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2001年10月のてくてく
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01/10/31/tue
■更新
「てくてく本棚」に、9月分のリストだけ追加。1ヶ月遅れで、しかもとりあえずのリストですみません。10月分も近々リスト化だけはせめてしておきたい(じゃないと忘れちゃうから)。
01/10/30/tue
■不慣れ
【bk1】で作業をしていて確認したのは、やはりいちばん違和感を感じるのはキーボードだということだ。
当たり前のことではあるのだが、ふだん一人で自分のマシンだけ使うことになれていると、いろいろな操作環境のマシンがたくさんあることを忘れてしまうのだ。それはソフトウェアや設定だけではなく、キーボードもそう。つくづく大きいキーボードは苦手だとわかった。ノートパソコンのあまり手を動かさないで済むサイズになれてしまっていると、テンキー付きのキーボードは打ちにくくて仕方がない。
そしてやはり「慣れ」がいちばんユーザビリティ(使い勝手)に貢献しているのだなぁと改めて感じている。去年取材した研究者とこの辺のことを話していたら、「慣れに頼らないユーザーインターフェースが大事」と言っていた。
たしかにそうだとは思う。でも、一方でQWERTY配列のキーボードもなくならないだろうとも思う。慣れきってしまっていると、本来ならば「使いやすい」ものが「使いにくく」思うようだ。
「慣れ」を自覚することに、たぶんほとんどの人は不慣れだ。
■非・真性日記書き
やはり真性の日記書きではないようだ。家にいる時間が多ければ仕事をしながらでも日記を書けるが、外にでる時間が増えると、どうもダメ。外でいろいろな人とやりとりをすると、コミュニケーション欲が満足されるのだろうか。
■入手本
米沢富美子・立花隆著『ランダムな世界を究める』平凡社
→91年の復刻本。このシリーズの復刻本は注目。去年は『千の太陽より明るく』があった。
山本慎一著『国境なき鍼灸師をめざして』青木書店
→少し前に出た本ですが、大学の先輩である著者の山本さんからいただきました。ありがとうございます。でも在学中より卒業してからひょんなところで偶然に顔を合わすことが多い。今回は「国際科学技術ジャーナリスト会議」だった。
01/10/28/sun
■パートのおばさん
昨日の土曜日、【bk1】へ行ったら、人が少なくて閑散としていた。もう少し様子がわかって、自力でいろいろできるようになったらこういうのもいいかも。
週2日分くらいのお仕事ということでお願いしているのだが、作業になれるまでの期間はそんなことも言っていられない。それに本は毎日出る。丸1日【bk1】にいるのが週2日じゃなくて、広く浅くにしたほうがよさそうだとわかってきた。
…と、これって何かに似ている気がする。そうだ。きっと、「パートのおばさん」スタイルなのね。これで我が家は「パートのおじさん+パートのおばさん」の家となった。同居人もローテーション勤務だから、そんな感じ。
あ、でも今は家でもわりと作業をしている。これってサービス残業? サービス残業するパートのおばさん(笑)。
■電気人間
それにしても閉口しているのが静電気。
たしかに私は帯電人間らしい。オフィスというのは往々にして乾燥していて、このくらいの時期からバチバチなのだ。昔、『サイアス』の編集部に常駐していたころもそうだった。
たぶん理由は靴底がゴムだからだろうけど、それにしても今秋は特にヒドイ。ノートパソコンのフタを触るたびに「バチッ!」。1.5メートルくらい先にいる人に、「ここでも音が聞こえましたよ」と言われた。資料の受け渡しで、人の手が近くに来ただけで(触ってもいないのに)放電しちゃうよ、私。
求む、アース。
静電気防止グッズを真剣に検討しよう。1日に何回も痛い思いはしたくない。
■編集者も同じことをいう
【森山さん】から、26日の日記の【新聞記者さんはパフォーマンスが下手すぎる】へ【TV屋さんならみんな知ってます】とフォローが入った。
ごもっともでございます。同じような経験でいえば、「新聞記者さんは文章が下手」とわりと多くの編集者は思っているでしょう。もちろん全部の新聞記者が文章下手というわけではないけれど。同居人からの伝聞によると、元読売記者の本田靖春氏が雑誌で原稿を書き始めたとき、原稿を渡した編集者から言われた言葉は「新聞記者のわりには文章がうまいですね」だったとか。
んじゃ、編集者は文章がうまいかというと、必ずしもそうじゃないあたりも面白い。「読む力」「作る力」はとてもあるけれど、「書く力」は皆無の(もちろん優秀な)編集者もたくさんいる。
新聞記者でも文章がうまい人、パフォーマンスが上手な人がいるように、森山さんの担当者のように編集者でも両方持っている人もいる。このへんになると、もう個人の属性ってことなのだろうな。
あ、補足。新聞記事が定型なのは、短い限られた時間とスペースのなかで一定量の情報を一定レベルで詰め込むひとつのスタイルとしてはそこそこよく出来ていると思うので、「新聞記事=ダメ」とは全然思っていません(目で読む場合に限る。耳で聞く場合はまた違う)。裁判原稿なんて悪文の典型だけど、冒頭の1文で最低限必要な情報が入っているわけで、それはそれですごいと思う。
……何が書きたかったのだろう? いや別になにもないのだけど、けっこう活字メディアと一口に言っても、トレーニングされている部分は職制によって違うのだろうな、ということでした。
同じ支局の新聞記者からスタートしても、その後「整理部」を経た人はまた違ったりするし。「紙面」を意識できるかどうかで仕事が大きく違うと思う。で、雑誌編集者としてスタートした私は、どれもあまりうまくない……(涙)。
01/10/26/fri
■終了
というわけで、24日から通っていた【日本科学未来館】で開催の【国際科学技術ジャーナリスト会議】が終わった。どうしても時間が取られてしまうので、水曜日の日付は間違えるわ、会議以外の作業がボロボロだったかも。
初日はちょっときつかったけれど、2日目、昨日の3日目はけっこう面白かった。どどーんとダイナミックな話があるわけではないけれど、現実的で細かなトピックが「そうそう」という感じだと「面白く」感じるようだ。ほんとうはここからさらにワークショップ的に問題点の切り出し、解決方法の検討なんてことができるといいのかもしれないが、日本では難しいだろう。
ただ、やっぱり思ったのは日本の新聞記者さんはごく一部の人を除いて、パフォーマンスが下手すぎる。新聞記者から大学教授に転身する人/したい人も多いはずなのだが、こういう方々が転身して大丈夫なのだろうか。イブニングセッションや3日目に招かれた中島秀人・東工大助教授や、3日目のコメンテーターである坪野吉孝・東北大講師ら、現実に教室で学生相手にしゃべる仕事をしている人たちは、カラーの違いはあれ魅力的な話し方をしようとする姿勢を無意識のうちに身につけているのだなぁと思った。もちろんすべての教員がそうできるわけではないこともわかっているけれど。
ちなみに坪野吉孝氏は、以下のウェブサイトで疫学のメールニュースを配信している。日本では専門家も少なく、また一般的な理解もなかなか得られにくい分野だが、非常に重要な分野だと思う。ぜひ基本的なところを読んでみてほしい。
【最新医学論文の紹介・GRCニュースレター】http://www.metamedica.com/
あと、海外からのスピーカーはやっぱり訴求力が違う。英『ニューサイエンティスト』のアラン・アンダーソン氏は、雑誌の表紙をたくさんみせながら「これはこうこうこういう理由でとっても売れました」「これはまったく売れませんでした。これよりさらに10%売れなくなったら私は首になります」と、聴衆に届く明快な話し方をしていた。そして「サイエンスを“セクシー”に」という。他の人々も、ちゃんと聞き手の存在を意識している。そんなふうに思う。
んー、でも同時通訳付きの国際会議にでて毎度思うこと。仕事レベルで使える英語力がないのは、つくづく悲しい。話せなくてもいいから「聞く・読む」の能力だけほしい。読めりゃ、聞けりゃ、あとはどうにかなるもん。相手の話が(半分くらいしか)わからない(みたいだ)というのが大きな問題なのだ。
