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2002年5月のてくてく
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02/05/31/fri
■お知らせ
bk1【追悼・スティーブン・ジェイ・グールド】に、渡辺政隆さんの追悼文が追加されました。グールドの翻訳を多数手がけた彼ならではのものです。これまで取り寄せだった著作もかなり在庫されています。ぜひ今一度、ご覧になってください。
■読了
リチャード・E.シトーウィック著『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』草思社
→並行して何冊も読んでいるので、どれもなかなか終わらない。そんな中で読むつもりのなかった最後の部分を除いて読み終わった貴重な本。
いくつも興味深い記述があった。共感覚の謎に迫ろうとしている部分の後半、脳内の血流量が予想に反して少ないというのはたしかに驚いた。著者曰く「ある刺激によって局所の代謝のバランスがかわる。この説明は片頭痛というよくある病態に似ている」。私も目のチラチラする偏頭痛持ちだが、偏頭痛は血管の肥大が原因とよくいわれる。にもかかわらず血が少ない? へー。あと【数字に色がある過去をもつ身(04/26のてくてく)】としては、色について音と味が繋がった瞬間を思い出したのだが、それはまた今度。じつはいちばんドッキリしたのは「地球上の54億人」という表記だったりする。原著が93年だから当然だが、現在は60億人超。やっぱり人口爆発だ。全然関係なくてごめんなさい。
02/05/30/thu
■追悼会
本日は私が知っているだけで3カ所、S・J・グールドの追悼会が行われた。1件は銀座のヨーロッパ家庭料理「じゃるだん」に集まった、Uさん、Sさん、Wさんこと渡辺政隆さんの我々4人。もう1カ所は本郷三丁目のT大系の方々。そして最後はニューヨーク大学のメモリアル・サービス。お膝元と一緒くたにしてごめんなさい。
しかも銀座組は本三組と合流してしまった。S先生、Y先生、O先生、E先生にグールドの若い頃のお話を聞けた。グールドがメジャーになる前からの30年に及ぶ付き合いというのはやっぱりすごいなぁ。みな、大きな喪失感を改めて味わっている。
02/05/29/wed
■爪
休みの同居人が二度帰ってきた。ほんとうは大阪の実家へ行くはずが、家を出て3分後に「足が痛い」と帰宅。左足の薬指の爪が剥がれそうだという。よくよく見てみると、剥がれかかっているわけではないが、「匙爪」ぽい状態。とりあえず指先用の絆創膏を貼って、再度旅立ってみる。が、今度は20秒後に「やっぱりダメ」と再び帰ってきた。
少し調べてみると、ほんとうの「匙爪」は鉄分欠乏性貧血が原因になりやすいらしい。繁殖可能中の女性以外でコレを疑うのは、かなり心配。どっかしらに出血が起こっている可能性が高いからだ。「痔?」「ううん」「血便ないし真っ黒いうんち?」「いや」「胃が痛かったりしたことは?」「特には」。でもそういう状況では、1本だけが匙爪ってことはないのだろうか? 落ち着いたのは「靴かなぁ」。とりあえず靴を変えて様子をみることにした。でも心配なので、鉄分のサプリを買ってみたり。医者に行けばいいんだろうけど、なかなかね。
02/05/28/tue
■二度目のおつとめ
今度は【追悼・スティーブン・ジェイ・グールド】の関連で、二連チャンのbk1。京都のカメラマン中山和弘氏にお願いして、グールドの写真を送ってもらった。1997年から、グールドにはヒゲがないのだ。2000年もなかったという。最近はどうだったのだろうか。
■入手本
フランセス・アッシュクロフト著『人間はどこまで耐えられるのか』河出書房新社
→某M中氏曰く「筋肉番付みたいな本」。第1章は「どのくらい高く登れるのか」。以下、深さ、暑さ、寒さ、速さの限界が続き、宇宙で生きていけるか、そして好熱性の微生物など「生命はどこまで耐えられるのか」で締める。たしかに筋肉番付かも。読みながら頸椎骨折しないように気を付けよう。課題図書。
マイケル・マリスコ写真、ジュディス・ヒューズ文『ベティとリタ パリへ行く』中央公論新社
→友人が訳した2匹のラブラドール・レトリバーの写真集。全編モノクロの写真には、黒と白のラブラドール・ペアが必ず写っている。絶妙なタイミングの写真も何点か。いただきました。ありがとうございます。
02/05/27/mon
■おつとめ
【bk1サイエンスサイト】で取り上げてもらう本をプッシュするため、週に1度のオツトメで出かける。
02/05/26/sun
■強要プレゼント
「ねー、まだホワイト・デーのプレゼントもらっていなかったよね」と言ってみた。ほしいものができたからだ。その結果が今日、届いた。
岩波書店『ファインマン物理学』全五巻
物理の教科書らしきものが我が家には何もないので何かほしいとは思っていたのだけど、届いた段ボールを見てちょっと後悔している。手袋その他のバレンタイン・プレゼントがこんなに成長して帰ってきたので嬉しいことは嬉しいよ、もちろん。
ええと。たぶんライバルは流奈くんかな。とりあえず、(私は写真記憶はできないので)めくるだけでよければ……。
02/05/25/sat
■追悼記事
朝日新聞夕刊のウィークエンド科学欄に、渡辺政隆さんによるグールド追悼記事が掲載されていた。この2ヵ月で急激に悪化したのか……。bk1【追悼・スティーブン・ジェイ・グールド】で、代表作として『ワンダフル・ライフ』を挙げておいたが、渡辺さんはこの本の訳者でもある。bk1でレビュアーをお願いしている三中信宏さんも昔、エッセイを渡辺さんと一緒に訳している。現在、朝日の書評委員を務めている新妻昭夫先生も訳者。グールドは著作も多いので、訳者も多いと改めて感じた。
■ネットで調べもの
調べもののためにネットに張り付いていた。グーグルで検索した結果は約7500件。絞り込みもしにくく、最初から見ていってみたところ、約300で果てた。今度は後ろから見てみようかな。
02/05/24/fri
■監察医制度と異状死体
天気も悪くなかったので、「日本学術会議 救急・麻酔・集中治療医学研連 公開シンポジウム『医療事故の問題点』」を覗きに、千駄木の日本医科大学橘桜ホールへ行った。演者は3人。
「救急医療の立場から」 東京医科大学救急医学講座教授 行岡哲男氏
「法医学の立場から」 日本大学医学部法医学講座教授 押田茂実氏
「検察の立場から」 前福岡高等検察庁検事長 飯田英男氏
関心を持たれているテーマだろうに、参加者は少なかった。広報に問題があるのだろうか。それとも平日の午後だから?
