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2003年07月のてくてく
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03/07/31/thu
■小型化
7月20日に離職して、健康保険がない状態だった。歯医者にかかっている最中でもあるしと、今日、やっとこさ役所に行って来た。免許証を見せて即日公布してもらった国民健康保険証をみてびつくり。
カードサイズになっていた!
しかもペランペラン。プラスチックのあのICカードではなく、裏がちょっとラミネート加工されたっぽい紙。専用のビニールケースはあったけど、それがなかったら、図書館の貸し出しカードよりチャチイかも。思わず、「いつからこうなったんですか?」と聞いてしまった。そしたら今年の4月が切り替わり時期だったらしい。厚生労働省が小さい保険証を進めているんだそうだ。これって、いずれはICカードで医療情報も一緒にして、とかってことを考えているんだろうか。それは住基ネットのカードか。……住基ネットのカードととの一体化をねらっているの?
ちなみに、お金持ちの保険組合はすでに厚いプラスチックのカードになっているらしい。区役所の人はなぜか「ソニーとかお金持ちのところは」と例示していた。身内にソニーの人でもいらっしゃるんでしょうかね。ソニーだと保険証にもEdyがついてたりして。
それにしても、なくしそうだ。どうしようかなぁ。図書館貸し出しカードなら借りられるのは本だけど、保険証はお金とか借りられちゃうよねぇ。うーん。どうやって持ち歩こうか(保険証はめんどうなので持ち歩いている)。こんな小型化したら、それこそ家に置いてたら行方不明になりそうだしなぁ。
■外出続き
昨日の夜からまた心臓バクバクが出てきている。ついでに食欲も変。これ相関がありそうだ。前回は1カ月ちょっと前だったか。やっぱり自律神経とかホルモン関係かなぁ。まぁ、いろいろと心臓バクバクしちゃう原因もあるんだけど。昨晩のSさんは私好みのルックスだし(?!)、今日は、同居人の元同僚で、八重歯が魅力的な0さんに「お世話になりました&久々ですね」のご飯だったし。というわけで、私、ここのところ極めて珍しく、いろんな人と夜ご飯を食べてます。すっかり出不精になっていた友達の少ない身としては、異例の事態だ。明日も夕方Tさんと予定があるし。
アクティブにいろいろやっている人と話すと、受ける刺激も大きいなと実感中。
■入手本
西川洋三著『環境ホルモン 人心を「攪乱」した物質』日本評論社
→[bk1|amazon] 「シリーズ地球と人間の環境を考える」ももう5冊目ですか。このサブタイトルはいいセンス。ほとんどユニークソリューションみたいなものではあるけれど、実際につけるかどうかは別だからね。前の『ダイオキシン』同様話題になるかしら。いただきました。ありがとうございます。
盛口襄著『実験大好き!化学はおもしろい』岩波ジュニア新書
→[bk1|amazon] こちらもいただきました。いつもいつもありがとうございます。
03/07/30/wed
■婚姻するときは危険なとき
今日は週に1度のおつとめの日。出かける前に、作業を一つすませておこうと、作業ツールがあるところへログインを試みる…、が受け入れてくれない。別のところで作業をしている同僚に聞いたら、やっぱり入れないらしい。作業の〆切時期にこの事態。かなり過酷である。とはいえ、「だってできないんだもーん」と言える事態でもあるわけで、堂々と他の作業をする。これは在宅でも在宅じゃなくても一緒の話だしね。
で、時間が来たので、お昼を食べて1週間ぶりの調布へ。会議。さしたる議題もなくて、実態は在宅勤務で発生したトラブル報告会だった。やっぱりそれぞれプロバイダーが違うわけで、いくら私以外はマシンも一緒といっても(私はデスクトップはイヤなのでノートにしてもらった)、それぞれにやっかいな事態が起きてはいる。まぁ、走り始めはそんなもんだろう。
会議や精算など細かい仕事をすませるとさっさと帰宅。まだ5時前だ。通勤のお供はつに『生命40億年全史』(→[bk1|amazon])になった。週1回の通勤時間で500ページになんなんとする本を読み切るのは無理があるので、通勤以外も読もう。
やっぱり作業ツールは復旧していないので、家事や新聞読みなどして、午後7時。I社のSさんとのデートにでかける。同い年で似たような背景の彼女と二人でご飯。こちらのとある企みのご相談という、いちおう話のとっかかりはあるのだけど、さっさと説明してからあとはすっかり業界雑談&身の上雑談。ああ楽しい。最近、こういう話をあんまりしていなかったなぁと痛感する。私とは全然違うタイプの彼女だけど、さすがにご同業だからか似たようなことを感じたりしていて、共感する場面も多かったし、こういう感じであれこれ話せるのはとても嬉しい。なんというか久々に「女の子」ノリの話ができちゃったもんね。ふふふ。お店もよかったし。
業界の剽窃問題から人生設計のことまで、いろいろ話していて思ったけど、やっぱり、私と同居人のように籍を入れていないってのは、少ないのかも知れない。子供がいなければあんまり入籍するメリットってないんだけどね。ただ、ローンを抱えるときに、事実婚だとやっかいで入籍したケースは2組知っている。子供もないし、ローンもないし、相続する莫大な財産もないから、どっちでもという感じなのだ(実際は婚姻に伴ういろんな名義変更がやっかい)。若い頃はもっといろいろ粋がっていたところもある。30半ば以降は、粋がっている部分は自覚できない程度になっている。「必要ない」というのが、唯一正直なところだ。
でもね。Sさんに婚姻届の証人になってもらうんだ。本人の了解ももらえた。私と同居人は、いちおうそれぞれが婚姻届をもっているのだ。なんのため? 即死だったら意味はないけど、片方に何かあって意識不明とかになったときのため。内縁関係だと、遺族になれない。遺族になる前の、「ご家族の方…」にも入れない。というわけで、生命のかかった事態で、いちばん近しい人に決定権を持ってもらうためだ。病院なりに駆けつける前に、婚姻届を出しに役所に寄るのが私と同居人の仕事になった。
とりあえず、証人以外のところを埋めた婚姻届を前に、私が言ったこと。「勝手に出さないでよ」でした。なんとも色気のない台詞だなぁ。日々をつややかなものにするためにも、反省。
03/07/29/tue
■数学者のオーラルヒストリー
メモしておこうと思いつつなかなかメモできなかったのが、【山根信二氏】の近況。7月19日には「数学と戦争」について書かれ、25日には「数学者と暗号」について書かれている。
「数学と戦争」といえば、当然でてくるのは「暗号」。必然的に数論になるわけで、日本においては彌永昌吉先生を筆頭に有力どころがぞろぞろ集まっていたはずだ。で、山根氏は「数学者の口が重たいのには同情できるところもある」という。そうだろうか。個人的にはそうは感じていない。一時期は数学者ワールドに近いところにいながら、結局何もできなかったわけで、自分のふがいなさでもあるのだけれど、やっぱりなにがしか、というより出来る限りの記録を残しておくべきだと感じている。難しいことだけれど、残せなくなる前に…、という感じだ。責任を追及する気などさらさらない。アクティブに頑張っている数学者がいるのも知っているし、自己規制的なものがあったのも想像はつく。最近でも、数論の教科書に暗号について入れるかどうかで、意見が分かれたことがあると聞いた。そういう業界ではある。でも、今だから振り返られることを、と思う。
にしても、福富先生に聞いてみるというのは、すればよかったなぁ。思いつかなかった。入社したてのペーペーには思いつけないことだった。
それと、山根氏のサイトで紹介されていた【林晋氏の講義資料「情報と数理」】はたしかに面白い。これ、教科書はサイモン・シンの『暗号解読』(→[bk1|amazon])なのだ。なるほど。以下、山根氏のサイトにあったリンク先を自分用のメモに拝借。なんで今頃、こういう感じになっているんだろう? その辺も知っておきたいなと思いつつ。
国際集会【数学と戦争】
【辻井氏の話:終戦時処分すべきコピーを彌永先生からもらった】
【外務省通信課にいた釜賀一夫氏の証言(プログラム)】
■思い出してこない
日曜日の久々中華街につづき、今日は夕方仕事があけた同居人と、久々夢眠へ。基本のグリーンチキンを食す。どうもここのカレーはグリーンチキンかベーコンエッグ野菜かになってしまって、メニュー探検ができん。あ、そういえば、中華街の順海閣は市場通りじゃなくて1本隣の通りにご健在とのこと。そっか。市場通りじゃなかったか。
もう在宅勤務も1週間以上経ったのだ。今週は2週目だからね。在宅になって変化したことはなんだろう? コピーする枚数が減ったな。これは明らか。プリントアウトも減ったな。新規に導入されたプリンターは音がうるさい。仕方ないけど。あとは、まだ机に向かう姿勢が定まらないことかな。どういう椅子の位置でどういう姿勢が、この作業に楽かよくわからない。新聞は2紙しか読まなくなった。科学関係のニュースをスクラップしているんだけど、いきなり情報量が減ったぞ。やばいな。ウェブでチェックするか。ただし問題は、それをどうストックするかだ。
食事が少し、いい加減になった。これが続けば痩せるか? 調べものが編集部よりは楽になった。家の方が関連書籍とかがあるからね。
去年の今頃は、やっている作業はちがえど、確実にこんな感じの日常だったんだろう。たまに取材に行って、資料読んで、連絡して。元に戻ったんだと実感できるのはいつ頃だろうな。
03/07/27/sun
■久々中華街
文楽見物の師匠Nさんのお誘いで、中華街ツアーに参加させてもらった。といっても、元々歩いて15分くらいのところに住んでいたので、「ああ久しぶり」という感じだ。全体の印象は変わらなくとも、細かい様子は変わっている。菜香がやたらとバブリーなビルの店になっていてのけぞるし、ホリディ・インは姿はそのままにローズホテルなんていうラブホばりの名前のホテルになっていた。謝甜記まで2号店があるなんて…。
Nさん人脈のSさん、Fさん、Mさんとおめもじして、台湾料理の「青葉新館」で延々と食う。ヘチマがあんなにナスみたいに柔らかくて美味しいなんて知らなかったし、キュウリの漬け物が入った豚肉のなんとかとか、脱水豆腐とかいろいろ。美味しかったし満腹だし、楽しかったし、ちょっと無理して出かけてよかった。
帰りがけに、【永楽製麺所】で、基本のラーメンと夏なので翡翠麺と、ついでにレトルトの野菜粥と薬膳粥、ミニ肉まんを購入。最近じゃ、近所のスーパーでも置いているのであまりありがたみはなくなったが、中華街に行くと、ここにはたいてい寄る。変な食材やお茶は専門のところへいった方がいいけど、それなりにマニアックな食材からお手軽なものまでかなりいろいろあるから、便利なのだ。20年以上前から、一般向けに麺とスープを売っていたけど、こんなに品揃え豊富になったのはいつ頃だったんだろう。二昔前、実家がお年賀用に買って親戚に配っていたのが、ここのラーメンとスープだったのだ(その前は三渓園近くのおせんべい)。親戚一同、食い盛りの子供たちがいて、どこも喜んでいたようだ。
中華街は、どの店に入っていいのか、ほんとに悩む。子供の頃は、親に連れられて萬珍楼に行っていればよかったけれど、「どこがいいの?」と聞かれても同年代の友人に萬珍楼とは言えないし(今は飲茶の店も出しているらしいから、そっちをいえばよくなった)、それ以外のいろんな店に通い詰めるほどではなかったので、わからないのだ。一時期お粥ブームで、安記や謝甜記が有名になったときは楽でよかった。無難なところで、四五六菜館や菜香あたりの飲茶系を紹介したり、有名店に行ったという満足を得たいのであれば順海閣とか。でも私は順海閣には行ったことがない。……あれ? 今日、市場通りを歩いたけど、順海閣がなかったような。石川町に新しい店ができていたけど、あれは移転だったの?