一緒に、勉強しましょうかねぇ、【森山さん】(笑)。自分の脳もたしかに見たいけど(女性の脳が必要になったらいつでも言ってください。ただし同じく非侵襲的方法希望)、強制的に英語を身につける仕事があったらいいなぁ。
■忘れた
なんだかいろいろ書こうと思ったことがあった気がするが、すっかり忘れた。思い出したら、また今度。
01/10/24/wed
■共産主義と科学啓蒙
寝坊したので【国際科学技術ジャーナリスト会議】の会場である【日本未来科学館】についたら昼過ぎだった。
しかし、なんであんなに遠いのだ。ゆりかもめに新橋から乗って、どれくらいかかるのかな。あの辺は何度行っても、理不尽な気がする。だって途中フジテレビが近くに見えるのに素通りしてぐるっと回らされている感じ。
そういえば、初めてお台場に行ったときに「貧困な想像力」というのが一番最初に出てきた感想だった。なんか近未来っぽさがツマラなくて。その後、大阪の南港周辺だったかな、コスモタワーとかがあるのは。あ、WTCもあるはずだ。あのあたりでも寒々しい印象をもった。ちなみに浅田彰はあのあたりを「明るい廃墟」と呼んだそうである。
会議についていえば、今日は初日。よって最初のセッションは総論的なものなので覚悟はしていった。なんだか私がこの業界に入ったころから同じことを延々と繰り返し聞かされているような気がする(どういう話かはいまさらなので省略)。まだ20代のころなら「うんうん」と聞けたかもしれないが、最近は少しゲンナリ気味。各論ならまた別なのだろうけど、総論だとどうしてもねー。科学ジャーナリズムがお題だけど、これ「科学」のかわりに「政治」や「経済」を入れても同じような話になるんじゃないだろうか…。
明日は各論にはいるし、けっこう面白そうなプログラムもあるし、少し期待している。
でも、パネリストの発言でおもしろいものがあった。基本的に知らない話はおもしろい。「国際」と銘打っているので、日本以外の参加者もいる。パネリストにハンガリーのジャーナリストがいた。
ハンガリーもベルリンの壁崩壊で、政治体制が大きく変わった国の一つだ。それが科学報道にも影響したそうだ。
なぜなら旧体制は「科学の大衆化」を歓迎していた。その旧体制を今は否定する。よって旧体制が支持していたものは否定的に受けとめる。つまり「科学報道」も否定。「科学ジャーナリズムは衰退した」とパネリストは言っていた。
93年のデータでは、14〜18歳の57%がテレパシーを信じ、51%がUFOを信じ、34%が星占いを信じ、同数が幽霊を信じているそうだ。
この数字は旧体制のころと比べて増えているとパネリストは感じているようだった。そして、「疑似科学のテーマが多く取り上げられるようになった」とのこと。旧体制批判のムードに負けて、公的な機関も疑似科学擁護のような態度をとっているらしい。
通訳が入っているし、メモもいい加減なので間違いがあるかもしれないが、この話は少し興味深かった。
■入手本
利根川進著『私の脳科学講義』岩波新書
→最近また脳関係の本がけっこう出ている。これもその1冊。利根川進はいわずと知れた87年ノーベル医学生理学賞受賞者。
01/10/23/tue
■国際科学技術ジャーナリスト会議
明日から3日間、国際科学技術ジャーナリスト会議の人となる。私が“ジャーナリスト”かどうかは怪しいところだが、お声をかけていただいたのでいろいろなパネル・ディスカッションなどを拝聴してくる予定だ。
【国際科学技術ジャーナリスト会議】
[会場]日本科学未来館(東京都江東区青梅2丁目41番地)
新交通ゆりかもめ:「船の科学館駅」下車、徒歩約5分
「テレコムセンター駅」下車、徒歩約4分
[会期]10月24日〜26日 9:30〜17:00(25日は19時まで)
一般向けの26日(金)の午後が注目かな?
26日14:00〜17:00 公開講座「社会の中の科学」
講師は、瀬名秀明氏、米沢富美子氏ほか海外からのゲスト2名。
■ペンギン・ラブ
【10/20】にほっこりさせてもらった写真集、『ペンギン・ラブ 鎌倉文也写真集』(鎌倉文也著・エクスナレッジ)は、現在、「2〜3日中に出荷」状態。たぶん明後日くらいには「24時間出荷」になるんじゃないかな。で、たぶんそこまで待った方が早く入手できるんじゃないかと思う(詳しいことはよくわからないけれど)。興味のある方は、25日以降にぜひどうぞ。
■通勤は痛勤
先週からほぼ毎日【bk1】へ行っている。「何がどこにあるのかわからない」「何をどうすればどうなるのかわからない」状態が少しずつ解消されてきたが、まだ20%程度といったところ。触れそうなところから地道に触ってみているが、先はほんとに長そうだ。せめて新刊情報的にピックアップだけは頻繁に手を入れるようにしてみている。
今日作ったのは、【日経サイエンスで取り上げられた本】。これが10月号だったので11月号に更新した。が、12月号は明日発売のはず。なんだかいきなりバックナンバーになるページを作った気分(涙)。でも、まぁ、こういうのはデータベースだからね、と自分で自分を納得させている。
…と思ってジャンルトップから確認したらリンクミス。ああ悲しい。朝になったら解消されるはずだけど、あそこも直さないといけなかったのね、と一人反省会。
それと、ふと思ったのだが、毎日、特定の職場に出掛けていくことをすでに3年以上離れていた。あまり出歩かない生活になれていた身には、通勤自体がしんどいことなのだね、と発見。少し疲れてます。慣れてきたら実際に【bk1】へ行く回数は少し減らせるかもしれないが(家でも作業はある程度できそう)、それまでは痛勤するのだ。自宅以外へ通うことはあまり得意ではないけど、しばらく頑張ろう。
01/10/21/sun
■衣替え
久々に、仕事絡みのことで実際には手を動かさずに過ごした1日。ふぅ。これまで、「着るものがないので仕方なく洗濯」「きれいなコップがないので仕方なく洗う」「ケサパサが丸まっているので仕方なくクイックルワイパー」とかそんな感じだった。
そうは言っても、わずか2〜3週間のことなんだけど。風邪気味でぽわんぽわんしたりしたのもあったからかな。
で、やっと衣替えをした。夏から冬へは比較的楽だった。逆だとクリーニングにたっくさん出したり、ぎゅうぎゅう詰め込んだりとやっかい。
それといくつか全然着なかったものを処分することにした。同じようなことを半年前の引っ越し時にもしたはずなので、衣類用のケースはだいぶスカスカしている。えーっとぉ、我々は着た切り雀の生活をしているってわけやね。
ああ、そうだ。同居人用にコーディネート・パターンを作らないといけないのだった。ふむ。必要そうなアイテムを少し買い足して、それはまた今度だな。…といっているうちに来年の夏がきそうだ。
■テレビ
ここのところちょっと気になることがある。それはテレビの置き場所である。我が家の13年モノのテレビはもうしばらくしたら昇天するだろう。その後の地上波デジタルなども含めて、2年以内くらいにはテレビを買い換える必要が出てくると思う。
でもテレビの置き場所は頭が痛いことなのだ。電源だけでなく、アンテナも必要。しかもスカパーを入れたから2本。そういうケーブルたちとの格闘に加え、その大きさだ。どれくらいのサイズがいいかなぁ。少し大きくしたいけど、どうやって置いたら圧迫感がないかなぁ。そんなことをつらつら考えていた。
前にも書いたが、私は新聞の折り込みチラシで住宅情報を見るのが大好き。だから少し前からテレビがどう配置されているのか、注意して見ていた。
が、全然ないのである。テレビ。
新築マンションのチラシには、間取りだけでなく、モデルルームだかなんだかのカッコエー内装写真がたいていついている。それのリビングに注目した。が、ソファがあろうが、ダイニングテーブルがあろうが、高そうでおしゃれなフロア・スタンドがあろうが、重厚な本棚があろうが、決してテレビはないのである。
インテリア・デザイナーにとって、テレビはそんなにも邪魔なものなのか?
それともソファの前に実はテレビがあるけれど、カメラマンが写さなかっただけだとでも? いや必ずしもそうではない。リビングの全景が写っているような場合でも、ないことが多い。はなから写真撮影用にテレビを抜いて考えているものも多そうだ。
でも実際の生活では、今の時代、絶対にあるもののはず。なのに「単に一時的な見栄えだけをよくする」ために、本来置かれるであろうものがだいたいのケースで省かれるというのは、なぜだ? それでインテリア・デザイナーと呼べるのか?
