HOMEDIARYindexDIARYMAIL
2003年2月のてくてく

03/02/28/fri

■2月は逃げる

 今日で2月も終わりだ。はぇぇぇ。同居人によると、「2月逃げる。3月去る」なんだそうだ。お正月を過ぎて、2月3月はあっという間に時間が過ぎていく様子をいうのだという。「じゃ、4月は?」と聞いてしまってけど、それは聞いちゃいけなかったらしい。

 2月も終わりなので、大久保の夢眠に行く。もちろん2月とはなんの関係もない。前回は振られていて、もし今日も休みだったりすると6回中3回休みという振られ方になってしまう。幸いにもやっていた。よかったよかった。グリーンチキンカレーにしたのだが、ここはやっぱりベーコンエッグ野菜がいちばん美味しい気がする。今度からはこれにしよう。自分の中では、「夢眠に行きたい=ベーコンエッグ野菜カレーを食べたい」ということなのだ。



03/02/27/thu

■パズル

 そういえば昨日、【黒木掲示板な3】【まきのさん】が今年の東大前期の入試問題を紹介していた。数学の第6問。編集部で思わず、「わー、今年の東大の入試問題おもしろいですよー」ともう一人の科学・技術系の担当者に教えたほどだ。今日は、【あらきけいすけさん】からも「面白いですよ」というメールがきた。しかもありがたいことにヒントつき。明日か明後日あたり、付けてくれたヒントもアップしましょう。
 おっと。肝心の問題問題。

  「円周率が3.05より大きいことを証明せよ。」

 いいよなぁ、こういう問題。打倒文部科学省! たしか東大は4〜5年前にもこの手のヨイ問題を出題していて、驚かれたはずだ。河合塾のスタッフが「こういう問題を出してくれるなら教えがいがある」といったコメントを出していた記憶がある。
 きっとそのときと同じ人が問題作成係になったんじゃなかろか? 問題、とくにヨイ問題を作れる人というのはけっこう限られている。そういうのって、この前の【結城さんちの数列クイズ】じゃないけど、出題者がそもそも対象をちゃんと楽しめているかどうかが関係することなんじゃないかな。忍ぶれど…、というわけで楽しんでいればにじみでてきちゃって、伝わっていくだろうと思っている私なのだった。実際の東大の問題作成は違うかも知れないけど、ま、それは言いっこなしで、ひとつ。

 「知的パズルとしてお楽しみください」と紹介してもらったのだけど、私は、昨日、今日と別のパズルにはまっている。なまじ東大の6番が解けちゃってもさー、困るからねー(もちろんおわかりかと思いますが、ウソ)。
 と思って、ちょっとネットをフラフラしてきたら、そこここにこの出題の話が。中でも【いろもの物理学者さんの日記】の楽しみ方はまた別格。この方法で楽しむのもヨイな。

 さて。私が現在はまっているパズルは、仕事で出てきた。いま私は事典の仕事をしているのだけど、この事典には日本版以外にもある。英米以外に、フランス、イタリア、ドイツ、スペインだ。で、それらの国々に掲載されている図や写真も、うまくいけば使える。ありがたいこってす。その図版の中に入る文字部分の翻訳・確認作業をやっているのだ。英語はできないコンプレックスがあったが、そんなことを言ってられない。英語はわかるよ、ほんと。いきなりドイツ語やイタリア語やスペイン語の事典の内容と格闘すると、英語なんてカーンタンに思える(けど実際は英語でもあんまりわかってない)。

 言葉はわからないけれど、図の内容や単語を手がかりに、解読していく作業はほんとにパズルだ(もちろんたいていの部分は翻訳に出すんだけどね)。今日は、イタリア語のホルモンの作用機序らしき図版たちと格闘していた。ちなみにタイトルは「Meccanismo d'azione di ormoni proteici e steroidei」。なんとなーくわかるでしょ。でもなーんとなくしかわからない。日伊辞典も引きましたさ。でも日伊辞典は、「細胞膜受容体」なんて言葉がすんなりわかるほど懇切丁寧に書いてくれているわけじゃない。活用が激しい言葉はほんとにやっかい。

 より正確に、より普遍的に使われている日本語を探し出す作業は、パズルっぽい。イタリア語のグーグルで、近そうな英語の単語と一緒に検索してみたり、そこからまた日本語に戻って、近そうな英語と一緒に検索して探してみたり。関連するトピックのキーワードが見つかれば、あとはどうにかなる。最初の頃は途方に暮れていたのだけれど、そのキーワードがなんなのか探し当てるのがちょっとずつ楽しくなってきた。どうにかこうにか「サイクリックAMP」というキーワードらしき日本語にたどり着き、だいぶ楽になった。その分野の玄人なら、図を見ただけで一発なんだろうけれど、残念ながらそれほどの幅広い知識は身につけていない(幅狭い知識も陽炎のごとく消え去るけど)。イタリア語と日本語で「c」のつく位置が違うらしいことがてこずった原因だったようだ。でもほんとにキーになる言葉にうまく近づけると、ぱぱーぁと視界が開けていくんだ。それはけっこうな快感だとわかった。

 あ、ついにニンニク酢のニンニクの玉が4個とも沈んだ。



03/02/26/wed

■どこもかしこも〆切だらけ

 編集部にいくと、原稿整理や原稿書き以外に、種々の作業のデッドラインが週に1つくらいはあって、「へー」とかくたびれて帰ってくると、我が家にも「〆切よーん」と出迎える封筒がある。ちゃっちゃとやらねばと思いつつ、放置してある確定申告なのだ。今年の〆切は3月17日か。

 家に帰っても〆切に追われているようで悲しい。が、今日は早く帰ってきてみた。脳みそが沸騰気味。知恵熱が出そう。頭が悪いと大変だよね、ほんと。で、早く帰ってきたら、3月末であることが終わるとのお知らせ。これは、いい知らせ? 悪い知らせ? どっちだ?

 さてさて〆切は、他にはなんだっけ。書評があったな。忘れないうちに書かないといけない。えーと、自宅でのデイリー・ワーク以外には、とりあえずそれだけか。なんか忘れているような気がしちゃうのは、今日も眉を描き忘れたからだろうか?


