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2003年04月のてくてく
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03/04/30/wed
■注意一秒ケガ一生、職質は1分じゃ済むわけないけど
ゼロゼロビッチ。←念のために解説しておくと、ゼーハーしている気分を盛り上げた表現。でも、なんで、こういう言い方なんだろうか。昔、誰かから聞いたんだと思うけど。
ゼロゼロして、やたらと眠い2〜3日を過ごしていたら、今日で4月も終わりだと気づく。仕方がない。でも、どうにかこうにか5月配信分は全部終わらせた。無理かもと思っていた量を無理矢理こなしたので、心許ない。合間に、年度版向けの作業をチマチマチマと進めているので、なかなか執筆者に打ち返せなくて心苦しい。……心許なくて、心苦しいクニエさんは、心楽しい日々が待ち遠しい。
ところで、同居人がひどい職務質問を受けてしまったようだ。泊まり勤務に出かけるときに、「ダンナさん」と言って二人組の警官に呼び止められたという。もちろん「任意」という名の強制。急いでいた同居人には厳しい状況だ。名前もいい、所属もいい、会社の名刺を出しているのに、受け取ろうとしないで、行く手を阻む。「カバンを開けてください」「やましいことがなければ協力できるはずだ」「1分ですみますから」って、済むわけないだろ。勤務先を告げたら、あろう事か「あ、じゃぁ、薬物をもっているかもしれませんから、財布をあけてください」と言ってきたという。そりゃ、前に勤務先の社員が薬物所持で逮捕されたことのある会社だよ。でも、だからといって、他の社員にそう言って職務質問するってのは、単なるイヤガラセでしかない。警察官だからといって、「あ、じゃぁ、盗品を盗んでいるかも知れませんから財布を開けてください」とか言ったら、ムッとするでしょうに。
ウサばらしの職務質問もけっこうおこなわれているらしいけれど、会社に遅れそうになる身としてはいい迷惑だ。ふと思う。もし同居人が一人じゃなくて、私と二人で歩いていたら職務質問を受けたのだろうか? きっと受けていないだろう。第一、私一人で歩いていたら? きっと受けていない。性別によるバイアスって、こういう形でも現れるんだ。ほんと、予断と偏見がないと職務質問なんてできないだろうな。その辺の自覚は職務質問する側にあるんだろうか。
まぁ、あんまりタチの悪い職質にあうこともないとは思うけれど、遭遇してしまったらどうするべきなんだろうか。私はコンビニとかほんとの近くに出るとき以外、カバンの中にいろいろ入っている。あ、スイスアーミーナイフも入っているから、捕まっちゃうかな。刃渡り7センチ以下の、持っていてもなーんにも問題のないものなんだけど、そういうときは問答無用だからね。
ただ、スイスアーミーだけじゃなくて、ボイスバーも持っている。即座に録音始めるか。「所属と名前を教えてください」「任意ですか? 強制ですか?」あたりは定番の確認事項だな。同居人の職質では、警察手帳をほんとに鼻先につきつけてきたらしい。こういう態度も相手をバカにしたイヤガラセだと思うけど、それにカッとしてはいけない。ましてや、その手を払ったら、公務執行妨害がいきなり成立しちゃうから要注意。警官にもなんか番号があるはずだから、それも読み上げるか。自分の腕はあまり高く上げられないので、ボイスバーも低めに持たないとね。胸だっけか、肩だっけか、どこだか忘れたけど、上にあげると殴りかかろうとしたと取られかねないんだってさ。あー、こんなことをする警察とは、情けない。
この辺の様子は、森達也の映画『A』を見ると、よっくわかる。オウムの信者がふつうに道を歩いているだけで、公安だかの刑事がイヤガラセをしてくる。勝手に転んで「痛い痛い」と叫びまわり、逮捕するのだ。カメラが回っていても平気でそんなことをするとは思えず、一瞬、「やらせ?」とすら思ったほどだ。ちなみに、そういう泥臭いことをする警官は、新聞記者の取材を受けたことがない人が多いらしい。夜回り先になるのは、もうちょっと上のクラスの人になるんだって。結局、ほんとにそれで逮捕して、そのフィルムが証拠となって、保釈されたのだけど(この辺は映画の中でも森がいろいろ説明をつけているので、未見の人は細部をきちんと確認してね)。
自分のことに戻ると、ボイスバーだけじゃ弱いかな。やっぱりカメラも持ち歩こうか。あとは、携帯電話に知り合いの弁護士の電話番号を入れておかないと。
[追記:【5月1日】に情報を追加しました。]
いつなんどき、変なことが降ってくるかも知れません。用意周到にしておいて、損はたぶん、ない。理不尽と思ったら、解放された後でも抗議を忘れずに。警視庁とか、県警とか、そういうところにはけっこう苦情を受けるところがあるらしいよ。所轄じゃ話にならないことも多いでしょうけど。
03/04/27/sun
■ほえ〜(byのだめ)
なんかいろいろ大変になってしまって、わんわんわわーん。そういえば、昨日、首輪はついているけど、ヒモのついていないヨークシャーテリアがウロウロしている場面に遭遇した。周囲50メートルくらいに飼い主らしき姿はない。「野良ヨークシャ」だったら面白いのに。たぶん、近所のヨークシャとかなんだろうけどね。それにしても野良犬っていなくなったなぁ。