しかも! テレビはないのに、グランドピアノはあったりするんだぞ。おーい。
■ナイショの黒曜石
今日はNHKスペシャル『日本人はるかな旅』の日。第3集だ。
舞台はもう縄文時代。当然のことながら青森県の三内丸山遺跡の話が中心だ。クリを栽培してました、ってやつ。
これまでよりは少し聞いたことがある話が多かった。でもあれだけCG使いまくりの考古学の番組は初めてだったかも。……途中下車しちゃったけれど、実は遺跡発掘経験者だったりする私なのだ。しかも小学生のころ(笑)。そういう過去を持っている。
小学校のころは社会科が大好きで、クラブも「社会科クラブ」なるものに入っていた。何をやるかっつーと、遺跡というか石器や土器を掘りに行ったり、そのために測量の練習したり、場合によっては「関所」なんていう歴史的なことを調べてみたり。いろいろ。でも石器拾っていたのと、測量のことしかはっきりは覚えていないなぁ。水平とるの得意です。いまじゃ紙を台の上に載せて、水平とって、むこうの紅白ポールを馬の毛がはってある測量器(?)覗いてあわせ、メジャーで測るなんてことしないんだろうけど。
学校の山荘が伊豆半島にあったので、合宿はそこを使っていた。伊豆半島も縄文時代や弥生時代から人が結構住んでいて、ザクザク石器が拾えたり、住居跡がぽこぽこ発見されたりしている。
私ら子供たちは、山荘近くの住居跡を見学したり、許可をもらって近くの畑のあたりで石器を拾ったりしていた。そう、黒曜石のカケラなんて、ふつーの畑の横っちょあたりでけっこう簡単に拾えるものだったのだ。
それでも、いろんな発掘がされているので、スッゴイ石器や土器はあんまり見つからない。せいぜいがカケラだったりするのだ。
でもね。私は見つけたのだよ。黒曜石の完璧な矢じりを。かなり小さくて大人の親指の先くらいなんだけど、きれいなハート型。…ペンダント・トップじゃないよ。尖っているほうが矢の先端になる。
子供の目にはあんまり完璧だったので、ほんとはその日の収穫(?)としてみんな供出しないといけなかったのだけど(夜やるスケッチの練習用とかそんな感じ。決して教育委員会に届けるわけではない…、と思う、たぶん)、見つけた瞬間、一言も出さずにポケットに入れてしまった。
わー、二十数年ぶりの告白だよ、これ。
誰に謝っていいのかよくわかんないけど、とりあえずスガイ先生、ごめんなさい。
その黒曜石の矢じりは、家の私の机の引き出しに入れておいた。だけど、ここ15年くらいはお目にかかっていない。まだあるのかなぁ。たしかにペンダント・トップにするにはいいかもしれない。今度探してみようっと。
そうそう。その黒曜石が交易の証拠になっていると知ったのは、拾ってから20年くらい経ってからでした。あの矢じりは伊豆の黒曜石だったのかな。それとも他のエリアのだったのかな。
01/10/20/sat
■ペンギン
今日、本が届いた。知り合いの編集者が、てがけた本を送ってくれた。
その本に、なんだか少し泣けてしまった。やはりいろいろなことがあってたくさん考えさせられた9月以降、心が少しザラザラしていたのだと気づかされた。そっとなでてもらったような気分になった。手紙に添えられていた「なごんでいただければ幸いです」という一言も、とても嬉しかった。
それはペンギンの写真集。私の状態もあるのだろうが、こんなにペンギンにほっこりしてしまったのは初めてだ。一緒に著者である写真家の個展案内も入っていた。
鎌倉文也写真展 「ペンギン・ラブ −恋するペンギンたち−」
【期間】2001年10月25日〜11月7日 午前10時〜午後6時 (日・祝休館)
【会場】オリンパスギャラリー
神田・小川町交差点そば(地下鉄A6出口、本屋隣り入口)
電話 03-3292-1934
タイトルからもわかるように、登場するペンギンたちはほとんどツーショット。なんというか、その2羽のペンギンたちのほこほこした関係まで写されているような写真なのだ。
「うまいなぁ」というのと同時に、久々に写真をみて「ああ、これは瞬間を切り取ったからこそ」だと感じた。独特の「ほっこり感」は著者のカラーがいちばんの理由だろうが、その瞬間「だけ」だから生まれているように思う。
ふと調べてみたら、【Penguins Mill】というサイトで、鎌倉文也氏は【ペンギンな人にとって面白いペンギン】を撮る人と看破されていた。きっとあなたのためにあるような本なのでしょうね、【青木みやさん】さん。一緒にヤキモチ焼きましょう。
発売は10月25日なので、リンクはまた改めて。【エクスナレッジ】の近刊。
01/10/19/fri
■ご報告
昨日より、オンライン書店【bk1】へ行き始めた。
昨年7月のオープンから【bk1サイエンスサイト】を担当していた【森山和道さん】が9月に辞められたので、いちおうはその後任という形になる。力を入れてもらいにくい「科学・技術」方面の書籍を伝えていく上で、森山さんは最適な人選だった。彼が担当をおりたのはとても残念だが、仕方がない。私もコラムを書かせてもらうなど、新しい世界を彼に開いてもらったので、感謝してもしきれないくらいだ。森山さん、ほんとうにありがとうございました&お疲れさまでした。
で、後任のお話がくるまえに引き受けた仕事がやっとこさ一段落し、(途中に休暇をとっていたのも重なり)少し間があいてしまったが、昨日から実際の作業をほんの少しずつ始めている。
森山さんのようにパワフルに的確に進めることなど到底できないし、代わりが勤まるなどとは思っていないけれど、なるべく早く基本的な作業に慣れて、いろいろな科学書(といっても科学・技術・医学・建築と幅広い)を知ってもらえる場所に戻していきたいと思っています。ちょっとでも科学方面の話題を「本」という切り口で載せられる場所にできればいいなぁと思っているのですが…。
というわけで、ユーザーのみなさん、そして、もしここにいらっしゃっれば版元のみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。
……しかし、社内LAN環境が整った職場に出入りするのは初めてなので、かなり面食らっている。ちびちびでも成長したいものだ。新しく触り始めるマシンというだけですでにストレスであることに加えて、ネットワークコンピュータにどきどき。今日、つい、途中の作業を家に持って帰るために、思わず「フロッピーディスクありますか?」といってしまったもんなぁ。ポリポリ。これまで徹底的にスタンド・アローンでしか使ってこなかったのだということを身にしみて感じてしまう(家庭内LANは擬似的なものだったり、その疑似すらほとんど活用していなかったり…)。一人でやっているフリーだから仕方ないと自分で自分を慰めてみる。
あ、そうそう。これもタイミング悪く(良く?)、9月上旬からここを【アマゾンのアソシエイト】にしていたんだ。【bk1】の検索窓の横に【アマゾン】の窓もつけたら、やっぱまずいのかなぁ。ううむ。うううううむ。
■さむいっ
にしても、寒い。ここのところ忙しかったため、寒い寒いと思いつつ、衣替えができていないのだ。あり合わせを重ね着してごまかしている。
でも、今朝、同居人があまりにヘンな取り合わせで出ていこうとし、二人して困ってしまった。もともと洋服に無頓着な人ではあったが、どうも組み合わせられるものが少ない。衣替えしていないことが、貧弱なコーディネート状況の悪化に拍車をかけているようだ。
今度冬物を出したら、いくつかの組合せパターンを列挙しておこうか。そうすれば「なんだかヘンだ」状態で朝、悩まなくてすむような気がする。
