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2002年12月のてくてく
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02/12/29/sun
■リンク・メモ
気に入っている【総務省 統計局・統計センター】に新しいコーナーができたと、教えられた。たしかに、
【なるほどデータforきっず】
という子ども向けのページができていた。大人でもいいんじゃないのかな、これ。
■X30
ほっぽっておいたThinkPadX30に電源を入れてみる。そろそろ手つかずではいられなくなってきたからだ。でも、その巨体とあっかるい巨画面とに圧倒されて、ちょっとイヤ。
結局、ハードディスクをどう切るかとか、OSを複数入れるかとかで悩み出し、一旦中断。いちおうデフラグだけはかけてみた。まだなんにも他のファイルが入っていないのに、すでに断片化されたファイルがあったりして、意外な事実に驚く。
ただ次にフタを開ける気になるように私が、「これだけは」と思ってやったこと。それは、シール剥がしである。フタをあけると筐体に張ってある2枚のシールがある。ひとつは「インテル入ってる」で、もう一つはゆがんだ窓模様の「XPマーク」。このマシンに入っているのはXPじゃなくて2000なのに。
インテルはまだ楽だった。MSのシールは爪では無理だった。結局、カッター・ナイフの刃先を横から滑り込ませ、テコの要領でぐぐいっと持ち上げる。それでどうにか剥がす端緒が得られた。しかしそれだけでMSが許してくれるはずもない。シールの跡には、ぺったりと糊の残骸があった。いい加減にしてくれ。
今日のX30、ここまで。
■なのら
私がハードディスクをどう切るか悩んでいたら、同居人が「あなたが妹にやらせたように紙にハードディスクの構成を書き出せばいいのらー」と勝ち誇ったようにいう。変な踊り付き。どうやらさっき読んだ『週刊文春』の年末特別号に影響されているようだ。そこには特別掲載として「鉄腕アトム」と「元祖天才バカボン」があった。
彼にとってはこの二つは、マンガの原点でもあるらしい。
その彼も現在41歳。「ぼくももう天才バカボンのパパと同い年なのら」。
なんか、気分的に強気に出られる気がした。「天才バカボンのパパと同い年のくせに」といってやろうと思う。
■メトロポリス
昨日の晩、「メトロポリス」というビデオを借りてきて見た。原作は手塚治虫である。それを大友克洋が監督で映画にしていた。中身はもちろんロボットもの。私はすっかり忘れていたが同居人によると去年、話題になった映画だ。
ストーリーは手塚の考えていた未来はこういうものなのだろうか、とちょっと考えさせられるものだった。角川文庫にあるらしい原作を読んでみたい。
それよりなにより、正直な感想は「不思議な絵」である。監督が大友克洋である以上、納得はするのだが、背景がまぁ「AKIRA」みたいなもんなのだ。ゴミゴミしたところも、とてもきれい。シド・ミードのブレードランナー的ともいえるかな。暗闇のなかの白はちょっと緑がかっていて、蛍光っぽい色づけをする。光と影の使い方なんて、いかにもという凝り方だった。
その背景に登場するキャラクターは、あの手塚の絵なのだ。
もちろん昔の手塚アニメのキャラほどはぺったりしていないけれど、手塚独特の人物キャラそのままである。
かっこいい背景の中で動く、手塚キャラ。これは最後まで慣れなかった。BGMもポップスを効果的に使っていて、全然手塚っぽくない。バトルシーンでクラシックを流したのはキューブリックだったけれど、こちらは崩壊のシーンで「I can't stop loving you」かなんかをえんえんとかぶせる(曲名がちがったかも)。だれが音楽担当かと思ったら、本多俊之だった。
つくづくと「見せ方」が全体に占める割合は大きいなと思う。
02/12/28/sat
■仕事納まらず
いちおう休みではあるので、グーグー寝た。昨日寝たのは午前2時頃なのに、起きたら10時半。あなうれしや、久々の8時間以上睡眠。午後、遅めの昼食をご近所のWさんと一緒に食べに行く。同居人同様辛いもの好きのWさんと目指したのは、もちろんエチオピアだ。辛いもの好きなのに、いまだ足を運んでいないというので「レッツチャレンジ70倍」でお誘いした。
しかし「甘口」が「ふつうの中辛くらい」といわれるエチオピアに初めて入って、いきなり70倍はさすがに危険である。ちなみに大辛口が10倍。同居人とともに「味として美味しいのは30倍くらいでしょうか」と、その辺をお勧めしてみた。そしたら大辛口ではなくて、30倍を頼んでいた。同居人も今日は30倍である。喉が痛いためらしい。Wさんに「敵前逃亡と人はいうのかもしれませんね」と言われ、いたく傷ついていた。
大丈夫かなぁー、と心配していたが、「美味しい」とWさんは気に入って食べているようである。今日は全般的に辛味が少ないこともあって、味も程良い感じみたいだ(私は中辛口なので伝聞情報)。よかったよかった。今度は70倍ですね!
帰ってきて、夕方、なんとなく眠い。あれだけ寝ても満腹はさらなる眠気を誘う。結局体調がいまひとつの同居人ともども、夕寝をする。で、起きたら午後7時半。3時間くらいは寝たってことかな。よく寝た。いきなり昼夜転倒モードかもしれない。
さて、これから昨日の仕事納めでは納まらずに持って帰ってきた仕事たちと、X30のセットアップとどちらをするか。悩みどころである。
とりあえずISDNから移行することを考えてみようか。ていうか、共同住宅のバカヤロー。うちはずっと大阪有線のブロードバンド(ってGATE01だっけ)の提供エリアだったんだぞー。なのに入れられないなんて!
■ババシャツ
この間、銀座にお出かけしたときに無印良品に入ったらカシミアのニットを売っていた。いろんな色があって、たまには色のあるものを買おうと思って紅鮭色のタートルネックのを買ってみた。
ただし、この紅鮭色のタートルに袖はない。若い子らが頑張ってきている冬場の袖なしニットである。
一瞬躊躇したが、他のデザインはけっこうお高い(カシミアだからね)のもあって、袖の分だけ安めのノースリーブ・タートルにしたのだ。結局、3週間ぐらい経つような気がするが、まだ着ていない。寒そうなのと、40歳近い素数のおばさんの二の腕をだしてもなぁ、という自制心からである。
今日、私の唯一の担当家事の洗濯をしていたら気づいた。ノースリーブ・タートルを買って帰ってきてから、何気なくしまっていた引き出しは、ババシャツ類とおなじところだった。
私にとって、カシミアのニットもババシャツとおなじ扱いだったのだ。そう考えれば気は楽だ。ババシャツ(ただし襟?付き)として着よう。
02/12/25/wed
■メリーメリークリスマス
BBCが「マリアはレイプで妊娠した」てなことを放送して、カトリック系からは総スカンをくらっているらしい。相手はローマ兵だったとか。ラエルが「クローン人間がクリスマスに誕生する」と言っているけれど、単性生殖の処女懐胎の方がクリスマスむけの話題としてはセンスがあるような。その昔、高度な文明をもった異星人が太陽系以外からやってきて、マリアの卵子にマリアの体細胞を入れて……。安いSFぽくてさ(誰か書いていたらごめんなさい)。マリアはアブダクティってか。
てな、地雷がそこここにあるヨタはおいておいて、私のメリークリスマスは歯医者が今日で(とりあえず)終わったこと。8月の頭からだから、8、9、10、11、12月。計5カ月も週1回歯医者に通っていたわけだ。これがフィットネスクラブだったら多少は身体がしまったかもしれん。
長かった。歯を抜いて2本神経の治療をして、ブリッジを入れて、その間に3本小さい虫歯を治した。麻酔にはほんとうにお世話になった。最近はキシロカインという歯医者が使うこの麻酔で4歳の子供がショック死しちゃったりしていたから、若干のスリルも味わった。おぼろげな記憶ではアナフィラキシー・ショックだったかな。
みなさん、歯と歯茎を大切に。ほんとに。
■CPU
「なんで忙しいの?」とご近所のWさんに聞かれた。
たしかに自分でも不思議だ。やっているのは「事典」の編集なんだよな。ふつうで考えればのっさりのっさり進むと思われている分野だ。でも毎年出す事典なのだ。というわけで、『現代用語の基礎知識』や『イミダス』や『知恵蔵』と同じく、季節労働者である。繁忙期と農閑期がくっきりわかれている……、はずだった。
でも実際はこのご時世である以上、オンラインが絡んでくる。となると……。アップデートがありやんす。毎月。身体と頭の半分くらいは月刊誌の編集者のような感じだ。でも残り半分では、年次版のリファレンスを動かさないといけない。この調整がまだうまくできない。それに加えて自分が担当している分野がどうなっているかを作業をしながら把握していく必要がある。いくら一般家庭用の内容とはいえ、たかだか3カ月でどこがどうなっているかなんて身に付くものじゃぁござんせん。日々いろいろ気づいて、驚いたり、恥ずかしかったり、困ったりしている次第。
