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2001年9月のてくてく

01/09/30/sun

■更新しそびれ

 本棚更新のタイミングを見計らっているうちに9月が終わってしまった。最後の1週間に不在だったのも痛い。10月にまとめて更新しよう。


■血中カレー濃度

 時差ぼけ(たぶん)でほとんど使い物にならなかった昨日は、夜、血中カレー濃度の低下に耐えきれなくなった同居人とともに麹町・アジャンタへ。インド料理は中華料理と並んでわりとどこでも食べられると思っていたのだが、ハワイ島ワイコロア・ビレッジにはなかったのだ。最低でも週に1回は食べないと「カレー、カレー」と言い始める同居人にとってはかなり厳しかったようだ。彼にとってニコチンとカレーとどちらの禁断症状が厳しいのだろう?

 私もかなり好きな方なので、久々に食べるカレーは身体のすみずみに行き渡る感じがよくわかり、とてもおいしく食べた。あー、満足、満足。

 やっぱり、人間たるもの、まずは胃袋で物事を判断するんじゃないかな。


■訂正

 その同居人からクレームがついた。【09/22】に【星空は、大昔の人が見ていたのと同じものを見られる、ほとんど唯一のものじゃないの?】と言ったと書いたが、「人だけじゃない」とのこと。たしかにそうでした。つい勢いでそう書いてしまいましたが、人に限ってはいませんでした。

 同居人曰く「人が登場したのはごく最近だ。もっと前、たとえばエディアカラのころから同じだと言いたかったのだ」。

 んー、エディアカラねぇ。毎度頼りになる平凡社『世界大百科事典』で「エディアカラ動物群」の説明を読むと、6〜7億年くらい前の先カンブリア時代末期の動物群。かのバージェス・モンスターよりも古いんじゃないかな? エディアカラってのは、オーストラリアの地名。クラゲみたいな生き物の化石が見つかったのだ。

 たしかに壮大な時間スケールのお話なんですけど、そこまで言われると、「クラゲみたいなんでしょ? たぶん水の中にいたんでしょ? 星、見えてたのかなぁ」と突っ込みたくなっちゃうってば。
 それに6〜7億年前の星空って、ほんとにだいたい一緒なのかなー。このへんは全然わからない。


■無関係

 もともと旅先であまりお土産を買わないほうなのだが、今回のハワイは特に少なかった。そりゃそうか。

 基本のマカデミアナッツ・チョコレートは職場関係用に買ったが、それ以外に自分たち用として買ったのは帰りの空港で手に入れた週刊誌『People』(9/24号)、新聞『USA TODAY』(9/26)と、ちょっと恥ずかしくてすぐにカバンに入れた週刊新聞『Sun』(9/25号)なのだ。

 この『Sun』がすごい。「アメリカの東スポ」と同居人は言ったが、ちょっと違う気がする。なんだか『ムー』みたいだぞ。めぼしい記事の見出しは……

 Sun discovers why sharks are attacking!
    EL DIABLO sends them into a FEEDING FRENZY
 Newest wonder drug WATER
    HEADACHES, heart disease, ulcers, back pain and arthritis
    can be cured with plain, ordinary water!
 7 SHOCKING BIBLE TRUTHS ... that will change your life FOREVER!
 THE GOOD DOCTOR  All new garlic super cures!
 ALIENS AMONG US?  Crop designs are 'code from space'

 最初のは最近のサメ頻出と気象の関係の話だし、2番目は「水は百薬の長」みたいな感じで(きれいなお姉ちゃんの写真で各部位への効果が説明されている)、3番目は読むと疲れそうだから読んでないけどタイトルまんまの内容みたいだし、4番目のは水じゃなくてニンニクがいちばんいい薬ってことだし、最後のは例のミステリーサークル系のどでかい写真。1974年にNASAの科学者が宇宙へ発したET向けのメッセージに対する返事なんだと。2つあって1つは悲しい表情の人の顔。もう一つは、コンピュータで複雑にバイナリー化された数学コードで、砂糖とDNAの化学式なんだって。この2つが例によって畑に描かれている。

 これ、もしかしてなんかウケ狙いの媒体なんでしょうか。私の英語力では判然としない。もちろん同時多発テロの話は皆無。



01/09/28/fri

■ただいま

 日本時間28日午後4時、成田着。


■ハワイ島7日目・帰国

 現地時間で27日の早朝ボーイが荷物を受け取りにきて、7時半に帰国へ向けてチェックアウトをする。27日は単なる移動日で、実質飛行機以外になにもない1日なのだ。日本に帰ったら28日の夕方だし。……やっぱり損した気分。日付変更線を越えないように旅行をしたいなぁ。とすると、西へ向かうしかないのか。で、西の極限まで行ったら、少しずつ東へ戻る。そうすればあまり1日なくした気分はないかも。

 行きは成田からハワイ島のコナ空港へ飛ぶ直行便だったが、帰りはホノルル経由。ホノルル空港は、大きかった。人がたくさんいた。これでもたぶん普段に比べれば空いているのだろうが、ハワイ島ワイコロア周辺がほんとうに閑散としていたので「人だらけ」に見えてしまう。
 ふむ。ぼけぇっとした7日間が終わってしまったのだな。ハワイ全般の印象はまた今度。


■幼稚園

 帰りのJALは「リゾッチャ」だそうで、イベント盛りだくさん。着陸前の1時間くらいから少しの間、ビンゴゲームをやったり、日本時間で9月21日と28日の誕生日の人をお祝いしたり。まるで幼稚園飛行機みたい。

 あ、でも、私も幼稚園児みたいだった。座席番号がJとKだったので「ABCDEFGHIJKだから、左から10番目と11番目の右端ね」と思っていたら、席は横に10席しかなかった。真ん中のブロックが5席ではなく4席なのだ。「あれ?」と思って、荷物入れのところについている座席表をじっとみるとIがない。Hの次がJ。
 で、つい横に立っていたお姉さんに「なんでIがないんですか?」と聞いてみたら、彼女は日本語ネイティブのスタッフではなく、すごくていねいに「ショーショーお待ちください」と日本語ネイティブのスタッフを呼んできてくれた。

 「あの〜、なんでIがないんでしょう」「単純に1と紛らわしいからなんです」

 …たかがこれだけの、意味のないことのために、搭乗中の忙しい時にごめんなさい。「なんで」ちゃん時代の子供のようでお恥ずかしい。


■影

 飛行機は苦手なのであまり乗りたくないのだが、今回は、着陸時にいいことがあった。

 自分が乗っている飛行機の影が地上に映っているのを見ることができた。嬉しい。

 常々、宇宙ステーションが完成した暁には、サッカー場程度の影ができるのかどうか疑心暗鬼だったのだ。もちろん、太陽光はほとんど平行と見なしていいはずなので、宇宙ステーションの実物の大きさがそのまま平行移動で映るはずだ。でも、これがなんだかピンとこない。直観が狂っているのか、小さく映るような気がしてしまう。
 で、飛行機も原理的には同じだろうからどうなるのかなぁと思っていたのだ。ただ、地上から飛行機を見ることはあっても、都会ではあまり飛行機の影を感じられなかった。それが今回、とりあえず上空から見えた。たまに映画やCMで、広大な風景の中に飛行機の影が映っているような映像ってあるでしょ。あれあれ。

 現実的にはたいしてかっこくない。成田近くの畑に影が映っていた。1対2くらいの長方形の畑2つにまたがって影を作っていた。1辺はどれくらいの畑だったんだろうか。長いほうが30メートルくらいかな。でも夕方のためか、羽の部分はあまり映らない。あ、そっか、日が傾いていると影はかわるわなぁ。う〜ん、う〜ん。地上に立っているときの夕方の長い影と、上空に浮いているもののときの影を同じに考えてはいけない気もする。

 ……ぼやんぼやんしているのは、自分が知りたいことが「どういう場面の、どういうことなのか」がどうやら自分でもよくわかっていないからだということだけはよくわかった。


■5時間

 ハワイとの時差は5時間ある。日付を考えないでハワイが5時間進んでいると考えるのが、いちばんわかりやすかった。
 向こうで朝8時とか9時に起きると、日本の夜中3時4時なわけで、最初の3日くらいは現地で12時とかに床につき、たっぷり8時間寝ても、なんだか身体が起きなかった。夜中にたたき起こされた気分に近かった。

 帰ってきた今日は逆。夜10時頃耐えられないほど眠くなり、朝3時頃目が覚めてしまった。時差ボケってこういうものなのだろうか? 前にスリランカにいったときは3時間半遅れというズレだったので、あまり支障がなかった。日本にいるときとほぼ同じ睡眠リズムで非常に健康的な現地生活時間帯となったのだ。朝6時にぱっちり目が覚めて、夜9〜10時に眠くなる。今回のハワイのように、5時間ずれるとちょっとやっかいかも。まー、いずれにせよ初時差ボケ(もどき)なので、少し楽しんでみよう。


■家のにおい

 1週間ほど家を空けて帰ってきたら、ドアを開けた瞬間、引っ越ししたばかりのころの新しい家のにおいになっていた。窓を閉め切っていたから? でも、もう半年くらい暮らしているのに、なんでだろう?