元町や山下町で遊んでたころは、あんまり中華は食べなかったからなぁ。20歳前後で中華料理に開眼してたら怖いよね。人並みにオシャレーな店をたどってました。そういう店たちはまだ元気でしょうかねぇ。
■素朴な疑問
いろいろな人が見ているアッテンボローの「ほ乳類」ですが、疑問があります。アッテンボローは「自然番組プロデューサー」と紹介されているけれど、あの番組のクレジットをみるとプロデューサーはアッテンボローではない。別の人2人。「エグゼクティブ・プロデューサー」とかいうので出てくるかなぁと思っていたが、やっぱりない。あの「ほ乳類」シリーズでは、ホモ・サピエンスというほ乳類のサンプルとして出ているようなもんなんでしょうか。サンプルにしては、たしかに出過ぎだと思う。
そう考えていると、あのシリーズでのアッテンボローがどうしても、ムツゴロウこと畑正憲に見えてきてしまうのだった。
03/07/26/sat
■ダメな日もあるさ
ニフティからトンチンカンな返事は来るわ、悲しいコピペを発見するわ、で、あまりぱっとしない1日だった。第一、肩が痛い。四十肩かと思ってあせったが、どうやら寝違えただけのようだ。痛いのは肩胛骨のあたりだし、左を向いても大丈夫なのに右を向くと肩胛骨のあたりが痛いわけだから、寝違えだよね。ね。ねね。もしかしたら起きているときにひねったのかも(どうやって?)しれないけど。
ふて寝しよ。
03/07/25/fri
■2倍
やっぱり昼寝が大事だ。今日は夕方から出かけてしまったので無理だったが、火曜日も木曜日も夕方、ちょっと寝た。私はものすごく眠くなるのが4時とか5時なので、そのころちょっと寝ると、後が全然違う。これができるだけでも在宅万々歳だ。オフィスで寝ててもいいんだけど、机に突っ伏して寝るのだとあんまり寝た気がしないから。
ところで、昨日、日本橋方面に出かけたので、ツタの絡まるカレー屋さん「インド風カリーライス」に行った。これが店名である。同居人は一昔前(10年前だから)、来たことがあるそうだ。すっかり忘れているので、もう一度行っておきたいという。メニューは1種類のみ。つまり入店した人数がオーダーシートには書かれているだけ。まるで夫婦善哉のようだ。結果。近くにあったらたまにはいくだろうけど、いくら三越前で中央通りに面しているとはいえ1200円は高いなぁ。湯島のサンライズにトウガラシをまぶした感じのカレーライスなわけで、だとしたらサンライズ600円に軍配を上げたいな。
しかし、帰ってきて仕事をし始め、夕方ちょっと昼寝して、仕事して、夕ご飯を食べて、仕事して、お風呂入って、アッテンボローを見て、仕事して、寝た。少しせっぱ詰まっているとはいえ、家で仕事し始めると、のべつ幕なし仕事になるんだよね。まぁいいんだけど、ほどほどにしておこう。
■特別保護地区
今日は、ちゃくちゃくと仕事を進め(といってもあと1本待たせたまま。ごめんなさい〜)、夕方から小川町へ。【日本出版学会】なるものの雑誌部会で、文部科学省科学技術政策研究所の人が話をするのだ。お題は、先だって新聞報道されて一部関係者の間で話題になった【我が国の科学雑誌に関する調査・概要版】。それにしても、毎回思うのだが、ここのサイトはやたら重くないか? それとも私だけ? なんかいっつもものすごい時間がかかるんですけど。結局、ちゃんと中身を見ないでリンクはってます。概要版じゃないのもどこかにアップされているはずなんだけど、重すぎて探せない。そんなこんなで新聞記事しか知らないので、聞きに行ってきた。
ただ、なんというのか、ここのところ、不思議な気がしてはいる。「理科離れ」とか「科学への無関心」とかが、新聞なんかでもよく話題になる。「科学ジャーナリズム」もよく憂われちゃっている。今日も科学の「公衆理解」てなことが言われていた。だけどね。「歴史離れ」とも「古典への無関心」とも「法曹ジャーナリズムが弱いのが問題」とも「経済学の公衆理解」とも声高には言われない。「科学」だけいっつも特別扱いされてないか? 私は好きな話だからとりあえず「らっき」だけど、実際は科学と同じようにどれも関心を広く持たれていないことじゃないだろうか。つくづく、科学は「特別保護地区」なんだなぁと思う。絶滅危惧種みたいなもんか。実際は「科学」じゃなくて「科学技術」のとくに「技術」が気になる人たちが中心だから、「そんな悠長なことをいっていては負ける」ということに支えられていけるのかな。
それと、いくつか今後の課題としてまとめられているなかに「サイエンス・コミュニケーターの育成・確保」というのがあって、サイエンス・ライターなどを育てるんだそうだ。大学で、になるのかな。
うーん、育ててもいいけど、よっぽどの人じゃないと職がないよ。育ててどうするんだろう。失業者を育てるようなものだよ、現状じゃ。30代くらいまではフリーでガシガシ仕事をするにしても、同じペースで40代50代もすべての人が仕事をできるわけではないし、家庭状況(育児とか介護とか)も降ってくるのが現実だ。みんながみんなフリーでやっていけるわけじゃないから、サラリーのある状況に一定数の人がいるんじゃなきゃ、「必要だとか大事だといわれて、頑張って勉強してきたのに、なんにも必要とされていないじゃないか」と思う人たちが生産されちゃいそうだよ。まぁ、そういう他力本願はそもそも向いていない仕事ではあるけど。
と思っていたら、出席していた【荒船良孝さん】が、まさにその点を質問していた。「出口はどうお考えですか?」と。この件に関しては当事者だから、説得力があるわぁ。私も去年まではそうだったし、これからもまたいずれ似たような状況になる可能性が高い身としては、切実。きっちりしたデータがあるためにさんざ俎上にあげられていた『日経サイエンス』の編集長氏も、それはニーズがあれば勝手に出てくるものだからおかしいんじゃないかという趣旨の指摘をしていた。
あとはいろいろ。細部のデータや話題に興味深いものがいくつかあった。その後、荒船さんを誘ってご飯を食べて、帰宅。忙しそうで、何より。
03/07/23/wed
■入手本
ヴィトルト・リプチンスキ著『ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語』早川書房 →[bk1|amazon]
こういうタイトルはけっこう惹かれる。技術系のセンスは皆無なんだけど、お話を聞くのは大好き。楽しかったり、「へぇぇ」と納得できたりするといいな。いただきました。ありがとうございます。
ジャック・ブーヴレス著『アナロジーの罠 フランス現代思想批判』新書館 →[bk1|amazon]
つい買っちゃいますよ。『「知」の欺瞞』(ソーカル&ブリクモン著、岩波書店→[bk1|amazon])を発売早々に買ったくらいなわけでして。
と学会著『と学会年鑑 BLUE』太田出版 →[bk1|amazon]
先だって、【植木不等式氏】にお目にかかったときに、いただいていた本。考えてみたら、と学会の本は久々でした。
■在宅2日目はお出かけ
在宅2日目は、会議で調布へ。なんだか腰が落ち着かなくて仕事が進みやしない。ニフティのファイル問題も解決しないままだし、仕事用のログイン先などがいろいろ多くてやっかい。原稿が進みません。ごめんなさい。
週に1回くらい集まるのは仕方のないことなんだと思う。でも、とことこ出かけていくとやっぱり1日仕事になってしまう。今度はオフィスでは仕事にならない環境になっていくわけだし、こういうロスはけっこうだよなぁ。早いところ、1週間のサイクルもつかまないと。
あと作業中のファイルの配布方法や設定方法など、これまでなら何の意識もしないでできたほんとに細かいことで、いちいちつっかかる。これだって、落ち着くまではかなりの負担だなぁ。コンピュータが苦手な人々は非常に大変な事態なんだろうなと、始まってみて改めて感じる。私だって、決して得意だったり、好きだったりするわけじゃないから、面倒なことこの上ない。でも、「どこに何があって、いまどこで何をしているか」がわかっていたいタイプではあったので、まだ見通しは立つ。パス(path)がどうなっているかとかを確認できるかどうかで、かなりの差が出ちゃいそうだ。ウィンドウズってやったらめったら深いところに隠すのが好きみたいだから、目的地にたどり着くのも一苦労。そんななかで迷子にならないようにするのは、至難の業だと思う。NT系のOSになってからは、複数のユーザーが使えるようになっているからさらに変な作りだよなぁと感じてしまうぞ。