……しかし、こういうことは今年に限ったことのはずではない。毎年、寒くなるのだ。去年まではどうやってクリアしていたのだろうか? 記憶がない。「なんだかヘン」になりようのない、もっと少ないアイテムの人だったのかもしれない。
■入手本
スーザン・グリーンフィールド著『脳の探究』無名舎
→英・BBCの番組を元にした脳本。もしかしてマジにオールカラー? サイズはA5だけど豪華な作りの本で、当然のことながら(物理的に)重い。
01/10/17/wed
■葉っぱ
ここのところ少しばかし忙しかったかも。たらたらしてはいたのだけど、気持ちが忙しかった。それがやっと一段落して、今日は夕方から久々に電車に乗った。……あれ? 先週の木曜日以来、私はせいぜいご近所をちょこっと歩いているくらいか? 家から一歩もでない日もあったような…。
今日は、銀座に出てくる妹に呼び出され、食事。たぶん年1〜2回は会うのだが、今日は今年2回目だった。親は…、あ、1回会った。横浜と東京という距離なのに、家族とはほとんど会わない我が家の面々なのだ。
だいいちねー、私が世界中でいちばん怖がっている相手はこの妹かもしれな…、以下自粛。
その妹とタイ料理を食べた。日比谷の有名店・チェンマイ。タイ料理はあまり得意ではないので、んー、まぁまぁなのかな。が、デザートにでた「タイ風ういろう」が面白かった。たしかに感触はういろう。ぶにぶにしている。フォークで切ってみると、薄いのが何枚も重なっているのがわかった。
でも私は大失態。「え〜、なんで茶色なんだろう?」と口にしたが、「ミドリ色だよ」と妹が吐き捨てるように言った。
目の前にあるタイ風ういろうは、まぎれもなくミドリ色だった。いや妹の前で緊張して、脳と口の連携がうまくいかなかったのだよ。私はえへらえへらするしかない。
妹が鼻先へ持っていって、一言。「あったかい」。逆襲。「匂いをかいであったかいっていうやつ」と二人で笑った。
そう。あったかいういろうなのだ。慌てて食べるとけっこう火傷しそう。中の方はホコホコしている感じ。ココナッツ風味で美味しい。
でもなんでミドリ色なんだろう? お店の人に「このミドリ色はなんですか?」と聞いてみた。その答えは…。
「葉っぱ」
う〜ん。二人でリフレインしてしまった。葉っぱ。
01/10/16/tue
■まだら
いまごろになって、すねの皮がむけ始めた。先月下旬、少し日に焼けてしまった部分だ。
でも、ずっと不思議だった。日焼け止めも塗っていないし、さしてデコボコもしていない足のすね。なのに、焼け方はうっすらと細かい「まだら」状態になっていた。日焼け直後ではなく一段落した時期だけど、皮がむける前。ふつうに考えれば焼けた部分だけは一様に焼けていてよさそうなのに…。
見た目は、ホコリっぽいグラウンドで運動会を終えた後の子供の足みたいだった。なんだかただ単に土埃で汚れているようだったのだ。
なんでこんな焼け方をするんだろうか。皮膚が完璧に平らなわけはもちろんないけれど、心の広いであろう太陽光線ならそんな細かいまだらを作るわけはなさそうに思える。すね毛だって、影ができるほど濃いわけじゃないし。不思議だ。
ネットで関連しそうなサイトを探してみたけど、うまく見つからなかった。あとはさっさと元の状態に足の色が復活してくれることを待つのみだ。
01/10/15/mon
■しかしまぁ
BS日テレで月曜深夜0時から、なんとまた「エヴァンゲリオン」をやっている。
なぜ「なんとまた」なのかというと、春頃からずっとやっているからだ。終わったら最初に戻ってまた放送しているらしい。エヴァは繰り返す。ネバーエンディング・エヴァ。
BSデジタルって、ほんとコンテンツないってことなのかな。
■社長の名前
『スピリッツ』を買ったら、ホイチョイの「気まぐれコンセプト」に「携帯電話の漢字変換機能の頭のいい悪い」比較があった。シャープ、サンヨー、パナソニック、ソニー、NECの新品携帯電話で大企業名を変換させている。
結果、優秀なのはシャープ。電通・博報堂・小学館・講談社・鹿島建設・雪印乳業・資生堂・出井・伊藤忠商事の全部をクリア。対してソニーは電通と「出井」しかまともに変換しなかった。自分ちの社長だけはちゃんと出すってか。
ふと思い出したのは、シャープのワープロ・書院の話。私は使っていないが、かなり賢い仮名漢字変換をしていたという。
その書院で「まつしたこうのすけ」と入力すると、ちゃんと「松下幸之助」と変換した。が、「はやかわとくじ」と入力しても「早川徳次」とは出なかったらしい。もちろん「早川徳次」はシャープの創業者の名前だ。他社の創業者は出すのに…。
そうそう。ホイチョイの変換比較も、一部ヌカっているような気がする。「鹿島建設」の読みを「カシマ」にしてるんじゃないかな。だって、シャープ以外の変換結果に「貸し間建設」があったもん。もちろん「大企業」鹿島建設の読み方は「カジマ」。
01/10/14/sun
■のど自慢
正午のニュースのあと、NHKをそのままつけていたら、「のど自慢」が始まった。オープニングで映る客席がなにやらデカイ。「ん?」と思って、よくみたら3階席まである。しかも満席。「東京・渋谷のNHKホールか? 今週は東京なのか?」と思ったら、アルゼンチンだった。
そういえば3年くらい前にはブラジルでの「のど自慢」があったことを思い出した。南米は日本から移住した人が多いエリアだ。
ブラジルのときは「のど自慢」の収録に絡めて、ブラジル日系人の生活や人生を追った「NHKスペシャル」まで作っていた。たまたま「のど自慢」も「Nスペ」も見たので、非常に印象深かった。まったく同じ顔つきの同年代や若い世代の出場者は、2世や3世。日本語が苦手な人も多い。
大学がICUだったので、日本人名でいかにも日本人という顔つきをしていても、日本語がおぼつかない学生がそれなりにいた。帰国子女の場合もあるし、国内のインターナショナルスクール出身のケースもあった。
そういう環境で学生時代を過ごしたので、「あたりまえのこと」とブラジルのど自慢をみていたかというと、そうでもなかった。自分でも意外だった。知識としては知っている「移民」のごくふつうの(といってもテレビカメラを通してではあるが)姿を、日本にある大学に集っている人々と同じように受けとめたわけではなかった。毎週ののど自慢と同じようなセットを背景に、これまた日本と同じ宮川アナの司会。でも、そこで歌う人々は日本ではない土地で生活している。
今回、アルゼンチンのど自慢もNスペがあるのだろうか? 少なくとも今晩は違った。
■読了
田中宇著『タリバン』光文社新書
→知人の田中宇さんが出したアフガニスタンの本。昨日、同居人が買ってきて、今日私が読んでしまった。緊急出版ともいえる状況だったのだろうと思う。
宇さんは2000年5月にアフガニスタンを回っていた。そのときの様子を描いた部分が、最近の状況を描いた部分にサンドイッチされているようだ。去年5月にアフガンへいった成果がこうやって形になってよかったと思う反面、タイトルが『タリバン』となっていることからもわかるように9月11日の米同時多発テロがあったからなのかと思うと、複雑な気分になる(なんであれ出ないより出たほうがいいとは思うのだけど、光文社に限らず版元の動きが透けて見えるだけに…)。内容的には「タリバン」そのものというよりも、去年の様子を元にた部分の一部である第3章のタイトル「サムライの国・アフガニスタン」が本書の核ではないだろうか。アメリカが喧伝する“文明社会の敵・タリバン”とは違った現地の様子が伝わってくる。
欧米のジャーナリストは「タリバン批判ありき」で取材に入ることが多いという。宇さんも違和感を感じるその態度は、かなりやっかいなことでもあろう。現在の日本で欧米の報道を中心にことの推移を見ている日本人とて、同じ枠組みにはまっているかもしれない。