昨今は、各病院とも医療事故対策として安全会議などを設けているところが多い。ただ、それがどれだけ機能しているかが問題だ。行岡氏が現場の様子を踏まえ、ハイデッガーをひきながら「まっとうな医療ではいろいろな作業が『透明化』している」とし、「チェックリストやマニュアル自体も『透明化』するもの」というのは納得する。スムーズな作業はよりより医療サービスに欠かせないものだろう。とくに救急センターや外科では、ほんとうに限られた時間で対応することが求められるため、スキルの部分がより多く問われる。自動車の運転と同じで、初心者はいろいろなことを一つひとつ確認しないと運転できないが、慣れてくれば無意識のうちに確認をするようになる。
だから確認がおろそかになっていいというわけではもちろんない。その現実を踏まえてどういう対策をとるかが、「事故防止」を目的とした「安全会議」などに求められるのは当然だ。そして、何か違和感があったときに「ん?」と、違和感を「ブレークダウン」できるかどうかが大事なことになる。行岡氏はそこで「各現場に適性かつ必要なブレークダウンが起こる場としての安全会議」を目指すべきだという。彼自身の職場の安全会議は1年経ってやっとそういう方向に切り替えられたところとのことだった。
正直なところ、「え?なんか当たり前のことすぎない?」という気がする。だが、当たり前のことをちゃんと(しかもずっと)やるのはかなり難しいのも事実。行岡氏の職場では、輸液の量は手書きだという。コンピュータ入力が一般化したいま、これは彼の病院でも珍しいケースらしい。職場によってちがう状況を抱えていることをきちんと踏まえて、最近なんにでも出てくる流行の「ガイドライン」を運用できないといけない。
……何度書いても「当たり前」のことに思える。医療に限った話ではないということもわかっているけれど。
残り二つは法律家としての立場からの話だった。医師法21条・届出義務が揺れている。去年4月には外科関連11学会が「診療に関連した『異状死』について」(『日本外科学会雑誌』102(7)に収録)という共同声明を出したほどだ。「異状」であって「異常」ではないことに留意を。「異状死体」の定義がはっきりしないことも食い違いが起こっている理由に思えた。
ただ、日大法医学教室の押田氏は講演のなかで、「罪刑法定主義」「起訴便宜主義」ということまで簡単にではあるけれど触れていたのが印象的だった。
法治国家であるけれど、法律の枠組みについて法律関係者以外の知識が少なすぎると思う。医師国家試験を通ったお医者さんでさえ、ほとんどが無知に等しいレベルじゃないだろうか(管理職になる年齢になると多少は変わってくるけれど)。
……20代後半になるまでなんとなーくでしか理解していなかった私もあまり人のことを言えません。だけど少なくない人が「裁判」といえば民事も刑事も一緒くた。何%の人が裁判を実際に見たことがあるのだろう。やっぱり法律の基本的なことは中学卒業まで、ある程度現実的なことを高校卒業までにたたき込んでほしい。
医療の話に戻ると、「監察医制度」について触れたところが個人的にも興味深かった。変死体などを解剖するというイメージで知られる監察医制度が、日本全国どこでもあるものではないことは知っていた。いわゆる都会にしかない。具体的には東京・横浜・名古屋・大阪・神戸の5都市。が、その都市によって内実がちがうということは知らなかった。東京都内(23区)は制度を徹底して導入し、常勤10人・非常勤10人の監察医が東京観察医務院にいる。年間約9500〜10000体が東京23区内から報告され、うち行政解剖は2500体に上るという。ただし三鷹や調布など23区外に関しては、同じ東京でもこの下ではない。
大阪や神戸もかなりきちんとした制度にしているが、名古屋は警察が協力、横浜は遺族が解剖費用を負担しなければいけないなど、監察医制度の体をなしていないということだった。
ちなみにこの監察医制度ができたのは昭和24年。つまり占領時下だった。「上野公園で餓死者が続出」という報道を見たマッカーサーは「これは本当か、本当なら占領政策が間違っているので死因を調べろ」と指示をしたが、当時の日本には行政解剖のような仕組みが一切なかったため、調べられなかった。そこで世界的にも優れていると言われていたニューヨークの監察医制度を導入したのだが、法律文言があいまいだったこともあって京都と福岡は結局取り入れなかったのだという。導入したのが先の5都市だ。
この5都市以外の行政解剖はどうなっているか。各地の大学病院の法医学教室などの協力を仰いでいるのだという。かなりお寒い状態なのは事実。地方で「異状死体」となる事態は極力避けたいものだ。何かに付け「第三者機関が必要」という話が出てくるが、監察医制度すら組み込めていないというのは情けないのではないだろうか。
疲れてきたのでいろいろ省略して、最後にデータのメモを。飯田氏の調べたところでは「医療過誤事件の起訴件数は戦後を通して137件」。これはもちろん刑事事件として起訴されたもの。不起訴、起訴猶予はその数倍から十数倍くらい。
対して、民事で提訴された件数は「平成10年1年間で627件」とのことだった。
02/05/23/thu
■その後
bk1【追悼・スティーブン・ジェイ・グールド】では、少しずつ棚の入れ替えを続けています。来週には『人間の測りまちがい 差別の科学史 増補改訂版』(河出書房新社)など何冊か入庫される予定もあり、入庫され次第追加されます。ほかにどういう情報があったら有用かしら。単著以外の序文や共著なども紹介できるといいかな。これは記憶と手当たり次第の作業になりそう。いちおうの著作一覧は特集のいちばん下にある「ほかの著作はこちら」というところをご覧ください。
昨日驚いたのは、やはり【スラッシュドット】からリンクを張ってもらえたことだ。この【進化生物学者スティーブン・ジェイ・グールド死去】に加え、ふだんほとんど反響のない科学書関連だが追悼特集には「有意義なページ」とメールもいただいた。両方とも、とてもありがたい。バタバタしたけれど追悼特集を作ってもらってよかったと思えた。
■同類
世の中、サッカーだらけである。私はほとんど興味がない。だが、ニュースをつけていると必然的にいろんな情報が飛び込んでくる。ここのところサッカー・ニュースの重大関心事になっていたのが「カメルーンはいつ来るのか?」だった。
キャンプ地である中津江村は右往左往している。可哀想だなぁと思う。こんな形で注目されても、どう対応したらいいかなんてこれまで経験したことないだろうし。取材を受けることもほとんど未経験だったろうし。
でも。
この中津江村のニュースを聞くたびに私はムズムズしていた。
今晩、そのムズムズを同居人が先に掻いてくれた。
「ねぇねぇ。ボクね、中津江村って聞くたびに、ツェツェバエを思い出すんだ」
それ、私もです!! ムズムズしていたけど、恥ずかしくて言えなかった。同居人も今晩までムズムズし続けていたらしい。いやー、似たものナントカってことかいな。あー、すっきり。
これだけじゃなんなんで、『世界大百科事典』をひいてみた。ツェツェバエって英語でも「tsetse fly」だから、単にカタカナに置き換えただけみたい。で、この「tsetse」は、「ボツワナのセチュアナ語から由来したもので〈ウシを倒してしまうハエ〉の意」なんだって。強ぇ〜、ツェツェ。……たいへん失礼しました。
生息地は、サハラ砂漠以南のアフリカ大陸で、なんと23種類もいるんだって。血を吸いやすい口の形で、そうやってご飯を食べながら、睡眠病(これは人)とかナガナ病(これは牛)をうつすらしい。以上、ツェツェバエ一口メモでした。
02/05/22/wed
■入手本
森川幸人著『テロメアの帽子』新紀元社
→この本、bk1では「大人向け絵本」に分類されてます。著者はもちろん『マッチ箱の脳』の人。「ウゴウゴルーガ」のCGアーティストといったほうがいいのかな。到着、即読了しちゃった。あれこれ想像するのが楽しい。
藤原正彦著『天才の栄光と挫折』新潮社
→いまさらなんですが、どうやら私は藤原さんが好きらしい。昔『数セミ』で書いてもらえたときは、毎度「ほーぅ」と喜んでいた気がする。
02/05/21/tue
■グールド逝く
進化論のMLで科学エッセイの名手である生物学者のスティーブン・ジェイ・グールドが亡くなったと知った。一度だけお会いしたことがある。1997年、朝日新聞が主催した京都でのシンポジウムの講演者として招かれたとき、インタビュー取材をお願いした。グールドの著作を数多く訳している渡辺政隆さんにインタビューをお願いし、私は編集者としてちょこまかと動いていた。グールドが飲み物に「コーラ」と言ったのがなぜか意外だった。