ADSL導入に伴い、いろんな設定をグジグジいじってもらったら、一時的につながらなくなったりもあって、すっかり更新しないできてしまった。二人で不得手なネットワーク関係のことを「どうすんべや」とやっていてもケンカになるだけなので、私は潔く手を引き、同居人に「ネットワーク管理者」を任命する。実はかなり抵抗されたのだけど(一人で面倒な通信関係の設定をやらされるのはイヤらしい)、やっぱり彼の方が基本的な知識レベルが高いので、強引に決めつけた。というわけで、私は説明責任をはたさせる役目として、「どうなっているの?」という問いかけをたまにすることにした。任せた以上は口出しをしないのが基本なのだけど、セキュリティ面はある程度の合意がないとまずいと思うので、口出しするいちばん嫌なタイプの上司みたいなもんだな。
それにしても、やってもやっても仕事が新たに積み上げられて、一向に減りゃしない。優先順位がつけられているから、先にもらった原稿を放置してもいまは他の仕事をやらなきゃいけないのも精神的に厳しい。身体が2つほしい。あ、お腹が痛くてかゆい後ろ向き時期になったので3つあるとベスト。痛くてかゆいのを任せる身体を進呈したい。……人はこうやって乖離性同一性障害、つまり多重人格になっていくのだろうか。いやあれは身体は一つで精神が複数か。精神は一つでいいから、身体が複数ほしいよぉ。
今日あたりから、徐々に家の本たちの再生事業が開始される予定だ。どうにか私一人の持ち物である雑誌たちは再生事業が済んだ。雑誌メインで仕事をしていると、否応なく増えるんだよね。まだ自分の仕事が出ている雑誌を捨てられるほどには人間が出来ていないので、減りゃしない。それでも自分とは関係ないけど持っていた雑誌は前にだいぶ処分してしまったので(実は後悔もしている。一番後悔しているのは、雑誌じゃなくて年間100本芝居を見ていた頃にため込んだチラシのたぐいなんだけど。ああいうものは捨てたら二度とお目にかかれないものだった)、それほどはないんだけど。
しばらくムラっけのある更新になりやす。中身もないし。ほえ〜。
03/04/21/mon
■祝ADSL開通
今朝、NTTの人が工事に来て、長年耐えてきたISDNから、ADSLへと移行した。いちおう12メガってやつである。もちろんそんなに出るはずはないけど。
で、まぁ、つながったみたいなので、とりあえず会社に行くことにしたけれど、道々、なんか違和感が抜けなかった。その違和感とは……。切れないこと。ウェブでつながっているかどうかをチェックしたあと、つい、右下の方にアイコンを探しにいっちゃう。ネットワークアイコンだっけ? あれをプチッと切断しないと、落ち着かないのだ。なんか、トイレに行ってズボンのチャックを上げ忘れているというか、そんな感じ。
編集部で使うパソコンは、似たような状態でも大丈夫なんだけどね。
速度は……。まぁ、ISDNよりはそりゃぁ速いわさ。でも、感激するかというと、それほどでもない。LAN環境で触っているので、それと比較しちゃうからかな。
家に帰ってきてからとりあえず大きいファイルをダウンロードしてみるとことにした。それがいちばん速度を把握できそうだから。
それにこのダウンロードしなければならないソコソコ大きい手軽なファイルというのが常時転がっていてくれるんだよね。その名は、もっち、ウィンドウズ・アップデート。はい、やってみました。知らない間に4つ溜まっていて、計13.1メガ。昔だったら一瞬躊躇する量である。えいっ、とダウンロードを開始して5分後、表示には「41分」とあるけれど、終わった。えーと、これって、1分間で約2.6メガくらいかな。昔に比べたら速いけど、「毎分」じゃなくて「毎秒」なんじゃないの?(通信関係にはほんとウトい私)。わからーん。
■京王線のカラス
ADSLの違和感を感じながら編集部へ向かう途中、乗換駅でぼーっと線路の方を見ていたら、1羽のカラスが線路に舞い降りた。「人とか犬だったら危ないけど、カラスなら電車が来たら飛べばいいんだから、問題ないか」と思いながら、何気なく様子を見ていたら、かなり大きな石を加えている。そんな石をどうするつもりだ? ひょいと横へ置いた。さらに2個くらい石をどける。
「え? もしかして、石を線路において遊ぶの? それはすごいけど、危なすぎるよ」と一人ハラハラしていたら、次にカラスがくわえたものは石ではなかった。なんだかわからないけど、肉っぽいものだった。
なんとカラスは、上りと下りの線路の間のスペースに、貯食をしていたのである。
たしかに、そこなら高架だし、人も犬も猫もやってこないだろう。しまい込むには安全性が高そうだ。しかも、大小さまざまな石がある。適当に組み合わせれば、ちょっとした倉庫はできそうだ。
京王線の線路の上で、カラスくん(ちゃん?)は満足そうに大きなエサを丸飲みしていた。
03/04/19/sat
■ケーブル地獄再び
間抜けなタイミングでADSLにすることにした。ほんとはISDNから光ファイバーへ一気に華麗なる転換を目指していたのだけど、思うようにいかない賃貸集合住宅。しかし、しばらくしたら在宅勤務となるので、ましな通信環境が必要だ。工事は月曜日。滞りなくいくといいのだけど。
一方で、すでに滞っているのが、ケーブル問題。2年前にこの部屋に入ったときにやっとこさケーブル地獄から抜け出したのだが、再び地獄が始まった。
もちろんモジュラー・ケーブルだの、LANケーブルだのもやっかいだけど、その実、いちばん頭を抱えるのが電源ケーブル地獄だ。しかもでっかいアダプター付き。アダプターは壁に埋め込めないんだろうか。
種々のケーブルをきれいにまとめてあったとはいえ、もちろんタコ足配線度はけっこう自信がある。まぁ、それほど築年数が経っているマンションじゃないから、まだマシなほうだとは思うけれど。それでも、どこもかしこも3つ口だの、OAタップだのといった「口」が多いので延長しなければ収まらない。アダプター用の短い1対1延長もかませるし。