いまはちょうど次の版へむけての改訂作業でどこをどうするかを相談している段階。だいたい方向性が決まって、〆切を設定したり、依頼をしたり、整理をしたりしている。特に最後の「整理」は、やってもやっても終わらない作業でもある。「あれをこうして、ここがこうなると、ええとそれはどうしようか。あ、じゃあ、これもやらないと」というのが項目ひとつ検討しているうちに発生してくる。だんだんと自分の頭のなかには煮こごりのようなものができつつあるけれど、それをどこかでちゃんとスタックできる環境をつくらないと煮こごりがひからびて使い物にならなくなりそう。ちゃんと作業の流れを組み込めるメモの作成が現在の課題だ。(テキストファイルやエクセルファイルのなかで)散乱しているメモでは使い物にならない。
しかしつくづく思う。私のCPUはまだ286くらいなんだよなあ、と。
世の中はペン(ティアム)4だのという時代。実際、ペン3とかペン4でクロック周波数が1ギガを超えているような人々たちがうじゃうじゃしていらっしゃる。
素直に、いいなぁ、うらやましいなぁと思う。頭の回転が速くて、キューンと処理できる人たち。絶対的にちがうもんなぁ。
286のCPU以外の表現も思いついた。「ドジでのろまなカメ」です。それもあって時間がかかって忙しいのだと思う。細かいところは自分で中身を作らないといけないけれど、今のように「編集」と「原稿書き」がごっちゃになった環境はあまり経験がないこともある。どっちかに軸足をおくことが多かったからねー。とすると、ほら、私は並列処理ができるようなカシコイCPUを積んでいないから、さらにトロくなってゆくのだ。
そんな286な私が、とろとろと電車のなかで読んでいるのは『量子力学と私』(岩波文庫)。なかなか進まないあたりが286を証明しているが、面白い。時代の空気も感じられるし、敬して遠ざけてきた「量子」が少しだけ、ほんの少しだけ身近に感じられる。でも今年の本じゃないから、【独断と偏見で選ぶベストサイエンスブック2002】にはできないんだな、これが。
02/12/23/mon
■勝手にseven
去年の秋に朝日新聞社が出して秋のうちになくなったメディアがある。『SEVEN』というタブロイド版のニュース週刊紙だった。ババくさいけどわかりやすい言い方をすれば「若者向け」ってやつだ。
少しだけお手伝いさせてもらったけれど、「Lady Kong」並みにあっさりなくなってしまったので感想もなにも持てやしない。ただ担当者がきちんとした編集者でとても仕事のしやすい人だったので、仕事がなくなってしまうのは残念だった。
突然、同居人が「勝手にセブンていうのがあるんだよ、知っていた?」と言ってきた。全然しらん。どうやら「SEVEN」でバイトをしていた人たちが創刊したメルマガのようだ。というわけで探してみたらあった。
【勝手にseven】という名前でやっているが、2号ほど前から名前が変わったらしい。いまは「STREET JOURNAL」。中身をゆっくり見たわけじゃないけれど、こういうアクションはいいなと思う。
まず始める。そして続ける。この2つが大事で、そして難しいことなんだろうな。始めて続けている人には、敬意を払いたい。
■あやまち
テレビのテロップで「過って」という文字をみかけた。なんか変な気がする。でも、そういえば「過誤」は両方とも「過ち」で「誤り」なんだよなーとか思う。仕方がない辞書を引く。まだ岩波の『日本語表現辞典』は入れていないので、『広辞苑』と『大辞林』だ。
「あやまる」は「誤る・謬る」で、「過る」はない。意味はいろいろあるが要は「まちがえる」ということのようだ。「あやまり」も「誤り・謬り」。意味は「失敗」だの「やりそこなう」だの「あやまち」だの。でも「あやまち」は「過ち」だけだ。
このATOKは「あやまって」と入力すると「誤って/過って」と両方を変換してくれる。なんで「過って」が出てくるんだろうか。「過ち」は名詞なのに。
「過ち」の少し下に「過つ」という文字が見えた。「あやまつ」か。「まちがえる/失敗する」という動詞だった。それで「過って」が出てくるのか。
最大の疑問は、「誤る」と「過つ」の意味の違いだ。こういうのは『広辞苑』や『大辞林』でもわからないんだよなー。とりあえず小学館の『類語例解辞典』によると、「誤り」と「過ち」は
「漢字の誤り」「誤りを正す」
「過ちなく成功する」「酒の上での過ち」
という使い分けだった。「誤り」は「正しいか正しくないかの基準に沿って判断を下した、抽象的な事柄に対して用いることが多い」もので、「過ち」は「社会規範や道徳などの面からみて否定的な行動の結果をいうことが多く、取り返しのつかない失敗、さらには過失などを意味する」もの。
なんとなくでいえば、人生に多いのは「過ち」なんだろうな。
02/12/22/sun
■初休日出勤
昨日は、今年唯二の忘年会だったのだが、さっくり終わってさっくり寝る。なぜかというと、今朝は早く勤務に出る同居人と一緒に出て、初めての休日出勤の予定があったからだ。それにしても12月半ば頃までに忘年会をやるのは自虐的な気がするなぁ。なんで新年会より忘年会の方が多いのかな? 少し不思議だ。
連休中日の会社は、編集部というかそのフロア全体でも人はほとんどいなくて、とてもとても静かだった。ガツガツ作業を進めて、6時間経ったらどうにか一段落していた。これで少し気が楽になった。明日は、手元で滞っている原稿書きだ。これは家でできるからうれしい。根がヒッキーだから、籠もってできる仕事は落ち着くみたいだ。
■触角
同居人が録画していた「エンタープライズ」を見始めたので、一緒に見てみた。そうしたら水色の顔をした異星人が出てきた。水色の顔だけじゃない。頭には2本の触角が、うにっとついている。当然、私は叫んだ。
「あ、ラララむじんくんだ!」
ちゃんと髪の毛もあって、まさに「むじんくん」。これってパロディだろうか? それともA・カミュの呪い?
むじんくんは凶暴な性質らしいけれど、触角がうにぃっと動く様子が可愛らしい。触角がほしくなってきた。あったら楽しそうだ。……ふと思ったけど、これってネコ耳萌えに通じちゃうのかな。う、ちょっと恥ずかしい。
02/12/21/sat
■恒例の読者投票
ここを見てくださっている方には十分既知のことだとは思うけれど、【森山和道さん】のところで毎年恒例の読者投票企画がはじまっている。
【独断と偏見で選ぶベストサイエンスブック2002】
今年はあんまり読めなかったなぁ。去年の積み残しもある私としては投票するのが心苦しい。ドリーちゃん本『第二の創造 クローン羊ドリーと生命操作の時代』(岩波書店)をはじめとして何冊か主要なものが積ん読だ。今現在の既読本から候補を選ぶと、
『人間はどこまで耐えられるのか』(フランセス・アッシュクロフト著、河出書房新社)→とても身近で、でもちゃんと比較検討することのない自分の体を改めて眺められるとても面白い本だった。
『「無限」に魅入られた天才数学者たち』(アミール・D.アクゼル著、早川書房)→ほれ、「数学デキナイ数学ズキ」だからさぁ。こういうのにワクワクしてしまうのだ。
『暗号化 プライバシーを救った反乱者たち』(スティーブン・レビー著、紀伊国屋書店)→たぶん当事者感覚では違和感もあるのだろうけど、やっぱり公開鍵暗号以降の暗号の現代史として面白く読めた。
『テロメアの帽子 不思議な遺伝子の物語』(森川幸人著、新紀元社)→これ、「サイエンスブック」に入れていいのだろうか。うーむ。でも自由なひきつけ方がとても魅力的。どうしても科学ネタはカッチリ枠にはめこむだけで安心しやすいからね。
『ねこは青、子ねこは黄緑 共感覚者が自ら語る不思議な世界』(パトリシア・リン・ダフィー著、早川書房)→共感覚が残存している読者としてバイアスがかかっているけどやっぱり自分と似たようなケースを紹介されているのは気になる。
『痴呆の謎を解く アルツハイマー病遺伝子の発見』(R.E.タンジ、A.B.パーソン共著、文一総合出版)→今年の第一位候補のひとつかな。たしかに面白かった。
ほかに、『メディシン・クエスト 新薬発見のあくなき探究』(マーク・プロトキン著、築地書館)あたりは読んでいれば私のなかで候補入りしそうなのに読んでいない。最近出た『ボーパール午前零時五分(上)(下)』(ドミニク・ラピエール、ハビエル・モロ著、河出書房新社)や、ダークホースで『マンガ超ひも理論 我々は4次元の膜に住んでいる』(川合光編著/高橋繁行作画、講談社)なんてのもあるんだけど早く読まないと候補にできないよ。
今年は、去年や一昨年のような「絶対これ!」という本が少ない印象がある。私が見逃しているだけで、そうでもないのかな。