その日、関西空港に降り立ったグールドの顔にはヒゲがなかった。トレードマークとも言えるヒゲがないのに渡辺さんともども気づくまで少し時間がかかった。「ヒゲがないほうが若く見えるといわれてね」との由。傍らに寄り添う夫人の意見を採用してヒゲを剃ったようだった。少し前に再婚した夫人はグールドにとって「女神」とも言える存在だったらしい。写真嫌いで知られるグールドの撮影に、夫人の存在は心底ありがたかった。
インタビュー中、親交のあったカール・セーガンの著作を原作とした日本で公開中の映画『コンタクト』に触れ、「原作と違って主人公がワンナイト・スタンドみたいに描かれているのはちょっと…」(←注:英語力の低い私のおぼろげな記憶。ワンナイト・スタンドとは街娼)とコメントしていたのが、懐かしい。私もその少し前に『コンタクト』を見て、ジョディ・フォスター演じる主人公が神父だったか牧師だったかとベッドインするのは唐突だなぁと思っていた。
渡辺さんが書いた97年秋頃の『サイアス』(朝日新聞社)の記事にも、若い頃に癌を患ったとあった。でも、お得意の統計的調査を行い、その癌で命を落とすことはないと積極的に治療し、実際、それまで通りの生活に復帰した。それから20年。60歳という年齢を「若すぎる」と感じるのはおかしいだろうか。いや、『進化理論の構造』(未邦訳)という1500ページもの大著を上梓したばかりの彼は、『ダ・ウィンチの二枚貝』(早川書房)の訳者あとがきで渡辺さんが「かの『ワンダフル・ライフ』をも凌駕するような一般向け書き下ろしがどんどん発表されることも期待できる」と書くように、まだまだこれからと思えて仕方がない。
私自身はあまりグールドのいい読者とはいえない。「グールドのこれ1冊といったらどれを勧めますか?」という難題を渡辺さんに出して得られた回答は、『ダーウィン以来』(早川書房)。正確には私からではなく、同居人からの無理難題だったのだが、結局私はまだ読んでいない。同居人はじっくり読んでいた。
ただ、そんな私でも『暦と数の話 グールド教授の2000年問題』(早川書房)を読んで、「自閉症というのはこういうことなのか」とぱっと視界が開けた。同時に、「物語」が人にとって重要な意味をもつキーワードなのだと改めて感じ、ビリビリとした刺激を受けた。
早すぎる死を悼みつつ、グールドの残してくれたたくさんの遺産を読み継いでいきたい。私はつい先延ばしにしてきた『人間の測りまちがい 差別の科学史 増補改訂版』(河出書房新社)を読みたいと思う。
【bk1サイエンスサイト】では、書評をお願いしている方々がコメントを寄せてくださり、追悼特集を行っています。グールドの仕事の一端に触れていただく機会となれば幸いです。
bk1【追悼・スティーブン・ジェイ・グールド】
以下、訃報記事一覧。
NYtimes【Stephen Jay Gould, Biologist and Theorist on Evolution, Dies at 60】→最も詳しいがたしか登録が必要。
CNN【「ワンダフル・ライフ」の生物学者グールド氏が死去】
読売【おくやみ:スティーブン・ジェイ・グールド氏=米国の古生物学者】
毎日【訃報:スティーブン・ジェイ・グールドさん60歳=米生物学者】
02/05/20/mon
■カラスの夜鳴き
NHK夜8時からの『ふしぎ大自然』で「東京のカラス」を取り上げていた。カラスはけっこう気になる鳥。増えすぎたのは問題だけど、好きなんだよね。きれいだし。
東京でカラスといえばこの人。【樋口広芳東大教授】。やっぱりご登場なさっていた。千葉県の幼稚園の手洗い場から石けんを盗んでいた犯人がカラスだったというのは、TBS「ニュースの森」で見て知っていたけれど、この追跡調査も樋口氏だったのね。「なぜに石けん?」と思うけれど、カラスの大好物である油分から作られているので、狙われるらしい。たしかに貯食にはもってこいの素材だとは思う。
で、去年、東京に戻ってきてからカラスについてずっと感じていること。「お前さんたち、鳥目じゃないの?」。だって夜中1時でも2時でも、平気で鳴きやがる。しかも1カ所に留まっていない。聞こえてくる鳴き声は動いていく。つまり真夜中に飛んでいるのだ。
都会の夜はそれほどに明るい?
それとも、カラスは暗くても見える?
どっちだろうか。それに「夜、寝ないで大丈夫なの?」というのも気になる。昼間にそんな寝られるわけでもないだろうし、基本的に夜寝るんだと思う(ちがうの?)。夜中に泣きわめいていたら、睡眠不足にならないかな。
大阪の街中と比べると実感する。東京はカラスが多い。でも、奈良でカラスのねぐら近くに住んでいた人に言わせると、東京はカラスがうるさくなくていいらしい。比較対照に難あり。
ちなみにいくつか読んだカラス本でオススメは、
樋口広芳・森下英美子著『カラス、どこが悪い!?』小学館文庫
バーンド・ハインリッチ著『ワタリガラスの謎』どうぶつ社
前者は、先の樋口氏による読みやすい日本のカラスの本。基本的なところを一通りおさえながら、最近の様子まで書いている。後者は、日本ではたしか北海道の一部に飛来するカラスの仲間・ワタリガラスについての徹底した観察ルポ。ハシブトガラスよりも一回り大きいはずで、頭のいいカラスのなかでもいちばん頭がいいだろうといわれている種類だ。仮説に基づいたフィールド調査の様子は圧巻。ぐいぐい引き込まれる内容だった。
02/05/19/sun
■お茶体積減少問題続報
昨日(5/18土)の朝日新聞夕刊ウィークエンド科学欄を開いたら、「お茶の水面下がるワケ」と題し、まさに【表面張力(4/14のてくてく)】と【カンゲキ(4/25のてくてく)】の話が出ていた。藤原夫妻の目の前で証明実験。このコラムへは反響が大きかったらしい。やはり「蒸発が原因では?」という指摘が多かったという。証明実験は、【西田さんのEH(4/23)】と同じ、重さを量りながら様子を観察するもの。ここでは藤原さんご愛用の茶飲みで検証していた。
結果、西田さんの計算通り、蒸発:膨張=2:1くらいだった。藤原さんは苦笑い。その横で「湯飲み膨張説」を提示していた妻・美子さんは、あっさり引き下がっていた。ちなみに蒸発:お茶膨張:湯飲み膨張=2:1:0.1とのこと。
リンクを張ろうと思ったけれど、見つからない。朝日は少し遅れて掲載するのだったかな。
02/05/18/sat
■小心者の休日
目が覚めたら昼前だった。軽く食べて、ゆっくりと昼風呂に浸かり、久々の休日らしい休日。先週、「ちょうど平日の休みだし、買い物にいきませんか」と同居人から声を掛けられたときは「ムリ」とにべもなく一言で答えてしまったが、懸案の「自宅のお風呂リゾート化計画」を遂行すべく、でかけることにした。目指すは銀座のビッグカメラ。
数年前、松下電工から家のお風呂でジャグジーができる商品を見かけたことがある。だんだんとそれが欲しくなってきたのだ。ネットで調べたところ、2万数千円になっているらしい。「よし、買おう」と意を決してたどり着いたビッグカメラ地下1階。いろんな健康家電が並んでいる。マッサージチェアは当然満席。これ、1回座るとみんな動かないもんね。あれこれ探していると、お風呂関係の家電売り場をみつけ、目的商品もすぐに発見。【スパリゾート】があった。が、その横に【ツインバード製の類似品】もある。こっちは松下電工の約半額。しばし見比べる。松下は充電式でコードレス。だけど8時間充電で20分使用。電動歯ブラシが20分間なのは問題ないけれど、ジャグジーだのが20分では、ちょっと心許ない。ツインバードはコードつき。稼働時間を気にしないで済むが、その分無骨でちょっと…。プラス2000円の新機種はさらにデカイし。
商品を前に二人して悩みこむ。どっちを買っても結局後悔するのではないか、という不安がぬぐいきれない。どちらからともなく「……やめておこうか」となり、結局、先日買った電動歯ブラシの替えブラシ「やわらかめ」があったのでそれだけ買った。小心者の買い物例。
その後、せっかくだから有楽町ソフマップにあるという100メガ・ブロードバンド体験をしようと意見が一致した。が、場所がわからない。ビッグカメラにいるのだからどこかにADSL体験とかできるコーナーがあるだろうと上のフロアにあがった。目的はインターネットで有楽町ソフマップの位置を調べること。……が、ビッグカメラのブロードバンド体験コーナーのマシンについているのはマウスのみ。キーボードはついていない。検索もさせんとな。マウス一つでネットをうろつくのはかなり苦痛だ。あれこれリンクを辿り、ショッピング系のサイトからソフマップを見つけだすのに苦労すること。不正アクセスを気にするのはわかるけど、キーボードくらいおいとけっ。体験コーナーなのに、ふだん自分が見ている重いサイトと比較できないだろうが!