ADSLでLANにすると、それだけでアダプターが最低2個は増える。モジュラー・ケーブル部分は短くした方がADSLの速度にはよいと聞くので、そういうことも考えないといけない。電源を取る場所が冷蔵庫かなにかとは一緒にしない方がいいとかも。ノイズ対策もちょっと取っておくことにした。といっても、そもそもISDN回線が部屋に来ていて、それはそれでそのまま使うことになっているから、ISDNの干渉が高いはずなんだけどね。
気が重い…。
し・か・も。マーフィーの法則よ、ほんと。人が諦めてADSLを申し込んだら、これまでさんざん導入を渋ってきた管理組合が光ファイバーの導入を再度検討することになったんだから。うぇーん。いいもーん。ADSLなんて一瞬だけのユーザーになってやるもんね。
03/04/18/fri
■凹み続編
1日では過ぎ去らなかったようだ。
03/04/17/thu
■無題
凹みまくり。
同居人からは、「あなたがへこむことはない」といわれる。たしかにそうだと思う。「なんでそんなことができるのか?」というのが私の気持ちである。でも、そのために費やしていた時間を思うと疲弊するし、第一、これから先が不安でならない。正確な理由はもう少ししたら……。
03/04/16/wed
■混合
同居人は泊まり勤務でいないので、ちょっとした一人暮らし気分を一晩(といっても帰ってきたのが12時だから、家をでるまでわずか9時間。涙)だけ味わって、朝シャワーを浴びる。編集部へ上がって、地道にコツコツ仕事をする日々。こういうの嫌いじゃないけど、パンクしているので心の中は「うぎゃぁ」である。たまっていく原稿をみながら、「申し訳ありません」と唱えつつ原稿整理をやっている。
そういえば、昨日、「頭音が変わらない」と書いて、最近の頭音を整理したら、全部がごっちゃになった。いろんな頭音がシャッフルされているのに加え、日曜日にCDを整理したときに聞いた別のもんまで出現した。甲斐バンドである。……高校生の頃、好きだったんだよなぁ。なんか恥ずかしいのはなぜ? そのころ持っていたのは当然カセットテープだ。だから甲斐バンドのCDは、レンタルビデオ屋さんの中古処分で発見した「破れたハートを売り物に」しか持っていない。あまりに懐かしくて買ったのだ。買ったまま聞くことなく放置されていたけれど、3年目くらいでやっと聞いたら、昔、車を走らせているときによく聞いたアルバムだったので、「わー、全部歌えるかも」と思ったりしていた。
幸い、ジュディマリが勝って甲斐バンドは頭音になっていなかったので、「大丈夫かも」と油断していたら、今日はいっぱい登場。表題曲はもちろん好きだった「観覧車」もぐるぐる。合間にシナロケやジュディマリ。ちょっと疲れる。
ジュディマリ以外は10年ぶり以上の曲が多くて、あれこれ思い出して感じたのは、「愛だの恋だのって歌ばっかり」。そう感じた自分に干上がったおばさんをみる。今も基本路線は「愛だの恋だの」なんだろうけど、二昔とか三昔前となにかちがってきた気もする。わけわからない雰囲気が昔は低かったのかも。ストレートというか。
歌うたいさんとか、歌作りさんとかは、こういう「愛だの恋だの」をお客さんにむけてずっとやっているわけで、すごいよなぁ。だとしたら、いわゆる「芸の肥やし」につながるようなもんが発情期以降も持続できるのが、やっぱり条件なのかもと思ったりした。条件というより才能か。
03/04/15/tue
■頭音
日曜日からずっと私の頭の中には、ジュディ×マリの「散歩道」が流れている。いろいろと部屋を片づけてているときに、CDも整理したのだ。そしたらいくつか懐かしいCDが目にとまって、聞いてみた中のひとつ。
【あけてくれ】の頭音は毎日毎日ちゃんと書き換えている、つまり、日替わり。毎日ちゃんと替わってくれるなんてうらやましい。替わってほしいのに、全然かわりゃせんのだ、私の頭音は。
元々あんまり頭音があるほうではなかったけれど、たまになにかがリフレインしちゃうことはあった。それが、1カ月くらい前かな? なんとなく付けっぱなしにしていたら始まったNHK「のど自慢チャンピオン大会」で出てきた在サンフランシスコのおっちゃん2人組の「SAY YES」がこびりついちゃってから、さぁ大変。片割れの身体のゆすり方が同居人に似てるかも〜、なんてポケッと見てたら、しみついてしまったようだ。サビのあたりの「愛には愛で感じ合おうよ〜」てあたりがうるさいほどに、ぐるぐる回る。珍しいことではあるのだが、長かった。消え去るまでに1週間くらいかかった。
少しずつ弱くなってはいたけれど、消えたかなぁと思った頃に、やっぱりたまたまついてた「ちゅらさん2」で一瞬流れたシーナ&ザ・ロケットにつかまる。鮎川さんはなんて演技が下手なんだろうと思いながら見ていたバチ? あれは「You may dream」か? 「ちょっとぉだけ、濡れる感じのくちづーけぇぇをかわそ」ってやつ。この辺がぐるぐる1週間。で、今回のジュディマリの「散歩道」が入ったら、シナロケは半分くらい出ていってくれた。ちなみに「何よりもぉ大切なことぉ」とか「夕暮れにも早くーきーづーくー」てなあたりがぐるぐるしている。
私の頭音はちょっとしつこいとわかった。
■驚愕の生徒諸君
今日発売の『BE LOVE』を買ったら、驚いた。「驚愕新連載」と銘打ち、この夏から庄司陽子の『生徒諸君!』の連載が始まるという告知があった。
ちょっと待て。ナッキーが終わってから何年だ? ナッキーはもう校長先生になってもいいような年齢じゃないか? どこから始めようというんだろうか? ちょうど私が『少女フレンド』を読んでいた間に始まって、終わった連載だ(他に『はいからさんが通る』もそう)。時代だって大きく変わっているぞ。どういう設定でやろうというんだろう?