■入手本
アルバート=ラズロ・バラバシ著『新ネットワーク思考 世界のしくみを読み解く』日本放送出版協会
→帯によると複雑系の本らしい。訳者は青木薫氏。ちなみに著者のバラバシ氏の略歴をみると67年生まれだった。35歳ってことか。
パラッとめくったページに「スタンレー」という人名が見えた。著者と関係のある人みたいだけど、なんとなーく記憶にあるグラフ理論の人かなぁ。その近くにエルデシュという名前もあったし。ネットワーク、ノードという単語からはわりと近い人たちではある。複雑系かどうかはよくわからないけれど。いただきました。ありがとうございます。
02/12/20/fri
■EX150
最近、同居人が朝の連ドラ「まんてん」にはまっている。毎日見ているようだ。彼が「まんてん」を見ている理由は、宮地真緒でも、宇宙でも、吉本芸能人でもない。もちろんドラマそのものでもない。
目的は天満。さすがに生まれ育ったところが舞台というのは、あまりそういうのに執着しない彼でも気になるのだろうか。スタートレック以外の連続ドラマなんて一切見ない彼を見させているというだけで十分すごいなぁと思う。
たしかに天満は住んでいて面白いと思ったので、気持ちはわからなくはない。私もつられてけっこう見ているし。ただ残念なのはあんまり実際の様子が映らないことだ。ほとんどはスタジオ撮影。ロケはとても少ない。
でも、一昨日あたり私はあるモノを見つけた。マンガ家を目指す山田花子が、藤井隆の秘密基地である屋根裏部屋にこもってマンガを仕上げる週だった。その部屋の奥の方の壁にある棚にあるものが見えた。
「EX150」
と書かれた箱の側面。地は青、文字は白。「電子ブロック」の箱である。
脚本はショーモナイけれど、芸細であることは認めよう(マキノノゾミは舞台で何度か見たけど好きになれなかった)。たしか97年あたりの設定だから、まだ復刻版ではないな。昔出た「電子ブロック」を藤井隆が子供の頃に買ってもらっていたということになる。あれを買ってもらえたということは、恵まれているな。
02/12/19/thu
■数をかぞえるのは難しい
午前10時15分に編集部に着く。午後10時15分に編集部を出る。
12時間も編集部にいる日々が続くとどうなるか。家が荒れる。私がいない間、同居人は家にいる。そうするとモノがあちこちに散らばり始める。片づける人間は不在。こまったものだ。
それにしても往復の通勤時間が2時間半くらい。計14時間半が家の外。家にいる時間は9時間半だ。睡眠を削れない私は、このうち最低でも6時間は寝る。足りないんだけどね。おかげで毎朝目覚まし時計が必要だ。そうすると残り3時間半。このうち朝に1時間弱はとられているから、実質2時間半。【bk1】の入庫情報を毎晩チェックして、サイエンス・サイトむけの本を探して、担当者にメールを書いて、たまに書評子とやりとりする。ほかのメールへの返事も書く。時間はあっさり食われて、すぐ1時間近く経っている。残り1時間半は、日記を書いて、お風呂に入って、同居人がすぐ食卓に積み上げる紙類(新聞・雑誌・本・袋・郵便物などなど。半分くらいはゴミ箱にいていいもの)を片づけたりしていたら、もう歯を磨いて寝るしかないぞ。
のんべんだらりと忙しいのはキライだったと思い出してきた。ムラがないとダメだ。忙しいときはもっと忙しい。でもヒマなときはヒマっていうのがいいな。早いところ、自分のペースを作らないといけない。
そうはいっても仕事の流れや全体の様子がまだわからないし(月刊誌とはサイクルがちがうところもたくさんある)、1〜2月の飛び込み仕事への対応もあるから来年もしばらくはのんべんだらりと忙しいんだろうなぁ。
同居人が夜勤のときは、夜、途中の駅で待ち合わせて歩いて帰ってみたりしているけれど、今晩、こう言われた。「ぼくに合わせて遅くまでいる必要はないからね」。正確にはこうだ。「あなたに合わせて、“早く”帰っているのよ」。電車で帰るにしても、あと50分くらいは編集部にいられそうだもんなぁ。
私が家を出るとき、けっこう彼は寝ている。なんかちょっと理不尽。
そうだそうだ。まだちょっとドキドキが続いているので、電車のなかとかで脈を計ってみている。不整脈の先輩である友人は「4発に1発の不整脈だと苦しいよぉ。最近は20発や40発に1発くらいかな」という。そんなにひどくはないだろうなと思って脈を計ってみるのだが、あんまりよくわからない。
それはなぜかというと、数をかぞえられないのだ。30あたりを超えると、脈が飛んだりするのを確認するより、数をかぞえることが目的化してしまう。じゃないと数え続けられない。
大きな数を数えるのはけっこう難しい。私にとって40は十分大きい数だった。
■体得
「エンタープライズ」のバルカン人女性トゥポルの口をつかんだ。
上唇に力を入れてつっぱり、歯はちゃんとかんで、少し上下の唇の間をあける。これでどうだ!
02/12/17/tue
■到着
ついに到着した。ThinkPad X30。先日、オマケの光学式マウスだけ先に届いていておまぬけだったんだけど、今日、本体も届いた。とある方、ほんとうにありがとうございました!
とりあえず初期不良がないか、立ち上げてみた……、ら、なんだかインストールの最後の部分が必要だったようだ。いろいろチェックして、えいっ、と再起動。は、はやい……。立ち上がるのに、この程度の時間ですむのかぁ。まだいろいろ入れていないからっていうのもあるとは思うけれど、早い。そして終了がまた早い。なんか浦島太郎になった気分だ。
希望通りの内容のマシンにできたし、文句はない。のだが、ちょっと。全然B5サイズじゃないじゃーん。いまの240より縦も横も1センチずつくらい大きいぞ。ディスプレイも大きくて圧倒される(小さめが好きな私には12インチは巨大に見える。昔のメビウスくらいじゃん)。
あ〜、これから怒濤のセットアップが待っているんだなぁと思うと、ちょっと気が滅入る。ハードディスクをどう切ろうか。このハードディスクの管理でけっこうなことが決まっちゃうからなぁ……、というも今は昔か。大容量ハードディスクだからじゃぶじゃぶ使えるはずだし。
当分は、240でこちょこちょ作業をして、年末年始にX30と格闘することになりそう。でも、少しだけ体感するために、X30で最初にやったことがある。それはフリーセル。目にも止まらぬ早さでマシン・パワーを実感してみた。あほ。
同居人がクリスマス・プレゼントをかねて「パーティション・マジック」を買ってきてくれた。私からは、岩波が出した『日本語表現辞典』のCD-ROMにしてみた。EP-Wing形式で頑張っている岩波さんに感謝。講談社が出した『類語大辞典』がもし電子化されたら、すぐ買っちゃいそうだなー。高いだろうけど。
■ドキドキ
昨日、一昨日と、ドキドキしていた。恋をしているわけではない。不整脈(または動悸)である。ちょっと悲しい。
子供の頃からたまーに、ほんとにごくごくたまーに、何もないときに突然ドキドキした。「これってなんだろう? 不整脈なのかな」と思いつつ、入院先で受けた心電図のときには出ないので何の指摘もされないままに大きくなった。子供にとっては「たいしたことないのに、オオゲサに騒いで」と親や医者から言われることは、とっても辛いのでそのままだまっているしかないのである。
ただ1度だけ、18歳のころだったか喘息の薬をもらいにいった内科で診察中にドキドキッとしたことがある。聴診器が当たっていたので、医者がすぐに言った。「悪いけど、このまま心電図とってきて」と。
心電図をとるのはかまわないけれど、あんまり意味はないだろうなと思った。心電図を取るときに不整脈が出てくれるとは限らないから。案の定、何もでなくてそのまま帰った。
そのドキドキがここ数ヶ月、わりと頻繁にある。ちょっといやーである。夜寝る前にドキドキすると、「明日の朝はもしかしたらこないのかな」なんて思ったりする。が、朝はやって来て、会社に行くのであるけれど。
そういうドキドキを何回か繰り返し、今回のドキドキで確信できた。生理前になるとドキドキするのだ。へー、いろんなPMS(月経前症候群)があると知ってはいたけれど、ドキドキもあるのかな。自分がこういう症状を出すとは思わなんだ。年齢や環境によっても、身体はほんっとに変わっていくのだなぁ。特にホルモンが影響するとドラスティックに変わる。月経前後なんてもんじゃない変化が妊娠なわけで、妊婦さんになると嗜好から体質、メンタルな部分までガラガラ変わるのもさもありなん。
不整脈と婦人科系の病気の大先輩の友人(しかも夫が循環器の医者!)に電話をしてみたら、いろいろ教えてくれた。人によって不整脈の原因はかなりちがうようだけど、それほど心配しなくていい不整脈と、薬をちゃんと飲んだ方がいい不整脈があるんだそうだ。