どうにかこうにかソフマップのサイトにたどり着いたものの、なんかかかっていた制限でうまく開けない。さらにソフマップのサイトには所在地が文字で書かれていない…。うーん。つかえん。諦めて外にでて、交番で聞いた。すぐ近くだった。
有楽町ソフマップにある100メガ・ブロードバンドはエライッ。ちゃんとキーボードがついている。ワイドテレビのようなディスプレイで非常に見づらかったけれど、同居人は20分くらい張り付いていた。隣のデモ機でお兄ちゃんがわざわざ「2ちゃんねる」を見ていたのには笑ったけど。いや、ほんとに早いね。私が「やっぱり重いなー」と思う【bk1】も極めてサクサク動く。同居人はデカいファイルのダウンロードを試みる。もちろんダウンロードするわけではないけれど、そのスピードをチェック。アクロバット・リーダーを落とすのにわずか10秒程度だって。
なんでこんなに熱心かというと、我が家に有線ブロードネットワークスが来る可能性が高まっているからなのだ。ふっふっふ。ADSLなんて半端もんに目もくれずISDNで耐えてきたかいがあったというものよ。まだ確定はしていないのでぬか喜びにならないことを願っているが、期待で胸が膨らみまくっている。
有楽町ソフマップの建物は、半分がMUJIこと無印良品エリアだった。マーサ・スチュワートやら、ミールMUJIやら、いろいろやっている店舗で、そっちも一通り覗いてみる。でも、ソフマップでも無印良品でも何も買わない。歯ブラシだけ買って帰るのかなと思っていたら、向いに沖縄ショップ【わした銀座店】があったので、もちろん入店。探していた「島がらし」は発見できなかったので、代わりに「黒糖」と「ちんすこう」(←けっこう好きなの)と「ふりかけ」(←G8と書いてある。ゴーヤだのウコンだの唐辛子だのいろいろ入っているらしい)を買い求めてみた。店を出るなり、「黒糖」を口に含み満足。「昔の匂いだ」という同居人は丸ごと舐めるのは苦手らしい。
でもやっぱりお腹が減ったので、久々に【ナイルレストラン】へ行ったが、先代の13回忌だそうでお休みだった。残念。とぼとぼと歩いていると、近くに昔一度だけ来たことのあるインド料理店があったことを思い出し、探してみたら、まだあった。【ハリドワール】でのんびり夕飯。ここって銀座一丁目近くのグルガオンの姉妹店なのね。豆の辛いサラダと長粒種のライスが美味しかった。ソルト・ラッシーを作ってくれるのはポイント高し(塩はもう少し控えめがいいと思うが、クミンやコリアンダーを入れたマサララッシーだったので許す)。ただ全体的にはソフトというか、日本人向けすぎなのかあまり印象が残らない。きれいで、落ち着いた感じの店だから、使いやすいんだけどな。今日はメロを使った魚カレーと豆と野菜のカレーにしたのだけど、メロのカレーは元々あまり好みではないので、今度別のカレーを食べてみてから最終判断をしよう。
ソニープラザでアロマオイルを買って、帰途につく。ほんとは日比谷シャンテで【バーバー】を見ようと思っていたのだけど、昨晩借りてきたビデオたちが家にある。それを見なければと諦めた。
ビデオを借りたのも久々。電波の話をしようと思って「テルミンってあるでしょ」と同居人に話したら「なにそれ?」。知らなかったのだ。
私「なんだと思う?」
同居人「化学調味料の名前でしょう。ハイミーとか、そういうの。ちがうの? じゃ、なんかの単位。電圧とか」
近いんだか、遠いんだかよくわからなくなってしまった。
テルミンとはもちろん楽器であり、それを作成した人の名前でもある。映画【テルミン】も知らなかったようなので、それを借りてきたのだ。ちんすこうを頬ばりつつ、テルミン鑑賞。クララはほんとに名手だ。そして見終わった同居人は案の定「作ってみたくなるね」と宣う。予想通り。しめしめ。
02/05/17/fri
■証拠写真
大阪の質屋さんは「ヒチ」と看板に掲げると【じでんしゃvsヒチ(5/2のてくてく)】で書いたが、同居人が昔、大阪は天六で撮った「ヒチ屋」の証拠写真を発掘してくれた。画像を貼りつける練習もかねて掲載。ばっちりだよねー。じつは初画像。しかしヒチが初画像になるとは想像していなかったなぁ。
よし、今度は東京の「じでんしゃ」を写真に撮ろうっと。……散歩するときはデジカメを持って歩くようにすると街の風景を気軽に撮れてよさそうだな。
■恥の上塗り
【たざき先生の雑感(5/17)】で昨日の「学習院大学物理学科教室談話会ニセ学生なりきり失敗」について「リポート」と書いていただき恐縮至極。はずかしー。ぜんぜんリポートになってないよーん。
クラウダー先生の話はとても面白かったけれど、やっぱり英語の講演は、直後にまとめたり、誰かとやりとりしておかないと、シュワワワワッと消え去ってしまう。なんというのか、英語の場合、話を聞いているときは「ふむふむ」「ほー」となんとなくわかった感じになるのだけど、それはいわば「露店で売っているヨーヨーのなかにたぽたぽと内容を注いでいる」だけで、その「たぽたぽ」を吸収するのにもうワンクッション必要なのだ。ほんとはその中身をそっと「吸収シート」上に出してあげると、それなりに「理解」&「記憶」として定着する。必ずしも「吸収シート」は「翻訳」の場じゃないんだけど、なんだろうな。
なぜに、わざわざ「たぽたぽ」状態で保ってしまうかというと、なまじ大学時代に「英語は英語のまま理解しろ」ってなことをやらされたのでその残骸が見事に形骸として残っているのである。毎日のように英語を聞かされたりしていれば、吸収シートへの移行も比較的スムーズ。その場で移行できちゃうこともある。ヨーヨー自体が吸収シートになる可能性もある。でも使っていなければ、「たぽたぽ」させることに神経を使い、吸収シートへの移行がおいつかない。昨日はまさにそういう状態だった。
で、自分でもそれはわかっていたから、そぉぉっと(=「あまり雑音を入れないで」)家に帰ってきて、メモを書いておくつもりだった。が、夕飯を食べたりしていたら少し遅くなり、かけようと思っていた電話を思い出してかけてしまったのだ。日本語で全然別のことを話したら、「たぽたぽ」状態は吸収シートの横っちょでパチンと割れてしまった。あああああ、「たぽたぽ」さん行方不明。
英語か物理のどちらかに一方にでも長けていれば、「たぽたぽ」さんは吸収シート上に多少なりとも移行できていたのだろうなぁ…。
でも夜勤を終えて帰ってきた同居人に説明を試みたり、たざき先生の雑感を読んだりしてあれこれ思い出そうとしたら、ちょっとだけカムバーック。
私が本格的に振り落とされたのは、「キー・リレーション」からだった(こう書いても講演を聴いていない人にはわかりっこない。だけど私には他に書きようがない。うっく)。うまいことできる方法(すごいまとめ方だ)なんだろうなと思いつつ、数式が遊離してしまった。数式を考えようとしていると、英語がおろそかに。英語を聞いていると、説明されている数式を考えられない。まんま「二兎を追う者一兎をも得ず」。光源とスリットの距離や穴の位置でその先の光の様子が変わるってことと、巨大望遠レンズの端っこで拾ったデータは大気の状態の影響を受けているってことと、1956年と、そういう光の情報をうまいことやる方法ができたってことと、でもなんかはわからないってこと、が残骸から組み立てられた内容でした。しかし、ここに書かれていることを信用してはいけません。記憶の残骸を組み立てただけで、ほんとにこういう内容が話されていたのかどうか一切確認とってませんです。ごめんなさい。