■読了
エリック・シュローサー著『ファストフードが世界を食いつくす』草思社
→アメリカで読むには最適な本かも。当分マクドナルドには入りたくなくなる。あからさまな反共和党・親民主党の姿勢には、そんな安易に政治的な物言いをしていいのかという気がするが、現代社会の食生活と農業畜産社会を考える上では必読だと思う。
 直接的に関係するわけではないが、この本を読みながら遺伝子組み換え作物に対する自分の中の違和感がはっきりした。遺伝子組み換え自体にそれほど抵抗は感じていなかった。壮大な人体実験であることを否定するつもりはないが、よく取りざたされる(特に人体への)安全性云々はピンとこないところがあった。もちろん100%安全なんて思っていないけれど。
 ただ私の中にモワモワとしこっていたのは、遺伝子組み換え作物はタネを農家が残せないことだった。要は遺伝子組み換え作物のタネは特許でガチガチに縛られているので、翌年のタネモミ(タネ小麦?)を農家自身が従来のように調整できない。毎年、タネ屋さんから買わないといけないのだ。そのタネ屋さんがモンサントとかそういうビッグアグリビジネス多国籍企業にほかならない。
 「扱う種類」を変えるのと、「扱い方」を変えるのは、全然別の話だ。「扱い方」を変えることは、すごく難しい。本書で読む、ファーストフードという食の「扱い方」の変化がもたらした影響は底なし沼のように感じられた。
 …システムの問題は、どう議論するのがいいのだろうか。ふとそんなことを思ったら、ジェイン・ジェイコブズの『市場の倫理統治の倫理』と続けて読んでよかったなぁと思ったりもした。併読お勧めかな。



01/09/26/wed

■ハワイ島6日目・カメ

 明日の朝早くにホテルを立つので、実質的に最後の日だった。やはり、ぐうたら過ごす。ただ、これまでよりも早く目が覚めたので、ホテル内のラグーン・ビーチという外海とつながっているエリアのパラソルの下をゲットした。日の移動とともに、ビーチチェアを動かす必要はもちろんある。

 外海とつながっていることもあり、大小の魚たちがたくさん泳いでいる。わずか5センチ程度の深さしかないところにも小魚が群れで泳いでくる。深いところでは、いかにも熱帯といった感じの魚たちも多い。シュノーケルとフィンを借りて、浮かびながら海中を眺める客がたくさんいた。

 2日目あたりに朝、この近くを散歩していたらカメがゆたゆたと泳いでいるのを見かけた。今日もこないかなぁと思っていたら、カメさん登場。ハワイではウミガメに触ると罰金刑に科せられると『ハワイ・ブック』(近藤純夫著、平凡社)で読んだので、近くを通ってもじっと眺めるだけ。海面から顔を出す姿や、よたよたしながら泳ぐ姿を間近で見ることができた。カメってつくづく変だ。

 その後ももう1回カメが通った。うれしい。カメが通るたびに「カメ!」と言って海に入っていくわけで、まるきり子供である。なんだかカメは気になるのだ。

 ちなみに隣のエリアは「ドルフィン・ラーニング・センター」。イルカが6、7頭いる。客がイルカに触ったり、餌をやったりするプログラムも毎日あり、抽選に当たれば125ドルで参加できる。私はあまりイルカに興味がないので申し込まず、岸から眺めるだけにした。
 でも、イルカを使ったプログラムというのが実のところ解せない。日本の水族館などで行われるイルカショーなどは非難の的だったはずだ。それとどう違うのか、傍目にはピンとこない。イルカについて学ぶのであっても、イルカにヒレをぱしゃぱしゃさせたり、潮をふかせたり、いわば「芸」をしている場面もたくさんあった。今朝、ラグーンでカヌーをこいでいたスタッフらしき女性は「イルカショー」といったではないか。
 ヒルトンのイルカ・プログラムを、たとえばモンタレー水族館のスタッフはどう見るのだろうか。


■観察

 プールサイドの人々を観察していると、いくつかふしぎなことがある。

 最大の疑問は、「なぜ白人はこの時代でも肌を焼きたがるのか?」だ。なにしろ、紫外線や皮膚ガンの話などこれっぽっちも気にしない焼き方なのだ。パラソルもないところで、黙々と肌を焼く。真っ赤になっている人たちも少なくない。なぜだ? もう少し英語力があれば、適当な人に聞いてみたのに…。対照的に日本人とおぼしき人々はたいてい日陰を求めていた。

 2つめはやはりデブ。テレビに出てくるアメリカのお偉いさんや一部ィエリートたちはみなスリムなのでそんなもんかと思ってしまうが、現実のデブ率は高い。さすが肥満大国。とはいえ、それなりに気にしている人は多いようだ。量という名のパフォーマンスに満たされた食事を平らげているのだろうか。食後にぷっくり膨らんだお腹をお互いに触りあったりして、笑っている。しかし、それだけだ。
 対して、朝、ホテル内をウォーキングしている人々は、みなデブではない。

 3つめは体格の違いだ。やっぱり背の高さが違う。この違いが迫力の差となるようだ。女性でも170センチくらいはザラ。横幅は細い人もいれば、太い人もいるが、いずれにせよ力強い体つきだ。骨格が違うのだろうか。肉の付き方が違うのだろうか。アメリカ人女性を見た後では、日本人の女性は多くが栄養障害かのようにみえるほど華奢というか、貧弱な体つきに感じられた。背が低いためもあるだろうが、なんだか体格が「子供」なのである。
 ダイエット中の人は、アメリカには行かない方がいいのかもしれない。ダイエットをする意味がないくらいに、自分が小さく細く感じてしまうだろうから。


■便利

 社会悪、公害と思いながら、同居人のリクエストもあり、ビキニを買った。こっちへ来てみて、競泳用の水着はたしかにスタッフくらいなので、買っておいたよかったかなぁと最初の頃思った。それに私の2倍くらいありそうな人々も自信満々にビキニ姿で闊歩している。すがすがしいほどだ。
 が、ビキニの効用はそんなことではなかった。リゾートでは水着の上に適当に羽織っていれば、お昼もそのままで大丈夫。となると、必然的に長い時間水着をきていることになる。結果、トイレも行く。このときに心底楽だと感じた。ビキニでなくてもいい。セパレートは偉大だ。ワンピースも持ってきたが、ワンピースの場合トイレのたびにブラジャーまではずしているようなものだ。濡れているし、着にくいことこの上ない。
 リゾート行くなら、ビキニ。腹が出てても、セパレート。楽っス。

 すみません。ここ10年以上フィットネスクラブのプール以外入ったことがない、ビーチというか水遊び素人ゆえ初歩的なことで感動してます。


■夕焼け

 最後の日、部屋から眺めたサンセットは少しだけきれいだった。



01/09/25/tue

■ハワイ島5日目・日焼け

 昨日のスターゲイジングツアーに懲りて、今日は、ほとんどホテル内でぶらぶらすごした。日差しは強いのだが、風もあり、日陰にはいるとそれほど暑くない。プールで少し身体を冷やすと、その後しばらくの間は太陽が心地よい感じなのだ。

 で、気持ちよさにまかせて木陰でゴロゴロしていたら、つい日焼けしてしまった。木陰は完全に太陽をシャットアウトしているわけではないのだ。顔は死守しているが、夜になって背中と足がかゆい。あ〜あ。

 私以上に、同居人の膝がひどく焼けている。なぜ膝?? そこだけピンポイントで焼くほうが難しいだろうに。
 前にスリランカのビーチ・ベントタで火ぶくれになった経験があるにもかかわらず、うたた寝した間にジュウジュウ焼いてしまったらしい。顔も私よりほてっている。寝る前に、私が持ってきた「美白マスク」(顔に貼り付けるやつ)を冷蔵庫で冷やし、貼ってあげた。冷たいのが気持ちいいらしい。しかし、学習しない人だね〜。


■漢字

 昨日、現地の旅行社の人に聞いたところ、ハワイ島はだいたいアメリカの本土からの客8に対し、日本人1〜2くらいではないかという。最大に日本人が多かったときで32%だったという。基本的にはメインランドからのお客さんなのだ。

 で、こっちへきて、タトゥー(刺青)を入れている人がほんとに多いことに気づいた。デブ率とタトゥー率は同じくらいじゃないだろうか。よくわからないちょっとしたワンポイントマークだったり、腕輪のような絵柄だったり、いろいろだ。

 アメリカはここのところ漢字ブームだという(→【二角形】)。そのためなのか、「漢字」を入れている人も見かけた。角度が悪くて全部は見えなかったのだが、ホテル内を行き来するシャトル・ボートの運転手の足には「……する愛」という文字があった。

 もう一人はすごい。プールから上がってきたにいちゃんの足にある漢字、それは……。

   月 券 美

だった。これが縦に彫ってある。1単語なのだろうか? それとも気に入った形の字を選んだのだろうか。よくわからない。よほど呼び止めて「あなたの足に入れているタトゥの意味を知っているか?」と聞こうかと思ってしまったが、日本でも変な英文のTシャツはざらにあるので、お互い様かもしれないと思いとどまった。……でも、Tシャツと身体に彫るのは違うか。
 ムーン・チケット・ビューティー。ううむ。よくわからんぞぉ。あ、もしかして「勝」と「美」になるべきものが、変に分解されたのだろうか??