■ふと思ったこと

 私自身、新聞社系の仕事が多かったのもあって、新聞記者の知り合いが多い。同居人が現在通信社、元M新聞社だというのもある。

 裁判官や検事もけっこう多いみたいだけど、民間では、銀行とNHKと新聞社は引っ越しが多い。なんのことはない、地域を越えての異動が多いだけなんだけど、家族は大変だ。最近は単身赴任というケースも多々あるが、各地を転々と一緒に引っ越す家族も少なくない。
 もちろん、それはそれで当事者たちがいちばんいい選択をすればいいんだけど、夫が記者で、妻が専業主婦だと妻はキャリアを身につけることも難しいと思う。夫の都合で、短ければ1年ちょっと、長くても3年程度で引っ越さなければならないとなると、経済的自立もままならないよなぁ。



03/02/25/tue

■少しイライラしてます

 なんかピントはずれで疳に障るかも。っていうか、障ってる。編集者の自覚がない人が、編集なんてしちゃいけなかったんじゃないかな。



03/02/23/sun

■ビフォーアフターの作家さん

 日曜日の夜8時からテレビ朝日でやっている『大改造・ビフォーアフター』という番組をみると、あの加藤みどり(サザエさんの声の人)がやっているナレーションの「なんということでしょう」という定型句が聞こえてくる。

 そのへんのくだりあたりになんとなく感じるものがあったのだが、クレジットロールの構成担当者の名前にある「伊藤正宏」という名前に気づいた(のはだいぶ前。書こう書こうと思って忘れていた)。この人、昔の第三舞台の狂言回し的役をやっていた伊藤正宏氏じゃなかろか。彼を最後に舞台で見たのは、いつだろう。もう10年くらい前のような気がする。それもあって、第三舞台の役者から放送作家に転身したんじゃないかとふと想像したのだ。ちがうかな?

 ついでにいえば、そろそろこの番組の批判記事(やらせだとか、金額面の問題とか、その後の問題とか、考えられるのはあとなんだろう)とか出てくる時期じゃないかなと思うんだけど、どうだろうか。それほどではないか。


■ボツと新規別件

 ちょっと楽しみにしていた仕事がボツってしまった。残念(といっても、ボツ理由は理解できる)。まだ漠然とながら、あれやこれや企画の断片をメモしていたので、今後に有効活用できるといいな。

 一方、仕事ではないものの、新しい動きが周辺で起きている。これも楽しみ。あれこれ、頭を動かすのは面白い。ただあんまり詳しい分野ではないので、どれだけ有効なことを思いつけるかとなると、はなはだ不安だけど。お役に立てるといいな。



03/02/22/sat

■長い1日

 朝、8時半に電話で起こされる。そういえばMさんのお通夜の手伝いにいく前日もこんな感じだったな、と思い出して、ちょっと身構える。……と、訃報ではなかったが、やっぱりかなりこみいった話。どちらが悪いということもなく、仕方のないことではあるけれど、午前は吹っ飛んだ。前日が4時頃の就寝だったのでさすがに眠く、午後睡眠時間の追加をおこなったためもあり、分断された長い1日だった。

 夜、『マン・オン・ザ・ムーン』を同居人が借りてきたので、一緒に見た。ジム・キャリーはやっぱりすごいなぁ。器用というか。器用じゃ言葉が軽すぎるかな。詳しくは知らないけれど、アンディ・カフマンというアメリカのコメディアンの映画。どうやら実在の人物をモデルに映画化したらしい。

 アンディはギャグを仕込んで、いろいろと仕掛ける。かなりタチの悪いギャグが多い。個人的にはあんまり好きなタイプの「笑い」ではない。でも、そういう笑いがあることは知っているし、ウケるのならそれはそれでかまわない。決まり決まった定型のギャグを求められて、それに応じていくだけの芸人にはなりたくないという心情もなんとなくわかる気がするし、新しいタイプの笑いを追求したいというのもそうだろうなと思う。

 ただ、それはとてもとてもしんどそうな作業だなと感じた。

 にんにく酢は、近づいて嗅いでみると、フタを閉めていてもほんのりとニンニク臭。ちょっと多かったかな。手頃なサイズのにんにくの塊がなくて、少し多めだったからなぁ。写真に撮ってみたけど、うちのデジカメでは青をくっきり出すのが難しい。4個のうち3個がすでに沈没した。……問題は、このニンニク酢の変化にのみ興味がいってしまって、料理に活用するということが忘れられている現実。観察日記目的じゃないのに。


■忘れ物

 水・木・金と何か忘れている気が、家を出るときにしていた。でも思い出せなくていたのだけど、やっと昨日わかった。

 「眉毛を描くこと」

だった。この間、同居人の眉毛が長くなっているのをそろえるために、同居人の髭そろえ器(髭剃りではなくて、一定の長さにそろえる小さい芝刈り機みたいなもん)を使ってみたのだ。そしたらきれいに切りそろえられたので、私もやってみた。が、私の眉毛の長さはいちばん短い長さにセットしても、ほとんどひっかからない。さすがに男性のヒゲ用のを女性の眉毛に援用するのは難しいらしい。でもやっぱり楽そうだったので、眉毛用の電動シェーバーを買ってみたのだ。
 ヴーンヴーンと音のなるシェーバーでショリショリ。簡単なんで、つい眉毛を細めにそろえた先週のこと。元々あんまり濃くない眉毛で、後ろ半分はあんまりない。そんな眉毛でそろえたりすると、どうもお公家さんのちょん眉みたいになってしまうのだ。だから、月、火はちゃんと眉を描いていった。が、これまでになかった習慣を身につけるのは難しい。朝は、すっかり忘れちゃうのである。会社のトイレの鏡で気づくけどまた忘れる、の繰り返し。

 家を出るときに、「火、止めた」「カギ、持った」という確認作業と一緒に、「眉、描いた」とやらねば。



03/02/21/fri

■にんにく酢続報

 昨日、【宇宙色のにんにく酢(03/02/20のてくてく)】と書いたが、進展があった。お酢の中に入れたにんにくは、すでに半分くらいが青い。

 プカプカ浮かんでいたにんにくたちが、沈み始めた。

 最初ににんにくをつっこんだときに浮いているのを見て、「へー、浮くのか。でもこれ、いずれ沈むんだろうな」とは思っていた。1週間にして沈んだにんにくの玉。



03/02/20/thu

■宇宙色のにんにく酢

 NHKの「生活ほっとモーニング」で【「これは知らなかった! 酢の徹底活用術」】の回の再放送を少し前に見た。その中で、「しょうが酢」と「にんにく酢」というのを紹介していて、これは使えそうだと作ってみることにした。酢の中にしょうがをぶち込む。酢の中ににんにくをぶち込む。それだけ。比率は、固形1:酢10だ。しょうが100グラムなら酢1リットルね。あとは1日経てば使えるようになるという。

 重い思いをして(←ココ、声に出すと面白い。おモイおモい…なのだ)、お酢を1リットル買ってくる。ビンも一緒だったからほんとに重かった。で、つけ込んで翌朝、ちょっとにんにくさんが変色しているような気がした。でもなんか「そんな色に変色するはずはない」と、自分の見間違いだと思っていた。