あ、そういえば関数を設定してうまいことやろうという話かなと想像しながら、シャノンの符号化理論(これもちゃんとは理解していない)が一瞬だけ脳内に登場してきた。わし、無意識のうちに似ていると思ったのかしらん。
02/05/16/thu
■3次元物体化
【たざき先生の雑感(5/14)】に今日の「学習院大学物理学科教室談話会」のお知らせがあり、時間もちょうど空いていたので、ニセ学生などをしてみた。
実感した。適当に紛れようと思ったけれど、大学生がたくさんいるところでは、もはや「忍法・木の葉隠れ」を使える立場ではなかったのだ。よくわかんない怪しい人間となってしまった。もっと端っこに座ればよかった……。
談話会は、「A Coherence Primer」というタイトルの下、クラウダー(John R. Klauder)フロリダ大学教授による講演。ここのところ「ひも」だの「相対性理論」だのが書いてある物理の本を読もうと思ってパラパラめくっていたのだが、どうにもこうにも「波」に苦手意識があっていけない。それを払拭する手がかりになりそうだなぁと思って潜り込んだのだが、もちろん英語っす。いやー、困った。話のなかに「ダブル・フィルター」(あれ、フィルターじゃなかったかな? さっき全然別のことを電話で話したらそれだけですでに忘れかかっている!(※))を使った実験が出てくるんだけど、私の前にすでに「ダブル・フィルター」があった。一つは「英語フィルター」、もう一つは「物理フィルター」。
(※)フィルターじゃなくてスリットだったような気がしてきた。[追記]
でも、それらのフィルターを薄くしてくれるほどの「クリア・イングリッシュ」かつ「チャーミング・パフォーマンス」だった。だって途中でズボンのベルトを引き抜いて、ランダムな関数を見せてくれるんだから。物理と英語だけでなく、パフォーマンスのお手本だった。こんな楽しい話は、ほんと、いろんな人に見て、聞いてほしいと思う。「波」モノには私より強い同居人が喜ぶだろうなぁなんて思ってしまったもの。来年から教える立場になるらしい妹が「最近、講演会とか講義で内容そのものより講演の組み立て方とかどういうふうに話すかとかばっかり意識しちゃって」と言っていたが、教える予定のない私も講演のテーマと同じくらい講演の仕方を見ちゃったくらいだ。
ちなみに講演のなかで出てきたダブル・フィルターは偏光フィルムの2枚重ね。この間、1年前に分解したThink Pad 230 から取り出した液晶画面に付いていた偏光フィルムで遊んでいたばかりだったので、この実験も見ていてとても面白かった。3枚目を加えるとまた光が通りやすくなったりするんだよ。
正直にいえば、クラウダー先生の話が日本語だったら「なるほど!」「ふーん」「へええ」という、ストンと落ちてくるナルホトンが倍になっただろうな。関数が変わるくらいに。……フォトンのことが出てきたから無理にそれを使ってみただけです。滑っているのはご愛敬。前半はだいぶわかった(気分になれた)けど、後半は時間が足りなめだったのかスピードアップ気味であんまりわからなかったのがちょっと残念。
怪しい人間のまま帰ろうとも思いつつ、何度かメールでお世話になっているたざき先生がいらっしゃったので、ご挨拶して、文字列の鈴木クニエは3次元物体化して参りました。驚かしてすみません。
02/05/15/wed
■胃もたれ
昨夜食べたインド・カレーがえんえんと居座る。なんと3時過ぎでもまったくお腹が減らない。これはこれで問題なので、夕方になって少しだけ詰め込んだ。一昼夜もつ食事はオトクかもしれないが、ちょっとしんどい。
02/05/14/tue
■人間復活
堀コタツ(ただし電源は入っていない)の付属品から動く人間に復活しました。
■歌集
大学の同期だった友人から「歌集を出しました」と送られてきた。
このとき、私は生まれて初めて「歌集」のページを繰ったと思う。思えば、句集はまだ開いたことがない。現代詩は何度かあるけれど、それも数えられる程度だ。芝居や映画などでフィクションを「観る」のは好きだけれど、小説はほとんど読まない。いかに偏っているか再認識してしまった。
送ってくれた彼女とは近いような遠いような間合いで付き合いが続いてきた。大学時代からいままで頻繁に会ったり、こまめに連絡を取ったりするわけではないけれど、安心できる存在なのだと思う。新卒で入った会社を辞め、大学院に進み、博士号を取って、去年、正式にポストを得、九州に引っ越していった。彼女の専門は私にはまったくわからない英国史という分野だけれど、いろいろ話を聞かせてもらって、とても楽しかった。専門外の人間にも興味深く、わかりやすく話してくれて、同期のだれもが認めていた彼女のいろいろな才能の一側面を改めて感じていた。と、同時になんの専門も持たない自分が少し悲しかった。「広く浅く」であるしかないと自認しているが、「あまりに浅すぎる」と感じる瞬間でもある。もちろんそういう刺激を与えてくれるのが心地よくもある。
そんな彼女から「あのね、歌を詠み始めたの」と聞いたのは、彼女が【地中海社】の同人になって少し経ったころだった。もともと「かるた同好会」(百人一首をパシッと飛ばすカルタ取り)にもいた彼女だったので、「短歌」はきっと身近な存在だったのだろう。彼女の部屋でお茶をすすりながら「へえ、そうなんだ」と答えた場面は、なぜかいまも覚えている。考えたら、お互い大きなカドを曲がっていた時期でもあった。
ここ10年に東京・イギリス・北九州と移り住んだ彼女が、その場所場所で詠んだ歌が収められた水井万里子歌集『エヴァー・グリーン』(ながらみ書房)は、彼女自身を知っている私にも新鮮だった。とくに研究のためイギリス・エクセターに滞在していた4年間の歌はカタカナも多く、内容も国語の授業で習わされた「短歌」の固定観念を解きほぐしてくれた。
微細なる心のひだを表せる言葉のなきか I am happy
十八人の学生一つ屋根にあれば バトルフィールド イン ザ キッチン
ごちゃごちゃと人種住み分くるこの島に「国家」のモデル求める皮肉
停戦の合意にわける人人のテロルの傷の癒ゆる日ありや
イギリスのメディアに頼る我の目にアジアの視点薄ると覚ゆ
言葉の問題、人種の問題、北アイルランド紛争の問題、文化の問題……。海外で日常を過ごしながら浮かび上がる感覚の端々が「歌」という形になって伝えられると、ほんとうに素人の受け止め方で申し訳ないが「ああ、こういう伝え方はおもしろい」と感じた。同じ内容も、言葉を連ねて書き表せば、印象がまったく異なるだろう。文章や会話ではなく、歌という形で彼女が感じたことを聞けたのが、なんとなく嬉しかった。