で、どっちの不整脈かというのは、やっぱりドキドキ時の心電図をとらないとちゃんとはわからないらしい。いつでるかわからない不整脈をつかまえるのは大変だ。ずっとつけている「ホルダー心電図」になるのである。「取った方がいいよ、家族は心配するんだから」とアドバイスをうけた。面倒くさいことこの上ない。当然、私は聞いた。「で、あなたはとったの?」。返事は「えへへ」。説得力のないことこの上ない。「彼がかわいそうだよー」「そっちのダンナも一緒じゃん」。二人して家族に心配をかける奴らだった。いずれ勢いで取ってみようとは思う。何事も経験だし。
でも、不整脈のドキドキより、恋しいドキドキがいいな。キュン、でも可。
あ、昨日、大阪に日帰りしてきた同居人が、中崎町にあるタコ焼き屋さん「うまいや」のたこ焼きを3人前、お土産で買ってきてくれた。二人の好物とはいえ、たこ焼き土産in新幹線は面倒くさいものである。ありがたい。
そのとき、ちょっとキュンとなった。たぶん同居人にだと思う。たこ焼きにじゃなくて。
02/12/16/mon
■丸いお月様
編集部を出て、空を見上げたら、お月様が見事に傘をかぶっていた。そのせいか、目の悪さとあいまって、お月様がぼやーんと丸く見える。
その直前までホイヘンスの原理と格闘していたことも影響しているかもしれない。いまも格闘中だけど。波はつくづくあなどれん。
■叱られ×2
妹と師匠から叱られた。ごもっともでございます。
【忠臣蔵(12/14のてくてく)】に出てくる、ミノスケはまちがっている。蓑助じゃなくて簑助。草冠じゃなくて竹冠なんだなぁ。ディスプレイ上で見るとつい紛れちゃうんだけど、師匠は見逃さない。
妹は「聴覚に障害のある人も楽しめますように」と、床本を投影することへの疑義に対して疑義を申し立ててきた。視覚障害者や聴覚障害者のことを考えなかったわけではないのだけど、床本の投影は視覚障害者には関係ないのと、聴覚障害者にとってもある1点以外は関係ないのでネグったのだった。ちなみに文楽は当日、600円も出せば映し出されるのと同じ内容が書かれた床本つきのプログラムが買える。手元でその床本と見比べながら舞台を見ている人もけっこういる。これは聴覚障害者に限った話ではない。なので、わざわざ映し出す必要はないのだ。
ただ1点だけ、聴覚障害者にとってのメリットがあるとは思った。投影されていると、いまどのあたりを大夫さんが語っているかを知る手がかりにはなるのだ。手元の床本を読む場合は、だいたいの様子から察するしかないのはたしか。まぁ、それがとても難しいものではないと思うけれど。
ま、そんな背景があったので、取り立ててプログラムのことも聴覚障害者の観客のことも書かなかったのだ。劇場に一度行けばわかることだと思ったし。でも、手抜きをしたのはたしかなので、失礼しました。
■入手本
川合光編著/高橋繁行作画『マンガ超ひも理論 我々は4次元の膜に住んでいる』講談社
→だめだぁ。量子論やひも理論に“マンガ”とついているとつい買っちゃうよぉ。だってだってわかんないんだもん。すがりたいの。
古川タク作画/ジョージ・ガモフ原作『トムキンスさん コミック』白揚社
→ね、ほら。ウソじゃないでしょ。ちょっと前の本で、ずっと買おう買おうと思っていたんだ。
ドミニク・ラピエール、ハビエル・モロ著『ボーパール午前零時五分 上』『ボーパール午前零時五分 下』河出書房新社
→「ボーパール(ないしボパール)の悲劇」と呼ばれた1984年にインドの化学工場で起こった事故を描いた作品。少なく見積もっても8000人が死んだという。著者によると1万6000人から3万人。被害者は50万人。でも日本では驚くほど知られていない。きっとアメリカでも知られていないんだろうけど。ちなみにその化学工場はアメリカの多国籍企業ユニオン・カーバイドだ。
02/12/15/sun
■ボーナス
そういえば、知らないうちにボーナスが出ていた。
ボーナスもらうのなんて、ほんと12年振りだ。ポンと入金があるのは、なんだか不思議な気がする。毎月のお給料も不思議ではあるけれど、まぁ、拘束されまくっているのは事実だからそれほど違和感はない。でも、フリー時代に丸1カ月こんだけ拘束されたらもっともらえるような気もするなぁ。ま、その分ボーナスはないわけで、会社員かフリーかなんて一長一短。経済的な面以外でも、なんでもかんでも一長一短。そんなもんである。
どっちがいいかと聞かれたら、一長一短だから取り立てて差はないと答える。しかし、どっちが「好きか」と聞かれたら、不安定好きな性格もあって「フリー」と答えそうだな。就職すると報告した友人の一人が「驚いた」とメールに書いてきた後に、「束縛の嫌いなクニエさまのことですから、自由な気持ちを忘れずがんばって、というより楽しんでくださいね」と続けていた。この一文の偉大さを改めてかみしめている。
職場や仕事自体は日評時代どうよう不満はない(私にとっては遠いってことがちょっとばかし…、いやかなり辛いけど)。はじめりゃたいていなんでも面白いんである。
しかし、新卒で入った会社とは大きくちがう点がある。会社と自分の密着感みたいなものがちがう。帰属感はやっぱり弱い。そういうちがいを自分で確認して、ちょっとだけ楽しんでいる。
02/12/14/sat
■忠臣蔵
今日は、赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日のはずである。
そんな今日、私は同居人と一緒に国立劇場に向かった。文楽の12月公演、「仮名手本忠臣蔵」を見に行くのである。なんだか、非常にぜいたくをしている気分。12月14日に忠臣蔵を見る。1月から2月にかけてのタイトな仕事も明らかとなった今、この12月唯一と言っていい、息抜きだ。
しかし、今回は若手公演。玉男も蓑助も住大夫も出ない。前半のうち3分の2以上、寝そうになっていた(し、半分は寝ていたように思う)。何がちがうのだろうか。義太夫はピンとこない。三味線もあんまり。だが人形は、若手とはいえ、粒がそろっている感じではある。簑太郎やら清之助やら、けっこうひいきにしている人形遣いがいいところをやっている。それと、玉男やら国宝級の人がいない分、でこぼこがわからなくなっているのかもしれない。
でも眠い。休憩時間に、「文楽で全体的にこんなに眠いのは初めてです」と文楽見物の師匠にしてチケットの頼みの綱であるNさんに言うと、「下手だからです」とばっさり。そっかー、と一言で納得してしまった。史上最大に眠い忠臣蔵だそうだ。ふつう忠臣蔵はテンポがよくて眠いことは少ない演目らしい。あ〜あ、なんだかちょっと残念だな。
それに! 舞台の上手と下手の上の方に、床本が投影されている。大夫さんが語るその台詞だ。1〜2行ずつ映し出される。これが、邪魔で邪魔で仕方がない。見たくなくても目に入ってしまう。人間は視覚情報に弱い。耳で聞きたいのに、目で読んでしまう。分からない人は個人個人でイヤホンガイドを借りているんだから、それでいいじゃないか! 迷惑なことこのうえない。
ふみゅう。
終わってから師匠Nさんと、お茶をしながら文句をぶうぶう言い合う。もう少し前、そうせめて7年前くらいから見ておきたかった。まだ丸3年くらいだもんな。90年代中頃まではそんなにひどくなかったらしい。そのころを見たかったよぉ。
ちなみにNさんがタイムマシンに乗ることができたら、行き先は当然ひとつだ。大阪にできた竹本座で竹本義太夫の浄瑠璃を聞きたいと言っていた。音が残せなかった時代の芸能は、その時代に行く以外に知りようがない。
02/12/13/fri
■腹立たしい
「三歩進んで二歩下がる」だな、と思っていた風邪が「二歩進んで三歩下がる」になってしまった。喉がいたいー。
喉がいたいが、それ以上に巨大な組織に弄ばれる腹立たしいことに2件も遭遇した。
もちろん相手はMS、そしてNTTだ。ため息が出るほど巨大。
今朝、「重要な更新のお知らせ」と言ってくるから、わざわざウィンドウズのパッチあて作業をやってやろうとした。朝のいそがしいときにもかかわらず、恩着せがましく。これがまたトロいんだ。「調べています…」かなんかが出たまま、の〜んびり待たされる。
フリーズしたのかと思うほど待たされたあげく、MSさまのお答え。
「更新できる内容はありません」
なにぃ? 「重要な更新のお知らせ」と言ってきたのはそっちだろうがぁ。その次の巨大組織はNTT…、ただしドコモ。信じられない手抜き機能を売りつけられていると判明した。
携帯電話に出られない時に、かかってきた。そのままにしておいて、あとで表示を見ると「不在着信あり」と出ている。だから、どこからかかってきたかを確認し、折り返し電話をした。
その後、ケータイの液晶に表示されたもの。それは、留守番電話入ってますマーク。そこにさっき電話したんだろうが! 振り返ってみると、翌日になって折り返しの電話をしたらやっと留守番電話マークが現れるということがたて続いている。
それじゃ、留守番電話の機能をはたしていないだろう!