■「量」という名のパフォーマンス

 食事に閉口している。コスト・パフォーマンスは、イコール、クオンティティ・パフォーマンス。「安くて多い」か「高くて多い」だ。もちろん、「まずくて多い」はあるが、「美味しくて多い」は少なくともリゾートエリアにはない。せいぜいが、まぁまぁといったレベル。

 今晩は奮発してホテル内のイタリアン・レストランに行ったが、前菜の野菜とチーズのなんとかとガーリック・クリーム・スープがわりと美味しかっただけ。97年にはハワイ州でトップのイタリアン・レストランという称号に輝いたらしいけど、納得できないな〜。ハワイには美味しいイタリア料理はなかったのか? イタリアの方々はどう思うんでしょ。


■レイオフ

 21日に到着した当初は、日本料理の「伊万里」というところだけが閉まっていたが、23日あたりからディナーは軒並み「closed」になってしまった。ブッフェ形式のレストラン、イタリア料理、日本料理、アメリカ料理、中国料理、よくわからないレストラン、カフェレストラン、軽食レストランが2店と全部で9店があるのだが、25日の夜、やっているのは軽食1とイタリア、中国の3店だけだった。似たような状況が手元のリストでは29日まで続く。
 フロントではしつこく聞かない限り「お休みです」というだけなので、ぼぉっとしているとわからないかもしれないが1週間も休みが続くのはレイオフ以外の何物でもない。

 従業員が戦々恐々となるのも当然の事態だ。ホテル内はほんとうに閑散としている。通りすがりの観光客の目には触れないところでも、いろいろな不都合が生じているに違いない。



01/09/24/mon

■ハワイ島4日目・休暇は短い

 考えたら、実質的にはあと2日しかない。27日の朝にはチェックアウトなのだ。やっぱりバカンスは1ヶ月くらい取らないとバカンスとして機能しないように思う。仕事に追われる(いや、あまり追われていないけど)日常から休暇モードになるまでにやはり2〜3日かかる。海外にでる場合は時差ボケの問題も含まれる。そのエリアでの快適な過ごし方を見つけるまでにも少し時間がかかる。それからやっと休暇としての時間が始まるのだ。休暇準備期間1週間、本休暇2週間、復帰リハビリ期間1週間。ね、1ヶ月必要。

 こういうのも誰からも文句は言われないだろうけど、誰からも仕事を頼まれなくなりそうだ。現実的にはお金が問題ね。


■スター・ゲイジング・ツアー

 きれいな半月と珍しい薄雲で、本目的の星はあまりすごくはなかった。でも月のクレーターはとてもきれいに見えた。初めて望遠鏡を通して月をまじまじとみたので、そういう意味では興味深かった。ホテルで焚かれている篝火が消えた時間帯なら、海辺と同じくらいの感じ。おかげで私はあまり怖くもなく、ほっとした。
 それと、マウナケア山の頂上で日没もみた。こちらはまぁまぁ。日本が世界誇る天文台「すばる」の後ろに太陽が沈んでいく姿は、見ることができてよかった。それと一昨日読了した『ハワイ・ブック 知られざる火の島を歩く』(近藤純夫著、平凡社)に載っている地名や写真を、直接自分の眼で見られたことも嬉しかった。

 だが、非常に問題のあるツアーだった。ハワイにいる間にもう一度怒りたくないので、詳しくは日本に帰ってから。メモのために書いておけば、もしハワイ島で日本人向けのスターツアーに参加する場合、Kというガイドのツアーだったら申し込まない方がいい。


■読了
ジェイン・ジェイコブズ著『市場の倫理統治の倫理』日本経済新聞社
→同居人が読んでいたとき、話し相手としてかなりコミットしてしまったのが惜しまれた。自分で読んで感じる楽しみはあまりなかった。エッセンスはそのときにだいぶ吸ってしまい、翻訳の硬さやら著者の細かい粗が目に付いてしまった。その点は非常に残念。翻訳については「漢語禁止令」を出してほしいと思った。5人の登場人物による会話形式で綴られる話なのだから。そうか、この「漢熟語禁止令」は研究者に翻訳をお願いするときにものによっては効果的かもしれない。大野晋が『日本語練習帳』で「のである禁止令」といった主張をしていたが、それの翻訳バージョンと思って考えるとけっこう使える基準になるだろう。
 でも、中身はじっくりゆっくり消化すべき内容である。



01/09/23/sun

■ハワイ島3日目・慣れないこと

 こればっかりは慣れるしかないのだろうが、やはりチップに慣れない。チップを払うのはいい。考えてみれば、日本にもサービス料という名目がホテルにいけばある。ただ、チップという慣行がないため、タイミングや適当な値段を考えることに気疲れしてしまう。

 同じような日本人観光客が多いエリアなので、たいていは指示がある。レストランなどのレシートには、「日本語」で「15%程度」とわざわざチップを解説してくれているのだ。なんだか強要されているようで少し気が滅入りもするが、まぁ、チップに慣れない日本人が全然払わなかった(払えなかった)がゆえにこうなっているのだろうが…。「チップ」と書かれた欄に合計金額の15%くらいの金額を書き込んで、あとはサインをしさえすればいい。こうなっているのは楽といえば楽だ。「誰にいつ」渡すのか、という余計な心配がないのは嬉しい。
 自分で計算して書き込むまでもなく、はなから組み込まれていることもあった。近くのショッピングセンターの中華料理店では、15%相当量が計算組み込み済みのレシートがきた。有無を言わさない。もし食事中にトラブルがあった場合は、どうするのだろう。そういう場合はチップを払う必要はないと聞いていたが、こういうシステムではさらに労力を使ってチップ分を引いた支払いに持ち込まないといけないのだろうな。難しそうだ。

 今日、ホテルのスパでロミロミというハワイの伝統的なマッサージを受けた。それなりに気持ちよかったのだが、すっかりチップを載せ忘れたことに後から気づいた。ボニーさん、ごめんなさいいい。


■ガラガラ

 普段の様子を知らないので、いまヒルトンワイコロアが空いているのかどうか判断がつかなかったが、やはり空いているようだ。「ガラガラ」というのが同居人のマッサージをしてくれた人の印象らしい。

 「伊万里」というホテル内日本食レストランがここのところずっとお休みなのだが、それはまさにテロ事件を受けてキャンセルが増え、そのためのレイオフなのだという。現在働いているスタッフにしても、自分がレイオフされる状況になってもおかしくない以上、他人事ではないのだろう。私のマッサージを担当してくれたボニーさんも、「あの事件以降、日本からもアメリカの本土からも客はものすごく少ない」と言っていた。

 たぶん空いているんだろうな、というのが私の印象だったが、昼間と違って、夜になるとなんとなく人が増える気がしていた。どうやらゴルフ目的の客が多いためらしい。それで「キャンセルが多いとはいえ、それなりにはいるのかなぁ」と思っていたが、全然違うらしい。
 「空いててラッキー」と思ってしまうのも、申し訳ない気がしてくる現状だ。



01/09/22/sat

■ハワイ島2日目・プールサイドの違和感2つ

 少し時差ぼけ気味なのだろうか。よく寝る。…いつものことかもしれない。

 昨日から感じていたことではあったが、リゾート・エリアの中とそれ以外の風景の大きな違いを改めて見せつけられる。部屋のベランダから見える遠景には、溶岩でできた黒い台地がかすんでいる。手前の緑溢れるリゾートはなんだという気になってくる。空港からホテルまで運んでくれたドライバーは「1日に2回水やりをする。…緑を維持するために」と言っていた。つくづく人工的な空間にいるのだと思う。

 こんなことを感じながら、プールサイドでジェイン・ジェイコブズの『市場の倫理統治の倫理』(→関連メモ)をのんびり読み始める。「システム」という言葉が本書の登場人物5人の心を捉える場面にどきっとする。そういえば私も一時期「システム」という言葉が気になっていた。それは「システム」という言葉の使われ方だった。科学的な意味で翻訳をすれば「系」ということが多いだろう。「力学系」「複雑系」「反応系」などなど。基本的には「系」なのだろうと思いつつ、でも広く眺めるともっと違う意味合いも入っているような気がしていた。ひとつは「制度」という感じだろうか。そんなことをつらつら思っていた時期があったので、「システム」を解きほぐすことが話題の発端となっている点が興味深かったのだ。

 ところで、プールサイドにいる人々を観察していると、日本人が本を読んでいる場面はこの2日間でまだ1度も見ていないことに気がついた。日本人にとってリゾート地で本を読むのは非リゾート的行為なのかもしれない。


■星空

 夕飯を、近くのショッピングセンターにあるレストランへ食べに出た。歩いて15程度の距離だ。行きはシャトルバスを待ったが、帰りはフラフラと歩いてホテルへ戻ってみた。

 星空を見るためだ。同居人は星を見るのが好きらしい。ちなみに星座には全然関心がないという。明後日はスター・ツアーズというのに申し込んでいるので、その予行演習をかねて眺めた。
 なぜ星をみるのに予行演習が必要かというと、それは、私が星空が苦手だから。正直なところ、たくさんの星があふれる空はかなり怖い。最初に襲ってくる感覚は、不気味さだ。大学時代に長野の田舎で合宿中、ふと見上げた夜空は満点の星空だった。天の川も初めてちゃんとみた。そのとき、ふいをつかれたためか、「きれい」の前に「怖い」「気持ち悪い」を学習してしまったのだ。