 さらに時間が経つと、見間違いなどと言っていられなくなった。酢の中のにんくさんが「青い」のである。お尻のほうからすでに4分の1くらい青くなっている。正確には「青緑」くらいだけど、同居人なんて「宇宙の色だ」とまで言う。でもたしかに「むじんくん」みたいな色だ。

 3日経っても、にんにくはどんどん青くなる。さすがに心配になって調べてみたら、上のNHKのウェブに

「注:つけているときに、にんにくが緑色に変色することがあります。これは、にんにくの収穫時期によるもので、健康上問題はなく、また日にちがたてば色も元に戻ります」

と書いてあった。緑というより青だけど、大丈夫なのね。

 でも、さらに疑問が発生し始めてしまった。「収穫時期」によって色がちがうということは、なにがしかの成分が時期によって違うということだよね。にんにくはなぜ酢の中で青くなるのか? 成分はどうなっているのか。どうせならそこまで書いといてほしかったなぁ。

 今日、〆切をクリアして、先の〆切の仕事がけっこう楽だったのでそれもチャッチャと終わらせることができた。ほっ。一息つけるかなぁ。でも来週からはまた大変だ。えいほえいほ。



03/02/19/wed

■眠れなくなるほど楽しめる時間

 結城浩さんの日記で【数列クイズ / 猫のミー・マー・ムー】を読んで、無性に感動してしまう。なんだかとっても嬉しい気持ちになってきたのだ。でも、じつは怒りみたいな気持ちも、一緒にふっと通り過ぎていった。

 「ねえ、寝る前に何かお話して」という長男君に、「じゃあ、クイズをしよう」という結城さん。いくつかの数字を並べて、その次にくる数字は何かあてるクイズを楽しんでいる。「数列クイズ」だ。最初は簡単なものから、だんだんとひねりの効いたものへと続いていく。

 かなり込み入ったものでも頑張って答える長男君もすごいけれど、なにより、その場でぱっと数列を思いつける結城さんもすごい。こうやって何気なくクイズの中であれこれ考えることができる風景はとてもいいなぁと思う。

 ただ、一緒にふっとわき上がってきた“怒りのようなもの”は、こういう形でもなんでもいいから子供と一緒に自分も楽しまないで「理系離れ」や「学力低下」を憂いちゃっている親たちが多いことだ。
 別に、勉強どうこうと言わないのならいい。そうではないのに、「自分自身が不思議さを楽しむこと」や「新しいことを覚えていく面白さ」や「あれこれ考えてみること」を自分は棚上げして、子供にだけそれらを求める親たちが多くないか? 親がそういうのを楽しんでいれば、子供だって見よう見まねで始めるでしょうに。



03/02/18/tue

■約半年後

 古巣の編集部に用があって顔を出したら、傘を忘れてきたというドジな日。先行き不明ではあるけれど、ちょっと楽しそうな話があった。で、自分の編集部に行ったら、ずっと中身のない「予告」だけがあった事柄の中身が発表になった。ほーぉ。約半年後が、こちらもちょっと楽しみ。いろいろ大変そうではあるけれど。

 などという個人的ニュースに翻弄(?)されて、仕事が少し滞ってしまった。今月の作業の〆切まであと2日。いけ〜、いけ〜、あと4本。とりあえずかけ声だけかけてみる。


■今日の発見

 仕事の関係でいろいろ調べものをしていたら、初めて知ったこと。「ジョロウグモ」。ずっと「女郎蜘蛛」だと思っていたけど、違うのだ。「上臈蜘蛛」なのね。この「上臈」部分だけだと「ジョウロウ」と読む。でも「上臈蜘蛛」だと、これで「ジョロウグモ」。「宮中の身分の高い女官」のことなんだって。知らなかったぁ。『世界大百科』にも『エンカルタ』にもあった。あ、もし漢字がコードの関係で変になっていたらごめんなさい。ちなみに「上」の後は【月葛】という1字です。ただし「葛」の「匕」の部分は「ム」または「凶」みたいな字かな?

 で、女郎と上臈はどういう関係かというと、どうやら「上臈が転位して女郎」になったみたい。「身分が高かった」平家の女官が春をひさいだことから「上臈が転じて女郎」という説があるらしい。

 やっぱり蜘蛛には「高貴な女性」が似合うよね、うんうん。蜘蛛きらわれ解消運動展開中。



03/02/17/mon

■ダブル攻撃

 月刊のペースでやっている仕事にめどがたってあとちょっと頑張れば一息つけると思ったら、降ってくる年刊の作業。考えたら12月は1年間で扱う項目決めが月刊の作業以外にあったし、1月は特別企画があった。これって、けっこう地獄では。

 月刊だったらどこでどう力を抜いて、というのが肌に染みこんでいるんだけど、こんな2本のレールは初めてだからわかりゃしないよ。ここに新しい仕事を入れられるのか?? ま、様子見してみましょう。


■苦手なにおい

 大阪の両親の様子を見に行っていた同居人がおみやげに柿の葉寿司を買ってきてくれた。じつはサバはかなり苦手。でも…、と思ってつまんでみる。2個でギブアップ。食べているときはいいのだけど、残り香がダメなんである。口の中が全部サバになったみたい。サバの味は好きなんで、ちょっと悲しい。子供の頃にサバでかいかいになってサバを食べないで育ったのがいけないのかもしれない。
 速攻で歯を磨いた。あわれな柿の葉寿司だなぁ。



03/02/16/sun

■睡魔

 昨日は、泊まり明けの同居人の睡眠時間にあわせてつい一緒に寝てしまった。私は泊まり勤務をしているわけではないので、明らかに寝すぎである。
 金曜日の夜1時頃寝て、土曜日午前8時頃起きて、10時頃帰ってきた同居人と一緒にご飯を食べて、昼過ぎから2時頃まで寝てしまう。夕方起きてきた同居人と一緒に、湯島方面へ出かけ、天神下の人気ラーメン店「大喜」へ向かったらほんとに行列ですごすごと諦め、並びのデリーでチキンバリを食す。こことあまり合わない私が美味しいと思うのは、これくらいかな。同居人はドライカレーを食べて悲しそうだった。
 そのまま御徒町へ足をのばし、アメ横で「あったかいシャツを探す」という同居人に付き合った。ババシャツならぬジジシャツである。「パッチも一緒に」とちゃかしてみたり。でもなかなかお目当てのシャツが見つからず、もうアメ横も終わりかなというころになってやっと「これかも」という釣りだの登山だので着るようなのを買い込んでみた。
 で、ぐるりと回ってアメ横を出ようとしたら、よくわからない「アメ横焼き」なる露店があった。今川焼きの一回り大きい感じだけど、中は紅ショウガやモヤシや干しエビや卵。ほとんどお好み焼きみたいである。「おいしいよ」とお兄さんが声をかけてくるので、試しに食べてみる。焼いているお兄さんが「マシソヨ」「マシッソヨ」と言っているのが不思議。なんの意味か聞き損ねた。韓国語かな。「美味しい」とかそういう意味かも。焼きたてを同居人と一緒につついたが、違和感もあるなぁ。まわりのタネの部分はまさに今川焼きの食感で、中はお好み焼き。まずくはないけど、うーん、評価不能。