小市民は、こういう不便を否応なく耐えさせられるのか。ぷんぷん。
■読了
小柴昌俊著『物理屋になりたかったんだよ ノーベル物理学賞への軌跡』朝日選書
→内容的には『ニュートリノ天体物理学入門』(講談社ブルーバックス)とだいたい一緒。ただこちらのほうがエピソードなどはたくさん盛り込まれている。インタビュー・ベースの本だからだろう。それと、ブルーバックスではたとえば「アンタイカウンター」というような言葉がポコッと説明なしで出てくることもあって、ちょっと戸惑いがあった。朝日選書ではそういうことはない。必ず一言、説明が加えられている。そういう意味ではさらに読みやすいだろう。
ただ、業績内容をきちんと知りたい人むけの本ではない。小柴さんがどういう人で、どういう来し方をしてきたのか、カミオカンデを作るというのはどういうことかといった研究のバックグラウンドが中心だ。
ただ学究系にいない人間にとっては、プロジェクトの運営の様子や、人のつながりの様子がわかって楽しい。さぁっと読めるし、小柴さんは、ぐいぐいとチームをひっぱっていくまさにリーダー研究者なわけで、東京新聞で「ものぐさ学者の典型」といったわけのわからない印象を書いた人の勘違いもはっきりした。
小柴さんがこの本の中で早川幸男氏を、「早川さんは研究マネージメントの面で才能を発揮した人だと思う」と書いている。ちなみに早川氏はそれに対して怒ったそうだ。ほんとうのことを言われると怒るというけれど、研究そのものと同じくらいに、研究マネージメントやコーディネート能力は評価されてしかるべきだと思う。現場感覚では、なかなかそういう評価が根付く土壌をつくること自体、とても難しいんだろうけど。
だめだ。眠い……。おやすみなさい。
02/12/11/wed
■死に神の不安
いま担当している分野に「哲学と思想」なるものもある。私が担当しだしてから、著名人が二人たて続いて死んだ。ロールズとイリイチだ。ついでにいえば、数学のルネ・トムも死んだ。
私が担当すると死んじゃう人が増えたりするなんてことになると嫌だなぁ。もしかして死に神?
なんてことを思いながら、ひたすら仕事に追われている。休むとやっぱり細かいことが溜まってしまうなー、と実感。在宅勤務にしてくれればいいのに。なかなかそういう環境が整わないのかな。在宅だったら風邪をひく可能性もだいぶ下がる。移動の時間もなくてすむ。とはいえ、在宅勤務自体が、日本ではまだそれほど広まっていないようだからなぁ。
しかし、やらなきゃいけないものがこんなに降ってきて、私の12月はいったい全体、どうなっちゃうんでしょう。クリスマスに大きな作業の〆切が3つも重なっているよ。
■数学デキナイ同盟3
自分で数学ができると思ったことは、ここ20年くらいない。だから、「私は数学ができない」と自信をもっていえる。
だけど……。
微積分を知らずに高校を出て、絶対値も因数分解も彼方においやった妹の様子とかを思い出すと、「私が数学がデキナイというのは、朝日新聞社や読売新聞社の人間が“生活が苦しいから賃上げしろ”といっているような気もする」のである。
ついでに、この喩えでいくと、数学ができて数学が好きな人たち(たとえば数学者)は「3億円宝くじに毎回あたるような人たち」ってことになる気がした。
02/12/10/tue
■数学デキナイ同盟2
朝、起きると喉が痛かった。昨日の夜、すでにちょっと痛かったんだけど、ゆっくり寝たら悪化した。寝るのは鬼門の、口呼吸の私。喉をやられやすい。加湿器たいたんだけどなぁ。
さっさと休み、ひどくなるのは嫌なので、近くの耳鼻科咽喉科へ。耳鼻科にある吸入が目当てである。薬はどっちでもよかったが、出てきたので、胃腸系以外飲んでみる。たしかに薬が効いている時間帯は喉の痛みが少ない感じ。熱が出ないといいなぁ。ここ2〜3日が勝負かな。
さてさて、昨日の続き。「偏微分がわからなくて微積分2を落とした」と書いたら、【結城浩さん】から「私もまったく同じです!」とトポロジー好きの共感メールが届いた。やっぱり、けっこうたくさんいそうだ。数学デキナイ数学ズキ。
というわけで、昨日はそんな私が珍しくあれこれ悩んだ疑問を書きかけた。
1=0.9999……
これを高校2年の夏、横浜港の花火を港の見える丘公園に中3の妹と一緒に見に行ったとき、知り合った男の子から教わった。妹の小学校の同級生だったが、中高一貫の男子校に行ったので、妹も久々にあった子らしい。
なんでだか知らないが、循環小数のことになった。きっと彼もどっかで聞かされたのであろう。こんな感じだった。
「3分の1は、0.33333……ですよね。その両辺を3倍すると3分の1かける3は1。で、0.3333……かける3は0.999999……。つまり1=0.9999……になるんですよ」
当時、私は「うそだぁ。なんかだまされているに違いない」と思った。循環小数を分数で表す方法は知っている。循環している桁数を数え、たとえばx=0.123123……だったら両辺を1000倍してあげて、それを辺々引いて、というやつである。0.9999……でも、それをちゃんとやれば……、ん? ダメだ。9x=9になっちゃってx=1だ。
これを高校2年の夏はわりとまじめに考えた。あれこれ調べているうちに無限級数という内容に行き着いた。これは「数III」で出てくる内容だった。私が通っていた高校は高校2年で高校3年の内容を数学でやってくれるような理系重視ではない。自分でチャカチャカ進むような秀才でもない。手元にあった科学振興社モノグラフ・シリーズの「公式集」が唯一の手がかりだ。これは数Iから数IIIまでの内容が分野別に網羅されている。ついでに言っておけばタイトルは「公式集」だが、例題や証明が豊富で下手な参考書よりも何をやっているかがよくわかる。今も持っている私のアンチョコなのである。
極限だの無限だのというのがよくわからなかった。振り返れば、この辺は収束がちゃんとわからないと無理なことだった。それを高校生の範囲でちゃんと理解しようというのは、数学デキナイ系の私には無謀。実際、「ああ!」となんとなく納得できたのは、大学2年か3年のころだったと思う。いや、大学を卒業してからかな。いーんですよ、そんなペースで。大学の先生たちには迷惑だろうけど、数学で名をなすわけじゃないんだから。
でね。この1=0.9999……問題に対して、『数学とっておきの12話』(片山孝次著、岩波ジュニア新書)に一言、言いたいのだ。
第4話「1=0.9999…… 無限小数と循環小数」では、二人のかけあいでこの話がでてくる。テレビでみた1=0.9999…はわからんと質問に来た友人と、数学者の著者の問答である。当然、1/3=0.3333……から話はスタート。テレビでは1/3=0.3333……(←とりあえず[1]とおく)はわかるが、それを3倍した1=0.9999……(←とりあえずこっちは[2])はわからんといっていた。それをここに出てくる数学者は、
「(3倍する方法を)キツネにつままれたようだ、という人もいるが、まああいていの人がしぶしぶ納得するね。式[1]から正しい計算で[2]が出るんだからね。しかし、[1]はわかるが、[2]はわからん、というのははじめてだ。新手だね」
と受けている。
うそ。これが極めてまっとうな疑問だと思う。もちろん、話の流れでこの場面でこう答えさせただけだとは思うけど。
だって、1/3は割り切れない。だから0.3333……とずっと続くのは当然だ。
でも、1は「1/1」、1分の1。割り切れている。割り切れているのに、無限に続く小数、0.99999……と等しいというのは何かおかしい。納得できない。
こう考えるのがふつうだと思う。私もそう考えた。高校2年の夏休み。でもなんか先にいって習う内容を使うと、これが証明というかふつうに計算できるらしいということもわかった。
数学のセンスがちょっとでもあれば、この先の内容まで自分で理解していけるのだと思う。中学、高校のうちから大学レベルの数学をふつうにこなす子たちがゾロゾロいるんだから。そういう意味では、私はすでにふるい落とされていた。「高3になったらわかるんだろうから、ま、いいや」。向上心のない子供の典型である。結果、高3になっても(ちゃんとは)わからなかった。
そして余計なオチもついた。
納得まではできなかったけれど、面白い問題を出してくれた“とししーたのおとこのこ”に恋をしてしまった。ぱぅ。
「数学が結ぶ恋」となればハッピーエンドだが、そうは問屋が卸さないのが物事の常、数学の必定。勇気を振り絞って告白したら、こういわれた。
「好きだけど、愛せない」
中3のガキに。