 今日、久々に見た星空は、山頂でもないのにやはり怖かった。天の川かな、と思う筋もある。メガネをかけていなかったのがまだよかったのかもしれない。それでもなんだか怖くなって涙ぐんでしまった。
 自分でこの怖さはなんだろうと少し考えてみると、2つあるような気がした。1つは星がよく見えるところ、イコール、暗いところである。たくさんの星を見ることでより一層周囲の暗さを感じるようだ。もう1つは、満点の星空は紛れもなく宇宙空間であり、その大きさに自分の感覚が負けてしまうからのような気がした。宇宙空間に勝つ必要なんてないのはわかっている。でも、大きすぎて…、大きすぎるというのがリアルに感じられすぎて怖いみたいだ。空を見上げているのに、「落ちていく」ような感覚に包まれてしまう。

 隣を歩く同居人は「星空は、大昔の人が見ていたのと同じものを見られる、ほとんど唯一のものじゃないの?」と言った。その瞬間、なんだか少しかっこいいと思ってしまった。こういうのも星空の効果なのだろうか。


■読了
近藤純夫著『ハワイ・ブック 知られざる火の島を歩く』平凡社
→ハワイ島にいながら、ハワイについての本を読み終わる。なかなかオツな時間だった。



01/09/21/fri

■脱・日本

 空爆が始まりそうなこの時期に、遅い夏休みが重なってしまった。しかもすったもんだしたあげく、行き先はハワイに決まっていた。催行中止の瀬戸際だったが、どうにか通常通りの催行予定となり、覚悟を決めていくことにした。全額返ってくると言っても、キャンセル自体がめんどうくさい。それに、妹から「(ハワイなんて)似合わなすぎる」とまでいわれた以上、絶対行ってやる。

 で、出発当日の朝になって、仕方なく準備を進める。水着だけはいちおう競泳用以外を何十年ぶりかも忘れるほど久々に買っておいたのだが、洋服その他、勢いでパッキングするしかない。同居人と二人で6泊8日なので「特大」のスーツケースを1個レンタルしたら、なんだかスカスカする。
 普段ははかない「スカート」も入れているのに。ふつう旅行じゃ履いている以外の靴なんて持っていかないけれど、ビーチ用とそれ以外のサンダルも詰めているのに。本だって、二人で単行本を10冊持っていくのに。
 仕方がないから、夜中お腹が減ったときのためのカップラーメンを多めに詰めていくことにする。それでもスカスカしているのは、やっぱり化粧品だの、洋服だのが少ないんでしょうか。

 でも、まぁ、5年ぶりの海外なので誰もが気軽に行くハワイでもミョ〜に緊張する。飛行機はどうも苦手だ。飛んでいるとき以上に、滑走路に入る前までの移動が気持ち悪い。二人して苦手なので、あまり気が楽にならない。
 ここのところニュースに登場することの多かった成田空港は、連休前の金曜日の夜ということを考えれば空いているようだ。時計屋さんの店員は「ふだんの半分ということはないけれど、空いていますね」と言っていた。盆暮れのニュースでみる混んだイメージの成田からすると、ガラガラというのが成田素人の印象だった。
 で、問題のセキュリティ・チェック。回数はいっぱいあった。まず電車を降りてからターミナルに入る前に1回。パスポートの提示。これは普通通りなのかな。次に搭乗手続きのために入るとき、「ダブルチェックしています」と言われ、手荷物が箱の中を通っていく。でも比較的あっさり。その次は搭乗ゲートに入るとき。こっちのほうが詳しく見ている感じだ。とはいえ、荷物を開けられることもなく、ベルもならずに通過した。最後は飛行機に乗る直前。入り口への通路の途中で、任意に開けられる。といっても私らは開けられなかったし、開けているのはかわいいお姉ちゃん方で、搭乗が詰まってしまうのを恐れてか慌てている様子だった。がっちりしたおじさんにやらせたほうが客側にプレッシャーを与えるためにもいいんじゃないだろうか。
 乗ってしまえばあとはたぶん何も変わらない。前回のスリランカ行きでは、機内食がすでに美味しかったので無謀にもちょっと期待したのがよくなかった。JALで美味しいわけがない。もちろん両方ともエコノミー。
 もう一つ前回学習したのは、飛行機は極端に乾燥する。うたた寝しただけで、喉が痛くなった。そのときはエアランカのスチュワーデスにとてもいい、向こうののど飴を分けてもらった。思わず、「これは現地ではどこで買えるか」と聞いたほどだった。単に「薬局ならどこでも」と言われた。ああ、あののど飴がもう一度なめたいなぁ。濃いピンクみたいな赤なんだけど、味はスパイスのどれか。美味しいし、甘くないし、すっきりするし、香りはいいし、のど飴としてはベストだった。
 今回はそういう偶然のいい出会いも期待できないので、自分でマスクとのど飴を持ち込んだ。が、ぜーんぜん、乾燥のほうが上手だった。毛布はこの季節なのにバチバチいうし、寝るときにマスクをしていてもマスクがすぐカラカラになる。毎度のことだが、降りるときは「風邪ひいたかも」状態だった。
 ちなみに搭乗率は……。ガラガラだった。しかし、出発1ヶ月以内になって訪ねたJTBのカウンターでは「飛行機がいっぱいです」と言われ、近くのHISで申し込んだのだ。実際の搭乗率は、後ろ半分は全然人が入っていなかった。前のほうもオヤジたちは肘掛けをあげて、1人で3席使いながら横になって寝られるほど。せいぜい20%〜30%くらいじゃないだろうか。フタイトアテンダントの数が客と同数に近かったかも(ウソ)。

 7時間という苦痛の時間を過ごしたのち、湿気のある暖かい海風にあたると、「風邪かも」はなくなるのでふしぎである。というわけで、ハワイ島1週間に突入−−。


■ハワイ島1日目・初日付変更線越え

 考えるとよくわからなくなるので、もう考えない。日本を出たのは21日金曜日の夜9時だった。少しは機内でも寝たのにハワイ島コナ空港についたのは、同じ21日の朝10時半くらいだった。同じ日を2回やっているみたい(って、まさにその通りか)。どうせ最後の日に1日取り上げられて帳尻があうんだけど、なんだか変な気分だ。

 ハワイ諸島のいちばん東にあり、そのほかのハワイの島々をあわせた面積よりも大きいためにビッグ・アイランドと呼ばれるハワイ島は、火山の島だ。キラウェア火山が日本人にはいちばんなじみ深い名前だろうか。

 空港から見渡せる風景がまず違う。黒いゴツゴツした岩。もちろん溶岩だ。ほとんど緑のないなだらかな平地。ハワイのゴツゴツした溶岩は「アア」と呼ばれる。いっぽう手触りのいいスベスベした溶岩はパホエホエという。なんとこれが学術名だというのだ。学会で研究者が「こちらのパホエホエは…」などと言っている姿を想像してしまう。
 全然地学の素養がない私でも(高校は地学を一切やらないところだった。20年くらい前の古い課程なのに)、火山の存在を否応なく間近に感じるランドスケープだった。

 日本人客のほとんどがいくワイコロア・リゾートに昼頃入るが、何しろヒルトンはでかい。様子が分からないので、とりあえずあちこち歩いているとすぐに「はい、ウォーキング30分終了」だ。人も少ないし、つくづく「やっぱり空いてる。よかったぁ」。

 それにしてもほんとうに日本人が多く行くエリアなんだと実感する。表示はすべて英語と日本語。日本国内にいるのとさして変わらない。ご飯を食べる程度なら、英語はほとんど使わないですむ。「マハーロー」「アリガト」と口にするスタッフに対し、「サンキュー」と答えるのがなんとなく恥ずかしくなってくる。そういえば空港からホテルまでのドライバーのおじさんも溶岩を「ヨウガン」と日本語の単語にして話をしてくれたもんなぁ。他は英語だけど。
 スリランカのビーチ・ベントタでは、日本人にはまったく会わなかったし、日本語の表記はもちろん皆無。たまたま元ドイツ系のホテルだったらしく、英語とドイツ語が書いてあったのを思い出すと、ほんとにハワイは日本人にとって近いんだろうなぁと感じた。
 初日ということで、とりあえず広大な敷地のメインスペースをウロウロしているうちに疲れて昼寝。夕方、日が傾いてきたので、プールサイドで本など読み、少し水遊び。メシ食ったらやっぱり眠くなって、寝てしまった。食っちゃ寝、寝ちゃ読み、に「読んじゃ、水遊び」が加わるだけの生活になりそうだ。やばい。食事の量も多いし(量だけに特化している。味は…、まぁしょせんね)、メインランドからかなと思われる人々の大半は丸太のような姿だったぞ。

 テレビはもちろんアメリカのチャンネルがたくさん写っている。なんとなく60ミニッツ以外のなんだかバラエティっぽい番組をやっているCBSをみると、違和感が…。

 初日の大発見。ヒルトンについてから、タバコを吸っている人を何人かみかけたが、そこに日本人は一人もいなかった。フロムUSA? それともフロムEU?