 帰る道々再び通った大喜の前は、まだ行列だった。帰宅した後、結局9時過ぎに寝てしまう。日曜の朝9時過ぎまで、12時間。なんか壊れちゃったみたいだ。寝過ぎだよなぁ。昼ご飯がてら外に出て、電気代とか支払って、帰りに近くのホームセンターで洗剤やCD−Rや広口瓶の買い出し。しょうが酢とニンニク酢を作るのだ。スーパーでお酢や夕飯の材料を買って帰ってきたら、やっぱり、今日も眠くて、昼寝をしばししてみたり。仕事がすすまないよ〜。


■大人1枚お願いします

 『中央公論』3月号を買ったら、斎藤環が「社会の成熟が奪う個人の成熟」と題した時評を書いていた。「…いまの二十歳に成熟した大人を本気で期待するものが、果たしてどれだけいるのだろうか。精神医学業界では「オトナは三十歳から」が20年以上前からなかば公式見解である」と書いている。その後、朝日新聞で連載されていた「現代不惑考」を引き、「不惑の年齢を迎えても「成熟」の自覚が持てない世代の言葉」として宮崎哲弥の「いまでも『大人になったら何になろうか』と考える」に共感を示している。

 私もあと3年で不惑である。同居人はすでに不惑である。成人式から考えれば、すでにダブルスコアだ。でも、やっぱり自分が「大人である」と感じられないでいる。
 20代前半のころに周りにいた40歳は大人に見えた。彼らは当時、自分たちのことをどう思っていたのだろうか? ちなみに斎藤環が相対的に大人に見えるという松岡正剛は、池波正太郎を読んで、「(かつては)三十をこえた大人たちは、もはや別の生き物としかいいようがなかった。彼らはどこかで『大人になる薬』を呑んだとしか思えない『社会』そのものだった」と書いているらしい(斎藤環の話はそこからさらに広がっていくけれど、このあたりで私は詰まったので先は知らない)。

 実はいつの時代も大人と思えないでいる人々が集まっているのかもしれない……、という勘ぐりをしつつ、一方では、「子供を持たない」人たちの感覚でもあるのだろうか、という思いもよぎる。親子関係が変わってきているとはいえ、圧倒的にコドモな子供を目の当たりにしていれば、多少は自分が「大人」であるという自意識もどこかに少しは出てきやすいのじゃないか、と。
 実際、子供の目がないのをいいことに、我が家の不惑前後二人はバカなことをやってはふざけている。それに、子供の目を意識しないでいい生活がとても心地よいのだ。子供がいる人たちには違うスタンスでの「大人ではない感覚」があるのだろうし、異論も出てくるだろうけれど、ふと、こんなふうに感じた。

 ついでに。朝日の「現代不惑考」で私がいちばん心に残ったのは、渡辺浩弐である。彼は20代後半のとき、彼を養育するのにかかったであろう金額に相当するお金を両親に返して、それ以来一切連絡をしていないという。「この話をするとたいていの人が嫌な気持ちになる」といったコメントと一緒に紹介されていた。私は、心の中で「すばらしい!」と喝采を唱えた。その割り切りや実行力、筋の通し方含めて、すごいと思う。そうしないとならなかった彼のしんどさもあるのだろうとは思うけれど、中途半端にウダウダと親子関係を愚痴タレながらやっているより、よほど前向きだと思う。



03/02/14/fri

■ハッピー・バレンタイン

 やっぱり昨日、ゴリゴリやったせいか、気が抜け気味の1日だった。でも、最後の原稿依頼もほぼ終わり、後は皆さんの(大量にくるであろう)原稿を待つばかり。ただし、自分が書かないといけない分は除く。もちろん細かいことや突発的なことには、これからも対応していかないといけないけれど、ある程度、執筆者のめどがたったことにホッとする。やっぱり植物は次年度回しになってしまったなぁ。

 で、世の中はバレンタインらしい。こういうイベントにウキウキする気分から縁遠くなってどれくらい経つだろうか。いちおうは誰かがちゃんと編集部用にチョコレート1箱が用意されていたが(喜んで食べているのは女性部員が多いかも。私も食った。ふふふ)、自分自身は「誰かがやるだろー」とすっかり他人事である。まえーに勤めていた頃は、チョコレートケーキなぞ焼いてみたりもしたんだが。

 ……これをオバサン化というのか???

 ふるふるふる。と焦って、早めに帰宅してみたりする。同居人に「バレンタインは何がほしい?」と聞いたら、「義理チョコ」と言われたので、それをあげねばと思い出したのだ(ほんとの理由は眠くてたまらなかったからだけど)。今日は同居人が泊まりなので、ほとんどバトンタッチだし。
 コンビニじゃあんまりなんで、調布のパルコに寄ったらバレンタイン用の特設コーナーがあるらしい。というわけでそこへ向かおうと思いながらエスカレーターを上がっていたら、小物の店が目に入った。結局、バレンタインコーナーにはたどり着けず、手前の店でデイパックと帽子を買ってみる。デイパックは今使っているのがやぶれつつあるし、「頭が寒い」(ハゲているわけではない)というので帽子になった。なんだ、ちゃんとしたプレゼントになったじゃん。

 出勤前の同居人に差し出すとき、無意識に「いつもいつもありがとうございます」という言葉が口から出た。
 あれ? これって、「父の日」とかのノリと一緒だよなぁと思ってしまった。そうか、父でも夫でもない同居人に、感謝の気持ちを示す日としてバレンタインはちょうどいいのだな。クリスマスはキリストさんの誕生日だからちょいと違うし、誕生日は「年をとっておめでとう」だしね。……それに、ほれ、いちおう「恋人気分」を演出もできるからね。ついでといっちゃなんだけど。

 そういえば、去年は手袋と○○の○○○をあげたっけ。「手袋をあげると9カ月後に別れる」というジンクスは踏襲されなかった。よかったよかった。えー、書くと怒られるけど、○○には「毛糸」が入ります。あとは想像におまかせ。




03/02/13/thu

■黙々ゴリゴリ

 9時過ぎに家を出て、途中お昼に外へ出たが、夜10時過ぎまで、黙々(といっても口も開く)と、ゴリゴリ仕事をした1日。編集作業は、多岐にわたった細かいことがやっぱり多いんだよね。まぁ、調整役みたいなもんだからね。
 ゴリゴリやったおかげで、だいぶ進んだ。とはいえ気を抜くとまたしわ寄っちゃうけど。