私がなぜか惹かれたのは次の2つの歌だった。
フォリナーの視点を武器にせよと説く師の目茶色く暖かく見ゆ
英国史学べることの片思いつのりくるらし紅茶重ねつ
日本人がイギリス史を研究する。情報も経験も何もかもが不利になりがち。それは捨てきれない不安だろう。でも、きっと、いろんな人がいろんなものに「片思い」している。その「片思い」を支える強みがなにかあると私は思いたいみたいだ。
再び日本に帰ってきて、彼女は2つの意味で日本の中の未知の文化圏で暮らしている。初めて九州に暮らし、所属先は工科大学。
そこここに液体窒素のボンベ認む教室棟にて西洋史語る
彼女にとっても、そして理系の学生さんたち、先生たちにとっても、この出会いがいいものとなりますように。
【書誌情報】 『エヴァー・グリーン』 水井万里子歌集
著者:水井万里子
出版:ながらみ書房
発行:2002年4月10日
定価:2500円(税別)
頁数:184頁
版型:A5変形
ISBN:4-86023-081-7
※いろいろ探してみたけど、オンライン書店では書誌データが見つからなかった。
02/05/13/mon
■腹痛腰痛頭痛withホカロン 1回休み
02/05/12/sun
■座敷牢改メ掘り炬燵の付属品withホカロン
■それでも届く入手本
リチャード・E.シトーウィック著『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』草思社
→やっと入手。だってボーッとしているんだもん。早くシャバに復帰して読みたい。
マルク・ド・ヴィリエ著『ウォーター 世界水戦争』共同通信社
→たしかにカッコイイ表紙。そういえば昔、こんな内容のNスペをみた記憶がおぼろげにある。
02/05/11/sat
■座敷牢
02/05/10/fri
■疲弊と微熱
02/05/09/thu
■脱力
02/05/08/wed
■消耗
02/05/07/tue
■平常通り
世の中も私も平常通り。週の初めのお勤めで【bk1サイエンスサイト】の書評本をプッシュしにいく。帰ってきたら、ちょうど夜勤へと同居人が出かけるところだった。夕方のニュースを見ていたらTBS「ニュースの森」でフラッシュ暗算特集の後半。お天気キャスターの森田さんは初挑戦(?)にもかかわらず、ちゃんと近いところを計算できていた。これはなかなかすごい。きっちり計算することはできなくとも、2ケタの数字を6秒間で10個足しあわせる作業を、途中途中四捨五入しながら解答とプラスマイナス10以内の答えをいえればたいしたものだと思う。こういうことがぱっとできるというのはとても大事なことだろうなぁ。「あー、わかんなーい」と投げ出さないのがいちばんだと思ってしまった。
冷凍庫の中にあるものを解凍して夕ご飯を食べて、いろいろ。当分、ある作業に没入する単調な日々になる予定だ。
■読了
ダニエル・L.シャクター著『なぜ、「あれ」が思い出せなくなるのか 記憶と脳の7つの謎』日本経済新聞社
→【bk1サイエンスサイト】課題本。メインのタイトルを期待して読むとちょっと面食らうかも。サブタイトルのとおりに人間が「忘れる」ことに7つのパターンからアプローチしている。記憶関連の本は一種のホラーのように私は感じるようだ。自分がバラバラになってしまうような錯覚に陥る。なんてことはさておき、書評書かなきゃ。さっさと書かないとどんどん忘れる?!
02/05/06/mon
■片づけられない男と掃除のできない女
今日でGWも終わりか。別に毎年どうということもないのではあるけれど。
一昨日、うちに来た妹と話しながら発見したこと。我が家は「片づけられない男と掃除のできない女」が暮らしているということだった。もう少し前向きにいうと、「片づけられる女と、掃除のできる男」が暮らしているということでもある。
そう、私は「ホコリじゃ人は死なん」というタイプ。まるまってから掃けば楽じゃん。
でも、同居人はホコリがたまったり、食器が洗われるのをまってシンクに貯まっていたりするのを見ると、とてーもイヤーなタイプ。なので、食器洗いとか床掃除とかトイレ掃除とかお風呂掃除とか、ほとんど彼がやっている。ありがたいー。
だけど、同居人はモノが片づいていなくてもなんにもイヤじゃないタイプ。
お風呂上がりに綿棒を取り出すために引き出しをあけたらしい。綿棒を取り出したらふつー引き出しは閉めるもんだと思うのだけど、引き出しは開けたままの状態で朝まで放置された。そして、私がそっと閉める。届いた郵便物を食卓の上にずっと置いておく。中身だけではない。いらなくなった封筒や、本屋で入れてくれた紙袋が本を取りだしたあともそのまま放置される。どれくらい放置されるかと思ってそのままにしてみたが3日後に私が果てて、捨てた。考えたら彼が一人で暮らしていた大阪の部屋は食卓に(ゴミ)書類だの紙袋だのが、山となっていた。
私はゴミは捨てられ、モノは片づいていてほしいのだ。もちろん今はやさぐれているので、片づけ力低下中である。たまにこういうこともあるし、本だの雑誌だのは片づける能力を超えた量なので、ちょっとというか激しく悲しい状態が続いている。でもどこかのタイミングでこういうのもどっと片づける方なのだ。
問題は、ベクトルの違う二人が暮らしているとどうなるか。
お互いのいいところを見習えばいい。たしかにそうだ。私もこまめに掃除をし、同居人もせっせと片づければいい。
そんなのは理想論なのである。
なぜか意地になり、つい我慢してみるのが現実。お互いに耐性がつくともいう。徐々に「片づいていない」状態に私は耐性がつき、「ホコリっぽい」状態に同居人は平気になっていく。
結果はもちろんこうなる。
「片づけられないし、掃除もできない男女」の部屋。
02/05/05/sun
■微熱
なんだか体がぽかぽかしていた。また発熱かいっ?と焦ったが、測ってみると7度2分。3時間後に測ってみても7度2分。6時間後になっても7度2分。ずっと微熱の1日だった。念のためGW貧乏から抜け出すためのコンビニ以外(お金をおろすのだ)、お家でだいたいじっとしていた(つもり)。
02/05/04/sat
■中学生の数学からの出発
妹が来た。数列の基礎を勉強しに来た。所持金1万円弱の我が家にとっては、食いもんを持ってきてくれる福の神でもある。
結局、わかっていない(覚えていないor忘れている)のは、高校の数学ではなくて「中学の数学」だということが判明した。それを痛感したのは、この言葉だ。「代入ってなに?」。
とりあえず参考図書に指定した『楽しもう!数学を』(河添健・林邦彦著、日本評論社)は、かなりやさしく書いてある。この本の数列についての部分である4章と5章を読もうというのが今日の目標となった。私がイチから説明するよりも筋道も立っているし。そこまではすっとばしているので、もしかしたら前に解説してあることで彼女がつまずくのかもしれないが全部はフォローしきれないので、そこはネグる。