しかし無理してやらなくたっていいものを。これが本音なんだけどね。
03/04/13/sun
■言葉度
昨日、お笑いサイエンスライター植木不等式氏の【ダジャレルバンク天文台】で、「業務籠中記」の4月10日分を読んだ。ダンバーの『科学がきらわれる理由』を読了した植木氏による、読後感である。その中の一節に膝を打つ。曰く、
余談だが、自分の読む速度と読み方で気が付いたこと。本書には多様な話題が取り上げられている。そして、基礎知識がたまたま自分に在る分野についてのくだりは、おお非常にスッキリした読みやすい文章ではないか、などと思っていた。だがひとたび分からない分野のところに足を踏み入れると、こんな悪文をよく書いたものだ、翻訳者が意訳しちまえばいいのにとか毒づき乍ら、ぬかるみで牛糞を踏んづけてタールピットにはまったみたいな有様になって仕舞った。これって、ほんとにそうなんだよなぁと思う。そして、その差に自覚的でない読み手と書き手がけっこう多いとも思う。その無自覚さが、いろいろなディスコミュニケーションを招いているんじゃないかな。
要するに、語り口はどこでも同じようなものなのに、知識が事前にあるかどうかで読みやすさがかなりバラける文章なのである。
前に聞いた話だと、免疫学について研究者が一般向けに書いた文章があったけれども、やっぱり読みにくいというので、サイエンスライターが同じ内容を書き直したという。その両方をその分野の研究者ではない一般人に読んでもらったところ、サイエンスライターの書いたものを「わかりやすい」と選んだそうである。しかし、免疫学者に両方を読み比べてもらったら研究者が書いた方を「わかりやすい」と選んだそうだ。
当たり前といえば当たり前の話である。読み手にとっては、自分たちが普段使っている言葉で書かれている方がわかりやすいのである。結局、使っている言葉に自覚的かどうかが問われる場面なのだろう。
植木氏が先の話の先に書いていることとも重なるけれど、その上で、当然のことながら「読みやすさ」の大事な要素である「ストーリー」が求められるんじゃいかな。そして、植木氏が最後に書く、
禅で言う、月を指し示すことが出来たらその指は切り落としてよろしい、てな話みたいに、知識の運送手段はその機能が果たせればそれでいいのである。機能が何かを考えずに、運送手段の美しさというか完全性のみに拘泥するのは意味が無い。それは、読み手が成長するものである、ということを無視した議論である。初心者向けの書き物とは、それ自体がやがて馬鹿にされることを目標にして書かかれるもの、くらいの覚悟が要るのかもしれない。という指摘は潔くていいな。いろんな読み手がいる。その読み手の状況は人によってさまざまに違う。だって、第一、新しく生まれてくる子供たちは、どんなにものをよく知っている優秀な親から生まれても、知識ゼロからスタートするのだ。15歳と30歳はやっぱり違う。
どういう勉強をしてきたかによっても、どういう本を読んできたかによっても、どういうものを知りたいかによっても、どういうことに興味があるかによっても、まったく状況は違う。だからこそ、いろんな入り口があってほしい。入り口はいったん通れば忘れられてしまうものかもしれない。でも、そこに開けることのできるドアが着いていることが重要だと思う。同じことに通じる入り口でも、いろんな人がいろんな状況でいる以上、さまざまなドアがあることが、口幅ったい言い方だけど「文化の厚み」みたいなもんじゃないかなと思う。懐の深さというか。
てなことを考えながら、ふらふらとウェブをさまよっていたら、「ロッテンマイヤーみやの主任」による【可燃物な日々(4月11日)】に、「高校生のとき、どうしても「任意の整数」ってゆーのが苦手でねえ」という話があった。たしか少し前に黒木掲示板でもこの話があったよな。
私も苦手だった。大学で数学を勉強していても。いつ泣かされたって、ε−δ(イプシロン・デルタと読む)の話の時ですよ、当然。高校生のときは、「任意の」を無視していてもどうにかなったんだろうな。そんなには出てこないから、「なんでもいーや」で済んでいたんだけど、ちょっと厳密になる大学に入って以降は逃げられなかった。「任意」なら「私が好きなこの数でいいんでしょ」「なんでいけないの?!」という思いがだんだんと強くなって、感覚的なところで任意を拒んじゃったんである。その辺がOKになったのっていつ頃だったかなぁ。だんだんと数学の言葉になじんでいって、トポロジーの話を勉強しているあたりで、「もうどうにでもして」とすっかり身体を許したのかも知れない。そのわりにはいつまでも数学オボコだったけど(結局、今もオボコなままか)。
「数学は言葉だ」ってよく言われるけれど、こういう例が挙げやすいことを考えると、「言葉度」が高いのかも。数学の基本的なことって、言葉遣いを身につけることだもんな。「自然数nに対してn本の…」なんて表現は、日々使うフツーの日本語にはない。
とはいえ、さっきの免疫の話じゃないけど、どんな分野も、それこそ物理でも法律でも経済でも、アートでも、なんでもそれぞれに「言葉度」があるんじゃないかなと思う。あ、そうすると、「ギョーカイ言葉度」か。その「ギョーカイ言葉度」にどれだけ自覚的かってあたりで、一般向け(非専門家向け)の文章を書けるかどうかもわかれるのかもしれないなと思っている。
医者は「インフォームド・コンセント」を求められるようになって、多少は敏感になりつつあるのだろうか? まだまだだろうけれど、それでも他の分野の人々に比べたら、多少は状況が違ってきているのかも。インフォームド・コンセントの必要のない分野の先生たちは、どう思っているんでしょうかね、こういうことを。非専門家も、自分たちの使う言葉で理解しないとやっぱりダメだと思うのかな?