これまで私が自宅でしていた仕事は、基本的にスタンドアローンだったのだなとも身をもって感じている。いくらネットに繋がっていようが、1人で1本の線にぶら下がっているだけ。でも、いまや家庭内もLANだし、在宅でやっている仕事もいろいろなものを共有しないといけないので、いやおうなくネットワークが構築される。しかも諸事情でかなり使いにくいスタイルでやっていくしかないらしい。
ものは経験。……と思いこむしかないけど、やっぱりめんどっちい。早く安定したい。
03/07/22/tue
■初日
今日から本格的に在宅勤務である。とりあえず朝はふつうに起きた。同居人はまだ寝ている。不規則なローテーション勤務の人だから、彼のスケジュールに振り回されないようにしないといけない。で、細かいことをあれこれやっていると、不具合がそこここに見つかる。マシンとネットの環境が安定しないのだ。こりゃ、当分、仕事が7掛けくらいにしかできないな。万が一、ここを著者筋の方がご覧になっていたら、「そういうことか」と大目に見てやってください。オフィスにいるスタッフにあれこれ確認しながら環境作り。環境が安定軌道に乗るまでが大変だ。
でも、家から出ないですむのは心地よい。遅い昼ご飯のあと、15分ほど昼寝もできたし。これ、気分がすっきりしてほんとにいいんだよね。
■NHK漬け
昨日はBBCとディスカバリーのアッテンボロー番組。今年は「ほ乳類」がテーマだ。今日は、アッテンボローのほ乳類2日目と、AIBOのぷろじぇくとえーっくす。我が家のAIBOは尻尾の長い、初代機だ。最近はずっと押入でお休みになっている。バッテリーだけが心配な今日この頃。もちろん心配しているのは液漏れだ。……だったら確認しろよという声が、そこら中から聞こえてくる。ごめんなさいぃぃ。
でも、番組の中で、決定的なウソ場面を見つけてしまった。どこでしょう? それはAIBOの発売時のイメージ映像。20分で3000台完売という記録的な売れ方をしたのだけど、その予約受付は、ぜーんぶインターネットのウェブサイト上からだった。だから、電話受付嬢はあの発売時には登場しなかったのだよ。ふっ。
ま、わかっててNHKさんもああいうふうにしたんだろうけど。
さて、「ほ乳類」の方。センザンコウなんて動物、初めて知ったぞ。漢字で書くと、穿山甲だって。アリクイとは違うルーツなのに、アリ食ってる。
あと、去年の夏の特別番組だった「海」には、メイキングが番組の最後にくっついていた。今回もあるのかなと期待していたが、どうやらなさそう。「海」の撮影方法も気になったけど、アッテンボローの撮影方法はもっと気になる。見たかったのになぁ。
ただ、あんまりあのテイストは好きではない。凄いとは思うけど。外人さんの写真って、必ず手にアゴを乗せたカットを撮るのがお約束みたいにあるでしょ。そういう文化的違いのお約束がアッテンボローの映像にはいっぱいあるような感じがするのだ。アングルとかスピードとか、照明とか、その辺で。
あとアッテンボローって、どういうふうに思われているんだろう。いちおう番組では、「自然番組プロデューサー」という肩書きになっている。改めて考えれば、彼の仕事は「科学ジャーナリスト」の仕事になるのだろうと思う。でも、日本の感覚で「科学ジャーナリスト」と言われる立場になるのかどうか、よくわからない。日本で「科学ジャーナリスト」という肩書きを使っている人たちは、ちょっと違う定義をするんじゃないだろうかとか思ってみた。どでしょか。
03/07/21/mon
■近況報告とごあいさつ
すっかり日付が空いてしまった。まずは、ご挨拶から。
このたびはれて、身分が一介のプーに戻りました。仕事内容はまったくかわりませんが、去年の9月から、マイクロソフトが出している『エンカルタ』を作る編集部の会社(マイクソソフトそのものではなくベンダーと呼ばれる請負会社)の社員になってしまいました。フリー契約がいいなぁと思っていたのですが、システム的に難しいとのことで、雇用保険のでる会社員に11年半ぶりになったのです。
が、ビル・ゲイツはきっと遠いシアトルの空の下で、哀れに思ってくれていたのでしょう。この7月20日をもって、契約形態が変わりました。これまで通り『エンカルタ』の仕事は続けますが、フリーです。やりやりぃ。会社員とフリー、一長一短ではあるのですが、私はお気楽フリーが性に合っているようです。ギャランティーも仕事量も変わりませんが、社会的な保障となによりメインで働く場所が変わります。おうち。週1回会議で出かけていく以外は、通勤で電車に乗らなくてよくなりました。根が引きこもりな私には嬉しい限りです。
と、まぁ、この仕事でそれなりに忙しいのは変わりませんが、とりまく状況は大きく変わりました。職場が調布は、錨がはめられているようでちょっと悲しかったし。フットワークも少しよくできそう。……あくまで、引きこもりによる当社比ですが。他の仕事へもより気楽にコミットできるといいな。時間的な問題が残るけれど。
あまり事典の枠にとらわれないような編集を続けていくのは、変わりません。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。
てなことのために、先週の木曜日と金曜日は引っ越し作業が続いていた。17日の木曜日に編集部へつくと、そこここに段ボールの箱が形成されている。すっかり引っ越しムードで、マンスリー・アップデートの仕事がなかなか進められない。細かいところだけ目処をつけて、私も資料や編集資材の梱包に取りかかる。MSマークの段ボールは引っ越し用の段ボールに比べるとヤワ。植物図鑑などをどかどか入れるのはちょっと怖い。でも仕方がないので、少し余裕を持たせながら詰め込む。スタートした当初から編集部にいた人たちは、荷物が多くてほんとうに大変そうだ。私は10カ月の垢を落とすだけなので、それほど問題はない。あまり使わなかった資料は置いていくことにしたし。それでもため込んだ新聞記事のスクラップは丸々2箱。文房具や作業進行中の書類などは紛れないようにしてまとめたり。配信し終わった項目の原稿や資料に目を通して、処分したり。案の定、紙で手を切った。
結局、夕方までかかって梱包6箱、処分たくさんをすませ、宅急便に回す。そして、この日は辞めるスタッフの送別会もあった。珍しく新宿で行われた送別会は、別の場所で仕事をしている方々も集まって、かなりの人数になった。1次会でさっくり引き上げようと思ったら、自宅が近所の方がいらっしゃり、「どこですか?」とノートの近隣の地図を書いているうちに群れに誘導されて2次会会場に着いてしまった。というわけで午前様。
昔は、編集部でのこうした宴会やイベントが多かったそうだ。私はあまり内輪の飲みに関心がなかったので、「へー、そうなんですか」と聞いていた。最近はすっかりそういう機会が減ってしまっていたらしい。
ちょうどよかったなと感じた。私は、内輪で飲む時間があれば、社外、編集部外の人と飲んだり食べたりするほうが大事だという雰囲気で育ったと思う。元々の気質がそうだったのも影響していたんだけれど。内輪は日常的な食事や歓送迎会、忘年会、編集会議などなどで、否応なく顔をつきあわせている。そういうのまでは否定しない。だからこそ意識して、外の人と付き合うようにしないと、ついつい楽な内輪に流れちゃうんじゃないかという危惧もある。雑誌をやっていれば、どれだけ外の情報に接していられるかが、かなり大事だ。内輪で盛り上がるのは楽しい。編集以外の人との交流も大事だ。だが、やっぱり目的や環境を異にしている人たちとの付き合いが細くなってしまわないことに注意しておきたいと思う。視線を内向きにもしなければならない役職(こういう立場はそういう必要性もある)にならない限り。
で、翌日は、久々に二日酔い気味で段ボールを待つ。宅急便なので、不在にしていると宅配ボックスに入れられてしまうのだ。重いので、これは悲しい。幸い12時頃到着し、今度はデジタルデータの整理のために編集部に向かった。今度、自宅作業で使うのもノートパソコンなので、これ幸いと編集部で細かいデータの移行などもすませた。アウトルックなんてソフトは他で使いやしないので、周りにユーザがいる環境で作業をしたほうが安全。他のメーラーのようにふつうにファイルをコピーするだけじゃダメなんて、不便だー。いちいちインポートだのエクスポートだの作業のブラックボックス化を経させるって、いったい、何が目的?