01/09/19/wed

■お知らせ

 しばらく更新と日記が止まります。


■ビニ本

 創刊号を買い損ねた講談社の漫画月刊誌『イブニング』の第2号を手に入れた。

  ビニ本だった。

 ビニール詰めの中には、「ジパング」柄のマウスパッドが一緒に入っている。なんだかムラムラ……してこないって。でも家に帰ってビニールを破ろうとして、イライラしてきた。なかなか破れないんだもん。
 中身は、まだ全部読んでいないけど、休刊した『ミスターマガジン』と似た感じなのかなと思う。


■入手本と問題点

『都市動物たちの逆襲』(小原秀雄著、東京書籍)
→気分的には『帰化動物たちのリストラ戦争』(中村三郎著/同朋舎)の続編。帰化動物に限った話ではもちろんないけれど。

『考える…』(デイヴィッド・ロッジ著、白水社)
→気になっていたので。だが、しかし! この本の謝辞だけ、手に入れてすぐに読んでいたらものすごいことを発見してしまった。原著者による謝辞には、著者が参考にし「啓発的で示唆に富んでいた」と書く関連書が列挙されている。それはいいことだ。だが、見覚えのある著者名だが、見覚えのないタイトルが並んでいた。「これはもしや…」と思い調べてみたら、かなりの確度で「この本の訳者が邦訳書が出ている本のタイトルまで勝手に訳している」のだ。

 例を挙げておこう。なかばクイズとなる。リチャード・ドーキンス著『盲目の時計製作者』。これはまだわかりやすい。もちろん『ブラインド・ウォッチメイカー 自然淘汰は偶然か?』(早川書房)だ。
 ダニエル・デネットもある。が、名前にCは入っていない。『ダーウィンの危険な考え』は、そのまま『ダーウィンの危険な思想 生命の意味と進化』(青土社)だけど、ここで『心の種類』と紹介されているのは、はたして『解明される意識』(青土社)なのか、『心はどこにあるのか』(草思社)なのか、たぶん違うだろうけれどはたまた『「志向姿勢」の哲学 人は人の行動を読めるのか?』(白揚社)か、私にはわからない。
 思わず吹き出したのは、ロビン・ダンバー。2冊挙げられている。1冊目は『科学の難点』。まぁこれは『科学がきらわれる理由』(青土社)でしょう。もう1冊の『グルーミング、ゴシップおよび言語の進化』っていったい…。これらしいわ。『ことばの起源』(青土社)。サブタイトルに「猿の毛づくろい、人のゴシップ」とあった。
 かの有名な『脳のなかの幽霊』(V.S.ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー著、角川書店)は、この訳者によると『脳と、その錯覚』。
 ルイス・ウォルパート、アリソン・リチャーズ著の『情熱的な心−科学者の内的世界』は、やっぱり『科学者の熱い心 その知られざる素顔』(講談社)以外思いつかないけれど。

 まだ原題とカッコの中にでも邦題があれば私は文句までは言わない。邦題が気に入らないのは仕方がないことだからだ。それはそれとしてポリシーとして認めよう。だが、原題もなく、勝手に訳されて、邦訳書の出版社もなければ、何を手がかりに日本の読者はこれらの本にアプローチすればいいのだ。こういうのは読者迷惑なだけの訳者の自己満足にすぎない。それを止められなかった編集者も同罪だ。いや訳者以上に責任は重いと思う。めんどうだったというのは、上記分は私が15分程度で調べられることである以上、言い訳にならない。せいぜいこの2倍くらいの時間で済むはずだ。



01/09/18/tue

■収穫

 昨晩、当日券を手に入れることができたので、【第三舞台】「20周年記念&10年間封印公演」の『ファントム・ペイン』を観に行った。第三舞台の本公演はいつ以来だろうか。鴻上ネットワークとしては去年も『プロパガンダ・デイ・ドリーム』を観たが、本公演はたぶん97年の『朝日のような夕日をつれて』になるのではないか。書店などではほとんど手に入れられない戯曲『朝日のような夕日をつれて』(弓立社)を劇場で買うことができたのはとても嬉しい収穫だ。ちなみに91年の公演脚本をベースにしている。

 この公演で第三舞台は「10年間封印」となる。どうしても観ておきたかった。が、一抹の不安もあった。ここのところ--といっても5、6年のスパンで--あまりピンとこない作品が多かったからだ。

 劇場についてその不安は大きくなった。ロビーで94年の『スナフキンの手紙』のダイジェスト・ビデオを流している。この作品が私の中での(いまから思えば)2つ目の転換点だったのだ。『スナフキンの手紙』を観た後、友人とかなり怒って話した。「小姑みたいって、いうより気分は大姑だよ」という感じで、まとまりのなさといい、安易な説教調といい、終わりの中途半端さといい、第三舞台を観てこんなふうに感じたことはなかったと言い合った。
 どうやら、今回の『ファントム・ペイン』はその続編らしい。

 現在も上演中なので、ストーリーに関連することは書かないでおく。自分の中の新鮮な感覚だけメモしておきたい。

 不安は的中した。でも、芝居の最中、私が感じていたのは『スナフキンの手紙』や『パレード旅団』のときのような苛立ちや怒りではない(細かい点は忘れてしまったが、感情だけ覚えている)。痛々しさだった。涙が出るかと思った。封印公演という特殊事情もあるのだろう。過去を引用しながら「これまでの第三舞台」を感じさせる舞台を作ることになってしまうのは仕方がないかもしれない。きっと観客サービスなのだろう。
 だが、それだけでは口実にもならない。
 メリハリのない舞台転換、ストーリー進行。楽しみを奪うほどの説明口調。無意味で無配慮なおどけ。「滅び去ったもの、ゆくもの」の列挙でドードーやニホンオオカミやその他絶滅種のかぶり物をみせるのはいい。だが、「性同一性障害のヒヨコ」をそこに登場させる必然性はなにも感じられない。
 これが第三舞台かと思うほどだった。

 87年からの観客にすぎないので、第三舞台に詳しいとはいえない。だが、この劇団の20年を振り返ると、「before天使/after天使」に作品史はわけられるのではないだろうか。天使とは『天使は瞳を閉じて』である。
 『天使は瞳を閉じて』の初演時、私はこの作品を受け入れられなかった。こういう言い方がいいとは思わないが、たぶん若かったのだと思う。「ぼくはひとり」と立ち続ける『朝日のような夕日をつれて』の心境からまだ動き出せずにいた。立ち続けて、立ち続けて、立ちつくして、そして倒れてしまった後を『天使は瞳を閉じて』のように受け入れられるほど、人にも自分にもやさしくなかったのだと思う。当時、「つきはなされた」と感じたのを覚えている。ぐらぐらした気持ちを抱えて、私は逃げ場を探していた。
 『天使は瞳を閉じて』のあと、いくつかの作品は踊り場的位置づけにあると感じる。いや、踊り場ではない。台形の上底部分だ。緩やかに下がっている上底ではあるが。次のポイントが『スナフキンの手紙』になるのではないかと思う。

 第三舞台が好きだった。それは役者のかっこよさでもあり、照明や音楽といった舞台効果のかっこよさでもあり、クールさとくだらなさと切なさと強さのバランスのよさだった。それらが失われて今、痛切に感じる。

 もちろんそれでも観てよかった。ずっと拍手もせずに座っていた役者挨拶の最後、これまで私が観てきた14年間分の感謝の拍手を捧げた。第三舞台を旗揚げし、劇団を維持し、これだけの作品群を送り出してきた関係者全員に。


■備忘録

 芝居を観た後、ふと思いついたことがあったので、書き留めておく。
 「いわば、野田は哲学者だけど、鴻上は教育者なんじゃないか」



01/09/16/sun

■ラジエーター

 夜、そばを家で茹でて食べた。最近、「そば湯のとれるそば」という乾麺にはまっている。そば湯大好き。
 そば自体はざるなので、問題はなかった。その後そば湯を飲んだら、汗が止まらなくなった。身体の芯から暖めてくださったようだ。だらだらと顔からも首からも汗が流れ落ちる。

 が、いちばん汗が流れていくのは、私の場合、両あばら骨の下2本のあたりなのだ。位置的になんとなく、あばら骨がラジエーターのような気がしている。汗腺が多いのだろうか?