03/04/12/sat
■渡る世間は棚ばかり
注文していた突っ張りラックが届いた。床と天井に突っ張る板をの間に棚板を入れていくタイプの突っ張り棚。ちなみに我が家には2年前の引っ越し以来、すでに5本が導入されている。そこにさらに4本届いた。沸騰していた本と、7月以降の在宅環境を整える作業の一環だ。
前回学習したことがある。プラスドライバー1本で組み立てられる家具だからといって、なめてはいけない。さすがに3本も4本も組み立てていると、手の平と腕が痛くなってくる。握りしめたドライバーをひたすらねじる作業は、しんどいのだ。
というわけで、今回は「有料組み立てサービス」をお願いしてしまった。1本につき3千円。これを高いと思うか安いと思うかは、その人次第だと思うが、我が家の評価は「圧倒的に安い」だ。短時間に、「この高さで」とリクエストをしながらきっちり組み立ててくれるのだから。
で、新規に4本入る棚(実質的に全部本棚)をみて、同居人が一言。「渡る世間は棚ばかり」。同感。そして棚にはホコリがたまる。あ〜あ。
そして、棚の追加導入に伴い、エバーオンだった掘り炬燵をしまってみた。したら、けっこう広いじゃん、この部屋。少しレイアウトも変えてみたら、先週のブラインド化の効果もあって、かなりすっきり。実際、広くなった。
でも今オフィスにある資料がやってくる。そのために、あと2.5本くらいは本棚が増える予定。他にもローチェストも2つほど物色中。やっぱり、棚だらけだな。
問題は、いまはガランとした本棚とこれからやってくる本棚に本を収める作業だ。GWはソーティングに明け暮れるのだと再確認。
■人間ドック後にネタ
人間ドックの最中にはこれといったネタを見つけられなかったが、その後に、ネタが転がっていた。
流れないのである。バリウムが。トイレの水の底に、白い沈殿物がいつまでもいつまでもある。2回に分けてどうにか私のお腹から出て行ったバリウムだが、それなりに固まった状態だったからか、トイレから流れさるのに苦労している。
最初、なにも気づかずに出てきたが、同居人が「クニエさんクニエさん、面白いものがあるよ」とトイレの前で言うのに、びくっとして飛んでいく。と、水の底に、排出されたバリウムが……。流れたはずなのに、戻ってきたのか?? 「面白いから写真に撮ろう」と言われ、焦って、トイレットペーパーをちぎって入れる。「あ、せっかく撮ろうとしたのに、なんでそんなことするの」と非難されたが、フツー、そんなもん撮ろうとしないし、撮ろうとされた阻むって。
その後、タンクに水が溜まった頃を見計らっては確認に行ったが、やはり一旦は流れたかのようにみえるバリウムがまた水の底に鎮座ましましている。流した直後は、その姿は見えないのに、なぜ? 「バリウムは金属だから重いんでしょ」という当たり前の指摘に、ああ、これって砂金をとる仕組みと一緒なんだろうなと、比重の違いなどを考えてみる。でも、そんな理屈を考えて「なるほど」などと言って満足しているのは変だなと気づく。「流す」という大命題に取り組まねばならん。
仕方ないから、トイレブラシでこすってみた。ガシガシ。バリウムの粉が水中で舞い上がる。そこで一気に流す。何度か繰り返して、だいぶよくなったかなと思って、しばらく後。やっぱりまだ白い沈殿物がある。はー。でも前に比べるとかなり減ったとは思う。
これ、地道に流れてくれるのかなぁ。それともずっと沈殿物をしているのかなぁ。心配。
03/04/11/fri
■初人間ドック
というわけで、申し込みから約2カ月で、人間ドックである。初めて。そしてきっと最後でもありましょう。なぜかというと、来年は会社員じゃなくなるから。健保を使えないと、人間ドックは高いんだよね。同居人はいちおう会社員なので、35歳以降だったか毎年受けている。そして毎年なにがしかの「ネタ」を拾ってくる。当然、期待しまくる。だって初人間ドックだし、いっぱいネタが拾えそうだ、と。
そもそも、人間ドック当日だけじゃなく、少し前からドキドキしていた。それはなんとも久々の検便があるからだ。これって、きっと高校生以来とかそんな感じじゃないかな。大学時代の記憶がない。まぁ、最近の検便は昔のイメージとはぜーんぜん違うというのは、同居人の採便キットをみて知っていたけど、ドキドキしていたのはちゃんと出てくれるか、だ。
決して便秘症ではないのだけど、もし前日も当日も出なかったらと思って緊張してしまう。それに説明には「なるべく新鮮な便」とある。とすると、前日より当日の朝の方がいいってことだ。でも、翌朝(のわずかな時間に)出るとは限らない。採るべきか採らざるべきか。まるで囚人のジレンマだなー、なんて思ってしまった。で、結局前日に採便してしまった。
でもいろいろ親切になっている。ちゃんと採りやすいようにシートが入れてあって、最後は一緒に流せるとか。記憶にある昔の風景と比べて、なんと至れり尽くせりなことかと感動する。
まぁ、それで今朝、人間ドックに向かったのだけど、検査はそれこそ大人になるまでにたっくさん繰り返してきたので、あまり新鮮味はない。採血だって、昔、動脈血まで採ったことがあるからね。レントゲンはかなりの被曝量だぞ。胸は肺炎になるたびにとったし、顎の手術時に頭蓋骨もいやというほどとった。なんと腎臓のレントゲンもとったことがあるぞ。
だから、本日のメーンイベントは、もちろん初バリウムに、初直腸検査なのだ。消化器系はほんとに丈夫だったから、この手の検査は未体験。
バリウムだけ飲むのかと思ったら、最初に発泡剤を飲んで、それからバリウムだというのもその場で知った。一般的なことを知りません。バリウムに炭酸が入っているような印象があった。で、ゲップが出そうになるのかと。
それほどの量ではなくて、味もべつになんでもない、というか青汁よりもはるかに飲みやすいので、バリウム飲みは難なくクリア。ゲップもさしてきそうにない。