るららら〜〜♪ 笑い話のネタをありがとう(涙)。ちょうど20年前の話だ。
02/12/09/mon
■数学デキナイ同盟
【しかし私はほんとに出来が悪いのに数学が好きだな。世の中に、きっといっぱい同志はいると思う(12/06のてくてく)】と書いたら、【あけてくれ】のおれカネゴンさんが【ここにいます、ここに】と挙手してくれた。
うれしい。
でも……。おれカネゴンさんのが絶対できる。だって、私は偏微分ができなくて「微積分2」を落とした実績があるぞ。どうだ。あんときも何やっているか全然わかんなかったけど、いまだによくわからん。
えー、正直に言えば、テイラー展開も危ういぞ。けっこうドキドキする告白だな、これ。
要するに、高校数学をちょびっとでも超えた内容はペケポンなのだ。特に解析系は苦手。計算はほんっとにできない。さらに正直にいえば、「私は数学ができないんだな」と思い始めたのは高校3年のときだ。全然ちゃうのだよ、それまでと。高校2年のはじめくらいまでは、自分でも「できる」と思っていたし、実際、それなりに「できた」。だけどねー、ちょっとリキ入り始めると全然ダメだったわ。うすうす気づいてはいたんだけどね。つい、そのまま数学に進んじゃったよ。だって好きだったんだもん、理由はよくわからないけど。
数学は好きだが、問題を解くのはキライ。これはわりと小さい頃からそうだ。問題集の問題を解くのはまだいいんだけど、数学パズルみたいなのはそれほど興味がもてなかった。せいぜいがマーチン・ガードナーのパラドックス本を読んで、そこに出てくるパラドックスを考えてみるくらい。ただし思考時間10秒かな。
これは今も変わらない。読むのは好きだけど、解くことへの関心はかなり低い。数年に1度くらい数学パズルをやればそれで十分。しかも、小さな私のパズル・バッファはたいていの場合、仕事関連の「解く」作業で埋まってしまう。だから自分が趣味で「解く」ことなどあまり考えない。
きっと、「解く」ことより「作る」ことへの関心が強めなんだと思う。だからトポロジーの講義はすっごく面白かったし、測度論の最初のほうも楽しかった。よくわかんないながらも「世界ができてく様子」(を聞くの)が大好きだった。おそらく私はずっと完璧にオーディエンスだったのだろう。プレイヤーとして一生懸命に計算したり、考えたりするのは無理。
そんな私が唯一まともに考えて「解こう」とした問題(というか疑問)がある。
読み終わった『数学とっておきの12話』(片山孝次著、岩波ジュニア新書)に出てきて思い出した。
「1=0.999999……」
ありがちな話である。これを高校2年の夏に悩んだ。(この項、つづく。……だって眠いのだ)
■読了
片山孝次著『数学とっておきの12話』岩波ジュニア新書
→というわけで、読了。詳しくは後日、上の話と絡めて。
02/12/08/sun
■プーさんと別役実
友人のSさんがやっている劇団の芝居に誘われて、休みだった同居人と一緒に国立へ。寒いよぉ。
でも、せっかく西に行くのだから、その手前の武蔵小金井で途中下車をする。めざすはもちろんカレーの「プーさん」。東京の西エリアでは大関クラスだろうか? 小結? ここに最後に来たのはいつだろう…。確実に10年以上前だ。しかもその頃までの私は辛いものがかなり苦手だったので、トータルしても3回程度にすぎない。
とはいえ、三鷹の大学に通っていたし、激辛ブームだったし、連れられて来た。当時は甘口を頼んで、それでも辛くて「えー、これ絶対辛口の間違いだよ」と一緒にいった友人に訴えたら、スプーンで一匙すくって味見をしてくれて一言。「ううん。こっちのが甘い。なんかジャムが入っているような甘さだ」と言われた。残さない主義の私が残したものの数少ない例になった。
今日、辛さは大丈夫だろうと「ふつう」にした。同居人は「極辛」。ちなみに「極甘、甘口、ふつう、辛口、極辛」の5段階だった。
辛さは大丈夫。最近、少し辛いものが弱くなっていた同居人の極辛も、さして辛いわけではなかった。タマネギの甘みが前面に出て、唐辛子の辛味と一緒になると、甘辛い感じのカレーだった。
……ああ、私はいつからこんな身体になってしまったのだろう。ガンガンいける。ただここのレギュラーサイズはかなり多かった。すっかり忘れていた。多少年をとっているせいか、食べ終わったらお腹パンパン。今度はプチ(小盛り)にしておこう。
お芝居は、別役実の作品から「なにもないねこ」ほか短編を何本か。小さいところで観るのはほんとに久しぶりで、なんだか少し気恥ずかしかった。昔を思い出したからだろう。
今日の舞台は、声のトーン(高さと強さ)がもうちょっとそろうと、雰囲気がもっと醸し出されて、朗読劇としてのレベルがかなりあがるんじゃないかなと思った。
■ナイス・タイミング
昨日、【日本数学協会】の設立総会のあと、有楽町のビックカメラで再びThinkPadX30に触る。ビックカメラはここのところ大幅なポイント還元キャンペーンをやっているので、他に必要なものがある場合はかなりオトクな価格になる。
IBMの売り場には、「応援販売員」がいた。思わず、「IBMの方ですか?」と確認してから、いろいろ質問。けっこうオタクなにーちゃん(ただしコミュニケーション能力大。こちらの稚拙な質問を先回りして的確に答えてくれる)で、あれこれ聞けた。
ぐぐぐっ、と心が動いた。買ってしまおうか。
おにーちゃんもIBMダイレクトよりも安いと言っていたし。旧モデルのX23も魅力的ではある。古い分安いけど、スペック的には問題ないし、だいいちハードディスクが手頃な30ギガ。でもやっぱりX30かな。X31までは待てないし(ほんとはそこまでまってX30を買うと安いはず)。
「えっ? 今日買うの?」
横から同居人が意外そうな顔で口をはさむ。だって、安いんだもん。20ギガでいいし。彼は自分だったら安いX23を買って、いろいろ補強して、家でWin2000を入れ直すという(X23はXPモデルのみ)。うーん、それも魅力なんだけどね。インターフェース面でやっぱり新しいマシンは充実している。3年は使いたいし。
「だいいち、今日、雨降っているよ。雨のなか持って帰りたくないでしょ」
うっ。それはごもっとも。しぶしぶ諦め、ご飯食って、帰宅。メールチェックしたら、とってもとってもありがたい情報が入っていた。同居人さん、ありがとう。私を引き留めてくれて。
■正確な文言
「12月4日、一部報道機関により報道された「カムランドの発見」については、当実験グループでは、関知しておりません。」
これが、【カムランド】に掲載されていた断り書きの正確な文言。一部記憶していた単語でグーグル様ににお伺いをたてたら、ちゃんとキャッシュで拾えた。私が記憶で書いたのとは若干ちがったのでお詫び。
02/12/07/sat
■数学の午後
関係者から声をかけていただいたので、【日本数学協会】の設立発起人に名前を連ねている。今日は、その設立総会があったのでお昼過ぎに日比谷の商工会議所へ。久方ぶりのお顔も拝見して、なんだか懐かしい気分になる。総会の後は、3人の講演があった。最初はNTTの研究所で暗号研究をしている方、そして二人目は各方面で話題になった主婦たちの数学本『数学にときめく』(講談社ブルーバックス)の著者の一人である新井紀子さん、最後は珠算協会の方。
新井紀子さんは、最近「e-教室」という取り組みを始めている。それも含めて、紹介のあった数学方面のリンク・メモ。
○『数学にときめく』の元となった【ムギ畑】の公開会議室【実録算数−乙女の花園】
○新井紀子さんがやっているeラーニング実践サイト【e-教室】
○我先に答えを投稿するらしい【算数にチャレンジ】
○数学の先生が一人でやっているらしい【数学の部屋】
■開けずの扉
我が家にはドアが当然いくつかある。トイレのドア、洗面所のドア、ダイニングのドア、寝室のドア……。玄関を入ってすぐのところに立つと全部で5つのドアがあって、そういえば、引っ越してきた当初はドアが多くて混乱しそうになった。
この間、はっと気づいた。最近、私がもっとも開かなくなったドアがある。それは何か。
冷蔵庫のドアである。
勤めだしてから、家で食事をほとんどしていない。米も切れっぱなしだし。現在、私が冷蔵庫のドアをあける頻度は1日1回を切っているんじゃないだろうか。圧倒的に確実にトイレのドアの開け閉め回数の方が多い。
そんな感じになっていたから、この前はスーパーで買ってきた果物のパックを冷蔵庫入れたことをすっかり忘れ、そのままゴミとなってしまった。これはかなり反省すべき事態かもしれない。
■ニュートリノの質量話は解禁モノ?