「できれば読んできてね」と言っておいたので、予習で2回ほど読んだらしい。いくつかわからないところの説明を受けた後、一緒に読んでみる。妹に読ませて、途中途中「これはどういうこと?」と確認していった。
「1,2,3,…,100という有限の長さの数字の列に対して…」という説明文があったのと、その3ページあとに「自然数」という単語もあったので、少し聞いてみた。
私「数にはいろんな数があったよね。何か覚えている?」
妹「んーと。えーと」
私「小学校3年くらいで習うのは? 1.25とか」
妹「小数」
私「そう。じゃほかには?」
妹「分数とか。整数とか」
私「整数ってどんなの?」
妹「1,2,3,4とかいうんじゃないの?」
私「うん。でもゼロもそうだし、マイナスもOK。−1,−2,−3……ずうぅぅっと。
じゃ、1,2,3,4,……はなんていうか覚えている?」
妹「整数じゃないの?」
私「整数でもある。でもゼロとマイナスはないのだったら?」
妹「うーん」
しばし待つが「自然数」という言葉は出てこなかった。まぁ別にこれを覚えていないといけないというわけではないけれど、初出時は注意が必要な言葉だということになる。
その後、項や初項や有限数列やΣの定義を一緒に読む。添え字として使われるnがkでもmでもかまわないというのも混乱の元だという。これならこれって決めておいてほしいらしい。
「またこの和のことを数列{ak}の第n項anまでの部分和ともいい…」というのも引っかかっていた。書いてある数列の和の式の右辺のいちばん最後にanとあるためか、「部分」と思えず「全部」に感じるみたいなのだ。全体は{ak}だというのを認識させるために、nより大きいlやmを登場させてみた。
それにしても、初心者(というか再入門者)向けの本だとしたら、シグマだの添え字だのが出てくる数式の読み方例(声に出して読む。つまり音読の例)は書いてあげたほうがいいんじゃないかなぁ。もちろん決まった読み方なんてないけど、なんとなーくで読めないわけで、そうするとずっと「よくわからない文字列」のままなんじゃないかなと思う。
で、{ak}に出てくる a1 とか a3 とかがなんなのかが不安で仕方ない様子。「もしこれが偶数が並んでいる数列だったら?」と具体的な例を示しながらかわして先へ進むと、等差数列の一般項の表し方や和の公式が出てくる。
もちろん自力で証明できなくていいし、計算もできなくていい。でもその記号がどういう意味かは、社会調査のために統計を使うのであればわかっていてほしいなぁと思う。統計ソフトを使っている人の全体的なレベルを考えるときっと高望みなんだろうけれど。
意味や定義の確認用のテストを作っておいたので、それをやらせてみる。Σaiで、iを4から9とか、そういう感じ。それを添え字付きの足し算記号入りで書くだけ。でも一つひとつ考えながら答えを書いていた。
いざ数列の和の話に入ってわかったこと。それは「展開」することも「くくる」ことも一切合切忘れているということだった。つまり、(a+b)(c+d)を展開するのにすごく困る。全部の項にrが入っているからrで「くくる」作業をしているということは、目の前の数式にあってもピンとこない。小難しい言い方をすれば「因数分解」だ。
解説で数式がステップバイステップで書かれていても、元々が「いやだー、数式だぁ」状態だから、周辺情報を思い出しながら、数式を追いかけることは無理。そんなこととは思わず「くくってごらん」と何気なく言った私の一言で、「あ、くくるって、あったねー!」という感じだったのだ。私はそれに驚いた。
でも「代入」は言葉ごと忘れていた。「代入してごらん」はNG。「n−1で置き換えられるでしょ」がどうにか通じた。でも「置き換える」作業もなんだか、「いきなりよくわからない操作をしている」といぶかしんでいる感じのように見える。
書き手が誠心誠意ていねいに数式を説明したつもりでも、実際の苦手な読み手が数式を追いかけることが困難な理由は、やはり高校数学の文字式の知識を前提にしているからだと思う。
数字じゃなくて文字式になったとたんに「なんじゃこいつ」と思われるのが、まず一方の現実。たとえ高校数学をある程度覚えていたとしても。だからそれを操作することは、至難の技だ。「数列の和」を求める程度のことであったとしても。
一方に、実際の情報量は中学入学前の状態ということも現実としてある。中学生でやる文字式の扱いもかなり危険。ただし、(a+(n−1))のようなところには細かい。「外側のカッコは中カッコじゃなくていいの?」
数列と数列の和のちがいが妹の中で明確になったのは、だいぶ時間が経ってからだった。それでもどうにかこうにかごくごく簡単な自作確認テストをこなしながら、再度自分で等差数列の和の公式を導いてみたりして、予定の4章5章を読み終わった。
途中、なににハラハラさせられたって、そりゃあ、分数の計算。和の公式を導く途中を補わせてみたりしたのだが、通分が必要な分数の足し算があった。しかも文字式。通分自体は片方の分母が2っていうだけなんだけどね。ここで通分して足し算できなかったら、「分数のできない大学生」ならぬ「分数のできない大学院聴講生」を目の当たりにするわけで、かなりショックになりそうだった。しかも妹だからね。史上最大のスリルとサスペンス。ってサスペンスはないか。
どうにかちゃんと通分して計算してくれた。心の底からほっとした。手に汗握る時間をどうもありがとう、妹よ。
■寒くなくても火鍋
妹を送りがてら、妹の所持金と私の所持金で夕飯を食べることになった。結局、行ったのは上野と御徒町の間にある酔仙楼という中華料理店。ここに麻辣湯(まーらーたん)こと火鍋があるのはチェック済みさ。今年の1月に出会って以来、【ちょくちょく食べた(2/24のてくてく)】。
暖かくなってきてから食べていなかったのだが、ふと食べたくなった。妹は初体験なので、えらく喜ぶ。今日は火鍋しか食べられなかったが、今度は一品料理も食べてみたいと思った店だった。
しかし、浮いていたチョナ豆弱くらいの大きさの香辛料はなんだろうか? 西安刀削麺荘には入っていなかったもので、かじってみると中には黒い種みたいなものが入っていた。その香りが中国山椒よりも前面に出ているのが特徴だろう。やや東南アジアというか、スリランカちっくな香りを醸し出している素だと思う。水でふくれたカルダモンかなと一瞬思ったが、かじった感じでは違いそう。いろいろ薬味や香辛料がぶち込まれた鍋なので、判断がつきにくい。お店の人に聞いてみたけど、「香りをつけるもの」という以上の情報は得られなかった。残念。けっこうおもしろい香り付けで気に入ったんだけどな。
02/05/03/fri
■GW貧乏
GWのワナにはまってしまった。
3日と4日は、ほとんどすべての銀行が休止中だった。困った。大阪へ様子を見に行く予定だった同居人は銀行をあてこんでいたので、所持金1000円となったあとこのワナに気づく。ゆえに大阪行きキャンセル。