03/02/12/wed

■出戻り

 朝、家を出て、駅まで行って気づいた。「あ、デロンギを切ったかな」。こうなるともうダメ。結局、家へ戻った。朝から駅と家を一往復半して、都合30分弱のウォーキングとなった。
 ちなみにデロンギのスイッチはちゃんと切れていた。

 たまーに、こうやって戻ることがある。ガス台はちゃんと止めただろうか? カギはちゃんとかけただろうか? 理由はだいたいこの辺かな。こういうのって、強迫神経症の気があるってことだろうか? でも単にソコツなだけなのかも。出る前にちゃんと確認すればいいのに、そういう努力はしてないからね。
 それに、おうちから出られなくなっているわけでもないので、よしとしよう。


■きれいなディレクトリ構造

 同居人が「裁判所のサイトがすごい」と言うので、見てみた。

 まず、【裁判所】というホームページがあって、そこから【最高裁判所】【各地の裁判所】に分かれる。
 「各地の裁判所」は、さらに日本全国の高裁地裁のホームページへとリンクされている。当然ではあるが、裁判所のウェブサイトはきれいなディレクトリ構造だな。おっと、ディレクトリはもう通じないんだっけ。……「フォルダ構造」? 変じゃない? 「ディレクトリ」=「フォルダ」で置き換えられるわけではないのね。えーと、ツリー構造か。

 で、何が「すごい」のかというと、各地の裁判所で行っている「主要判決速報」らしい。昔、同居人は裁判所のサイトができたときに「判決がデータベースとして公開されなきゃおかしい」と文句を言っていたのだけど、それが一部とはいえ実現されていて驚いたらしい。

 やっぱりなじみの深い【東京地裁】を参考に覗いてみたら、たしかに【主要判決速報】というのがある。なるほど、ちゃんと被告や住所は「甲」だの「a町b丁目c番地」てな書き方になっているよ。えらいえらい。これで全部が出ていればさらにえらいんだけどねぇ。それに、途中経過もぜーんぶ公開しておけば、「裁判記録を紛失」(今日のニュースでこういうのがあった)しても大丈夫じゃん。えへへ。嫌味かしらん。

 しかし判決文を読んでいると、うなってしまう。「判決文は悪文の見本市」みたいなタイトルの記事を日垣隆が『文藝春秋』に書いているらしい(新聞広告情報)が、たしかにそうだなと納得させられるよ。でも、今日はこんなものを発見した。
  (前略)
 「6 点火棒(いわゆるチャッカマン)の不発見」
  (後略)

 「いわゆるチャッカマン」って……。これを司法試験を通った判事さんが判決文に書いているのかと思うと脱力できてよろしいぞ。しかもこの事件は「強殺」(ゴーサツと読む)だったりするんだから。



03/02/11/tue

■文楽修行

 午後2時半から午後9時まで、途中休憩を挟みながらもずっと文楽見物。これは修行か?苦行か? 楽しいんだけど、ずっと座っているのは身体がキツイ。文楽見物の師匠であり、チケットの手配師でもあるNさんは、午前11時の1部からずっと見ているわけで、我々は軟弱モンです。

 今回の演目は、第2部が「一谷ふたば軍記」(「ふたば」は【女束欠】という1字)から「熊谷桜の段」と「熊谷陣屋の段」、それに「釣女」。「一谷」を観るのはなんと3回目だ。あれぇ? 文楽って“3年しばり”(1回やると3年間はやらない)があるんじゃなかったっけ? 最近はあまり関係なくなっているらしい。

 この2部が観たかった理由は、「一谷」で人間国宝・吉田玉男が熊谷(くまがい)という武将の役を遣うから。御年84歳。玉男の立ち役は最後かも知れないという気がどうしてもしちゃうのだ。これまで観た2回は、弥陀六(みだろく)というおじいちゃんの役だったから、玉男の熊谷は気になる。が、やっぱり大きな武将の人形は、あんまりピンとこなかった。足遣いが下手で全然決まらないというのもあるけれど、ちょっと上半身が低くて遣いにくそうじゃないかなとも感じる。決めのポーズが決まらなくても、その後に妙な渋みで引きつけちゃうあたりが玉男さんのすごいところでもあるけれど。

 第3部は、「ひらかな盛衰記」と「道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)」。「ひらかな」の冒頭「辻法印の段」というチャリ場が本日最高の舞台だったらしいが、よく寝てしまった。気持ちよかった。伊達大夫さんがうまかったから、ということにしておいてください。第2部で大好きなんだけど眠くなる十九大夫さんのときに頑張って起きていたから、その反動かも知れない。十九大夫さんの浄瑠璃は私のアルファ波誘因剤なのだ。そのあとは人形で人間国宝・吉田簑助のすごさを痛感した。彼の遣う狂気はゾクゾクする。

 全編通しての今回のごひいきは、吉田簑太郎だった。「一谷」では病気の人の代役で遣った藤の局がすごくよかったし、第3部の最後の「道行」では横の二体のでくの坊人形をカバーしちゃう大奮闘。師匠の簑助は首と胸の角度がものすごいうまいと思うけど、簑太郎はその良さを引き継いだのに加えて、腕の動きが艶っぽいなぁと感じた。簑太郎と簑助の遣う人形は、どちらも顔の表情が豊かなのも魅力的だ。頬まで動いているように錯覚させるもんね。



03/02/10/mon

■頭痛が続く

 なんか頭痛が続く1日だった。電子レンジで暖めるホットパックを隣のスーパーの薬局で買ってきたけれど、家においてあるのと違って、非常に使いにくかった。ダメじゃん、白元。カバーに入れて電子レンジにかけられないし、3つに分割された中身は入れにくいし、均等に暖まりにくいし。一緒に買ったバンデリンのほうが効果的だった。



03/02/09/sun

■年金

 今日は、朝から洗濯したり、ちょっとだけお掃除したり、ご飯を炊いたりしただけで、あとはぼぉぉっと過ごす。この「ぼぉぉっ」が私には大事な気分転換。何も加えず、何も引かず。モルト・ウイスキーと極意は一緒だね。

 ところで、かなり昔、父親から言われたことがある。「おまえらは年金を払っても損するだけだよな」と。年金破綻とか言われるだいぶ前に(もちろん行く末は見えていたけど)、セコセコと計算してみたらしい。父親の結論は「1950年以降に生まれた人は払い損」だった。1955年だったかもしれないけど、まぁ、そんなもん。