サンドイッチでいうところのパン部分には、目下、最大の注目人物オサマ・ビンラディン氏の人物像も入っている。この人物像部分だけを特化し、より詳しくした宇さんの記事が『文藝春秋』11月号「ビン・ラディンは“好青年”だった」となる。ぜひこちらも読んでみてほしい。
それにしてもパン部分だけでなく、具の部分を読んでも、アフガンが「寄ってたかって」状態に置かれ続けてきたことがよくわかる。上側のパンには、タリバンが厳格な生活を強制しはじめた頃について、「今であればタリバンを『人権侵害だ』として強く非難して当然のアメリカ政府は、タリバンをほとんど何も批判しなかった」と書かれている。アメリカがどういうふうにアフガンと関わってきたかは、もっと知られていいのではないだろうか。読みながら「まるで米ソの代理戦争をさせられたベトナムと一緒じゃん」と思っていたら、下側のパンではちゃんとそう指摘されていた。
日本人のほとんどが注目してこなかったころからアフガンをフォローし、かつ欧米一辺倒ではない宇さんだからこその内容だと思う。それにしても【bk1】も【amazon】もまだ書誌情報も入っていないよ。明日かな。【jbook】と【esbooks】にはいちおう書誌情報が登録されていたけど「取り寄せ」とかになっている。
宇さんのサイトはこちら →【田中宇の世界はどう動いているか】
01/10/13/sat
■メッカ
昨日、【メッカのちょうど地球の裏側にある場所では、いったいどっちに向かってお祈りすればいいんだろうか】と、同居人の素朴な疑問を書いておいたら、早速、【極端大仏率!】のナカムラ先生が、情報をお寄せくださった。
ナカムラ先生も同居人と同様の疑問をもっていたそうである。そして疑問解消の実行に移った。イスラム教徒に直接確かめたのだ。その答えは、
「自分でこれぞという方向を定めてそちらに向かう」
だったとのこと。そりゃそうだ、である。
ナカムラ先生は、ラマダーン(断食月)についても同様に確かめていた。ラマダーンは日の出から日没までものを食べることができない。
ナカムラ先生「北欧なんかの白夜の国ではずぅっーと何にも食べられないのか?」
イスラム教徒「自分で午前6時から午後6時までとか決めればいい」
再び、そりゃそうだ。じゃなきゃ、餓死しちゃうもんね。ちゃんと確認行動をとるナカムラ先生はえらい。
ちなみに、質問に答えてくれたイスラム教徒はインドネシア人とのこと。イスラム教も地域や宗派でかなり違う。たしか東南アジアではわりと柔らかい教義のはず。ほかのエリアではどうなんでしょうね。
そうそう、イスラム圏といえばトルコ。…って、なんでやねん、と一人ツッコム。なんのことはない、エッセイ・マンガの『トルコで私も考えた』(高橋由佳利著、集英社全2巻)が、おもしろくてラマダーンの現実なんてのもわかるよ、というお話でした。「ラマダーンは貧乏だからやっている」みたいな偏見もあるみたいだけど、この本を読むと、まるで「肥えるため」にやっているかのようである(こういう偏った読み方もよくない)。ま、夜明け前と夜中にドカ食いしちゃうわけだから(日中食べられないと思うとどうしても食い溜めしたくなるよね)、必然的に、ラマダン毎に肉布団を羽織るはめになるわなぁ。
著者の高橋さんはトルコ人男性と結婚され、日本とトルコを行ったり来たりしている漫画家さん。ただトルコはイスラム圏の中でも限りなく西側に近い国と言われているので、その点だけはご注意を。
■理由
我が家が諦めてスカイパーフェクTVに入った理由。それは、CNNでもBBCでもない。CNNは見られなかったが、BBCは見ることができていたし、BSはふつうに入る。さして問題があるわけではなかった。……ある1点を除いては。
その1点とは「スタートレック」なのである。
同居人はトレッキー。……「恋人はサンタクロース」という歌があったが、「恋人はトレッキー♪」じゃ、字足らずか。少し、いやまったくオタッキーで、あまり嬉しくないぞ。真性トレッキーではないと本人はいうが、東京へ戻って一番の不満は、「フジテレビは『スタートレック』をやっていない!」だったのだ。
大阪のFNN系列局・関西テレビは火曜日の深夜に「スタートレック・ボイジャー」をやっていた。それに加えてなぜだか、金曜日の8時くらいから京都テレビあたりで「スタートレック・ネクストジェネレーションズ」をやっていた。古いやつである。あとどこだかで土曜日の夜中にもやっていた。
週3回のスタートレック。それに慣れていた身としては、皆無の東京生活がいたく堪えたらしい。
最近フジテレビでも木曜日あたりのド深夜に放送し始めたようだ。だが、それも不定期放送。しょっちゅうなくなる。しかもスタートが3時となると、さすがにビデオにとるしかない。それを後からみるのは悲しいみたいだ。
突然「ねぇ、クニエさん、CS入れようと思うんだけど…」と言われ、「んー、でも、BBCも見られるし、まー、私は別にいらないなぁ」と答えたら、「トレックがね…」。
そう「スーパーチャンネル」というCSのチャンネルでは、海外のテレビドラマ・シリーズをガンガン放送するのだ。そこにはもちろん「スタートレック」がある。
昨日アンテナを設置したスカパーの10月号ガイドで「スーパーチャンネル」のページを開くと、すでにオレンジ色のマーカーですべての「スタートレック」番組に印がつけてあった。しかも何本もあるトレック番組の流れがわかるように、矢印付きの書き込み。
もう何も言いません。ご満喫ください。
01/10/12/fri
■無意味
大阪にいたころ、部屋が東しか向いていなかった。CSでスカパーを入れたかったが、どうやってもスカパー(南南西の衛星)が入らなかったのだ。ディレク(南南東)の人となっていた。ディレクは放送大学もやっていないし、スカパーのほうがよかったのだが、諦めざるをえなかった。したら、ディレク倒産。スカパー受信できないし、何も見られなくなっていた。
春に東京へ戻ってきたとき、この問題を解消すべく基本的にCATVが入っている部屋を探した。ケーブルでインターネットということもあったからね。
が、いまいるエリアのCATVはとてつもなく完璧にタコだった。契約できるチャンネル数がまず少ない。安いのだとせいぜい無料放送のものと地域のチャンネル程度。もう少しいろいろ入るのでも、なんだかシケたものばっかりだった。つぶれたとはいえディレクで多チャンネルを知っている身としては、すごく不満だ。CNNやBBCなんてさらにオプションで1チャンネルずつ契約しないとならない。しかも1チャンネルずつでも追加して契約できるチャンネル数は5、6個しかない。信じられない!
それにインターネットがこのブロードバンド時代に逆行するかのように、高くて遅い。ちょうど引っ越し終えた頃、スピードアップのお知らせが入ったが、それでも遅い。もちろん高い。最悪。
結局、今日CS放送のアンテナをセットした。ディレク亡き今、当然スカパーである。なんのためにCATVの入っている部屋に入居したんだか。また部屋を這うケーブルが1本増えてしまったじゃないか。
■タイムリーか不謹慎な疑問
昨日、同居人が興味深い素朴な疑問を出したので、メモしておこう。
「ずっと疑問だったんだけど、イスラム教徒は聖地メッカに向かってお祈りするでしょ。で、メッカのちょうど地球の裏側にある場所では、いったいどっちに向かってお祈りすればいいんだろうか」
けっこうウケてしまった。地面に向かってお祈りする? それとも、どこを向いても同じだから、好きな方を向いてお祈りするのだろうか?