私も、適当におろせばいいやと思っていたので、所持金8千円くらい。困った。2人あわせて1万弱か。5日にはATMも復活するみたいなので、2日間、家でじっとしているしかない。下手にでかけると、すっごい綱渡りになるからな。いくつか買い物をしておきたかったんだけどなー。あーあ。
■歯と歯茎をたいせつに
ほんとうにマジメにやると歯磨きは疲れるので、電動歯ブラシを買ってみた。もともと同居人が電動歯ブラシ好きだったので家にはあったのだが、私は使ったことがなかった。それに家のインタープラーク(byオムロン)はもうバッテリーがヘタってしまって、充電してもあんまりちゃんと動いてくれなくなっていたそうだ。
今度は、歯ブラシ部分を私と同居人用と2セット買って、トーライ。
……たしかに疲れないが、慣れるまで、やっぱり難しい。それに、音や振動がどうも馴染めない。家で歯を磨きながら口内だけ歯医者さん感覚になるのはあんまりうれしくなかった。あの振動は、よく似ている気がする。
それにしてもこういうのは、実際に使ってみないとわからないことだからな。せっかくGW貧乏になってまで買ったものなので、うまく慣れるといいんだけど。
02/05/02/thu
■じでんしゃvsヒチ
前に【濁点問題(1/6のてくてく)】で、【みなさん、「自転車」をなんと発音しますか? 「ジテンシャに決まってるだろ」と思った東京方面の方、ほんとに「ジテンシャ」かどうか日常のごく普通の会話で出てくる「自転車」で確認してみてください】と書いた。
東京周辺ではわりと「ジデンシャ」になるということを関西人である同居人から指摘されていたのだが、今日、見つけてしまった。
自転車修理屋さんが道に出している看板に
じでんしゃ
と、堂々とひらがなで書いてあったのだ。「自転車」ではない他のものかと思ったが、看板の反対側には「自転車」と漢字で書いてある。
いやー、こうまでストレートに「じでんしゃ」と書かれると、そうだったかなとすら思ってしまう。耳で感じている音をそのまま書いたんだろうなぁ。
ちなみに、「シとヒ」の区別は江戸っ子の専売特許のように言われるが、そんなこたぁない。大雑把に言って、東京は「ヒ」が「シ」に寄りがちなのかなぁと感じてはいるけれど。
だって、大阪で私はすごい看板を見た。質屋の建物についている看板には
ヒチ
と掲げてあるのである。大阪は「シ」が「ヒ」に寄るんじゃなかろか。なんでそう思うかというと、大阪生まれ大阪育ちで耳はいい同居人が、「七五三」を言うとこうなる。
ヒチゴサン
かなり音は気になる人なんだけど、子供の頃から慣れ親しんだ音が「ヒチゴサン」だったのだ。そういえば、関西の著者が「七七」なんとかという言葉を索引に入れようとしてハ行においたら、関東の編集者が「そんな日本語はない」とサ行におこうとしたという話も聞いたことがある。しっつれ…、じゃなくて、ヒッツレイしました。ええと、ヒツコイですか?
02/05/01/wed
■お知らせ
かなり遅くて恐縮ですが、【bk1サイエンスサイト】もbk1全体のメンテナンス中につき、5月7日9時までお休みしています。
■困惑
5月4日に数列の基礎を危機に狂いもうとに…、すごい変換。思わず残してしまった。「ききにくるいもうとに」と打ったんだけど。もちろん、「聞きに来る妹に」です。なんで聞きに来るかは【本格的に家庭教師(4/27のてくてく)】という理由なのだけど、ちょうどいいからと『楽しもう!数学を』(河添健・林邦彦著、日本評論社)を紹介して、等差数列の4章と等比数列の5章を読んでおいてと伝えた。
いちおう読んだらしい。
難しいらしい。
私もざっと読んだ。「まんまやんけ」というくらいに「こういうふうに書くもんなんだよ」と書いてある。個人的にはいい本だと思う。「読めばわかるじゃん」という感じなのだが、数学から遠く離れて十何年の身には、「字面は読めるけど、日本語の部分と数式がつながらない」んだそうだ。正確には「数式」じゃなくて「公式」と言った。実際は、公式というようなものでもないんだけどね。Sn=a0+a1+a2+a3+…、くらいのことだもん。面倒なのでaの横の数字を小さくしなかったけど、これ下付の添え字です。
「つながらない」と言われても、定義なんだから「こういうものなのね」という域をでないものなのだけど、頭でそうわかっていても(いやわかっていないのか?)無理らしい。Sとかaとか添え字の数字とか、それらの意味するところを説明してあるが、それが少し先に進むとわからなくなってしまい、また前に戻って確認ということを繰り返すと、「わからない」「難しい」となるようだ。
この本の冒頭部分4ページ(2次関数のところ)に「絶対値」という言葉があるのだが、「ああ、あったなぁ。でもなんだっけ?」というところ。なんとなくしか記憶に残っていない。これは中学で習う数学の話だ。少し読んでいると、「マイナスとかプラスとかを取った数字」のようなものを思い出したらしいが、その部分にある記述「aが負の場合も同様で、|a|=-aが小さい場合は放物線が広がり…」という表現につまづいた。大混乱。「だって、マイナスを取るんじゃないの?」。
この本の対象を考えるとあまりいい記述とは私も思わないが、ゆるゆると「あー、グラフが上に凸の場合の放物線の開き具合をみたいのね」という補いがなされることはまったく期待できない。「わからない」状態になるだけ。たぶん、「aが負の場合」というので「a<0」を想像するのではなく、「−a」を想像するんだと思う。ちがうかな。すべてのものがすでに「絶対値化」されているというか…。具体的に「−2」を入れてみたりとかのワザも、当然期待できない。「|−2|=−(−2)」とは思えない。……ああ、私が間違っていたらどうしよう。って、これ「わからない」の理解じゃなくて、「絶対値」の理解のことね。
この本をもらったときに元上司と話していたんだけど、「経済学部の大学3年とか4年になったり、社会人になって、統計の話が必要になる場合、ほとんどの人は私立文系用の勉強をしているから数学を最後にみたのは高校2年。そこからずっと離れている人を対象にした内容が必要」と言っていたけど、経済系はいざしらず福祉系の方々は、たぶん、高校の内容はおろか、中学の内容もかすんでいる。実際に「使える道具」としての数学は、きっと小学校の内容というか、実際的には四則演算だけだと思ったほうが現実的かもしれない。
それはいいんだけど、そういう状態の妹に、どうやって多変量解析の概念を教えたらいいのか、ちょっと困惑している。最終的には解析ソフトの操作ができればいいんだろうけど、ブラックボックスに頼り切って社会調査をされるのも心許ない。自分で計算できなくてもいいから、意味を少しはわかって操作したほうがいいんじゃないかと思うのだけど。
この辺の話は、ちょうど私が97年くらいから騒いでいた(ただし一人で)、「中学卒業に必要なのは、統計・法律の理解・コミュニケーション能力(もちろん日本語。つまり読む、聞く、書く、話す)」だってことにもつながりそうだな。
■入手本
ロバート・カプラン著『ゼロの博物誌』河出書房新社
→いただきました。ありがとうございます。
先月のてくてく→2002年4月