今日の毎日新聞と朝日新聞に、東北大学がカミオカンデの跡地に作った【カムランド】で、スーパーカミオカンデとは別に、ニュートリノに質量があることを示す証拠を確認したというようなことが出ていた。徐々にニュートリノに質量があることの外堀を埋めているような感じなのかな。カムランドが観測を開始してから初めてとなる成果の発表で、めでたいめでたい。
が、じつはこれ、3日前の12月4日の読売新聞に出ていた記事と同じような内容だ。
「おおっ。読売の特ダネか」と思って翌日、カムランドのホームページに行ったら、現在「発表!」と書かれているところに、「一部報道機関による12月4日の『カムランドの発見』は当施設は一切関知していません」みたいな断り書きがあった。だからその日は、「あ、読売のは飛ばし記事だったのか」と思っていた。
このニュートリノ質量の話は、いわゆる「解禁モノ」だったってこと? 読売は解禁破りのフライング? それとも読売の記事が出たから、各社が追いかけて今日の発表記事になったの? 読者サイドに立てばどっちでもいい話ではあるんだけど。
いろんな分野で解禁モノはあるが、科学分野では『ネイチャー』誌関連が多いかな。有名なのは考古学関連の発見があったときの解禁。「何日以降」とか「何時以降」とか制限がつく。経済では新製品の発表なんかもそうだ。
今回のカムランドも論文掲載時期と関連するのかなー。朝日や毎日の記事ではそういう感じじゃなさそう。10日に学会発表するみたいだけど。でも、わずか2日後に発表する内容を「一切関知していません」とまで書くのは不思議な感じがする。
状況をなにも知らないままにいえばなんとなく、ニュートリノの質量話を「解禁モノ」する必要はない気がする。読売が抜いたんだったら、(特ダネ競争に意味があるかどうかは別として)それはそれで頑張って仕事をしているってことなわけだしな。ほんとはその学会発表までナイショにしておくつもりだったのかなぁ。
なんだったんだろう。今度、その辺の事情がわかりそうな人に聞いてみよ。
02/12/06/fri
■そーなんですよ
【まきのさん(の12月2日)】と【buruさん(の12月1日)】につっこんでいただいたことは、まったくもってそーなんですよ。なんでこんなに値段がちがうんだ! リターン・キーの色を変えるな!
何のはなしかというと、先週の土曜日に見に行った【X30(11/30のてくてく)】。IBMの新製品ノートパソコンだ。「ThinkPadらんど」や「若松通商さま」(余談だが、変換ミスで「若松通称」で検索しても、ちゃんと若松通商のサイトがトップにでてきたは驚いた)のサイトで値段とスペックを確認してみても、「なんと阿漕な価格設定〜」と思っていた。
我が家には外付けのポータブル・ハードディスクがある。40ギガ。それでたしか4万円前後だった(はず)。IBMのX30では、20ギガと40ギガのハードディスクのモデルがあるが、その価格差が約6万円なのだ。つまり20ギガが6万円に私には感じる。
もちろん、まきのさんが指摘するようにクロック周波数とメモリが若干違うけど、どっちであれメモリは積み込むし、クロック周波数が1.06ギガだろうが1.20ギガだろうが、もはやどっちも「わー、“たくさん”早いんだね」の世界だ。
わたしゃ、ガシガシギシギシ計算をさせるわけでもないし、バシバシ映像をリミックスとかしちゃうわけでもない。
テキスト主義なのである。
字を書く。字を読む。そりゃ、アプリケーションはいくつかあるけれど、種々のビューアとエディタとメーラーとブラウザたち、それらが安定的に快適にサクサク動いてくれればそれでいい。
……やっぱ、20ギガでいいか。念のために20ギガの内蔵無線LANタイプ。メモリ積みまして、いくらかな。23万くらいかな。よし、これで行こう。あとはXPか2000か。
うっ。ゲイツがニタニタしているようで悲しい……。
■読了
小柴昌俊著『ニュートリノ天体物理学入門 知られざる宇宙の姿を透視する』講談社ブルーバックス
→けっこう読ませるんだけど、ところどころイキナリな言葉が出てくるのは残念かな。とはいえ、ざっくりと概要をつかむにはいいと思う。ただし中くらいの人向けかな。超苦手な人にはイメージがしにくいだろうし、また他分野の研究者さんには少し物足りないかも。語りかける感じのつくりで、わりと好きな雰囲気の本ではある。
この本からは少し離れるけれど、「繰り返し読む」ことは大事だなぁと思う。同じ本を、ではない。似たような本を、である。同じ著者でもいい。前に青木みやさんが「科学系の本は、同じような系統の本を何冊も読まないとわからない」(←もちろんだからダメという意味ではない)ということを言っていて、いたく納得したものだ。専門家でもなく、研究者でもなく、その人が日々接していない内容を理解したいと思っても1冊で完璧にというわけにはいかない。どんな良書であっても。だいいち読み終わって完璧に覚えておける人はごくごく一部の人だ。
だから、私もやっと「星の生き死にでふつうにできる元素は、鉄まで」というのが自分のものになったのは、この小柴さんの本だなと実感している。今まで何冊もの本で、「へー、そうなんだ。なるほど」と思っていたんだけどね。……でも3カ月経ったらまた忘れているかもしれない。それはご愛敬。
■入手本
片山孝次著『数学とっておきの12話』岩波ジュニア新書
→「とっておき」ってどんな話かな。しかし私はほんとに出来が悪いのに数学が好きだな。世の中に、きっといっぱい同志はいると思う。「出来が悪い」からといって「嫌う」必要はないもんね。「数学、キライー」と思っている特に元・高校生の方々、それは「数学、デキナイー」と同義ではないので、よろしく。「デキナイー」けど「スキー」という人、けっこういらっしゃいません? いただきました。どうもありがとうございます。
02/12/05/thu
■画像は忘れやすい
オフィスで自分のサイトを見て、昨日の「夜道カエル」がなんなのか調べようと思っていたのに大ショック。画像をアップし忘れた。×印が出ているじゃんかぁ。
ネイチャーものに強い人によると「ヒキガエルじゃないか」とのこと。図鑑で見るヒキガエルがなんとなく違う気がしていたら、もう一つの可能性は「ニホンアカガエル」だって。ヒキガエルほどお目にかかれないから、もしニホンアカガエルだったらうらやましいと言われた。
どっちだろう。わからんなー。ためしに角度が若干ちがう写真はこんな感じなんだけど、これでもわからないような。所詮、写メールだからな。夜だし。
夜は全然色が違って見えるのに加え、これ、ストロボ使ってます。写メールについてる非力なものだけど。それに、デジカメの性として色がわからないのは仕方ないことだからね。
同定はなんであれ、けっこうやっかい。【クモ(10/20のてくてく)】のときに学習したもんね。
■ほんと?
夜、同居人と待ち合わせて歩いて帰る道々、そば屋をみつけた。もちろん居酒屋をかねているけれど、朝5時までやっている。小腹が減ったらしい同居人が食べたがっているので、つきあった。ざるそば1枚。
これって、せっかく2駅分くらい歩いて帰っている意味がなくなってないかぁ?