疑問はさらに膨らむ。「じゃあ、宇宙ステーションにいるイスラム教徒はどうやってメッカの方向にお祈りするのかなぁ?」。静止軌道ではないから、たしかに毎回、違う向きになるよね。専用の「メッカ方向指し器」なんてのが開発されるのかな。それにメッカは地表だけがメッカなのか? メッカの上空もメッカなのか? そんなことを考えてみた。
01/10/11/thu
■Q33NY
「いまさら」のことだと思っていたのに、まだ例の「Q33NY」バナシに振り回されている人に出会ったので驚いた。「同時多発テロ絡みの都市伝説」と認識していたことが、いまだ一部の人々にとっては「すごい情報」となっているようだ。
もちろんこの「Q33NY」という都市伝説は、マイクロソフトのワードにこの文字を入力して、あるフォントに変えると不穏な絵文字が現れるというもの。私が「いまさら」聞かされたパターンは、ちょっと確認をとりさえすればそれが何の意味もなさないとわかる「WTCに突っ込んだ飛行機の便名はQ33NY」というものだった。この亜種には「Q33NYはWTCの住所」というパターンもあるらしい。
もちろん激突・墜落した飛行機はどれもQ33NYではない。WTCの住所も関係ない。もし、最近この都市伝説を知って、惑わされてしまった人は以下のサイトあたりを一読してほしい。
AIC/植木不等式氏のコラム 【NYを跋扈するオカルト】
HotWired 【MSワードに反ユダヤ主義メッセージ?(上)】【MSワードに反ユダヤ主義メッセージ?(下)】
なんというのだろうか。こういう話を何かの根拠にしてものを言おうとするならば、やはり注意が必要だと思うのだ。何のためらいも、確認作業もなく、聞きかじった話をメーリング・リストで振りまくのは、非常に迷惑な行為だと私は思っている。
■とんかつ失敗
前に、御成門の「燕楽」というとんかつ屋さんに行き、とても美味しかった。今日は、燕楽に並んで美味しいと評判を呼ぶ、神田須田町の「勝漫」へトライした。
「ロース大好き」というUさん、「ヒレ大好き」というKさん、「基本ヒレ」の私、「とんかつに負けないといいなぁ」の同居人といういつものパターンでいざ出陣。が、出足が遅かった。満席。小さい店で、閉店時間も早い。待つということは許されていないようだ。「今日はもういっぱいですー。またいらしてください」というお店の人の言葉に、すごすごと引き下がった。私たちが甘かった。
とんかつ大失敗。勝漫に近場のU&Kさん、先遣隊としてぜひお願いします。
ちなみに「燕楽」「勝漫」の情報は、【東京旨ネット】あたりかな。
■入手本
読売新聞科学部著『日本の科学者最前線 発見と創造の証言』中公新書ラクレ
→祝・野依良治氏ノーベル化学賞受賞。もちろん野依氏も、去年受賞した白川氏も、そして今回、医学生理学賞でおしいといわれている増井禎夫氏も入っている。そのほかも豪華絢爛なメンツで54人。
佐渡竜己著『テロリズムとは何か』文春新書
→いくつかちゃんと本を読もうと決意したテーマの一つ。まずは新書あたりから。
01/10/10/wed
■特異日
ここ2日くらい、我が家では「特異日」という言葉が流行っている。
ローテーション勤務の同居人にフリーの私というわけで、あまり世間様の休日感覚がよくわからないため「あれ? 今日って祝日なの?」などということがしょっちゅうあるのだ。
一昨日の8日もそうだった。同居人に「今日って何の日?」と言われ、「んー、体育の日」と答えた。でも前は10月10日が体育の日だった。一昨年に法律が変わったのだ。
これって、なんだかなぁというのがちょっとあった。10月10日は「晴れの特異日で、だから東京オリンピックの開会式の日になったんだよ」というアレである。
なのに移動しちまったら、なんの意味があんだい! 3連休がそんなにいいのかい! ←フリーとローテーション勤務では何の恩恵もないため、八つ当たり気味。
でも、2001年10月10日、本日、朝からずっと雨降りである。
で、ちょっと調べてみた。まず特異日。平凡社の『世界大百科事典』の「特異日」をひくと、「1年のうち,ある特定の日に,その前後の日と比べ,偶然とは思われないほど多く,ある気象状態が現れる現象,あるいはその日のこと」とあり、これが定義といえそうだ。その例として、11月3日の文化の日があがっている。特異日自体は、1930年代にドイツ人のシュマウスという人がいろいろ研究したらしい。日本でも体験的に気づいてたみたいだけど、その名前は異常日。似ているような、似ていないような。
ただ、季節変化という点からも特異日はあるらしい。ある日を境に急に変わってしまったりすることがあって、「広い意味では,この種の急に季節の変わる日も特異日といえる」とのこと。10月10日は、こっちっぽい。「1964年,日本でオリンピックを開催したおり,長年の気象統計をもとにし,10月10日には秋の長雨が終わることが多いことから,この日を開会日とし,成功した」んだって。
以上、百科事典でしたが、ネットをみてみたらこんな感じ。
【10月10日は晴れの特異日?】では、前後の日の天気を調べながら、「10月10日は晴れの特異日ではないという結論」に達しているけど、【毎日新聞・お天気Q&A】では「10月10日も晴れの特異日のひとつで、東京オリンピックの開会式の日を決めるのに気象庁に検討依頼があり、10月10日に決まったようです」という。
う〜ん、「10月10日は晴れの特異日でね」と言っていいものかどうか悩んでいたら、外ではすごいカミナリの音が響き始めてしまった。来年は晴れるかな。
■パソコンを使うということ
昨日は、パソコンが苦手の友人Yちゃんがお昼を食べにきがてら、ノートパソコンを持ってきた。某エディターでテキスト保存ができないというのだ。「そんなことはない!」と力説したものの、電話ではなんともいえない。仕方がないので、「持っておいで」ということになった。で、その問題点は、私の目の前でやってみたら何も問題もなくテキスト形式で保存できた。当たり前ではあるが、本人はきつねにつままれたような顔をしていた。
コンピュータは私も苦手だが、苦手の種類が違うのだなと昨日は痛感した。とにもかくにも言葉を受け付けない。たしか4、5年前からDOSでノートパソコンを使っていたはずなのに、「ディレクトリ」も「FEP」も知らない。パソコンでどういうふうにデータを管理するかというときに、ある程度はディレクトリ構造というか最近ではフォルダがどういうふうになっているのか、ツリー状に意識できたほうがいいだろうと思っての説明だったのだが、通じない。しまいにこの期に及んで「ATOK」を「アトック」と読まれるとは……。
用語自体が重要なわけではない。ATOKの読み方なんて最初に読んだ人の気分かもしれない。だけど、経済記事を読むときにそこに出てくる「GDP」が何であるか知ろうとしないわけはないだろうに、なぜパソコンとなると言葉自体を知ろうとしないのだろう。なぜ、他の人が使っていて自分も使うはずのパソコン関係の言葉たちに鈍感でいられるのだろう。わからなくても省略形じゃないものはなんなのか、日本語に置き換えたらなんなのか、と考えてみることはないようだ。かなり不思議だ。
中でもいちばん驚いたのは、メールを個人的なものまでどんどん削除しているということ。ダイレクトメールなど要らないものは捨てればいいだろうけれど、なぜふつうの私信まで? 一定期間たったとはいえ(でもすごく短いみたいだ)、なぜ仕事関連のメールまで削除する?(しかもこれを「殺す」という。削除が殺すになるとは…)
理由は、「受信箱がいっぱいで何がなんだかわからなくなるから…」だ。振り分けろよ。整理しろよ。整理しないまでも、新しく届いたメールは受信日時かなにかでソートすればいいだろうに。これまでいつか役立つようにといろいろ書いて送っていたメールは、さっさと削除されていたのか……。
私なぞパソコン本体を乗り換えるときも過去8年分の仕事とメールは一緒に引っ越すものだから、こういうことがよくわからない。溜めておいても場所も取らないのに(いまじゃハードディスクも安いからね)。ため込んだ私信やメルマガ、MLは、私の大事な大事なデータベースだ。
そういえば、別のデバコちゃん(デジタル・デバイド女性版)は入っていたメーリング・リストをやめたといったな。その理由が「いちいちフォルダに移動させるのがめんどうで」って。どう考えてもコンピュータが愚直にできそうなことは「自動振り分け」くらいだろうに、それをわざわざ手作業でして、あげく「めんどうで」と仕事に関係する情報の場を諦めてしまうわけだった。
ちょっとショックが続いたのだが、先の友人は頑張ろうとしている。ので、かなり厳しいことをビシビシいわせてもらいながら付き合っている。鉄は熱いうちに打つぞ。耐えてね、Yちゃん。