 平凡社『世界大百科事典』で「汗」をひいてみると、汗腺の分布はふつう手のひらや足の裏が密度の高い部位らしい。皮膚1cm2あたりの汗腺数でいうと、手のひらと足の裏が300個以上だって。それに対して胴体部分は少なくて100個以下。あれ? じゃ、私はなんで胴体にダーダー汗を流すのだ? んーー、個人差が大きいっていうから、ま、いっか。

 あっ。嫌なことに気づいてしまった。上の数字はあくまで密度である。足の裏より手のひらより、胴体のほうが表面積はデカいぞ。まずいなぁ。密度の差を補ってあまりあるほど胴体が大きいってことかなぁ。

 ぎくぎくしてきたので、「汗腺」の項もひいてみた。汗腺には小汗腺と大汗腺があった。この汗腺から汗をいわば絞り出す経路がこの2つで違うみたい。人間様に発達しているのは小汗腺。これが暑さに反応しやすい。暑いとおでこから汗を出し始め、どんどん身体全体に広がってって最後に手足に汗となる。でもキンチョーしたときの汗は、ほれ「手に汗握る」状態ってわけで、逆に手足から出始めるんだって。

 どうやら胴体大表面積説は無視してよさそうだ。ほっ。それにね。飲んだそば湯はお腹にいるわけで、そば湯という熱源に近いところから汗がでるのはもっともだよね。…何も食べていなくても暑いとよくあばら骨から汗を流しているのはナイショ。


■くすくす

 そういえば、同居人の誕生日プレゼント候補をあれこれ聞いていたとき、リクエストにあがったもののなかに面白い言葉があった。

  肩叩き器

 ぜひ声に出して読んでほしい。「カタタタキキ」。これがちゃんと意味のある単語になっているあたりに、楽しくなってしまった。

 おっと。アクセントは、たぶん「かタタタキき」(カタカナは高、ひらがなは低)。


■読めない

 ここのところ本をまともに読めない。仕事のための資料的な読み方の読書はもちろんしているのだが、そういうのではなく本自体を読むことができない。ので、雑誌以外、ほとんど読んでいない。【bk1】の仕事を始めてからこんなことはなかったから、自分でもちょっと驚いている。
 無理して読んでも身が入らないから、自然に任せよう。…でも、ちょっと気になる本はある。『考える…』(デイヴィッド・ロッジ著、白水社)。【bk1】の内容説明によると、「心をコンピュータで解明しようとする認知科学者と、夫を亡くして書けない作家が恋に落ちた。科学と文学、“心”を捉えることができるのはどちらか? 円熟と斬新、“小説の技巧”を凝らした傑作長編」だという。うわ、これまた同居人に先に読まれそうな気がする。【二角形】のW氏に教えてもらった。このあたりからリハビリかな。まず買わなきゃ。



01/09/15/sat

■はじめてのC

 不調である。どうやっても元気が出ない。

 なんにもしたくない。と、思っていたら、唐突に変なことを思い出した。

 私は、大学3年(1986年)のときパソコンを買った。NEC-PC98vm2という非常に中途半端なマシンである。メインメモリが他のマシンよりも変に少ない、おミソのようなマシンだったらしいと後で知った。でも実際は、ワープロ専用機として機能していたので、あまり問題はなかった。もちろん「一太郎ver2」である。その頃はワープロソフトの名前が「一太郎」というのがどうしても腑に落ちなかった。ことあるごとに「なんで?」と聞いてみたりした自分が懐かしい。ちなみに5インチフロッピー2枚でシステムからFEPまで事足りた時代だった。ハードディスクなど、もちろん、ない。

 大学でFORTRANの授業をとったものの、苦痛以外のなにものでもなかった。それで、慣れ親しみたいという思いもあって、貯金をはたいてパソコンを買ったのだった。
 にもかかわらずワープロとしてしか使わなかったのは、結局ほかに何もすることがなかったからだ。たぶん最近パソコンを買った人が、何に使っていいのかわからないというのと似たような感じなのではないかと思う。

 苦手なもんは、マイパソコンを買っても当然、苦手であった。
 第一パソコンを前にしても、字を書くか、ロードランナーをするか以外にしたいと思うことがない。やっぱり相性はよくなかったのだ。当時付き合っていた男は、喜々として私じゃなくてパソコンを触っていた。関数をアレンジして花火をディスプレイに表示させてみたり、そんな感じだ。ひたすら「お前にはもったいない」と言われた。私は目的も義務もない以上、何かをパソコンにさせてみようなんて思わないパンピーだった。整理すべきデータ類もない。計算させたいこともない。数字を大きい順に並べ直してみるなんてことは、課題以外ではなんの魅力もない目的だ。

 そんな私でもパソコンを持っているというだけで、パソコン好きな子がよってきてはいろいろ話しかけてくる。訳の分からないことだけどとても楽しそうに話していたので、つい話を合わせながら聞いていた。
 その頃、Cというプログラム言語が流行しはじめた(らしい)。ほんとにさわれる人はアセンブラ、趣味的な人はベーシック、お仕事人はコボルなのかな、と状況認識をしていた私は、後輩がもってきた本のタイトルに一緒に喜んだ。

  『はじめてのC』

 「なんか間違って買っちゃう童貞君とかいそうだよね」というわけだ。

 いまから思えば、たわいないことを後輩とだべっていただけではあるのだが、おかげで苦手なのにあまりアレルギー意識は持たないですんだのかなと最近、感謝している。だって『はじめてのC』ってノリがOKな世界とわかると、意味もなく気が楽じゃないか。


■めんどう

 最近、買った雑誌をメモするのがめんどうになってやめてしまった。だいたいルーティーンな購読雑誌は2ヶ月で確認できたんじゃないかというのもある。メモはしていないが、同じようなものを買い続けている。気になるものがあったら、メモすることにしよう。



01/09/14/fri

■カジキマグロ

 今日、東京へ戻ってきてやっとある店に入れた。神保町の「マンダラ」というインド・カレーの店だ。同居人が大阪へ異動になる6年前まではわりとよく行っていたのだが、その後はなかなか行けなかった。東京へ戻ってきてから何度か足を運んでみたが、人気が出たらしく、予約なしでは入れないことがほとんどだったのだ。

 近くへ行ったので、ダメモトで覗いてみた。金曜日だし、期待はしていなかった。ダメモトは大事である。入れた!

 ここのメニューで好きなのはフィッシュ・ティッカ。いろいろな店のフィッシュ・ティッカを食べたが、ここはカジキマグロを使う。他で美味しかったのはスズキだが、個人的にはカジキマグロがけっこう好み。他店でタラ系(正確にはメロというたしか南氷洋の深海魚、銀ムツって奴だっけ?)のも食べたが、あれはふにゃふにゃしすぎていてどうも合わない。どう考えてもこれはサバというのもあったなぁ。サバはそれほど得意ではないので、ちょっとくどくなってきてしまったっけ。
 しかしシシカバブで、マトンにチキンをまぜているのは残念。マトンだけがいいなぁ。どうも日本ではマトンがあまり好まれないらしいが、そのせいだろうか。

 久々に入れてよかったですね、Uさん&Kさん。楽しんでいただけたようで、何よりです。


■できない

 なんだか憑かれている…、じゃなくて疲れている。

 本棚コーナーも更新したいのだが、bk1の公開がつまっているし、どうも私の更新作業自体滞っている。

 来週末からの遅い夏休みがどうなるかなど含めていろいろと細かい情報に注意しなければならなくなっていて、少し疲れが溜まっているようだ。無理すると続かなくなるから、のんびりめにしよう。



01/09/12/wed

■いちばん悲しいこと

 一日中、アメリカの同時テロのニュースがテレビから流れる。どんどんといろいろな角度からの映像が、全米のテレビ各局に入った。マンハッタンの有名な世界貿易センタービルが崩落するというのは、やはり信じられない映像だった。

 それでも、私がいちばん悲しい気持ちになった映像は、どの悲惨な映像よりも、パレスチナの人々の様子だった。ピースサインをする人たち。歓声をあげる人たち。若者だけではない。お婆さんといえる年齢の女性も口笛を鳴らしていた。

 パレスチナの人々にとって、こうした惨劇が喜ぶべきことになっているという、その事実がとても悲しい。他人の不幸を喜ぶということが、人の気持ちの上でそれほど健全なこととは思えない。不幸を喜ぶ人たち自身を傷つけているように感じてしまう。

 でも、アメリカの人々の不幸を喜ぶしかない状況に彼らがあったということにも、せめて注意を払いたい。


■×3

 【チョコラザウルス】第二弾を1つ買った。またしても「アロサウルス」だった。3つめだよ。どうにかしてほしい。



01/09/11/tue

■すごいことに…

 家に戻ってぼぉっとメールへの返事などを書いていたら、久々に電話がなった。
 打ち合わせの延期の話で、その理由は当然、アメリカの同時多発テロだった。ふだんはほぼ常時ついているテレビが、今晩は消えていた。

 こういうときに、「悔しい。電話がかかってくるまで知らなかった」と思ってしまうのだ。メディア関係者だとわりとよくある感覚じゃないだろうか。少なくともニュース速報で押さえておきたいとか、そんな感じである。でも一方で、「ああ、いま、雑誌の仕事をしていなくてよかったなぁ」とも思ったり。各メディアの記者さんたちに、同情もしている。

 当分、我が家のテレビはこの話題のザッピング(あれ?ジッピングだっけ?)に費やされる。リモコンは同居人が握って離さない。


■お尻が痛い

 痔ではない。アメリカのテロですでに記憶になくなった台風のせいで、ビッチョビチョになってまで、今日は、人形浄瑠璃漬けの1日だったのだ。

 【国立劇場】で、第36回文楽公演が開かれている。どうにかチケットがとれたので、11時からの第一部と、5時からの第二部を連チャンで観た。疲れた。途中、休憩はガンガンあるが、第一部終了は4時半、第二部終了は9時前である。その間、客席に座っているか、ロビーでおにぎりか弁当を(座って)食っているか、だった。

 今回の演目『本朝廿四孝』は、これまでみたどの演目よりもヤヤコシかった。もともと現代的な感覚からは妙にヤヤコシいことが多いが、極め付きという感じだ。武田信玄と上杉謙信の諍いの話なのに、上杉だけは「長尾」と名前が変えられているし、「○○実は××」という仕掛けのある役柄だらけ。なんでこんな複雑な作品がカンフル剤的なヒットになったのかと思ってしまうほどだ。

 それでも、人形遣いの人間国宝3人、吉田玉男・吉田蓑助・吉田文雀が舞台上に並ぶ場面を観られたのは嬉しかった。私自身は玉男のファンなのだが、ここのところ文雀さんはとても好きだ。今日も、流れるような動きと品のある姿勢にため息。
 詳しくは知らないが倒れて後リハビリを経て復帰した蓑助さんも、前回の『曽根崎心中』よりもよかったように思う。文雀さんが「品のある、自立した大人の女」を遣わせたら右に出るものがいないのと同様、蓑助さんは「幼い少女みたいな女」を遣わせたら一番なのではないかと思う。その理由は、首と胸の角度の作り方とタイミングだ。これがポイントだろうと感じていたら、今日は発展形を観ることができた。「きつねつきの女」が舞台の最後の圧巻だった。きつねつきに限らず「狂った系」がうまいのではないかと思う。

 今度は、玉男さんがもっと動く役をみたい気がする。


■最近の年寄りは!