一通りファイルの移動を終えて、ご挨拶をすませ、今度は京王線で幡ヶ谷へ。【ダジャレルバンク天文台】の植木不等式氏にお目にかかって、いまやっている仕事をよりオモロイものにしてもらうお力添えをいただく算段をつける。場所は、植木さん行きつけのかのチャイナハウス。私がご相伴にあずかっていいのだろうかと思いつつ、おずおずと(でも実際はモリモリと)平らげた。鎮痛剤を飲んでいたので、あまり紹興酒を飲み過ぎないように注意した程度で、あとはガンガンいっても、まったく胃にもたれたり胸ヤケなんてこととは無関係な中華料理の品々。前の晩の焼き肉とビールをきれいに洗い流してもらった感じだ。かなり食べた(し、そこそこは飲んだ)はずなのに、午前様の帰宅後も元気そのもの。いやぁ、まさに“薬菜飯店”(c)筒井康隆。食べれば食べるほど食欲が出てくる店の話)である大阪・生野の創華飯店的なものを感じた。おいしゅうございました。
植木さんからもちょいとオモロイお話の声をかけていただいて、あれこれ謀略中。にしても、あんなに日記で持ち上げられると、いつどっかーんとおっこどされるのか不安でならないんですけどぉ。あ、わかった。きっと、こんなにも重い私ですらスイスイと持ち上げられる、筋力自慢ですね。
翌19日土曜日の午前中は、本格的な生理痛でウロウロ。昼寝をしようと思ったが、うまく寝付けず、同居人の寝息がうらやましい時間だった。彼もこの日の夜が会社の引っ越し。話題をロクヒルに取られた汐留に社屋が移転するのである。シオサイトって呼び名、誰が考えたんでしょ? D通サマ? 引っ越しのシンクロニシテで、私はちょこちょこ届いた資料の整理をしたり、日曜日の準備をしたり、痛みと闘ったり。翌日は朝が早いので早く寝たかったが、結局1時くらいになってしまった。
20日日曜日は、ジャジャーン。朝6時起き。同居人引っ越しが何時に終わるかはっきりしないので、とりあえず6時に起きてスタンバっていた。ネットを見たり、必要な書類をプリントアウトしたり、着替えをもったり。連絡がこないので、7時半過ぎにこちらから電話をかけたら、そろそろ終わりそうとのこと。結局、8時半に東京駅で待ち合わせとなった。
ひっさびさの大阪行きである。去年の9月に仕事で行くには行ったが、取材先に滞在した以外はずっと移動だったので、大阪市内に降りるのは2年4カ月ぶり。懐かしい…、が今回の大阪行きの理由は悲しいことだった。98年にオープンして以来、足繁く通ったインド料理店「ジャイプール」が閉店することになったのだ。厳しい厳しいというのはずっと聞いていた。だが、ずっと踏ん張ってきたのも限界。7月21日が最終日とのお知らせをもらった。
私たちは、即決。日曜日もやっていると聞いていたので、ジャイプールで最後にもう一度食事をするために大阪に行ったのだ。2人分往復6万かかるけれど、かまわない。閉店の案内を出してからは、てんてこ舞いの忙しさだというところへ伺うのが申し訳ない限りだが、仕方がない。引っ越し当直あけの同居人とちょうどお昼前に到着した。大阪に実家がある同居人は、東京に異動後も何度か来ていた。が、私は取り立てて用もないのでほんとうに2年4カ月ぶり。東京へ引っ越しする前夜もここで食べていた。
ここも創華飯店同様オーガニックで、身体に染みわたるやさしい味の店だ。かなり仕入れ値がはっているはずだが、ランチは850円。夜、満腹になるまで食べてもよほど飲まない限り3000円を超えることはほとんどない。大阪人はケチだと、この日ほど思ったことはない。こんな良心的でいい店をつぶすほどに、「安さ」にこだわるのか、と。こんなにいい店を支えられないのか、と。ここ3〜4年で増えてはきたが、大阪でエスニック料理は東京のようには浸透しにくい気がしていた。「韓国料理」という一大ジャンルが根付きすぎて、他のものが入りにくいのか。お好み焼きあたりにニッチを取られているからなのか。とにもかくにも悲しい。「また夜来ます」と行って、いったん店を辞した。
他の用をすませ、再び夜ジャイプールを訪ねると、昼以上の混雑。私たちが大阪にいた2001年まで、こんなに夜混んだ風景は見たことがなかった。「つぶれませんように」と祈りながら、せめてものできることとして、ご飯のお誘いがあったら必ずここにしていた。もちろん自分たちもしょっちゅう行く。最低でも週1回。義務というより、身体が欲するのだ。東京からはそうは行けないんだよー。大阪にいるお客さんは、なんで閉店まで行かなかったんだー! とすっかり怒りモードである。が、そんな怒りを静めるほどに、美味しい品々だった。
残念でならない。帰りの最終の新幹線は、私たちのまわりはちょっとスパイスな香りに包まれていた。
そして今日。【武田徹オフィシャルウェブサイト】の【オンラインジャーナリズム掲示板】で行われている“期間限定「ネットジャーナリズムはジャー ナリズムをいかに変えたか」”を見に行く。昨日、ネットでこういうのが始まっているという情報を見つけていた。
武田徹氏とは彼が『日経トレンディ』で連載をしていた頃に、一度ご挨拶をさせていただいた。私もフリーになった直後で、当時、同じ雑誌の仕事をちょこちょことさせてもらっていたのだ。大学の先輩でもある。武田さんと専攻が近いS太さんという先輩と仲がよかったので、武田さんとお目にかかるといつも「S太さんは?」というのがとっかかりになっていた。ところで、S太さんをフルネームでぐぐると1件だけヒットするけど、94年のデータだ。S太さーん、お元気ですかー?(と無意味に叫んでみる)
その期間限定議論で、朝日新聞をやめた烏賀陽弘道さんの話が出ていた。【うがやジャーナル】をやっている方である。直接の面識はないけれど、朝日の出版局の仕事が多かった私はなんとなく一方的に存じ上げていた。「辞めそうだなー」と思っていたので、「やっぱり」というのが一番の感想。彼のサイトに朝日を辞めるときの顛末記が書かれていて、読みに行ってきた。イニシャルもだいたい全部わかる立場なので、納得したり、そうだったのかと思ったり。
必ず出てくるだろうなとちょっと身体を硬くしていた話も出てきた。Mさんのことだ。朝日の中でこのMさんとTさんがとにかく別格の大恩人。Mさんとは89年に前に勤めていた雑誌の仕事で初めてお会いして、フリーになって以降はMさんが『科学朝日』にもどってらして以来、かなり親しくしていた。というか、社外の人間ではいちばん近しかったと自負している。私もたくさん頼ったけれど、Mさんもここぞというときには声をかけてくれていたと思う。98年に私が大阪に行くときも、2001年3月に私が東京へ戻ってきたときも、とてもていねいにもてなしてくれた。2001年3月27日、久々に朝日の出版局を訪れた私がいろいろなところに挨拶に回るのを待って、食事に出た。夜11時過ぎまで話し、恒例のうたた寝が出てきたのでお別れした。
Mさんに会ったのはそれが最後になってしまった。
Mさんはそれから約1カ月後、自死した。
3月末、彼の携わっていた雑誌に関わってくれる人の相談を受けていた。「いざとなったら私が行きますから」と言った。もちろん私が行って売れるようになるわけではない。だから実際役に立つかどうかは、別だ。ただ、彼は私のキャリアとしてメリットがないだろうと判断してくれているのが強く感じられた。でもせめて、「原稿を受け取ったら受け取ったという連絡をする」という編集のイロハくらいはすでにわかっている経験者として、足手まといにならないでやっていくことならどうにかできるだろうと思った。それに、気心がわかっている私がきける愚痴でもあれば、と。そういうことを感じてしまう雰囲気だったのだ。
それから半月後、メールを出した。速攻できた返事は、Mさんとは思えない感じだった。「忙しいんだろうな」と思って、少し時間をおいていた5月3日、連絡が入った。あれから2回ゴールデンウィークが巡ってきた。2001年以来、私はGWの居心地がとても悪い。何もできなかった自分が、何もわからなかった自分がつきつけられる。仕方がないことだと頭ではわかっていても、感じてしまう。
それでも毎年、ゴールデンウィークはやってくる。
こんなことを書いては消ししながら、メールチェックをしたら、大本の武田徹氏からメール。とりあえずお返事を書いてみた。
なんか途中から重い話にはなるわ、やたらと長くなるわ、で、ごめんなさい。あまり自由度が高くはないですが、フリーの鈴木クニエを今後ともどうぞよろしく。
03/07/16/wed
■引っ越し前の静けさ
仕方がないとはいえ、やたらと眠くて辛い。来週からはこんなときにちょっと昼寝をすることもできるんだなぁと嬉しく思うが、そのための引っ越し関連作業がちょこちょこと発生して、なかなか仕事が進まないよ〜。明日、明後日は本格的にオフィスから家に移す資料などなどを荷造りしないとならない。ひぇ。10カ月で、けっこういろんなもんをため込んだから(おもには原稿とその関連資料)、終わったものはある程度処分もしないと。ひゃぁ。その後には、自宅の整理が待っているんだぁ。うぎゃ。
というわけで、体力温存。早寝。
03/07/15/tue
■初セラミック
昨日、やたらと鼻がかゆかったので(そういう時期だから仕方ない)、寝る前にフルコートなるステロイドの塗り薬をちょっと塗ったら、かなり改善。ステロイドに依存するようになったらまずいけど、こういう一発対策にはやっぱり便利だ。