が、大誤算。「バリウム飲んだ後、ぐるぐる回らされるよ」と聞いていたので、台がぐるぐる回るのかと思ったら、台は多少回るだけで、おもには自分自身でぐるぐる回るのね。しかもせわしなく。「はい、左を向いて。もうちょっと斜めで。今度は右を向いて。で、そのままぐるっと回っちゃいましょう。はい。じゃ、もう1周」てな感じで、私はすっかり目が回った。多少斜めになっているし、途中からつらいのなんの。ゼーハーゼーハーしながらも、気持ち悪くて。ゲップは全然出そうにないけど、ひたすら気持ち悪くて吐きそう。もう少し長く続いたら、ギブアップしていたかもしれない。
これ以降、頭痛。胃も痛い。胃の検査しなければ胃は痛くなかったのに。
それにね。下剤をね、飲まないといけないらしくてね…。これもいやなことの一つだった。かーなり苦手なのだ。下剤は経験ないけど、手術の前に浣腸はしたことがある。膝から下がガクガクしちゃう感じで、二度と嫌だと思ったし、たまーにする下痢でもかなりボロボロになる。結局、婦人科検診よりもなによりも嫌だったのが、このバリウムだった(婦人科検診は勝手に椅子が動いてくれるし、あんまり恥ずかしいとも思わないタイプなので楽)。
もうひとつの初モノ、直腸検診は、わかりきっていたことがはっきりと告げられただけだった。ぐすん。同居人の直腸検診は毎回、いろいろ面白いことがあって報告を聞くだけでも楽しめるんだけど、私のはつまらなかった。パフパフと空気を入れられることもなかったし、いたってあっさりしたものでした。
あ、結局、マンモグラフィーはなかったから、乳ガンの検査は触診のみ。ポピュラーな検査としては、このマンモグラフィーと胃カメラが残すところの大物かな。
検査結果も、5〜6年前にした血液検査では免れていた貧血が、また元の木阿弥で若干標準値よりも低くなっていたくらいで、なーんの問題もない(子宮頚がんの結果除く。これは時間がかかる)。こんなプクプクしててもコレステロールもなにもかも、ほんとに正常値の真ん中へんなのね。感謝と思いつつも、つまらん。あ、コリンエステラーゼが高い。これはなんだ? うーん、サリンのときに出てきた言葉みたいだな。問診では「気にしなくていいです」と言われたけど、これが高いとなんなんだろう。調べよっと。
てなわけであっさり終わった初人間ドックだったけれど、バリウムはけっこう後をひいている。頭痛や気持ち悪さは夜になっても続くのだった。しかも悲しいことに、ちょっと固まり気味。私はいまお腹に金属を抱えています。
03/04/10/thu
■ウェブ閲覧不能
これはなに? メールチェックはできるのに、ウェブサイトが見られない。ブラウザ側の問題ってこと? わからん。というわけでお休み。
03/04/09/wed
■ごめんよ、笑えなくて
「イジングさんてだれ?」
夜、同居人にそう聞かれた。「えっとね。物理学者。イジング・モデルを作った人」と答えてみた。
「ふーん。笑える話なのかなと思って読んでいたんだけど、わからなかった」
あああ、ごめんなさい。たぶん笑えない話です。単に私が喜んだというだけのこと。でも、オチを考えずに「わーい」と書いてはいけないと痛感しました。反省中……、だがイジングでオチをつけるのは難しいな。しかも、物理や数学とは無関係な同居人が笑えるイジングとなると……。精進します。
■入手本
上出洋介著『オーロラのひみつ』偕成社
→とあるところのお題本。かなり評判がよいらしい。版元からわかるでしょうが、いちおう子供向けの本です。
03/04/08/tue
■イジングさんといっしょ
よく寝たのに、朝起きるのがやたらとつらかった。これは、かの「春だから」なのだろうか。だとすると、私の身体への春到来があまりに遅い気がする。もちっと前からみさんさん、眠かったでしょうに。
いきなりですが、学習院の【たさき先生の雑感】を読んで、「たかがイジング本」に受けることができた! じ〜ん。ちょっとうれしい。「たかがイジング本。」とすると完璧になるのでは?なんて言ってみたりして。
ちゃんと知っていれば、ここで「イジングというのはね」とウンチク語りをできるのだけど、そんなこたぁできません。単にコトバを知っているというレベルだもん。
ただね。10年20年という単位で考えれば、「芯黒にして」が起こっていたのだ。つい最近(といっても3月だけど)、「イジングって人の名前だったのか!」とわかったのだ。
このコトバをはじめて聞いたのは一昔以上、一・五昔未満前のあたり。要は「数セミ」にいたころです。そのころは編集部でも「イジング」ってよく聞くようになってきたけど、いったいなんぞや、という雰囲気がじつはあった(と私が感じているだけで、他の人たちはもうちょっとわかっていたのかも知れない)。ちゃんというと飛び交っていたのは「イジング・モデル」というコトバだった。
そのころ、偶然、担当していた原稿のフォローアップで、いろいろ動いていた。もう、イジングが飛び交う飛び交う。わけわからんのはわけわからんのだけど、どうやら向きが大事なモデルらしいという印象だけは得られた。たぶん上向きと下向きの2つ。これがたくさんあるらしい。なんで向きがあるかというと、モデルという以上、元になっていることがあって、それが「磁性体」の話だから。たぶん。この辺のことを改めて確認したというか、わかったのが2003年3月なのだ。
しかも、昔になにを勘違いしたのか、「イジングは人の名前じゃなくて、なんか別の名前」と思いこんでいたことが、大間違いだということもこの3月にわかった。イジングさんという人(もちろん物理学者)が作った模型(モデル)だった! そっかー。
以上、たさき先生の雑感に出てくるんだから、当然のことながら、統計力学のお話でした。まちがっているかもしれないけど、私の頭の中にイメージされているイジング・モデルは、「丸い銀色のケースに入った、あのいかにもな方位磁石が、大きな大きな方眼紙の上に整然とものすごくたくさん乗っかっているもの」です。並び方はね、方眼紙のマスの中じゃなくて、1センチのマス目の角っこの上にずらずらっと。線が交わっている点の上に、方位磁石なの。別名、碁盤に方位磁石。なんとなく「可解格子模型」ぽくなってきたかな。……「ジャングルジムに方位磁石」でもイジング・モデルなんだろうか?