 にしても、最近の年寄りは! マジにむかついている。第一部では、前の列と後ろの列に、しょっちゅうくっちゃべっているオバサン、じゃないやお婆さん連中が陣取っていた。はさまれた私たちの列は、比較的若い人が多い。ここは静かだ。60歳以上のお婆さん方は、なぜ隣の隣の人とまで上演中にくっちゃべるのだ。私はあんたらのしゃべり声を聞きにきたわけじゃない。

 文楽をみにいって、上演中にうるさいのは60歳以上が圧倒的に多い。ふだんケータイを使う若い世代にむかって「最近の若い者は」といいそうな世代の人々ばかりだ。

 決めた。今度から、「お静かに」と大きい字(老眼対策)で書いたカードを持って見に行く。じゃないと、注意する声が周囲の迷惑になりかねないからね。



01/09/10/mon

■二角形

 すっかり書き忘れていた。少し前、朝日新聞の特派員便りみたいなコーナーで、「最近、アメリカでは漢字が大流行」という記事があったと聞いた。見落としていたのだが、ニューヨーク特派員のコラムだそうだ。

 当然、Tシャツに漢字がプリントされるわな。

 ブロードウェイで見かけたTシャツにプリントされていた漢字、それは…

  二角形

だった。教えてくれたW氏(知人友人にW氏が多い気がするが、『暗号解読』のW氏とは別人)曰く、「最高にシュール!」。いや、たしかにシュールである。が、マジマジと考え込んでしまった。

 「二角形はあり得ないのか?」

 最初に考えたのは、三角形を横からみる。ダメだ、これじゃ、タダの直線ができあがるだけだ。やっぱりなんか尖っていないとなぁ。

 「!」。半円は? 「○」の半分。なんとなく尖っているところが2個できる。いいじゃん、いいじゃん。

 でも、そもそも「角」の定義はなんだっけ?

 なになに、平凡社の『世界大百科事典』の「角」の項によると、「平面上に同一の端点をもつ二つの半直線が与えられたとき,平面はこれらの半直線によって二分されるが,これらの部分のおのおのを半直線上の点も含めて角という」んだってさ。

 …つまり、まっつぐな線が2本ぶつかってる、ってことかい。
 とすると、半円は厳しいのかなぁ。半円の尖っているところは「カド」だけど「カク」じゃないってことになりそう。

 「!!」。台形の下の辺(=下底)が、びにょ〜んと下側に湾曲している図形は、どうだ?? これなら、まずちゃんと「角」が上に2つあるぞ。そこに半円がくっついているようなもんだから、下の「カド」2つはカウントしないですまないかね。

 ……てなことをつらつら思っていたら、W氏から指摘された。「非ユークリッドではどうなの?」。うわ。タンマ。私の身体はどうもユークリッド仕様みたいなのだ。
 まず「非ユークリッド養成ギプス」をはめてからね。


■読了
『チョコラザウルス公式ファンブック ダイノテイルズシリーズ1』NTT出版
 →これがbk1の課題本としてプッシュしてもらえるあたりが魅力の一つだった。これから私は何かできるだろうか。



01/09/09/sun

■メモメモ&Nスペ

 第1回からNHKスペシャル「日本人はるかな旅」を凝視するように見ている。今日は第2回があった。番組でも表示される公式サイトはどうやらインパクの中にある【日本人はるかな旅】らしい。でもここは非常に重いので、こっちは、まだ軽いNHK本体の【NHKスペシャル番組紹介】

 なんというのだろうか。子供の頃習った日本の古代史の記憶とは全然違う世界だった。最近の知見も多いようなので、当然のことなのだろう。これまであまり関心をもたなかった分野で、なおのこと新鮮にいろいろなことを受けとめられる。インドネシアと南九州を結ぶ黒潮文化。両方のエリアで、丸ノミ石斧や磨製石斧といった共通する特徴をもつ石器が発掘されているのだ。「スンダランド」(=氷河期に今の東南アジア付近にあった幻の大陸)というのもちゃんと認識したのは(情けないけど)今日が初めてだった。
 昔の知識では、九州というと北部のイメージしかなかったので、こういう番組をみるとやっぱりワクワクしてしまう。

 この番組と連動した展覧会がもうすぐ始まる。見に行きたい。

 【日本人はるかな旅展】
  会期:2001年9月18日(火)〜11月11日(日)
  休館日:毎週月曜日(ただし9月24日・10月8日開館、翌日休館)
  開館時間:午前9時〜午後4時30分(入館は4時まで)
  会場:国立科学博物館 新館B2、B3

 それと、先日、つい関連書籍の『日本人はるかな旅1 マンモスハンター、シベリアからの旅立ち』(日本放送出版協会)は買ってしまった。
 第2回の書籍である『日本人はるかな旅2 巨大噴火に消えた黒潮の民 巨大噴火に消えた黒潮の民』は予約受付中らしい。うう。こっちも買ってしまいそうだ。これ全部で5回シリーズなんだよなぁ。とすると5巻まであるってことになるなぁ。ふむ。


■×2

 地道に我が家の【チョコラザウルス】が増えている。
 なぜか知らんが、ツーペア状態(涙)。【ティラノザウルスの骨格】【アロサウルス】【クラドセラケ】が2個ずつある。同じものが袋から出てくると、再度買う気力が失せる。しかも、クラドセラケなんてただのサメなんだもん。つまんないよん。

 ステゴサウルスを飼っている【青木さん】、ツーペアのこれらあげるからね。当てちゃダメよ。

 それにしても第二弾はキャンディ。チョコ以上に減らない。1つも食べていない。第二弾ならやっぱり【アノマロカリス】がほしいんだけど、キャンディに阻まれそうだ。



01/09/08/sat

■見すぎ

 3回目の年女となった。大人のミリキで、しょうぶっ!! …って、なんの勝負だろう?
 次は大台だな。しかし、私は素数の年齢(例:23歳、29歳、31歳あたり)がなぜか好きなので、次はええと、おっ、来年じゃないか。37歳。なんか、かっくいいよね。36歳はパスして37歳を2回やろうかな。上方にサバ読むなら、許されそうだし。

 そして! 同居人からプレゼントをもらった。うわ〜い、オイル万華鏡だ。覚えていてくれたのね【08/01】。うれしい。青と赤と2本ついていて、付け替えることができる。きれいっ。美しいっ。すばらしいっ。カンゲキッ。見せてあげたいっ。…んー、うちにあるカメラとかでもできるかな? ちょっとレンズでは覗きにくい気がするのだ。少し考えてみよう。

 で、ついついずっと覗いていたら、目が痛くなってしまったよ。とほほほほ。私は左目でしか覗けなかった。右目ではダメなのだ。こういうのも慣れなのかな。毎日長時間顕微鏡を覗いている人々に、「軟弱モン」と言われそうだ。


■スィートテンってやつかいな

 そういえば、初めての「でぇと」なるものが91年の昨日だったわけで、その1週間後ぐらいからほとんど一緒にいるわけで、10周年なのだった。信じられない。いつの間にそんな時間が経ったのだ。

 初めての「でぇと」は、待ち合わせ場所に共通の友人が偶然通りかかり、結局3人で会食となったなぁ。銀座ソニプラの前などというありきたりの場所で待ち合わせるもんだから、そういうことになったのだろう。私→友人→同居人の順でソニプラ前に来たため、私は「あ、彼も呼んだんだ」と思い、遅れてきた同居人は「あ、奴にも声をかけたんだ」と思ったわけである。当時は、まさかその後10年も一緒にいる間柄になるとは思いもしない、ただの同業者のヒマつぶし食事会だったのだ。それもなつかしい思い出だ。


■重複

 一方で、疲弊する事態は重なって生じるものであると、改めて感じている。誰のせいでもないし、仕方がないことではある。


■読了
関口理郎著『成層圏オゾンが生物を守る』成山堂書店
 →基本的なところをしっかり押さえてある感じ。この分野に詳しくなくても、けっこうわかりやすいし、読みやすいんじゃないかな。ハワイで日焼けしたくないなぁと切実に思ってしまった。



01/09/07/fri

■祝・不惑

 いろいろと滅入ることが多いのだが、今日、同居人が「不惑」に達した。元気に年を重ねられるのは、なんであれめでたい。ほんとうに不惑となるのかどうか、非常に楽しみなところである。現在までは、多惑ではないかと思われる。

 ま、不惑でも多惑でも、楽しい10年になってほしいと思う。

 ところで、「四十」と言えば…、そう、「手習い」でしょう。なんか手習わないの?