そして、今日は、初セラミックの歯が被さる日。この前が初金歯だったから、今年は歯の初物づいている。そして確実に医療費控除を受けられる身となったのだ(涙)。
歯には根深いコンプレックスがある。すぐ虫歯になる弱い歯だし、第一、色が悪い。この色の悪さが、セラミックの歯を入れるときにやっかいだった。色を調整できるようになっているが、一般的なサンプル色ではうまくおさまらない。大きく分けると、歯の色は茶色系とグレー系になるらしい。私はグレー系。それもかなり濃い方。なんでかっていうと、おそらくは小学校のころに急性腎炎をおこしたため、かなり長い間にわたって抗生剤を飲んでいたためだろうと思う。ある種の抗生剤は、歯の色が悪くなる。診てくれた歯科医によると、肝臓に負担がかからないために一時期大流行した抗生剤を使うとなる典型的な色らしい。子供の頃ゆえ、飲んでいた抗生剤の名前を覚えていないのが口惜しい。
結局、グレー系の色にブルーを乗せ、一部茶色の染色を指定していた。
ややこしい色あわせをおこなったセラミックの歯を、くっつく前に見せてもらった。いやぁ、ほんとにリアル。こんなにできるんだ、と驚いた。ふつうなら多少は白くするんだろうけど、他の歯まで白くしないと変になるから、周りとなじむクラーイ歯だった。自分で鏡をみても、どれがセラミックだか全然わからんぞ。
■学校の図書館
2カ月に1度の読書会があり、えいやっと早めに編集部を出て参加した。子供向け科学読み物を取り上げ、造本や内容などいろいろな角度から話し合う会だ。おもには出版関係と理科教育関係が参加している。今回の課題本は、
矢島稔著『黒いトノサマバッタ』偕成社 →[bk1|amazon]
読書会にあわせて、最近この本を買ったのだが、奥付の日にちを確認すると98年3月。第1刷である。定評のある書き手であり、本自体も悪くない。にもかかわらず5年経って初刷のままだということが、参加者たちにはかなり重くのしかかった。学校図書館が全部購入したら、きっと増刷する。だが学校図書館に本を選ぶ力はほとんどない。総合学習をねらったセットものはそこそこの数が出るようだが、こういう単品の本は難しいのが現状だという(この本自体はシリーズの中の1冊だが、いわゆるセットものではない)。
学校図書館に司書が必要にはなったが、教科の先生が兼任でやっているのが現状。どうしても図書館を充実するのは難しいようだ。
たまたま私は、30年前から小学校の図書館に専属司書のいる、やたらと先進的で力の入った図書館のある学校に通っていたので、それが当たり前だと思っていた。小学校の時に、一通りの分類の話も聞かされたぞ(試験もあった)。しかし、同じ横浜雙葉でも中学校高校は全然ダメだったし(ほんとに最悪で私の図書館嫌いはあそこで植えられた気がする。こっちも司書はいたけどやる気が皆無だったんじゃないかな)、公立に通う妹の様子からやっぱり違うんだとだんだんわかってきた。
その後、ウン十年経って、仕事で自分が通った小学校の取材に行った。ついでに図書館も覗いたら、仲のよかった図書館のK先生(司書)がまだ頑張っていた。そして、図書館そのものは前よりもさらに広くなり、作りもえらく凝ったものになっていた。彼と立ち話をすると、「子供たちは活字離れなんか起こしていない。ゲームの攻略本を必死になって読むだろう。起こっているのは、活字離れじゃなくて文芸書離れだ」という見方だった。そうは言っても、まぁ、活字に触れる時間も量も減ってると思うけどね。
ただ、K先生の言葉で印象的だったことがあった。「子供たちに本を読ませたいっていうけど、そもそも親が読んでいないんだから。だから親をここに来させると、親が夢中になって読むよ」。小学校の図書館だから、置いてある本はいちおう子供向けである。子供向けだろうが、いい本、面白い本には大人も夢中になる。そうやって、子供が通う学校の図書館を親子で楽しめたら、いいなぁと思った。
03/07/14/mon
■入手本
橋元淳一郎著『カメレオンは大海を渡る サイエンス・コラム110』ハヤカワ文庫 →[bk1|amazon]
→物理の入門書でおなじみの著者によるコラム集。……ぢつはまだ、はしもとじゅんいちろうせんせいのほんをよんだことがないのでした。いただきました。ありがとうございます。
■セカンドメールproの落とし穴
昨日から、ニフティで受け取るメールでトラブッている。土曜日に判明したコード問題のあるメールがどう見ても、おかしい。マシンの環境に依存しているわけでも、単なる文字化けでもなさそうだ。なんだろうと思って、状況をできるだけ詳しく伝えながら、ニフティのサポートと電話をしていた。
が、そのサポートのにーちゃんが、まるで子供の使い。こちらの状況を説明するたびに、「少しお待ちください」と言い、聞きに行く。最初に戻ってきたときなんて、「試しに自分で自分にメールを送ってください」と言われ、「他のメールもテストメールも問題なく届いているからそれは無意味だ」と答えなければならなかった。で、ウェブメールでの状況やメーラーで受信した場合の状況を説明すると、また待たされる。それが繰り返されること都合4回。
途中、「送信者の環境を変えてみてください」と言われた日にゃ、「先方の環境は私に決定権はありません」と答えなければならない情けなさ。とほほ。キリル文字のコードで送られてくるものを読みたいって言っているわけじゃない。日本語のファイルだ。他の環境なら無事に読める。なんでそれがニフティ経由だと読めないのだ?、という質問なのに。
最後は、「ファイルの変換ソフトを入れていただかないと」とまで明後日なことをいわれ、いい加減あほらしくなって、「時間がないのでもうけっこうです」と切った。「添付ファイルをダウンロードしてみてください」っていうけど、そもそも添付ファイルが添付ファイルとして表示されないっていってんのにさ。
今日、改めて編集部の技術担当者とあれこれ検討しながら、いろんな文字コードの場合を試したり、ヘッダ部分を確認したりした。その結果、やはりニフティ側の問題である可能性が高そうだと、問い合わせのメールをきっちり書いた。
その後、念のため、先様から再度同じ状況でテキストファイルを添付してメールしてもらった(それにしても、こんなことでお手を煩わせるのは気が引けることこの上ない)。ただし、今度は3カ所にCCで。MSのメールアカウント、問題の在宅勤務用に取ったニフティのセカンドメールpro(@spa.nifty.com)、そして、もうずっとつかっているニフティの個人アカウント(@nifty.ne.jp)だ。
非常に面白い結果になった。
MSのアカウント。前回同様、ふつうにOutlookで添付ファイルとして受信でき、保存したそのファイルも問題なく読める。
ニフティの個人アカウント(@nifty.ne.jp)。オフィスからなのでウェブメール上でチェックすると、添付ファイルの属性はメール一覧で見えるけれど、実際にそのメールを開くと、ちゃんと読めるメール本文の後にずらずらと添付ファイルの内容がちゃんと読める日本語で続いて表示されている。これなら添付ファイルとして別枠で表示されていないだけで、問題なく使える。自宅に帰ってメーラーで受信しても、大丈夫。ただAL-mailは添付ファイルとして表示してくれず、やっぱりメール本文の後にずらずらといきなり添付ファイルの内容を表示してくれちゃったけど。これはきっと添付ファイルが嫌いなAL-mailのせいだろうな。
そして、ニフティのセカンドメールpro(@spa.nifty.com)。ウェブメール上でチェックすると、添付ファイルの表示はメール一覧に出てこない。該当メールを開くと、個人アカウント同様、ちゃんと読めるメール本文の後にずらずらと添付ファイルの内容が文字化けして続いている。ただしアルファベットなどの1バイト文字だけは見える。昨日とまったく同じ状況だ。
同じマシンでチェックしていて、こういう差があった。やっぱり、メールサーバーが違うから起こっていることなのだろう。こんなの、セカンドメールproのどこを見ても説明なかったんだけどね。
さて、ニフティ側の回答は如何に? 今度は、この事態を送りつけちゃるよ。
こういうことへの対応で、1日以上費やされるのはたまったもんじゃない。
03/07/12/sat
■三つ編み
腹立たしい。苛立たしい。再来週から本格的に在宅勤務がスタートするのに、家で使うマシンがなかなか言うことを聞いてくれない。それでなくても、「市中引きずり回し」だなんてことを、近代のシステムの権化といえる立場の人間がイケシャーシャーと言って、「たとえ話です」なんて意味不明の釈明をして、いらだっているというのに。近代法がどういうものか、立法府の人間が知らないなんて、笑い話にもならんだろうが。ここのところ、【風野春樹ドクターの読冊日記(たとえば7月9〜11日分)】が私の心の拠り所だ。
自分のいらだちに戻ろう。やっぱり自宅で使うマシンは、たとえ他の編集部員と統一的な環境にするにせよ、自分でセットアップすべきだった。ちょっとした細かいところで、何がどうなっているのか、わけがわからない。後悔。