03/04/07/mon
■ぬか床にネズミ男
睡眠時間が6時間以下だと、てきめん眠い。短時間睡眠だといろいろリスクが上がるという報告が出ているけど、時間がほしいときは、それで大丈夫な人がほんとにうらやましいなぁ。
というわけで眠たい月曜日だった。それにしてもここのところ、仕事ばっかりでこの日記もあんまり面白いことをかけない。さすがに余裕がなくなっているだと自分でも感じている。依頼していた原稿がどどどーと押し寄せてくると(&こないと)、頭の中が受け取った(&受け取っていない)原稿だらけになってしまうのだ。脳みその発酵具合に難があるので、原稿を一通り読んで、必要なチェックとか調べものをして、それからしばらくおいておかないと、自分がなにでひっかかっているかピンとこないのだ。でもしばらくおいておくうちに、そもそもの内容を忘れてしまったり……。うぎゃ。
よくあるパターンは、前日にあれこれ悩んで手を入れたり、調べていたりした原稿について、翌日の電車の中とかで唐突に「あ、こうしたらいいんじゃないか」と思いつくケースだ。ほらね、最低でも一夜漬けくらいはしないとならんのだわ。
その一夜漬けが功を奏するために必要なこと。それは、具になる原稿を入れて、出来の良くない脳みそのぬか床をちゃんとかき回してあげることなのだ。となると、必然的に他のものが入ってこれない。仕事ばっかり。ああ、もっともっと大きい脳みそのぬか床だったら、どんなにかよかっただろう。
そんなことを感じながら家路についたら、今日はちょっと楽しい発見があった。
ネズミ男出現。
えーと、選挙は来週だっけ? あちこちにポスターがある。都知事選は、なんだか史上最低数の立候補者だそうで、ポスター用の立て看板もスカスカである。ドクター中松は都内津々浦々に貼る余裕がないのか、うちの近くはわずか3枚の写真しかない。
そのなかに、ネズミ男がいる。石原慎太郎って、にこやかなつもりでもひきつっていて、あの口周りと目元がネズミ男に見える。顔面相似形でやってないかな。当分の間、毎日、「ああ、やっぱり石原はネズミ男だ」と確認できるわけだな。なんとなく幸せ。……でも都知事としてこの顔を見続けたいとは思わない。残りのタマもちょっと物足りないけどね。
■厄年かも
じつは昨日、煮こごりを食べていたら、ゴリッと音がした。歯が取れた。このタイミングで取れるなんて、歯の神様からも見捨てられた気分。歯医者にも恵まれず、歯にも恵まれず。しかも煮こごり食し中。硬いものならまだしも、煮こごりよ、煮こごり。
落ち込んだ。一緒に食べていた同居人が、「それはショックだよね。気落ちするよね。でもそんなもんだよ。僕だって、前に歯がかけたときは……」。
そうだ。そうだった。同居人は瀬戸大橋の開通記念の取材に行って、その帰りの新幹線でプリッツを食べていたら、歯が欠けたやつだった。その話を聞いた私はといえば、大笑いした。「プリッツで歯が欠けるなんて。ひーっひっひっひ」と。
「僕はね、心に決めたの。もし歯が欠けた人がいたら、それはショックだから笑っちゃいけないって。だからね、今も笑わないよ」といぢわるい目をしていう。しっかり仕返ししているじゃないか。
まぁ、きれいに取れてくれたから、つければ済むといいんだけどな。そうは問屋が卸してくれないのかな。
これから寝る人、歯を磨きましょーね。歯にトラブルが起こると、落ち込むよ。ほんと。
03/04/06/sun
■わからないぞ
バグダッドはいまいったいどうなっているんでしょうか。BBCを見ても、CNNを見ても、バグダッドにアメリカ軍が侵攻している様子の映像が出てないんですけど。今晩?
■独自性のあるカーテンレール
注文していたブラインドとロールスクリーンができあがったと連絡が入ったので、取りに行った。幸い、天気もいい。というわけでガラスをちょっと拭いて、早速、ブラインドとロールスクリーンの取り付けにかかった。在宅化準備の一環として少しずつ作業を進めておかないとね。
が、最初のロールスクリーンでつまづく。カーテンレールがあったので、それに取り付けるタイプのものを注文していたのだが、カーテンレールが特殊な形状だったということが、取り付けの説明書との違いで発覚した。ひーん。これではせっかくのカーテンレール用アタッチメントも役に立たない。
いっそ、窓枠のところに直打ちするかと、カーテンレールをはずしにかかる。が、これもダメ。L字の窓なので、かなりややこしいカーテンレールの設置をしているようだった。ネジを全部とっても、レールが固定されているブラケット部分からはずれやしない。どうやら、L字に組んだ後に、ブラケットにがちっと差し込んだようだということがわかってきた。
あ〜あ。やる気が失せていく。仕方ないので、ブラインドにとりかかり、きちきちと取り付けた。木ネジって偉大だ。サクサクと入るのに、しっかり止まる。が、こちらも覚悟していたことではあるが、ヘッド部分のサイズをどう考慮に入れればいいのかはっきりしなかったので、1センチほど余ってしまった。仕方がないので、ちょっとずらしてとめる。まぁ、これは予定の範囲内の問題だったので、いいや。
問題は、ロールスクリーンである。もう一度店に行って、違う形の取り付け用ブラケットがないか聞いてみた。結局、ブラケットだけ取り寄せてもらうことになった。取り付けはそれまでおあずけ。
いま、私はカーテンレールと採寸のプロである。ふつうにカーテンがかけられるレールでも、いくつかタイプがあるのだった。そしてL字型出窓にブラインドを取り付ける際の採寸も任せてください。……と、学習したことを活かせる機会になると、すでに忘れてしまっていることがほとんどなんだよなぁ。
03/04/05/sat
■こゆい3日間
ここ3日、なんだか濃ゆい日々を過ごしていた気分。というわけで、すっ飛ばしていた日々は、こんなだったのだ。