 なんでそんなことを思い出したかというと、昨日、ぽろっと同居人が言ったことが面白かったからだ。

 「ぼくも後30年経ったら、さすがに年金をもらえると思うんだけど、そんときあなたのお父さんがもらえる年金は減額されているのだろうか。減額されていなかったら、『ほれ、今月のこづかい』とか言ってもらっていたりして」

 同居人は41歳。うちの父親は65歳。30年後は71歳と95歳か。どう考えてもうちの家族の中でいちばん健康なのが父親じゃないかと思われる。最近じゃ、ついに酒もやめたし。それなりに長寿の家系みたいなので(じーちゃんは享年90歳、ばーちゃんは91歳で元気)、ありえそうな事態である(先のことはわからんが)。

 そのとき、同じ年金受給者として同じ金額をもらうのだろうか? 年金のことをちゃんと調べたことがないから(そもそもあんまり払っていなかったし……。ま、いまは否応なく払っているから時効ってことで……、って全然時効じゃないじゃんまだ)、よくわからない。
 ただよく言われるのは、否応なくバカ高い厚生年金を取られ続けても、今30〜40代の人が実際に自分がもらえる額はものすごく少ないということだ。同居人は「月額5万とかでしょ」なんて言っている。ほんとかどうかは知らないけど。

 もしそのときうちの父親がまだ生きていて、しかも減額されていなかったら、同じ年金受給者なのにえらい格差ができちゃっていそうだ。そういうことっておかしい気もするから、やっぱり減額されるのかな。でももらっていた年金が途中で目減りしたら、一揆というか反乱モノだわなぁ。

 きっと私は年金受給者の父親から「お年玉」をもらい続けているんだろうな。いつまでたっても親のほうが金持ち。

 「逃げ水のような年金」(支払い開始年齢が徐々に引き上げられていく=もらえる年齢になったと思うと延びている)ていうだけじゃなくて、「不公平感を募らせる年金」なのかしら? 今度調べてみよう。なんか、保険金殺人とかじゃなくて、年金殺人が起こっちゃいそうだな。

 年金をもらうようになる前に死んでやる。……あ、これって、お上の思うつぼかも。



03/02/08/sat

■いまさらヤンキー

 朝起きたら、同居人は早番に出た後だった。もぞもぞと準備をし、さすがにそろそろ髪の毛を切ろうと中野へ向かった。でもまずは腹ごしらえ。大勝軒に入ったら、ちょうど席から一人が立ち上がったところですんなり座れる。お昼時にこれはラッキー。毎度のもやしつけ麺を頼み、さくさくと食べて美容院に入ったら、ここも空いていた。「土曜日じゃないみたいなのよぉ」と店長さんが嘆いていた。

 これも毎度のことだが、あまり考えずに「ヘナとカット」と頼んだら、「切りたい衝動は?」と聞かれたので「ううん、あんまり」と返事をしてみた。裾の部分の長さはあまり短くしないで、横とか前とかを切ることになった。……が、予定通り進まないのが私の髪型。目の前にあった女性週刊誌の表紙に、トップが短くなったキムタクの写真(例のパイロット姿のやつ)が載っていた。「こういうふうに上を短くしてちょっと立てるのもいいんじゃない?」と言われると、心が動く。ここのところずっと、ツンツンとしない髪型が多かった。つい「うん!」と答えて、裾以外はどんどん短くなっていく。うふふ。しかも、「鈴木さんはまだ白髪があんまり多くないから、ヘナの色のついたところが隠れちゃうのよね」ということから、突然メッシュを入れてみることになった。初メッシュ。どう入れるかがセンスを問われるメッシュ。ちなみに私の担当者が下品だと思う失敗メッシュは扇大臣のメッシュだそうだ。

 当初の予定からだいぶ変わってできあがった私は、なんかいまさらヤンキー。といっても老けているわけだから、なんか変。自分で慣れないぞ。自分の顔はあんまり見えないから、当分は違和感があるんだろうなぁ。

 勤めの終わった同居人と落ち合ったら、絶句してた。心を落ち着けてから出てきた言葉は、「坂本スミ子みたい」だった。なるほど。すごーく苦労して言葉を探し出してきたのがわかる。「または九重祐美子」。ふーん。毛が短くて色がついている女性を引っ張り出してきて、整理整頓しているのね。

 そこでふと私が思いついた人。「ねぇねぇ、敏江さんみたいでしょ」。同居人の返事は、「…プロペラついてないやん」だった。そこで頷くとやっかいなことになると判断したみたいだった。いろいろ気を遣って大変ね。

 会社員だとつい気楽になって、髪で遊んじゃう私であった(※)。次はどんなにしようかな。

(※)ふつうは逆だと言われそうだが、個人事業主(別名フリーター)だと気分的にあんまり遊べない。よけいな印象をもたれると面倒だから。



03/02/07/fri

■早引け

 朝はまぁまぁ大丈夫だったので、出社してみた。が、やっぱりダメ。腹痛と頭痛が交互においでになる。どうにかこうにかうどんをお昼に食べて、薬を飲む。今度は痛みと眠気が交互に。薬の影響と痛みの緩和は眠気に直結しちゃうんである。月曜日〆切の作業だけ終わらせて早退してきた。

 高校までの学校はよく早退していたなぁ。定期的な病院通いもあったし。小学校の頃は皆勤賞は夢のまた夢だった。勤めだしてから、早退はあんまり記憶がない。早退が必要なときはさっさと休んじゃうからかな。子供の頃みたいに「はかない」子じゃなくなったのかも(丈夫になったというか、図太くなったというか、なんというか)。

 今日は同居人が平日休みだったので、「早引けする」と電話をしておいたら、帰宅時には布団乾燥器でベッドが暖かくなっていた。うれしい〜。なんて気の付く〜。というわけで2時間ほどぐっすり寝られた。嵐のピークも過ぎ去りつつあるようで、頭痛以外はそれほどでもなくなっていた。それにしても今月は重いのぉ。PMSが期間中に一緒に来たような感じで、後ろ向きと攻撃的な精神状態がごちゃまぜで疲れる。ほんっとにホルモン関連の変化は精神状態に大きく影響するからやっかいだよ。やっぱり男性ホルモンと女性ホルモンの差が精神病の発症比率やそのレベルにも影響するんだろうか?などと、前々からうすぼんやり思っていることを再び感じてしまう。


■感覚的なこと

 ここは、あとで消すかもしれない(消すのも面倒になるタイプではあるけど)。あまり自分にとって意味のあることではないけれど、ふと発見した感覚なのでメモしておくだけものだからだ。「で、なんなの?」ということのものでもないし。……今日に限らず書き散らかしていることは同じだけど。