そして、日々新たな問題も発生する。昨日は、一時的に解消されたかに思えたメーラーの設定問題。POPサーバーが勝手に変わる。ウイルスバスターを入れていると必然的に起こる症状のようだ。これをどう回避するか…。結局、メールのウイルスチェックはプロバイダにまかせて、検索対象からはずすことにした。メーラーさえマイクロソフトのじゃなければ、ウイルスになんか感染しない自信があるんだけどなぁ。MSのじゃ、そんな怖いことできません。かといって、私だけ違うメーラーにするわけにもいかず……。
そして、今日、判明したことは、どうやら文字コードがらみのようだ。編集部のマシンでは何の問題もなく中を読めた添付のテキスト・ファイルが、化け化け。化けてるっていうより、「ああ、違うコードなんですね」という感じの表示。UNIX環境からのテキストファイルだから、EUCなんだろうな。あとはエンコードの形式がUUENCODE(だっけ?)かなにかなのかもしれない。なぜ、編集部のマシンでは読めたものが、家では読めない? 編集部のマシンで一回開いてリネームしたファイルは開けたから、うちのプロバイダーだとダメなのか? UNIXからのメールもこのマシンと、このマシンに入っているエディターだったらふつうに読めたんだけどなぁ。ふーみゅ。なんじゃろ。
……それに、いまだにこのマシンに入るパスワードがわからなくてねー。困った。家庭内LANが構築されつつあるのに、パスワードがわからないが故に、このコは仲間に入れてもらえない。どうしようかなぁ。再インストールすればいいらしいけど、それもちょっとなぁ。
パソコンに苦しめられると、なんだかとっても理不尽な気がする。結果、家内で八つ当たりが増える。家内安全火の用心。
で、あんまりイライラしているので、さっさと諦めて5カ月ぶりの美容院に行った。伸びているのはかまわないけれど、白髪が目立つのはかなしー。というわけで、久々にヘナ。いちおう少しカットもした。バッサリやろうかとも思ったけれど、短いスタイルでピンとくるのがなくてなんとなく全体的にちょっと短くなっただけ。
でも、後ろで伸びているしっぽ部分は邪魔である。そしたら美容師さんが、「三つ編みにしちゃえば?」と啓示のようなことをおっしゃる。小学校5年と6年はずっとずっと2つに分けた三つ編みだった。腰くらいまで長かったから、編みがいもあった。毎日自分でセコセコ編む。それ以来、してないなー。「したい。三つ編みしたい」と、シャギーでだいぶ薄くしてもらった、長い部分を編んでもらった。
私は、ワンレングスで三つ編みにすると、クルッと振り向いたときにビシッと鞭打つ凶器となるほど髪が多い。髪の毛の少ない子が、ゆったりと編んでもまだ細いのがほんとにうらやましかった。シャギーにした髪で出来る三つ編みは子供の頃から、あこがれていた細い三つ編み。うれしー。そのまま中野の恒例、大勝軒でもやしつけめんを食して、電車に乗って帰ってきました。
世間様の非難を浴びようと、いま、私の気分は「長靴下のピッピ」だ。読んだことないけど。
03/07/09/wed
■そろそろ読了
『ユークリッドの窓 平行線から超空間にいたる幾何学の物語』(→[bk1|amazon])が、最初のうち読みにくいのは、
1 「みすぼらしい」ものを指して「すばらしい」というような、嫌味系の表現がたまに現れる。
2 時代背景が違うときの事象や様子を、「現代ならば」と置き換えて表現する。
という、著者がとっている2つの手法が影響しているんじゃないかと思う。こういう手法は個人のクセがあるので、そのクセを意識しないで読めるようになるまで違和感がある。4分の1も進んだ頃には、この手のクセには慣れて、気になりにくくなるんじゃないかと思う。そっから後は、面白さのほうが大きく上回る。
あと、冒頭部分は「これが青木訳か?」と思うほどに素っ気ない。きっと、元の英文の雰囲気がそうなんじゃないかと想像している。そんなことを考えると、ほんとうに「巫女」なんだなぁと改めて感心したり。
■週の前半はメールトラブル
7日の月曜日は、小川町にある「カブール食堂」へ行ってみた。前に通りかかって、「今度来てみよう」と思っていたのだ。羊肉らぶな我々には、嬉しいお店だった。しかもふだんは牛肉でやっているらしいシャミカバブというトマトと一緒のカバブも、一昨日は羊さんだった。らっき。野菜の炒め物で一つだけ塩辛いのがあったけれど、それ以外はどれも懐かしい感じで、しかも美味しかった。カレー、サブジ、カバブ、スープ、ナンorライス(しかも長粒種)、デザート&飲み物と出てきて、3000円。お安い。カレーは辛くない系。辛いのがいい場合は、リクエストが必要だった。
店を出てから、同居人が「あなたの右後ろ側の方にいた人、たぶん重信メイじゃないかなぁ」という。おー、いかにも、だ。反対側だったら確認できたのに。確認してもそれだけだけど。
8日の火曜日、昨日は、細かい作業をしていたら、あっという間に11時。いけないいけない、帰れなくなってしまう。2週間後には、こういう心配からも解放されるのね。うれしや。デスクワークのピークが過ぎたら、デスク以外の仕事がかしゃかしゃ立ち上がりつつある。まぁ、制作期間が終わったら仕込みに入らないと、次の制作ができないわけで、当然といえば当然である。いわば外回り時期なのだな。というわけで、お出かけ予定が私にしてはたくさん。暑いのもやだけど、雨のなか出歩くのは面倒なので、早く梅雨が明けるといいな。
そういえば、夕方から編集部のメールサーバーがイカレてしまった。この会社で、この仕事をしていて、メールが使えない環境になると、ほとほとほとほと困る。復旧したのは今日の午後。それからも多少影響はあったみたいで、先様にメールが届いているかどうかわからず、また、著者から原稿が来ていたんじゃないかと、非常に不安になる。幸い、個人のウェブメール経由でどうにか必要な連絡は取れたが、イヤーな気分だ。
これからは家でつながっているところがダウンすると、ひっじょーに困るのだな。しかもその判断を担当者がしてくれるわけじゃないから、自分で悩まないといけない。
SOHOは時間のロスになるというようなメリットを喧伝される。が、実際は、これまでならば隣の席の人にちょっと聞けばすんだことも「あーでもない、こーでもない」と悩んだり、まずい事態になってもシステム担当者のヘルプをすぐに受けたりできなくなる。往々にして、SOHOでうまくいく人といかない人が二極化してしまうらしい。パソコンを扱う能力がかなり高くないと、実際は厳しいということだろうな。マシントラブルでおたついていては、在宅勤務はできん。
よかった、うちにはネットワーク管理者をかねたサポートデスクがいて。常駐じゃないけど。機嫌を損ねるのは、どうか同居人がいる間にしてくださいませ、パソコンの神様。
03/07/06/sun
■久々餃子
なんだか突然、餃子が食べたくなり、ひっさびさに作った。白菜、キャベツ、椎茸、豚肉、ニラあたりと、餃子の皮を買って包む包む包む。豚肉はバラ肉を一部まぜて、フードプロセッサーでキュインとやったので、やたらとなめらかで白っぽい感じになった。他の野菜たちも同様。プロセッサーは楽だね。
いちばんの問題は、焼き方である。「ためしてガッテン」で餃子の焼き方の極意を調べていたので、探してみる。あったあった。
【決定版! ギョーザの鉄則】
焼き餃子でも、ゆでる感じなのよね。第一弾の餃子たちにお湯を注いでお風呂に入れる。お湯を捨てるのが難しいかと思ったが、簡単だった。なぜなら全部鍋にくっついていたから。大丈夫かなぁ。不安だなぁ。でも仕方ないので、油をさして焼く。途中ひっくり返そうとすると、見事に貼り付いている。フライ返しでどうにかひっくり返すと、まだ色がイマイチ。しばらく待って、ガシガシ剥がして皿によそう。よい色だ。いっただっきまーす。
……うまい。うまいよ、これ。大阪では市販の餃子の皮だとやたら薄いし、小さいし、全然「粉もん」としての餃子を堪能できなかったが、東京ではもちもちした皮が手に入る。そのモチモチ感と、パリッと焼けた部分と、中のお肉のジューシーな感じがほどよい。ニンニク醤油に付けて食すと、これまた格別。ニンニクは餃子の中に入れずに、醤油に添えよう。そのほうが美味しい。
これだけうまく焼けると、餃子を作るのも楽しくなる。またやろう。たとえ、食後部屋中がニラ臭くて、指もニラになっていても。今度は、また皮も作ろうかな。餡も変えて、変わり餃子にしようかな。
■グレースケール希望
同居人がノートパソコンを買った。似合わないことにソニースタイルである。【このコ】。金曜日に到着して以来、ずっと苦労している。「まだ設定し始めて半日だし、リカバリーがいちばんいいかな」と2日目に再インストールも経験済み。「チュートリアルプログラムやらなあかん」とか、初心者ぶってみているあたりが嫌らしい。
このパソコンが来て、昨日Uさんたちと話していてわかったのだが、ノートパソコンというのはそのマシンが搭載しているOSを使うしかないものなのね。ドライバとかがやっかいなのはわかっていたけど、ノートでもなんでもとりあえずフォーマットから使い始めるクセがついていた私には、新鮮な発見だった。98年ごろからはそんな感じだったんだろうな(ああ、だから「いろもの物理学者」さんのlooxは「いびつ」に使うなのか)。……ノートPCってほんとに汎用機なの?
