/24増刊)
01/08/03/fri
■自分の眼で確かめよう
今日は、ラエリアン・ムーブメントの記者発表に参加した後、『人体改造の世紀』の森健さんと『人体バイオテクノロジー』の粥川準二さんと森山さんで、お話。“「人体改造バイオテクノロジー」世紀のライバル対談”だったのだ。bk1で公開予定。乞ご期待。
おかしかったのは雑談で出た精子の話。顕微鏡を覗きながら精子の個性比べ大会ができたら楽しそうだ。
■続プラトン
7月30日に、「英語のスペルではプラトンのンはどこに行った」と書いたら、プラトンをやっている友人からメールをもらった。
ギリシア語だと「Πλατων(αの上にアクセント)」で、ラテン文字にすると「Platon(oの上に横棒)」だという。ほんとは「プラトーン」だけど、日本語で読むときは長音が嫌われて「プラトン」になっちゃうんだって。でも、英語で「n」が落ちる理由はわからないらしい。友人も言ってたが、考えられるのは発音の関係くらいなのかな。「ちなみにフランス語でもドイツ語でもPlaton」だっていうから、英語は少数派だ。
で、『千のプラトー』はドゥルーズ=ガタリの書いたもんだが、このプラトーは「Plateaus」とのこと。いちおう「高原」という意味らしい。30日には書かなかったけど、私は「あれぇ、たしか台形とか台地とかじゃなかったかなー」とうろ覚えの記憶をたぐり寄せていた。その後、いろいろ辞書を引いてみたのだけど、どうも「これだ!」と自信をもてるところにたどり着けなくて、書けないでいた。
持つべきものは物知りの友人。ありがとね。
■クラゲ
昨日の夜、クラゲのサラダを食べた。中華料理の例のクラゲだ。すぐに出てきて、食べるともちろんコリコリ。そこでふと疑問が湧いた。「あれ? クラゲって身体のほとんどが水でできているはずなのに、なんでコリコリするの?」。そう、ミズクラゲにいたっては実に95%くらいが水分なのだ。
『クラゲガイドブック』(TBSブリタニカ)に、食べるクラゲの話がコラムであったはずだと引っ張り出してみた。あったあった。p29にそのコラムがある。で、食べるクラゲはビゼンクラゲかエチゼンクラゲという寒天質が肉厚な種類らしい。しかも、食べるまでにあれこれ手をかけないとならない面倒な食材とのこと。ふーん。
でも、海の生物でもクラゲを食べるものがいるらしいけれど、あんまり栄養はない。そこでこの著者らは「吸収のよい流動食なのかも」とまとめている。
そういえば、昨日のメニューの説明にも「消化がいい」と書いてあった。水分が多いってことがこれになるのかな。でも、コリコリは? 水じゃない部分のうちでもタンパク質は10〜30%くらいらしいし。
中華街のお店「耀盛號」サイトの「とことん好吃」というページにはクラゲの戻し方も書いてあって、「そうだ、食材となったクラゲは乾燥しているのだ」と、ふつうに考えれば当然のことを知る。
乾燥クラゲができるまでがわかると、多少はコリコリの理由がわかるかな。
01/08/02/thu
■ハリポタ地獄
ふて寝したら、少し気が晴れた(詳細は下の「大失敗」参照)。
夜、外に出掛け、本屋に寄ったら、ハリポタ地獄だった。ふつうの高さの平台にどどーんと積んであるハリポタ3部作は、なんとヘソ上。チチ下といってもいいくらいだ。平台の高さ自体は膝くらい。そこからヘソ上まで。ふつうそんな高さまで積まないって。
そういえば先日神保町の三省堂に行ったときも、理工書の売り場のレジにまでハリポタがあったなぁ。
■入手本
鈴木淳一・小林武夫著『耳科学 難聴に挑む』中公新書
→同居人の父親が補聴器を使っているのだが、まー、いろいろと面白い反応があるのだ。
■大失敗
昨日、銀座に出たついでに旧そごうをそのまま使ったビッグカメラとは思えないビッグカメラに行って、オリンパスのボイストレックを買った。東芝のボイスバーはだいぶ前に買ってサブ録音用に持っていたが、先日、voice ATOKを導入したので、IBMの音声認識ソフトに対応しているオリンパスにしようと思ったのだ。音声認識もまだそれほど強力じゃないけど、少しずつよくなってきたし。
で、売り場を見ていたら、V-10という新しいボイストレックがあった。出たばっかり。高感度マイクがついている。接続ソフトも同梱。これはいいと購入した。
今朝、取説を読んでいたら、最後の最後に小さく「注意」があった。「V-10は音声認識ソフトに対応しておりません」。みーんみーんみーん。そりゃ、確認しなかった私が悪いけど、他のボイストレック3種はちゃんと対応しているじゃないか。ポップにも書いてなかったじゃないか。
すっかりやる気をなくした。ふてくされ。みーんみーんみーん。
誰かに売れるかなぁ。みーんみーんみーん。←セミではない。
■雑誌
『週刊文春』(8/9号)、『モーニング』(No.35 8/16号)、『for Mrs.』(9月号)
01/08/01/wed
■更新
「てくてく本棚」8月分に、『日本語の化学』『人体バイオテクノロジー』『暗号解読』『植物のこころ』を追加。
これに伴い【極私的プッシュ】も新しくなりました。ぜひ読んでみてください。
■続くかな?