3日の木曜日は、10時半ごろ編集部に着いて、だだだっと新聞6紙読んで、メールの返事を書いたり、細かい仕事をして、お昼用に買ってきたパンなどつまんでいるうちに1時。毎月配信しているアップデート内容を決める会議になだれ込む。今月は、あのSARSも当然はいる。この読みがやっかいだなぁと思っていたら、この日の夕刊から日経が、翌日から朝日が「サーズ」と読みを入れ始めた。おいおい。未確認だが、テレビも日テレはサーズらしい。テレ朝やTBSやNHKは「エスエーアールエス」だってのに。その昔、「MRSA」が出始めたときも、一部で「マーサ」と読んでいたらしい。でもやっぱりこりゃ「エムアールエスエー」が定着したわけで、無茶な読み方をカタカナ書きしないでほしいなぁ。ちなみにイラク戦争(考えたらこの名前だって勝手な呼び名だよな)で注目されているMOABを「モアブ」と入れ始めたのは朝日らしい。それにしても今月はものすごい数のアップデート内容があって、さてさてどこまで行けるか行けるところまで行ってみよーてな感じになっている。ああ、しんど。
会議が終わったらなぜかいきなり花見。夕方から編集部周辺の花見が敢行されるのだ。会社のメンツで花見なんて実ははじめての体験だから、えらい驚いた。ほんとにみんなシートで場所取りするのね。何人かが少し早めに出て、場所を取って、買い出ししたり。へー、花見ってこうやるんだ。ちょっと不思議。でも当然のことながら寒いので、桜の下の宴は早々に切り上げ、近くの店へ移動。暖かいのはなんと幸せなことでしょう。
問題はお好み焼き屋だったこと。しかも関西風もあれば広島風もある。ついついご当地お好み焼きバトルとなる。私は3年間暮らした天満の「菊水」の焼き方でふんわりと仕上げようとしたら、「それじゃホットケーキだ」と言われ、せっかくのふんわりを押しつぶされないように必死で防御する。でもね。亡くなった菊水のあの怖いおっちゃんも言っていたのよ。「たたいたらあかん」って。しかも色は「たぬき色まで待たなあかん」って。なんでか知らないけどきつね色はダメらしい。
広島出身者、神戸出身者以外に、当然、江戸の下町出身者が活躍するのは、もんじゃ。はじめてちゃんともんじゃを食べさせてもらった。初会社花見に初もんじゃ。初物の多い日だった。
その後、肩もみ大会になるなど、なんかミョーな雰囲気の盛り上がりをみせたけれど、いったん締めて店を出たところで方面が一緒の人と二人で抜け出して帰る。他の人々は2次会(3次会か?)に行ったようだ。でも、飲み会がある日の方が家に早く帰れるって、どーゆーこと?
家に帰って少ししたら、日帰りで大阪に親の様子を見に行っていた同居人が、お好み焼きではなく、「たこ焼き」を買って帰ってきてくれた。もちろん中崎町の「うまいや」のたこ焼き。うれしー。この日は小麦粉をいっぱい食べた日でした。
翌日4日の金曜日は、歯医者。治療してほしくない歯科医以外にお願いしたかったのだが、タイミング悪く当たってしまった。でも今日は怒鳴り相手のスタッフがいないせいか、まだましだった。ただ、私が待合室にいるとき、手が足りないところへ配達にきた宅急便のおっちゃんをだいぶ待たせたあげく、「ちょっと待ってくれないかなぁ」と嫌らしい言い方をしたためか、そのおっちゃんは「ちくしょー、あいつ、頭に来るな」とつぶやきながら靴を履いて出て行っていた。みんな似たように感じるのだとわかって、ほっとした次第。と同時に、自分の態度も気を付けよう。
身を固くしながら諦めて受けた治療がおわり、次の予約をして編集部に向かう。次こそはこの歯科医じゃありませんように。
この日は、編集部についてから編集部を出るまでの時間が普段より少ない。新聞6紙読んで、ひたすらSARSについての記事をコピーして、お昼にパンをつまんで、ガシガシガシと仕事をして、6時過ぎに編集部発。都心で花見というか、打ち上げがあって、それに誘われたのだ。夜中3時頃まで騒ぐという、なんだか学生時代みたいなことをしてちょっと懐かしい気分だった。しかも、スタトレオタク同士の同居人とKくんがミョーにいい雰囲気。腰と肩に手をまわしていたりして、密着度が高いのである。あまりに面白いので写真に撮ってしまった。同居人はたしかにわりと男性(同性)に好かれるタイプであるが、こういう好かれ方は珍しい。新しい才能が開花するのだろうか。
と思って明け方寝付いたら、昼前に電話がKさんからかかってきて、こちらに向かっている途中だという。はれー、なんかいきなりお客さんがよく来る家になってしまった。昨日、留守電に入っていたことはこれだったのか。というわけで、雨も降っているので、途中でお弁当などを買ってきてもらって、うちで食べる。あれこれおしゃべり。最近、図書館のパートを始めたKさんは表情が元気になってきた。司書の資格も持っている彼女がいい仕事に出会えてほんとによかった。
私にとっては、濃密度な、木・金・土曜日でございました。
03/04/02/wed
■医局
今日、朝日新聞の朝刊に「東海大学で医局廃止」という記事があった。ちなみに、夕刊では各紙とも追いかけていた。すでに弘前大学で医局廃止という取り組みがなされているので、全国でいえば2番目ということになる。
そもそも、廃止されるという「医局」とは?
すごく変なシステムだと思う。“医局”なるものを、いったい誰がどうやって考え出したのだろうか? いつごろできあがったんだろう? いろいろ気になるタームだ。前に厚生労働省の役人さんが「行政的に定義できるものではなく…」と言っていたけれど、ほとんどの人がどういうものだかちゃんとはわかっていないのに、厳然とあったりするもの。こんな怪しいものがあろうか。いや、ない(反語)。
弘前大学にしろ、東海大学にしろ、そういう取り組みを打ち出したことには評価をしたい。でも、現実的なところでは「名前が変わっただけ」ということにならないよう、お気を付けてという感じかな。
私の場合、医局と聞いていちばんに思い出すのが田宮二郎の顔というのも、相当ゆがんでいるよなぁ。
■暁には関係なく
かゆい、いたい、眠い。
03/04/01/tue
■そうかエイプリル・フールだったのか
【bk1サイエンスサイト】の今週のランキングにちょっと面白いことが。
■まずい
でも、もう4月って……。
先月のてくてく→2003年03月