そういう周辺状況はさておき、我が家に2台目のウィンドウズXPのマシンとなった。XPで一つだけ、よいものがある。それはシャットダウン画面のときの背景色。徐々にデスクトップがモノクロになっていくのだ。終了とか再起動を選ぶとまたカラーにもどっちゃうけどね。
このモノクロがよい。グレースケールなのだ。落ち着いた感じで好ましい。だれか、このグレースケールの配色とかアイコンとか作ってくれないかなぁ。だって、オレンジ色っぽいフォルダの色ってどないかならんかと思うでしょ? ただしインターネット・ブラウザの中だけはカラーで開くとかがいいな。ふつうのアプリケーションはグレースケールでいいから。
03/07/05/sat
■ロンロン
6月終わりから、ここのところの【三中さんの日録】をつらつらと読んでいて、ふと「三中さんがやっていることって“科学論”論みたいだなぁ」と思った。
思った瞬間、「…科学ロンロン、だ」と少し楽しくなった。
なんだか吉祥寺みたい(吉祥寺には「ロンロン」という駅ビルがある)。
そこで私はさらに考えた。進化論という言葉がある。最近では研究も進み、「もはや論ではなくて学だ」と、進化学という言い方をする人もいる。だったら科学論も、「科学学」のほうがよいのかな。そしたら「科ガクガク」だぁ。
ロンロンガクガク。……「ケンケンガクガク」みたいで、また少し楽しい。ただしほんとは「喧々囂々(けんけんごうごう)」「侃々諤々(かんかんがくがく)」なわけで、これが合体しちゃった誤用が「ケンケンガクガク」という言い方なんだけどね。
てなことを「あのね、科学論についての議論は科学ロンロンになっちゃうから面白いよね」と同居人に言ったら、「あなたはちょっとしたことで楽しくていいね」と言われた。
そしてもうひとつ発見した。同居人曰く、「論の前は説なんじゃないの? 出世魚みたいだよね」。あ、ほんとだ。題して、「学問出世魚説」。この議論が広まると、「学問出世魚論」になり、検証に耐え抜き、歴史ができてくると「学問出世魚学」となるのか。
■フジ子・ヘミング
昨晩は、Kさんが入手したチケットのあまりにあやかり、横浜みなとみらいホールでフジ子・ヘミングのコンサートに行ってきた。前半は彼女のソロで、ショパン7曲とリスト2曲だった。後半はウィン・アルティス・カルテットの演奏とフジ子・ヘミングとの競演。クラシックのコンサートは何年ぶりかと思い出せないくらい久々なので、詳しいことはわからなかったけれど、これでもかというほどに自己主張のあるピアノだったと思う。かなりの高齢でもあるので、しんどそうでもあった。お辞儀をするときは、ピアノに片手をかけながら会釈していた(ピアニストはそうするってわけではないよね?)。特に、7曲目にポロネーズ第6番「英雄」をバリバリと引いていたあとは、ほんとにお疲れさまという感じだった。「奇蹟のカンパネラ」というのだっけか、彼女が世に出た曲のときは、出だしで詰まったらしい。私は曲も何もわからんので、ふつーにそんなもんだと思っていたが、Kさんによると「少し引き出してから詰まって、また最初から弾き直していた」とのこと。そうだったのか。
フジ子・ヘミングの場合、曲そのものや彼女の演奏についてではなく、彼女自身についての情報が私には先にあった。Nスペだったで取り上げられたときに、ちょっとだけそれを見たのだ。音楽そのものではなく、演奏家自身のストーリーのみを知っているというのはどうなんだろうかと思いながら聴いていた節がある。まぁ、気にせず聴いていればいいはずなんだけど、あれこれ考えさせられてしまった。
■閃輝暗点と立岩真也とシュラスコ
この前に水曜日に偏頭痛の前駆症状として【閃光性暗点(07/02)】と書いたが、検索してもほとんどヒットしない。変だなーと思っていたら、この言葉を覚えた【植木不等式さん】の日記でフォローがあり、「閃輝暗点」を記憶違いしていたとわかった。そっか、と再度これで検索をかけると、あるわあるわ。片頭痛系のサイトが鬼のようにかかった。これで納得。
この軽めの片頭痛の発作以降、不整脈がない。あれほどドキドキしていたのに。「ドキドキしないかな」とじっと観察しても全然。心臓の筋肉は不随意筋なんだなーと実感させられるよ。
きっとホルモンの関係か、自律神経か何かなんだろうな。典型的なストレス解放型(ほっとしたときに発作が起こるタイプ)の片頭痛ではあるが、身体の様子が変わる頃にやってきやすいのかもしれない。
今日、土曜日は忙しめの1日だった。ゆっくりと朝寝をするつもりが、ふだんと同じ頃に目覚めてしまって悲しい。午前中はダラダラと過ごしたため、午後2時渋谷がギリギリ。【M&R研究会】が主宰する公開講座で【立岩真也氏】が話すというので、聞きに行ったのだ。『私的所有論』(勁草書房→[bk1|amazon])は出て早々に買ったものの拾い読みしかできていない。だって難しいんだもん。というわけでしゃべってくれればまだわかるかなという期待があった。
今日は、今年の後半に岩波書店から出版予定の本に書かれることを元にした内容だから『私的所有論』そのものではない。しかも、配られたレジメがすでに難しい。ちょっと泣きが入りそう。が、話し方はわりと「〜みたいな」が多用されるイマっぽい感じで、しかも過程ではなく結論を拾い出して話してくれたために、だいぶ彼の立ち位置や方向性ややろうとしていることを身近に感じた。彼の仕事は、「基礎付け」という表現がふさわしいんじゃないかと想像している。ただし、その著書同様、指示語が多い。かなり注意して聞いていないと「それ」とか「こういう」といった言葉が何を指すのか、わからなくなりやすいかも。話は多岐にわたって、とてもじゃないけど私の力量ではまとめきれない。単純には「働ける人が働き、必要な人がとる」というのが基本にあるといってよさそう。
「やればできる」はウソだと感じていたので、立岩真也が「できないもんはできない。そして、できないと損をするのがこの社会」と言ったときは、なんだかすっきりした。
私は、拾い読みする彼の本の一部や今日の話に、なんとなく自分の不安感を重ねている。その不安感は、中学生くらいからあったものだ。すごく単純化していえば、「切り捨てられる」ということになるのだろう。あんまり身体が丈夫とはいえない子供で、テニス部なんてのに入ってやっていると、喘息があってランニングができないとテニスをする資格がないような気分になりやすかったことが響いているのかも。スポーツでも、勉強でも、そのほかの何かでも、そこそこ出来はするものの、ずば抜けてできることは何一つなかった。たいていは、100人中20番くらいをウロチョロしている感じなのだ。そうすると、足手まといな人から不要とするようになったら、わりと早い段階で半分以下になっちゃう。そうして、「できない」からと不要扱いすると、この世に必要な人は最後には1人になっちゃうなぁと、漠然と不安に思ったのだった。その一人になれる可能性はゼロで、まぁ、最後は不要になってもいいんだけど、意識があるときに不要となるのはイヤというか怖かった。
だから「できないもんはできないけど、要不要を絡ませないでほしい」というのが根っこにあるんだよな、と再確認をした日になった。
渋谷への移動中に同居人のケータイにUさんから電話が入り、Uさん&Sさん夫妻と一緒にご飯を食べることになった。Uさんと会うとブラジル料理になり、そしてSさんの愚痴大放出大会。夫婦二人っきりの様子って、わからんよねぇほんと、と思いながらも仲むつまじい二人を見送り、帰る道々、同居人と喧々囂々の議論をしたら喉が渇いたのでした。大議論だったんだけど、中身がないのはいつもの通り。
03/07/03/thu
■カバン仲間
くしゃみや咳をすると右後頭部のあたりがズキンとする。恒例の偏頭痛の残滓を残しながら、編集部へ。この前から不慣れな分野の原稿を見ていて、ドキドキしてしまう。細かいところで地図がなくなる気分なのだ。第一、出てくる名詞が、人物名か地名か役職名か、はたまた物や概念の名前かがさっぱりわからん。あ、これは数学や物理でもそーか。地道に参考文献や他の事典での表記との突き合わせをしてみたりする。
午後は、フリーで編集・ライターをやっているKさんが来社して、なんと社食でお昼などご一緒する。こんな社食に興味をもってくださるなんてありがたや。最近の仕事や扱っている分野のことなど、まずはご様子伺い。タイミングよく効率的な仕事をお願いできそうな芽を見つけることができてとても嬉しい。
そして、Kさんが持っているカバンが、私の10年来のカバンの色違いだった! まだきれいな様子だったので、最近買ったのかどうか確認したら、ついこの間とのこと。おおお。定番のカバンらしく、直営店に行けば出してきてくれるらしい。買おう。買っておこう。10年後のカバンの様子も見てもらったが、多少はくたびれているもののあんまり変わらない様子に驚いていた。これで編集者で、このカバンを使っている3人目(含む自分)発見だ。
さらに、いろいろとご縁があることを発見して、「世間は狭いよ」パラドックスがここでもあった。出版業界という狭い国の中を行き来する飛行機に乗っているようなもんだから、隣り合った人が知り合いの知り合いでもなーんも驚くことではないのだけれど。それに、「理系」ジャンルの編集者なんて、ほんと限られてるからねー。
■森発言
世の中の一部で話題になっている森・イット・前首相の「子供を産まない女を、税金で養うのはおかしい」発言に対して、ひとつだけ思ったことがあるので、メモしておこう。
なんで、「子供を作らない男を、税金で養うのはおかしい」と思わないのだろうか?