東京へ戻ってからあまりに運動不足なので、今日から腹筋と腕立て伏せを始めてみることにした。時はちょうど8月1日。腕立て伏せは肩こりに効くみたいだけど、どうだろう? さぁて続くかな。
■万華鏡万華鏡万華鏡!!
今日、アート・ミュージアム・ギンザで開催中の『中谷宇吉郎展』(7月31日〜8月12日)へ行った。中谷宇吉郎は、寺田寅彦の門下生で、とにかく雪の結晶の研究で知られた人。岩波文庫の『中谷宇吉郎随筆集』あたりが入門的にはよいでしょうかね。
結晶のフィルムや幼少時からのたくさんの写真、彼が使ったノートがあって、それはそれで「ふぅむ」と楽しめたのだが、関連して展示してあった万華鏡がとても素晴らしくて、ドキドキしてしまった。はまってしまいそう。これまでに見たことのない世界が、三角形の覗き穴の向こうにあった。まるで感情が吹き出すかのように変わる絵。オイル万華鏡という種類だそうだ。展示販売してあった青いタイプで9800円。素人はひるんでしまう値段である。
でも、1本だけあった展示の赤いオイル万華鏡は、なんだかジャンキーな気分に誘い込まれるものだった。あれだったら買ってしまったかもしれない。
どういうものかというと、覗き穴の反対側に中にオイルが充填されたガラス棒がついている。もちろんオイルの中には細かい粒子みたいなものや、ガラス片みたいなものがたくさん入っている。それをひっくり返すと下に落ちていくのだが、そこを覗くのだ。あー、文章で説明するのがいらだたしい(し、表現力のなさに悲しくなる)ほど、すごいのだ。
帰ってきて調べましたよ。そしたら、こんな【万華鏡】のサイトが! 美しい。美しいだけじゃなくて、中身も充実! 感動してしまった。
で、ココの左上の写真。三角形に棒がついたのが、今日、私がのめり込んだのと同じタイプの万華鏡だ。オイル万華鏡。1つくらい手に入れたい…。あー、もしあの赤いのだったら1日中覗き込んでしまいそう。
その帰り道、「すごいよね。きれいだよね。鳥肌が立つかと思った」と同居人に話しかけたところ、「僕はマンデルブロー曲線を見たときの方が、感動したなぁ」と一言。「ジュリア集合は?」と聞いてみたら、「うーんジュリアはちょっと」だって。あんた、ほんとに文系かいな。
さらに「マンデルブロー曲線に萌え萌え」と追い打ち。なぜか今頃2ちゃん用語を学習している同居人・40歳直前の夏でした。…そんなことよりオイル万華鏡よっ。
■読了
岩松研吉郎著『日本語の化学』ぶんか社
→期待が大きすぎたのか、ちょっと肩すかし。やっぱり期待たっぷりに読むもんじゃないのかも。でも、中の例題より冒頭部分と、「〜じゃないですか」と「逆に言えば」の封じ込め方はgood。読んでみる価値は十分にあると思う。
■入手本
日本化学会編『化学・意表を突かれる身近な疑問』講談社ブルーバックス
→いただきました。ありがとうございます。たぶん8月16日〜21日に新宿タカシマヤで開かれる『化学展2001』に関連した本ですね。
先月のてくてく→2001年7月