■ノーベル賞化学賞
あらら、去年の白川英樹氏に続いてのノーベル化学賞受賞ですか。野依良治氏は、しょっちゅう名前の挙がる人だった。なんだかついに、という感じがしてしまう。とりあえず、 asahi.comの【ノーベル化学賞に野依良治・名大教授 分子触媒の研究で】かな。リンクが明日まで生きているのか、よくわかんないけど。
とりあえずはめでたいのだろうけど、2年連続だとちょっと有り難みが目減りする気がするのは私だけ? でも、そんなことを言っていたら、しょっちゅう受賞者が出てくるアメリカなんかではさして注目されないもん、ということになってしまいそうだ。今のアメリカでもノーベル賞はやっぱり価値が高いみたいだから、たくさんもらっていてもそんなに目減りしないのかな。
ちなみに野依氏のお仕事は、触媒に関係するお話。なんかとってもお利口な触媒みたい。←こーゆー書き方はよくないかも。
それと、今年は物理学賞の受賞者がやたらと若かった。たしか39歳と43歳ともうちょい上の人というくらい。個人的にはこっちのほうが驚いたなぁ。
最近、ノーベル賞受賞者は高齢者が多くなっていて、前に「娘に科学分野のノーベル賞を取らせたい」という軽口に対し、「2つ才能が必要ね。1つはその分野の傑出した才能。もう1つは長生きする才能。こっちのほうが重要かもよ、最近は」なんて答えてみたりしていたのだ。
なのに40歳…。わっかいじゃん。
01/10/08/mon
■始まった
昨晩、TBSで「CBSドキュメント」を見ていたら、ニュース速報が流れた。アメリカのアフガニスタンへの攻撃が始まったとのこと。
見ていたCBSドキュメントは緊急特集でアメリカ同時多発テロの内容だった。どうやら「60ミニッツ」ではなく、別の枠組みのものだったようだ。最初はダン・ラザーがメイン。クリントン政権時の空爆を批判していた。
次は空港セキュリティの甘さについてのリポート。空港でチェックにあたる人たちの時給は7ドルで、それはファーストフードのアルバイトと同程度。アメリカに来て1年未満の人々も多いらしい。ちゃんとセキュリティ・チェックが行われているかどうかの査察は、事前にいつ、どういうものでチェックするかが担当者に伝えられていて、査察の意味をなしていないと関係者は指摘していた。「空のカバンにダイナマイトだけ入れて乗り込もうとするテロリストがいますか?」という告発は興味深かった。
余談になるが、先日行ったハワイのコナ空港のチェックも決して厳しくはなかった。全部開けられるかと思っていたのだが、そんなこともない。デイブ・バリーの『ビッグ・トラブル』(新潮文庫)にあるとおり、ノートパソコンに興味を示した程度。私はフタを開けさせられただけで立ち上げずにすんだが、となりのコンパック持ちの白人にいちゃんは立ち上げさせられていた(このセキュリティ・チェック時間短縮のためにも、ウィンドウズは素早く立ち上がるOSとなるべきだ……、ってそれは日本語版だけの問題なのかな)。
そしてCBSドキュメントの最後は世界貿易センタービルのガレキ処理をしている人々の話。しかし、番組の途中で画面が切り替わり、「報道特別番組」になった。
聞くところによると7日は攻撃開始日の候補に挙がっていたらしいが、そのためか、フジテレビなどは日曜深夜にもかかわらず安藤優子と木村太郎が並んでいる。各局、巡航ミサイルが飛んでいく画面を流す。また当面は縁の2辺が青くなる枠付き画面になる。
湾岸戦争のときもそうだったが、空爆の映像は戦争をイメージしにくい。報道写真展などでみるベトナム戦争やボスニア紛争の様子とは大きく違う、ということだけがわかる。ミサイルや爆撃機が飛んでいる空ではなく、飛んでいった先こそが戦場のはずだが、飛んでいった先については映像としてなかなか伝わってこないからだろうか。
■鳥頭
鳥頭と言ってもサイバラ画伯の話ではない。頭をふりふり歩く【ハトの話】の続きだ。
ハワイ島のヒルトンで、クチバシと足が黄色い鳥を見かけた。サイズはヒヨドリより少し大きいくらい。なんとなくヤンバルクイナっぽい姿のような気がする(クイナをよく知っているわけではないので、あてずっぽう)。
この「クイナもどき」(勝手に命名)が面白かった。ふだんはトコトコと足を交互に出して歩く。もちろん頭を前後に振っている。しかし交互に出して歩くだけではない。足を揃えてピョコピョコとスズメと同じようにも跳ねるのだ。しかもこれが早い。スズメが立ち幅跳びだとしたら、クイナもどきは走り幅跳びっていうくらい。速いし、一跳びの距離も長い。ちなみにこのとき頭を振る必要はない。両方の移動方法をとる鳥を実際に目にしたのは初めてだったので驚いた。ハシボソカラスかハシブトカラスのどちらかは両方で歩けると何かで読んだような気がするが、実際に見たことはなかった。
さらに! このクイナもどき、走りやがった。両足揃えでピョコピョコではなく、交互に足を出して走るのだ。これまた速い。
そして! 走っているとき、クイナもどきの頭は「ふりふり」していなかった。
歩くときと違い、頭はそのまま。前に同居人が【つんのめるように素早く歩いたハトは頭を振っていなかった】というような観察をしてくれたが、それに通じるのかもしれない。
■サングラス
クイナもどきの話を書いたら、鳥に関連してある体験を思い出した。
朝、ヒルトンのホテル内を散歩していたら、スズメくらいの大きさの鳥を2種類見つけた。でもスズメではない。片方は文鳥みたいな感じ。頭のてっぺんの色が違う。もう片方は……。文鳥みたいなのとは違うけれども、なんとも判断できなかった。
ハッと気づいた。そのとき私は濃いサングラスをかけていた。なんとなく文鳥っぽいのは黒・白・グレー・赤と羽の色の感じがわかるのだが、もう1種類は淡い色をしてそうだという以上のことがわからない。
スズメを同じ状態でみたときは、サングラス越しにちゃんと茶色いスズメと認識した。無意識のうちに補正していたのだろう。でも、このときはまったく知らない鳥だったため、サングラスをかけていると、外見から色を補正できなかったようなのだ。どう補正していいかわからず一瞬脳内の回線が混線した気分だった。
次に私が取った行動は、もちろんサングラスをはずすこと。その鳥は黄色かった。
教訓。色眼鏡をはずして物事はみよう。……なんか無理矢理こじつけてるような。
01/10/07/sun
■のど
昨日に引き続き、風邪気味。でも、頭がなんとなく痛い以外はくしゃみもそれほどひどくない。ただ少しだけのどの痛みが感じられるようになったか。夕方、少しくしゃみがでたので、また「ジェルサイナス」を飲んで、ぽわんぽわん。
■読了
大塚ひかり『太古、ブスは女神だった』マガジンハウス
→1ヶ月以上前に読み始めて半分くらいのところで止まっていた。前半と後半で少し印象が違う気がする。前半はわりと肩に力が入った印象なのだが、後半は従来の大塚節というかポイントを押さえた一言ツッコミがあちこちにある。特にブスとオマンコの類似性に言及していくあたりは真骨頂。「醜い女と女陰を、その社会がどのようにとらえ、名づけているのかといった問題は、ともに女性差別に関わるもので、根っこは一つであると思う」(p181)と記す周辺は、「これよ、これ。大塚さんの著作の楽しみは」という感じである。
毎度のことながら、徹底した資料収集にも脱帽。本文ではさらっと触れているだけであっても、ほんとうに手広くあたっていることがにじみでて、著作の信頼感を増している。そして、彼女の書くものは、「物事の多角性・多面性」へ(私にとっては)意外なところから導いてくれるものなのだ。
01/10/06/sat
■くしゃみ
起きてからなんとなく体調が悪かったが、午後になって、くしゃみが止まらなくなり始める。くっしゃん、くっしゃん、くっしゃん、とやっているうちに、鼻水もズルズル。この段階ではサラサラな鼻水なので、気を抜くとポタッとたれる。ティッシュボックスと一緒に移動じゃ。
このくしゃみのきっかけは、どうも「目がかゆかったこと」に思える(今朝)。目がかゆいのがうまくおさまらないと、鼻がクシュクシュしはじめる。そしてくしゃみ連発。なんとなく漏れ伝え聞く花粉症の症状みたいな気もするが、なんかのアレルギーなんだろうか。でも、微熱もあるし、カゼか? しかしノドは気になるほどのことはない。
厳しいカゼないしインフルエンザの場合は、私はたいていノドからやってくる。ノド始発じゃなければそれほど悪化しないことが多いので、市販の薬を飲んで鼻水をポタポタ垂らさないようにすることにした。サトウ製薬の「ストナ・ジェルサイナス」。ここ5、6年は、鼻カゼはもうこれ1本。飲んで2時間位するとピタッと鼻がとまる。怖いくらい。しかし同時に猛烈に眠くなる。寝たほうが当然いいので、ちょうどいい導民剤も兼ねてくれる。ただ、少しベタつく汗をかきやすいのが難。仕事中に飲むと、ボォッとした感じであまり細かいところを気にせず仕事が進んだりして、これはこれでちょっと楽しい。