再生産労働の担い手ということであれば、女だけじゃガキはできんのだから、相方である男だって税金で養うのはおかしくならんか? つまり、「子供を作らない男や女を」と言わないのが不思議なのだ。もちろん「男女」といえば、問題にならないわけではない。
03/07/02/wed
■チラチラギザギザキラキラ
お昼過ぎに、何年ぶりかでひどい目のチラつきがあって、「これはくるな」という偏頭痛の予感。字をまともに読めないほどひどいのは7年ぶりか。そのときは視界がモザイクで縁取られる系のチラつきがメインだったが、今日は初めて偏頭痛の発作が起こった高校生のときのように視界の真ん中あたりでギザギザが現れる。閃光性暗点という言葉がUさんのサイトで出ていたのを思い出し、「偏頭痛の前駆症状である目のちらつきは閃光性暗点と呼ぶのかも」と検索をしてみたら、医学部の学生向けらしい試験問題で出ていた偏頭痛(片頭痛)の症状についての解説にヒット。いちおう全部見えているのに、視界の中のある一点が暗くもならずに欠けて見えるというのはなかなか不思議な感覚である。
その直後に昼ご飯を食べ始めたら、途中からチラつきはなくなるが、少しずつ頭痛が出てきた。わかりやすすぎる。これまでの偏頭痛ではふつうの鎮痛剤は効果がなかったんだけど、速効で飲めば効くかもしれないと、さっさと服用。いつものところが痛くなってきた。が、発作というほどではない。ただ段々平衡感覚が怪しくなってきて(これは予定通り)、医務室で寝た。そう、医務室があったのだ! なんか高校時代に戻ったみたい。1時間くらい熟睡したかも。…靴下も脱いで寝てたしな。
早めに薬を飲んだのが多少はよかったのか、寝ているうちに楽になってきた。途中トイレに行ってみたら、まだ少しフラフラするので、さらに小一時間横になって回復を待つ。頭痛がほとんど治まってきたので、起きあがってみるとフラつきも少しよくなった。というわけで、デスクに戻る。が、細かい字を見ていると、やっぱりしんどいものだ。1時間ほどして、お外が明るいうちに帰宅した。
頭痛がひどくなる前に、速効で薬を飲めば多少は効くのかもしれないというのは、今回の収穫だった。
■裁判員
昨日発売になった集英社のレディースコミック『you』で、「裁いてみましょ。」という新連載が始まった。漫画家は、きら。原作は酒井直行という人だが、法律監修者がついている。タイトルにある「裁く」はつまり「裁判」のことなのだ。司法改革で検討中の裁判員制度が始まった日本が舞台。近い将来、日本の裁判でふつうに見られる風景として描かれている。三谷幸喜の「12人の優しい日本人」は、日本の裁判が陪審制だという設定で作られた芝居だったが、その初演から14年(か13年)。こういう設定のマンガが連載で、しかも「この物語は基本的にフィクションであり――、ノンフィクションでもあります。なぜなら、何年か後には20歳以上の選挙権を持つ一般市民なら例外なく“裁判員”候補に選ばれるのです。現実に選ばれるのです。そして選ばれた市民は裁判員の一人として殺人傷害事件の被告人を裁くことになります。アメリカの陪審員制度のように。この物語は基本的にノンフィクションです」と、登場人物の紹介に織り交ぜて書かれる時代になったのかぁ、と率直に思った。
でもこのマンガの最後についている1ページの解説を読んでも、「裁判員」の制度が「参審制」とどう違うのかはわからなかった。陪審制と参審制の違いはわかる。日本が作ろうとしている裁判員制度は、基本的にドイツやフランスがやっているような「参審制」型だというのもわかる。で、実際に「裁判員制」と「参審制」はどうちがってくるのだろうか? 個人的には、漠然と「陪審制より参審制がいいかな」と思っていたので、好ましいんだけど、どうちがうかよくわからないのはちょっと気持ち悪い。言葉遊びしててもしゃーないからねー。
【首相官邸・裁判員制度・刑事検討会】
【市民の裁判員制度つくろう会】
【日弁連・裁判員制度についてあなたの声を ...】
【名古屋弁護士会・裁判員制度Q&A 〜もしもあなたが裁くなら】
あたりを熟読すればわかるのかな。まだちょっと偏頭痛の後遺症があってね……。また今度(こういうこと言っているからダメなのだよなぁ>私)。
でもね。こんな連載が始まることはいいなぁと思う。たしか『you』は児童虐待の連載をずっと続けてきていたし、その姿勢がわりと好き。
03/07/01/tue
■根深い問題を棚上げし続けるのはよくないのかも
2003年も残り半分になんですね。時間が過ぎるのがはやいんだかおそいんだか(もちろん自分にとって)わかんなくなってきた、今日この頃。とりあえず、時流にのって8月はとあるイベントに参加することにしてみた(中身は終了後まで秘密)。
考えてみたら(いや、考えるまでもなく)、ZDnetに書かれているようなことを森山さんが知らないわけもなく、「そういうカラクリなのか」と驚いた(どうもです〜>森山さん)。記事を人のパソコン画面でざっと見かけたときは、「コンパクト・フラッシュに入れるんだろう」と何も考えずに思った私。メインのマシンで拾ったATOKをコンパクト・フラッシュに入れるんじゃないなんて…。
パソコンの細かいことはほんとやっかいだなぁと痛感する。新しく我が家にやってきたマシンに「岩波理化学辞典」と「岩波生物学辞典」を入れようとしたら入らない。CD-ROMを必ず入れて使え、というタイプだったのだ。今の時代に、そんなのが生き残っていたなんて。迷惑。だいいち、コンボでくっついているCD-ROMドライブは「ここは空港?」と思うほどに、うるさい。あんなん回しながら使えるか。あと、ピョコッと飛び出してくるCD/DVDドライブはどうにもちゃちくて、下手にディスクを入れて押すと折れそうな気分。出し入れはしたくないものだ。
ただし、これらの辞典はEPwing形式だから、どうにかなるはずだ。とはいえ、昨晩は疲れて挫折したので、今日、同居人に「お願いします」と言って家を出た。午後、「インストール完了」というメールが編集部に届く。ほっ。聞けば、昨夜ごちゃごちゃとやっていたのはディレクトリのまとめ方(というのか?)がちょっと悪かったらしい。極力CD-ROMの最上階層と同じようにしたほうがいいかと思って、辞書本体のデータと思われるものをそのままバラバラと入れたため、ひっかかってしまったらしい。とりあえず1つディレクトリを作ってそこに入れたら一発だった。感謝感謝。
最悪の対処は、昔懐かしい「仮想CD-ROM」を作るソフトを入れることかなと思っていたが、余計なことをしないで何の問題もなくDDwinで読めるようになった。同じ岩波のCD-ROM辞典でもこの間買った「日本語表現辞典」はハードディスクに入れられるタイプだから、この2〜3年の違いでデフォルトが変わったのかも知れない。
ふっふ〜。これで辞書環境がかなり増強されたぞ。あとはXPだとトラブルという「世界大百科事典」をどうするかだな。買い直すか??(涙) ……この問題はかなり根深いなぁ。4万円とか出して買ったものが、3年後にはOSが変わったからとサポートも受けられず(このケースでは最初に売り出したデジタル日立平凡社がつぶれたので、どこにも話を持っていけない。平凡社は「申し訳ありません」と言ってくれるらしいけど、ソフトウェアを提供できるわけではない。身の回りの話によると、引き継いだ日立システムサービスはあまり対応がよくなかったらしい)、中身(辞典部分)は同じなのに、ブラウザ(ビューア)が対応していないだけで全部買い換えないといけないのは、なんかおかしい。
ふだん使うには、デジタルのほうが圧倒的に便利だ。しかし、保存性はとても先が暗いのが現実なのだ。「ここに入っているんだけどね〜」とキラキラ光る丸い板を眺めるだけしかできない事態が、そこここで起こるんだろうなぁ。
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