 ラエルやアンティノリの「クローン人間」が話題になって、あるとき「クローン人間が気持ち悪いと思われるのだろうか?」と疑問に思ったことがある。「クローン人間を誕生させようとする技術」や「クローン人間を作ろうとする気持ち」ではなく、「生まれてきたクローン人間そのもの」かな。なんでかというと、ざっくり言って「クローン人間は差別される可能性がある」といった反対論がたまにあるらしいからだ。すごい不思議な気がした。なんでクローン人間だと差別されるのか。結局、そこここにあまたある差別問題と一緒で周囲の得手勝手な思い込みで「異種」と認知されたりするからなんだろうな、と思う。全然そうじゃないのに。

 で、差別的な感情に伴ってよく現れるのが「気持ち悪い」という感覚である。「だって気持ち悪いじゃない」というのが最後通牒みたいなもんだ。

 私はクローン人間を気持ち悪いとは露ほどにも感じない。じゃあ何か気持ち悪いことがあるのだろうか、と考えてみた。情緒に欠ける人間なのであまりなかったが、一つだけ見つけた。私にとってやや「気持ち悪いこと」は、臓器移植だった。生体でも脳死でもなんでもいい。なんで気持ち悪いかというと「自と他の区別があいまいになりそう」な気がしたから。でも実際には多々行われていて、過渡的な医療ではあろうが定着しているし、「自と他の区別はあいまいにならないみたい」なので、それほど気持ち悪くはないんだけど。
 SF的な観点からは、「脳移植が行われたら、どっちがドナーになるの?」というあたりが私は気になるからからも。移植されるのが他人の臓器じゃなくて、鉄とかセラミックとか機械系だったら違和感はないんだけどね。サイボーグは結局、一人だから。

 ……やっぱりなんの意味もないメモだったなぁ。

 オマケ。「クローン人間を産む(or作る)のは、子供への人権侵害だ」みたいな主張を、とあるところで読んだ。理由は「障害を持って生まれる可能性が高い」に類することだった。素朴でいいなー、と思う。それって、私がこれからマル高で出産することになったら糾弾されちゃうことに続くはずなんだけど、その辺は意識的にか無意識的にかはずされていた(たぶん意識できないんだろう)。現実はそんなところ。



03/02/06/thu

■鉄女

 昨日に引き続き、午後はスタジオで音入れ作業。でも自分の担当分は昨日だいたい終わっていたので、今日はさっくり先に上がらせてもらえた。ほくほく。まっすぐおうちに帰る。だって自分がなんだか鉄くさいし、なによりしんどくてさ。ホカロンも貼って、薬も飲んで。でも効かない。みー。

 どうもイライラして気に障るのは鉄くさいからだと思っておこう。それがいちばん差し障りない。



03/02/05/wed

■一人二役

 今日は、仕事でスタジオ入り。ビデオにつけるナレーションの録音なのだ。といっても、もちろんナレーションをするのは私ではない。ちゃんとプロの声優さんにお願いする。

 えー、お恥ずかしながら一度だけラジオの番組でしゃべったことがあります。それも1時間近い番組。無謀だよね。取材して回るレポーターだけでなく、全体の流れもやることになったのだ。そのとき、局アナか誰かと掛け合いということもできたはずなのだけど、プロデューサーやディレクターが「なしでいいんじゃないかな」と見切り発車で決めたので、録音当日、苦労したのなんの。いちおうしゃべる内容を全部書いていったんだけど、つい「読んじゃう」。素人が読んでしまうと、ダメなんだよね。芝居で役者さんが「台詞を歌っている」とダメ出しされるのと同じようなものだ。……これもお恥ずかしながら大昔に役者もやったことがあって(もちろん学生時代)、よく言われた。当然、一度舞台に立った以外は、ちゃんと裏方です。はい。

 録音の最後、モノローグながら、マイクの向こうにプロデューサーに座ってもらった。その彼に向かって話しかけるようにしてどうにかこうにかOKをもらった。なーんか、申し訳なくなったなぁ。

 今日、初めてプロの声優さんにお願いする録音に立ち会って、「ほーぅ」と感心することしきり。1回目は映像にあわせてざっと読んでもらい、直後に本番でほとんどOK。もちろん事前に原稿は渡してあるけど、「読んで」いるのにちゃんと言葉がこちらに届いてくる。途中、映像に登場人物があってもちゃんと声のトーンを変えて、ナレーション部分とは切り替える。それでメシを食っている人には当たり前のことなんだろうけど、目の当たりにすると見事だなぁと思う。

 と思っていたら、どうやら「トチリ」の少ない人だったようだ。撮り直しはちょっとしたアクセントやキューがうまくいかなかったところ程度で、あっさりと修正できる。こういうところは、人によってもけっこう違うんだろうな。

 でも、この細かいアクセントで判断が揺れるのだ。私は共通語として採用された東京アクセント圏で育っているが、スタッフには関西の人が数人。ちなみに声優さんも関西出身。彼らのアクセントの揺れが見事に一致している。もちろんアクセント事典を使いながら、かつ、関西人の混乱に巻き込まれないようにしないといけないのはけっこう大変。ひたすら自分を信じるしかないのだけど、日常生活であまり出てこない言葉は悩んでしまいやすい。
 しかもネイティブのサガで、「3回口に出して言ったら、それでいいような気がしてくる」もの。最初の1回が勝負なのだ。

 ついでにチップス。同音異義語のアクセントは、助詞が付くと分かれるものもあるので、必ず助詞込みでチェックを。いちばんわかりやすい例は、「鼻」と「花」。これ両方とも「は」が低くて「な」が高いアクセントだけど、「鼻が」と「花が」では「が」が高い(鼻)か低い(花)かで区別ができちゃうんですよー。



03/02/03/mon

■CM

 なんでだか知らないけど、同居人がCM集めにはまっている。古い懐かしものやら、ご当地ものやら、いろいろ。で、ついに「クニエさん、あったよあった」と言ったのはこれだった。

 【関西電気保安協会】【テレビCM】

 これとハナテン中古車センターのCMは、私が大阪に行って初めて見たときにぶっとんだ。「なんなの?このCM」。ハナテンのは何の脈絡もなくなまめかしい女性の声で「あなた、車、売る?」と言ってくるのだ。一方、関西電気保安協会は、そのキャッチフレーズが耳について離れない。「かんさい、でんきほーあんきょーかい♪」というベタなメロディを素人さんたちが必ず歌うのである。「探偵ナイトスクープ」でもやってたけど、大阪の人はCMについて聞くと、必ず歌い出す。「とーれとーれぴーちぴーちカニ料理♪」がいちばん有名かな。関西電気保安協会も似たノリだ。