で、さらに帰り道、同居人が発した言葉に疑念を抱いている。24時間スーパーで売っているミカンから、「子供の頃、冬になると段ボール1箱分のミカンがなかった?」「あったあった」「玄関に置いてなかった?」「そうそう。涼しいところにね」。
でも…、と同居人。毎年はなかったそうだ。うちは毎年あったぞ。4人家族だと、それくらいいくよね。
「育ち盛りの男の子はすっぱいものが苦手なの」
ほんと? 男性の方が女性に比べて酸っぱいものをそれほど好まないというんだけど、そうなのかなぁ。第一、自分は酸っぱいもの大好きじゃない。「ぼくは少数派」だって。
02/12/04/wed
■夜道カエル
夜勤の同居人と待ち合わせて、途中の駅から夜ウォーキングをしながら、帰ってきた。
雨上がりは気持ちがいい。……と、思っていたら家の近くで、歩道にカエル。けっこうでかい。色は茶色っぽい。しかし悠然としたものである。頭の上に木の葉をちょんとのせたままの姿。カサでお尻をつついても、目の前で足踏みしても、微動だにしない。右手を前に出して、じっとしている。
このままで大丈夫だろうか。ヨタヨタと動いていって車に轢かれたりしないだろうか。こんな色じゃ、道と同化して自転車に轢かれる危険性も高い。そう思って、せめて植え込みのあたりに誘導できないかと思ったりしたけれど、カエルは泰然とするばかり。
あまりにじっとしている様子に呆れ、同居人がカサで前に出していた右手をくいっとけたぐった。ちょっとコケた。でもそのコケ気味の姿勢でじっとしている。
いたずらしてごめんよぉ。考えたら、いくら雨上がりだからって12月にノコノコと出てくるカエルが元気なわけはないよね。腹が空いていたのかもしれない。寒くてあんまり動けなかったのかもしれない。あのカエルの運命やいかに。
■ちょっと補足
昨日、ついつらつらと自分の根っこみたいなものを書いてしまったけれど、もう一つあった。ついでなので補足しちゃえ。
えー、ふつーの人がだまされないようになってほしい。防衛力というのかな。ちょっと考えたり、調べたり、知っていたりしさえすれば回避できる危険がけっこうあるんじゃないかと思う。生命・財産を守る上で、「ん?なんかおかしい」「それって何?」といった感覚を支える環境という感じかな。そんなことを大事にしたいな。
02/12/03/tue
■やりたいこと
【9月24日(のてくてく)】から『エンカルタ』編集部員となった(各方面にご挨拶状なりを出さないといけないはずではあるのだけどネグりました。ごめんなさい)。もう2カ月以上が過ぎたことになる。もちろんいまだわからないこと(※)のほうが多いけれど、なんとなく自分がこの仕事を引き受けた理由みたいなものは少しだけ確認できた気がする。
いきなりだが、たしか1999年ごろ、同居人と一緒に生ジュースに凝っていた時期があった。ジューサーを買ってきて、にんじんやらセロリやら野菜ジュースを作って飲んでいた。けっこうおいしくて、当時の大阪の部屋に遊びに来た妹に「ほれ、うまかろ」と飲ませていた。妹もけっこう気に入ったらしく、横浜の実家でもジューサーを買ってにんじんジュースを作っていたようだ。
その少し後、仕事で上京したとき実家に泊まった。仕事の合間にできた休みの日に家にいたら、父親がゴソゴソとジューサーを取り出して作ってくれた。その日は生トマトジュースだった。「トマトジュースってのは、すぐに分離しちゃうから、急いでかき混ぜながら飲まないといけないんだよな」と話したりしていた。私は自分の分をもらって居間でゴクゴクと飲んだ。
ちょうどお昼時だったので、他の準備も父親はしていたらしい。
「おい、ちょっと来い。これ、飲んで見ろ」
見ると、テーブルの上には分離したトマトジュースにストローがささっている。ふだんストローなどまどろっこしいものを使う家庭ではない。なぜわざわざと思うが、そのコップは下が透明で、上が赤い。きれいにわかれるものなのだ。
「この透明のところも同じトマトの味がするんだよ」
父親は、混ぜて飲む前に、分離した透明の部分だけ飲んでみるためにふだんお目に掛からないストローを取り出してきて、わざわざコップにさして飲んでみたのだ。
「透明なのに、おもしろいよな」と喜んでいる。
大したことではないけれど、こういう実験精神はけっこういいなと思った。ちなみに還暦もすぎたいいおじいちゃんである。こういうときに「分離するって面白いな」「この境目はどうなっているんだろうな」とか、なんでもいいから何か気になったことを気軽に調べられるツールがいろんな人の手近にあったらいいなと思う。もちろん実際の現象はリファレンスでカバーしきれるものではないけれど、何か不思議に感じたことにヒットする内容があるかもしれない。
そんな環境を支えられたらいいな、と思う。
閑話休題。私は母親に勉強を教わったのは小学校5年が最後だ(4年までもあんまり面倒みてもらわなかったけど)。「のべと平均」まで。「割合」になったら、「もうわからないわー」とギブアップした。その後は、父親になった。父親は夜8時過ぎには寝てしまう人なので、夜に質問したい内容が出てきてもタイミングが悪いと聞けなくて困ったが、まぁ6年生までは付き合ってくれた。経理の仕事もやっていたので小学校でやらされる「割合(および速度だのなんだの)」程度はどうにかできたらしい。
たいていは学校の先生に質問していたのだけど、たまにいまわかりたいと思うと父親に聞いてみざるをえなかった。が、それも算数のうちだけ。中学に入って数学になって以降、そして理科は小学校時代も聞いたことがない。学校で習うことを親に聞いてはいけない家だった(←これはちょっと大げさな表現だ!笑)。
考えてみたら、高校を出て以来、数学も理科も関係なく生活していた人々である。やっぱり懐かしそうに「サイン・コサイン・タンジェント」という単語だけは言ってくれたけど。
元の話に戻ろう。もちろん高校を出てからずっと商売人としてやって来た還暦も過ぎた父親がいきなり数学や物理や生物をばっちり理解しようとするわけでもない。でも、「おお、分離しても味は一緒」と楽しんだときに、何か「これはなんでだろう?」と思う事柄が出てくる可能性は大事にしたい。その疑問を楽しむ環境があるといい。
その彼らの前提条件は小学校でやったことくらいだ。ただ経験は積んできているので、昔のとぎれとぎれの記憶をつなぎ合わせて、大人として対応すれば、中学生くらいのところはまではなんとか来るように感じる。
『エンカルタ』をやってみようという気になった理由のひとつは、一般家庭向けの内容だということだった。それに学校での利用を考えている。つまり“中学生がわかるように”というのがひとつの基準としてあった。もちろんゼータ関数だの統計力学だのをふつうの中学生にわかるように説明することに必然性はない。ただ、その中学生の向こうに、ゼータや量子や界面やホメオボックスやいろいろな世界があると楽しんでもらえたら嬉しい「元・中学生」の人たちが、ニュートリノにぶつかる電子の数くらいはいるんじゃないかな。……さすがにもうちょっと多いか(笑)。
なんだか甘っちょろいなー。でも、私の根っこはこんな感じなのだ。どこまでできるかはまた別だというのも当然のこと。さらに、ここで挙げたのはいわゆる理系用語だけど、もちろん他の分野の用語にも置き換え可。
(※)これまで雑誌での仕事が多かったので、その記事センスでつい編集対象を考えがち。でも事典の場合はまた違った編集判断を要求される。その見極めが私はまだできないと痛感する。10年以上慣れ親しんだ感覚とはちがうもので動くことはやはり難しい。
02/12/02/mon
■しゃべり倒す
とあるルートで紹介されたI書店のSさんと、Sさんの同僚のHさんとご飯。いろいろ共通の友人がいることもわかり、かつ同年代に加え、趣味や仕事の傾向も近くて、盛り上がる盛り上がる。初対面だけどとってもとっても楽しかった。よい出会いのきっかけをつくってくれたA社のYさんに感謝してしまう。
いろいろ話すには、やっぱり3人くらいがいちばんいい人数かなー。
02/12/01/sun
■サル
3カ月ぶりに美容院に行けた。会社員になるということの意味をちょっとわかった気分。平日が使いにくいのだ。前は空いている平日に美容院も何もちょこちょことすませられた。それがしにくい。もちろん他業種に比べれば自由裁量も大きいので、やろうと思えばできるけれど、なかなか時間をぽっかりあけるのは難しいのが現実だ。
家や職場の近くなら美容院は夕方駆け込めばどうにかなるのだが、相も変わらず中野に通っているのでやりくりがさらに大変。ずっと仕掛かりの仕事に追われていたので、土日がなくなってしまっていた結果、白髪ボウボウのなさけなーい頭の日々は悲しかった。
やっと美容院に行けたので、「パーマをかける」という野望をあっさりすててまた切ってしまった。「どうしたいのか」という考えなしに行くので、美容師に毎回面倒をかけている。でも今回は、前回の「耳の前を長く」という方向性は保つことにしていたので、少し楽かな。前や上はバサバサ切った。当然、サルである。
ワックスやスプレーでくしゃくしゃにしてスタイリングをしないといけないんだけど、毎日できるかなぁ。「こんな簡単なのなんだから少しはやってよ」と言われ、お手本を示してもらう。ワックスをつけた手で、ぎゅ、っと髪の毛を握るだけ。あとはひょいひょい。美容師がやるとなぜか決まるんだよなぁ。私がやると落ち着かないのに。前にそう言ったら、「だってこれでお金もらっているもん」ときっぱり言われた。かっこえー。
一部ヘナの色が全然入らなかったので、やたらと長くかかった。勤務に出ていた同居人の終業時間近くなったので、会社の近くまで行ってみた。待ち合わせて開口一番、「風でたいへんになっているね」とのたまう。そりゃ、風はふいていたさ。でもね。これはこういう髪型なの。
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