少し寝たら、今は薬がバッチリ効いている。ぽわんぽわん。
01/10/04/thu
■乾燥
今日、ライフサイエンス出版の『薬の知識』10月号が届いた。特集は「海外旅行の医学的知識(1)」。ここに面白いことがあった。
「旅客機内の環境は地上とどう違うのか」という項目があるのだが、機内の環境が「地上とはかなり異なっていることにはあまり配慮されていない」ということだった。先週ハワイへの往復で飛行機に乗って、そのことを痛感したばかり。なかでも乾燥がいちばんやっかいだった。
機内の乾燥について調べたデータがあるそうだ。「同じ型の航空機で、乗客の人数を変えて(265人対105人)湿度を調べたところ、265人のほうで湿度が有意に高かった。すなわち、空席の多い飛行機より、満員の飛行機のほうが湿度が高い」のだ。理由はもちろん人間が水のかたまりのような存在だから。人間からの“不感蒸泄”と、人間が欲する飲み物からの蒸発こそ、機内の湿度を支える重大要因となる。
行きも帰りも、ガッラガラだった。まさに100人くらい。私より長時間フライト経験の多い同居人もいつにない乾燥に閉口していた。その理由は少ない乗客にあった。
ちなみに機内の湿度は10〜20%だそうである。人間が快適な湿度は50〜60%。つらいはずだわ。もし加湿器を導入してくれる航空会社があれば、私はそこを必ず使うんだけどな。
01/10/03/wed
■熊野
NHKの朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」が先週で終わった。沖縄の風景を見られるのはいいのだが、いかんせんあの脚本が苦手。イライラしてしまった。共感もできなければ、興味深くも思えない。「くっだらん」というのがいちばんに出てくる感想だった。なんであれで視聴率がよかったのじゃ。
今週から新しいシリーズ「ほんまもん」になったらしい。なんの事前情報もなく、ニュースをつけているとついでに流れてくるというだけの視聴者である私は、いまのところの舞台が和歌山だというのを知って驚いた。和歌山の中でも新宮や本宮という、はしっこのエリア。見覚えのある景色が画面に映る。
だいぶ前になるが、1週間ほどウロウロしたエリアなのだ。新宮−湯の峰−十津川2泊−瀞峡−新宮と6泊。中上健次のいうところの「路地」を新宮で見たり、大日山を歩いて越えて熊野本宮大社に行ってみたりしていた。
熊野の方は神さんがいっぱいいる感じ。ここは廃仏毀釈(だっけ?)が徹底し、お寺さんが1つもない珍しい地域なのだ。お昼を食べていたスナックへ、仏教大学だかどこかの学生さんが聞き取り調査にきて、マスターが「ここらへんに寺はないよ」と誇らしげに説明する場面に出くわした。同じ日本でもいろいろあるんだなぁと、興味深かった。
[10/4追記:また間違えちったい。↑の廃仏毀釈があったのは十津川村でした。熊野ではありません。熊野には寺、あります。十津川村は奈良県。熊野は和歌山県。ついでにちょっと先は三重県。瀞峡はこの3県の境目に位置する。]
でもねぇ。それこそ瀞峡なんて、東京から行こうと思うとすっごい時間がかかる。成田−ハワイ間と同じくらい。瀞峡よりは近い湯の峰はもう一度行きたいのだけど、不精者にはあまりに遠いのだよ。あの辺へいくなら、ぜひ、玉置神社へ。樹齢何千年だかの杉の木もある。
■買っていない
本を買っていないことに気づいた。あれれ? どうしたんだろう。とりあえず買っておく人のはずなのに。読んでない本は家にいっぱいあるから読む本には困らないのではあるけれど…。
9月は「読書の秋」じゃ全然なかったなぁ。常夏の島にいっていたからということにしておこう。
01/10/02/tue
■リンク・メモ
何かの郵便物に入っていたチラシから。ニフティの自然環境フォーラムとJCA-NETによる共同の情報サービス。
自然保護運動情報のインターネット広報サイト【prweb】
http://www.nifty.ne.jp/forum/fenv/prweb/index/
■高村薫×佐藤勝彦
『日経サイエンス』11月号は創刊30周年記念特大号で、作家・高村薫氏と宇宙物理学者・佐藤勝彦氏の対談(前編)が掲載されいてる。
高村薫が量子論に興味をもち、わからないながらも少しずつ物理関連の記事を読み続けてきたというのは、科学メディアの送り手を経験した人間ならだれもがとても嬉しく感じるだろう。もちろん真摯に受けとめなければいけない批判も同時にあるけれど。
今号の最後に「科学のストーリーを楽しむ」という見出しが付けられている。「ストーリー」という言葉は私にとっても、大事な言葉だ。この仕事をするようになって心に留めざるをえない言葉となったきっかけを思い出した。
日本評論社に入社し、『数学セミナー』の編集者として仕事をしていた頃、なかなか執筆してもらえない数学者に執筆していただく機会を得た。重要人物である。しかし雑誌向けの原稿を書くことがきわめて苦手らしく、もともと短かかった予定分量の4分の1程度になってしまった。
それ自体は仕方がない。でも、せっかくのこの原稿を著者にもマイナスにならず、また読者によりいい形で届けたい。周囲の研究者の助けを借りながら、当時の私の力量では限界までひっぱっろうとした。ややこしいどころではない現代数学の最先端の話を、必死になってねばって解説してもらい、必要な補足を試みたのだ。その場で私が何度も口にしたのは、「それは人の名前ですか?」という間抜けな質問だったと思う。人名かどうかの確認は、出てくるテクニカル・タームがどういうものなのかを素人が知るほとんど唯一の手がかりだったのだ。
でも、「だれ」が作った言葉なのか、「なんでそう呼ばれるのか」というのは、そのころはあまり意識していなかったが、そこで語られている話がどういうことなのかを知るための第一歩でもあると思う。
そういう質問を繰り返していた私に、「出版社の方は、みなさん、ストーリーをほしがりますよね」とそのとき協力してくださった研究者にいわれた。駆け出しの編集者である私にとって、数学の話とストーリーというのがその頃はうまく結びつかなかったところがあった。言われてみて、そうなのかなぁと思った。
でも、それ以降、私の中に「ストーリー」という言葉が根付いている。最初にいわれたときは「ストーリーを要求されても、そんな単純な話とは限らない」といったニュアンスもあったのかもしれない。
ただ、10年以上前に私の中に入りこんだ「ストーリー」という言葉のもつ意味は、その後、だいぶ変わってきたように思う。昔は、人間模様というか感動的なドラマというか、そんなものに近い、いわば大文字の「ストーリー」が真ん中にドンとあった。それが、少しずつ、ほんの小さな背景や理由まで含めて「ストーリー」と考えられるようになってきた。「もしこうだったらうまくいって嬉しい」とか「ここで困っていた」とか「こんなものがほしい」とか、そういう小さなストーリーのかけらたちが2、3行でも書かれていると、読みやすさ、伝わりやすさがまったく違うのだと思う。
高村薫がいう「ほんの少しでいいのです。なぜ必要かという発想です」は、私も含めてほんとうに大事にしたいことだ。
01/10/01/mon
■10月
10月になってしまい、今年もあと3ヶ月かぁと思うと少し悲しい。悲しんでいても時間はすぎるので、地道に生きましょ。
■スピリッツ
海外旅行に行くと面倒なことは、週刊誌を買いそびれることだ。今回、『スピリッツ』が1週抜けてしまった。今日、最新号を読みながら、「太陽君は負けたのか」と想像している。
そうだ。出掛ける前に読んだ『モーニング』で、小池田マヤの連載が始まっていた。同じ講談社の『KISS』で「すぎな…レボリューション」がスタートしたとき「これは…!」と密かに愛好していたのだが、今度は『モーニング』かぁ。
■基礎読力
「基礎体力」という言葉があるんだから、「基礎読力」という言葉があってもいいんじゃないかという気がする今日この頃。「リテラシー」だとたしか「読み書き能力」になるけど、書くまえにまず「読む力」が膨大にいるんじゃないかな。
その「基礎読力」はどうやったら養えるのか? 「習うより慣れろ」でひたすら読むことも大事なんだろうけど、下手に慣れるとほんとに怖い。イメージでだけしか文字を追わない読み方は「基礎読力」ではないと思う。
だって、百科事典の記述で「正確な言葉は忘れたけど、とにかくマイナスのイメージの言葉で説明されていたの!」と言われた日にゃ、どう答えていいか途方に暮れてしまう。ちなみに引いた項目は「国家」だった。“マイナスのイメージ”の言葉はたぶん「排他的」だ。
先月のてくてく→2001年9月