 ただこういう作業をしていると痛感する。ISDNはまじめに遅い。動画を落としてくるときにゃ、私のメールチェックにも支障を来すよ、ほんと。

 てなことはさておき、東京に戻ってきたら、あった。「関東電気保安協会」。でもCMで「かんとぉ、でんきほーあんきょーかい♪」と歌ってくれるわけではない。ちょっと残念。


■入手本

上村芳郎著『クローン人間の倫理』みすず書房
→とあるところの課題本。個人的にすっかりクローン人間づいてしまった感がある。といっても浅瀬でチャプチャプやらせてもらっている程度だけど。この本は、まえがきに「クローン人間に反対する陣営は、全面的なクローン禁止を唱えがちであり、クローン人間に賛成する立場の論者たちは、無条件にクローン技術を肯定しがちである。議論だけを見れば、後者の判定勝ちだと筆者は思うが(そして本書も、どちらかと言えば、賛成派寄りの立場で書かれているが)、かといって、全面的にクローン技術を容認するのが、正しいとも思えないのである」と書いている。「倫理」をタイトルに掲げながら、自らの立場を「賛成派寄り」と書く人は珍しい(と思う←定量的にはわからない)。ちょっと楽しみ。



03/02/02/sun

■だるだる

 極めつけにだるかった。どっか悪いんじゃないかと思うほど。



03/02/01/sat

■ある土曜の1日

 とあることで必要になった『研修医はなぜ死んだ?』(塚田真紀子著、日本評論社)を読みながら、渋谷へ向かった。この本、後半はふつうなのだけど、前半が私は苦手。典型的読売新聞大阪社会面軟派記事という感じがしてくる。立場上、こういう書き方になってしまうんだろうけど、個人的にはもっと淡々と書いてあれば、読みながら違和感も感じないで済んだだろうな。

 ただ一つ驚いた点がある。過労死した関西医大病院の研修医の遺族は、彼が自室で死んでいるのが発見されてから「解剖しますか?」と聞かれ、断った。過労死などの訴訟になるケースでも、解剖しないで大丈夫なんだ(あと自室で死んでいたのを発見されたような場合、不審死になって、検死解剖が必要になるような気もするけど違ったかな?)。心臓や脳の突然死は、解剖しないと所見が「急性心不全」など大雑把になってしまって、死因の特定などに耐えられないと聞いたことがあるような記憶がある。
 とはいえ、突然の身内の死に接し、遺族が解剖を受け入れられないのも事実。身近に起こった突然死でも、「体に傷はつけんでやってください」というのが優先された。知り合いの義兄の時は、職場のトイレだったことや、法律関係に強い彼がいたので、解剖したみたいだったけど。

 渋谷では、名古屋から上京中のS先生と会食。時間がまだあったので、試しに東急文化村に向かう。「メトロポリタン美術館展」が開催中なのだ。「30分待ちだったら辞めましょうね」などと言いつつ、久々の文化村は内部の構造がすっかりわからなくなってしまい、ぐるっと回って、やっとBunakmura・ザ・ミュージアムの入り口にたどり着く。幸いなことに空いていた。土曜の5時過ぎだと、美術館は空くのかな。午後9時までやっているのも偉い。それでも、どの絵の前にも複数の人がいるんだから、ま、日本の美術展。

 このあたりの画家や絵画はほとんど知らない。それをいいことに「自分の家に飾ってあげてもいい絵はどれか」という基準で見て回る。ただし、家は架空の家。このマンションでは壁が埋まっちゃいそうだ。要は、「私はこれがスキ」という、モロ素人パターンね。マティスだ、ピカソだ、ブラックだ、ルソーだ、ええとあとは誰だっけ。ピカソ以外あまり知らない私は(ピカソは結構好きで、なんかやっていると出かけていくことが多かった)、名前が覚えられません。あ、マリー・ローランサンも1つあった。彼女の、嫌みな感じの不格好に大きい目はよろしい。ブラックはキュビズムの人だった。モンドリアンみたいなのが大好きな私は、やはり惹かれるものがある。

 絵を近くで見ていると疲れちゃう私は、人の後ろの隙間から見ることが多い。よかった、隙間がある展覧会で。しかも印象第一で見る場合は、離れてみると作者の名前がわからないので効果的。自分が好きな絵がわかりやすい。
 ぐるっと回って、出口近くまで来て一言。「先生、もう一度、ここで一番好きな絵に行っていいですか?」。それはピカソの「アルルカン」という白い顔で、青い服の女性像(? 女性じゃないか。ピエロかな?)。彼女の目が特徴的に思える。その横の青い盲人の絵もよかったけどね。だが、そのアルルカンは入り口にほど近いエリア。だだぁっと逆流し、目に焼き付けておこうと努力してみる。二番目はやっぱりピカソ。「テーブルでうたた寝する女」というキュビズムの影響が大きかった頃のみたいだ。三番目がブラックの「暖炉の上のギターと静物」みたいな名前の作品。似た名前のがもう一つあったはずだから、より変な方の絵とメモしておこう。あ、図録を買って帰ればよかったのか。しおりとかは買ったんだけどな。

 この3つは、うちに置いてあげてもいい。……おい、極めて偉そうだぞ。

 夜は、渋谷公会堂に近いあたりにある「ANDORA」という店。まえ〜に1、2回来たことがある久々の店だ。3700円でオードブルとメインとデザートから一つずつ選べるプリフィックスがあったので、それにした。キノコのスープという文字が目に入り、キノコ好きの私はそれも頼んでしまう。うまうま。最後のデザートを食べ終わったら、満腹(ただし先日のような食べすぎではない)。なんでデザートを食べると、こんな満ち足りた気分になるのかな。血糖値のダメ押し効果かしらん。ふだんあまり甘いものを食べない方なので、そのインパクトもあるのかな。

 考えたら、うちの砂糖はほんとうになくならない。10年間暮らした中野の部屋でも、1キロの砂糖が結局、ずっとあったなぁ。コーヒー、紅茶も砂糖は使わないから、ほんとに減らない。

 美味しいご飯を食べて、仕事に出ていた同居人と10時に合流して帰宅。帰ってきて、ゴソゴソしていたら、スペースシャトルが空中分解している映像が飛び込んできた。「消息を絶つ」とNHKには表示されているし、アナウンサーもいっているけど、映像はどう見ても「空中分解」だろう。消息は目の前にあるという気がするんですけど。NASAがそう発表しないと言いにくいんだろうとはわかるけど、原稿と映像のギャップがちょっと。CSにするとCNNもBBCも臨時ニュースが延々と続いている。

 こんなときでも、即座に「テロ」という言葉を(否定的な文脈ではあるものの)出さなければならない、今の状況はなんだか不健全な気がした。




先月のてくてく→2003年1月
HOMEDIARYindexDIARYMAIL