■ワタリガラス

 昨日、『週刊文春』を買ったら、「私の読書日記」で池澤夏樹が『水俣病の科学』(西村肇・岡本達明著、日本評論社)から派生して、『暗号解読』『フェルマーの最終定理』のサイモン・シンと『ワタリガラスの謎』のハインリッチに触れていた。

 この『ワタリガラスの謎』の発売は95年なのだが、私は去年読んだ。とてもワクワクしながら読み進め、2000年に読んだ科学書のなかではベスト5に入る本だった。この本がこういう機会に取り上げられるのはとても嬉しい。



01/09/05/wed

■TMP減少

 私(たち)の仕事には「TMP」が必要だ、と思っている。

 TMPとは「耐むなしさ力」(Tai-Munashisa-Power)である。

 特に「科学ネタ」なんかを主にやっていると、それは覚悟の上である。伝えたい人・知ってほしい人には伝わらない、という問題と不安を抱えながら仕事をしている。

 それでも、ppmオーダーの確率で読者に何かが残ってくれる可能性があるなら、何度でもやる。続けられる。何も受け皿がないところに、もし万が一、億が一、受け皿のタネのきっかけができるのなら、これ以上に報われたと思うことはないだろう。
 そのタネのきっかけになるような作業をしたいと思ってきた。もちろん私ができることはあまりにも微力だし、低レベルだけれども、諦めが悪い人間にいくらでもなろうと思う。

 そのために必要なTMPはそれなりに持っているつもりだった。が、今日、私はほとんどTMPゼロ状態である。顔が見える関係で、そこに提示されていた受け皿がホログラムだったと、わかってしまったのだ。これまで「少しでも役に立てるのなら」と思って投げていたボールはなんだったのか。かなりダメージは大きい。

 なんの話かというとパソコンのことである。すみません。
 私自身、コンピュータ・リテラシーが低い。残念である。悔しい。それでもどうにか最低限のことは理解しようとしてきた。必要最低限は使えるようにと思ってきた。フリーである自分にとって必要な環境を整えることは重要だとわかっている。
 だから、「仕事でパソコンを使いたい」という特にフリーの友人たちには、わかる範囲ではあるけれども、求められれば情報を伝えてきた。フリーである以上、自分の職場環境を作ることにも等しい話だからだ。

 「何を買ったらいいか」「いいデータベースはなにかないか」「エディターはどうすればいいか」「辞書は」「検索サイト」などなど、問われるままに情報提供してきた。使い方や要望は人それぞれだから、情報提供はしたが、私がインストールやあれこれをすることはしなかった。自分ですべきことだからだ。
 しかし、そうやって伝えたことはほとんど意味がなかったようだ。

 昨日から、ウイルス被害にあってお手上げになった状態でヘルプ電話が入っていた。どういう状況にあるのか、こちらにわかるように伝えられるわけもない。「ハード」という言葉を「ハードディスク」の意味で使われたら、こちらは何を答えていいかわからない。トレンドマイクロがウイルスバスターを作っている会社だということすら、自分が使っているソフトなのに理解していなかった。しかも、ウイルスチェックは半年以上していなかった。する必要はないと思っていたらしい。エグゼ・ファイルをエクセル形式ファイルのことだと思いこむ程度にもかかわらず、ウイルスのファイルを開いたことはないと頑なに主張する。ワード文書やエクセルの添付ファイルをなんのチェックもせず平気でやりとりしているらしいのに、なぜ?

 最終的に私が聞いた言葉は、「苦手で…」「時間がなかった」だった。仕事でパソコンを使う状況にありながら、なぜこうも臆面なく言いきれるのだろうか。急ぎの仕事が動いているときにこういう状況になったらどうするつもりだったのだろうか。
 「8月はヒマ」だというから、少し前に「じゃあヒマなうちにパソコンを少し触っておいたら」と言っておいた。「持ってきてくれたら一緒に見てみようか」とも言っておいた。その間1ヶ月。結局、「ぜひ教えてくれ、使いたい」といっていたデータベースの登録すらしていなかったことも判明した。

 そして、1年半前に送ったメールと同じ内容を今日、電話で伝えた。当時の他のメールを見返してみたら、つい1ヶ月前に知らせたのとほぼ同じことも、私は1年半前すでに書いていたことに気づいてしまった。

 顔が見える関係にある友人が見せていた受け皿が幻影だった場合、こちらがかけた労力が2倍になって跳ね返ってくる。TMPゼロ。



01/09/04/tue

■ほしくないもの

 そろそろ同居人と私の誕生日がやってくるので(第7回bk1コラム【人生、あたるも八卦、あたらぬも八卦】参照)、同居人に「ほしいものはある?」と聞いてみた。

 「ほしいものはないけど、いらないものはある」
 「なに?」
 「お腹のぜい肉」

 ううむ。耳が痛いセリフだった。


■ブス

 大塚ひかりの『太古、ブスは女神だった』を読み始めてしまった。どうも身につまされてしまうぞ。
 何より、中世のブスの基本がイタかった。「…本当は怪力はブスのもの、怪力の本来の所有者はブスブ男にある…」(p106)。

 はい、怪力です。付き合いだした頃、同居人と腕相撲をすると私が勝った。数年前におかげさまで負けるようになったが。
 握力は45くらいあったなぁ。今はどれくらいだろう。テニスもやめたし、落ちたかな。

 この先、近世のブスはどうなるのだろう。現代は……。いわれんでもわかっとる。



01/09/03/mon

■2000突破

 なんだか知らないうちにたくさんの人が来てくださったようだ。みなさんどうもありがとうございます。


■雑誌
『スピリッツ』(9/17号)、『ポピュラーサイエンス』(10月号)、『編集会議』(10月号)
 →『編集会議』って他誌よりも誤植が多い気がするんだけど…。大丈夫かな?



01/09/02/sun

■変質

 最近、家のホコリのタイプが変わってきたことに気がついた。引っ越してきた当初は、【ケサパサとの仁義なき闘い】(第10回bk1コラム)に書いたとおり、フワフワした綿埃が毎朝、「やぁ!」と顔を出してくれた。もちろん前日にも拭いたところに、である。

 が、ここのところ、2日くらいじゃケサパサは登場しない。前によく出現したテーブルの下もケサパサまではかなりの時間がかかる。
 かわって最近目に付くのは、なんといっても髪の毛。前もあったが他が減った分目立つようになった。それと別にパンを食べているわけではないが、小さな小さなパンくずみたいなもの。
 つまり引っ越した当初に比べ、部屋の床に登場するホコリ単体がでかくなっているのである。

 これはなんでだろうと考えてみた。
 まず引っ越した直後はなんだかんだいって、部屋中ホコリまみれだった可能性が高い。朝、床のケサパサを退治する。その後、日中は荷物の整理をする。そうすると再びケサパサの元である小さなホコリが空気中に舞う。
 で、ホコリは軽いので、下に落ちてくるまで早くとも1日くらいかかる。だから毎朝毎朝ケサパサとご対面することになる。

 しかし、引っ越し作業が終わり、日常生活だけになるとそれほどケサパサ源を空気中を漂わせるようなことはなくなる。よってケサパサ出現頻度が減る。そしてかわりに髪の毛だの細かいゴミクズが目に付くようになる。

 と、まぁ、こんなふうに想像してみている。ただ、ケサパサがいないからといって油断していると、床がザラザラした感じになるのである。やっぱり「クイックルをしゃらしゃら」程度でいいから、こまめな掃除は必要そうだ。


■雑誌
『you』(No.18 9/15号)、『BE LOVE』(No.18 9/15号)、『miu』(10月号)
 →『miu』はこれから3号、毎月出るらしい。



01/09/01/sat

■ありゃ

 おい。いつの間にやら9月。今年は引っ越しやらなんやらがあったせいか、どうも時間がぴゅっと過ぎ去る。やる気も行方不明だし、まずいことである。


■ありがたや

 今日、bk1から8月のブリーダー売り上げ報告が来た。こんななんの検索ツールもつけていないサイトから買ってくださった方がいらっしゃった。ありがたや。

 しかもその中に『暗号解読』(サイモン・シン著、新潮社)と『心は孤独な数学者』(藤原正彦著、新潮社)が含まれていた。読んでほしいと思う本を買ってもらえると、ほんとうに嬉しいものなのだとわかった。


■入手本
エリック・シュローサー著『ファストフードが世界を食いつくす』草思社
 →個人的にはあんまり入らないけど、たしかに世界中どこにでもある。
NHKスペシャル「日本人」プロジェクト編『日本人はるかな旅1 マンモスハンター、シベリアからの旅立ち』日本放送出版協会
 →第1回目のこの内容をテレビでみたらつい欲しくなった。
大塚ひかり著『太古、ブスは女神だった』マガジンハウス
 →この著者が見せてくれる世界は私にはとても新鮮なのだ。
『チョコラザウルス公式ファンブック ダイノテイルズシリーズ1』NTT出版
近藤純夫著『ハワイ・ブック 知られざる火の島を歩く』平凡社
 →この2冊は、極めてタイミングよく押し売りされた感涙モノのbk1課題本。なぜタイミングいいかは8月の日記(主に後半)参照。




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